複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
日時: 2022/09/26 21:04
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.43 )
日時: 2021/12/19 19:57
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 聞き捨てならない台詞に食いつくリディアに対し、エドワードは何とも言えない口調で

「--まあな。確実とは言えないが、現に犯人と思わしき人物を見張っていた人間が殺されたんだ。そいつが死神のサンタである可能性は十分に高い」
「エドワードさん!まさかメアリーさんを疑っているんですか!?あんなに優しい人がこんな残酷で猟奇的な犯罪なんてできるわけありません!」

 クリフォードが必死にメアリーの無実を訴えかける。純粋で悪意の欠片もなかった少女の犯人説をどうしても認められない様子だった。

「俺も信じがたいが、昨日の今日だ。彼女が最も有力な容疑者である事は間違いない」
「そんな・・・・・・こんなの間違ってるよ・・・・・・!」

「クリフォード。事件を暴くというのは時によって、残酷で受け入れがたい結末が待ち受けている事もあるんだ。気をしっかり持て。落ち込むのは全てが終わってからにしろ」

「今はクリフォードくんに説教してる場合ではないわ!こうしてる間にも次の犠牲者が出るかも知れない!犯人を知っているのよね!?だったら早く教えなさい!」

 考えが異なる3人の中にアバーライン警部が割り込み、ひとまず彼らを宥める。そして、普段通りの冷静沈着な態度で話を1つにまとめさせた。

「落ち着いて下さい。こういう時こそ、バラバラにならずに団結する事が大切です。とにかく、今は容疑者の確保に専念した方がいいかと。エドワードさん。その容疑者の名前や人物像を詳しく教えてくれませんか?あと、住んでる家や居場所なども知ってるのであれば」

 エドワードは当然のように頷き容疑者の特徴を細かく説明する。

「名前はメアリー・ヒギンズ。この街に住む少女で年齢は10代半ばころ、目の色はブラウンで肩まで垂れた黒髪が特徴です。1年前の事故で両親を失った強いストレスにより胸の発作を患い、現在は薬を服用しながら静養しています。よく孤児院に足を運んでは、子供達の相手をしていて孤児達にとってはかなりの評判を得ています」

「他には?」

「また、昨日得た情報によりますと、彼女はよく子供を連れては一緒に裏路地に入って行くのを目撃されたり、事件の起きる数日前に死体に置かれたプレゼントと同じ物を購入しているという店の証言も得られました。そして、事件現場には必ず野次馬として訪れていた事も・・・・・・」

「その情報が全て正しいなら間違いなく、そのメアリーって子が犯人でしょうね。まさか、死神のサンタの正体が子供だなんて・・・・・・想像すらしていなかったわ」

 次々と並べられた矛盾のない証言に、リディアは賭けてもいいような言い方をする。腕を組み真剣に聞いていたアバーライン警部も反論せず、大いに納得していた。

「確かに、これだけの証拠が揃えば、メアリーを任意同行させるのも十分に可能かも知れませんね・・・・・・して、その子の居場所は?」
「さっきも話した通り、メアリーは普段孤児院にいますが、家はブルーサンシャインという2階建てのアパートで暮らしています」
「なら、早速そこへ向かいましょう。リディア。署に連絡して10人ほどの警官を要請してくれ。逃げられないよう建物を包囲する作戦でいく」
「了解しました。すぐに手配します」

 頼みを承諾したリディアはきっちりと敬礼すると、その場から立ち去って行った。アバーライン警部も現場の後始末を部下に任せ、ラインをまたがり追い出す仕草で野次馬を退けさせる。窮屈なく開けられた人ゴミの隙間の中を探偵と助手が後に続いて堂々と通り過ぎる。

「しかし、流石エドワードさんだ。1年前から迷宮入りだった事件をたった数日で解決に導いてしまうなんて。あなたには敬服させられるばかりです。ロンドン市警を代表し心から感謝します」

 アバーライン警部が払った敬意にエドワードは素直に喜ぶ事はなかった。それどころか、激しい後悔にかられた顔を横に振り

「今回ばかりは俺の実力ではありません。俺の旧友が危険を冒してまで手に入れた情報のお陰です。それがなかったら、死神のサンタは永久に未解決事件となっていたでしょう。そして、最後まで役目を果たそうとしたトーマスの死も事件解決への近道を作った。感謝なら彼らにして下さい」

 と自分の手柄ではない事を告げる。

(信じられん・・・・・・やはり、あのメアリーがトーマスを殺害したのか?いやしかし、見張られていると気づいたのなら、かえって大人しくしているのが当たり前じゃないのか?何故、わざわざ自分が犯人だとメッセージを残すような行為に及んだのか?さっきは非情な事を言ったが、俺もクリフォードと同じ、彼女が犯人とはどうしても思えない。この事件、何かがおかしい・・・・・・まだ何か裏があるような・・・・・・)

 事件解決が近づいているにも関わらず、エドワードの胸には不思議と違和感が残る。何かを忘れている感覚に似た妙な胸騒ぎを薄々と感じていたのだ。まだ自分達の知らない裏の裏があるような・・・・・・しかし、どんなに頭を働かせても答えには辿り着けなかった。

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.44 )
日時: 2021/12/27 20:58
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1887年 12月27日 午前11時14分 ストランド アパート『ブルーサンシャイン』

「マーク。あなたも裏に回りなさい。待ち伏せる人数は多い方がいわ。デズモンドは野次馬を遠ざけてちょうだい」

 容疑者の住まいには既にリディアは到着しており、手際よく事を進めていた。彼女が指揮する十数人の警察官が正面や裏に回り、建物を包囲している。そこへ上司であるアバーライン警部が到着し、後ろにはエドワードとクリフォードの姿も。

「ここがメアリーさんの住んでるアパート・・・・・・立派な家ですね・・・・・・」

 クリフォードが前を歩く探偵の背中を追いながら、どうでもいい話を持ち掛ける。その表情は最愛の友人を失ったかようにとても切なそうだった。

「お前が考えてる事は分かるし、俺も同じ気持ちだ。だが、奴は罪のない子供を平気で殺す冷酷な殺人鬼かも知れないんだ。気を許せば、こっちがやられる。さっきも言ったが、落ち込むのは事件が解決してからにしろ。死にたくなかったらな」

「はい・・・・・・」

 理不尽な現実に深く失望した助手の返事。ここでもエドワードは厳しい態度を変えない。

「リディア。現在の状況を報告してくれ」

 アバーライン警部が通路側で待機しているリディアに状況を尋ねる。

「はい。現在、私の部下がアパートに包囲網を築いています。表には6人、裏に8人の警官を配置に回しました。相手が武器を持った凶悪犯という可能性を考慮し、隣や付近の住民達を避難させました。犯人確保の準備は既に整っています」

「--よし、後は中に潜んだ死神のサンタを捕まえるだけか・・・・・・」

 アバーライン警部は独り言のように言ってアパートに視線をやる。複雑な心境を表しながら吐き出した白い吐息が冷たい空気に透明色になって溶け込んでいく。やがて気が引き締まった真剣な顔つきを浮かべ、頭だけを振り返らせると

「エドワードさん。ここからは我々の仕事です。犯人逮捕は私やリディア達に任せて、あなた達は安全な所で待機していて下さい」
「いえ、俺も同行させてくれませんか?」

 エドワードは刑事の意見を否定し、言葉を付け加える。

「メアリーは有力な容疑者ですが、犯人としての特定を数字で例えたら8割程度です。彼女を犯人にしたいなら、残りの2割も埋める必要があります。家の中を調べさせて下さい。完璧な証拠を探したいんです。それにこの事件、ただの連続殺人事件じゃない気がする。何か俺達の想像できない秘密があるような・・・・・・」

「--想像できない秘密?どういう意味ですか?」

 アバーライン警部の真剣な問いにエドワードは何も答えなかった。代わりに後ろに立つ小さな助手を見下ろし

「クリフォード。お前を容疑者と接触させるのは、あまりにも危険過ぎる。ここで大人しく待っているんだ」
「いえ、僕も行きます!僕はエドワードさんの助手です!これくらいの事で、いちいち落ち込んでいたらこの仕事は務まりません!」

 クリフォードは暗い感情を押し殺し、後に引こうとはしなかった。

「悲しい結末が待っているかも知れないぞ?」

「覚悟はできてます!事件を暴くというのは時によって残酷で受け入れがたい結末が待ち受けている・・・・・・だったら僕はその結末を乗り越えて行きたい!」

「ふっ、お前が僅かな時間でここまで成長していたとは・・・・・・いつか俺を越せる日が来るかも知れないな」

 エドワードは口角を上げ、はにかむと助手の肩に手を置き、軽く叩いた。クリフォードも表情を合わせ、照れた素振りを見せる。

「後ろにいろ。絶対に俺の前に出るなよ?」

 アバーライン警部とリディアを先頭に同行する4人の警察官。更にその後ろに探偵と助手がアパートに足を進める。全員が玄関の前に集合すると、すぐさま行動を起こそうとはせず始めに

「いいか?家の中にいるのは血も涙もない凶悪犯だ。例え、子供でも決して油断するな。各員、いつでも銃を抜ける状態を作っておけ」

 と注意を促し改めて扉をノックした。手の甲の骨を木の壁に打ちつけ硬い音を鳴らす。

「メアリーさん。いますか?」

 アバーライン警部が普段通りの声で容疑者の名を呼ぶ。すると、アパートの内側の奥から足音がしてギィ・・・・・・と扉が僅かに開いた。内側から優しい面持ちの少女が真顔を覗かせ、玄関に集まった警官達をじっと見つめ

「あなた達は?私に何か御用でしょうか?」

 と礼儀正しい口調で言った。

「我々はロンドン警視庁だ。メアリー・ヒギンズだな?死神のサンタの件について話がある。悪いが家の中も調べさせてもらうぞ?」

 アバーライン警部は厳しい口調で言って強引に扉を大きく開いた。それを合図に後ろにいた警官達が一刻の猶予も与えず、アパートの中に流れ込む。

「え?ちょ!ちょっと!?何なんですか!?」

 突然の出来事に驚愕と焦りを隠せないメアリー。警官達はそれを無視し、至る所の部屋の扉を開け、2階への階段を上っていく。残りは容疑者が外に出られないよう出入り口に陣取り逃げ場を遮る。

「あ、あなた達は確か、探偵の!こ、これはどういう事ですか!?私が何をしたと言うんですか!?」

 メアリーは最後に姿を現した2人の方へ駆けつけ必死に事情を問いただした。エドワードはひとまず落ち着かせると詳しい事情を手短に説明する。その後ろでクリフォードは実に残念そうな表情を斜めに逸らしていた。

「私が死神のサンタですって!?一体、何の証拠があって!?」

 メアリーは当然と言わんばかりに容疑を否定した。疑いをかけられ怒りと悲しみが混ざり合った叫び、目には涙の粒を浮かべていた。

「--すまない。こんな事、俺も望んでなかった。この現実が、ただの悪夢だったらよかったと、どれだけ思いたいか・・・・・・だが、全ての証拠が君の犯行を裏付けているんだ」

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.45 )
日時: 2022/01/03 19:56
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「ああっ!これは!」

 突如、2階から声がしたかと思うと、1人の警官が階段を駆け下りて来る。彼が抱えて持って来たのは真っ赤な跡が目立つ冬用の白いコートだった。   

「アバーライン警部!クローゼットの中に血塗れのコートがありました!それと犯行現場にあった死神のカードも複数!」
「--えっ!?」

 信じていた思いを裏切られ、クリフォードの背筋が凍る。前に立つ探偵の背中の影からおそるおそるメアリーを見上げた。更には

「警部!キッチンを犯行に血の着いた包丁を見つけました!犯行に使用された凶器と思われます!」
「--そんな・・・・・・メアリーさん・・・・・・!」
「違う!私はやってない!私は死神のサンタなんかじゃない!!」

 次から次へと発見される証拠の数々に、メアリーは強く否定しながら泣き崩れる。これだけ事実を証明する証を突き出され、もう逃げ場はない。ここにいる誰もが、彼女がストランドを騒がせる連続殺人鬼と確信していた。警察官ではない2人を除いては。

(証拠は全て、この少女が死神のサンタである事を証明している・・・・・・だが、妙だ。どんなに愚かなで無能な犯罪者でも、見つかれば命取りになる証拠をこのように無造作に放り出しておくものだろうか?あまりにも不自然だ)

 誤魔化しているような動揺もなく、これだけ追い詰められても罪を認めようとはしない容疑者。アメリアの情報。そして、処分されず残されていた証拠。エドワードは何かのピースが掛けているような、モヤモヤが晴れない気持ちに駆られていた。

「--この子は本当に犯人なのか?クリフォード。お前はどう思う?」
「僕もやっぱり、メアリーさんが犯人だとは思えません」
「厄介な事に俺もそんな気がしてきた。この子には自分を誤魔化している素振りが全く感じられない。嘘を見破れる俺でさえも判別できないんだ」

 すると、クリフォードはふと頭に何か過ったのか、はっ!と顔を上げる。そして、謎めいた短い言葉を呟いた。


『"孤独になれないタエコ・・・・・・"』


「--ん?」
「そういうタイトルの日本の小説を読んだ事があるんですが。主人公のタエコは1人の女性ですが、その中に20人の人格が存在しているんです」
「--まさか・・・・・・死神のサンタは多重人格者だとでも言うのか!?」

 クリフォードは自信があるのかないのか、判断に苦しむ言い方で説明を述べる。

「そう考えれば、人の動きだけで嘘を見破れるエドワードさんが判別できない事にも納得できます。恐らく、メアリーさんには天使の人格と悪魔の人格があり、普段のメアリーさんは悪魔の自分を知らないんです。ストランドには恐ろしい殺人鬼がいて、その人物がメアリーさんに罪を着せるために目につく所に証拠を隠していた・・・・・・と考えるよりずっと合理的です」

「--二重人格の犯罪者か。また厄介な・・・・・・」
「そんなのが現実に存在するんですか?私は聞いた事もありませんね」

 2人のやり取りを聞いていたアバーライン警部が半信半疑で話の輪に加わる。

「私も長い職務の中で大勢の犯罪者を取り調べましたが、その何人かは自分は精神障害だとかなど、下手に誤魔化そうとするんです。無論、その嘘が通った事は一度もありませんが」

「エドワード。私はクリフォードくんの意見に耳を貸してもいいわよ」

 そこへリディアもやって来る。

「オークウッド警部補。まさか、君も多重人格とやらを信じるのか?」

「ええ、私は実際そういう人間に出くわした事があります。これは数年前、まだ私が新入りだった頃、ある子供と出会いました。その子は孤児で親に捨てられた苦しみに精神に病み、意識を失ってしまうんです。最初は優しい子だったはずなのに、目を覚ましたら犯罪者みたいな人格になって、私と出会った事を忘れていました。いたずら好きの子供の演技にはとても見えませんでしたよ」

 まだ信じ切れないアバーライン警部は"う~ん"と唸りながら腕を組み

「--しかし、それが本当だとしても問題は今後、この少女をどうすべきかだ。殺人鬼の一面があるなら当然、野放しにする訳にはいかないだろ?しかし、良識的な一面を持つ者を裁くのは無実の人間を裁く事と同じ。実に難しい難題だ」

「逮捕して裁判にかけても、無実の人格者を死刑に処すのは国の秩序に反します。可愛そうですが、この子をロンドンの隔離施設に収容するのが1番の得策かと・・・・・・まずは逮捕して、署に連行しましょう」

「--そうだな。処罰はその後でも遅くはない」

 アバーラインはコートのポケットから手錠を取り出し、メアリーに詰め寄る。

「今の君は殺人犯ではなく、善良な市民である事は認めよう。だが、もう1人の君が犯した事件について、事情聴取に付き合ってもらう。警察署まで同行しろ」

「取り調べですか・・・・・・?ぐすっ、分かりました・・・・・・私を逮捕して下さい。私の病気のせいで子供達を犠牲にさせてしまった罪は償います・・・・・・ちなみに警察署にはどれくらい滞在すればいいですか?」

 メアリーは本当の自分が犯した訳じゃない罪を認め、肯定の返事を返した。涙を拭い鼻を啜って、ふらふらと起き上がると、潔く両手を差し出す。

「さあ、10日かかるか、ひと月かかるか・・・・・・」
「--そんな!そんな長い間、『アレ』なしじゃ・・・・・・!」
「--ん?あれとはなん・・・・・・うわっ!」

 突然、メアリーはアバーライン警部を押し倒すと、部屋の奥へ疾走した。リディアが肩を掴むも、その手は容易に振り払われる。

「メアリーさん!」

 クリフォードがとっさに叫び、アバーライン警部も横たわった姿勢のまま犯人を指差し

「に、逃げたぞ!追えっ!」

 呆気に取られていた警官が確保に走り、エドワード達もその後を追う。メアリーの向かった先はキッチンだった。しかし、彼女は窓を開けて逃走する事はせず、代わりに壁に備わった薬棚を開ける。薬箱から細い茶色いガラス瓶を1本取り出し、蓋を開け口に含むと一気に飲み干した。そして、床に両手をつき苦しそうに何度も咳込んだ。

「--しまった!毒かっ!?」
「そんな!メアリーさん!何を飲んだんですか!?」

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.46 )
日時: 2022/01/11 19:43
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 探偵と助手の問いにメアリーは力の抜けた体を震わせながら

「浅ましい姿をお見せしました。1年前に事故で両親を亡くしてから、私は胸の病気を患い日に日に酷くなる発作の苦痛に耐えかねていた所、父の友人であるお医者様から、ある薬を処方されたんです。よく効く薬だけど一度には大量に飲んでいけないと、くれぐれも念を押されたのですが、これを飲んだ後の苦痛からの解放感と恍惚感から毎晩飲むようになり、今ではこれなしじゃ生きられなくなってしまいました」

「薬・・・・・・一種の麻薬か!?」

 それを理解したエドワードははっとした。解けなかった謎が明らかになり、この事件の全貌を知ったのであった。床に瓶を落とし、メアリーは何事もなかったように立ち上がる。だが、さっきとは違い、口調が明らかに急変していた。

「くく・・・・・・清々しいこの気持ちは飲んだ人間にしか分からないんだよね~・・・・・・ある時ね、私はふと思ったんだあ~・・・・・・えへ、えへへ・・・・・・!こう言う気持ちいい時に誰かを殺したら、もっと爽快な気分を味わえるんじゃないかって・・・・・・あははははははは!そんな事しても別に神様は怒らないよね~?だって私以外の生き物は全部クズなんだもん。私の家にもクズがいっぱい・・・・・・殺しちゃおうかな~?きゃはははは!」

「メアリーさん・・・・・・」

 変わり果てたメアリーを見て、クリフォードは口の前に寄せた手を震わせる。その目は最早、信用など存在せず悪魔を眺める眼差しそのものだった。

「--狂ってる・・・・・・!おい!何をしている!?早く、その頭のおかしい女を逮捕しろ!」

 アバーライン警部が指示を叫び、2人の警官が豹変したメアリーに押し寄せた時

「待て!そいつに近づくな!」

 エドワードが冷静さのない口調で叫んだ。だが、その警告も空しく悲劇をもたらす。

 死神のサンタがこちらを振り返った途端、同時にナイフを手にした腕を振るっていた。不意の刃をかわせるはずもなく、1人の警官は頸動脈を裂かれ首を深く抉られる。彼は大量の血を噴水のようにぶちまけながら倒れ込むと"かっ・・・・・・かっ・・・・・・"と枯れた声を上げ動かなくなった。

「うわあああ!!」

 殺人ショーを目の当たりにしたクリフォードは悲鳴を上げ腰を抜かした。

 死神のサンタは怯んだもう1人の警官の腹部にナイフを残し、背中へ回り込む。首に腕を絡め、ホルスターからピストルを抜き取ると、その警官を盾にした。銃口を人質の顎に当て、猟奇的な笑みを浮かべる。

「が、ああ・・・・・・た、助けて・・・・・・」

 刺された箇所からだらだと血を流し、警官は死の恐怖と苦痛に女々しく涙を零した。

「銃を捨てなさい!」

 リディアが銃を向け、鋭い声で訴えるも

「嫌に決まってるでしょ?こんな楽しい事やめられないもん。ここにいるクズは全員死ぬの。私の手にかかってね。あははははははは!」

 警告を無視し、目の前で構える人間達を嘲笑う。

(--これが死神のサンタの正体だったのか。麻薬による人格転換・・・・・・!流石の俺もこんなのは予想できなかった。それよりも何とかして、人質を救い出さなくては・・・・・・!)

 エドワードがそう思いつつ、この状況を脱する手段を考える。しかし、急に動けば犯人を余計に刺激してしまう。例え、戦技の心得があろうとも、引き金に手をかけた犯罪者を無力化するのは至難の業だ。

「ああ・・・・・・あ・・・・・・」
「クリフォードくんだっけ?私を信じ切って必死に訴えるあなたの顔、面白かったわよ。ありがとう。唯一私に味方してくれたのはあなただけ、そのお礼に・・・・・・」

 怯えるだけで精一杯なクリフォードに、死神のサンタは銃口の矛先を変え


「次はあなたを最初に殺してあげる」


「クリフォード!!」

 エドワードは助手を庇おうと駆けつけるも、それよりも先に引き金は引かれる。狭い部屋に響く火薬の破裂音、放たれたウェブリーリボルバーの銃弾がめり込んだ。だが、それはクリフォードには命中せず、何かが彼に覆い被さり直撃を防いでいた。

「--え?」

 クリフォードは何が起こったのか分からず、混乱した。だが自分を守ったものが何なのか知った突端、その顔は青ざめた。

「クリフォードく・・・・・・ん・・・・・・怪我・・・・・・はない・・・・・・?」

 リディアが弱り果てた声で聞いた。彼女は身代わりとなって間一髪、クリフォードの命を救ったのだ。銃弾は背中の右側の肺のある部分に撃ち込まれ、破れたコートの穴から溢れた血が服に染み込み広がる。

「リディア・・・・・・さん・・・・・・!」
「無事み・・・・・・たいね・・・・・・よかっ・・・・・・た・・・・・・」

 リディアは意識を失い、安堵の笑みが垂れる。

「あ~あ。他人を庇って死ぬなんてバカじゃないの?実にくだらないわ。私こういう臭い芝居、嫌いなのよね~」

 思惑を邪魔された死神のサンタは不機嫌になって、拳銃のハンマーを倒した。そして、再び銃口をリディアの背中に狙いを定める。

「頭に来たから、もう1発撃ち込っ・・・・・・」

 台詞の途中を遮り再び銃声が響いた。今度は死神のサンタの後ろの壁に血や肉の塊が大量に飛び散り、壁にびちゃっ!と付着する。彼女の額には、クルミくらいの大きさの穴が開いていた。そこから血が顔中を伝っていく。

「--あ」

 死神のサンタは銃を地面に落とし、白目を向いて倒れた。人質の警官も釣られて横たわる。アバーライン警部がいる列の隙間から、リボルバーを構えたエドワードの姿があった。大口径の銃口からは白い煙が上る。彼は一度強く息を吐き出し銃をホルスターに収めるとすぐに負傷したリディアを仰向けに抱いた。

「ああ・・・・・・リディア・・・・・・!なんて事だ・・・・・・!しっかりしろ!死んじゃだめだっ!」
「僕のせいだ・・・・・・僕が弱虫なばっかりに・・・・・・!」

 クリフォードは頭を抱え、不甲斐ない自分を責め立てる。罪悪感に耐えられなくなり、とうとう泣き出してしまった。

「泣くなクリフォード!涙を流してる暇があったら、応急処置を手伝え!」

 エドワードは助手を大声で叱り、リディアのコートを脱がす。うつ伏せにして寝かせると、シャツを破いて傷口を調べる。

「何をぼさっとしてる!?今すぐ馬車を準備しろ!負傷した2人を付近の病院に連れて行くんだ!大至急だ!」

 アバーライン警部が怒鳴って、部下に行動を促す。そして、自身もリディアの傍で跪く。

「エドワードさん!リディアの容態は!?」
「弾丸は貫通せず、体内に残っています。この位置からすると、肺はやられてるでしょうね・・・・・・」
「--くそっ!なんて事だ!死神のサンタめ!どこまでも卑劣な奴だ!」
「とにかく、今は病院に搬送するべきです!このままだと手遅れになってしまう!」

 すると、そこへ1人の警官が大急ぎでやって来て

「警部!馬車の準備が整いました!いつでも出発できます」
「でかした!馬車が着いたら、慎重に負傷者を乗せろ!それまでに、こっちは応急処置を施す!」

Re: ダウニング街のホームズ【第三話 ストランドの悪夢 更新中】 ( No.47 )
日時: 2022/01/19 21:06
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1887年 12月27日 午後2時51分 ストランド 総合病院

 医師や看護師、患者が行き交う廊下の椅子にエドワードとクリフォードが腰かけていた。2人は沈黙を保ち、リディアの手術が終わるのを待ちわびていた。エドワードは祈るように組んだ手を額に当て、俯いている。クリフォードも既に泣き止んでいたが、落ち込んだ表情で下を向く。

「--クリフォード」

 ふと、エドワードは隣に座る助手に視線をやり口を開いた。

「--何ですか?」
「ちょっと、話をしないか?どうしても聞いてほしい話がある」

 クリフォードは少し真面目になって探偵を見つめる。

「--さっき、事務所でした俺の師匠についての話の続きだが・・・・・・」
「続き?そう言えば、聞いてませんでしたね」

 エドワードは頷き、自身の師について再び語り始める。

「師匠はもういないと言っていたのを覚えてるか?お前もその意味を既に悟っていると思うが、師匠はもうこの世にいない。俺がまだ探偵として未熟だった頃に死んだんだ。殺されたんだよ」
「殺された・・・・・・!?」

「ある事件を解決した師匠はコベントガーデンの王立劇場で劇を見ている最中、後ろから襲われ拳銃で撃たれた。犯人は逃走中に射殺されたが、彼女も帰らぬ人となった。即死だったらしい。俺はその時、劇場にはいなかったため、死の知らせを聞いたのは事件から翌日の事だった」

「・・・・・・」

「安置室で、額に銃痕を残した師匠の遺体を見て、俺はその場で泣き崩れた。この世の全てを呪ったよ。こんな悲劇を味わうくらいなら、彼女と出会わなきゃよかった。一瞬、そんな風にも思ってしまった。でもな、どんなに絶望しても呼吸を止められるはずもなく、あの人がくれた人生を投げ出すのはやっぱり嫌だった。俺は誓ったんだよ。死ぬまで正義を全うした師匠の役目を引き継ごうと・・・・・・だから俺は今こうして戦っている」

 エドワードはそう言って、首にぶら下げた赤い十字架のネックレスを外し助手に近づけ

「いつも気になっていただろ?このネックレス、師匠の形見なんだ。これを身に着けてると、彼女が傍で見守ってくれている気がしてな・・・・・・」

 クリフォードは探偵の信念に感動し、ここに来て初めて笑みを零した。

「--だが、俺は大切な人を十分失ってきた。師匠だけじゃなく、リディアまでいなくなってしまったら俺はもう・・・・・・」

 その台詞を発した直後、手術室のドアが開く。中から出てきたのは1人の年老いた看護婦だった。
看護婦は廊下を見渡し、2人の姿を認識すると彼らの方へ足を寄せて来た。エドワードとクリフォードは緊張感のある顔で席を立つ。

「ナイチンゲールさん・・・・・・!」

 エドワードが看護婦の名を口にする。

「手術は終わったわ。仕事でこんなに汗を流したのはクリミア戦争以来ね」
「あ、あの・・・・・・!リディアさんは・・・・・・?」

 クリフォードが心配になって聞くと、ナイチンゲールは生真面目な表情を崩さず

「あの患者も恋人を残して死にたくなかったのね。2ヶ月後には退院できると思うわ。それと、腹部を刺されたもう1人のお巡りさんも、天国にはまだ行けないみたいね」

 それを聞いて、2人は安堵し、大いに歓喜した。これ以上のない嬉しい知らせに、今度はエドワードが泣き崩れる。クリフォードも晴れやかな笑顔を作り胸に両手を当てる。

「ありがとうございました・・・・・・!この恩は一生忘れません!」

 礼の言葉を述べられ、ナイチンゲールはふっと笑い

「私はただ手術の手伝いをしただけよ。感謝なら患者を救った外科医に言いなさい。よかったわね」

 それだけ言うと、彼女はつかつかと廊下を歩き去って行った。


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