複雑・ファジー小説

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頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
日時: 2020/12/26 11:22
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)

【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】

 異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
 アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
 その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
 木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。

『頼まれ屋アリア、開店中!
 願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 店を経営するは魔導士の姉弟。
 これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。

  ◇

 連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
 更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
 舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
 それでは——

「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」

——————

【主要キャラ紹介】

・アリア・ティレイト……(17歳)
 全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」

・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
 死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」

・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
 ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」

・ソーティア・レイ……(16歳)
 異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
 ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
 直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」

————————

【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)

 プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月

【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-

 第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
 第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
 第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
 第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
 第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月

 番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
 ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日

 第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
 第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
 第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
 第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月

 番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年

  ◇

【第二部 1458年は忙しい】 >>

 第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
               ソーティア編 >>
               デュナミス編 >>

 第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
 第十二の依頼
 第十三の依頼
 第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月

  ◇

【第三部 1459年の静かな夜】 >>

 第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
 第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
 最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月

  ◇

【最終部 1460年と共にさよなら】

 今に至るエルナス >> ——1月

  ◇

 過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月

 番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
 番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
 番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
 番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
 番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
 番外 ある新年に願う >>
 番外 頼まれ屋の休日 >>

 過去編 遠い日のエルナス >>
 過去編 幸せの地はいずこ >>

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.48 )
日時: 2020/12/18 10:36
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

 ギャレットに案内され、他の王宮魔導士たちに会う。その後ギャレットは用事があるとかでいなくなってしまった。居合わせた面々に恐る恐る名乗ると、皆優しげな表情で迎えてくれた。

「ようこそアリアさん。あの王子様に強引に連れてこられたのねぇ……。でも私たちはあなたを酷いようには扱わないわ。ここが新しい居場所になればいいわね」

 穏やかな微笑みを見せたのはローリア・フェイツ。流れるような紫の長髪に青い瞳をした女性だった。よろしくお願いしますと小さくアリアは言う。
 ローリアが説明を始めた。

「私たち王宮魔導士は、第一王子の抱える直属部隊。王子の命令に従って様々な仕事をこなすわ。あなたの頼まれ屋と少し似ているかしら? 依頼主が第一王子限定の何でも屋なの」

 あなたの力は大変助かるわと彼女は言う。

「十人十色な王宮魔導士だけれど、その時その場に必要な人がいないこともあるから……。でもあなたは一人で全てまかなえる。目を付けられるのも当然よね」

 つけられたくなかったのに、とアリアは心の中でこぼした。
 力を持っていたせいでこんな目に遭ったのならば、力なんて要らなかった。
 アリアの想いをよそに、ローリアは説明を続けていく。

「今王子から頼まれているのは、この国に時折侵略してくる小さな部隊の撃退。あなたがここに慣れたのならば、いずれ現場にも連れて行くわ。まずはあなたの実力を見極めないとね。さて、質問はあるかしら?」

 ないです、とアリアは首を振る。
 何も考えが浮かばなかったのだ。
 では、と彼女が言った。

「今はまだ日が高い……。あなたの実力を見てみたいの。だからちょっとついてきてくれないかしら?」

 はい、とアリアは頷いた。
 案内されるままに、魔法の訓練場にたどり着く。

  ◇

「あなたの戦い方を見てみたい。今から何体か魔法生物を呼び出すわ。そいつらと戦って頂戴」

 アリアは頷いた。隣にヴェルゼはいない。でもやらなければならない。
 最初に現れたのは、いつかのナグィルだった。いつかシドラに嵌められて、ヴェルゼを襲った毒持つ爬虫類。ヴェルゼとの日々が頭の中に蘇ってきてくらくらしたが、何とか集中してみせる。

「……とりあえず燃やしてみようかしら。燃え盛れ、山に咲く炎の華よ!」

 何も考えずに炎魔法をぶっぱなす。あの時ナグィルを倒したのはどんな魔法だったっけ、なんて考えもしないまま。
 だがナグィルの鱗は炎なんて簡単にはじく。一切ダメージを受けない様子で、ナグィルはゆっくりとアリアに迫った。
 ローリアが声を掛けた。

「ナグィルに炎は効かないわ! 相性をよく考えて! 全属性使いなんだから他の属性を使ってみたらどうかしら?」
「……はい」

 頷き魔力を集めるけれど、
 口にしたのは炎の魔法。

「燃えちゃえ! 太陽の中にある熱き炎!」
「だから、炎は効かないの! 違う属性で戦いなさい!」

 言われても、言われても。反射的に放つ炎の魔法、得意な魔法。
 駄目だ、とアリアは思う。ヴェルゼが隣にいないと駄目なんだ。いつも冷静なあの子が隣で指示を出してくれるからこそ、安心して戦えるのに。今ヴェルゼはいなくて、きっとどこかに囚われていて。

「風魔法を使いなさい、アリア・ティレイト!」

 迫るナグィル。ローリアが叫ぶけれど、放ったのは炎魔法。弾かれ、もうナグィルの爪は目の前だ。死にたくはないけれど、無効化される炎の魔法素《マナ》しか紡ぐ気力などなくて。
 死を覚悟した、その時。

「――烈風よ!」

 ローリアの声。彼女の生み出した風がナグィルの鱗を切り裂き、あっという間に絶命させた。
 呆然と突っ立っているアリアにローリアが近づき、指を突き付けた。

「あなた! 全属性使いでしょう! なぜ炎魔法しか使わないの!」
「……使えない」

 絞り出すようにアリアは言った。
 声は叫びに変わる。

「使えるわけがないじゃない! あたしは! これまでずっと、ヴェルゼと一緒だったの! ヴェルゼがいたから安心して魔法を使えたの! あたしって馬鹿だから属性の相性なんて分かんない! ヴェルゼが教えてくれたから、こうすればいいんだって教えてくれたから、あたしは戦えたんだってば!」

 伝い落ちた、涙。
 激情が彼女の中で荒れ狂う。

「あたしとヴェルゼは二人で一人の頼まれ屋アリアなの! なのにこうやって引き離されて! それで普通に戦えると思うわけ!? あたしはあの子がいないと駄目なのよ! それで戦えなんて無理よ!」

 二人で一人の頼まれ屋アリア。辛いことや苦しいことがあった時でも、二人一緒だったから乗り越えられた。ソーティアやデュナミスの助けだってあった。一人きりだったらきっと、もっと早くに死んでいた。

 いくら才能があったって、
 それを活かしてくれる最高のパートナーがいなければ、
 アリアはただの弱小炎使いにしか過ぎないのだ。

 号泣するアリア。それを見ながらもローリアは静かに言った。

「……それでも、戦わねばなりません。それが私たち王宮魔導士なのですよ、アリアさん」

 私はあなたの気持ちが分からないけれど、と彼女は言う。

「甘えたことは言っていられないのです。それを心に刻みなさい」

  ◇

 愛する人と引き離されて、まともに戦えるわけがない。
 アリアの存在は一時期期待の新人王宮魔導士として話題に上ったが、やがて彼女の話すらされなくなった。
 いくら周りがけしかけても、いくら死の危険を味わわせようとも。アリアは弱い炎魔法しか使うことはなかった。それくらいならそこらの炎使いをつかまえた方が幾分かマシというものである。
 そんなある日のことだった。周りから馬鹿にされ、落ち込んでまたその日を終えて、あてがわれた部屋で眠っていたアリアの元に、

 風が吹いた。
 宝石の瞳が、アリアを見つめた。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.49 )
日時: 2020/12/22 09:15
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「やぁ、囚われのお姫様。起きて。君に幸せを届けに来たよ」

 囁くような声に目を覚ますと、そこには見知らぬ青年が立っていた。
 闇の中で顔は見えない。男性ということはわかった。彼の周囲では何もないのに、小さな風が吹いていた。

「……誰?」

 疲れ切った目で相手を見る。すると相手は悪戯っぽい声でこう言った。

「王子様」
「……は?」

 驚き飛び起き、明かりとして簡単な炎魔法を使う。暗闇の中にぼんやりと浮かび上がったのは、緑色。緑色の髪が真っ先に目に入り、続いて見たのは左右で色を変える瞳。右目が青緑、左目が青。宝石のような瞳を持つその青年は、飄々とした雰囲気を身に纏っていた。

「紹介しよう。俺はアンディルーヴ魔導王国第二王子、フェンドリーゼ・アンディルーヴ。まぁたあの駄目兄貴が変なことやったって情報聞いたからさ、飛んで帰ってきたんだよね。案の定だよまったく」

 無邪気に笑う彼からは、悪意なんて微塵も感じられない。
 同じ王子なのに、彼はあの第一王子とは全然雰囲気が違っていた。

「俺はあんたを助けに来たんだ。まぁあんたは俺からすりゃ赤の他人だけどさ、誰かがあいつのせいで囚われているっていうのが気に食わなくって、ね」
「……ヴェルゼは?」

 思わず問うたアリアに、安心しなと彼は言う。

「あっちには俺の部下が向かってる。第二王子の部下だ、引き留められるもんか。しかもこっちには魔法破壊の破術師がいるんだし、部隊の精度からしてもこっちのが上。兄貴の部隊は俺のよりは弱いぜ」

 まぁ、そんなわけで、と彼は手を差し出した。

「あんたはさ、こんなところより穏やかな場所で暮らしてる方が似合う気がするんだよな。だからさ……ここを出てみない? 帰ろうぜ、あんたの家に」
「……うんっ!」

 アリアは大きく頷いた。
 ずっと望んでいた、いつかここから出られる日を。
 王宮魔導士なんて望んでいない。ヴェルゼやソーティアたちと引き離されることなんて。
 差し出された手を取れば、全身に力が巡ってくるのを感じた。
 じゃあ行こう、と彼が言う。彼に手を引かれてアリアは外へ出る。
 外へ出てしばらく歩いた先で、懐かしい影を見た。

「――ヴェルゼッ!」

  ◇

 暗闇の中にあっても、見間違いようのない黒い姿。武器も返してもらったのか、背にはいつもの大鎌がある。
 アリアは思わず駆け出して、黒い姿に抱き着いていた。

「ああ、ヴェルゼヴェルゼ! 本物だ! 生きてるわ!」
「……姉貴、苦しいんだが」

 ヴェルゼがくぐもった声をもらすと、アリアはヴェルゼを解放した。その隣にはソーティアもデュナミスもちゃんといる。引き離された大切な人たちがちゃんといる!
 ヴェルゼの側には、茶色いフードを被った顔の見えない人影が、何も言わずに立っている。第二王子の腹心なのだろうか、人影はフェンドリーゼ王子に一礼した。

「改めて、名乗ろうか」

 第二王子の悪戯っぽい声。

「俺はアンディルーヴ魔導王国第二王子、フェンドリーゼ・アンディルーヴ。今回は兄貴が悪かったね。謝ったって、奪われた時間は取り戻せないんだけどさ……」

 左右で色の違う瞳が、宝石のようにきらりと光る。

「まぁでも、謝らせて欲しいな。本当に、悪かった!」

 頭を下げる彼に、慌ててアリアは言った。

「第二王子様のせいじゃないです! またこうやって会えましたし、大丈夫ですよ!」
「ん、そう? あー、あと俺のことはフェンでいい。呼び捨てが嫌ならフェン様でな。長い呼び名は面倒でね」

 あっけらかんとした声で彼が笑った。自由な人だなとアリアは思う。
 と、そこへ。

「フェンドリーゼッ!」

 怒りに震えた声がした。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.50 )
日時: 2020/12/24 09:47
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 そこにいたのは第一王子フォーリン・アンディルーヴだった。思わず警戒するアリアたちを手で制し、フェンドリーゼは相手にずんずん近づいていく。

「こんばんは。兄上はご機嫌麗しゅう」

 芝居がかった仕草で礼をする。その声は笑っていた。
 どういうことだ、とフォーリンが怒鳴ると、どういうこととは? と聞き返す。
 怒りをあらわにフォーリンが叫んだ。

「お前は! ぼくの大切な部下を勝手に連れ出そうとした!」
「部下なの? 本人が部下だと認めてない人を部下と呼ぶの?」
「あたしは強引に連れてこられただけよ! 弟たちを人質にされて!」

 思わずアリアが叫ぶと、そういうことだねとフェンドリーゼが笑う。

「そんなやり方じゃ誰もあんたになんか従わないさ。俺はさ、こういったことが大嫌いなわけ。次期王位継承者? 知ったことか。あんたみたいなのが王になったらこの国も末だね」
「う、うるさい! 王位を放棄したお前に何が分かるか! ぼくは次の王だ、逆らうな!」
「次の王は兄貴じゃないよ。俺はもう、心に決めている人がいてね」

 フェンドリーゼの言葉に、ぼくこそが次の王だとフォーリンは叫ぶ。彼は顔を真っ赤にし、自分の部下たちを呼んだ。

「お前たち! 時期王の命令だ、奴らを殺せぇっ!」

 それを見て、おやおやとフェンドリーゼが眉を上げる。

「自称時期王がご乱心っと。これは弟がなだめなきゃぁ駄目なパターン?」

 彼の周囲で風が渦巻く。圧倒的な風の魔力が彼に集まる。
 アリアもまた身構えた。その視界の端、ごめんなさいと謝るような眼をローリアが向けた。彼女は王宮魔導士だ、王子には絶対服従しなければならないのだ。
 アリアはフェンドリーゼに声を掛ける。

「ねぇ、フェン様」
「ん、何だい? 軟禁生活で疲れたろ。ここは俺に任せていいよ小鳥ちゃん」
「あたしも一緒に……戦っていい?」

 その赤い瞳には強い意志。
 そうだ、今はヴェルゼが一緒だ。彼と一緒ならば、訓練された王宮魔導士だって打ち倒せるような気がした。二人で一人の頼まれ屋アリアだ、今こうして揃ったのならば。
 アリアの決意を見て取って、いいよとフェンドリーゼは頷いた。

「ただし……殺しちゃいけないよ。撃退目的の魔法を頼むぜ?」
「了解!」

 アリアは魔法素《マナ》を組み合わせる。組んでいるのは氷の魔法素《マナ》だ。氷の大きな壁を作り、その場から撤退する方針だ。
 ヴェルゼがいるから。他の属性だって思うように使える!

「さぁて始めようかぁ!」

 叫んだフェンドリーゼが風を吹かせた。それは幾千の鋭い刃となって王宮魔導士たちに襲いかかる。だが相手も訓練されたもので、咄嗟に張られた氷の盾に風は弾かれる。そこへアリアが氷魔法を発動させようとした瞬間、
 意外なところから声が上がった。それは普段ならば穏やかな人物の、凍えきった声。

「流れろ流れろ魂の炎、空を大地を穿て抉れ破砕せよ! 悲しみの運命に嘆く魂よ、今こそその無念を解き放て! 全力解放ッ! ――|魂の灯火《ウィスプ・リュウール》!」

 瞬間。
 幾つもの星が、落ちた。
 真夜中の、王宮に。
 穿たれた大地、爆裂した空気。吹っ飛ばされる魔導士たち、巻き込まれる第一王子フォーリン。
 デュナミス・アルカイオンが、冷酷な笑みを浮かべていた。

「僕はさ……こういった奴、大ッ嫌いなんだよね。何が第一王子? 何が権力? 権力をかさにして好き勝手しやがって……」

 瞬間、垣間見せられたのは元天才死霊術師の実力。死してもなお残るその力。
 誰もが圧倒され、彼を見ていた。
 怯えて尻餅をつくフォーリンに、デュナミスはそっと囁きかける。


「これ以上僕たちに関わるな」


 そこの言葉は、魔力さえ宿しているかのようで。
 あれほど偉そうだったフォーリンは、がくがくと頷いた。
 ヴェルゼを止めるのはデュナミスだ。しかしデュナミスを止められるのは何処にもいない。何故なら彼は死者、恐れるものなど何もないから。
 デュナミスは冷酷な表情を解き、いつもの笑顔を浮かべて言った。

「はい、撃退完了っと。あ、見せ場奪っちゃった? ごめんねぇ」
「……あんた、強いな」

 フェンドリーゼが笑っていた。

「これでもう兄貴もあんたらに手出しは出来まい。俺の役割は終わったな」

 ふわり、彼の周囲で風が吹く。
 最後に、と彼は空を見上げた。風が吹く。それは次第に勢いを増して、アリアたちを包み込んでいく。一体何が起こるのかと不安げなアリアたちに、彼は言った。

「迷惑料。今からあんたたちを風の魔法でリノールまで運んでいく。亡霊さんは実体化してないと置いてかれるから要注意な。『風神の申し子』なんて呼ばれた俺の実力、見せてやるよ。兄貴なんて余裕で撃退できたんだけどなぁ」

 風はどんどん強くなっていく。やがて。

「わぁっ、飛んだ!」

 アリアは驚きの声を上げた。
 アリアたちの身体が、ふわりと浮きあがっていた。
 一人大地に残っているフェンドリーゼが声を投げた。

「またな、頼まれ屋御一行。結構楽しかったぜ? では御機嫌よう!」

 フェンドリーゼが遠ざかる。アリアたちは空を飛ぶ。
 全てが小さく見えた。空の旅なんて生まれて初めてだし、これから先もあるかはわからない。アリアは景色を思う存分楽しもうと思った。
 その隣で。

「…………」
「ヴェルゼさん、大丈夫ですか?」

 一人、ヴェルゼが顔を青くしていた。
 彼は絞り出すような声で言う。

「地面を見ていると眩暈がする……」

 その日、ヴェルゼの高所恐怖症が判明した。

「ソーティアは……平気なのか?」

 はい、と彼女は大きく頷いた。

「イデュールの里があった場所が高山なんです。だから高いところから見下ろす景色は見慣れているんですよ。でも空を飛ぶなんて、流石に初めてですが……」

 実体化したデュナミスも平気そうである。
 悔しそうに、ヴェルゼは歯噛みした。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.51 )
日時: 2020/12/26 11:16
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)


 数時間後、アリアたちはゆっくりとリノールの町に着地した。着地まで丁寧である。この規模の魔法をこんなに長い間維持出来るなんて、とアリアたちは改めてフェンドリーゼのすごさを実感した。
 店の扉を開けて、アリアは大きな声で叫んだ。

「たっだいまー!」

 久しぶりに帰って来た店。帰って来ると、ああここが自分の居場所なんだなと実感する。王宮なんてきらびやかなところ、似合わない。ましてやヴェルゼと引き離された状態でなんて。
 王宮は一度関わってきた。フェンドリーゼは極力向こうが関わってこないようにすると言ってくれたが、どうなるのかは分からない。これ以上この町にいたら危険かもしれない。しかし借金を返し終わってはいない。

「……ひとまずは、借金問題が解決したら今後のことを考えましょうか」

 ずっとずっとリノールにいたいと思っていた。しかし状況によってはこの町を出ることも考慮せねばならないだろう。そして。

「デュナミス」

 ヴェルゼが透明になろうとしていたデュナミスに声を掛けた。

「穏やかなお前があそこまでキレるなんて珍しい。理由を聞かせてもらえないか」
「……思い出した、んだよね」

 デュナミスが顔をしかめつつ答えた。

「ほら、前に言ったろ。僕は貴族の家アルカイオンの息子だけど、本当は養子だったんだって。ある時僕は拾われたんだって、そんな話」
「拾われる前のことを、思い出したのか?」
「うん、少し」

 僕はどこかの王族だったはず、とデュナミスは言う。

「そこはとても良いところだった。でもね、当代の王がすっごく嫌な奴で……何か、酷い目に遭ったような気がする。だから僕は王族が好きじゃない」
「貴族かと思ったら王族かよ? すっごい生まれだな」
「ん……でも記憶が曖昧で。どこ出身かは思い出せないなぁ」

 分かっているのは、王族の彼が昔、王族によって酷い目に遭わされたということ。フォーリン王子のやったことは、その時のデュナミスのトラウマと似たようなことだったのだろうか。だから彼は珍しく、あそこまで怒りをあらわにしたのか。
 権力は暴力と相通ずる。それを忘れてはならない。
 分からないことはまだ多い。頼まれ屋アリアの中でも問題は山積みだ。借金は返さないとならないし、シドラとの因縁も決着がついていないしデュナミスのことも、ソーティアの故郷のこともある。ソーティアはいずれ故郷に戻ってみたいですとも言っていた。
 やることは、やらねばならないことはあまりにも多い。だがひとまずは。

「頼まれ屋アリア、依頼再開しました……なんてな?」

 日常に戻って来られたことを、喜ぶべきだろう。
 それから数日間は、アリアがヴェルゼに対してとても過保護になり、鬱陶しくなったヴェルゼが家出してしばらく戻って来なくなったのは別の話である。

【権力色の暴力 完】

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.52 )
日時: 2020/12/28 17:33
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: oKgfAMd9)

【黄昏のアムネシア】

 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
 看板には、そんな文言が書かれている。

  ◇

 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

「はーい、いらっしゃいませー!」

 アリアは元気よく答えた。
 やってきた客は茶髪の青年。青い瞳が不安に揺れている。

「黄昏の時だけ現れるという、ある町に」

 彼は言った。

「俺の大親友が行ったきり帰ってこないんだ。あんたたちにはあいつを連れ戻してほしいんだよ」

 そこは魔性の町なんだ、と彼は語る。

「『黄昏の町』アムネシアは訪れた人間に幸せの幻影を見せて惑わし、町から出たくないと思わせる。ある日の黄昏、偶然俺たちは迷い込んだ。俺は自分で何とか幻影を断ち切って町を出たが、あいつはそうはならなかった」
「黄昏の町、ねぇ……聞いたことあるよ」

 デュナミスが口を挟んだ。

「あれは……何だっけ。人々の抱く幸せへの思いと夢が集まった町。そこは人の思念が集まりやすいとかそんな話を聞いたなぁ」

 行くなら自分も幻影を断ち切る覚悟をしないとねとデュナミスは言う。
 でもさ、とアリアは客に赤い瞳を向けた。

「あなた困ってるのよね?」
「ああ……そうだけど。あいつ、俺の大親友だからさ……」
「ならば助けるのが頼まれ屋アリアよ! 危険な町? 幻影の町? 行ってやるわそんなところ」

 人間を連れ戻すだけなんて、これまで受けてきた様々な依頼に比べれば簡単なことだ。アリアはいつもの台詞を口にした。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」

  ◇

 男から対象の外見や簡単な過去の話などを聞く。対象の名はルィス。依頼してきた青年オーウェンとは幼馴染で、いつも二人は一緒にいた。
 しかしある日、ルィスの家族は故郷の村にやってきた熊によって皆殺しにされ、ルィスは熊に復讐するために猟師になることを固く誓った。オーウェンは戦士になることを望んでおり、その日から二人の道は分かれた。けれどそれでもよく会っていたし、絆が崩れることはなかった。
 ある日偶然再会した二人は喋りながらも街道を歩いていた。そして迷い込んだのが黄昏の町。そこでルィスは死んだはずの家族の幻影に囲まれて動けなくなった。悲劇的過去を持たなかったオーウェンは辛うじて町を出られたが、彼の前にも幻影は現れた。それは彼の憧れている人の姿をしていた。
 自分の幻影を振り払うので精いっぱいだったオーウェンは、もうルィスを連れ戻す気力なんてない。だからアリアたちに頼ったのだった。
 よろしくな、と頼んでいなくなったオーウェン。アリアが彼を見送っていると、店の奥からヴェルゼが出てきた。

「で、勝算は」
「んー……わかんない」

 アリアは難しい顔をする。

「幸せだった日々……確かにあるわ。エルナスの町でのあの日々がもしも目の前に出てきたら……」

 迷うなよ、とヴェルゼが鋭い声を投げる。

「それは過ぎ去った過去なんだから。いくら幸せな過去であっても、もう二度と戻って来はしないのだから、な」
「ヴェルゼは強いよね……」
「安心しとけ」

 不安そうなアリアを見て、ヴェルゼが言った。

「もしも姉貴が幻影に惑わされても、オレが必ず救い出す。町に入ったら手を繋ごう。その手を絶対に離すなよ」
「……うん、わかった」
「幸せの幻影、ですか……」

 そんなやり取りを見ながらも、ソーティアはひとり呟いた。
 頭に浮かんでいるのは、滅ぼされる前の故郷の里。あの日々に戻りたいと何度も思い焦がれた戻らない日々。

「……ううん、今のわたしの居場所はあそこじゃない」

 思い出を振り払うように頭を振った。

「アリアさん……わたしはね、ここでも幸せを見つけられたんですよ。波乱はあるけれど、ここもまたわたしの居場所になりました」

 誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。

  ◇


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