複雑・ファジー小説
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- 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
- 日時: 2020/12/26 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)
【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】
異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。
『頼まれ屋アリア、開店中!
願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
店を経営するは魔導士の姉弟。
これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。
◇
連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
それでは——
「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」
——————
【主要キャラ紹介】
・アリア・ティレイト……(17歳)
全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」
・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」
・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」
・ソーティア・レイ……(16歳)
異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」
————————
【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)
プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月
【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-
第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月
番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日
第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月
番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年
◇
【第二部 1458年は忙しい】 >>
第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
ソーティア編 >>
デュナミス編 >>
第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
第十二の依頼
第十三の依頼
第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月
◇
【第三部 1459年の静かな夜】 >>
第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月
◇
【最終部 1460年と共にさよなら】
今に至るエルナス >> ——1月
◇
過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月
番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
番外 ある新年に願う >>
番外 頼まれ屋の休日 >>
過去編 遠い日のエルナス >>
過去編 幸せの地はいずこ >>
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.33 )
- 日時: 2020/11/11 09:10
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
町の片隅で、イルシアはぽつりと言った。
「わたくしは、ここから遠く離れた国、アーチャド法国の王女なのですわ。けれど王宮には、わたくしと妹のアレイシャリアのどちらを次の王にすべきかで揉めていた。だからわたくしは王宮を出た」
遠い目をして彼女は語る。
「わたくしには王になる資格などないと、自分でも思っておりますもの。素直で真っ直ぐなあの子の方が、きっときっと良い王になる。そしてわたくしが王宮を出ることはあの子を守ることにも繋がる。わたくしはそう思っていた」
でも、とうつむく。
「現実は非情ですわね。あの子を推す派閥がわたくしの命を狙っている。あの子はわたくしに懐いていたからそんな命令下すわけがない。だとすると、それは部下の暴走。あの子はそれを止められていない」
どうすれば良かったのでしょうね、と頼りなさげに空を見上げた。
その顔は、母を失ったばかりの幼子のようにも見えた。
でも、ありがとうと彼女は笑う。
「わたくし、これまで無償の愛というものを信じることが出来ませんでしたの。でもあなた方は、ただ偶然出会っただけのわたくしたちに、ここまで親切にしてくれた。アリアさん……あなたを見ていると、妹を思い出しますの。あなたのその真っ直ぐさ、妹とよく似ておりますわ」
その笑顔を見ると、ヴェルゼもデュナミスも彼女に対して悪い感情を抱くことは出来なくなった。二人は確かにドライな方だけれど、完全に冷徹な人間ではない。イルシアの笑顔はそう思わせるほどに、無垢な笑顔だった。
そんな笑顔でイルシアは言うのだ。
「心を隠して生きてきたわたくしはもう、自分が本来どんな姿だったのか忘れてしまった。嬉しいとか楽しいとか、そういった感情も今浮かべている笑顔も、本物かどうかわからないのですわ。でも……この胸にある感謝の気持ちは本物だと、信じたい」
「……本物だろ」
思わずヴェルゼが呟く。
イルシアの悲しい境遇を聞いて、心が少しだけ動いたせいなのだろうか。
「オレはこれまでたくさんの人間を見てきたが……その笑顔は本物だろ。嘘をついている人間は、そこまで晴れやかな表情浮かべないんだよ」
「そうですの?」
きょとんと首を傾げるイルシアに、そうだよとゼクティス。
「姫さんはさ、気付いてねーだけだ。旅の間に、元の姿を取り戻しつつあるっつーことにな。俺の存在もあったろーけど……赤の他人に親切にされるっつーのが大きいよな。そんなわけで、あんたらには俺からも感謝だ」
で、とゼクティスがイルシアの方を振り返った。そうですわねと頷き、イルシアが懐から大きな袋を取り出しアリアに渡す。受け取ったそれはずっしりと重かった。開けてみると、きらめく黄金の輝きが目に入った。
思わずアリアは声を上げる。
「これって……」
「依頼料ですわ」
ふふふとイルシアが笑う。
「わたくし、国を出たとは言え支持して下さる派閥もありますのでそこそこお金は持っておりますの。聞いたところによるとあなた方、ある悪党魔導士から返済期限付きで多額の借金を背負わされているようですわね。その一助になるかと思いまして」
悪党魔導士シーエン。ここに店を構えた時に借金を背負うことになった原因の相手だ。アリアたちはある夫婦の代わりに借金を肩代わりすることになったが、まだ半分も返せていなかった。その額、五百万ルーヴ。
渡された袋の中にあるのは金貨ばかりで、百万ルーヴは超えそうに見える。そんな大金をいきなりぽんと出せるのも、その立場あってのことなのだろうか。イルシアは身分を捨てて旅をしているとのことだけれど、肝心な時だけ自分の派閥に頼っていいのだろうか。いや、利用しているだけなのかもしれないが。
アリアは目を輝かせて黄金のきらめきを見ていた。こんな大金、見たことがなかったのだ。
「あなた方はわたくしの心に、小さな光をくれました。あなた方にとってはそう動くのは当たり前かもしれない。でもわたくしは……本当に嬉しかった。お金でしか返せないのは残念ですけれど……受け取って下さる?」
「……ええ!」
アリアは頷いた。
それでは、とイルシアが背を向ける。
「わたくしたちはまた、旅立たねばなりません。長居して迷惑を掛けるわけにはいかないですし、ずっといたらまた襲われるでしょうし。けれどあなた方とここで出会ったことは忘れませんわ。いつか……全てが丸く収まった日に、改めてお礼をして差し上げたい」
振り返り、彼女は実に優雅な仕草で礼をした。それはアーチャドの王族の礼だった。
「では、御機嫌よう。あなた方に、光の神アンダルシャの祝福のあらんことを」
「俺からも……ありがとな! 助かったぜ!」
二人一緒に背を向け去っていく。アリアたちはその場で見送っていた。
心に氷を張ったお姫様。全ては大切な妹を守るために。その氷はいつか、融ける日が来るのだろうか。
彼女に幸あれと、アリアは心の中でアンダルシャに願った。
◇
「ええと……待って思ったよりも多くない?」
「手持ちと合わせれば……二百万ルーヴくらい、か? あの姫様も太っ腹だな」
その後。
頼まれ屋アリアで、アリアたちはイルシアから渡されたお金を数えていた。
店に残ったデュナミスとソーティアが、興味深げにそのさまを見ている。
「あの方たち、お金持ちだったんですね……」
「遠い国のお姫様だったみたいよ」
ソーティアの言葉に、アリアが答える。
「あたしたちの優しさが嬉しかったって。お金でしかお礼が出来ないのは残念だけど、って言ってたわ」
彼女たちを助けた日、ヴェルゼとデュナミスはアリアに反対した。でもアリアは自分の行動が間違っているとは思えない。自分なりの正義を貫き通した結果、彼女は心からの笑みを見せてくれた。
これから先、誰かに親切にして騙されることだってあるだろう。既に一度、アリアたちが故郷から追放される原因となった存在である、シドラに騙されている。あの日彼の願いを聞いて、枝を折らなければアリアたちが追放されることもなかった。そんな過去はあるけれど。
(動かないで後悔するよりは、動いて後悔した方がいい)
それがアリアの信条なのだ。
「何もしない」そんなの無理だから。すべきことをするだけなのだ。
イルシアの笑顔を頭の中に浮かばせながらも、アリアはお金を袋にしまった。
「でもこんな大金……下手なところに置いたら盗られかねないわよね。罠でも仕掛けとく? 置くならどこにしようかしら」
「光の幻影でカモフラージュした上で、屋根裏に隠したらどうだ」
ヴェルゼが提案した。
「この家から屋根裏に行くには、オレの部屋を通るしかない。オレの部屋に侵入者があればオレは絶対に気付くし、亡霊ゆえに眠らないデュナミスもいる。安全だと思うぜ」
「そうね。じゃあそこに置いたらあたしが幻影魔法を掛けるわね」
問題は解決した。
うーんと伸びをして、アリアはイルシアを想う。
いつかまた、彼女たちはここに来るという。その時、イルシアは自然と心から笑えるようになっているだろうか。彼女たちを取り巻く状況はどうなっているだろうか。
明るい未来だといいな、とアリアは小さく呟いた。
【アーチャルドの凍れる姫君 完】
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.34 )
- 日時: 2020/11/13 09:02
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【死霊ツイソウ譚】――頼まれ屋アリア外伝
不思議な不思議な店がある。
不思議な不思議な世界の片隅、覗いてご覧? 見つめてご覧?
その名を、『頼まれ屋アリア』と――。
木造の店に掛かった看板には、次のようなことが書かれていた。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
この店はお金と引き換えに、訪問者の願いを何でも叶えるというお店。
店を経営する姉弟は、特殊な魔法を持っている。二人揃えば大体のことは解決できるのだ。
店の扉を開ければ、軽やかなドアベルの音と共に、赤髪の少女があなたを出迎えるだろう。
――が、これは少々違うお話。外伝と言ったって過言ではない。
店を経営する弟の方、ヴェルゼには、ある大親友との出会いと別れがあったのだ。
夜の闇に包まれた、語られざる物語をご覧あれ。
◇
――時はさかのぼる。
カランコロン、ドアベルが鳴る、今日も頼まれ屋アリアの日常が始まる。
「はーい、ただいま!」
その音に、店に入って正面にある木造のカウンター、その向こうにある椅子に座っていた少女がいそいそと動き出す。炎のように赤い髪、強い意志を宿した赤い瞳。茶色のコートに身を包み、その下は白いシャツ。濃い赤のズボンを履いているが、その下はカウンターに隠れて見えない。歳は十代後半くらいのように見えた。
彼女こそ、この店の主、アリア・ティレイトである。
「ちょっとどーにもならない大変なことが起こりましてねぇ!」
慌てて店に入ってきた客は十代前半くらいか。茶色の髪に純朴そうな碧の瞳、粗末な生成りの貫頭衣を着て、足には木靴を履いている。少年のようだ。
店に入ってきた少年は、店をぐるりと見回した。
「あの! ヴェルゼさんいますか! ヴェルゼさんにしかどうにもならないことなんで……」
「呼んだか」
少年の声に応じ、店の奥から黒い人影が現れた。
漆黒の髪に夜をそのまま宿したかのような漆黒の瞳、漆黒のコートに灰色のシャツ、灰色のズボン、黒い靴。コートの胸元は髑髏の飾りで留めてあり、首から木製の縦笛を下げている。その背には漆黒の大鎌があった。歳は十代後半くらい。先程のアリアと似た顔をしていることから、きょうだいであることがうかがえる。アリアの宿す雰囲気が明るい炎を連想させるのに対し、こちらは夜の闇と死を連想させる。
彼はアリアの弟、死霊術師ヴェルゼ・ティレイトである。
ヴェルゼは少年に静かに問うた。
「で? オレにしか出来ないこととは? “裏”の依頼ならば蹴っ飛ばす。姉貴の前で依頼するということはそれくらいの意味のあることなんだな?」
「簡単に言えば、死の危険が伴う……」
「却下だ。この話はなかったことにしろ」
話を聞くなりヴェルゼは即答、ぷいとそっぽを向いて店の奥に戻ろうとする。
しゅん、とうなだれる少年。それを見てアリアはヴェルゼの背中に声を投げる。
「ちょっとちょっとぉ、ヴェルゼ! せっかく来てくれたんだから話くらいは聞いてあげなさいよ!」
ヴェルゼはハァと溜め息をつき、少年の方に向き直った。
「わかった、わかったよ。話くらいは聞いてやる。ただし受けるかどうかは別問題だ、いいな?」
「はいっ!」
少年は神妙な顔で頷いた。
ちょっと長い話になるのですが、と前置きする。
「僕は近くの村、リドラで働く農家の子です。僕は一家の中では唯一魔法が使えなくって、嫌われ者でした。でも、僕には他の家族にはない力があったみたいで」
ある日、不思議な声を聞いたんです、と彼は語る。
「その声は自由を求めていました。その声はずっとずっと叫んでいました。僕はそれが危険なものだというイメージを抱きましたが、その声は遥か東にありました。僕はその声が怖かったけれど、遠くにあるので安心していました」
しかし、と声のトーンが低くなる。
「その声はある時、歓喜の叫びをあげました。自由になって喜んでいるような、そんな感じです。そしてその声は僕のいる村にだんだんと近づいてきました。怖くなった僕は家族にそのことを伝えたのですが誰も信じてはくれません。でもその声は確実に近づいていた。僕は怖くて怖くて、このリノールの町まで逃げ出しました。その日の夜は、それの喜びの声が耳の奥に響いて、恐怖のあまり眠れませんでした。その次の日、村を見に行ったら」
何かを思い出し、少年の身体が震えた。
「そこにあったのは死屍累々、変わり果てた村人たちの姿だったのです。そして僕は、大きな黒い影のようなものが僕のよく知っていたおじさんを血祭りにあげているその現場を目撃しました。僕は思わず悲鳴を上げました。それは僕を見てにやりと笑ったのです。僕は怖くなって一目散に村から逃げ出しました。まだ生きている人が村にいたとしても、もう、僕は自分のことしか優先できなかった」
逃げる先で、思い出したのです、と少年はヴェルゼを見た。
「村によく来る行商人の話。リノールの村の何でも屋の話。普段はアリアという赤髪の子が客の応対をしているけれど、死霊関係では弟のヴェルゼが出てくると。僕はあれを死霊、もしくはそれに準ずるものだと思っています。だからこのお店のヴェルゼさんなら何とかできる、そう思って……」
お願いします、と彼は頭を下げた。
「あれはリドラの村を喰い尽したら、次は別の村に行くと思うんです。そうしたら被害が広がります。だからそうなる前に、何とか」
話を聞き、ヴェルゼは頷いた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.35 )
- 日時: 2020/11/16 09:03
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「……わかった。確かにそれはおおごとだ。そしてそれは、強大な死霊であるに違いない。ならば討滅しないと最終的にはリノールも被害に遭いかねない。……行くか」
いつになく真剣な表情で、ヴェルゼはアリアを見る。
「姉貴」「だめ!」
ヴェルゼの言おうとしたことを察し、アリアがいやいやをするように首を振る。
「あたしはヴェルゼについていくわ。ヴェルゼだけをそんな危険な目に遭わせるわけには……!」
「だからこそ、だ。一人で行く。死霊など姉貴は専門外だろう? 下手に関わると火傷どころじゃ済まないぜ」
「でも……!」
オレに任せてくれ、と漆黒の瞳が真摯な輝きを宿してアリアを見つめる。その瞳に射抜かれて、アリアは身動きが出来なくなった。
「オレじゃないと駄目なんだ、オレしか適任がいないんだよ。死霊についてよく知らない一般人が来ても足手纏いなだけで、それはメンバー全員の生存率を大幅に下げることになる。二人一緒に死にたいのか? それは避けねばならないだろう」
「ヴェルゼ……」
「安心しろ。無事に戻ってくると約束する」
さて、とヴェルゼは少年の方を向いた。
「死霊術師ヴェルゼ・ティレイト、依頼、承った。緊急事態だ、お代など要らない。オレだって、この町を破壊されたくはないし故郷の村に被害が行ったら、なんて考えたらやってられん」
その言葉を聞き、少年の顔がぱっと輝いた。
「……ありがとう、ございますっ!」
「任せろ」
ふ、とその目に不敵な笑みを浮かべ、ヴェルゼは答えた。
「さて。故郷を破壊されたということは、あんたは居場所がないんだろ? ならば町の表通りにあるこの町唯一の薬草屋を頼ると良い。そこを経営している女性は、これまで何度も身寄りのない子供たちを引き取っていたからきっと、そこになら居場所が見つかるだろう」
今日はもう閉店だ、とヴェルゼは少年を追い出しにかかる。いつも冷たく見えるヴェルゼだが、ふとしたことで優しさを見せることもあるのだ。
少年は何度も感謝の言葉を述べながら、店から出て行った。
それを見届けるとヴェルゼは店の表に回って、「開店」と書いてある木のプレートをひっくり返し、「閉店」と書いてある面を表にした。そのまま店に入ると、心配げな顔でアリアがヴェルゼを見ていた。
「……本当に、気をつけてね?」
「当然。何かあったらこの笛で伝える。あの村で育った姉貴なら、これの音がわかるだろう?」
言って、胸に下げた笛を軽く持ち上げた。
その笛は「エルナスの笛」と呼ばれる、ある村の特産品だ。そこにしかない「エルナスの木」という門外不出の霊木からその笛は作られる。その笛には、二つの特殊な魔法が込められていた。
ひとつは、「その音を届けたい相手にだけ届けられる」というもの。音色を届ける相手 限定することができるのだ。関係のない人はその調べを聞くことがかなわない。
もうひとつは、「どんなに離れていても、望んだ人に確実にその音色を届けることができる」というもの。それは音色を届けたい対象がたとえ死んで冥界にいようとも関係ない。
そして姉弟の故郷、笛作りのエルナスの村には、「笛言葉」なるものが存在する。それは笛の音を特定の言葉に置き換えてメッセージを伝える特殊技術だ。エルナスの者ならば皆この特殊な言葉を聞くことができるがこれを奏でるのは容易ではなく、これを奏でられる者は村の中でも数えるほどしかいない。
ヴェルゼはその数少ない、笛言葉の奏者だ。「笛の神童」と幼い頃から呼ばれていた彼は天才的に笛の演奏が上手かった。姉のアリアはそうでもないのに、弟の彼だけが。アリアも拙い笛言葉ならば奏でられるが、音階もリズムも滅茶苦茶なそれを笛言葉として認識し、内容を理解できるのは長い付き合いのヴェルゼだけ。姉弟の間限定でならば笛言葉によるメッセージのやり取りは成立する。
そういった様々な事情が組み合わさって、二人が別れるときは、笛言葉で連絡を取り合うことにしているのだ。特定の相手にしか届かないし、相手がいくら離れていても音色を届けることができるエルナスの笛は、一部の間では最強の伝言ツールなのである。
ヴェルゼの言葉に、アリアは頷いた。
「あたしは、わかるわ。ヴェルゼ、頻繁に連絡して頂戴ね? あたしを心配させないでね?」
「過保護」
姉の言葉を切って捨てるヴェルゼ。
店の奥へ行き、その先にある二階――彼らの部屋のある場所だ――に向かう。
「出立は明日だ。荷物の用意をする」
そう言い置いて、そそくさと消えてしまった。
アリアはほうっと溜め息をつく。
「あたし……過保護、なのかしら?」
両親はもうとうに死んでしまったから、残された唯一の肉親を守ろうとしていただけなのに。
考えていても仕方がないな、と思ったアリアはカウンター背後にある扉から厨房に向かう。
「ふーん、だ! 最高の料理作ってびっくりさせてやるんだから! これがあたしの愛だ、受け取っておきなさいよねヴェルゼ!」
言って、調理の準備を始めたアリアだった。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.36 )
- 日時: 2020/11/18 08:50
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「ヴェルゼ、ご飯出来たわよー!」
アリアの声がヴェルゼを呼ぶ。わかった、と返事、しばらくして階段を下りてくる足音がし、ヴェルゼの漆黒の姿が現れた。
「ヴェルゼ、あたしの料理、しばらくは食べられないんだよね。気合い入れて作ったんだから!」
言って自慢げにアリアは胸を張る。
店の奥のスペースにはに幾つかの椅子とテーブルがあり、アリアたちはいつもそこでご飯を食べる。店を開けている時間帯はいつも、そのスペースでヴェルゼが静かに本を読んでいる。
そこまで大きくはないそのテーブルには、アリアの精一杯の料理が並べられていた。
最初に目に入るのはふわふわの小麦パン。いつお金が手に入るかわからない「何でも屋」を経営しながら日々の糧を稼いでいる都合上、収入が不安定なために普段はあまり贅沢などしない。だから小麦百パーセントのパンなんて滅多にお目にかかれないのだが、どうやらアリアが急いで買いに行ったものらしい。そこには高い小麦パンが置いてあった。
次に目に入るのは椀に盛られた赤ワイン色のシチュー。シチューを作るのはずいぶん時間がかかるし、使っている肉によっては材料費も格段に跳ね上がる。こんな日なのだ、アリアは当然、良い肉を用意したに違いない。
最後に目に入るのは新鮮野菜のサラダ。これまたさっぱりしていて美味しそうである。
テーブルの上に乗っているのは、これら三品だけ。だがこの店の経済力では、よくもまぁ高級なものを揃えたといった感じである。ヴェルゼはアリアの努力を見てとって、「ありがとな」と微笑んだ。食べて驚きなさいよねとアリアは言う。
「ヴェルゼにね、すぐにこの家に帰りたくさせちゃうような味にしたのよ! あなたが過保護だとか言って立って関係ない! あたしはお姉ちゃんとして、あなたを愛しているんだから!」
「……いただきます」
頷き、ヴェルゼはパンを千切ってシチューに浸した。シチューに浸した場所が赤茶に染まる。
それを口に持っていって、咀嚼。ヴェルゼの目が驚きに見開かれた。
「……うまい」
それを見てアリアは嬉しそうに笑った。
「当然でしょ? あたし、伊達にお料理やってきたってわけじゃないもの!」
ヴェルゼが笑ったのを確認してから、アリアは自分の料理に口をつけた。
二人はただ黙々と食べていた。会話こそなかったが、そこには穏やかな時間が流れていた。
辺りはもう夜の闇に包まれている。二人は部屋の天井近くに吊るした魔法のランプの明かりを頼りに、アリアの夕食を食べていた。
やがて全て食べ終わると、アリアは笑ってヴェルゼに言った。
「片づけはあたしがやっておくわ。ヴェルゼは明日大変なんでしょう、早めに寝なさいよね」
「……ああ。姉貴、美味しかった。ありがとな」
「当然でしょ?」
アリアはにっこりと笑った。
ヴェルゼも、ふ、と微笑みを返し、店の奥、階段を昇った先にある自分の部屋に向かっていった。
アリアはその背を見送ると、自分の作業に取り掛かった。
穏やかな時間はあっという間に過ぎる。けれど確実にそんな時間があったことは、忘れない。
◇
翌日。
「では、行ってくる」
身支度を完璧に済ませたヴェルゼは、そう、アリアに声を掛けてきた。
気をつけてねとアリアが言うと、連絡するからとヴェルゼは返した。
そしてヴェルゼはいなくなった。アリアはその背が見えなくなるまで、ずっと店の前で見送り続けていた。
やがてその背が見えなくなると、アリアは大きなため息をついた。
「あたし、しばらくこのお店で、一人ぼっちかぁ……」
寂しげな表情を浮かべた。
「一人は嫌い。あたし、誰かと一緒にいないとさびしさで死んじゃうよ? だからさっさと帰ってきてよね……」
そう、言葉を残すと、「閉店」の札を裏返して「開店」にし、ただしヴェルゼ不在中といつも持っている羊皮紙の切れっ端に走り書き、木の隙間に差しこんだ。
「依頼? じゃんじゃん来なさいよ! あたし一人で解決できるものなら何だって解決してやるんだからっ!」
そうやってたくさん働くことで、ヴェルゼがいないことによる心の空白を埋めようとしたのだ。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.37 )
- 日時: 2020/11/20 08:58
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
死霊は西に向かっているという。だからヴェルゼは西を目指すことにした。
意識を集中させれば確かに、ヴェルゼの鋭い勘が西に禍々しいモノがいるとわかる。
(声が聞こえた、か。あの少年は少々特殊な人間だったのかも知れんな)
そんなことを思いつつ、西へヴェルゼは歩き出す。
頼まれ屋アリアのある町リノールを西に行くと、アイルベリア川という大河があり、川向こうにフィルスという町がある。その周辺ではアイルベリア川が他の川と合流して一つの川となる場所があるため、フィルスは三つの川にはさまれた町、という少々特殊な町となっている。
「……フィルスよりもさらに遠くに気配があるが、まずはこの町で情報を集めるか」
そう決めてヴェルゼは、この川を渡る船を出してくれる渡し守を探した。
ヴェルゼはたまに、店の依頼でこの川を渡ることがある。だから渡し守とはそれなりに面識がある。
川を上流に向かって少し歩くと、数隻の粗末な木の船が川べりに繋がれている掘っ立て小屋にたどり着く。そこで「川を渡りたいのだが」と声を掛けると、「はいよ」と声がして小屋の中から初老の男性が現れた。
「渡り賃はいつも通り四百ルーヴだぜ」
「ここはいつだって値段変わらないんだな。良心的で助かる」
ヴェルゼは他の渡し守を利用したこともあるが、他の渡し守は少しずつ運賃を吊りあげてきたり、気分によって運賃を変えたりと安定しないのを知っている。しかしこの渡し守だけはいつだって同じ値段なのだ。
渡り賃を払って船に乗る。向こう岸で男と別れ、男はそのまま船でもとの岸に帰る。
岸からはぼんやりとフィルスの町が見える。そのまま町へ行こうとした途上、
何かを、見つけた。
「……行き倒れ、か?」
それは灰色の少年だった。全身ボロボロで、来ている灰色のマントもあちこち裂けている。
ただの行き倒れか、と思いヴェルゼはその少年を見なかったことにしてその場から立ち去ろうとしたが、
見えて、しまったから。
少年の身体から立ち上る、灰色の影を。
それは魂のようだった、何かの霊のようだった。人ならざる存在で、死者の国に属するモノだった。死霊術師にしかわからないモノだった。それがこの少年の近くにたゆたっているということは。
「……こいつ、同業者か?」
自分と同じ、死霊術師の。
ヴェルゼは訝しがった。
少年の周囲に漂う灰色の影と対話してみようとヴェルゼは試みたが、予想外の力で反発された。反発しているのは何と、目の前で倒れている少年の力なのだと知ってヴェルゼは驚愕した。
少年は見る限り今にも死にそうなのに、反発した力は完調のヴェルゼよりも強くて。
(――驚いた)
ヴェルゼは自分がリノール一番の死霊術師という自負があったから、これまで自分よりも強い死霊術師と出会ったことがなかったから、自分よりも強い存在がいることに強い驚きを覚えたのだった。
驚きを覚えた後には、この少年への興味が湧く。
ヴェルゼは倒れて動かない少年の前に屈みこんで、そっと囁いた。
「助けてやる。オレはヴェルゼ、死霊術師のヴェルゼだ。お前は?」
かすれた声が、かすかにヴェルゼの耳に届いた。
「デュナミス……。デュナミス・アルカイオン・リテュクシア……。死霊に愛されし者……」
「そうか。これからよろしくなデュナミス。いきなりで悪いが、背負っていくぞ」
言ってヴェルゼはデュナミスを背負いあげる。
灰色の少年の身体は、驚くほど軽かった。
「何か事情があるようだな。オレで良ければ聞いてやるが、まずは生きろ。話はその後だ」
そして町へ颯爽と歩きだす。
ありがとう……と、小さな声が礼を言った。
◇
「で。身分は、立場は。どうしてあのようなところで倒れていた」
少年を介抱し、その顔色が落ち着いたころ。
ヴェルゼは少年に質問を浴びせかける。
少年は少しずつ答えていく。
「えっと……僕はデュナミス。デュナミス・アルカイオン・リテュクシア。ある貴族の家の子で死霊術師。歳は十六歳、だよ」
あの死霊は……と暗い顔をする。
「僕のものだ、僕の家にとらわれていたものだ」
「詳しく説明しろ」
聞いてくれるかい、と彼が灰色の瞳でヴェルゼを見上げる。ああ、とヴェルゼは頷いた。
デュナミスは語りだす。
◇
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