複雑・ファジー小説
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- 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
- 日時: 2020/12/26 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)
【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】
異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。
『頼まれ屋アリア、開店中!
願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
店を経営するは魔導士の姉弟。
これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。
◇
連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
それでは——
「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」
——————
【主要キャラ紹介】
・アリア・ティレイト……(17歳)
全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」
・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」
・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」
・ソーティア・レイ……(16歳)
異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」
————————
【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)
プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月
【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-
第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月
番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日
第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月
番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年
◇
【第二部 1458年は忙しい】 >>
第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
ソーティア編 >>
デュナミス編 >>
第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
第十二の依頼
第十三の依頼
第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月
◇
【第三部 1459年の静かな夜】 >>
第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月
◇
【最終部 1460年と共にさよなら】
今に至るエルナス >> ——1月
◇
過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月
番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
番外 ある新年に願う >>
番外 頼まれ屋の休日 >>
過去編 遠い日のエルナス >>
過去編 幸せの地はいずこ >>
- Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.53 )
- 日時: 2021/01/01 19:24
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: 9j9UhkjA)
翌日。リノールの町から旅立ち、黄昏の町アムネシアへ。町はそこまで遠い場所にない。比較的簡単にたどり着いてしまった。
その町は、どこか郷愁漂わせる赤レンガで作られていた。切り出した石を使った建物が多いこの国では、レンガなんて滅多に見られるものではない。近くに良質な土の採れる場所があるのだろうか。
濃密な魔力の気配を感じる町だった。普通の町ではないということがよくわかる。
「ここにルィスさんがいるのよね?」
アリアがヴェルゼを振り返ると、ああ、と彼は頷いた。
「らしいな。見た目の特徴は覚えたか?」
「ぼさぼさの茶髪は左目を隠していて、頬には大きな傷跡。身長は低めで、見えている右目の色は緑……だよね?」
「割と特徴的な見た目らしいし、すぐに見つかることを期待する」
さぁ行こうか、と差し出された手をアリアは握る。
たとえ幸せの幻影に惑わされたとしても、手を繋いでいればきっとまだまともでいられる。
「わたしも……いいですか?」
恐る恐る問うたソーティアに、当然とアリアは笑いかけてヴェルゼと繋いでいない方の右手を差し出した。
意識して実体化しないと手を繋げないデュナミスは、ただふよふよと浮いている。
そんな彼を見てヴェルゼが声を掛けた。
「オレの左手は空いてるぜ、デュナミス?」
「いや、いいさ。わざわざ実体化するまでもない。何かあった時のために力は温存しておくべきだろう」
申し出に彼は首を振った。
準備はいいわね、とアリアが言う。
「行くわよ……」
覚悟を抱いて町に踏み込んだ。
途端、
「わっ、何これ!?」
目の前を覆ったのは謎の霧。それは隣に立つ人の姿さえも朧げにする。
だが、繋いだ手がある。その感触が、自分は一人じゃないと教えてくれる。
霧の中でアリアは見た。
「……とうさ、ん?」
遠い記憶の中にしかいない父親を。ヴェルゼが生まれてすぐに死んでしまったために、ヴェルゼの記憶の中にはいない父親を。彼は死んだ母親の手を繋いで、霧の向こうからこちらを見て笑っていた。
かすかな記憶。優しい父親だったのを覚えている。不器用に抱きしめてくれたあの感触を覚えている、力強い手を覚えている。
それはアリアがまだ、自分というものを確立させていなかった頃の、遠い日々の記憶。アリアの最初の記憶は、この父親の大きな手だった。
予想外だった。エルナスの町で過ごした日々の記憶が来ると思っていた。そのための覚悟をしていたのに。
「おとう、さん……」
呟いた。
ほんの少ししか会えなかった父親との思い出に、涙がこぼれる。
両親は赤ん坊のヴェルゼを抱いて、アリアを手招きしていた。アリアはふと自分の姿を見る。アリアは幼い少女の姿になっていた。
呼ぶ声が聞こえてきた。
――アリア、探していたんだよ、心配したよ。さぁおいで。
その声に導かれるまま、繋いだ手も忘れて手を離して駆けだそうとした刹那、
「しっかりしろ姉貴ッ!」
ヴェルゼの鋭い声が、現実に引き戻した。
霧に覆われて姿は見えない。ただ、彼は隣にいる。手はまだ離してはいない。
鋭い声が、言う。
「何を見たのかは知らないがな……ミイラ盗りがミイラになってどうする? そんなもんただの幻影だ! 惑わされるなよ?」
ヴェルゼの声に、幻影は消えていく。大好きだった両親は、アリアに背を向けていなくなる。思わず呼び止めたくなった。あたしを置いていかないでと叫びたくなった。本当はずっと一緒にいたかったのに、父も母も早くに亡くなってしまった。そんな二人が目の前に現れて、正気を保てるはずがない。
アリアは思い知る。自分にとっての「本当に幸せだった日々」は、エルナスの町で幼馴染のカルダンやシドラらと一緒に遊んでいた日々ではないのだと。それよりもっと昔の日々だったのだと。
「あたし、は……」
ぐっと唇を噛み締めた。噛んだそこから血が流れるまで。鮮烈な痛みがアリアを現実に引き戻す。そうだ、そうだ。もうみんなこの世にいないのだ。思い出せ。そして何よりも。
「あたしは……頼まれ屋アリアなんだからッ! 邪魔しないでよッ!」
幸せな思い出。それと戦うことを決意する。心を奮い立たせ炎を呼び出し、幻影に思いっきりぶっつけた。
「あたしは! あたしは! 父さんにも母さんにも死んで欲しくなんかなかった! でも、でも、今は確かに楽しいんだから、それは真実なんだからっ! 邪魔しないでよ――あんたたちなんか、消えちゃいなさいよ!」
叫んだ瞬間、
霧が晴れた。赤レンガの町が目の前に広がっているのが見える。
そして気付く。
「ソーティア……ちゃん?」
彼女の手の感触が、なくなっていることに。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.54 )
- 日時: 2021/01/04 13:19
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: 6Z5x02.Q)
ソーティア・レイはただ、呆然としていた。
覚悟はしてきた。それなのに、やっぱり無理だった。
人間たちに滅ぼされた故郷。焼き払われ、阿鼻叫喚の地獄となった町でソーティアは、これまで過ごしてきた全てを失った。そこで過ごしてきた日々は、何にも代えがたいかけがえのない日々で。
いくら頭でわかっていても、心で割り切れようはずもないのだ。
「お姉ちゃん……ルーシア……」
ソーティアは大切だった姉と妹を呼ぶ。
「リェレンさん……アーシュくん……リィラおばさん……」
いつも自分を可愛がってくれた近所の青年、自分に懐いていた子供、たくさんのことを教えてくれたおばさんを呼ぶ。彼らは皆、霧の向こうにいた。霧の向こうで、ソーティアを呼んでいた。
繋いだ手の感触。でも、それさえもどうでもいいやと思えてしまった。頼まれ屋アリアでの日々は所詮、そんなものでしかないのだと心が言う。
それよりも。
「みんな……会いたかった……」
取り戻そうとしたくたってもう絶対に取り戻せない幸せがそこにあった。
こらえきれず、手を離して、ソーティアは幻影に向かって駆けだした。理性はもうそこらに置いて、ただ感情だけで動いた。
穏やかな霧が、そんな彼女を包み込んでいく……。
◇
「……ったく、行方不明者を増やしてどうする」
ヴェルゼが毒づいた。
彼の腕には大きな傷。どうやら自分を傷つけて、その痛みから強引に現実に戻ってきたものらしい。自傷による魔法を放つ彼らしい方法ではある。現に、アリアは自分の唇を血が出るまで噛むことで現実に戻ってきている。
「あたしさ……ちっちゃい頃に死んじゃった、父さんと母さんの幻を見たのよ。ヴェルゼは何を見たの?」
アリアは問う。そうだな、とヴェルゼは頷いた。
「予想通りさ、エルナスでの日々だよ。姉貴もオレもカルダンもシドラもさ……みんなみんな笑ってやがるんだ。あれほど憎いシドラとの日々が、まさかオレの中で美しい思い出になっているだなんて……あんなものに騙された自分が嫌になるね」
吐き捨てるように彼は言った。まぁまぁと笑うデュナミス。彼もまた無事だったようで、アリアはほっと胸をなでおろした。
で、とヴェルゼがアリアを見る。
「ソーティアと依頼人、どちらを捜す? 言っておくが、二手に分かれるのはナシだ」
「あ! それよりも」
いいこと思いついた、と手を叩く。魔法素《マナ》を即席で組み上げて、作った式に破壊の力を加えるべく詠唱を開始する。
「吹きわたれ、谷をめぐる涼風よ! たゆたう惑いを吹き払い、現実への道、ここに示せ!」
途端、
びゅうっ、と強い風がやってきて、町に残った霧を物理的に吹き飛ばしていく。成程なと感心したようにヴェルゼが頷いた。
町の奥。まだ霧に閉ざされた区画があった。そこにみんないるだろうと思って、この魔法を使ったのだ。
この町は霧に閉ざされてさえいなければ、見晴らしの良い町だ。そしてソーティアの白い姿は、赤レンガの町の中ではよく映える。
彼女はすぐに見つかった。
「ソーティアちゃん!」
叫んで駆け寄った。彼女はただ呆然とした表情で突っ立っていた。
「ソーティアちゃん! あたし、心配したんだからね?」
アリアが声を掛けると、首を傾げて彼女はこちらを見た。
「あなた……誰ですか?」
「…………は? ソーティアちゃん、今、何て?」
驚き問うと、ソーティアは虚ろな瞳でこちらを見、言うのだ。
「わたしはね、ここで楽しく暮らしているんですよ。あなたのことは知りませんが……そうです、案内して差し上げますね。ここがカディアス、イデュールの民の秘境です」
瞳は虚ろだが声は楽しげに、彼女はおかしなことを言う。
「……夢と現実の境が分からなくなってるな。あの霧に抗えなかった場合、こうなるのか」
「冷静に解説している場合じゃないでしょヴェルゼ! 何とか出来ないの?」
「物理的な方法で構わないか?」
アリアの返事も待たず、ヴェルゼは虚ろなソーティアに近づいていく。
そして、
その頬を思い切り張った。
ばしん、と大きな音が響く。殴られたソーティアは驚いた顔をしていた。
「……いつまで夢に囚われている」
低い声でヴェルゼは言った。
「お前は頼まれ屋アリアのソーティアだろう。ここに居させてほしい、とお前から依頼したんだろうがッ!」
「頼まれ屋、アリア……」
赤い瞳が焦点を結んでいく。
そうよとアリアも叫んだ。
「最初はヴェルゼがあなたを遠ざけたけどさ、最終的にあなたがみんなを助けてくれたんじゃない! 店の一員になれたって喜んでいたじゃないの! 思い出してよッ!」
「……わたし、は」
はっ、と驚いた顔をソーティアがした。その目が驚きに見開かれる。
「わたしは……頼まれ屋アリアのソーティア・レイ……」
「ようやく思い出したか。ったく、手間かけさせやがって」
ごめんなさい、とソーティアが謝る。
「わたしには……無理だったみたいです。役立たずで、それどころか足まで引っ張ってしまって……ごめんなさい」
「別に平気よ。ソーティアちゃんが無事でよかったわ。ここで受けた心の傷は、少しずつ癒していけばいいの」
アリアはそっとソーティアを抱きしめた。
その様子を穏やかに見守っていたデュナミスが、言う。
「さて、みんな見つカったし今なら霧も晴れてるし。依頼人を捜しに行こうカ」
「デュナミス……?」
その声の調子が少し変だと気付いたのは、ヴェルゼだけだった。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.55 )
- 日時: 2021/01/06 12:44
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
依頼人は見つかった。彼もまたソーティアと同じように、現実がわからなくなっているようだった。アリアたちでは彼を現実に戻せるような言葉を掛けられない。だから何とか説得して、一緒に町を出てもらうことにした。
その後は簡単だった。オーウェンを呼んできてルィスに会わせ、オーウェンの言葉と拳でルィスは正気に戻った。二人は固く抱き合って、アリアらに感謝の言葉を伝えた。報酬としてもらったお金はそこそこの額で、目標金額にまた一歩近づいた。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」
いつもの笑顔で、アリアは決め台詞を口にした。
そして戻ってくる日常。あの町で皆、心に傷を負った。それぞれ、本当に戻ってきて欲しい日々はいつだったのかを思い知った。
「デュナミス」
ある日ヴェルゼはデュナミスに声を掛けた。
何、と応えるその声の調子は、相変わらず何かがおかしい。
ヴェルゼは、問う。
「お前……あの霧の中で何を見た?」
「……何かおかしいの、ばれちゃったかぁ。君に隠し事は出来ないね」
笑うデュナミス。しかしその笑みはどこか不自然で。
分かっちゃった、と彼は小さく呟いた。
「僕のこと。僕の出自、僕が何者なのか。アルカイオンの家に来る前の日々をあそこで見た。それはさ……思わず涙が出てしまいそうなほど幸せな記憶だったんだ。まぁ確かにね? 姉上にいじめられたこともあったけど」
その灰色の瞳は、ヴェルゼの知らない遠くを見ている。
デュナミスは、言う。
「ねぇヴぇルゼ」
相変わらず、おかしな声で。
「僕の正体が誰であれ、これまで通り普通に接してくれるかい?」
「は? どういうことだよ。というかお前の正体は何なんだよ? 分かったんなら教えろよ!」
「教えない」
デュナミスは首を振る。
「ただ……そうだね。『デュナミス』って名前は僕の本名じゃなかったよ。あの頃の僕は、違う名前で呼ばれていたみたい」
「…………」
驚きのあまり、ヴェルゼは固まってしまった。
これまでずっと一緒にいた友人。その告白を聞いて。
安心してよとデュナミスは言う。
「僕の正体が何であれ……でも僕はずっと君の傍にいるよ。あそこに戻る気はないし。話せないのは……ちょっと今話したら面倒なことになりそうだから」
でもこれからもよろしくねぇと、彼は透き通る手を差し出した。触れられないその手を、ヴェルゼは握る振りをする。
黄昏の町、アムネシア。それは内なる願いをあらわにさせる町。町の生み出す幻影の中に浸っていれば幸せだろうけれど、それは同時にどこまでも残酷なことでもある。
叶わないとわかっている夢の中で、それを現実だと思い込ませられて生きる。
魔性の町だなとヴェルゼは思った。町の中には人っ子一人いなかったが、こんな環境で人が住めるわけもないのだし頷ける話である。
デュナミスに関しての謎は増える一方だ。しかし追及しても答えてはくれないようだ。時が来たら分かる日も来るのだろうか?
こうして、ひとつの依頼は終わったのだった。
【黄昏のアムネシア 完】
- Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.56 )
- 日時: 2021/01/08 08:55
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【運命を分かつ白双】
不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
看板には、そんな文言が書かれている。
◇
カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアでの一日が始まる。
「はーい、ようこそ頼まれ屋アリアへ!」
アリアは元気よく客を迎えた。
やってきたのは、白いフードをかぶった人物だった。顔はよく見えない。フードの隙間から、白い髪が零れ落ちているのが見えた。体格は華奢で、男性にも女性にも見える。
「こんにちは」
フードの人物が声を掛ける。柔らかな声音。声からして男性とわかる。
「僕の名前はフィード。イデュールの民です。フードをかぶっているのはそのためだと理解してほしいですね」
イデュールの民。その言葉を聞いて、ソーティアが店の奥から出てきた。
フィードと名乗った青年は、ソーティアを見て驚いたような声を上げる。
「おや、ここにも同族がいたのですね。ああ、でも話は聞いたことがあります。あなたがこのお店の居候、ソーティア・レイ……と。ああでも面識はありません。完全に初対面ですね」
お願いがあります、と彼はアリアの方を向いた。
「人間たちに、僕の大切な仲間が捕まってしまったんですよ。あなた方には彼を助けてもらいたくてね? もちろんお礼は弾みます。お願いできますかね?」
成程、とアリアは頷いた。
しかしこれは難しい問題でもある。
そのイデュールを助けた結果、こちらが普通の人間たちに目をつけられたら? そうしたらいつも通りに店を営業できなくなる可能性もある。今回の依頼に関しては、営業のリスクがあった。
だが、困っている人がいれば放っておけないのがアリアだ。
「わかったわ……引き受ける! 頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」
「あなたならそう言ってくれると思っていましたよ」
フィードは、フードの中でふふふと謎めいた笑みを浮かべる。
賛成はできないな、とそれを見て店の奥からヴェルゼが出てきた。
「今回の依頼にはリスクがある。怪我とかそういったのとは別の、な」
「でしょうねぇ。ああ、ならこれで納得してくれますかね?」
不信感をあらわにするヴェルゼを見て、フィードは胸元から何かを取り出した。それは笛だった。その笛は、
「エルナスの、笛――!?」
追放された故郷の特産品。それを何故持っている?
困惑する一同。フィードはそのまま笛を奏で始める。
流れたのはエルナスの音楽。エルナスに住んでいた者しか知らないはずの、特別な音楽。
「お前――何者だ?」
「知りたければ、依頼を受けて下さいよ」
飄々とした態度でフィードが返す。
ヴェルゼは大きく溜め息をついた。
「……わかったよ。受ける。で? 捕らわれたそいつはどこにいる」
「イノシアの森まで同行願えますか? ああ、出来れば今から。大切な仲間です、すぐにでも助けたいので。僕じゃ戦えないんですよ」
アリアは複雑な表情を浮かべた。
「……わかったわ。準備する」
相手がどんな人物なのかはまだわからない。不信感だってもちろんあるが、依頼を進めなければどうせ何も分からない。
「そこに机と椅子があるでしょ。ちょっと待ってて」
言って、アリアは自分の部屋のある二階へ向かった。その後をヴェルゼとソーティアが付いてくる。
そんな皆を、フィードが面白がるような目で見ていた。
「……君は何者なんだい?」
亡霊ゆえに準備する必要のないデュナミスが問うが、「どうでしょうねぇ」とフィードははぐらかすばかり。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.57 )
- 日時: 2021/01/12 09:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
急いで支度をして一階へ戻る。イノシアの森。そこはいつか出会った同業者、絡繰人形館のイヅチのいる町の近くの森だ。そこにイデュールの民が捕らわれているというのか。
イノシアの森で事件が起きているのならば、イヅチたちに頼むのが筋だろうに。彼もまた優れた実力者であるのはよく分かっている。
そんな思いを抱きつつ。
「準備できたわ。行きましょう」
アリアはフィードに声を掛ける。
ありがとうございますとフィードは頭を下げた。
鋭い目で、ヴェルゼがフィードを睨む。
「怪しい真似をしたら殺す」
「嫌だなぁ。僕はただの無力なイデュールなのに。戦えない僕には怪しい真似なんて出来ませんってば」
困ったようにフィードは笑った。だが、油断してはならないとヴェルゼは自分の心に刻む。
目の前のフィードからは、シドラと同じようなにおいを感じたのだ。
◇
フィードに案内されてイノシアの森へ着く。
鬱蒼と茂った森の奥、縄に縛られている白フードの人影が見えた。
「この人が……?」
アリアが問うと、縛られていたはずの人影は縄を振りほどき、アリアにずいっと近づいた。
「やぁ、久し振りだねアリア」
人影が頭を振ると、被っていたフードがはらりと落ちた。
そこにあった顔は、忘れもしない、
「――シドラッ!」
「おおっとぉ、ここは森だ、炎はご法度だよ?」
反射的に魔法を使おうとしたアリアの手に、どこからか飛んできたブーメランがぶち当たった。それを投げたのはフィードだった。シドラはフィードの方を向き、嬉しそうな顔をした。
「ありがとうね兄さん。やっぱり兄さんは騙すのが上手いなぁ。ボクじゃさ、警戒されちゃうから助かったよ」
フィードが無言でフードを外す。現れた顔はシドラと同じ顔だった。
兄さん。シドラの言葉にアリアは思い出す。
よそ者のシドラがエルナスの町に来た時、彼は一人ではなかった。彼の双子の兄も一緒だった。けれど双子の兄フィドラは身体が弱くて、滅多に外に出ることはなかった。だからアリアたちはその存在を忘れていることが多かった。
けれど彼は確かにいた。確かに、あの町にいたのだ。
盲点だった。
「お察しの通り、僕はフィドラ・アフェンスクです。騙してしまって済みませんね」
悪びれもせずに、フィードと名乗っていたフィドラが答える。
貴様、とヴェルゼが彼に飛びかかろうとするが、
「あたいの仲間に手を出すなっ!」
割って入った人影があった。金属音。ヴェルゼの鎌は人影の持っていたナイフに弾かれる。
それは少女だった。短く切った赤い髪に、野生の獣のような鋭さを宿す赤い瞳。身に纏うはところどころ汚れた、白のワンピースに革のサンダル。
そんな彼女は、左胸から赤い薔薇を咲かせていた。それは異様な姿だった。
「あたいはローゼリア・イヴ・レンツィア。シドラたちは恩人だよ。手を出すことは許さない」
獣のような双眸が、ヴェルゼを睨み据えた。
はぁ、とアリアは溜め息をつく。
「わかった、わかったわよ。ヴェルゼも殺意をおさめなさい。で? 何が目的なの?」
「和解しないかって話さ」
「絶ッ対にお断りだ!」
シドラを、ヴェルゼが鋭い瞳で睨む。
「和解だって? ハッ、何を今更。人を裏切って居場所奪った奴が何言ってやがる。用件がそれだけなら帰っていいか?」
「まぁ待ってよ。話を聞いてくれるかな?」
シドラがローゼリアと名乗った少女に目配せをした。すると彼女が頷き、胸に咲き誇った薔薇から妙な香りが漂い始める。それを吸ってしまったアリアたちは、身体が動かなくなるのを感じた。
「簡単な麻痺毒だよ。話を聞いてくれるまで逃がさない」
ローゼリアが言った。
アリアは大きなため息をつく。
「はぁ……仕方ないわね。話だけ聞くわ。でもその後であたしたちがどう動こうが、文句言わないでくれる?」
「ふふ、約束しよう」
満足げにシドラが頷き、語りだす。
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