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*169*
お月見から少し時間が経った9時過ぎ頃。
私と徹くんは2人きりで帰路を歩いていた。本当は美樹と新條くんとも一緒に帰る予定だったんだけど、無理矢理徹くんが私の腕を引っ張って行ってしまい、結局のところこうなったというわけだ。
「あ、あの徹くん……」
私は力強く握られた手を見ながら言う。徹くんはちらりとこちらを見て、少し怒ったような、拗ねたような声で呟く。
「名前で呼んで」
「え……、と、と、徹!」
「よくできました」
そう言いながら徹くんは嬉しそうに私の頭を撫でる。私は不覚にもそれを心地よく感じながらも先程言いたかったことを思い出す。
「あの、新條くんと居る時、徹、随分と機嫌悪かったよね……?喧嘩でもしたの?」
「……違うよ。全然違う」
「違うの?他に何か理由になりそうなことなんてないはずだけど……」
「本当、真奈には毎度のことながら困らされるなあ」
「え!?」
私は自分に何か足りないものがあるのかと思い、ぎくりと肩をびくつかせる。そんな私の様子に気付いてか、徹くんは笑いながら言う。
「別に真奈に足りないものがあるって言ってるわけじゃないんだ。その……俺個人の問題だから」
最後の言葉が胸に刺さった。「俺個人の問題」って何?私だって徹くんの力になりたいんだよ?だから、だから……
「俺個人なんて言わないで!」
思わず張り上げた声。しかし、私は続ける。
「私は徹くんの力になってあげたいの!だから……一人で抱え込まないで」
私は涙で視界がぼやけながらも、徹くんの瞳をしっかりと見つめる。彼の瞳は揺れていた。
「ご、ごめん。変な事言って。今の忘れて……」
私は急に先程の言葉を思い出し、制服の袖でぎゅっと両目の涙を拭った。そしてそのまま歩き出そうとした瞬間、正面からいきなり抱きしめられた。
「ほえ!?」
「真奈、もう本当可愛すぎる……」
「え……?」
「そこまで言われたら答えないわけにはいかないだろう?驚かないで聞いてくれよ?」
「うん。なんでも聞く」
「ありがとう、それじゃあ……。実はさっき新條と仲良さそうにしてるのを見て嫉妬したんだ。何で俺以外の男子と楽しそうに話してるんだって」
「そ、そうだったの?なんかごめんね」
「ううん、いいんだ。今もこれから先も真奈を束縛するつもりはないから自由にしてくれていいんだよ?ただ……」
「やっぱ、真奈が俺の彼女だっていう確証がほしいんだ」
「徹の……彼女?」
「そう。なんでもいい。……そうだ。いいことを思いついた」
「いいこと?」
「そう、いいこと」
徹の瞳が一瞬怪しく光った気がしたが、私は気のせいだと思い込み、その先を聞いた。
「いいことって、どうすればいいの?」
「簡単だよ。目を瞑るだけでいいから」
「本当にそれだけでいいの?」
「うん。それだけでいいよ。はい、閉じて」
徹の大きな手で目隠しをされた私。私はそれに逆らうことは出来なくて、言われるがままに目を閉じた。そしてしばらくそのままの状態を保っていると、顔が近づいてくる気配がした。い、今更ながらですが、もしやいいことってキスだったの!?私はようやく徹が言っていた言葉の真の意味を理解し、急に恥ずかしくなって慌てだした。しかし、時すでに遅し。唇に柔らかい感触が触れるのを感じた。き、キスをしてしまった……。これが初めてというわけじゃないけど。というか、先程亮さんに奪われた所だけれど……なぜか、これが初めてのような感じがする。私はそう思いながら安心しきっていた。そしてそろそろ開放してもらえるだろうと思って、口を薄く分けた途端、何だかよく分からない、熱いものが私の口の中へするりと入ってきた。私はもう理解不能状態になってただひたすらに徹の胸板を叩いた。やがて、解放されたときには私の息は乱れていた。
「はあ、はあ、はあっ。何したの、今?」
「ん?いいことだよ?」
徹は息切れなど一切起こしていない、余裕表情でそう言う。
「俗にディープキスとも言う」
「ディ、ディープ!?」
私はその濃厚な響きだけでも先程の感覚を思い出し、ぶっ倒れそうになる。
「真奈、本当にディープキス初めて?凄い上手かったけど……」
そう言いながら徹は自分の唇を舌で舐める。……夜の所為でテンションがおかしくなっているのだろうか。今日の徹は色気を隠そうともせず、ただダダ漏れさせている気がする。勿論普段も色気が漂ってはいるのだけれど。
「やっぱり初ディープじゃないの?」
「ううん、徹が初めてだよ」
「そっか、よかったあ。それじゃあ、今日は帰ろうか」
「うん」
私は笑顔で頷きながら、徹が差し出した手に自分の指を絡める。
色々なことがあった。
憧れだった高校に入学し、恋に落ち。
初めての親友が出来て。
ただの幼馴染だと思っていた彼との関係が少し変わり。
10年弱想い続けていた”あの子”と再会し、別れ。
”あの子”と同じ位、いやそれ以上に好きだった彼と付き合うことになって。
今、私はここにいる。
――ああ、こんな幸せな日々が続きますように。
ただそれだけを願って私は明日を歩んでいく。
悲しみも喜びも
怒りや寂しさも
辛くて泣きそうな時も
いつだって私には仲間がいる。
『ほら、向こうを見て』
声が聞こえるでしょう?
光が見えるでしょう?
いつだって仲間は家族は、徹は
桜咲き乱れる並木の下で手を振って待ってるんだ。
桜並木の下で偶然が集ったこの年を
私は生涯忘れない。
恋桜
君と出会った
春の日に
咲き乱れたの
小さな華が
たとえそれが散り際は憐れなものなのだとしても、私はそれを抱いて生きていく。
――私は今を生きていく。
『初めて』を教えてくれたのはあなたでした。
『笑顔』を教えてくれたのもあなたでした。
『痛み』を教えてくれたのもあなたでした。
本当にありがとう。そして愛してる。
これから先もずっと……。
<fin>