複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
- 日時: 2020/12/26 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)
【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】
異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。
『頼まれ屋アリア、開店中!
願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
店を経営するは魔導士の姉弟。
これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。
◇
連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
それでは——
「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」
——————
【主要キャラ紹介】
・アリア・ティレイト……(17歳)
全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」
・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」
・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」
・ソーティア・レイ……(16歳)
異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」
————————
【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)
プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月
【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-
第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月
番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日
第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月
番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年
◇
【第二部 1458年は忙しい】 >>
第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
ソーティア編 >>
デュナミス編 >>
第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
第十二の依頼
第十三の依頼
第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月
◇
【第三部 1459年の静かな夜】 >>
第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月
◇
【最終部 1460年と共にさよなら】
今に至るエルナス >> ——1月
◇
過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月
番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
番外 ある新年に願う >>
番外 頼まれ屋の休日 >>
過去編 遠い日のエルナス >>
過去編 幸せの地はいずこ >>
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.18 )
- 日時: 2020/10/12 09:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
やがて辿り着く。辿り着いた現場には、巨大な爬虫類に襲われそうになっているヴェルゼの姿が。その身体はぐったりとして動かない。奥の方に、見覚えのある白い髪を見かけた。
「やぁ、遅かったじゃあないか」
くつくつとシドラはおかしそうに笑う。
「もう少しでヴェルゼが死ぬところだったよ? でも来てくれたんだし、始めようか――ゲームの続きをッ!」
シドラが指で合図を送る。するとナグィルが唸りを上げて、ヴェルゼへその爪を振りかぶる。
「させないッ!」
叫んだアリア。反射的に、ずっと組んでいた式を破壊、巨大な魔法を叩きつける。式を的確に破壊するために起動語を唱える。
「吹き荒れよ烈風、切り裂け鎧! 守るために戦う力を! 風の神の加護よ此処に在れ!」
相手は鱗に守られている。ならば守られていない箇所を的確に狙うだけ。
破壊された魔法式から、膨大なエネルギーがあふれ出す。
アリアの呼びだした風は、的確に相手の目を柔らかい腹を切り裂いた。悲鳴のような声を上げるナグィル。
ごめんなさい、とアリアは言う。
「あたしだって、あなたを傷つけたいわけじゃないの! でもあなたがヴェルゼを傷つけるなら! あたしは容赦なんてしないわ!」
「ヴェルゼはそのナグィルの子を殺したのにねぇ」
そんなアリアに、シドラが声を掛ける。
驚いた顔をするアリアに、芝居がかった仕草で彼が言う。
「ヴェルゼはナグィルの卵を踏みつぶした。ああ、なんて哀れなナグィル! 子を殺され、その上自身まで死ななければならないとは!」
「……ッ、それもあんたの作戦でしょ! あんたがヴェルゼに、ナグィルの卵を踏みつぶすように仕向けたんだ!」
「ふふっ、それはどうかな?」
シドラは妖しく笑う。
笑い、シドラは何かを投げる。鋭利なそれはアリアにぶつかり、皮膚を薄く切り裂いた。
「な、何なのよこれ!」
それは金属片だった。つまんでみると、そこには謎の紋様が刻まれていた。
良くない予感を覚え、アリアはそれを投げ捨てる。傷を確認したが、浅いものだったため放っておけば治るだろう。
相手が何をしようとしたのか。考える暇はなく。
気が付いたら大怪我を負ったナグィルが、目の前に迫っていた。迎え撃たんとアリアは式を組もうとするが、
出来ないよ、とシドラの声。
「先程投げたのは魔法封じの魔道具。これでつけた傷が完治するまで、対象は魔法を使えない。……キミの魔法は厄介だ。封じさせてもらったよ」
「……ッ」
組もうとした式。しかし魔力が集まらない。目の前迫るはナグィルの爪。アリアの反射神経では避けられない。絶体絶命の状況に戸惑うばかりのアリアの耳に、
凛、とした声が聞こえたのだ。
「吹き荒れよ烈風、切り裂け鎧! 守るために戦う力を! 風の神の加護よ此処に在れ!」
アリア以外に、属性魔法を使える者などここにはいないはずなのに。
呼び出された風は、アリアの魔法でついたナグィルの傷をさらに押し広げ――
その爪は、アリアに届く前に力を失った。ナグィルの身体はぐったりとなった。
アリアは声のした方を振り返る。そこにいたのは白い少女。
ソーティアが、震える声で言った。
「魔法素《マナ》を見ることの出来るわたしたちイデュールは……直前に放たれた魔法限定で、魔法を使うことだって出来るんです」
わたしたちは魔法転写と呼んでいます、とソーティアは笑う。
「わたしだって、役に立てるんですよ!」
ぱちぱちぱち、と音がした。
シドラが笑みを浮かべていた。
「ふふっ……ああ面白い。絶望から立ち上がるその姿! ヴェルゼは倒れアリアは魔法を封じられ、灰色の亡霊は護符に縛られ実力を出せない。ボクが勝ったと思っていたのに、とんだ伏兵が紛れ込んでいたなんてね?」
ご褒美を上げる、と投げ渡されたものをアリアは受け取る。それは中に液体の入った、硝子の小瓶だった。
「ナグィルの解毒剤が入ってる。ヴェルゼに飲ませてあげるんだね。負けたのはボクなんだから、勝った方にはご褒美をあげなくちゃ」
シドラがくるりと背を向ける。
待ちなさい、とアリアは呼び止めようとするが、急いだ方がいいよとデュナミスが声を掛ける。
「ナグィルの毒って、全身に回ったら手をつけられなくなるからねぇ。今回はもういいよ。今やるべきことを優先しよう」
「……そうね」
アリアは唇を噛んだ。
では御機嫌よう、とシドラがそのまま去っていく。奥へ奥へ森の奥へ。何処を目指すというのだろう。また「ゲーム」と称して誰かを破滅させるのだろうか。彼がなぜそのようなことをやるのか、アリアにはわからない。彼もその双子の兄フィドラも、行動原理は完全に謎だった。ただ彼らが、いつも誰かをたばかって、それを「ゲーム」と称していることだけがわかっている。
正義感の強いアリアは、それを止めたかったけれど。
自分の仲間たちの方が優先だから。
アリアは小瓶の蓋を開け、倒れたままのヴェルゼに駆け寄り中の液体を飲ませた。
しばらくすると、その目蓋が震え、黒曜石の瞳が姿を現す。
「う……」
呻き声。黒曜石の瞳が、アリアの赤玉石の瞳に焦点を合わせる。
かすれた声が、彼女を呼んだ。
「姉、貴……?」
「こんの馬鹿ぁ!」
アリアはヴェルゼの頬を思い切り張った。ヴェルゼが驚いた顔をする。
まくし立てるようにアリアは叫んだ。
「このぉ、馬鹿ヴェルゼ! 勝手に飛び出してシドラなんか追い掛けて危険な怪我をして! あたしがどれほど心配したと思ってんの! 寿命縮まるかと思ったわよ馬鹿馬鹿馬鹿、ヴェルゼの馬鹿ぁっ!」
アリアの瞳から、一筋、涙が落ちる。
「……本当に、心配したのよお姉ちゃんさぁ」
姉の涙を見て、ヴェルゼが大きく息をついた。
「……悪かった」
「ふーん、だ! 当分は許したげないからっ!」
文句を言いつつ、涙をぬぐってアリアは、常備している道具の中から包帯と小瓶を取り出した。これでもかとばかりに小瓶の中身をヴェルゼの傷にかけ、ぎゅうぎゅうと包帯で威張る。ヴェルゼが悲鳴を上げた。
「……ッ、痛い痛い痛いって姉貴! オレは怪我人だぞ少しは優しく」
「しないもんっ! お姉ちゃんを泣かせた弟はこうなんだからっ!」
ヴェルゼの痛そうな声が森に響く。
微笑ましそうな目でそれを見ていたソーティアの身体が、ぐらりと傾いた。
「ったく馬鹿ヴェルゼ……って、ソーティアちゃん!?」
異変に気付いたアリアは、ソーティアの身体を支える。
アリアの腕の中で、ソーティアは苦しそうな顔をしていた。
「うーん……やっぱり難しいですね」
「どうしたの? ナグィルにやられた!? 薬あるけど!」
違うんですとソーティアは首を振る。
「魔法を使えない一族、イデュールの民。それが無理に魔法を使おうとしたら……どうなると思いますか?」
「あ……」
アリアはわかったと頷く。
「……魔力欠乏症?」
「そうです……」
ソーティアの息は苦しげだ。
「アリアさんの魔法……一般人の魔力量で扱えるような代物ではありませんから……」
しばらく放っておいて頂ければ治りますよ、と彼女は言う。
そんなわけには行かない、と難しい顔をするアリアに、
「……オレが背負って連れて帰る」
「ヴェルゼ!?」
意外な人物の声がした。
ばつが悪そうな顔をして、ヴェルゼが立ち上がる。
「意識が消えていた間にも、何となく状況はわかっていた。無意識の狭間にたゆたっていた時、デュナミスがそっと教えてくれた」
ソーティア・レイ、と彼が名を呼ぶと、はい、とソーティアは背筋を正した。
ヴェルゼは穏やかな微笑みを浮かべていた。
「姉貴を助けてくれて……ありがとな」
「……はいっ!」
ソーティアは満面の笑みを浮かべる。
その前に、とヴェルゼが虚空に声を掛けた。
「デュナミス! おい……まさか消えたわけじゃないだろうな?」
「いる……けど……」
返事をしたデュナミス。しかしその身体はほとんど透き通っていて、今にも消えそうだ。
その様子を見たヴェルゼは首に下げた笛を吹く。魔力のこもった旋律が流れ、デュナミスを地上界に繋ぎ止める。
本来ならばそのまま冥界へ行くだけだった魂を、繋ぎ止めたのはヴェルゼの力とデュナミスの力。今再び、彼が冥界へ行きそうになっているのならば。ヴェルゼの力が彼を地上へ繋ぎ止める楔《くさび》となる。
やがて演奏が終わる。旋律が止む。その時はもう、デュナミスの身体は透き通ってはいなかった。
ヴェルゼが大きく息をつき、言う。
「何か……疲れた。帰ろうぜ」
「ええ……そうね」
アリアは頷く。
動けないソーティアをヴェルゼが背負い、アリアを先頭にして一同は帰る。
そんな四人を、シドラの赤い瞳が、面白がるような輝きを帯びて追い掛けていた。
◇
ヴェルゼの傷はそこそこ大きい。ヴェルゼは絶対安静を言い渡された。ソーティアは店にあった空き部屋を使わせてもらうことになった。
それから、数日。
傷のだいぶ回復したヴェルゼとアリア、ソーティアが改めて相対した。
ソーティアは息を吸い込む。
「改めて、依頼させてもらってもいいですか」
赤い瞳には、確かな光が宿っている。
ソーティアは、言う。
「わたしを……この店の従業員として、雇って下さいっ!」
「いいわよ」「いいぜ」
返ってきたのは肯定の言葉。
ソーティアはその目を輝かせて、溢れる思いを込めて笑った。
「ありがとう……ございますっ!」
「頼まれ屋アリア、依頼完了しました! ……ってね」
アリアが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「これからよろしくね、ソーティアちゃん」
「はいっ!」
イデュールの少女ソーティア・レイ、頼まれ屋アリアの一員になる。
故郷を滅ぼされ、放浪の果てにようやく辿り着いた場所。
ソーティアは確信する。ここが新しい居場所になると。
振り返った窓の向こうでは、優しい日差しが笑い掛けていた。
【色無き少女の願い事 完】
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.19 )
- 日時: 2020/10/14 09:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【双頭の魔導士】
異世界“アンダルシア”。魔法素《マナ》を操作することによって魔法の生まれる、人間と神々が時折交わる世界。その、北大陸東方、アンディルーヴ魔導王国に不思議な不思議な店がある。その名も、「頼まれ屋アリア」と。
二階建ての木造の店。その入口に掛けられた大きな看板には、こんな文字が。
『願い、叶えます! ――アリア&ヴェルゼ――』
ドアベルを鳴らしてドアを開ければ、真っ先に赤髪の店主アリアが来客を迎えるだろう。弾けるような笑顔で、彼女は依頼の内容を聞くのだ。
そして店の奥に目をやれば、黒髪黒眼に黒の衣装、背に大鎌を背負った少年が、何だと文句を言うようにこちらを見るだろう。彼こそアリアの弟、死霊術師ヴェルゼである。
◇
「用事は済ませたし……後は帰るだけ、か」
ヴェルゼ・ティレイトは呟いた。
場所はいつもの頼まれ屋ではない。彼は所用で、イェレルの町まで来ていた。
陽はまだ高い。今から歩けば夕方までには帰れるだろう。
ヴェルゼは町で買った荷物を手に、町の出口へ向かって歩いていく、
その時、耳に聞こえたのは。
馬の驚いたようないななき。人々の悲鳴。
反射的に駆けだし、そこで見る。
馬車に一人の人間が、轢かれそうになっているのを。
「危ないッ!」
疾走。一気に加速、轢かれそうになっていた少年を救出し、横っ飛びで道の端に転がる。荒い息を吐きながら体勢を整え、「大丈夫か」と腕に抱えた少年を見た。その瞬間、息が止まりそうになった。
少年は頭が二つあった。胴から、二つの頭が生えていたのだ。
左の頭が申し訳なさそうに礼を言い、青い瞳を伏せた。右の頭は眠っているのか、反応がない。
ヴェルゼは動揺を隠すように、問うた。
「あんなところで眠っていたら危ないぞ。寝不足ならちゃんと寝てこい」
「……ルゥの眠りに引き摺られたは事実」
左の頭はすっと眼を細めた。真剣な輝きが瞳に宿る。
彼は問う。
「おぬしは……わしらのこんな見た目を、怖いとは思わないのか」
ヴェルゼはフンと鼻を鳴らした。
「外見で差別していた日々は終わった。オレはそんなので人を差別などしない」
かつてヴェルゼは、白い髪に赤い瞳を持つ一族、イデュールの民の少年によって騙されて故郷を追放された。以来、ヴェルゼは白い髪に赤い瞳をもつ人々を毛嫌いするようになり、引いては異種族、異民族への差別意識へとつながった。
しかし頼まれ屋アリアにイデュールの民の少女、ソーティアが助けを求めに来た時、凝り固まっていたヴェルゼの意識は変わった。最初は彼女を嫌い遠ざけ姉に文句を言われた彼だったが、彼女に命を救われたことによって、イデュールの民は悪人ばかりしかいないわけではない、と気付けたのだ。
普通ではない見た目の人を目にしたら、驚くことはあるだろう。しかしそれ以上の感情を抱くことはなくなったのだ。
左の頭はふふと笑う。
「それなら重畳。そんなそなたに折り入って頼みがあるのじゃが……」
左の頭が心配そうに、右の頭を見た。
「わしの相棒のルゥは、ご覧の通り、時折深すぎる眠りに囚われることがある。前はなかったことなのじゃが……その理由を、調査してはもらえんかのぅ?」
つ、と瞳を細くする。完全に仕事をする時の目に切り替える。
「構わないが……報酬は何だ。報酬次第で協力するか否かは決める。オレはヴェルゼ・ティレイト、リノールの町の『頼まれ屋アリア』の一員だ。依頼をこなして報酬をもらい、日々の糧を得る。あんたのそれは、正式な依頼ととらえて間違いないんだな?」
「おやおや、頼まれ屋アリアの一員じゃったか。今から訪ねようと思うていたのじゃが手間が省けたのぅ」
左の頭は懐を探る。左手しか動かせないらしく、動きは不器用だった。
悪戦苦闘することしばらく。左の頭は赤い宝石のついた指輪を探り当てた。
「報酬はこれじゃ。わしらの作った魔法の指輪。魔法を使う才能がなくても、頭でイメージするだけで魔法が使える。……ただ、これは炎属性限定じゃがの。魔道具は貴重な品じゃろう? これでどうじゃ」
頷き、指輪を懐に仕舞う。珍しい品だ、報酬として十分だろう。
「……受けた。で? オレはまだ依頼人の名を聞いていない」
「それは失敬」
くすくすと笑い、左の頭は首を動かす。礼をしているつもりなのだろう。
「わしはリーヴェ。リーヴェ・ラルフヘイヴェンじゃ。眠ったままのこっちは相棒のルーヴェ。……なぁ、ヴェルゼとやら。双頭の魔導士の伝説について、聞き覚えがないかのぅ?」
はっとなって、驚きに目を見開いた。
この国アンディルーヴ魔導王国に、とある伝説があったのだ。双つの頭を持った魔導士のこと。片方は攻撃魔法、もう片方は防御魔法を得意とし、不老不死のままで永遠を生きるという、そんな伝説。双頭の魔導士は人々に幸運や不幸をもたらす存在であり、現れた場合、必ず何かが起こるという。
「その双頭の魔導士とは、わしらのことじゃよ」
「……伝説直々の依頼か。これは腕が鳴るな」
ヴェルゼは驚きの目で相手を見ていた。
確かに伝説と一致する。双つの頭、『わしらの作った』魔法の指輪。こんな代物を作れるくらいなのだ、優秀な魔導士でないはずがない。
と、不意に眠ったままだった右の頭がまぶたを動かした。ぼんやりと開けられたその目の色は赤だった。右の頭、ルーヴェは不思議そうに相棒を見た。
「えっと……何が何だか」
「ようやく起きたのかルゥは。ええと……お前が急に眠りだして、わしもその眠りに引き摺られそうになってのぅ……」
リーヴェは簡潔に事の次第を説明した。そう、とルーヴェが頷く。
赤の瞳がヴェルゼを見た。
「あなたがぼくの……恩人さん」
「反射的に動いただけだ。礼を言われる筋合いはないね」
「でもこれからしばらく一緒に動くんでしょ……? なら……よろしく」
右の手がすっと差し出された。ヴェルゼはその手を握り、離す。
「さて……頼まれ屋アリアに戻るぞ。それなりに歩くことになるが……大丈夫か?」
「二人起きてりゃなんのその、じゃ!」
「眠っちゃってごめんね……」
まるで性格の違う双つの頭がそれぞれ返す。
そうしてヴェルゼは依頼人とともに、頼まれ屋アリアへ帰還する。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.20 )
- 日時: 2020/11/03 09:17
- 名前: skyA (ID: 2AFy0iSl)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12886
え、えーっと。これは、コメントを書いてもいいパターンなのでしょうか……?
書いている途中なのに、すみません。スカイアと申します。
キャラが濃くて、ストーリー的にもとても面白い作品だなぁって思いました(←なんか上から目線でごめんなさい)
これからも応援させてください。自分のペースで頑張ってください!
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.21 )
- 日時: 2020/10/15 09:17
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
>>20 SkyAさま
コメントありがとうございます。
いえいえ、荒らしでない限りどのタイミングでコメントを下さっても構いません。
嬉しいお言葉、大変励みになります。
ありがとうございます。これからも頑張りますね!
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.22 )
- 日時: 2020/10/17 09:26
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: HijqWNdI)
「いきなり現れたら驚くだろう。オレが姉貴に話をつけてくる」
言って、ヴェルゼは双子を店の前で待たせておくことにした。
ふっと耳を澄ますと何やら店の中が騒がしい。嫌な予感を抱きつつ、ヴェルゼは店の扉を一気に開け放った。やかましいくらいにドアベルが鳴る。
そこで見たのは、
「姉、貴……?」
謎の男たちに刃を向けられ迫られている姉と、居候の少女ソーティアの姿だった。
ヴェルゼの守るべき大切な人たち。彼女たちが、怯えた眼をしていた。
男の一人は笑う。
「依頼を受け付けないから悪いんだよ! 俺たちは客だぜ? ああん?」
「殺しの依頼は受け付けない! それがあたしたちのポリシ……」
「黙りやがれこのアマ!」
言い返そうとしたアリアが殴られる。
その光景を見て、ヴェルゼの怒りに火がついた。
普段は冷静で滅多に感情を乱すことのない彼だが、大切な人に危機が迫った時は状況が違う。
ヴェルゼは背負った大鎌に手を掛け、一気に鞘から引き抜いた。
と、男の一人がアリアとソーティアの首に刃を押し付ける。
「おっとぉ! こいつらがどうなってもいいのかぁ? お前がその鎌を振る前に、俺たちのナイフが首を掻っ切るぜぇ」
「……ッ」
ヴェルゼは一瞬、躊躇した。その一瞬の隙を、見逃すような男たちではなく。
「あ……がッ」
「ヴェルゼッ!」
アリアの悲鳴。
別の男の振られた拳がヴェルゼの腹を強打、ヴェルゼは吹っ飛ばされて床に身体をぶっつける。構えた鎌も飛ばされて、手の届く場所にない。それでも血の混じった唾を吐き捨てながら何とか立ち上がり、鋭い瞳で男たちを睨む。
アリアたちを人質に取られ、武器も奪われた。こんな状態で、どうやって現状を打破すればいいのか。
痛みに明滅する視界。ぐっとこらえて思考、
したとき。
「風の使者、解放の子らよ!」
凛、とした声が響いて。
次の瞬間、男たちだけが綺麗に、店の左へ吹っ飛ばされて、折り重なるようになって積み上がった。その身体に、風をより合わせて作った糸が何重にも絡みつく。
「これから依頼をするというのに、こんなんじゃ寝覚めが悪いからのぅ」
「えっと……大丈夫?」
飄々とした声と内気な声。
店の入り口に現れたのは、双頭の魔導士だった。
驚くヴェルゼにほっほっほとリーヴェが笑う。
「伝説と呼ばれた力の片鱗じゃ。どうじゃ? わしら、格好良かったじゃろうそうじゃろう!」
そこへアリアとソーティアが駆けつけてきた。困惑したようにアリアが声をあげた。
「ヴェルゼ、大丈夫? 殴られてたよね……。ところで、この人、は?」
「過保護。あの程度なら問題ないさ、姉貴。ええと……事情を説明しよう。適当に座ってくれ」
ヴェルゼは店の中に置いてある、机と椅子を指し示した。
◇
「……そういうことね。了解したわ」
ヴェルゼの説明を聞き、アリアが頷いた。
その後、男たちは町の警備隊を呼んでしかるべきところに連れて行ってもらい、頼まれ屋に平和が訪れた。
ヴェルゼはアリアに悪戯っぽい目を向けた。
「で? 依頼、受けるんだろう?」
「当ったり前でしょ!」
アリアはえっへんと胸を張る。いつもの台詞を口にする。
「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」
ヴェルゼは依頼の内容を思い返す。
最近、ルーヴェが異様な眠りに包まれることが多くなったそうだ。その原因を調査してもらいたい、とのこと。
ヴェルゼはちらりと横目で双子を見た。ルーヴェの瞳が閉じている。再び、眠ってしまったということだろうか。
「……眠り病という病があるんだが」
首を傾げ、ヴェルゼは口にしてみる。
「人が眠ったまま、そのまま目覚めなくなる病気。もしかしてルーヴェの症状が、それに関連するものだったとしたら……?」
「それはわしも疑っていたのじゃが……」
リーヴェは難しい顔をする。
「セウン、という町がある。眠り病で全滅したと伝えられている町じゃ。以前、わしらはそこへ調査に向かったのじゃが、問題が発生してのぅ……」
その町には謎の瘴気が漂っている。それを避けるため、リーヴェはルーヴェに防御魔法を張ってもらったのだという。
「しかし町に入ってすぐに、ルーヴェに例の眠りの症状が表れたのじゃ。眠ったままでは防御魔法は維持できん。その後も何度か接近を試みたが結果は同じじゃった。あの町には何かある、そうわかってはいるのじゃが……」
ふむ、とヴェルゼは顎に手を当てる。何か考え込む表情だ。
目的地は決まった。しかし良い方法が、見つからない。
しばらくして。
「……要は、ルーヴェが眠らなければいいのだろう?」
何かを閃いた眼をして、ヴェルゼは言葉を発する。
何か浮かんだのか、と問うリーヴェに頷いた。
「オレの固有魔法を使えば……何とか」
「ちょっと待ってそれ、自傷が必要なやつじゃないの?」
ヴェルゼの言葉にアリアが反応する。
彼女は心配げな目でヴェルゼを見ていた。
「過保護」
対するヴェルゼはばっさりと切り捨てる。
「痛みには慣れている。自傷による傷なんて、今更」
ヴェルゼはナイフを取り出した。
「この魔法が有効になるかは、ちょっと試してみないとわからんな。さて……血の呪い《ブラッディ・カース》、紅の接続《ロート・ノードゥス》!」
唱え、取り出したナイフを自分の腕に振り下ろす。アリアが顔を背けた。振り下ろしたそこから赤い血が滴り、そしてそれはたなびくスカーフのようにひらひらと動きだしルーヴェに迫った。
血のスカーフはルーヴェの首に巻きついた。その動きが止まった時、ルーヴェが閉じていた目を開けた。ヴェルゼはにやりと笑みを浮かべる。
「成功のようだ。この魔法を使えば行けるぜ」
「え……と。どのような仕組みなのじゃ?」
驚き問うリーヴェに答える。
「対象の体調を、術者の体調で上書きする呪いだ。術者が大怪我を負っている時に掛ければ、自分の怪我を相手に上書きし、痛み分け状態にすることが出来る。だがこういう使い方も出来なくはない。要は」
血の滴る右腕に手慣れた仕草で包帯を巻きながら、ヴェルゼは言う。
「ルーヴェの眠り病を、オレの体調で上書きした。そう長くは保たないが、こうすれば一時的に眠り病を遠ざけることが可能だ。この状態ならばセウンの町を探索出来るだろう?」
「でも欠点があるわね」
アリアがびしっとヴェルゼを指さした。
「これってあなたが傷を負えば、その分お客さんにも返ってくるってことでしょ? この状態の時は無茶禁止ね! ヴェルゼ一人の命じゃなくなったんだから!」
「だがこのメンバーで前衛として動けるのはオレだけだぜ? 多少の無茶は覚悟してもらわないとな」
で、とヴェルゼは窓の外を見た。
「……今から出掛けるには遅い気もするが。今日は客人にこの家に泊まってもらうというのは、どうだ?」
太陽はもう中天を過ぎて、夕暮れ時になりつつある。そうねとアリアは頷いた。
ヴェルゼは包帯を巻いた右腕に触れた。するとルーヴェの首に巻きついていた血のスカーフが解け、霧散した。同時、ルーヴェの首がかくんと落ちる。上書きしていた体調が元に戻ったため、眠りの症状が再発してしまったらしい。
ヴェルゼの申し出を受け、リーヴェが頷いた。
「そうじゃな。ではありがたく、泊めてもらうとしようかの」
「了解したわ! ご飯の準備してくるわね。ソーティア、行くわよ!」
「ま、待って下さいー!」
アリアに引っ張られて、消えていくソーティア。それを見ながら、ソーティアも大変だなとヴェルゼは苦笑いを浮かべた。
リーヴェたちの方を見る。
「居住域に案内しよう。使っていない部屋があって、客人用としている。今日はそこに泊まってくれ」
「ありがたいのぅ」
「お気遣いなく。依頼を受けたからには、客人の安全も守らなけりゃならんのでね」
さらりと口にし、居住域へ続く階段を上っていく。その後を、右足を引き摺りながらもリーヴェがついてきた。それを見てヴェルゼは不思議そうな顔をした。
「身体が……不自由なのか?」
いいや、とリーヴェが首を振る。
「わしは左半身しか動かせぬ。右半身を動かすのはルゥの役割なのじゃ。いつも二人で息を揃えて動いているのじゃぞ? しかしルゥが眠っている今とあっては、右半身を動かすことは出来ぬでな」
「……その状態で階段を上るのは辛いだろう。背負ってやる。掴まれ」
「それはそれはありがたい」
屈み、背中を差し出してヴェルゼにリーヴェが掴まった。しかし左半身しか動かせないためか、掴まり方がぎこちない。ヴェルゼは両手でしっかり支えてやると、階段を上りはじめた。
伝説の魔導士、リーヴェとルーヴェ。伝説を聞く限りでは成人男性の姿だと思っていたが、実際目にしたのは十代前半くらいに見える少年の姿である。伝説には尾ひれがつくものだな、とヴェルゼは思った。背負ったその身体は軽かった。
◇
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13