複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
日時: 2022/09/26 21:04
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.53 )
日時: 2022/04/20 20:20
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

--1888年 6月13日 午前10時37分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート  

 オックスフォード・ストリート。ここはロンドン市中心部ウエストミンスター区を東西約2キロメートルにわたり貫く大通りである。ヨーロッパで最も人通りが多いストリートであり、300以上の店舗が連なる世界的なショッピング・ストリートとして有名である。

 紳士淑女で溢れる人ごみの中、一際目立つように例の人はいた。誰かを待つ、その品のある美しい後ろ姿は絵になりそうな程だ。エドワードが人々の間を通り、近づいて来る。その手には白い花束を抱いていた。

「--失礼、ミス・リッシュモン?」

 エドワードが静かに話しかける。リッシュモンと呼ばれた女性は振り返り、顔を優しくほころばせた。

「--私のメッセージに気づいて下さったのですね?正直、来てくれるか不安でした。でも事実、あなたは会いに来てくれた」
「私も再びあなたにお会いできて、嬉しい限りです。よかったらこれ、受け取って下さい。迷惑じゃなければ・・・・・・」
「まあ、綺麗な花束。私のために?」
「昨日のチョコレートのお礼です。白い花ほど、あなたに似合う花はないと思いまして・・・・・・」
「ふふっ、お上手ですね」

 エリーゼは探偵の好意に頬を赤く染める。そして、2人は互いに照れながら小さく笑い合った。

「しかし、ミス・リッシュモン。何故、こんな私に待ち合わせのメッセージを?」

 エドワードが自分への再会を望んだ理由を問いかけると

「もっと、あなたの事を知りたくなったからです。あんなに心を惹かれた出会いは初めでしたから・・・・・・」

 エリーゼは淡々と答えた。そして、相手が何かを言う猶予さえも与えず、詰め寄る。

「今日だけでいいんです。今日だけは私を恋人だと思って、付き合って頂けませんか?」

 エドワードは葛藤に悩みながら遠慮がちに

「嬉しい誘いですが・・・・・・私にはかけがえのない恋人がいます。あなたに本格的な好意を抱いてしまえば、彼女を裏切る事になってしまうのでは・・・・・・」
「お願い。1日だけでいいんです。もう一度、あなたと素敵な思い出を作りたい」

 エリーゼの本意の頼みにエドワードは困惑する。しかし、せっかくの誘いを断るのも紳士としての良心が痛んだ。結局は執念深さに負け、観念したのか

「あなたはどこまでも私を虜にしようとするのですね・・・・・・あなたの恋心には敵わないな・・・・・・1つだけ、頼みがあります。私とあなたはあくまでも、恋仲ではないただの知人同士。その一線を越えないと約束してくれるなら、私はあなたと1日を共にします」

「ええ、約束は守ります。あなたを恋人の方から奪う事もいたしません。だって、ただの知人同士なのですから・・・・・・」

 2人は約束を交わし、腕を組むと商店街の奥へ歩き出した。

「さて、せっかく最初で最後のデートをしに商店街を訪れたんだ。楽しまなくては損ですよ。ミス・リッシュモン、まずはどこに行きますか?」

 楽し気な質問にエリーゼは迷わず答えた。

「買い物がしたいです。どうしても行きたい所があって・・・・・・よろしいですか?」
「勿論、私に対して遠慮する必要はありませんよ」

 2人が最初に足を運んだのは果物売り場だった。新鮮で瑞々しい様々な果実が並び、心地のいい甘い香りが漂う。この国では珍しい異国の代物も売り出されていた。

「凄い数のフルーツですね。この甘酸っぱい香りがたまらなく好みです」
「私も果物が好きで食事の後は決まってデザートにします。あ、この面白い形をした果物は南国の果物でしょうか?」

 2人は店に入り、無数の果物を見て回る。エドワードは果物を買いに来た理由をエリーゼに尋ねると、彼女はジャムやお菓子に加工するのだと話した。それをもてなしの品として、豪邸に訪れた客人に振る舞うのだと言う。

「ところでミス・リッシュモン。あなたはどんな果物をお望みですか?私に何でもお申し付け下さい」
「えっと・・・・・・じゃあ、赤いリンゴが欲しいです。今夜のディナーを作る際、パイの材料にしようかと・・・・・・」

 エドワードは店の入り口付近に走り、頼まれた品を腕に抱えるだけ積み込むと、すぐにエリーゼの元に戻って来た。その中の1つを手に取り、彼女に差し出す。

「これをお探しですか?このリンゴ、とても甘そうですよ?色もいいし、あなたのように若々しい」

「くすっ、からかわないで下さいよ。リンゴもそんなにいりません。でも、私のためによくしてくれてありがとう。ふふっ・・・・・・!」

 探偵の演じる執事の役にエリーゼは笑いが吹き出た口を恥ずかしそうに覆った。そこへ初老の女性店員が活気ある態度でやって来る。

「あらぁ!もしかしてあんた達、恋人同士でお買い物かい?実は既に婚約も決まってたりして!憎いわねえ~!」
「あ、そ、その・・・・・・い、いえ!俺達は別に・・・・・・」

 誤解を招いて慌てふためくエドワードの言葉を遮り店員は凄い勢いで迫り

「このお店を選ぶなんてお二人さん!物を見る目があるわぁ!遠慮なんかしないで是非、たくさん買ってってちょうだいな!」

 とパン!と両手を合わせ、乾いた音を鳴らした。

「このリンゴを買いたいのですが?おいくらですか?」

 隣にいたエリーゼは冷静に値段を聞く。

「このリンゴが欲しいんだね!?お目が高い!全部で7個お買い上げだから、合計5シリングだよ!」

 店員は腕一杯のリンゴを手際よく紙袋に詰めると、商品を差し出し支払いを要求する。

「5シリングですね?」
「ああ、ミス・リッシュモン!お支払いなら私がやりますよ。あなたはリンゴをお持ち頂けないでしょうか?」

 財布を取り出そうとしたエリーゼの手を止め、エドワードが代わりに紙幣を渡した。

「毎度あり!また、オックスフォード・ストリートに来たら、次もうちの店に寄ってちょうだい!安くしとくわよ!」

 店員は上機嫌な別れを告げると、街ゆく人々に客引きを行う。

「さて、欲しい物は手に入れましたね。次はどこに行きましょうか?」

 財布をポケットにしまい、エドワードは買ったばかりのリンゴを再び抱える。

「--あの・・・・・・ごめんなさい。こんなに親切にして頂いて・・・・・・お支払ったお金は、後で必ずお返ししますから・・・・・・!」

 紳士的な対応に対し、申し話なさそうに表情を曇らせるエリーゼに

「その必要はありませんよ。これは私自身が望んだ事です。女性に代金を払わせる男など、英国紳士とは呼べませんから。あなたのお役に立てられて、とても嬉しい気持ちです」

 と口角を上げ、明るい笑顔を繕った。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.54 )
日時: 2022/05/08 18:18
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 次に2人が訪れたのは、大人も興味がそそられるキャンディー売り場。飴玉、水飴、棒つきキャンディーにチューインキャンディーなど、何でも揃っている。店を取り仕切る店員はハットを被り、立派な口ひげを生やした中年の紳士だった。

「いらっしゃーい!紳士淑女の皆様!他では味わえない美味しいキャンディーは如何かな~!?」

 紳士は陽気な態度で来客を招き入れる。愉快な喋りに派手な格好、笑った顔を絶やさない。時々、飴玉で芸を見せたりとまわりからの注目を集める。

「お!そこの幸せそうなカップルさん!この棒つきキャンディーは如何ですかな?青色が彼氏さんで赤色が彼女さんだよ~」

 そう言って、色の違う動物を模ったキャンディーを2人に差し出した。エリーゼは照れくさそうに口角を上げ

「あはっ!可愛いです。おいくらですか?」
「値段はたったの6ペンス、私はこの商売で1000ポンドを稼ぐつもりだ。応援しててくれよ?」

 エリーゼはジョークに笑い、お気に召した様子で迷わず飴を買う事に決めた。

「お買い上げありがとぉ!お二人が末永く幸せでいられる事を心から祈っているよ!」

 紳士は相変わらずな陽気さではにかんだ。

「はい!エドワードさん!ふふっ、青色の狐!」

 エリーゼはエドワードに飴を渡し、自身は赤色の猫を口に入れる。
エドワードは飴を舐める事はなく、紙に包んでポーチにしまうとエリーゼと手を繋いで更に人ごみのいい加減な列の中を進んでいく。

 2人はその後も色々な所を回った。エリーゼが最も楽しめたのは、くじ引きで景品を当てるコーナーだった。異国の日常品と珍しいおもちゃ、吊るされた派手なアクセサリー、他にも色々ある。1等の品は王立記念品である銀貨だった。

「これがやりたいです!いいですよね?」

 エドワードの支払いで3回、くじを試した。最初の2枚は見事に外れ残念賞のお菓子、最後の1枚は4等の当たりだった。エリーゼは子供のように喜び景品のアクセサリーを貰う。

「少し、休息を取りませんか?この先に是非ともエリーゼさんをお連れしたい喫茶店があるんですよ。ご案内します」

 すると、何故かエリーゼはしゅんとした顔を俯かせた。酷く落ち込んだ様子で今にも泣き出してしまいそうな表情を繕う。

「--あの・・・・・・その・・・・・・私の事はエリーゼと呼んで頂けませんか?お互い呼び捨てで・・・・・・その方が関わりやすいと思うので・・・・・・嫌ですか?」

 エリーゼは恥ずかしがった顔を逸らして、互いに気を遣わない事を望む。エドワードは実に恐れ多い気持ちもあったが、同時に嬉しくもあった。

「--あ、ああ・・・・・・いえ、構いませんよ。あなたがそう望むのでしたら・・・・・・」
「うふふ、よかった。じゃあ、改めてお付き合いを楽しみましょう?エドワード」
「--ああ、エ、エリーゼ・・・・・・」


 楽しみの連続だった1日を十分に満喫した2人は、最後のデートの場所は丘の上にある公園を選んだ。2人は木陰のベンチに腰掛け、次第に沈んでいく赤い太陽に黄昏る。

エリーゼは隣に座るエドワードの手をそっと、自分の手で包み込むと探偵も彼女の方を向き、優しく微笑みを返す。純粋な愛を分かち合う本物の恋人同士のようだった。

「--綺麗な夕日ね・・・・・・」

 エリーゼは夕日を眺める。楽しい一時の終わりに寂しさを感じているのか、その表情はどこか切ない。

「たった1日の間だけだったけど、エドワードと過ごせて楽しかったわ」
「ああ。俺もエリーゼと共にしたこの日を一生の思い出にするよ」
「--ねえ?もし嫌じゃなかったら、また一緒に・・・・・・」

 エドワードは幸せに満ちた表情を崩さなかった。しかし、口は非情な言葉を投げかける。

「--残念だが、それはできない。これ以上関係を深めてしまえば、俺は本当の恋人を忘れてしまう」
「--そう・・・・・・あなたにはもう好きな人がいるのよね・・・・・・すっかり、忘れていたわ・・・・・・」

 望みを否定され、エリーゼは素直に諦めをつける。彼女の落ち込んだ様子にエドワードは胸が痛んだが、絶対に譲れないものもあると甘い良心を押し殺した。

「いつか、エリーゼにも俺なんかよりもずっといい恋人ができるさ。ロンドンは紳士で溢れる街だからな」

 エドワードは前向きに言ってベンチを立ち、大きく背伸びをした。後ろにいる低い姿勢を取ったエリーゼを見下ろし

「もっと一緒にいたいが、そろそろお別れしないとな・・・・・・ここでさよならをしよう。さて、夜の街は色々と物騒だ。特に裕福な淑女は狙われやすいからな。ウェスト・ブロンプトンまでお送ろうか?」
「--自分で馬車を拾って帰るからいいわ。それに自分の身は自分で守れる・・・・・・」

 エリーゼも腰を上げると、鞄の中から護身用の小型拳銃を取り出した。それをすぐにしまい、探偵に背を向けると一度だけ振り返って

「さようなら、素敵な探偵さん・・・・・・」

 どんどんと遠のいていく後ろ姿をエドワードは最後まで見送る。やがて1人、取り残された彼は煙草を手に火をつけると煙を深く吸い、ゆっくりと吐き出した。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.55 )
日時: 2022/05/21 18:58
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月14日 午前7時31分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所

 ダウニング街を一望できる窓を背にエドワードは椅子に腰かけ、今日で3本目の煙草を灰皿に押し付け、新聞を片手に紅茶を嗜む。彼は機嫌がいいのか、嬉しそうに鼻歌を歌い、音楽のリズムに合わせ机に指で叩く。

「--エドワードさん。書類の片づけが終わりましたよ・・・・・・」

 物置部屋から助手のクリフォードが姿を現し、仕事の終わりを伝えた。気分が高揚した探偵とは裏腹に活気がなく、深く落ち込んだ様子だ。彼だけじゃない。珍しく事務所に訪れていた旧友のアメリアもそれに近い呆れた表情を繕い、美味しくなさそうに冷めた紅茶を啜る。

「しかし、イギリス一の名探偵が恋人を差し置いて不倫なんてね・・・・・・流石の私も笑えないよ。あんたは昔からの付き合いだから、この衝撃的事実を記者に売ろうなんて思わないけどね。だけどエド、あんたはそこまで女癖が悪い男だったのかい?」

「お前もロザンナと同じ皮肉を言わないでくれ。俺はただ、紳士としての役目を全うしただけだ。一線も越えてはいないし、誓って疚しい事はしてないぞ。俺はどんな時だってリディア一筋、エリーゼは世界に2人といない美貌の持ち主と言えるが、浮気しようなんてこれっぽっちも考えてない」

「--どうだかねぇ・・・・・・」

 アメリアは、まるっきり信用していない口調で蔑んだ視線をエドワードに送る。

「--こんな事言いたくないですけど、僕もエドワードさんの行為には感心できません。昨日の事をリディアさんが知ったらあの人はどう思うか・・・・・・例え、一線を越えなくても親しくもない女性と娯楽的に過ごすなんて、そんなの不倫同然です。どんなに強く頼まれても、心を鬼にして誘いを断るべきでした。大切な人を裏切らず、間違っている事は絶対にしない・・・・・・エドワードさんには、そういう紳士でいてほしかったです」

 クリフォードも表情は弱々しいが口調を強く、自身の思いを訴えかける。

「クリフォードが一番正しい事を言ってるよ。エド。人々から求められる有能な人材なら、紳士としてのプライドくらい守りな・・・・・・で、そもそもウェスト・ブロンプトンの令嬢エリーゼとはどのようにして出会ったの?詳しい経緯を教えてくれない?」

 エドワードはぼんやりと天井を見上げ、昨日の記憶を遡った。

「--エリーゼとの出会いはテムズ川の桟橋で煙草を吸っていたところから始まった。彼女から声をかけられた事がきっかけで、互いの素性を明かし、少しばかり話をしたんだ。リディアとクリフォードを待たせてはいけないとレストランに戻ろうとした別れ際に、"オックスフォード・ストリートで待ってる"と記した包み紙のチョコレートを手渡された。そして、俺はそのメッセージを偶然見つけ、エリーゼと再会。昨日の事に至ったわけだ」

 クリフォードは聞きたくなかったと言わんばかりにため息をつく。

「--なるほどね。そこであんたは怪しいとは思わなかったの?」
「ああ、会話に紛れて彼女の表情を窺ったが、悪意は微塵も感じ取れなかった。醜悪な心を秘めた人間なら、嫌でも俺の長年の観察力が見破ってしまうからな」

 アメリアは腕を組み、"ますます怪しい"と更に深い疑惑を抱く。

「だとしても、やっぱり変だよ。エリーゼはメッセージ入りのチョコレートを予め用意していたんだよ?つまり、彼女に誘われた男はエド、あんただけじゃなかったって事だ。しかも、あの女と関わった人間は全員、不審死を遂げるとか行方不明になるという最悪の末路を辿っている。これ以上関係を深めれば、いずれあんたも消されるかも知れないよ?」

「なんだなんだ。お前もそんな、確証もない事を鵜呑みにしているのか?」
「私もあの女に関しては、いい噂を聞かない。誰に聞いても死神だの、花束にナイフを隠した女だの。そんな風なものばかりだった」
「関わった人間は全員死ぬ・・・・・・そこまで危険な人物なのに何故、警察はエリーゼを逮捕しないんですか?」

 クリフォードも不思議に思い、疑問を投げかけると

「あの女はロンドンでも1、2を争えるほどの大貴族で多くもの特権階級や政治関係者と繋がっているんだよ。だから、警察も政府も下手に手が出せない。それに今、エドワードが言ったように彼女が殺人を犯してる確証がないんだ。物的証拠を見つけない限り、エリーゼを逮捕するのは絶対に不可能だね」

 アメリアは腕と脚を組んで、エリーゼが俗世間にのさばる理由を淡々と述べる。

「そもそも、エリーゼが陰惨だという噂を前々から知っていたんだろう?お前の情報収集技術を生かして、彼女の事を調べ上げようと思わなかったのか?」

 エドワードが少し突っかかりながら聞くが

「エリーゼの危険な噂は前々から耳にしていたけど、エドから話をされるまでは興味がなかったからね。パートナーの前で弱音を吐くのも嫌だけど・・・・・・私の経験上、ああいうタイプが1番たちが悪い。表では美貌と大金を提げてはいるものの、裏で殺し屋を雇い、邪魔な人間を消してきた貴族令嬢をたくさん知ってる。きっと、エリーゼも例外じゃない。ここは1つ、また手を組む気はないかい?」

「お前と知り合ってから、その変わりばえのしない台詞を何度、聞かされた事か・・・・・・今度は何を企んでいる?」
「私とエドでエリーゼが黒だという証拠を探し出すんだ。あの女を野放しにしていたら、犠牲は増え続けるだろうね。私達の使命はロンドンを犯罪から守る事でしょ?」

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.56 )
日時: 2022/06/04 21:17
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 さっきの弱腰と裏腹の態度にエドワードは呆れ果て

「さっきの弱音はどうした?エリーゼに対する詮索は絶対に避けたいという言い草に聞こえてたんだが・・・・・・?」

「当時は優秀な部下が大勢いても、頼れる相棒まではいなかったからね。エド、あんたほど私に適したパートナーはいない。あんたと一緒ならどんなに無慈悲で残虐な犯罪者を相手にしても恐くない。人生を救ってくれた恩人の役に立つ事が私の最高の誇りなんだ。そして、エリーゼを社会から引きずり下ろしたいのは、もう1つ理由があるからさ」

「--もう1つの理由?」

 アメリアはより真剣な眼差しになって

「リディアだよ。殺人狂かも知れない令嬢に見初められ、蔑ろにされたんじゃ、あの子があまりにも可哀想だ。エド、あんたは彼女しかいないんでしょ?共に犯罪と戦い、互いに喜びや悲しみを分かち合った・・・・・・そんな彼女との絆を全て台無しにする気かい?もし、その選択を選ぶなら私はあんたを一生軽蔑する。そんなの、私が知ってるエドじゃないからね」

「--アメリア・・・・・・まさか、お前がこんなにも俺とあいつの事を思ってくれていたなんて・・・・・・」

「僕もアメリアさんと同じ気持ちです。エドワードさんは助手も友人も恋人も裏切らない人だと信じています。その優しさ、誠実さが僕の目標でした。今でもそうであり続けさせて下さい。淀みのない純粋なイギリス一の探偵でいて下さい」

 クリフォードも懸命に誠意を促す。

「--クリフォード・・・・・・ふぅ、そうか・・・・・・お前も俺を裏切らないんだな・・・・・・俺が間違っていた・・・・・・こんな簡単な過ちにも気づけず、恋人を差し置いて仲間を失望させてしまうとは・・・・・・俺もまだまだ、人間として青いという事を思い知らされたよ・・・・・・」

「生きてれば人間だれしも、大きなミスは犯すものさ。もし、心から反省しているのなら償えばいいんだ。まだ、間に合うよ」
「僕も喜んで協力します。だって、僕はイギリス一の助手なんですから」

 自身に味方する2人の思いに探偵は相好を崩し、やる気に満ちた表情を見せた。

「決まりだな。俺達でエリーゼの裏を明かしてやろう。だが、まずはどこから始めるかが問題だ。あれだけの悪事を働いておきながら、表沙汰にならないくらいだ。弱みを握るのは至難の業だろう。流石の俺も、すぐにはいい提案は浮かびそうもない」

「情報集めは探偵じゃなく、素直に情報屋に任せておきな。優秀な部下を何人も動かして必ず尻尾を掴んでみせるから」

 アメリアが我先にと協力を約束する。

「すまないな。今回もお前の手を借りさせてもらうとするか」
「じゃあ、エドワードさん。僕達はエリーゼと親しい人物、関りのある人物に聞き込みをしてみましょう。何か有力な情報を得られるかも知れません」
「そうだな。だが、時間も時間だからこの件の捜査は明日にしよう。アメリア、お前だって日頃の仕事で疲れてるだろう?そろそろ、ストランドに帰って英気を養ったらどうだ?」

 アメリアは余裕の面持ちを浮かべ、口角を上へと引きつり

「私はまだ若い。夜明けになっても働いていられるさ。でもまあ、今日は休む事が正しい選択かな。明日はあんたに任された大仕事が待ってるんだからね」

 そう言って、彼女はすっかり冷めた余りの紅茶を飲み干し、ソファーから立つ。もてなしをしてくれたクリフォードに短く感謝の言葉を送ると、外へと続く事務所の扉を開けた。

「明日になったら、私も情報を集める。大船の乗ったつもりで期待していなよ?」

 と自信に溢れた台詞をさよならの挨拶代わりに、彼女は事務所を後にした。階段を降りていく足音もやがて聞こえなくなる。


 アメリアとの別れから2時間あまりが経過し、窓の外は夕暮れの色もない夜の光景が広がる。窓の暗い家々が並び、街は静まり返っていた。エドワードは机に向かい手際よく書類をまとめている中、寝間着姿のクリフォードがやって来て眠そうに欠伸をする。

「エドワードさん、僕はもう寝ますね?」
「ああ、残っているのは俺ができる仕事だけだから、先にベッドに入ってていいぞ?明日は忙しくなるからな」
「お休みなさい」

 エドワードは簡単に"お休み"と返事を返し、再び残った残業に集中する。またしばらく時間が過ぎた頃、ふいに扉の向こうから誰かの足音が聞こえてきた。階段を辿るその誰かは事務所の扉の前で立ち止まり、気配のない静かな空気が漂う。怪しげな展開に探偵の表情が曇り、右手を拳銃がしまってある棚に伸ばす。

「--こんな夜遅くにどなたですか・・・・・・?」

 顔を上げたエドワードは注意を払い、声をかけた。しかし、扉の向こうにいる相手は返事をするどころか、ノックすらもしない。もう一度問いかけようとした時、ポストから1通の封筒が舞い落ちる。渡したい物を届けた謎の訪問者はすぐさま去って行った。

 エドワードは席を立つと扉の方まで行き、封筒を拾う。蓋を破き、中身の手紙を取り出すと書かれていた文字を読み上げた。

「--これは・・・・・・」

 その内容に探偵は切ない表情を作り、読み終えた手紙を折り畳んだ。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.57 )
日時: 2022/06/23 18:36
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月14日 午後10時43分 ウェスト・ブロンプトン ブロンプトン墓地

 夜の下に墓地があって、石造りの十字架が並ぶ。黒い木が揺れ葉を落としながら、静かな音を奏で、暗闇の濡れた空気が寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 古びた墓石に囲まれ、呆然と立ち尽くす1人の女が。年齢は20代を迎えたばかりでしっかりと整えられ、一部を結った白練りの髪を生やしていた。透き通った肌の色も、つぶらな緑眼も美しく、精悍な顔を持つ。白い制服に似た上着に白黒のスカート。一輪の白い花を祈った形の手で握っていた。

 ふと、背後から次第に聞こえが大きくなる足音に背中を翻すと彼女は嬉しそうに、そして、どこか寂しげな顔を緩めた。

「エドワード・・・・・・」

 エリーゼは探偵の名を呼ぶ。

「真夜中の急な誘いは非常識な行為だ。手紙を読んだ時、行こうか行かないか、迷ってしまったぞ」
「ふふっ。でもあなたは私の望みを叶える事を選んだ」

 エリーゼは相好を崩し、エドワードに歩み寄る。探偵もこれから悪事を暴こうとする容疑者に対し、同じ表情を繕った。

「用があるのはいいとして・・・・・・何故、よりにもよって墓地を選んだんだ?白が似合う貴族令嬢とのデートの舞台としてはあまりにも黒く雰囲気の悪い場所だぞ?」
「街中は落ち着かないの・・・・・・ここなら誰も来ないし、あなたとゆっくり話ができると思ったから・・・・・・ねえ?少し歩かない?」

 2人は墓地の周辺を散歩する。そしてまた、色々な会話で夢中になる。束の間の幸福に満ちた愉快な笑い声が暗い墓地を明るく包んでいた。

「--生まれて20年、たくさんの紳士に出逢い、魅力を感じたけど・・・・・・エドワード、あなたが誰よりも私の心を魅了したわ」

 エリーゼは頬を赤く、探偵と互いに腕を組んで体に寄り添う。エドワードは照れた感情を露にせず"そうか・・・・・・"と静かな返事を返した。葉と枝の亀裂から月の光が差し込む木の真下に差しかかった頃、2人は対面する。偶然に吹いた涼しい夜風に髪がなびく。

「--ねえ?お願い。ずっと私の傍にいて?あなたがいない人生なんて荒野を眺めるよりつまらない・・・・・・」

 必死に自身の好意を訴えるが、返事は

「それはできない」

 冗談を感じさせない冷たい一言。エドワードは、きっぱりと断りを告げた。

「どうして・・・・・・!?」

 想いを裏切られ、泣き出す一線を越えてしまいそうになるエリーゼ。エドワードは"すまない"と切ない目つきで甘い情を押し殺した。

「お前に対する俺の愛は海の底よりも深い。だが、リディアへの愛は物や形で測れるものではない。俺は生涯かけて、あいつのパートナーとして生きて行かなければならないんだ」
「どうしても・・・・・・?」
「ああ。どんなに大切な人でも、譲れない物がある」

 その揺るがない信念にエリーゼは敵わないと悟ったのか、諦める兆しを見せた。合った視線を斜めに逸らし、落ち込んだ表情を俯かせる。エドワードも分かってくれたのだと、気を緩めた途端

「--っ!」

 探偵の胸に軽い衝撃が伝わった。勢いにのけ反り、ぶつかった何かを払い除けようとしたが、背中に温かい感触が絡んで離れない。彼女に抱きつかれたのだと、その時知った。

 エリーゼは何も言わなかった。ただ、目が潤った美顔を近づけ、そっと唇に唇を重ねる。エドワードも実る事はない最後の愛情を素直に受け止めた。

「--さようなら・・・・・・」

 愛しい人の頬を撫でるエリーゼ。彼女は別れを告げ、彼に触れるのをやめると泣いた顔を隠し、墓地から去って行った。


「--エドワード・・・・・・」


 ふいに今度は墓地にいた、もう1人の誰かがエドワードを呼ぶ。決して優しくはない口調の聞き慣れた異性の声。今の彼にとって、最も会ってはいけない相手だった。

「--リ、リディア・・・・・・!?」

 エドワードは驚きを隠せず、彼女を映した瞳孔を閉ざす。激しい後悔が心の芯まで蝕んだ。

「偶然、ただならぬ様子で夜道を歩くあなたを見つけたから、こっそりと後をつけてたの。まさか、こんなにも素晴らしい名場面を目撃してしまうなんてね・・・・・・感激のドラマだったわ」
「リディア、違うんだ・・・・・・!」

 探偵は彼女を宥めようと事情を説明しようとするが

「--違う?何が違うの?」

 リディアは言い訳なんて、微塵も聞きたくなかった。込み上げた失望と悔しさを抱え、結膜に血を浮き上がらせながら、こちらへ押し寄せる。ギリギリと歯を噛みしめ、振り上げた手の平を力任せに煽った。

 静寂に響く渇いた音。頬を打たれ、エドワードは強引に顔を横向きに逸らされた。一瞬の激痛、赤く色づいた肌は徐々に痛みを増す。

「--信じてたのに・・・・・・テムズ川で言ったあの時の言葉は嘘だったのね・・・・・・」
「嘘じゃない。リディア、俺は・・・・・・!」
「何も聞きたくないわ!長年、共に命を懸けたパートナーなんて本当はどうでもよくて、結局は綺麗な格好をしたお金持ちのお嬢様がいいってわけ!?」
「違うんだ!話を聞いてくれ!」
「聞きたくない!疑いの破片もなかった愛を裏切られ、目の前で口づけを見せつけられた私の気持ちが分かるの!?もう、誰を信じればいいのよっ!!?」

 リディアは絶望という思いを吐き出し、とうとう号泣してしまう。恋人の苦しみにエドワードはただ、その不幸な光景を眺める事しかできなかった。

「--ぐすっ・・・・・・もう・・・・・・」

 悲しみ暮れた心持ちが微かに静まった頃、リディアが言葉を放つ。

「二度と私に近づかないで・・・・・・仕事で一緒になっても、あなたは最早、赤の他人よ・・・・・・」

 絶縁を別れ際に彼女もエリーゼと同様、エドワードの元を去って行く。残った涙を拭い、その姿は木の影に遮られ見えなくなった。探偵が1人、死が蔓延る世界に孤独に取り残される。

「--お前の言う通りだ。何もかも全部、俺が悪い。俺は最低な男だ・・・・・・だが、どんなに憎まれても、裏切りのレッテルを張られても・・・・・・リディア、俺にはお前しかいない。必ず、エリーゼの闇を暴いて、事件の闇もこの誤解も晴らしてやる。必ず迎えに行くから、その時まで待っててくれ・・・・・・!」


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