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*104*
『おい、真奈』
この声…
『凜!』
私は先程男の子が去って行った方向とは反対のほうへと振り返る。
『さっきからそこで何ぼーっとしてんだよ。母さん、呼んでるぞ』
『う、うん。でもね、凜…』
『何だよ?』
『もしかすると、ここにあの子が戻ってくるかもしれないから私、ここで待っていたいの』
『あの子?誰のことだ?』
『ほら、いつも私が一緒に遊んでた男の子!』
『俺が留守の時に一緒に遊んでた奴のことか。どっか行ったのか?』
『うん、遠くに…』
『それならもうここには戻ってこねーよ。それじゃあ、行くぞ』
『ま、待って…!』
私の声に耳を傾けようともせず、凜は従順に私の母が言っていたことを守ろうとした。
私を連れて帰ってきて、という命令に。
それを守るには、頑固にその場に留まろうとする私を引き摺って行かなければならない。
そのためには…手を握って引っ張っていくのが一番だった。
『放して!放してよ!凜!お願い!』
『駄目だ。俺は真奈を守らなくちゃいけないんだ』
『でも、あの子があの子が戻って…』
私がまだそんなことを言っていると、凜が急に立ち止まって振り返った。
『もうあいつは戻ってこない』
凜はそう言った。
その時の絶望を私は忘れることはないはずだった。
でも、あまりにもショックを受け過ぎた。
だからそんな悲しい記憶は葬りさろうとしたんだ。
でも、完全に葬ることはできなかった。
私に”手を握られることが嫌”という拒否反応を残してしまったのだ。
『…俺だって辛いよ。真奈が泣いてる顔を見るのは』
凜は吐き捨てるように言うと、私を家まで連れて行った。
それからの私は激変した。
凜と遊ぶのも楽しかったが、それと同じくらいあの子と遊ぶのも楽しかった。
それが忘れられなくてただ物思いにふけるばかりになってしまった。
たくさんの友達に一緒に遊ぼうと誘われたけれど、そんな気にはなれなくてすべて断っていた。
また、凜に言われた”もうあいつは戻ってこない”という言葉が胸に突き刺さり、人と会話できるような気分ではなかった。
そしてそうするうちにどんどん月日だけは流れ、いつの間にか私が昔のように喋れる友達は凜だけとなっていた。
もうその頃には、そんな過去の思い出はほとんど抜け落ちており、ただ”手を握られるのが嫌””初めは人と話すのが苦手”というものだけが私のなかで認識されているだけとなっていた。
――そして今。偶然が偶然を呼び、私の記憶は呼び覚まされた。
何かの前触れを知らせているのではないかと思えるほどに。