複雑・ファジー小説
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- 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
- 日時: 2020/12/26 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)
【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】
異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。
『頼まれ屋アリア、開店中!
願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
店を経営するは魔導士の姉弟。
これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。
◇
連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
それでは——
「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」
——————
【主要キャラ紹介】
・アリア・ティレイト……(17歳)
全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」
・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」
・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」
・ソーティア・レイ……(16歳)
異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」
————————
【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)
プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月
【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-
第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月
番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日
第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月
番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年
◇
【第二部 1458年は忙しい】 >>
第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
ソーティア編 >>
デュナミス編 >>
第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
第十二の依頼
第十三の依頼
第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月
◇
【第三部 1459年の静かな夜】 >>
第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月
◇
【最終部 1460年と共にさよなら】
今に至るエルナス >> ——1月
◇
過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月
番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
番外 ある新年に願う >>
番外 頼まれ屋の休日 >>
過去編 遠い日のエルナス >>
過去編 幸せの地はいずこ >>
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.8 )
- 日時: 2020/09/15 08:53
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
翌朝。
カーテンが開けられて明るい朝の光が差し込んだ。朝の光に目が覚めたアリアは大きく伸びをして身を起こす。自分の傷はまだ治り切ってはいないが、昨日よりはましだと判断、隣のヴェルゼの様子を見に行く。
「おはよう、アリア」
デュナミスがそんな彼女に声を掛けると、おはようと元気よくアリアは返した。「デュナミス、昨日はありがとうね! お陰でぐっすり眠れたわ。ところでデュナミスは眠らないの?」
「死者である僕には睡眠なんて必要ないんだよ。これくらい問題ないさ。アリアは優しいんだねぇ」
「そっか、良かったわ!」
頷き、アリアはヴェルゼのベッドを覗き込む。ヴェルゼの瞼が開き、朝の光のまぶしさに何度も瞬きした。
「おっはよー、ヴェルゼ! 調子どう? 元気?」
「…………姉貴、わかったからそこを退いてくれないと身を起こせないのだが」
「えっ、あっ、ごめんっ!」
アリアは自分が丁度ヴェルゼの身体の上に身を乗り出していたことに気づき、引っ込んだ。
「その様子なら姉貴も元気そうだな。オレも完調とは言えないが大分楽になった。これなら箱を奪った奴らとも戦えるだろう。それに今は二人揃ってるしな」
呆れたように言いつつも身を起こし、デュナミスに気づいて礼を言う。
「昨日は、済まなかった」
「謝る必要なんてどこにあるんだい? 僕らは大親友、だろ?」
そんなヴェルゼの謝罪を、明るく笑ってデュナミスは退けた。
さて、と彼は真剣な表情になる。
「箱を奪った襲撃者は、厳重に封印された箱を開ける方法を探していたみたいだ。幸いにもまだ開けられていないけれど油断は禁物だ。こっちがうかうかしてるうちに、奴らは解除の方法を発見するかもしれない。場所は王都のスラム街の廃墟。ちょっとわかりにくいところに集まっていたから僕が案内する。奴らは箱を開けるまでそこに留まっているつもりなんじゃないかな」
「わかったわ」
「了解した」
デュナミスの言葉に姉弟は頷く。
「じゃあ行くわよ!」
早速、と言わんばかりのアリアに、
「……何も食べずに行くつもりか。腹が減っては戦はできぬというだろう」
呆れたようにヴェルゼが突っ込むのは、もはや恒例行事である。
◇
宿の料理でお腹を満たし、宿の女将に代金を払う。
ふよふよ宙を浮かぶデュナミスについていって王都の道を進む。しかしデュナミスは浮かびながらも、左足を引きずっているようにも見える。それに気が付いたアリアは問うた。
「デュナミス、左足、どうしたの?」
「ん? ……ああ、癖になっちゃっているんだねぇ」
気付き、デュナミスは苦笑いを浮かべた。
「生きていた頃、左足に大怪我を負ってそれ以来引き摺るようになったんだよ。今のこれは……無意識のうちに出ちゃったけど、その頃の名残、かな」
死んじゃった今はもう関係ないんだけどね、と少し悲しそうな顔になった。
デュナミスは足を引き摺りながらも宙を歩く。その様は死んでいるのに生きていた頃の思いに取りつかれたままのようにも見えて、悲しげだった。
やがて。
「ここだよ」
複雑な道をいくつも抜けて、アリアには帰り道が分からなくなった頃、デュナミスがそっとある場所を示した。それは薄汚れた石と金属で作られた廃墟で、建物の周囲にもごみがたくさん捨てられていて悪臭を放ち、人が寄りつくようなところにも見えない。壁の一部にも穴が開き、場所によっては窓硝子が割れて破片が地面に散乱している。
アリアは思わず鼻と口を覆った。
「きらびやかな王都に、こんな場所があるなんて……」
「光の裏には影がある、当然だろ姉貴。こういった影が、忌むべき一面があるからこそ、王都はあんなにも輝いていられるんだ。影無き光など存在しない。摂理だろう?」
ヴェルゼがそういった光景から目を背けることをせず、淡々と言葉を発した。
さて、と彼はデュナミスを見た。
「案内ありがとな。さっさと行かないと手遅れになる。——行くぜ」
彼の言葉に頷いて、二人と一体は廃墟の中へ、侵入する。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.9 )
- 日時: 2020/09/17 09:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
廃墟の中を、慎重に進んでいく。複数の話し声、何か道具を使う音。低く呪文を唱える声も聞こえ、その後で失敗したような困った声、それに対する舌打ちの音。
現場の外にまで感じられる張り詰めた空気。何人くらいいるのだろう? アリアは横目でヴェルゼを見た。彼にはもうわかっているのか、任せろと言う風に頷くのが見えた。
そして、その先で明瞭に聞き取れるようになった、声。
「よしっ、ここをこうすれば……」
「あともう少しだ。行けるぞ! 今度こそ失敗するんじゃないぞ!」
「邪魔な守り手は排除した!」
「さぁ、今こそ……」
「——させないわ」「させるかァッ!」
固く閉められた扉をアリアの炎がぶち破り、轟音と共に閃光を放った。爆発した光と炎が、暗い廃墟をまばゆく染め上げた。
刹那、ナイフか何かで肉を断つ音、小さなうめき声。そして直後、囁く声。
「血の呪い《ブラッディ・カース》——血色の縛鎖《ブラッディ・バインド》」
声と同時、赤黒く輝く血色の鎖が闇を切り裂いて伸びていく。
アリアの赤い髪が、廃墟の暗闇の中で燦然と輝いた。
右手に炎を浮かべてアリアは見る。その部屋には男が三人おり、そのうち一人の手に件の箱があるのを。そしてその箱に厳重に施されていた封印が解かれ、今まさに箱が開けられようとしているのを。その箱を開けようとしていた男に血色の鎖が巻き付いて締め上げ、男は思わず箱を取り落とす。それを見逃すわけがなく、素早く駆け寄った漆黒の影が箱を回収、鎖で男を縛ったまま、後ろに向かって跳躍、大きく距離を取る。
「……何故ここがわかった」
部屋の一番奥にいた男が問うと、「僕のお陰だね」とデュナミスが答えた。
「死者たる僕が姿を消して偵察、場所を皆に教えた。それだけさ」
死んでいるのは便利だね、と事も無げに、しかしどこか寂しげに呟いた灰色の亡霊。
何はともあれ、とアリアが言った。
「取り返したければ奪えばいいわ。そう、あたしたちにしたように。でもそう簡単にはいかないわよ? こっちはそこそこ怪我してはいるけど、もう、一人じゃないんだからっ! それにさぁ、あたしの大切な弟に何ひどいことしてくれてんのよ。来るなら来なさい、あなたたちにも同じだけの怪我をさせてあげるわッ!」
「……姉弟の実力を、舐めるな」
アリアの隣に、ヴェルゼが立つ。
彼の右腕は激しく出血していた。彼の使う血の魔術は術者の血を媒体にする、つまり血を流していない術者は自分の身体を傷つけないと術を行えないのだ。そのためにあえてヴェルゼは自分を傷つけ、血の鎖で相手を縛り、強引に箱を奪うという強硬手段を実行した。血の魔術は消耗が激しいが、その分威力も絶大なのだ。
「ちょっと待て待て。提案がある。いいから落ち着け」
リーダーらしき奥の男が降参するように両手を挙げる。何よ、とアリアが鋭く男を睨むと、男は闇の中、ぼんやりと見える口元に得体の知れない笑みを浮かべた。
「この箱は開けた際に周囲にいた人々に幸福をもたらすのだ。最初は我らで独り占めしようとしていたが、どうだろうか。お前たちもその恩恵にあずかるというのは。こちらは攻撃されないし、そちらも恩恵を受けられる。悪くはない取引だと思うがな?」
そうね、とアリアは頷いた。
「確かにそれは一理ある。あたしたちも、余計な争いはお断りよ」
その言葉に、ヴェルゼが焦ったような声を上げた。
「おい、姉貴……」
「——でもね、あたしたちは『頼まれ屋アリア』なの」
彼女の瞳に誇りの炎が宿る。
「だから! あなたの言うことがたとえ真実だとしても、それが幾ら旨みのある話でも、あたしはそれを呑むわけにはいかない、頼まれたことを果たさないわけにはいかないの。だってあたしは言ったんだから」
彼女は誇らしげに「いつもの台詞」を叫んだ。
「『頼まれ屋アリア、依頼、承りました』って、ね! あなたの甘言には惑わされない!」
アリアはきゅっと目を閉じて、開いた。その身体から火の粉が舞う。それは彼女の矜持の炎だ、彼女の強い意志の炎だ。
「いっけぇ!」
叫び、右手を高く掲げれば。天に向かって伸ばされた手に、炎の大きな塊が生まれる。
「……懐柔しようと思ったが、無理であったか」
リーダーは苦い顔をする。アリアの炎に照らされたその顔はいかにも歴戦の戦士といったような傷だらけの顔。歳は四、五十代くらいだろうか。纏う空気も他の男たちとは違い、風格を感じさせる。
リーダーは唇の端をゆがめて笑った。
「だが……こちらに魔導士がいないと思ったら大間違いだぞ、炎の娘」
アリアが男に向かって炎を飛ばした直後、その炎は瞬く間に消えた。
「え……どういう、こと?」
驚いた顔のアリアに、「水使いだね」とデュナミスが解説する。
「水使いが相手じゃ君の炎と相性悪いよ。全属性使いなんだろ、君。たまには違う属性も使ってみたらどうだい」
うーんとアリアは複雑な顔。
「使えなくはないけれど……」
手を握ったり開いたりを繰り返す。そのたびに掌の上に浮かんだのは小さな炎、水滴の集まり、目に見えぬ風、紫電散らす火花、氷の結晶、熱のない光、周囲の暗がりを更に濃くする闇。
魔導士は通常、扱える属性というのが生まれつき決まっており、それ以外の属性も扱えなくはないが得意属性以外に対して干渉できる力は弱い。しかしその代わり、たゆまぬ努力を続ければ得意属性の魔法を極めることができる。
対し、アリアのような全属性使いはその中に得意とするものがあったとしても、ひとつの属性を極めることはできない。しかし彼らはすべての属性を同じ程度で操ることができる。全属性使いの数は少ないが、その対応力は恐るべきものがある。
アリアは普段は炎しか使わないので炎使いだと思われがちだが、彼女は全属性魔導士、その真価はピンチの時にこそ発揮される。
「水には雷だ、雷の魔法素《マナ》を組む準備をしろ」
「わかってる、って!」
ヴェルゼの言葉にアリアは頷き、その手に魔力を集中させる。それらの会話を聞いていた水使いはすっと引き下がろうとするが時すでに遅し。
「知ってるわよね? ——稲妻は、光の次に速いのよっ!」
避けようと思って避けられるような代物では——ないのだ。
掲げた手に稲妻が集まり、鋭い一陣の矢となって、相手の胸に吸い込まれるようにして突き刺さる。くずおれる相手。水を纏っていたがゆえに全身に感電し、そのまま動かなくなる。
「一人目、撃破っと。あとは二人ね? 来るならば来なさい。あたしたち姉弟が、相手になってあげる」
赤い瞳に強い光を浮かべ、そう、アリアは口にした。
一方、そうやっている間にも、ヴェルゼの血の鎖で縛られた相手の体力は削り取られていく。縛られた相手は鎖を引くが、するとヴェルゼの傷から鎖が伸びて、引いても引いてもキリがない。
「無駄だ。この鎖はその程度のことで何とかなるような代物ではない」
ヴェルゼは不敵に笑い、
「では、呪われし血の魔術の第二弾をお見せしよう」
ナイフを構えた。ヴェルゼ自身の血の付いた、ナイフを。
「血の呪い《ブラッディ・カース》——呪い人形《カースド・ドール》」
彼は構えたナイフを傷ついた自分の腕に振り下ろす。当然ながらそこから更なる血が噴き出すが、それだけではなかった。
「ぐあっ!?」
相手の男の、驚いたような声。
ヴェルゼは自分を傷つけただけ、なのに。
相手の腕の、ヴェルゼが自分を傷つけたのと同じところに、同じ傷が刻まれていた。
ヴェルゼは痛みをこらえつつ笑う。
「あんたの利き腕は右腕か? ならば潰して進ぜよう。オレの利き腕は左腕だから自分の右腕を傷つけたって問題はない。この術式は痛み分けの術式——要はオレの食らったダメージが、そっくりあんたに返ってくるというわけさ」
そして問答無用でヴェルゼは右腕をさらに傷つける。相手の右腕にも深い傷がつく。相手はヴェルゼのナイフを奪おうと藻掻くが、ヴェルゼの血の鎖が身動きを許さない。相手は血の鎖に体力を吸われ、さらに利き腕を潰された。当然ながらヴェルゼだって無事では済まないが、それでもこの術式は強力だった。
「二人目、無力化。残るはリーダーらしきあんただけだ」
出血多量でふらつきながらもヴェルゼは笑った。その傍らに寄り添うデュナミスが、ヴェルゼを温かい魔力で支えている。デュナミスの力によってヴェルゼの自己修復能力が加速、彼の傷は少しずつ塞がっていくが、血の鎖で繋がった相手の傷は癒しの動きには連動しない。
リーダーの男は舌打ちをした。
「ただの魔導士姉弟かと思っていたら、舐め切っていたようだな……。まぁ良い! われは全力で立ち向かうのみ! 箱を奪えずともせめて一矢——!」
瞬間、彼は超高速で呪文詠唱を始めた。気付いたアリアが相手を妨害せんと術式の準備を始めるが、先を読んだデュナミスが「水の防御を!」と叫び、アリアは反射的に術式を切り替え、水魔法による防御膜を自分と仲間たちに施した。何かを感じ取ったヴェルゼは血の鎖を強引に断ち切った。繋がりの切れた男がくずおれ——
瞬間。
大爆発。
それはリーダーの男を中心に起こった。
強烈な魔法の波がアリアたちを包み込む。ダメージの少ないアリアは必死で耐えるが、水の防御膜は少しずつ爆風に浸食されていく。
「まさか……自爆!?」
「そのまさかだ! 姉貴、耐えろッ!」
アリアの声にヴェルゼが答える。デュナミスも彼独自の術式を展開、アリアの補助に回る。
やがて。
「ふうっ……終わっ……た」
アリアは大きく息をついた。
爆風は凌ぎ切った。敵は倒せた。
相手の自爆した廃墟は天井が見事に吹き飛び、そこから青い空が見えていた。
鎌に縋って身体を支えつつ、急げ姉貴とヴェルゼは言う。
「あんなに大きな爆発があったんだ、さっさと動かないと王都の治安維持隊が来るぞ。面倒なことになる前にアンダルシャ神殿に行こう。箱を所定の場所に置かなければ……依頼は、完了したことにならないからな……」
「わかった……」
頷き、彼女はゆっくりと動き出す。
皆、満身創痍だったが、最大の壁は乗り越えられた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.10 )
- 日時: 2020/09/19 11:25
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: vKymDq2V)
アンダルシャ神殿に到着し、祭壇に辿り着く。祭壇の上に封印の解けかかった例の箱を置いた。すると。
置かれた箱から光が溢れた。突如溢れ出した光に、他の参列者たちも目を白黒させてこちらを見る。
数瞬の後、その場には透明な姿が現れていた。
透けた身体、長い髪の毛。薄い衣服を身に纏う、柔らかな曲線を描く肢体。
少女だ。透けた少女が光と共にその場に現れた。
『う……ん』
彼女は大きく伸びをすると、透けた瞳でアリアたちを見た。
『あなたたちが、わたしを解放してくれたの?』
そうだ、と驚きつつもヴェルゼが返した。
「ある人に頼まれたんだ、箱をアンダルシャ神殿の祭壇まで持っていけってな。紆余曲折あったが、オレたちは依頼をこなしただけだ」
そう、と少女は頷いた。
『わたしは地上界と二重写しの世界、精霊界から来た存在。ある人に閉じ込められて、ここ以外の所で解放されると怨霊になって地上界を荒らすっていう呪いを掛けられた。呪いを解いてくれてありがとう。お陰で、わたしはわたしでいられた』
ありがとう、と彼女は笑う。
『お陰で精霊界に帰れるわ。あなたたちには感謝しているの。だから……これはちょっとしたお礼』
彼女はふわりと浮き上がり、その場でくるりと一回転した。すると優しい緑の光が現れてアリアたちを包み込み——
「……すごい。疲れが一気に消えていくわ」
「回復の術式……か?」
それはアリアたちの傷を癒した。もっとも、大した力はないらしく完全には治せていなったが、アリアたちは大分楽になったのを感じていた。
うふふと精霊の少女は笑う。
『わたしは弱い精霊の子。でも、少しでも役に立てるなら』
ちょっとは楽になったかな? と笑い、
彼女は光の中に溶けてゆき——消えた。
呆気ない終わり方だった。もっと大きな何かが起こると思っていたのに。
「……帰るか」
ヴェルゼに声を掛けられ、
「……帰るわ」
アリアも頷いた。いつもの文句を疲れた声で言う。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しましたっ!」
死霊のデュナミスはふわりと笑うと参列者たちに礼をした。
「お騒がせしましたっと。僕らはいなくなるから、後はご自由にぃ」
◇
王都から徒歩で店へと帰る。帰り道は特に問題もなく、行きとは全く違った穏やかな空気が流れていた。
店に帰り着く。「閉店」の札は相変わらずだったが、流石に休まないとまずいと思ったのかアリアもヴェルゼもひっくり返さない。
安心できる家に着き、ヴェルゼの横でアリアが大きな息をついた。
「たっだいまー! ふぅ、やっぱり我が家って安心するわねぇ!」
「……ただいま、だ」
二人揃ってただいまを言うが、テンションは対照的だ。
ヴェルゼは手近な木の椅子を見つけると、そこに乱雑な仕草で座り込んだ。今回の戦いはきつかった、結構な疲れが溜まっている。その右腕に巻かれた包帯が痛々しい。乱雑な仕草をしたせいで傷に痛みが走り、ヴェルゼはつと顔をしかめて包帯をそっと押さえた。それをアリアが見逃すはずもなく。
「あれ? さっきしっかり処置したはずなんだけど! 痛む? どんな感じ? 大丈夫? 辛くない?」
心配げにあれこれ訊ねてくる姉に、ヴェルゼは声に呆れを混ぜて返した。
「姉貴は過保護すぎるぜ。今回よりもっとひどい怪我をしたこともあるんだからこの程度……ッ」
言い掛けて再び顔をしかめるヴェルゼを、呆れ顔でアリアは見遣る。
「まーたあんたはそうやって無理するんだからぁ!」
「ところで、姉貴……」
「なぁに?」
不思議そうな顔をしたアリア。
そんな彼女に、ヴェルゼは一つの問いをぶつけた。
「姉貴は……今回の事件の黒幕に、気づいているか?」
黒幕? と首をかしげるアリア。その顔は全く何も知らなさそうだった。
知らないなら良い、と首を振り、ヴェルゼはゆっくりと立ち上がった。何それ気になると追いすがる姉を振り切って、ヴェルゼは階段を上って自室へと向かう。
彼は、気づいていた。精霊の少女の言葉から、気づいていた。
——この事件の真の黒幕は、依頼者の青年だ。
彼が精霊を閉じ込めそれをアリアらに渡し、神殿以外で開けられることを、それで精霊が怨霊となることを狙ってあの依頼はされたのだ、と。
そうでなければ、何故青年は最初に「持ち主に幸運をもたらす」などと言ったのか? そういった言葉は「中を見てみたい」という思いを加速させる言葉だ。最初からこの箱の正体について教えていれば余計な勘繰りはしないで済むのに、あの青年は敢えてそれをしなかった。
結果、青年の目的は外れることにこそなったが——。
(次にあいつが現れたときは、大いに警戒することにしよう)
そう心に決めて、ヴェルゼは自室に帰ったのだった。
その背をアリアの声が追う。
「ご飯作ったら呼ぶからその時は降りてきなさいよね!」
「わかった」
「ヴェルゼは何が好きだったっけ? 好き嫌いとか特になかったっけ? 身体の調子が悪いならおかゆでも作ろっか?」
「大丈夫だ、任せる! ……ったく、姉貴は過保護すぎるぜ」
苦笑を洩らし、ヴェルゼは部屋の扉を閉めた。すると扉の隙間からデュナミスが部屋に侵入してきた。これもいつもの光景である。
「んー? 過保護なのはどっちなのかなぁ?」
悪戯っぽく笑うデュナミスを殴ろうとヴェルゼは拳を突き出すが、霊体のデュナミスには当たらず、その身体を通り抜けるだけ。ハァ、とヴェルゼは大きく溜め息をついた。くすくすとおかしそうにデュナミスは笑う。
「ヴェルゼはさぁ、もっと素直になった方が良いよ?」
「余計なお世話だ。……それに、姉貴ならオレの気持にも気付いているだろ」
長い付き合いに裏打ちされた、確かな絆があるから。
依頼は完了し、生活はいつも通りに戻る。
こうして一連の事件は解決したのであった。
◇
そして今日も、カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。その店の木の扉をくぐれば、赤い髪の少女が来訪者を迎えることだろう。店の奥には黒い髪の少年と灰色の亡霊が、ひっそりと読書をしているだろう。そして赤い髪の少女は言うのだろう——。
「ようこそ、頼まれ屋アリアへ!」
——————————————————
アンディルーヴ魔導王国に、ひとつの不思議な店がある。
『頼まれ屋アリア 開店中!
〜願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ〜』
店を訪れれば、きっとあなたの願いを叶えてくれる。依頼によっては蹴られることもあるだろうけれど——。
彼女らの日々はまだ続く。それぞれに様々な思いを抱え、時にすれ違うこともあるけれど。
そして彼女たちはまだ知らない。
それからしばらく。この店に、新しい仲間が来ることを——。
【パンドラの黒い箱 完】
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.11 )
- 日時: 2020/09/21 22:12
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fQORg6cj)
【第二の依頼 人形の行く先】
不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
看板には、そんな文言が書かれている。
◇
カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
「頼まれ屋アリアへようこそ! 依頼は何かしら? お客さん」
赤い髪に赤い瞳、赤いワンピースを身に纏った少女アリアが、やってきた客に声を掛ける。
客はくすんだ茶色の髪に、同じ色の瞳をした男性だった。彼はアリアに、そっと何かを見せた。どうやらそれは、人形のようだった。
「魔法で動く人形です。壊れてしまったので直して頂きたく……」
「……人形?」
アリアは難しい顔をした。
ここ、リノールの町からやや離れたところに、イノスという町がある。そこには人形使の兄と薬草師の妹が、アリアたちと同じような何でも屋をやっているという情報があった。アリアたちはまだ二人に会ったことはないが、情報としては知っていた。
「人形は専門外よ。まぁ、やってみないことはないけど……絡繰人形館《からくりにんぎょうかん》に頼んだ方がいいんじゃないの? あたしより確実よ?」
「訳ありの人形ゆえ人形館には頼めない代物なのでございます。なのでそこを何とか……!」
男は頭を下げた。
アリアは難しい顔をする。
「……んー、わかった。とりあえず引き受けたげる。直ったら渡すから。何処に行ったらあなたにまた会えるかしら?」
男は顔を輝かせた。
「ありがとうございますっ! あ、私は宿屋『薄暮の鴉亭』にしばらく滞在していますので、そこでウェールの名前を出して頂ければ……」
「りょーかい。ウェールさんね。じゃあ……」
アリアはいつもの決め台詞を口にした。
「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」
◇
渡された人形。それは金の髪に青い瞳をした、麗しい男性の人形だった。
壊れてしまった、と言うがどこがどう壊れているのか。ひっくり返してみてもわからないし、『魔法で動く』と言われたって、仕組みがわからない以上どうしようもない。いや、仕組みがわかっていたとしても専門外なアリアに修理できるかどうか。
「……自分にできないことをわざわざ引き受けるなんて、姉貴もお人好しだよな」
呆れた声がした。
店の奥から現れたのは、黒髪黒眼、黒いマントを羽織った少年。アリアの弟ヴェルゼである。
アリアは口を尖らせる。
「ふーん、だ! 魔法で動くって話だし、魔法関係ならあたしでも何とかなると思ったのよ! どこが壊れているかすらわからないなんて!」
「こういった人形は電気を流し込んで動くものが多いぜ。姉貴、弱い雷魔法を打ち込んでみろ。それで何かわかるかもしれない」
「ヴェルゼったら。お姉ちゃんのあたしよりも物知りなんだから……」
溜め息をつきながらも、言われたとおりにしてみようとアリアは魔法式を組む。
えいやっ、と簡単な雷魔法撃ち込むと、人形は小さく震えた。一瞬だけその胸元に青い光が浮かんだが、それだけだった。ただ、普通の人形ではないことは理解した。
それを見てふむ、とヴェルゼが頷く。
「胸元に特殊な魔法石が埋め込まれてる人形……かも知れないな。だが何も知らない一般人が触ったら、暴走するかも知れん」
諦めな姉貴、と彼は言う。
「専門外。オレたちに修理は不可能だ。今日渡されていきなり返すのもなんだから、明日中に薄暮の鴉亭へ行って返すんだな。仕方あるまい」
そっか、とアリアは肩を落とす。
「直そうにも手掛かりすらないし、変にいじったら危険だっていうなら……仕方ないよね」
アリアは複雑な顔で人形を眺めた。
人形にはめ込まれた硝子の瞳が、きらりときらめいた。
「でもこの人形、さ。何かの意思を感じるよ」
声を掛けたのは灰色の亡霊。
ヴェルゼの傍にずっといる、元天才死霊術師のデュナミスである。
「僕はうまく説明出来ない。でも何かがそこにいる。死霊……のようなものかな。でも心を閉ざしているのか、働きかけても反応がない」
得体のしれない人形だね、と彼は難しい顔。
「誰か専門家に話を聞ければいいんだけどなぁ……」
彼はぽつりと呟いた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.12 )
- 日時: 2020/09/23 09:03
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
翌日。薄暮の鴉亭へ行こうとしたアリアだったが、その時にドアベルが鳴った。
「はーい、何の用かしら?」
顔にいつもの笑顔を貼り付けて、アリアは接客する。
客が多い週だなと思いつつも、そっと相手を観察する。
「ある人形を探しているんだけども……ね。金の髪の青い瞳をした、中央に魔法石の埋め込まれた特殊な人形。知ってるかい?」
柔らかな声を発したその人物は、金の髪に金の瞳をしていた。身に纏う服は黒ずくめで、黄金の闇とかいう言葉を具現化したらこうなるのだろうかと思わせた。羽織ったマントはあちこちが妙に膨らんでいた。見た目は青年のようである。
青年はアリアが手にしている人形に気が付き、それだと声を上げた。
「ここの店主さん……で間違いないよね? そうそれその人形。探していたんだけど……譲ってもらうことって、出来ないかな?」
アリアは難しい顔をした。
「お断りするわ。だってこれ、あたしの依頼人に修理を頼まれた品だもの。依頼人を裏切るわけにはいかない。そもそもあなたは誰なの? 何故この人形を探しているの」
いきなり譲って欲しいと言われても、知らぬ人物に渡す道理がない。
そうだね、と青年は頷いた。胸に手を当てて、名乗る。
「ぼくはイヅチ。イノスの絡繰人形館の店主……と言ったら伝わるかな? ぼくのところの依頼人が、その人形を探していた。同業者なら何か知ってるかなと思ってさ、ここへ来たわけなんだよ」
「……驚いた」
アリアは目をまん丸にした。
絡繰人形館。昨日、少し話題にしていた同業者の店である。その主ならば、人形のことに詳しいだろう。そんな彼が、アリアの人形と同じ人形を求めている。
専門家がいれば壊れた人形を何とか出来るのに、と思っていたところでこの出会い。運命なのか特殊なご縁なのか。
とりあえず話してしまえと、アリアはこれまでの経緯をイヅチに説明した。
話を聞いて、成程とイヅチが頷く。ぼくならば直せるよと彼は言う。
「人形はぼくの専門だからねぇ。でも……そうだよね、会ったばかりの人間を、信用するわけにはいかないよね? ぼくが人形館の主だってことも証明しようがないしなぁ……」
イヅチが困った顔をしていると、イヅチのマントからぴょーいと何かが飛んで出た。それは、短めの金髪に金の瞳、青いマントを身に纏った少女の人形だった。唐突にそれが喋りだす。
「はーい証明ターイム! 意思持つ人形って知ってる? ボクがそれだから! 人形使じゃなきゃ意思持つ人形は作れないから! はい証明しゅーりょー!」
「……ミカル」
呆れた目を、イヅチが人形に向けた。
ミカルと呼ばれた人形は、怒ったような仕草をする。
「ボクが出てこなくっちゃ証明出来ないでしょー? だって今回は道具とか持ってきてないし!」
ミカルはアリアに硝子玉の目を向けた。
ぶんぶんと小さな両手を振って、訴えかける。
「ねぇね、店主さん! 依頼の人形さ、三日だけイヅチに預けてくれると嬉しいんだよ。保険としてボクはここに残るから! イヅチが戻ってこなかったら、ボクを壊しちゃってもいいからさー!」
アリアは困った顔をした。
赤の他人を信用できるわけがない。アリアは比較的他人を信用しやすいたちだが、今回は店の依頼が、店の誇りがかかっているため迂闊な行動は出来ない。そこでミカルは自分を人質にしろと言う。確かに筋は通ってはいる。しかし。
「妥当だな。受けた」
迷っているそばから、勝手にヴェルゼが出てきた。
「ちょっとヴェルゼ!?」
「直してくれるってんだからこっちからすれば大助かりだろ。相手の条件も筋が追ってる。何を迷ってるんだよ姉貴。……ああ、人形館の主、紹介が遅れたな。オレはヴェルゼ。そこのアリアの弟だよ」
アリアの困惑にはお構いなしに、淡々とヴェルゼが発言する。
しかし、とヴェルゼは訝しむような目を向けた。
「人形を直してくれるのは助かるが……あんたに何のメリットがある?」
あるさ、とイヅチが言う。
「ぼくは人形の中に魂を入り込ませて、人形に宿る記憶をたどることが出来る。今回は……同じ人形に対し、依頼人が二人いるようだ。どちらかが不当な手段で人形を得ようとしている可能性も捨てきれない。ぼくは真実を知りたいのさ。ああ、結果はみんなに伝えるよ?」
「お前が嘘を言う可能性は」
あるかもね、とイヅチは笑う。
「だから、人形館と頼まれ屋アリアのふたつの店で、それぞれの依頼人に会いに行く。ぼくはそこで、人形の中に宿っていた記憶を明らかにしよう。もしもどちらかの依頼人が不当な手段で人形を得ようとしていた場合、明らかにされた事実によってはきっと動揺するだろうから」
納得できるかな、と彼は問う。
わかった、とヴェルゼは頷いた。
「じゃあ……人形を渡す。代わりにミカル? こっちへ来い」
「あいあいさー!」
ヴェルゼがアリアから人形を受け取ってイヅチに渡すと、ミカルがヴェルゼの方に飛んできてその肩にちょこんと座った。
じゃあ、これでと去ろうとするイヅチに、ミカルが声を掛けた。
「三日あればイヅチなら余裕でしょー? さっさと助けに来てくれないと泣いちゃうぞー!」
元気いっぱいなミカルに優しい笑みを向け、イヅチはいなくなった。
ふうっとアリアは大きく息をつく。
「同業者……まさか会えるなんて」
「胡散臭い奴だったな」
ヴェルゼの意見は否定的だ。
「姉貴は気付かなかったろうが……あいつ、優しそうに見えて何人も人を殺している眼をしてたぜ。簡単に心を許すなよ」
「出た出たヴェルゼの心配性!」
笑うアリアは取り合わない。
だが、確かにと心の中では納得していた。
黄金の瞳。瞳の奥に垣間見えた、底知れぬ深い闇。
ただの人間では、絶対にない。彼はきっと、深淵を覗いてきている。
だが、だからと言って信用しない理由にはならない。
そうだね、とミカルがやや真剣な声で言った。
「ヴェルゼさんの言葉、合ってるよ。とりあえずひとつだけ言っとく。イヅチは敬愛していた師匠を殺し、闇の人形使になったんだ。その時イヅチはきっと、深淵に足を踏み入れたんだと思う。それ以上は聞かないで」
「…………そう」
得体のしれない人形使、イヅチ。アリアたちと同じような店を経営する店主。
不思議な人に出会ったものだなとアリアは思った。
◇
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