複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.28 )
- 日時: 2021/03/31 19:54
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
大勢の記者達は家から出てきたエドワードに興味を示さず、ディーンの方に押し寄せた。彼らはメモ帳を手に我先にと質問攻めを始める。無数のカメラからたかれるフラッシュが眩しい。
「ディーンさん!亡くなったマクダーモット氏の事件について教えて下さい!」
「屋敷で何があったんですか!?どうか詳細をお話し頂ければ!」
「大物議員を殺した犯人は捕まったんですか!?」
容赦なく浴びせられる問いにディーンは
「迷惑だ!帰ってくれ!」
と困り果てた表情で取材を否定し続ける。
エドワードは目立たない振る舞いで騒がしい人ゴミを抜ける。彼はちらっと背後のように確認すると家の脇に回った。向かった先は人気のない裏側だった。彼は自分の身長よりも高い塀を見上げて
「——家の中を調べたが、作業場も地下室らしい場所は見当たらなかった。だとすれば、考えられるのは・・・・・・」
独り言を呟いて塀の上部分を掴むと壁をよじ登った。裏庭である芝生の上に降り立ち目立たない小屋へ忍び寄る。扉に鍵は掛かっておらず、取っ手を回しただけで容易に開いた。
「ピッキングする手間が省けたな」
エドワードは探偵の道具を使うまでもなく、小屋の中へ姿を消した。内側は外の光が届かず、暗所だったため、ライターに火を点け辺りを照らす。中には長年使われていない家具や使いっぱなしの作業道具がぞんざいに保管されていた。古びた木の香りや埃、油が混ざった異様な臭いが鼻を刺激する。
「ここにいると頭痛がしてきそうだ・・・・・・道具の手入れを怠り、ろくに片付けもできないとは・・・・・・」
何もかもだらしない男にエドワードは度々呆れながら、部屋をしっかりと調査して回る。僅かに灯した灯りを頼りに調べ尽くしたが、怪しい所はなかった。何かが、足に引っかかるまでは。
「——ん?何かに躓いたぞ・・・・・・?」
下を向き灯りを足元に近づけると、床に取っ手が突き出ている。すぐに気づいたが、それは紛れもないハッチであり地下室への出入り口だった。
「——どうやらビンゴのようだ。自分で言うのもなんだが、俺は運も冴えてるらしい」
自身を賛美した事で思わず薄笑いしてしまうエドワード。早速、ハッチを開け中を確かめると、うぬぼれていたその表情は冷え固まった。地下室への穴は小屋よりも遥かに真っ暗で底が見えず、ライターの光が全く届かない。その上、先に何が待っているのか分からないのに加え、不気味に感じる程の静寂が恐怖を更に引き立てる。
「梯子を使って降りれるみたいだが、流石の俺もこの中に入るのはいささか気が引ける・・・・・・ライターを下に落としてしまえば、それまでだ。何か使える物ないか・・・・・・」
そう言って辺りを見ると、上の棚に置かれたカンテラが視界に入った。手に取り、ガラス開けると油が入っているのを確かめる。火をつけると部屋は一層眩しく照らされた。
「よし、これなら大丈夫だ」
カンテラを腰にぶら下げ、地下室へと降りていく。そして、念のためにハッチを静かに閉ざした。
梯子を降りた先は見事な一室となっていた。ベッドや缶詰類の食料と水が置かれた棚、金庫、その他にも多くの家具が綺麗に整えられている。奥にはトイレと洗面所があり、壁には金網が取り付けられた穴、恐らく外の空気を通す通気口だろう。部屋は上階や本家とは裏腹に清潔で十分な生活を堪能できる程だった。
「ほう、目立たない小屋の下にこんな設備を隠していたとはな・・・・・・昔、叔父が作った秘密基地を思い出す。あのディーンという男、性格の悪さに関しては右に出る者はいないが、趣味はいいらしい」
エドワードは部屋の感想を述べ、ついでに嫌みを吐き捨てる。多少の興味を引かれ、通路をゆっくりと歩き部屋を見物した。
「テーブルには相変わらずの酒とジャンクフードが置かれている。それとチェス一式に何冊かのアダルトブック・・・・・・一夜はここで過ごしているようだな」
ページを捲らず、本を置いたエドワードはにやけていた表情を直し、真面目だった初心に立ち返る。
「押し寄せて来た記者が追い出されるまで長くはないだろう・・・・・・あの男が気晴らしにここに降りてくる可能性は非常に高い。俺に残されたタイムリミットは短い。早く証拠を見つけ出し、ここを抜け出さなくては。カンテラの油も底をつくかも知れん」
エドワードは行動を急がせ、更に通路を進んで隣の部屋へ移る。すると、予想通り、探していた物が見つかった。油の臭いが薄く錆のない新品の作業台、上の壁には多種多様なツールが飾られている。
「——まさか、本当に見つかるとは・・・・・・待ってろよクリフォード。必ずお前の無実を証明してやる・・・・・・」
エドワードは小声で決心を呟き、何も置かれていない平らなテーブルにカンテラを置くと、捜索を始めた。まずは滑らかな台の表面をなぞり、その指を目の先に運ぶ。次は壁に掛けてあったのこぎりやハンマーを1つ1つ細かく調べていく。だが、これらの器具にも特に何も付着しておらず、綺麗に手入れされていた。
「壁のツールからして、少なくとも2~3回は作業台を使用している・・・・・・なのに、台には粉1つ付着してないなんてどうも、不自然だ。やはり、奴は証拠隠滅のために全て綺麗に拭き取ったに違いない。だらしない癖に抜け目ない・・・・・・もっとも友人にしたくないタイプだ」
エドワードは愚痴を吐き捨て、怪しい所はくまなく捜査し続ける。しかし、証拠になりそうな物はなく手掛かりすら発見できなかった。焦りを隠せないエドワード、不可能に近い難関に額から汗が流れ落ちる。気がつけば、大分時間が過ぎていた。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.29 )
- 日時: 2021/05/18 20:39
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
「——流石に疲れた。ロザンナの読みに期待してたんだが・・・・・銃に細工した場所はここではないのか?」
失望を隠せずとうとう諦めかけようとした矢先、部屋から出ようと一歩足をずらした直後にパリッと何かを靴で踏みつけた。その違和感に反応し足元を照らすと木の床に細かい光が点在している。
「これは・・・・・・」
エドワードはその場でしゃがんで、散らばった輝きに目を寄せる。指ですくって確認すると、それは銀色の金属粉のようだった。
「ひょっとしてこれは銀じゃないか?やはり、銃の細工はここで行われていたんだ!」
偶然に導かれた転機に歓喜を隠せなかった。しかし、床に挟まった金属粉を大量に回収するにはあまりにも時間が掛かる。そこでエドワードはある工夫した手段を取る事にした。
作業台の下に薄い木製の板が重ねられて置かれていた。1枚を取り出し、のこぎりで一部を小さく切断する。接着剤を満遍なく塗りつけて光る床に貼り付けて剝がすと、木の札は大量の金属粉をくっつけた。
「よし、これだけあれば鑑定できるはず。後はこれを持ち帰るだけだ」
エドワードは証拠品をポーチにしまい、地下室から立ち去ろうとした。しかし、横を向いた途端に足の動きが止まり彼は唖然とする。
「——まさか、俺だけのスイートルームに客が来るとはな」
聞き覚えのある声と共に暗闇からディーンの姿が照らし出されたからだ。右手には銃身の長いリボルバーが握られ、あらかじめハンマーを倒していた。今にでも引き金を引いてしまいそうな物凄い剣幕だ。
「——は・・・・・・はは、驚きましたね。幽霊かと思いましたよ」
「それはこっちの台詞だ」
ディーンは声を尖らせ、銃口を近づける。エドワードは何食わぬ顔で両手を上げ、部屋の奥へ下がった。
「既に帰ったかと思いきや、こんな所に忍び込んでいたとは。流石は探偵、どこまでも執念深いな。いや、鬱陶しいと言うべきか」
「お褒めにあずかり光栄・・・・・・とでも言っておきましょうか」
相手を刺激しないよう、慎重に言葉を選ぶ。エドワードは逃げ場のない行き止まりへと徐々に追い詰められていく。
「何か面白い物はあったか?」
「——いえ、特には」
「まあ、どんな理由を述べようが、今のあんたはただの不審者と変わりない。身の危険を感じた俺はここであんたを射殺しても正当防衛として認められるわけだ」
よく耳にする言葉にエドワードは苦笑と共に短く作り笑いし
「その台詞、職業柄よく言われます。前もって忠告しておきますが、丸腰で無抵抗な人間を殺したら正当防衛ではなく『過剰防衛』だ。撃てば、あなたも有罪となる」
「はっ!例えそうだとしても、死体さえ見つからなければ俺は絶対に捕まらない。ここは深い地下だ。大口径を発砲しようが、銃声が外に漏れる事はない。隠蔽や小細工なんていくらでも可能なんだよ」
ディーンは殺意の眼差しを緩めず、悪魔の笑みを浮かべる。
「小細工ですか・・・・・・そうやって自分を養ってくれた実父を巧妙に殺害し、私の助手を陥れたんですね?」
「——はあ?おい、言葉に気をつけろ。親父を殺したのはてめえの助手だろうが!いい加減、自分の過ちを認めたらどうなんだ!?」
「その意見は聞き入れられない」
「何故だ!?」
銃口が間近に迫り、エドワードは完全に逃げ場を失う。通気口の壁に背をつけて後頭部に回した両手、とても抗える状態ではなかった。しかし、それでも彼は恐れず勇ましい面持ちで断言した。
「クリフォードは誰よりも優しく素直で純粋な子だ。神に誓って、故意に人を殺すような真似はしない!」
「き、貴様ぁ・・・・・・!」
この期に及んで尚も否定され、ディーンは一層逆上する。爆発寸前の怒りにグリップを握る手が震え始めた。
「ディーンさん。この事件の真犯人はあなただ。初めて会った時から俺はあなたを疑ってました。もしあの時、"アメリーの拳銃で撃たれたのか?"と口を滑らせなければ、完全犯罪は成立していたかも知れませんがね?」
「黙れぇっ!!!」
ディーンはついに理性を捨てた。憤怒に我を忘れ、相手の額に狙いを定めた引き金を引いた瞬間、風を切るような音と共に黒い影が上の方へ通過する。手に受けた衝撃、弾かれた銃の狙いは強制的に上へとずらされ、飛び出した弾は天井に穴を空けた。
ディーンは何が起こったのか分からず僅かな間、硬直した。目の前には力強く片足を上げた姿勢でこちらを睨むエドワードがいた。彼は瞬時に蹴りをかまし、銃口の狙いを逸らしたのだ。
「くそっ・・・・・・!」
ようやく事態が飲み込めるも手遅れだった。腕の関節に肘を叩きつけられ、銃を落としてしまう。やけくそに健全な手の拳を打ち込むが、下げた頭には命中しなかった。すぐにカウンターを喰らい怯んだところを容赦なく腹部を蹴られ、強引に床へ押し倒される。起き上がる隙も与えられず、エドワードに銃を額に突きつけられた。
「ひっ!ひいっ・・・・・・!」
形勢をあっさり逆転され、返り討ちにされたディーンは女々しい声を上げ身を縮こませた。さっきまで傲慢な態度、殺意の形相は冷め情けなく涙液を垂れ流す。最早、怯える事しか術がないまま、命を乞う。
「お願いです・・・・・・う、撃たないで下さい・・・・・・!」
エドワードは倒した男を睨んだまま、銃口を逸らさなかった。ディーンよりも遥かに鋭い殺意の形相で引き金を軽く引き絞る。ハンマーが弾丸の雷管を叩こうとしていた。
「——お前みたいなクズはここで脳天を吹き飛ばしてやりたいところだが、俺は犯罪者じゃない。法廷で正当な裁きを受け、世間の晒し者になってもらうからな」
エドワードは何とか踏みとどまり、撃つ寸前だったピストルを遠ざけゆっくりとホルスターに収める。掴んでいた胸倉を粗暴に手放し、憎悪に歯を噛みしめる。
「そ、そうだ・・・・・・!殺したら犯罪だ・・・・・・あんた!い、いい奴だな・・・・・・!」
ディーンは命拾いし、安堵の笑みが零れるがそれも束の間、顔面に何かが落下し深くめり込んだ。頭蓋骨に衝撃が走り鼻血が噴き出し、白目を剥き出し失神した。
「これはクリフォードの分だ」
握った拳を震わせ、エドワードは淡々と言い放った。
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.30 )
- 日時: 2021/06/11 19:09
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
——1887年 6月17日 午前10時36分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所
高級マンションの一室と言っても過言ではない豪華なオフィス。一軒家が建ち並ぶ景色を一望できる窓を背に探偵は椅子に腰かけていた。煙が上る煙草をくわえ、両手で広げた新聞を見ている。彼が読んでいるニュースタイトルは『大物議員の父を持つ道楽息子の呆れた犯罪』。顔に殴られた跡があるディーンの顔写真と事件内容の詳細が長々と書かれていた。
「——今日もロンドンは平和ですね」
エドワードがのんびりとした口調で言った。その表情はいつもよりも晴れやかで嬉しそうだった。
「——全くですな。こういう日はゆっくりと過ごすのが1番ですよ」
部屋にはアバーライン警部もいて、紅茶を嗜み菓子を頬張る。彼も普段の緊張感はなく上機嫌な様子で客人用のソファーで寛いでいた。
「エドワードさんが地下室の床から発見した銀の粉末ですが、鑑識の結果、凶器に使用されたアメリーの拳銃の物と一致したそうです。これ以上のない決め手となりましたね」
「偶然が味方してくれたのが幸運でした。ほとんどが勘と言ってもいい、いい加減な推理でしたから」
エドワードは短くなった煙草を灰皿に捨て再び新聞に目を寄せる。
「私利私欲のために計画的殺人を犯し、卑劣にもその罪を無関係な人間に罪を擦り付けた。ディーンには極刑が下り、一生牢獄から出られないでしょう。奴の堕落した贅沢三昧生活も終わりです。嵌められたクリフォードくんに関しては犯行に利用されただけなので罪に問われる事はありません」
「あの男の絶望した顔を拝めないのが残念です。でも、クリフォードの仇を討てたんだから俺は満足ですよ。それに1発、喰らわしてやりましたしね」
「ははは、あなたはどこまでも立派な方だ・・・・・・おっと、では私はこの辺で失礼させていただきます。『約束の場所』で先にお待ちしておりますので」
「わざわざ付き合わせてしまい、申し訳ありません。よろしくお願いします」
アバーライン警部はソファーに脱ぎ捨てたコートを羽織り、服装を整える。帽子を取り、笑顔で一礼すると事務所から去って行った。
「——さてと・・・・・・」
広い部屋で1人になったエドワードも席を立ち、本棚の横にある扉に呼びかけた。
「クリフォード、そろそろ起きろ。もうすぐ11時だぞ?」
狭い寝室のベッドの上でクリフォードはうつ伏せに倒れていた。疲労が溜まって熟睡しているのか、微塵も動かない。呼んでも返事を返さず、全くの無反応だ。
「クリフォード」
もう一度呼んでもやはり返事はなかった。エドワードは助手の傍に行き、活気のない様子を窺った。しゃがんで姿勢を低くし、彼の背中を優しく撫でながら
「クリフォード。大丈夫か?具合でも悪いのか?」
そう心配になって問いかけると
「——エ・・・・・・エドワードさん・・・・・・」
クリフォードがようやく口を開き、辛そうに頭を上げた。普段は健全な彼の顔は醜く変わり果てていた。光のない目の下には色の濃いクマができ、肌は青ざめ少しやつれている。
「——クリフォード・・・・・・」
エドワードは哀れんだ表情で助手の頬に手を当てる。今回の事件はクリフォードにとって心の内に大きな傷を残した。濡れ衣が晴れない不安、極刑に処される恐怖、そして、大切な人達に対して迷惑をかけた罪悪感。幼い子供が受けたショックは計り知れない。
「エドワードさん・・・・・・」
「——何も言うな。無理をする必要はない・・・・・・」
潤った目から涙を浮かべ、かけがえのない助手をそっと抱きしめる。生温い小さな身体を両腕で包んで放さなかった。ひとしきり、2人は狭く静かな空間でそのままの状態でいた。
「今日は気分転換に外食しよう。どうしてもお前に来てほしい場所があるんだ」
やがて、エドワードは白い袖で濡れた目を拭うと、小さく微笑む。クリフォードは期待に胸を躍らせる事はなく
「——どこですか・・・・・・?」
とだけ聞いた。
「約束の場所だ。そこに連れて行こうと思っている」
「——約束の場所・・・・・・?」
クリフォードは、はっとした表情を浮かべたが、すぐに消極的な返事を返した。
「——気持ちは嬉しいんですが、今日は気分が悪くてどこにも出かけたくないんです・・・・・・この部屋からも出たくないんですよ・・・・・・」
「だからこそ行くんだ。決してお前を失望させたりはしないし、いい思い出作りになる事を約束する。嫌ならすぐに帰ればいい」
クリフォードは固執する想いに少し沈黙しやる気のないため息をつくと
「——エドワードさんがそう言うなら・・・・・・」
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 更新中】 ( No.31 )
- 日時: 2021/06/11 19:08
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
——1887年 6月17日 午前12時7分 イーストエンド 酒場『銀の王女亭』
2人はダウニング街を離れ、イーストエンドを訪れる。彼らの前には行きつけの店であるロザンナの酒場があった。しかし、中を覗くと物静かで薄暗くて人の姿はおろか、誰かがいる気配は全く感じ取れなかった。扉にも『Close』と書かれた札が掛けてある。
「約束の場所ってロザンナさんの酒場の事だったんですか?」
クリフォードは期待して損したような言い方で聞いた。エドワードは"そうだ"と堂々と頷く。
「あいつもお前の事を凄く心配していたんだぞ。お前が釈放されたという知らせを聞いた時は一晩中号泣していたらしい」
「——でも、ここはレストランじゃないし外食する場所ではありませんよね?ロザンナさんには感謝してますが、今はここに来たい気分じゃないです。それにお店は閉まってますよ・・・・・・?」
「——じゃあ、忍び込んでみるか?」
「——え!?」
エドワードは何故か嬉しそうに言って酒場の扉をピッキングを始める。
「ちょ、ちょっと!こんな真っ昼間の人通りで!誰かに見られたら大変ですよ!?ロザンナさんだっていい顔しません!」
「大丈夫、万が一知られたら適当に謝っておくさ・・・・・・ほら、開いたぞ」
ロックピックを刺し込んで間もなく、鍵穴から開錠の音が鳴った。回した取っ手を引くと扉は店内へと道を繋げる。
「先にいっているからな」
「え!ちょっと待って下さいよ!」
クリフォードは酒場に姿を消したエドワードの後を慌てて追う。彼自身も店に足を踏み入れ、閉ざしかけた扉の隙間から外の様子を確認した。不法侵入の目撃者がいない事に安堵し、店内の方を振り返った時だった。
『『『クリフォードくん!釈放おめでとう!!』』』
突然、店内で銃声に似た音が短く鳴り響いたと思うとカラフルなリボンやラメがクリフォードに向けて浴びせられる。薄暗かった部屋一面に装飾された電気がカラフルに輝き、寂しげな酒場は一瞬にして盛大なパーティー会場へと変化を遂げた。
目の前にはロザンナ、アバーライン警部、リディアが笑顔で紐を抜いたクラッカーを握っていた。その奥には腕を組み喜ばしい表情で助手を見つめるエドワードが。彼らは愉快に拍手をしながら驚いた姿勢を崩さないクリフォードに対し
「クリフォードくん!本当に偉かったわ!よく頑張ったわね!」
「嘘を打ち明け、正直に話してくれたから自分の無実を証明できたんだよ?幼い頃の私には勇敢さはなかった。君という人間を見習うべきなのだろう」
リディアは感激のあまり嬉し泣きした顔を逸らして隠した。アバーライン警部はそんな彼女の肩に手を置く。ロザンナは真っ先に駆け寄り、クリフォードを絞めつけるように抱いた。
「お帰りなさい・・・・・・!もうこの子ったら・・・・・・とても心配したのよ!」
「——く、苦しいです・・・・・・ロザンナさん!」
「あら!ごめんなさい!あまりにも嬉しかったからつい・・・・・・」
大仕掛けが施された酒場に大人達の笑い声が響く。皆からちやほやされ照れずにはいられないクリフォード。そこへエドワードがやって来て
「どうだ?クリフォード?素晴らしいサプライズだろ?」
「もしかして、これはエドワードさんが?」
「こうすれば、お前は元の元気を取り戻してくれるんじゃないかと思ってな・・・・・・諦めずに真実を話してくれたから俺はお前を救えた。ここにいる皆だって、お前の事を最後まで信じていたんだ」
「エ、エドワードさん・・・・・・皆さ・・・・・・うわあああああ!」
クリフォードも声を上げて泣き出した。エドワード達はその溜まった苦しみが全て消えてなくなるまで見守っていた。
「さあ、もうお昼だし、お腹空いたでしょ?今日のランチはクリフォードちゃんのために大奮発したのよ?パーティーは大勢の方が楽しいに決まってるわ」
彼女?がテーブルに運んできた料理はどれも豪華で食欲をそそる物ばかりだった。焼きたてのブレットにチーズの入ったオニオンスープ、ポテトとベーコンのパスタ。更には肉入りサラダと野菜が添えられた丸ごとのローストチキン。最後は二段のフルーツケーキがテーブルの中心に並べられた。
「こりゃまた・・・・・・随分と、凄いメニューが出てきたもんだ」
「ホントそうね。私もこんな豪華な料理、本でしか見た事ないわ」
「まさか、私が生きているうちにここまでのご馳走を堪能する事になるとは・・・・・・長生きはするものですな」
アバーライン警部のジョークにテーブルを囲む一同が笑う。やがて、彼らは手を組み感謝の祈りを捧げるとグラスに注がれたワインやジュースで乾杯した。
「「「クリフォードくんの復帰と幸福を祝って、乾杯!!」」」
「乾杯!えへへ・・・・・・」
クリフォードは恥ずかしそうにジュースを一口飲む。そこには可愛い笑顔を絶やさない普段の彼の姿が。心に負った憂鬱は消え去り普段の明るい自分を取り戻したのだ。
「決してお前を失望させないって約束しただろ?」
エドワードが助手の頭に手を乗せ相好を崩した。
「はい、僕はこれからも助手としてエドワードさんを支えていくつもりです。それが僕を救ってくれた人達への恩返しになるなら努力を惜しみません。」
「やはりお前は世界一の助手だ。共に仕事を全うできる事を誇りに思う。なら、俺も負けていられないな。この先もよろしく頼むぞ?ははは!」
探偵達の優雅な一時は流れていく。正義、使命感、勇気、信用、そして、優しさ。その事を深く学んだ探偵と助手の絆はこれまで以上に固く結ばれていくのだった。
助手の犯罪 FIN
- Re: ダウニング街のホームズ【第二話 助手の犯罪 完結】 ( No.32 )
- 日時: 2021/09/11 20:06
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
第3話 ストランドの悪夢
——1886年 12月3日 午前4時29分 ストランド 市街地の路地裏
しんしんと雪が降る路地裏。
1人の子供が赤いボールで遊んでいて、他には誰もいなかった。子供は10歳にも満たない幼い少年で青い毛糸の帽子を額まで被り茶色のコート、同色のズボンを身に着けていた。広い無人の空間を独り占めし楽しそうにボールを転がす。しかし、空を見上げると灰色の曇り空がだんだんと黒く染まっていくのが見えた。地面に落ちたボールを拾い急いで家へと足を走らせようとした時だった。
少年の前に背の高い人間が、行く手を塞ぐように現れる。その正体はまだ10代後半を迎えたような少女だった。艶のある滑らかな髪が肩まで垂れておりその部分を指でいじっている。身長は160センチくらいで脚は短い。着ているのは白い長袖シャツでミモレの薄茶色のスカートを履いていた。
男性なら誰もが見惚れてしまう程の美顔でスタイルもなかなかのもの。緑の箱と赤いリボンが巻かれたプレゼント箱を大事そうに抱えていた。彼女は少年を少しの間見つめ、やがて、優しく微笑んだ。
「お姉ちゃん誰?」
「——こんにちは」
少女がクスッと笑い、友好的に挨拶をする。
「——僕に何か用?」
「私と一緒に遊んでくれないかな?1人だと寂しくて」
この少女はもしかしたら家族がいないのかも知れない。少年はそう思った。この街はクリスマスの日にはたくさんの人々が商店街に遊びに来る。孤児もまた例外ではない少年は優しくまだ幼かったため怪しむという術を知らなかった。門限を守らなきゃいけないと最初は思っていたがまだ時間に余裕があると考え直し肯定してしまう。
「——うん、いいよ。ボールで遊ぼう」
少女は嬉しそうな顔をして、プレゼントの箱を裏路地の脇に置いた。少年は力一杯腕に力を入れ赤いボールを投げつけた。ゆっくりと宙を舞うボールを少女が両手で受け止める。
「いくよ」
少女も、そう言って投げ返す。少年は慣れているのか、片手で器用にキャッチする。その行為を淡々と繰り返し2人共楽しそうに続けていた。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。2人はキャッチボールに飽きると、少女の提案で場所を変える事にし公園に行く事にした。
公園は高架橋の真下にあった。そこは長年、手入れや掃除が全くされておらず固定遊具は錆びだらけで花壇からは枯れた雑草が好き放題に伸びている。砂場や地面も種類豊富なゴミが無数に捨てられており最早ゴミ捨て場と呼んでも過言ではなかった。
そんな汚らわしい場所に足を踏み入れると、少女は今にも壊れそうなベンチに腰掛け、相変わらず中身が分からないプレゼント箱を横に置いた。そして、スカートのポケットから表紙に『シャーロック・ホームズ』と書かれた本を取り出し、しおりが挟んであったページを開いて読み始める。
一方、少年は砂場の上を駆け落ちているゴミを踏んづけながら、ブランコの椅子に座った。
「お姉ちゃん!背中押して!」
少年が叫ぶ。少女は頷くと本をポケットにしまい立ち上がった。同じくゴミを足で潰し、ブランコの方に向かい少年の後ろに立つ。
「いくよ!」
少年がブランコを動かした。少女が静かに背中を押す。
「やっほー!」
少年が楽しそうに叫んだ。少女も笑顔でまた背中を押す。不気味で廃墟のような公園に愉快な笑い声が響く。少年は嬉しかった。誰かとこんなに遊んだのは久しぶりだったからだ。1人のだけの路地裏でいつもと変わらないボール遊びよりもずっと楽しく感じた。その時だ。
「——うわっ!」
少年がバランスを崩し声を上げた。
「危ない!」
少女も叫び急いで駆け寄ると、ブランコごと少年に抱きついた。ブランコは止まり、少年は落ちずに済んだ。彼は"はあはあ"と恐怖に息切れし
「恐かった・・・・・・」
と呟いた。
「——大丈夫?怪我はない?」
「うん、大丈夫!ありがとう。」
2人は遊び疲れベンチで休む事にし一息ついたら今度は仲良く会話を始めた。好きな食べ物、好きな本、好き遊び、色々な内容を話し合う。やがて、空はすっかり夜になり、吹いていた風もさっきより激しくなっている。そろそろ、帰らないと親に怒られてしまうと思い少年は家に帰る事にした。だが、その前に少女が持っていたプレゼントについて聞いた。
「——ねえ、お姉ちゃん。」
「——何?」
「このプレゼント、何が入っているの?」
その質問に少女は静かに微笑み
「秘密」
とだけ答えた。
「そうなんだ。じゃあ、もう1つ質問していい?お姉ちゃんお名前は?僕はジャック」
そう問いかけられた瞬間、少女は笑みを緩め、右手をポケットの中に入れた。そして
「私は・・・・・・"死神のサンタ"・・・・・・」
ガタンゴトンと長い列車が高架橋の上を大きな音を立て、通り過ぎて行った。それ以降、沈黙が続いた。大粒の雪が地面を真っ赤に染める。
「——あ・・・・・・ああ・・・・・・」
誰かが苦しそうに唸った。まだ幼く少年の声だった。公園のベンチの上から大量の赤い液体が流れていた。それは地面に滴り、砂に染み込んでいく。少女は右手で何かを握りしめていた。銀色で鋭い刀身、それはナイフだった。先端はジャックの腹部にめり込みそこから血がドクドクと溢れ出てきていた。血の着いたナイフを抜きポケットに収めた頃、ジャックは横に倒れ、ベンチから横に転げ落ちた。苦しそうに乱れた喘鳴呼吸を繰り返すと、やがて、それもなくなって、静かに目を閉じた。
「メリークリスマス。可愛いジャック・・・・・・永遠にさようなら・・・・・・」
死の別れを告げ、死神のサンタと名乗った少女はプレゼント箱を開け中から死神のカードとテディベアを取り出し、カードを死体の手に握らせて、頭の横にぬいぐるみを置く。彼女は、しばらく死んだばかりのクリスを死んだような目で眺めその場から立ち去った。
数時間後に死体は発見され新聞で大きく報道される事となる。これが死神のサンタの最初の事件であり、新たな悪夢の幕開けであった・・・・・・
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