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*153*
――木曜日の放課後
ようやく形になってきた看板はあと数時間手を加えれば終わりというところまで来た。物凄い速さだ。金曜日には完成するだろう。
「よし、今日はこれで終わろう」
逢坂くんのその掛け声とともに立ち上がり、片付けの作業に入る。もう手慣れたものだ。ペンキを使っているせいで、常に喚起をしてなくてはならず、2人ともバケツの水を被ったように汗で濡れていたがそれも最早お馴染みの光景となっていた。まあ、透けて見える逢坂くんの上半身にドキドキしないわけじゃないんだけど。
「こんなもの、かな?」
2人で協力して看板を教室の後ろに立てかけた後、鞄を持ち上げ昇降口へと向かった。
「いやー、もう終わっちゃうね」
逢坂くんのその言葉に戸惑う。8月が終わると言っているのか、それとも看板製作が終了してしまうと言っているのか……。
「ああ、勿論看板の方ね?」
急に黙り込んだ私を不思議に思ってか、私の心情を読み取った逢坂くん。その読み取りの正確さに少々驚きつつも私は言葉を紡いでいった。そしてそうこうしているうちにあっという間に私の家の前に到着。
「もう、お別れだね」
私はそう呟いた後に慌てた。私、逢坂くんの彼女でも何でもないのに!なんてこと言っちゃったんだろう?図々しいにも程があるでしょ!と心の中で突っ込んでいると、逢坂くんは優しく微笑んでくれた。
「本当だね。俺も寂しいよ。その……」
そう言って、逢坂くんは口元を右手で覆い隠してなぜか俯いた。既に日が沈んでいるため、彼の表情を読み取ることはできない。
「俺は看板製作の時間がもっと長く続けばなって思ってるよ。そ、それじゃあ!」
それだけの言葉を残して走り去っていった逢坂くん。私は彼の言っている意味を理解できないでいた。まさか、冗談よね?絶対誰かに言えと示唆されてたんだよ。うん、そうよ。自惚れちゃだめよ?私。と震える足をなんとか動かしながら家の中へと入って行った。
――カチャ
扉の開く音共にリビングからスリッパの音がバタバタと聞こえる。どうやら今日は母のほうが早く帰っていたらしい。初日以外はすべて母に連絡してあるので、さほど心配した様子はなかった。
「おかえり!もうご飯出来てるわよ?一緒に食べましょ」
母は上機嫌な様子でそう言う。きっと何かあったのだと私は思いながらも今は口に出さなかった。素直に靴を脱いで、自室へ行き、ルームウェアに着替えて食卓に着いた。
「ほら、今日は天ぷらよ〜?じゃんじゃか食べて」
母はこれもまた上機嫌な様子で私に揚げたての天ぷらを勧める。私は苦笑いしながら、一通り食べた後、母への質問へと移行した。
「ねえ、母さん?」
「ん?どうしたの?」
「今日、機嫌良いね?」
「嘘!?ばれちゃった?」
「うん。ばればれ」
「そっか。話しちゃうね。実はね……明日お父さんが帰ってくるんだって!」
母は胸の前で手を合わせながらうっとりしながらそう言う。そういえば私も、凜との事件から1週間後の朝に、父が丁寧に洗ったであろう皿しか見ていない。とうとう2週間ほどの実務を終えて帰ってくるのか。
「どうやらね、クロアチアとの外交だったみたいなんだけど、予定より円滑に事が進んだみたいでね?早く帰ってこれるようになたんだって」
実は私の父は外務省に勤める外交官なのだ。所謂エリートという位置づけになるわけだが、貴族のような生活を母は好まなかった。普通の生活がしたいとのことで、一般家庭と同じくらいの大きさの家に住むことになったのだ。外務省のほうは、何かあれば危険だからと言って、何かと執事やら家政婦やらをつけたがったが、家に居られるのだけは勘弁と言って、隣の家に住んでもらうことになった。こうして今の私の生活があるのである。つまり、こう見えても私は真奈お嬢様だったりするわけだ。学校の皆も教職員も誰一人として気が付いていないが。
「そうなんだ!よかったね〜」
「ほんとよ〜!明日は豪華にしなくちゃね」
そう言って台所の奥へと消えて行った母。そんな母をいつまでたっても可愛いらしい人だと思いながら微笑ましく見る私だった。