複雑・ファジー小説

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頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
日時: 2020/12/26 11:22
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)

【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】

 異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
 アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
 その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
 木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。

『頼まれ屋アリア、開店中!
 願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 店を経営するは魔導士の姉弟。
 これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。

  ◇

 連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
 更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
 舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
 それでは——

「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」

——————

【主要キャラ紹介】

・アリア・ティレイト……(17歳)
 全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」

・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
 死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」

・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
 ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」

・ソーティア・レイ……(16歳)
 異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
 ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
 直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」

————————

【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)

 プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月

【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-

 第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
 第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
 第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
 第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
 第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月

 番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
 ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日

 第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
 第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
 第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
 第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月

 番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年

  ◇

【第二部 1458年は忙しい】 >>

 第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
               ソーティア編 >>
               デュナミス編 >>

 第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
 第十二の依頼
 第十三の依頼
 第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月

  ◇

【第三部 1459年の静かな夜】 >>

 第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
 第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
 最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月

  ◇

【最終部 1460年と共にさよなら】

 今に至るエルナス >> ——1月

  ◇

 過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月

 番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
 番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
 番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
 番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
 番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
 番外 ある新年に願う >>
 番外 頼まれ屋の休日 >>

 過去編 遠い日のエルナス >>
 過去編 幸せの地はいずこ >>

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.1 )
日時: 2020/08/26 00:39
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: 5VUvCs/q)

【プロローグ 新しい居場所】

——それは、今から一年ほど昔のお話——

  ◇

「到着、っと。ここがあたしたちの新しい居場所になるのね」
「リノールに行け、か。どうしてこんな町……」

 明るくおしゃべりする赤髪の少女と、面倒くさそうな顔をする黒髪の少年。二人はその町の入り口に立って、物珍しげに町中を見ていた。
 少女も少年も十代中盤くらいに見える。少女は赤いワンピースを着て赤い宝石と金の飾りのついた木の杖を持ち、少年は黒いマントを着て背には死神みたいな大鎌を追っていた。赤と黒。対照的な出で立ちだ。そして二人はそれぞれ、大きな荷物を持っていた。
 町中を楽しげにスキップしながら、少女は笑う。

「わぁ、綺麗な町素敵な町! ふふっ、いいところじゃない、ここ!」

 その後ろを呆れたように小走りでついていきながら、少年は文句を言う。

「姉貴はこれまで村から出たことないから珍しいんだろうけれど、そこまで変わった町でもないぞ……」

 で、と彼は姉に言う。


「これからどう生きるんだ?」


「…………」

 その言葉に、少女は黙り込む。スキップもやめて、うつむく。
 少年は言う。

「現実から目を背けるな。この町に行けと言われただけで、そこで何か用意されているわけでもない。そして現実、住む家もない」
「……何とか、するよ」

 消え入りそうな声で少女は言う。

「ううん、きっと何とかなる。そうに決まってるじゃない。嫌なことがあった後は楽しいことがあるものでしょ! 住む家だってすぐに見つかるもん!」
「……ったく。姉貴は楽観的だよな」

 少年は溜め息をついた。
 と、不意に聞こえた叫び声。少年は警戒して声に耳を澄ますが、少女はその声に向かって走り出す。おい、と少年が止めるが気にしない。

「……この馬鹿姉貴ッ! わざわざ面倒事に首を突っ込んでどうする!」

 文句を言いながらも彼もまた姉を追う。
 追った先で目にしたのは、戦闘だった。
 妊婦のように見える、おびえ切った一人の女性。彼女を守るように立っているのは怪我をした男性。彼らに剣を向けているのは、目深にフードを被った謎の影。

「一体なぁに?」

 飛び出してきた少女を、彼らを遠巻きに囲む町の人々は訝しげに見る。

「誰だいあんたたち? 子供は危ないよ!」
「子供だからって関係ないもん! あたしは魔導士よ? 何が起こったの、説明して!」

 引かない少女を見て、難しい顔をしながら中年の男性が説明する。
 おびえた女性と男性は夫婦。二人はある高名な魔導士に大きな借金をしており、返せないでいた。そこへ借金取りが来たのだという。借金取りはそのフードの影だという。
 フードの影は言う。声からして男性のようだ。

「俺は魔導士シーエンの部下だ。どうしても借金を返せないようなら一族郎党殺せと言われてね?」
「シーエンだって悪党さ! いつもいつも、貧乏な人間相手に高利貸しなんてして!」
「黙れ。余計なことを言うと主に言いつけるが?」

 文句を言う町人を、男は一声で黙らせる。
 ひどい、とアリアは男を睨んだ。

「シーエンって人! 人の心がないの? 貧乏な人間こそ助けてあげなくちゃ! 足元見て高利貸しなんて最低の人間のすることだわ!」
「黙れ、娘。首を飛ばされたくないのなら——」
「そこまでだ」

 問答無用で少女に向けられた剣を、少年が止める。その手にはいつの間にか背負っていた大鎌があった。

「突っかかる姉貴も大概だが……。誰であろうと、姉貴を傷つける奴は許さない」

 ほう、と男は眉を上げて少年を見た。

「あの攻撃を止めるとは、若いのに強いな。名を何と言う」
「ヴェルゼだ。ヴェルゼ・ティレイト。笛作りの町エルナスから来た流れ者だよ」

 文句あるか、とばかりにヴェルゼは男を睨みつける。
 いいや、と男は首を振った。

「この町の人たちは俺たちに抗おうとしないが、お前たちは違うな、と。良い目をしている。お前たちに免じて夫婦の借金の話はなしにしてやろう。主も納得して下さるはずだ」

 やったぁ、と少女が喜んだ矢先、だが、と男は続ける。

「『夫婦の』借金だ。夫婦の代わりにお前たちが返せ。期間は五年間、金額は五百万ルーヴ。なぁに、俺の攻撃を止めたお前と魔導士のお城ちゃんなら余裕だろう、そんなにあれば。返済できなかった場合、対価として命を払ってもらう。異存はないな?」

 少女はぐっと奥歯を噛み締めた。

「何よぅ。今すぐにあんたを倒すことなんて、お茶の子さいさいなんだからね?」
「やめとけ姉貴。オレだって、防ぐので精いっぱいだった相手だぞ。反撃の余裕なんてなかった」

 杖を相手に向けようとする姉を、ヴェルゼは止める。
 それでいい、と男は笑う。

「で? どうする? 借金を負うのはどっちだ?」

 少女は夫婦を見た。夫婦は縋るような眼で姉弟を見ている。はぁ、と少女は溜め息をついた。

「そんな目をしなくても……ええ、あたしが背負うわよ、あたしたちが背負うわよ、その借金。それで泣く人が減ればいいの。誰かのためにあれ、って死んだママンは言った!」

 引き受けるわ、と彼女は男を睨んだ。

「契約人、アリア・ティレイト! あたしと弟のヴェルゼ・ティレイトは夫婦に代わって五百万ルーヴの借金を背負う。これでいいんでしょ! 口約束じゃダメって言うんなら書類だって書くわ、寄越しなさい!」
「書類は不要。主が魔法でしっかりと宣言を聞き取った」

 アリアとヴェルゼか、と男は頷いた。

「その名前、しかと覚えたぞ。五年後を楽しみにしている」

 そして男はいなくなった。
 ふうっとアリアは大きく息をついた。

「あたしの正義、間違っていなかったよね。あたし、曲がったことが許せない。これ、仕方のない結果だよね?」
「——ありがとうございますっ!」

 そんな彼女らに、気が付いたら町中の人が集まってきていた。
 口々に彼らは言う。

「大魔導士シーエンは悪い男で」
「この夫婦もそれにまんまと騙されて」
「このままだったら殺されていたかもしれない。いや、絶対に殺されていた!」

 いいから落ち付け、とヴェルゼが言うが、彼の静かな声は誰の耳にも入らない。アリアは大声を上げた。

「ねぇ! ところで!」

 彼女の高い声は凛と響き、周囲を黙らせた。
 アリアは困った顔をして、言う。

「あたし……違う町からここに来たばっかりで、居場所がないのよね。借金の返済方法は後から考えるとして……とりあえず住む場所、何とかならないかなぁって」

  ◇

「わぁ、大きなおうち!」
「……ヘェ。人助けもするもんだな」

 それからしばらく。
 アリアたちは町人たちに案内され、ある家の前に来た。
 木で出来た二階建ての家。そこそこ大きく立派な家だ。
 ある町人は言う。

「この家の主は一年前にシーエンに連れ去られてしまって……。彼女には皆思い入れがあったので、家を取り壊すことはできませんでした。あなた方に使って頂ければあの方も本望でしょう」
「ちなみに、連れ去られた人の名は?」

 ヴェルゼの問いに、シオン、と町人は答えた。

「シオン・ローウァス。本名はシオン・ミツツカとか言うらしいです。違う世界から来た、とか言っていた不思議な人でした。彼女はこの家の主に養女として迎え入れられ、後ほど、家を継ぎました。彼女は沢山の面白い話をしてくれましたよ。よく覚えています」
「違う世界から来た、か……」

 ヴェルゼは成程と腕を組んだ。
 この世には星の数ほど異世界がある。そんな言い伝えが、この世界の各地に転がっている。シオン・ミツツカも、そういった異世界から来た存在だというのならば。

「面白いわね……。会ってみたいわね、そのシオンという人!」

 アリアはきらきらと目を輝かせたが、ヴェルゼは首を振る。

「いや、皆の口ぶりから彼女は恐らく死んでいる。そうだろう? シーエンは悪人らしいな。そんな人物に連れ去られたのなら……」

 ええ、と町人は頷いた。

「彼女はきっと死んでいる。私たちはそう思うことにしたのです。だから期待なされない方がよろしいかと」

 わかった、とアリアは頷いた。

「シーエン……。話を聞けば聞くほど憎たらしくなってくるわ。強くなったらいつか、絶対に倒してやるんだからっ!」

 アリアは拳を突き上げた。
 それではこれで、と町人は去っていく。
 アリアはふーむと大きな家を見渡した。

「これ……もしかしたら……ああして……こうして……」
「……何を考えているんだ、姉貴?」

 そんな姉に、不思議そうにヴェルゼが問い掛ける。
 あのね、と彼女はいいこと思いついたとばかりに話しだす。

「お店、やろうと思うの!」
「はぁ!? 店だって!?」
「そう!」

 アリアは赤い瞳を輝かせて話しだす。

「何でも屋をやるの。それでね、周りの人々の願いを叶えるの。ざっと見たところ、この町に魔導士は少ないみたい? なら、あたしの魔法とヴェルゼの死霊術で」

 ほう、とヴェルゼは眉を上げた。

「だが、無報酬では引き受けんぞ。そうだ、ならばその店で依頼を叶えて日々の糧を得よう! いや、それで最終的に金を返そう」

 姉弟は顔を見合わせて笑った。二人の頭の中でアイデアが流れだす。

「お店の名前は『頼まれ屋アリア』にしましょ!」
「安易なネーミングだな……。では、内装についてざっと考えるか。入口真正面にカウンターを置いてだな……」
「おっきな看板を作るの! ドアにはドアベルをつけましょー!」

  ◇

 数日後。
 かつて、シオン・ミツツカの住んでいた家は大きく改造され、新しい姿となっていた。
 家の扉の上には、大きな看板がある。

『頼まれ屋アリア 〜願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ〜』

 彼女らはまだ知らない。この店にどのような依頼が来るのか。
 楽しい依頼、悲しい依頼。様々な依頼の中で、彼女らは成長していく。
 これは、そんな二人による、依頼を叶える物語。

「頼まれ屋アリア、開店しましたっ! 何でもいいから誰か来てよねっ!」
「……接客は姉貴に任せる。オレは店の奥で本でも読んでいるよ。何かあったら呼べ」

 ドアベルを鳴らし店に入ったら、赤髪の少女があなたを迎えるだろう。


【帝国暦1456年3月、頼まれ屋アリア、開店!】

Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.2 )
日時: 2020/08/28 09:57
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

【第一の依頼 パンドラの黒い箱】

  ◇

 異世界“アンダルシア”。独特の魔法システムがあり、人間と神々が時に関わり、時に交わる、どこかにある世界。
 その世界の片隅に、不思議な店がありました——。

『頼まれ屋アリア 開店中!
 〜願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ〜』

 木造の店の入り口には、そんな言葉の書かれた木の看板が下がっている。
 木でできた扉を開ければ、赤髪の少女が、木造のカウンター越しに来訪者を迎えてくれるだろう。

 今は、店が出来てから一年ほどになる。

  ◇

 扉の開いた音とともに、カランコロン、ドアベルが鳴る。「頼まれ屋アリア」の非日常は、このドアベルの音から始まる。

「はーい、ようこそっ!」

 ドアベルの音に来訪者ありと知った赤髪の少女——アリア・ティレイトは、元気よく返事をして扉を見た。彼女は自分の右後方のあたりで誰かが反応したような感覚を覚えたが気にしない。

「やぁ、こんにちは。ちょーっと頼みたいことがあって来たんだけれど……いいかな?」

 穏やかな声とともに入ってきたのは、茶髪に青の瞳、くたびれた印象の茶色のコートを羽織り、膝下までの焦げ茶のロングブーツを履いた、旅人めいた青年。彼は肩に掛けていた鞄から何かを取り出し、カウンターの上に置いた。軽い音が鳴る。それは中にそこまで重いものが入っているわけではないような箱だった。色は漆黒で、幾重にも巻き付いた魔法の鎖で厳重に封じられている。
 謎の箱を見せながらも、青年の唇が開く。

「あのね、この箱を、王都にあるアンダルシャ神殿へ持っていってほしいんだけれど、頼まれてくれるかい? ああ、お代は先に払うよ。ざっと五千ルーヴだ、悪い条件ではないだろう」

 ちょっと待ってよ、とアリアはその目に警戒を浮かべた。

「運び屋としての仕事もやってるわ、引き受けるのもやぶさかじゃない。でも、聞きたいのよ。その箱の中にあるのは、一体なぁに?」

 しかし彼女の問いに対し、青年は静かに頭を振る。
 その口元に、謎めいた笑みが浮かんだ。

「生憎と、それを話すことはできないのさ。でもすごい秘宝だよ? ああ、君にひとつ忠告しておこう」

 決してそれを開けてはいけないよ——と、囁くような音が洩れる。

「それはアンダルシャ神殿の祭壇まで持っていかねばならないものだ。それ以外の場所で迂闊に開けたら、絶対に良くないことが起こるだろう。それは幸運を約束するが、ルールを破ったらおしまいだ」

 アリアは難しい顔をした。得体の知れない依頼を受けるか受けないか、心の中に迷いが生じた。しかしそこに青年が追い打ちをかける。

「受けなくていいのかな? 来訪者の依頼料が生活の糧となっている店で、この依頼を蹴っ飛ばしたら次に依頼が来るのはいつかな? その間はずっと貧乏生活だねぇ」

 アリアは唇を噛み、観念したように頷いた。

「わかった、わかったわよ。依頼、受けるわ。じゃあお代を頂戴。あたし、まだあなたを信じてないから」
「警戒心が強いのは良いことだね」

 笑って、青年は肩掛け鞄から布袋を取り出した。じゃらん、と金属の音のするそれを青年はカウンターの上に置く。「確かめてみたら」の言葉に、アリアは中身を覗き込んで金額を確認、頷いて袋を受け取り、いつもの宣言をした。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りましたっ!」
「じゃあ頼むよ」

 口元に謎めいた笑みを浮かべ、青年は店を出た。
 カランコロン、見送りのドアベルが鳴って、やがてすべては静寂に包まれた。
 その静寂の奥から、小さな物音を立てて黒髪の少年が現れる。
 黒髪黒眼、黒のマントに黒のコート、マントの留め金は白い髑髏、黒のズボンに黒のブーツ。背に鈍色の大鎌を背負い、首から木で作られた素朴な笛を下げた少年は、アリアにその黒い眼を向けた。

「話は聞いたが……姉貴、面倒なことになったな」
「仕方ないじゃないヴェルゼ。要は開けずに王都のアンダルシャ神殿に届ければいいだけでしょ。簡単よこんなの」

 彼女は黒の少年——二歳下の弟、ヴェルゼ・ティレイトの方を向いた。

「とりあえず、この箱はすごい秘宝だけれど良くないものなのかもってことはわかったわ。こんなものとはさっさとおさらばしてしまいたい。まだ陽は高いし、出掛けるのには悪くない日だわ。さっさと用意して行っちゃいましょ?」
「……わかった」

 頷き、ヴェルゼは店の奥に消えた。アリアも店の二階に上がり、自分の鞄を用意し始める。

  ◇


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