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*174*
「へえ、美樹。随分と前からここで働いてたんだね」
「うん、そうだよ。でも真奈を一度も見かけなかったわ」
「私も美樹を見なかった」
「多分シフトの関係ね」
「かもね」
「このキノコのトマトソースパスタ、旨い」
「でしょう?ここの店の食事は美味しんだから」
「それより美樹」
「ん?どうしたの凜?」
可愛らしい制服を身に纏った美樹が首を傾げる。その仕草があまりにも可愛すぎて、私が顔を紅潮させてしまった。
「どうしたの凜?じゃねーよ。客がお前のこと呼んでるぞ?」
「へ?嘘!?」
そう言って美樹が慌てて凜の視線を追う。すると、その視線の先には美樹にそっくりな美人な女性が居て――
「お姉ちゃん!」
って美樹のお姉さんだったのか。
「今日はよく知り合いを見るなあ」
「誰を見たんだ?」
向かいに座る凜がパスタをフォークで器用に巻きながら尋ねる。
「初めに徹と亮さんを見たんだ。これは電車の中での話なんだけどね……」
こうして私は凜にこれまでの経緯をあれこれと話した。そして時に笑い話を混ぜて凜を笑かせてみせた。そしてそうこうしているうちにあっという間に8時を回っていた。
「そろそろ帰らなきゃ」
「本当だな。俺もそろそろ帰らないとな」
「今日、凜のお母さんもお父さんも遅いんだよね」
「あ?そうだけど。何?俺の家に来たいの?俺はいつでもウェルカムだぜ?」
「え、遠慮します」
私はそう断ると、鞄の中からお財布を取出し、代金を払おうとした。だが、それを凜に阻止され、凜が全代金を受け持ってしまった。
「凜、悪いよ。せめて5000円は受け取ってよ」
「それ、ほとんど全部の代金じゃねーか」
「お願い」
「駄目だ」
「お願い」
「駄目だ」
「お願い」
「……分かった」
「本当!?」
「ただし1000円だけな?お前から受け取るの」
「え?どうして?」
「んー、これからも俺と仲良くしてくれるってので、全然大丈夫だから」
「……そっか」
私はそう言うと、財布から1000円札を抜き取って彼に渡した。すると、彼は惜しげもない屈託のない笑顔でそれを受け取ってくれた。この笑顔を見ていると、どうして私は凜に靡かなかったのか不思議に思えてくる。
「ん?どうして?俺の顔に何かついてるのか?」
私があまりにも凜の顔を見つめていた所為か、少し彼が焦ったように言う。
「ううん、なんでもないよ。それより早くいかなくちゃ。電車、乗り過ごすかもだし」
「お、おう。そうだな」
私は無理矢理凜の腕を引っ張ると、坂道を下り始めた。そして駅には着いたのだが……
「目の前で扉閉まるとか反則だあっ!」
私はもうほとんど見えなくなってしまった電車に向かって手を挙げながらそう言う。すると後ろから凜が笑う声がする。
「あははは」
「わ、笑うなあ」
「だって真奈が可愛いから」
「煩い」
「怒ったー怒ったぞ、真奈が!」
凜はなんだか楽しそうだ。そんな私の考えを読んでか知らずか急に凜が真剣な顔つきになった。
「え?何?」
「ん、いや真奈と普通に喋れてるなって」
「え?今までだって普通に喋ってたじゃん」
「そうだけど、なんか少し心の中にモヤモヤがあったんだ。でも今は全然そんなことないし、前と同じくらいすっきりした気持ちで真奈と話せてる」
「そっか。それならよかった」
私はそう言いながら微笑むと、急に凜がばっと視線を逸らし、手で顔を覆った。
「そういうの反則だっつーの」
「はい?」
「ああ、もううるせー。とにかく黙ってろ」
「……?はい」
よく分からず電車が来るまでなんとか喋らないように努力した。そして、約束を守ったまま電車に乗れると思ったとき、改札口の方から美樹の声が。
「美樹!」
「真奈!」
私は美樹に思い切り抱きついた。美樹はお姉さんと帰ってきていたようだ。
「あ、お姉さん。初めまして。綾川真奈と言います」
「あら?初めまして。美樹の姉の美和よ。あなたが真奈ちゃんね。美樹からよくあなたの話を聞くわ。とっても可愛い子ってね。本当。美樹が言ってたことも過言ではないわね」
「でしょう?」
美樹が自信ありげにお姉さんに向かって笑う。一体美樹は何を言ったんだ……?
「そ、そんなことないですよ。美和さんとっても美人さんで驚きました」
「お世辞ありがとう」
「お世辞なんかじゃないですよ。本心です!」
私が懸命にそう言うと、美和さんはうっとりするような笑顔を浮かべて
「それじゃあ、ありがたく受け取って置こうかな」
と言った。きっと美樹が美和さんくらいの年になったらこんな美人さんになるのだろうな、と想像しながら。
「電車来るぞー」
先程からそっちのけだった凜の声がする。すると、美樹が何か言いたいことを思い出したのか思い切り駆け出して、凜に肘鉄を繰り出した。凜はというとその攻撃を受けて一瞬怪訝そうに眉を顰めたが、すぐに美樹と笑い合って何かを話し始めた。
「美樹は本当、あなたと出会って変わったわ」
「美樹がですか?」
「ええ。あの子、昔から元気な子だったんだけど、あんまり本心は曝さないほうだったのよ。だけとあなたにはちゃんと自分の気持ちも伝えてるみたいだし……。本当に、真奈ちゃんありがとう」
そう言って美和さんは私の手を取ってお辞儀する。私は慌ててあいている方の手をぶんぶんと横に振る。
「いえ、そんなっ。私のお蔭とかじゃないと思います」
私がそう言うと、美和さんがゆっくりと顔をあげた。何を言ってるのとでも言いたげな目でこちらを見る。
「私だけじゃなくて、あそこにいる凛や徹、それに優那や涼香……そして美和さんのお蔭でもあったのだと思います。やっぱり1人の人間は1人じゃ救えません。大勢の人がいてやっと助けられるものなんです。人間って面倒ですよね。1人で助かることが出来ればいいのに」
「……そんなことないわ。人間は1人で助かれないからこそ美しいの。もし1人で助かることが出来たなら友情や絆なんて必要としないもの。……それじゃあ、言い直すわ。美樹を変えてくれた1人になってくれてありがとう」
その途端に、後ろで電車がホームに到着する音が聞こえた。美和さんの頬には美しい一筋の涙が伝っている。
「でも、まあ美樹自身が一番頑張ったのかもね」
そう言って、涙を拭いて電車の方へと歩み寄って行った。私はそれに大きく頷きながら電車のほうへと向かった。