複雑・ファジー小説

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頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
日時: 2020/12/26 11:22
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)

【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】

 異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
 アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
 その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
 木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。

『頼まれ屋アリア、開店中!
 願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 店を経営するは魔導士の姉弟。
 これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。

  ◇

 連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
 更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
 舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
 それでは——

「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」

——————

【主要キャラ紹介】

・アリア・ティレイト……(17歳)
 全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」

・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
 死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」

・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
 ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」

・ソーティア・レイ……(16歳)
 異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
 ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
 直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」

————————

【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)

 プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月

【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-

 第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
 第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
 第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
 第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
 第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月

 番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
 ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日

 第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
 第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
 第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
 第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月

 番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年

  ◇

【第二部 1458年は忙しい】 >>

 第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
               ソーティア編 >>
               デュナミス編 >>

 第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
 第十二の依頼
 第十三の依頼
 第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月

  ◇

【第三部 1459年の静かな夜】 >>

 第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
 第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
 最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月

  ◇

【最終部 1460年と共にさよなら】

 今に至るエルナス >> ——1月

  ◇

 過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月

 番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
 番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
 番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
 番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
 番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
 番外 ある新年に願う >>
 番外 頼まれ屋の休日 >>

 過去編 遠い日のエルナス >>
 過去編 幸せの地はいずこ >>

【ヴェルゼ誕生祭】頼まれ屋アリア ( No.43 )
日時: 2020/12/02 00:25
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: yOB.1d3z)

 12月2日はヴェルゼの誕生日!
 そんなわけで誕生日SSを書きました。

  ◇

 時は少し進んで。
 それは、十二月はじめの穏やかな日のことだった。

「やぁ、ヴェルゼ。ちょっと二人でお出かけしない?」

 悪戯っぽくデュナミスが笑った。
 ヴェルゼは訝しげな顔をする。

「ん? あぁ……別に悪くはないが。いきなりどうした?」
「いいからいいから。たまには二人で行こうよ、ね?」

 誘われるがままに、ヴェルゼはデュナミスと共に店を出る。吸い込んだ空気は冬の匂いがした。凛と澄み渡った外気は心地よい。

「……最近はめっきり寒くなったな」

 マフラーに顔をうずめながらもヴェルゼが呟く。初雪はもう降った。本格的な冬がやってきている。
 そんなヴェルゼの隣にふわふわ浮かんでいる半透明のデュナミスは、いつも通りの灰色の服に白いネクタイ。その姿は、季節が移っても変わらない。
 亡霊が実体を持っているだけの存在である彼は、寒さも暑さも感じないし、食べることも眠ることもしない。寂しそうにそう言っていたのを思い出す。

「で? お出かけって、何処へ」
「何処へでも。ねぇヴェルゼ、何処か行きたいところある? 僕がついていくよ」
「お前、今日は妙に優しいな……。行きたいところ、ね。死霊術で使うアヴァラン香木が足りなくなってきたから、補充しようとは思っていたが……でも今日でなくても構わないぜ?」
「じゃ、お店に行こっか」

 首を傾げるヴェルゼをそのままに、デュナミスは足を引きずりながらも進んでいく。何が何だかよく分からなかったが、とりあえず目的を果たすことにしようとヴェルゼは町の商店街に向かった。

  ◇

 行きつけの薬草屋を訪れる。アヴァラン香木を始めとした幾つかの薬草類を買って店を出る。またお越しくださいとの声を背中に受け、商店街を進んでいく。

「用事は済んだし……帰るぞ」

 デュナミスを振り返ったら、通せんぼするように立ち塞がられた。

「はぁ? 何なんだよ今日は……」

 ヴェルゼは眉間にしわを寄せる。

「何のつもりだ。お前、朝から変だぞ。何だよ……もしかして店に戻ってもらいたくない何かがあるとか? 尚更不安なんだが?」
「ええっとね……」

 普段はヴェルゼと腹を割って話すデュナミスにしては歯切れが悪い。
 苛々して、ヴェルゼは先へ進む。するとデュナミスが実体化してヴェルゼを止めた。

「そ、そうだヴェルゼ! 何か食べたいものとかないかい?」
「ない。というか、姉貴の作るご飯以上に美味いものなどないだろ。そこをどけ」
「今、お店は準備中なんだよね……」
「準備中? 何の?」
「夕方まで待って! そうしたら話すから!」
「……分かった」

 ヴェルゼは大きく溜め息をついた。

「お前がそこまで言うんだから、きっと何かがあるんだろう。仕方ない、待ってやる」

 ヴェルゼが言うと、デュナミスはほっとした顔をした。
 今日は特別な何かの日らしい。
 何の日だったっけなと頭をひねっても、ヴェルゼにはそれが何か分からなかった。
 それは、あまり意識したことのない日だったから。

  ◇

 夕方になる。冬は日が落ちるのが早い。黄昏の光が、町に残る雪を幻想的に染め上げる。
 二人で商店街をぶらついていたら、そろそろ頃合いかなとデュナミスが呟いた。

「ヴェルゼ、お店に帰ろう。アリアたちが待ってるよ」
「もういいのか?」
「うん。流石に準備終わってるでしょ」

 ふわふわと、しかし足を引きずりながらも浮かぶデュナミスについていって、ヴェルゼは店に戻る。店の扉の前に立つと、デュナミスがすっと脇によけた。ヴェルゼが扉を開けなければならないらしい。

「何なんだよ一体……」

 扉に手を掛けて一気に引く。すると。

「ハッピーバースデー、ヴェルゼ!」

 明るい声。同時、何かの弾ける音。輝く火花がヴェルゼの鼻先を通り抜けた。

「……は?」

 ヴェルゼは呆然と固まった。
 いつもと同じ店、見慣れた空間、のはずだったのに。至る所に装飾がほどこされ、そこは全く違う空間のようにも見えた。金銀に光るリボン、火花を閉じ込めたガラスのランプ。来客用に複数あった机や椅子の多くは脇に寄せられ、大きな机と幾つかの椅子だけがどーんと置いてある。
 アリアが明るい声で言う。

「今日、十二月二日! ヴェルゼの誕生日でしょ。忘れたの?」
「誕生日……」

 あ、と思い至り頷いた。
 そうだ、今日は自分の誕生日だったのだ。すっかり忘れていた。
 今日のデュナミスの行動。店から連れ出し、店に帰らせようとはしなかった。それは全て、アリアたちがパーティーの準備をする時間稼ぎのためだったのだ。

「姉貴……」
「へっへーん、待ってなさい。今日はご馳走作ったんだから! ヴェルゼはその椅子に座ってて! さぁ、豪華な夕食よ!」

 何か言いかけたヴェルゼに気付かず、アリアは店の奥の台所に消えていった。お手伝いします、とソーティアもいなくなる。僕も、とデュナミスまでいなくなりヴェルゼは途方に暮れた。とりあえず、言われたとおりに椅子に座る。
 しばらくして。

「はーい、お待たせっ! お姉ちゃんのお祝い料理、召し上がれ!」

 アリアたちが料理を運んでくる。
 鶏の香草詰め、ほわほわの小麦パン、野菜たっぷりのあったかスープに川魚の塩焼きフルーツ添え。立ち上る良い匂いを、ヴェルゼは胸いっぱいに吸い込んだ。
 滅多に食べられるものではない。切り分け、かぶりついた鶏は、幸せの味がした。

「美味しい? ヴェルゼ」

 一緒に料理を食べながら、アリアが訊ねてくる。ああ、とヴェルゼは頷いた。

「最高に、美味い……。ありがとな、姉貴」
「お姉ちゃん、すごいでしょー?」

 料理を褒められて、アリアは嬉しそうに笑った。
 穏やかな時間だった。依頼ばかりの日々は楽しいこともあったけれど、忙しくもあって。あまりのんびりした時間を取れていなかったなとヴェルゼは思う。厄介な魔道具を運搬したり、新しい仲間がやってきたり。目まぐるしい日々だった。だから。
 この時間を、とても愛おしく思った。
 ヴェルゼは知っている。自分の命がもう、あまり長くはないこと。ヴェルゼの魔法は、己の命を死の神である黄昏の主に捧げて放つ特殊な魔法だ。そして意識をこらせば、黄昏の主が今どのあたりにいるのか、察知することが出来る。
 ヴェルゼの死神はまだ少し遠い。だがこれから先も魔法を使うことをやめるつもりはない。黄昏の主との距離は近づくばかりだろう。だが、それでも。それが「ヴェルゼ・ティレイト」という人間の生き方なのだ。
 幸せなひとときは、自分にあと何回残されているのだろうか。それを思うと胸が苦しくなってくる。
 いつか、いつか、自分が死んだあと。アリアはこの幸せな時間を思い出して、その悲しみを癒してくれるのだろうか。
 今が幸せであればあるほど、痛みを感じてしまうのは何故だろうか。

「ヴェルゼ? どうしたの?」

 食べる手が止まっていたらしい。はっとなって、何でもないとヴェルゼは笑う。
 いつか必ず来る「その日」。考えてしまうのは仕方のないことだけれど。でもそればっかり考えて、目の前の幸せを台無しにするのはナンセンスだ。
 ヴェルゼは鶏肉と一緒に、幸せを噛み締めた。

  ◇

 その後、アリアとソーティアの作ったケーキを食べた。ケーキは、甘いものがあまり得意でないヴェルゼに配慮したのか、甘さ控えめで食べやすかった。たくさん食べて、たくさん笑って。そして夜はふけ、眠る時間がやってくる。

「今日はありがとう。……お休み、姉貴」
「ええ! お休みなさい、ヴェルゼ」

 姉に挨拶をして自室に戻る。
 窓からは、澄み渡った冬の星空が見えた。
 ヴェルゼは冬が好きだ。冬の、この透き通るような空気が好きだ。それに冬には希望がある。冬が終われば春が来る、という希望が。今は確かに凍えるような世界でも、約束されているのは明るく温かい未来。それがあるから冬が好きだ。

「……春になったら」

 ヴェルゼは呟く。

「姉貴の誕生日が、あるな……」

 その時は祝い返してやると、ヴェルゼは小さく心に誓った。
 明るい春のことを思えば、確実に来る終わりへの恐怖も薄らぐような気がした。


【いつか来る春 完】
【Happy Birthday、Verze Tirate】

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.44 )
日時: 2020/12/04 08:57
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

【権力色の暴力】

 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
 看板には、そんな文言が書かれている。

  ◇

 アンディルーヴ魔導王国、やや田舎の町リノール。
 そこにある頼まれ屋アリアの噂は、いつしか国中に広がっていった。

 「伝説の魔導士からの依頼をこなしたそうだ」
「災厄を未然に防いだそうだ」

 そんな噂が王都でも流れるようになり、ある日のこと。
 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアでの一日が始まる。

「はーい、ただいま!」

 その時は偶然店の奥の方にいたアリアがぱたぱたと駆けてきて、カウンターの前にやってきた。訪れた客を見て目をぱちくりする。赤い瞳に浮かんだのは警戒の色。

「初めまして、アリア様。私、こういった者なのですが」

 やってきた客はとてもきちんとした身なりの男性で、彼はアリアに身分証のようなものを見せてきた。そこに書いてあったのは、

「……フォーリン第一王子直属、ですって?」
「ええ、そうです。私は王子の命令を受け、ここに参ったのです。この店に依頼をしたいと王子が」

 礼儀正しく男が答えた。
 待ってよ、とアリアは頭を抱える。
 有名になったということは、依頼が増えるということ。依頼が増えれば負担が増えるが、背負った借金は返しやすくなる。先のイルシアのような裕福な人間からの依頼を受ければ、その分もらえる報酬は増える。だがしかし。
 相手は、王子の使者である。この国アンディルーヴ魔導王国の、次期王位継承者とみなされている王子の使者である。もしも受けるにしたってその責任はあまりに重大で。失敗したらという可能性を考えると、安易に承諾できるようなものではない。

「待って、待って、ちょっと待ってよ。王子様? ただの一般人のあたしに何故? どんな依頼よ何なのよ……」
「あなた様は類稀なる全属性使い。それゆえにあの方はあなたを、と」

 困り果てるアリアに、男が静かに言う。

「端的に申します。王子はあなたを王宮魔導士にすることを望んでおります」

 王宮魔導士。それはアンディルーヴ魔導王国の中では誰もが憧れる職業。
 魔法至上主義を掲げるこの国にとって、王宮魔導士になるということは輝かしい未来を約束されたも同然だ。努力したって、王宮魔導士になれるのはほんの一握りの人間だけだ。そんな輝かしい申し出を蹴る人間なんて、このアンディルーヴ魔導王国にいようはずがない。
 ただ、アリアの理性が「待って」と叫ぶ。ここに店を構えた理由を思い出せ。王宮魔導士にスカウトされるためじゃない。多額の借金を背負ったのは人助けのためであって、魔法を使うのは誰かを助けるためであって。確かに、王宮魔導士になれば借金なんてその給料で返せるだろうし魅力はあるのだが……。
 思い出せ。
 自分は、出世するために今、ここにいるんじゃない。

「……流石に急すぎましたよね」

 ぺこりと男性は礼をする。

「王子も即日中に返事が欲しいとはおっしゃりませんでしたし……一晩だけ時間を差し上げます。明日また参りますので、その時までに結論を出しておいてください。――良い結果を、お待ちしておりますよ?」

 ふふふと口元に笑みを浮かべ、では失礼と男性は去っていく。
 悩むアリアだけが残された。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.45 )
日時: 2020/12/07 09:04
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

  ◇


「おい姉貴」

 店の奥からヴェルゼが出てきた。

「アリアさん……」
「とんでもない人が来ちゃったねぇ」

 その後ろからぞろぞろと、心配げなソーティア、飄々とした態度を崩さないデュナミスが現れる。
 ヴェルゼが問うた。

「で? 姉貴は王宮魔導士になるのかならないのか?」
「いきなり言われたって……それに考える時間が少なすぎてあたし、どうすればいいのかわかんない」

 王子の使者。迂闊な断り方をすれば、国に反逆していると取られてもおかしくはない。王宮魔導士にしてくれるという申し出は確かに魅力的だ。しかし。
 姉貴は、とヴェルゼがアリアに近づいていく。黒い瞳が真っ直ぐに、赤い瞳を覗き込んだ。

「本当は、どうしたいんだ。権力とか圧力とかそういうのは抜きにして。姉貴は王宮魔導士になりたいのか?」
「……ううん」

 アリアは首を振る。

「あたしはさ、この小さなリノールの町で、いつも通り穏やかな日々を送れていればそれでいいの。地位とか権力とか要らないわ。借金? そんなの自力で返してやるんだから。あたしはただ、穏やかな日々を送っていたいだけなのよ」
「なら受ける必要はない。心を捻じ曲げてまで就いた地位では長続きしないだろう」

 それに、とデュナミスが割り込んだ。

「あの口ぶりだとさ、王宮が欲しがっているのはアリアだけみたいだよねぇ。じゃあヴェルゼも僕らも一緒には行かれない。もしもアリアが王宮魔導士になったとしたら、僕らとは離れ離れになってしまうね」
「それは嫌!」

 アリアは叫んだ。
 これまで、たくさんの逆境があった。どうにもならないかも、と思った出来事もあった。それら全て、みんながいたからこそ乗り越えられた。アリアは弱い、だからこそ。一人では生きていけないのだ。ましてや王宮などという冷たそうなところなんて、ヴェルゼの冷静さがなければ生き延びられないのではないか。そのヴェルゼだって熱くなりすぎて周りを見失うこともあるのだし。
 みんな一緒だからこその頼まれ屋アリアだ。
 アリアにはみんなが必要なのだ。

「ならさ、アリア。嫌なら嫌だってはっきり言いな? 心を殺してまで権力の言いなりになる必要はないさ」

 デュナミスが冷たい気配を身に纏う。

「……最悪、僕が奴らを消し飛ばしてあげることも出来る。僕は死んでるけど、死ぬ前は天才死霊術師だったんだしまだ多少は力が残ってる。そして僕が反逆者になったって、そもそも死んでるんだから影響はないだろうし」

 穏やかな声に秘められたのは、覚悟。
 その灰色の瞳が本気を宿す。
 面倒なことになりましたね、とソーティアが目を伏せた。

「このまま何事もなければ良いのですが……。わたしも権力は好きではないです。わたしの住んでいたイデュールの里は、権力者たちに滅ぼされたので」
「とりあえず。姉貴は自分の道を行け。恐れるな、怯えるな。また使者が来たっていつも通りの姉貴でいろ、いいな?」

 ヴェルゼの力強い言葉に、うん、とアリアは頷いた。
 それでも不安は消えなかった。
 相手からの頼みを断った先、もしもひどい目に遭ったとしたら? だって相手は王宮なのだ、この国最大の権力者なのだ。何が起こるかわかったものではない。
 それでも、
 思い出せ、と声がするから。
 不安を恐怖を呑み込んで、アリアは無理して笑顔を浮かべた。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.46 )
日時: 2020/12/11 09:09
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 翌日。いつもよりも緊張してカウンターの前に立つ。アリアの隣には寄り添うようにヴェルゼが立っていて、その後ろには見守るようにデュナミスが浮いている。イデュールの民は差別されかねないので、ソーティアは白いフードを目深にかぶって店の奥に待機していた。
 そして。
 カランコロン、ドアベルが鳴る。音を立てて扉が開く。

「こんにちは、アリア様……と頼まれ屋一同様。返事は決まりましたでしょうか?」

 昨日と同じ男性が、丁寧な口調で訊ねてくる。
 ええ、とアリアは頷いた。

「色々、考えたの。店のみんなで話し合ったわ。それで、出した結論は……」

 勇気を出せと心が叫ぶ。ヴェルゼの手が、安心しろとでも言うかのようにそっとアリアに触れた。
 アリアは、言う。

「お受け出来ません」

 はっきりと。

「あたしたちは権力なんて望んでないの。ただこの小さな町で、穏やかに暮らしていたいだけなのよ。借金は自分で返す。だから」
「……それは残念ですね」

 アリアの返答を聞いて、男は慇懃に頷いた。後ろを振り返り誰かを呼ぶ。

「……だ、そうですよ殿下。どうなさいますか?」
「ぼくが直々に出てこよう」

 凛、とした声が響き渡る。男がすっとよけた先には、一人の青年が立っていた。
 太陽のごとく美しい金の髪、赤玉石《ルビー》のごとく燃える瞳。身に纏う威厳は王のそれで。
 まさか、とアリアは思った。
 使者の男性は彼を「殿下」と呼んだ。その意味は。

「初めましてだな、アリア・ティレイト」

 青年は、名乗る。

「ぼくはフォーリン・アンディルーヴ、この国の第一王子だ。拒否されることを見込んだうえで、わざわざここに来た」

 改めてお願いしよう、と彼は言う。アリアは凍り付いたまま、動くことが出来なかった。

「全属性使いアリア・ティレイト――王宮魔導士になる気は、ないか?」

 発せられる威厳。思わず「はい」と答えてしまいそうになる。
 アリアの口が無意識の内に動き出そうとしたときだった。

「駄目だ」

 鋭い声が、アリアを現実に引き戻した。
 ヴェルゼが、アリアを守るように立っていた。黒い瞳に浮かぶのは警戒。

「姉貴、相手に気圧されるなよ? いくら相手が王子だからって、それで自分の意志を曲げるのか? 自分が正しいと思う道を進め」
「……不敬な」

 ヴェルゼの言葉に眉をひそめた王子が、つかつかとカウンターに近づいていく。警戒心を強めるヴェルゼ。王子はそのままヴェルゼに近づいていき、
 その頬をぶっ叩いた。

「……ッ!」
「ぼくはアリア・ティレイトに頼んでいるのだ。口をはさむな!」
「……王子だからって、好き勝手してくれるじゃないか」

 ヴェルゼの顔に、冷たい怒りが浮かぶ。
 ヴェルゼは静かに切れていた。その手が背負った鎌に伸びるのを見て、アリアは慌てて止めた。

「駄目よ駄目! 相手は王子様なのよヴェルゼ!」
「……フン」

 鼻を鳴らし、舌打ちをしてヴェルゼは伸ばした手を引っ込めた。その目に浮かぶのは明確な敵意。
 一度深呼吸して、アリアは答える。
 思い出せ、と心が叫んでいた。

「弟が粗相をして申し訳ございません。けれどあたしは、王宮魔導士になる気はありません。いくら王子様のお願いであっても、これだけは……どうかご勘弁を」
「……そうか。ならばこれならどうかな?」

 言って、王子が手で何かのサインを送る。すると王子の背後から数人の人間が飛び出してきて、ヴェルゼの首に刃を突き付けた。店の奥から、悲鳴。引きずり出され、首元に刃を突き付けられたソーティアが泣きそうな顔でアリアを見ていた。
 冷たい口調で王子は言う。

「彼らを殺されたくなければ、王宮魔導士になるんだなアリア・ティレイト」

ヴェルゼたちを人質に取られているから、亡霊のデュナミスも迂闊には動き出せない。ヴェルゼとソーティア。どちらかを助けたらどちからかが犠牲になるのは明白だ。

「……卑怯な王子様」

 アリアは唇を噛んだ。
 大切な人を人質にされてしまったのならば、選択肢は一つだけ。
 アリアは平和な生活を望んではいるけれど、それは大切な人たちが在ってこそ。彼らがいない頼まれ屋アリアなんて、アリアの居場所ではない。

「わかったわ。王宮魔導士になります。でも代わりに、弟たちを解放して!」
「断る」

 冷たく王子は言い放つ。

「彼らには人質としての役目があるのだからな、ついてきてもらう。さてさて、王宮へようこそだアリア・ティレイト。歓迎しよう!」

 半ば引っ立てられるようにして、アリアたちは店を出ていくのだった。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.47 )
日時: 2020/12/14 09:26
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 アリアたちは、王子の用意した立派な馬車に乗せられた。もちろん、アリアはヴェルゼたちとは引き離され、王子たちと一緒にいる。どうしても話す気にはなれなくて、アリアは終始無言だった。
 馬車に揺られながらも、これは勧誘ではなく連行だ、とアリアは思う。
 大切な人たちを人質に取られて。これの何処が勧誘なのだ。
 ヴェルゼはきっと、自分の意志を貫き通せと言うだろう。けれど大切な人たちを犠牲にしてまで、貫き通したい意志などない。彼らを失って立ち直れるほど、アリアの心は強くない。
 だから、決意する。覚悟を固める。
 この先、王宮魔導士としてどんなことをやらされたって、やり抜いてみせると。ヴェルゼたちが生きているのならばそれでいいと。
 その想いを、まんまと利用されたわけだけれども。

(権力は、嫌いだ)

 アリアは思う。
 その権力を悪用し、こういったことをする人がいる。その事実をアリアは心に強く刻んだ。ましてや今回の相手はこの国では二番目に強い権力を持つ第一王子なのである。
 憂鬱な馬車旅は続いていく。

  ◇

 やがてたどり着いた花の王都。しかし今のアリアには、その全てが灰色に見える。これからの日々、希望なんて持てない。これからどうなるのだろうという不安だけがあった。
 馬車は王都の中を進んでいく。流れる景色は、これまで何度か来たことのある場所。しかしやがて、見覚えのない場所になっていく。選ばれし者しか入れない区画にやってくる。
 それが、こんな時でなかったらきっと楽しめただろうに。
 そして馬車はついに城へ着く。立派にそびえる巨大な城は、このアンディルーヴ魔導王国の繁栄の証。

「ようこそ、新人王宮魔導士アリア・ティレイト。ここがぼくの王宮だ」

 誇らしげに王子は胸を張るけれど、そんな気分ではない。
 ヴェルゼら人質を乗せた馬車は、さらに奥へ進んでいってやがて見えなくなった。

「ここから先は私が案内致します。どうぞこちらへ」

 アリアの手を、使者の男性が取った。手を引かれ城の中に入る。王子はまだ他にやることがあったようで、逆方向に進んでいった。
 使者の男性は落ち込んだままのアリアに優しく言う。

「どうか嘆かれますな。ここでの日々も、過ごしてみたら悪くはないものだと思えるようになりますよ? 弟ぎみたちと二度と会えなくなるわけでは御座いませんし」

 改めて紹介致します、と彼は軽く一礼する。

「私は第一王子の側近にして王宮魔導士を束ねる者、ギャレット・サヴィア。得意魔法は水属性。あなた様の上司になります。これからどうぞ、お見知りおきを」
「……あたしはアリア・ティレイト。全属性魔法使いで、得意属性は炎」
「よろしくお願い致しますね」

 差し出された手を、唇をかみしめたままアリアは取った。

  ◇

「ここがあなたたちの住処です」

 ヴェルゼたちが通されたのは一つの部屋。それは立派な部屋だったけれど、部屋の入り口には外からかけられる鍵が付いている。人質がここから出られないようにするためなのだろう、窓だってついていない。

「部屋こそ豪華だが、まるで牢獄だな」

 ヴェルゼが鼻を鳴らした。彼らをここに連れてきた屈強な男はそのまま聞き流す。

「何かありましたら部屋のベルを鳴らして下さい。お手洗いは部屋の奥に御座います。食事は空間転移魔法で運びます」
「運動は?」
「見張りつきでなら。ただし、逃げようとした場合は命はありません。王宮魔導士を甘く見ないことです」

 フン、と再度ヴェルゼは鼻を鳴らした。
 それではごゆっくり、と男は去っていく。鍵の掛けられる音、続いて何かを唱える声。この部屋は鍵と魔法とで、二重の施錠がされているらしい。
 困ったことになりましたね、とソーティアが難しい顔をする。
 二人は一緒の部屋だったが、それぞれのベッドの距離はかなり空いておりカーテンもつけられていた。
 そうだねぇとデュナミスが頷く。

「この部屋、特殊な障壁が張られているようで亡霊の僕でもすり抜けられないし。嫌になっちゃうなぁ」
「逃げ出すことは基本的に不可能、逃げ出したとしたら命の保証は出来ないし姉貴に迷惑が掛かる、か。だから権力は嫌いなんだよふざけんな」

 ヴェルゼは怒りをあらわにした。
 ここに送られる途中、武器は全て没収された。鎌もナイフも失っては、ヴェルゼお得意の自傷から成る血の魔術も発動できない。亡霊が通り抜けられないということは、死者を集めて死霊術を使うことも出来ない。完全にお手上げだった。
 幸い、本だけは部屋の中に大量にあるので退屈することはなさそうだったが、それにしてもである。

「これは不当だ。王宮の中に、まだまともな奴がいてオレたちを解放してくれることを願うしかない」
「でも……何も行動出来ないのは歯がゆいですね」
「仕方ないだろクソッ!」

 ヴェルゼはばん、と壁を殴った。痛いだけで何かが変わるわけでもない。
 頼まれ屋なんて始めなければ良かったのだろうか、とぼんやりと思った。

  ◇


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