複雑・ファジー小説
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- 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
- 日時: 2020/12/26 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)
【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】
異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。
『頼まれ屋アリア、開店中!
願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
店を経営するは魔導士の姉弟。
これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。
◇
連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
それでは——
「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」
——————
【主要キャラ紹介】
・アリア・ティレイト……(17歳)
全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」
・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」
・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」
・ソーティア・レイ……(16歳)
異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」
————————
【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)
プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月
【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-
第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月
番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日
第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月
番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年
◇
【第二部 1458年は忙しい】 >>
第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
ソーティア編 >>
デュナミス編 >>
第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
第十二の依頼
第十三の依頼
第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月
◇
【第三部 1459年の静かな夜】 >>
第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月
◇
【最終部 1460年と共にさよなら】
今に至るエルナス >> ——1月
◇
過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月
番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
番外 ある新年に願う >>
番外 頼まれ屋の休日 >>
過去編 遠い日のエルナス >>
過去編 幸せの地はいずこ >>
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.28 )
- 日時: 2020/10/28 08:58
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「何だ、まだ死んでいなかったのかい」
カレッダへ向かう途中、冷たい声がした。殺気を感じて飛び退いたそこに、飛んできたのは金属片。
紫の長髪に赤い瞳、紫のローブを身に纏い、手に杖を持った女が不敵に笑っていた。
ぞっとするような魔力の気配。危険な奴だとヴェルゼの本能が警告する。
彼女の瞳は双頭の魔導士を見ていた。その赤い唇が言葉を紡ぐ。
「伝説と呼ばれた存在なんて、さっさと死んで次の世代に伝説の名を渡すべきだろう? あたいは伝説になりに来たんだ、そのための手段は厭わない。あたいが言いたいのはさ、伝説」
魔力が膨れ上がる。来るぞ、とヴェルゼがアリアを見ると、わかってるわよとアリアが防御魔法を紡ぎ出す。
「――さっさと死んでくれないかねぇって、ことさ!」
大地が盛り上がった。爆発するように地面の一部が崩落する。ヴェルゼは一瞬だけ反応の遅れたアリアを抱えて慌てて後ろに跳び退った。隣を見ると、デュナミスが実体化してソーティアを抱えていた。
だが、双頭の魔導士は。
ヴェルゼは見る。崩落した地面の真ん中にちょこんと残された地面に、呆然と立つ双子の姿を。ルーヴェは再び眠っていた。リーヴェは、
「……眠りかけているのか? おい、反応しろ!」
呼び掛けたら、赤い瞳がぼんやりとヴェルゼを見た。
どう考えても普通の状態ではない。ヴェルゼは病み上がりの身体に鞭打って、血の魔術を放つことを決める。
掲げたナイフは、誰かを救うために。
「――血の呪い《ブラッディ・カース》、血色の縛鎖《ブラッディ・バインド》!」
唱え、ナイフを右腕に振り下ろす。二度傷つけられた右腕に、三つ目の傷が走る。傷口から迸った血は真紅の鎖となって双子の胴体に巻き付き、強引に安全な地上へ引き戻した。それを確認するなり鎖を切る。この呪いは本来、相手に巻きついてその魔力を吸いとったり相手の行動を制限したりするものだ。緊急事態でもない限り、味方には使わない。
「おや、外したか。孤立させて殺すつもりだったのに」
悠々と女は言う。
ヴェルゼは右腕に包帯を巻きながら、鋭い瞳で女を睨んだ。
「貴様、何者だ」
「名はルーリヤ・ケイト。伝説になろうとして、なれなかった女さ」
不敵に笑う女から感じられるのは余裕。対するヴェルゼは病み上がりの身体に鞭打って戦っている状態だ、長期戦になったらきっと倒れる。
大丈夫だよとデュナミスが寄り添った。温かな魔力の波動を受け取る。ありがとなとデュナミスに笑みを返した。
ヴェルゼは双頭の魔導士を見る。リーヴェもルーヴェも深い眠りに落ちていた。戦闘前は二人ともしっかりと目が覚めていたはずである。この女が原因しているのか。
「まぁいいさ、邪魔をするならこのあたいが切り捨てるまで。大地の胎動、目覚めよ命! 偽りの器に宿れよ心!」
止める間もなく始まった詠唱。彼女の周囲の地面がぼこぼこと膨れ上がり、無数の土の兵隊を練成した。
「そんなもの!」
アリアが炎を放つ。
「土の兵隊なんか飛び越えちゃって、その先にある本体を燃やせばいいのよ!」
炎球は勢いよく女にぶつかった、かと思えたが。
炎球がぶつかると、女は空気に溶けるように消滅した。どう考えてもそのままやられたとは思えない消え方だ。
アリアがその目に真剣な輝きを宿す。
「幻影魔法? 来なさいよ! あたしの炎で吹き飛ばしてあげるんだか――きゃあっ!」
炎を放とうとしたその瞬間、アリアの足に土の兵隊の腕が絡みついた。
「姉貴ッ!」
姉を助けるために走るヴェルゼの前に立ちふさがる土の兵隊。ヴェルゼの瞳がきらりと輝いた。
斬撃。背負った鎌を振り抜いて、土の兵士をまっぷたつにする。疾走。ただ大切な人を救うために、必死で脚を動かして。跳躍。迫りくる土くれどもを追い越して、姉の元へ。大切な人が危機に陥った時、ヴェルゼの真価は発揮される。
「無事か」
倒れていた姉に群がっていた土の兵隊どもを薙ぎ払い、姉を守るように立つ。うん、とアリアは頷いたが、難しい顔をしていた。どうした、と問うヴェルゼに、彼女は困ったような顔を向ける。
「魔法が……使えないの……」
「何ッ!?」
女が、笑っていた。
「ただの土くれだと思ってくれるな。ヘイズ・ラグルーンの呪いのこもった土くれさ。触れた魔導士の魔力を吸い取るんだよこいつらは! 厄介な炎使いは潰したし? これでもう勝ち目はあるまい」
だから土の兵隊はアリアを狙ったのだ。しかし炎使いを真っ先に潰したということは、相手は炎が苦手だということだ。何か利用できるものはないか。
ヴェルゼの視界の端、デュナミスがソーティアと双頭の魔導士を守りながら戦っている。しかし身体全体が魔力で出来ているようなデュナミスに、魔力を吸い取る相手は天敵だ。早急に対処しないと、デュナミスが消滅しかねない。
ヴェルゼとソーティアの目が合った。閃く。あれがあれば、魔力がなくたって魔法が使える。何度もヴェルゼたちを助けることとなった、あれがあれば。
「指輪を使え!」
ヴェルゼの叫びに頷いたソーティア。ヴェルゼが渡したままだった赤い宝石のついた指輪をはめ、唱える。
「大地の底にある熱き炎よ! 理《ことわり》乱す者に鉄槌を!」
赤い指輪が炎を上げて燃え上がる。ソーティアは歯を食い縛って、肌の焼かれる痛みに耐えた。
次の瞬間。
爆炎。指輪から放たれた炎が、悲鳴のような音を上げて土の兵隊たちに突き刺さる。悲鳴。土の兵隊たちが甲高い音を立てて崩れ落ちていく。蒸発。水分を奪われた土の兵隊たちは、ただの砂に戻る。ソーティアの鋭い瞳が、きっと女を睨みつけた。
はははと女は笑っていた。
「魔道具か! 確かにそれなら魔力を吸われたって関係ないな! ならばこれはどうだ!」
「させるかよッ!」
ヴェルゼは吼えた。
疾走。大切な姉をその場に置いて、今はただ勝利のためにひた走る。女とソーティアの間に割って入り、構えた鎌に衝撃。金属音。最初に女の投げた金属片を、ヴェルゼの鎌が的確に弾く。女の顔が、初めて歪んだ。
「なぁ少年! あんたはさぁ、伝説がいつまでも生き続けることをどう思う! おかしいとは思わないか!」
必死な声で叫ぶ女に、ヴェルゼはさらりと返す。
「思わないね。伝説は伝説なんだよ、好きに生きてりゃいいじゃないか。だが……」
鎌を構え、死神の如き足取りで、一歩、一歩、近づいていく。
「――そのためだけに卑怯な手を使うのは間違いだと、オレは思うぜッ!」
ぶんっと鎌を振り下ろす。振り下ろしたそれは女に刺さる直前で止まる。
それでも、女は笑っていた。
ヴェルゼはふんと鼻を鳴らす。
「ヘイズ・ラグルーンを操ったのはお前だろう。お前がセウンの町の、関係ない人々を殺したんだ。その罪は償ってもらおう」
今度こそ、殺す気で鎌を構える。
「ルーリヤ・ケイト。名前だけは覚えておくぜ」
次の瞬間。
振り下ろされた鎌が、女の命を奪った。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.29 )
- 日時: 2020/10/30 16:56
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: XsTmunS8)
ふうっと大きく息をつき、ヴェルゼはその場に倒れ込む。これから東国呪物店に向かわなければならないというのに、身体はもう言うことを聞いてくれないらしい。
「ヴェルゼ!」
そんなヴェルゼに真っ先に駆け寄ってくるのはアリア。彼女はいつもそうだった。ヴェルゼが怪我をするたびに、誰よりも先に駆け付けるのだ。その後ろから遠慮がちにソーティアが歩いてくる。そのさらに後ろを、実体化したデュナミスが意識を失った双頭の魔導士を背負ってきていた。
心配げな姉に、笑い掛ける。
「疲れただけだ、気にするな……。少し休めば、また歩けるから。今日中に東国呪物店へ……着くぞ……」
「おやおや、私たちに何か御用かい?」
と、不意に聞き慣れない声がした。
音もなく現れたのは、謎の青年だった。円筒形で先が折れた形の見たこともない黒い帽子を被り、髪は黒、瞳は青。水色を基調とした、袖の長い独特な衣装を身に纏い、足にはサンダルのような謎の靴。彼が歩くとカランコロンと音がする。
どこか異国の装いを感じさせる服を着た青年は、軽く礼をして、名乗った。その動きに合わせて、さらさらと石のこすれあうような音がした。
「やあ初めまして。私はアイカゼ。東国呪物店の一員さ? お店はこの近くにあるよ。君たち、運が良かったねぇ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼はそっとヴェルゼに近づいた。
「君さえ良ければお店まで運んであげるけど?」
動けないヴェルゼは、相手の申し出を受け入れることにした。
◇
アイカゼに背負われて、店に入る。木造のその店は、異国情緒にあふれていた。
美しい模様の描かれた陶磁器、黒一色で描かれた絵。木でできた器は黒く塗られ、金や紅の模様が輝く。
ヤマトワ、という国がこの世界の東方にある。アイカゼの服やこの店の内装はどうも、ヤマトワのもののように見える。
「あーっ、アイカゼお帰りなさい! えっと……お客さんなのね。ようこそ、東国呪物店へ!」
アイカゼが店に入るなりした、元気な声。黒髪の赤い瞳、赤い着物を身に纏った少女が笑っていた。
「みんなみんなボロボロねぇ。……大丈夫、傷は癒えるわすぐに早く! 私が言ったんだから間違いない!」
元気よく笑う少女。
アイカゼは少女に軽く挨拶をし、きょろきょろと店を眺めているアリアたちを見た。
「さて、落ち着ける部屋に行こう。話はそこで聞くよ。店のメンバーはあと四人いる。いずれは会えるだろうさ」
◇
アイカゼに案内された部屋で、ヴェルゼは事の次第をかいつまんで話した。すべて聞き終わり、アイカゼは成程と頷いた。
「それでリンエイの出番ってわけ。確かにリンエイなら、解呪出来るかもねぇ……」
アイカゼは窓から外を見た。夕焼けの赤い光が部屋の中を照らす。
不意にアイカゼが立ちあがった。怪訝な目を向けたヴェルゼに、言う。
「帰ってきたよ。まったく、家の中でまで気配消す必要はないだろうに」
迎えに行ってくるから少し待ってて、と言い残しアイカゼは消えた。
それからしばらく。鈴のように澄み渡った声が、部屋の外から聞こえてきた。
「お客様はこちらに?」
「そうだよ。リンエイの力を借りたいってさ。疫病の呪いなんだって」
澄み渡った声に応えるアイカゼの声。部屋の扉が開き、美しい女性が現れた。
棒状の髪飾りを使って高く括った黒い髪、紫の瞳。真珠のような肌に熟れた林檎のように赤い唇。紫を基調とした袖の広い服の、胸の上辺りを赤い帯で縛っている。
ヤマトワ……のものと似通ってはいるが、どこか違った雰囲気の衣装を身に纏う少女は、ヴェルゼたちに両の腕を組み袖の中に仕舞い礼をする、という独特の挨拶をした。
「初めまして、お客様。わたくしはコウ・リンエイ。解呪師にございます。アイカゼから話を聞きましたわ。呪いを掛けられているのは……この方でしょうか? 呪いを掛けた相手の名前はヘイズ・ラグルーン」
彼女の視線の先には、眠ったまま動かない双子の姿がある。ああ、とヴェルゼは頷いた。
「頼まれ屋アリアの……依頼人だ。最終的に他の『店』を頼ることになってしまったのは面目ないが……」
「助けあうのが『店』ですわ。お気遣いなく」
頷き、リンエイが双子に近づいた。絹のように白く美しい手が、双子の胸のあたりに触れた。
成程、と彼女は頷く。彼女の瞳に、魔法素《マナ》によって織り成された複雑な世界が映る。
しばらくして、彼女は双子の胸に置いた手を離した。少し疲れたような顔で、微笑む。
「終わりましたわ」
アリアが素っ頓狂な声をあげた。
「そんなに早く終わるんだ!?」
ええ、とリンエイは頷いた。
「わたくしが感じた時間は結構長いものですが、実際はこんなものです。こんな術式の解除なんてまだまだ序の口ですわ。ですから」
リンエイはにっこりと笑った。
「お代は要りませんの。だって実際、大した手間ではなかったですもの。わたくしはこの辺りでは一番の解呪師という自負がある。もっと難しい呪いを解いたことだってありますし、それに比べれば……」
そしてその時、眠ったままだった双子の目蓋が、同時に開いた。
それを見てヴェルゼらは、依頼の完了を悟った。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しましたっ!」
アリアがいつもの台詞を口にすると、目を覚ました双子が交互に言葉を発した。
「おはようなのじゃ」
「おはよう……。何だか良い気分だよ……」
双つの頭はうーんと伸びをして、互いに顔を見合わせあって、笑った。
ルーヴェが自分の胸に手を当てる。
「うん……もう大丈夫。眠くない……」
「ルーヴェさんの首にあった、魔力の痕跡も完全に消えています」
ソーティアが安心させるように頷いた。
紆余曲折あったけれど、これで問題は解決した。
その先にあるのはお別れの時間だ。
「頼まれ屋アリアの皆よ」
リーヴェが微笑みながら、呼び掛けた。
「このたびは非常に世話になった。我ら双頭の魔導士、その恩は決して忘れぬ。最初にお代は渡したが、これは感謝の気持ちじゃよ、受け取ってくれ」
ひょいと何かを放り投げる。慌てて拾ったのはアリアだった。
それは一枚のカードだった。魔法の紋様の刻まれた紙片だった。
「このカードに強く願えば、一回だけ、わしらはどんな状況にあっても必ず、おぬしらの元へやってくる。空間移動魔法を封じ込めた魔法の紙片じゃ。一回しか使えないがゆえ、使いどころは考えるのじゃぞ」
伝説の魔導士の召喚券。それはたった一回きりだとしても、すごいことだ。
アリアは受け取ったそれを、大事そうに懐に仕舞った。
それを見て、双頭の魔導士は背を向ける。
「さらばじゃ、頼まれ屋の姉弟よ。今回の件、非常に助かった。おぬしらに幸せのあらんことを」
一陣の風が吹いた後、もうそこに二人はいなかった。
あっという間にいなくなった、伝説の魔導士。その別れは呆気なかった。
◇
その後、アイカゼたちの好意でぼろぼろのアリアたちは店に一晩だけ泊めてもらうことになり、その翌日、礼を言って頼まれ屋アリアに帰った。ヤマトワでは自分たちの名前をこう書くんだよ、と、アイカゼは最後に名前の書かれた紙片をくれた。そこには
「藍風《あいかぜ》」「香《こう》鈴瑛《りんえい》」
とあった。ヤマトワの文字である「カンジ」というものらしい。
「色々あったわねぇ」
アリアの呟きに、ああとヴェルゼは頷いた。
「セウンの町に王都にカレッダに……。こんなに各地を移動した依頼は久し振りだよな」
頼まれ屋アリアに転がり込んでくる依頼。その大半は、ひとつの町で完結してしまう依頼なのである。
でも楽しかったんじゃない、とデュナミスが微笑む。
「伝説の魔導士にも出会えたし? 他の『店』の人たちとも知り合いになれたしね」
「わたし……活躍、出来ました」
噛み締めるようにソーティアが言う。
「わたしだって戦えるんだって……。わたし、役立たずなんかじゃないんだって……」
「ソーティアはもっと自分に自信持ちなさいよ?」
アリアがソーティアの髪をわしゃわしゃと撫でると、くすぐったそうにソーティアは笑った。
ひとつの依頼を解決し、日常へと戻る。
これから先も、また様々な依頼が来るのだろう。解決するのが困難な依頼だって、きっと来る。
けれど、きっと解決できる。自分たちなら、このメンバーなら。
穏やかな顔で、ヴェルゼは微笑んだ。
そんな彼の無茶がたたって体調を崩し、またアリアに心配されることになろうとは、今の彼には分かっていない。
【双頭の魔導士 完】
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.30 )
- 日時: 2020/11/02 09:09
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
【アーチャルドの凍れる姫君】
不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
看板には、そんな文言が書かれている。
◇
その日は雨が降っていた。憂鬱な日ねとアリアが呟いた、時。
カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
暑い季節になってきた。蝉の声が響くある夏のことである。
「すいません! ちょっとの間、泊まらせてくれませんか!」
鬼気迫る表情でやってきたのは、茶髪に青い瞳をし、腰に二本の剣を刺した青年。彼は水色の髪の少女を背負っていた。背負われている少女は意識を失っているらしく、その顔は蒼白だった。どう見ても普通の状況ではない。
「いらっしゃいませ……ってどうしたの!? 怪我? 病気?」
「怪我です。毒のついた武器にやられちまいまして! 治療は済んでます。いきなり来て悪いってのはわかってる。でも……この雨だ、ずっと外にいたら良くない」
「わかったわ!」
アリアは頷き、カウンターを回って青年に駆け寄ろうとする。が、そんな彼女の前に、遮るようにヴェルゼが現れた。
「ちょっと待て。面倒事に首を突っ込むのは御免だが?」
「そんなこと言ってられないじゃない! 困っている人がいるのなら助けなきゃ!」
「しかし……」
ヴェルゼは難しい顔をしていた。
そこへ。
「僕も賛成はしない。背負われた彼女は高貴な身分に見える。そんな人を匿ったら? 僕も面倒事は嫌だね」
ふわり、現れたのは亡霊デュナミス。
その灰色の瞳は、冷たい輝きを宿していた。
「今ならまだ大丈夫だ。今のうちに店から追い出すんだね」
もう、とアリアは頬を膨らませた。
「どうして二人はそんなに冷たいの! 面倒事が舞い込んでくるのが頼まれ屋でしょーが! あたしはこんなのほっとけない!」
「貴族絡みは面倒なのさ。僕だってさ、生きていた頃は貴族の端くれだったしその辺りよくわかっているよ。彼らを助けて、結果、この店が危険な奴らに目をつけられたら? 後悔することになるさ」
「しないわ!」
アリアはデュナミスを睨みつけた。
「あたしはね、助けられたはずの人を助けられなかったことにこそ後悔する。あんたたち冷酷人間二人が反対していたって、絶対に助けるんだから!」
言って、ヴェルゼたちの脇を通り抜けて、青年の方を向いた。
「周りはこんな感じだけどさ、あたしはあなたを助けたげる」
「……わたしも、放っておけないです」
店の奥からソーティアが現れる。
「わたし、ほとんど荷物持ってないので。しばらくアリアさんの部屋に行っていてもいいですか? この方たちにわたしの部屋を貸します」
「了解! とりあえず部屋に来て! 頼まれ屋アリア、依頼承ったわ!」
アリアたちは、そのまま客人を連れて行ってしまった。
残されたヴェルゼはため息をつく。
「はぁ……ったく。お人好しなんだから姉貴は」
「まぁ、でも面倒を持ち込んだら僕らで追い出そう。ね?」
デュナミスの言葉に、ああとヴェルゼは頷いた。
だが、出来るなら姉と直接対決は避けたいところである。
ヴェルゼは複雑な表情をしていた。
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.31 )
- 日時: 2020/11/05 09:02
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
翌朝。食事を済ませたアリアとヴェルゼは、二人で客人の部屋に行くことになった。扉をノックすると青年の返事。入ってもいいとのことで扉を開ける。
「そうだ、紹介忘れてたわ。俺はゼクティス、そこの姫さ……彼女の仲間だ。で、彼女はイルシア、貴族の娘さんだ」
ゼクティスの紹介にアリアたちも簡単な自己紹介をする。
部屋の中で、少女イルシアは目を覚ましていた。最初は焦点の合わなかった青い瞳が次第に焦点を結んでいく。彼女の唇が、開いた。か細い声がする。
「あなた方が……わたくしを助けて下さいましたの?」
ええ、とアリアが頷くと、彼女はぺこりと礼をした。
「そう……。ありがとう、助かりましたわ。わたくしはまだ、死ぬわけにはいかないんですの。お礼をしたいですわ」
そのまま動き出そうとしたイルシアをアリアは止めた。
「ちょっとストーップ! お礼は後でいいからさ、あんたはとりあえず怪我を治しなさい! お礼はその後でいいから」
ありがとう、と彼女は再度言い、優しげな笑みを浮かべた。
「けれど……ええ、わたくしには分かりません。あなた方はどうして、わたくしを助けて下さいましたの? 見返りは何でしょう?」
「え? 見返りなんて必要ないわよ?」
アリアは首をかしげた。
彼女は知らないのだろう。見返り無しで与えられる愛があるということを。貴族の家で生きてきたという彼女。そこでは様々なものに縛られて、あらゆる愛は見返りあってこそのものだったのかも知れない。
アリアは笑顔を浮かべて言った。
「あたしはさ、困っている人を見ると放っておけないのよ。だからあなたを助けるのも当たり前。あなたが誰かなんて関係ないの。ただ、あたしが助けたかっただけよ!」
アリアの赤い瞳はどこまでも澄み渡り、一切の嘘を感じさせない。
ただし、とこれまで黙っていたヴェルゼが口を挟んだ。
「面倒事はお断りだ。お前たちが何かを起こした時点で、ここを出て行ってもらうからな。頼まれ屋アリアは中立なんだ、どこの貴族にも加担はしない」
冷たい言葉を言ったヴェルゼをアリアは睨んだが、ヴェルゼはどこ吹く風である。
了解だ、とゼクティスが頷いた。
「まぁ、妥当だろうな。でもしばらくは厄介になるぜ?」
「……好きにしろ」
ヴェルゼはぷいとそっぽを向いて、部屋から出ていった。
ごめんねとアリアが謝ると、気にすんなとゼクティスが返す。
「あーいった冷てー奴の一人や二人、いて当然だしな。つーかあいつがいて安心した。優しい奴ばっかりのところってさ、俺は平気だけど彼女は不安になるんだってさ。俺は周囲の優しさのお陰で生きてるみたいなトコあったからよくわかんねーけど」
◇
- Re: 頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency〜 ( No.32 )
- 日時: 2020/11/08 11:47
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: 6Z5x02.Q)
それから数日。イルシアの体調も回復し、翌日に彼女らは店を出ていくことになった。その日のことだった。
カランコロン、ドアベルが鳴る。お客さんかしらとアリアは笑顔を浮かべた。
「はーい! 頼まれ屋アリアへようこそ! ご用事は何かしら?」
やってきたのは貴族風の服を着た男だった。彼がアリアに近づき、丁寧な口調で問う。
「アリアさん、ですよね? ある人物についてお聞きしたく。水色の髪に青い瞳を持った、麗しい姫君なのですが」
「……!」
アリアは気付く。この男はイルシアを追っているのだと。
ゼクティスは言ってなかったか。『毒のついた武器にやられた』と。彼らは逃げてきたのだ。そして今、その追手がきた。
『面倒事はお断りだ』冷たく言い放ったヴェルゼを思い出す。しかしアリアは、自分が助けるという選択をしたことを間違っているとは思えない。
だから。
「ええ、彼女を見た。そして彼女を匿ったわ。でも絶対に渡さない。困っている人を見過ごすようなあたしじゃないもの。彼女を捕らえるって言うのなら、あたしを倒してから行きなさい!」
魔法素《マナ》を練る。店の中で炎は厳禁だ。だから大地の魔法素《マナ》にして、植物を使って相手を拘束する戦術で行こうと考える。
あるいは、風で奴らを店の外まで吹き飛ばしてから戦うか。
ちらり、店の奥を見てもそこにヴェルゼはいない。いつもそこにいるとは限らないが、タイミングの悪い時にいなくなったものである。
そこまで考えた時、返答があった。
「そうですか……それは残念です。ならば私たちは、あなたに制裁を加えなければなりません。それが我ら『妹姫派』の使命ですから」
言うなり。
男の手で刃が閃くのが見えた。速い。アリアでは、とてもじゃないが目で追えない。閃いた刃はそのままアリアの首へ吸い込ま――
「あら、わたくしはここですわ? 御機嫌よう、イグノス・ヴェルテ」
れそうになった寸前、
鈴を転がすような声がした。目に映ったのは水色の髪。
イルシアは、言う。
「イグノス、わたくしはここですわ? わたくしを捕まえたいのなら、追い掛けてみてご覧なさい」
言って、彼女は店の窓を開けてそこからひらりと外へ出た。
イグノスと呼ばれた男は一瞬だけ躊躇した後、イルシアを追って飛び出した。開け放たれた窓からのぞくと、イルシアの背後にゼクティスがおり、彼女を守るように動いていた。
「イルシア……」
アリアは呟く。
彼女はアリアたちをこれ以上巻き込まないために、あえて姿をさらすことにしたのだ。そのままアリアたちを隠れ蓑に、こっそり逃げ出しても良かったのに。アリアは彼女たちを庇うつもりでいたのに。
なのに、彼女はわざわざ姿を見せた。アリアたちを見捨てたって、良かったのに。
アリアは呟く。
「……だから、見過ごせない。一度関わったんだ、最後まで関わらせてほしいわ」
彼女たちの優しさに、報いたいと強く思った。
「ヴェルゼ! デュナミス! ソーティア!」
いつものメンバーを呼ぶと、店の奥の方から返事があった。
アリアはそちらに声を投げる。
「あたしはイルシアたちを追う。あの子たちを助けるわ。あなたたちがどうするかはそっちで勝手に決めなさい!」
言って、店を飛び出した。
まだまだ見える、男の背中。きちんとした服を着ているため走りにくそうだが、その割には速い。
追い掛けるアリア。その後ろにヴェルゼが追い付く。
「姉貴だけに任せられるか。オレがいなきゃ姉貴は駄目だろ」
生意気な口をきくヴェルゼに、そっちこそじゃない、とアリアは返す。
二人で謎の男を追い掛ける。ただ、店に迷い込んできた赤の他人を救うために。
アリアはどうしても見過ごせないのだ。だから自分の心に従いひた走る。ヴェルゼはただ、アリアを守るためにひた走る。目的は違ったが、取った行動は同じだった。
そしてアリアは見る。逃げるイルシアたちが、町の袋小路に入っていくのを。そこに行ったら確実に追い詰められる。男はこの町の構造を理解した上であえて、袋小路に追い込んだのだろうか。
アリアは見る。追い詰められた二人。イルシアを庇うように立つゼクティス。その青の瞳に浮かぶ揺るがぬ闘志を。
絶対に守るんだという、強い意志のこもった瞳を。
そんなゼクティスに対し、男が剣を振りかぶる。その剣先には赤く燃える炎があった。炎属性を付与した特殊な剣なのだろうか。あれはたとえ防げたとしても、軽い火傷くらいは負いかねない代物だ。
「――させないッ!」
咄嗟に組んだ水の魔法素《マナ》。相手にぶつけ、押し倒す。思わずつんのめった男を見、チャンスだとばかりにゼクティスがイルシアの手を引きその脇を走った。
「悪ぃ、恩に着る!」
申し訳なさそうなゼクティスに、放っておけなかったのよとアリアは返す。
ヴェルゼは男を油断のない瞳で睨んでいた。
位置が逆転したことにより、今度は男が袋小路に追い詰められる番だった。
「……お見事ですね」
観念したように男が両手を挙げる。
「いいでしょう、今回は見逃して差し上げます。しかし次はないと思って頂きたい。あの方の紡ぐ未来を見るためには、貴女など不要なのですよ姫さま」
「……あなたは何もわかっておりませんわ。わたくしが今ここにいるのは、あの子を思ってのことですのに」
イルシアがうつむく。
念のため、とアリアが言って、植物の魔法で男を縛りあげた。確かに男をこのまま残して行ったら背後を狙われる可能性がある。しかし殺すほどでもないと思ったし、アリアは殺しなんてしたくはなかった。
「三時間くらい経ったら勝手にほどけるけど、それまではそこに立ってなさい」
そう言い残し、アリアたちは去る。
◇
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