ダーク・ファンタジー小説

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バッドエンドアリスの招待状
日時: 2021/02/02 23:46
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: vQ7cfuks)


 僕の親愛なるアリス。
 どうしても君に真実を伝えることができない。本当に申し訳ないと思っている。
 君の悲しむ顔を見たくないだけなんだ。
 どうか、君が何も知らないまま幸せに生きてくれることを願う。


 ねえ、アリス。ずっと君はそのままで。何も知らない幼気な子供のままでいてくれ。


 秘密は絶対に解き明かしてはいけないよ。








「 お客様 」


 すーぱーうるとらすぺしゃるさんくす!!!!!!!!!!!!!!(意味不明)
 コメントありがとうございます。励みになります。
 読んでくださる皆様もありがとうございます。もしよろしければ、もう暫くお付き合いくださいませ。

■電波 様
□小夜 鳴子 様






藍色の宝石 【中編集】/5作品目

(1作品目)優しい蝉が死んだ夏 >>003
(2作品目) 深青ちゃんは憂鬱だ。 >>029
(3作品目) 意地悪しても、いいですか。 >>039
(4作品目) 恋のつまった砂糖菓子 >>057

005 ( No.44 )
日時: 2017/11/19 19:51
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: xV3zxjLd)

 ふと思い出すことがある。彼女、真尋ちゃんの名字である。
 小学四年生になれば、もう大人まであと半分。記憶力だってよくなってくる、だから心の中でずっと引っかかっていたものに気づいてしまった瞬間に、俺は真尋ちゃんのほうを見ることはできなかった。
 宮下。そんな名字世の中いっぱいいるのだろうけれど、それでもこんな時期に俺を訪ねてきてその上に先生たちが「会わなくても大丈夫だからね」なんて念押しした人物。そんなの気づく人は気づく。
 俺の父親が殺した夫妻。その名字が「宮下」だった。

「死んだんだって、私のお父さんとお母さん」


 俺の後ろから聞こえたその言葉。最初はぎくりと方が震えた。どこかの汗が尋常にないほどに出ていた気がする。気づいているってばれていないかな。俺が真尋ちゃんの両親を殺した父親の息子だと、俺が気づいてしまったことに真尋ちゃんには気づかれたくなかった。
 だから俺は一旦落ち着こうと大きく深呼吸をしていったのだ。


「きみは、だれ」


 その言葉に、真尋ちゃんはさっきまでの色のない表情を変え、大きく声を上げて笑い出した。俺はその意味と意図が全く分からずにただただ真尋ちゃんを見ていた。
 きれいな黒髪を長く伸ばしている。毎日お母さんに櫛でとかしてもらっていたのかな。お父さんに頭を撫でてもらったりしてたのかな。
 幸せそうに暮らしていたと、ニュースで特集されていたのを思い出して俺はそんなことを考えた。無駄なことだとわかっていた。けれど、微笑む彼女は美しく、そしてどこか儚げだったのだ。



     □ □ □


「ねぇ、なんで真尋ちゃん笑ってるの」
「なんでって。うん、なんでだろうね、そういうもんだよ、そういう、」

 真尋ちゃんはまだ笑い続けている。施設の子供たちが謎に爆笑し続ける真尋ちゃんを変な人だと認識したのは間違いないだろう。
 さっき先生がやって来て「どうしたの、何かあった」なんて本当に心配そうな声で聞くものだから俺は何て言っていいのかわからずに「別に」とそっけなく返してしまった。代わりに真尋ちゃんが「何でもないんです、ただじゃれあっていただけなんで」と答えてくれた。けれどそれが先生にとっては違和しか感じなかったみたいだ。俺と真尋ちゃんを見る目がやっぱり変に意識しているのが分かった。
 
「きみは、だれ。とか、そんなの一番きみがわかることでしょうって。しかも、さっき自己紹介したのに、そんなかわし方したってこっちにばれること承知だったのかなって、いろいろね、考えちゃった」


 俺より一つ下の女の子は、俺の考えていることがすべてわかるエスパーのような少女だった。目の縁に涙を浮かべるほどの爆笑だった真尋ちゃんはさっきの俺と同じような大きな大きな深呼吸をして俺に手を差し出した。
 握手なのかな、と思って俺が手を出そうとすると彼女は笑っていった。

「にぎったら、おわりだよ。けど、はじまり」


 その笑顔はとても怖かった。
 最初はその言葉の意味が全く持って意味不明だったのだが、すぐにそれに気づいてしまった。お互い勘付きやすい性格みたいだ。
 朝比奈さんが先生たちと話を終えて部屋から出てきた。俺に手を伸ばす異様な状況にも何も言わずただ彼は見ているだけだった。
 握ったら、おわり。何が終わりなのかはわからない。何が始まりなのかもわからない。けれど、真尋ちゃんと朝比奈さんが俺に「選択肢」をくれたのがわかる。もうどこにも行けない、犯罪者の息子に手を差し伸べてくれたのがよくわかる。

「優しくされると、勘違いするよ」

 朝比奈さんがふぅと息をついてその場を去った。
 もう俺の結論がわかっているかのように、彼は玄関へと向かってしまった。
 真尋ちゃんは俺の言葉ににこりと微笑むだけで、あとはそっと俺の耳元でささやくだけ。魔法の言葉だ。俺のすべてを批判する魔法の言葉。





「私の奴隷になりませんか?」



 真尋ちゃんは普通の人なら言わない言葉を平気で言うのだ。
 自分のことをいつか殺してくれて構わないから。だからその時まで、自分のそばにいてと。自分のそばで父親の代わりに永遠私に懺悔して、一生私に囚われればいいと。

 でも、俺にくれた選択肢はもう決定されていたのだ。選択肢、じゃなくて絶対。それ以外に俺に進む道はない。最後の道しるべだと、ちゃんとわかっているのだ。
 奴隷。その言葉に俺はアフリカの奴隷を思い出す。ヨーロッパの人たちにいいようにつかわれるだけの奴隷。人身売買、身売りというべきか。
 でも結局は、間違っていない。俺に権利なんてものはない。



 真尋が「来い」というならば、それについて行かなくてはならない。
 真尋が殺せと俺に命じるならば、俺は真尋を殺さなくてはならない。
 きっと、真尋はずっとずっと思っている。俺との約束を、彼女はきっと破らないから。だから、いつだって彼女はあの日のように俺のことを奴隷と呼んで俺のことを蔑むんだ。殺されたいから、俺に殺されたいから、だからきっと彼女は永遠に俺の手を離さないのだ。
 あの日、俺が握ってしまった手は、もう大きくなってしまっている。
 忘れない、あの掌は暖かかったわけでも冷たかったわけでもない。俺の触角はあの時からおかしかったのだ。

006 ( No.45 )
日時: 2017/11/26 20:48
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: /48JlrDe)

 朝比奈真尋は何を考えているかわからない。というかわかりたくないのだろう。
 真尋は女としてはどちらかといえばきれいな容姿だった。整った顔のパーツに身長は小柄で百五十センチもないが、スタイルは良かった。同じ学校に通ったのは高校が初めてだが、真尋の噂は中学の時から聞こえてきていた。
 誰にでも分け隔てなく優しく、笑顔がとても愛らしい。勉強もスポーツもできて、それなのに驕ったりもせず、謙虚な性格。そう人にイメージ付けて彼女は当然のごとく生きている。
 本当の性格は毒舌ですこぶる性格が悪いのに。そんなこと誰も信じてはくれない、それほどに彼女は最低最悪な「猫かぶり」なのであった。


「どうしたの、お兄ちゃん」

 にこりと俺に微笑んだ真尋に思わず俺は真顔になってしまう。けれどすぐにその作り物の笑顔が険しくなっていった。
 ちゃんと演じろ。真尋の心の声が聞こえたような気がした。

「ん。なんでもないよ」

 真尋と俺は「兄妹」という設定である。というか、戸籍上は既に兄妹なのだから、そう名乗ってもおかしくはないのだ。一つ年下の俺のご主人様は、俺に「良い兄」であることを要求する。それは彼女が「良い妹」であるからだ。真尋は俺に懐いたような素振りを見せながら俺の隣を笑顔で歩く。今日も大好きな兄と一緒に登校できて幸せです。みたいな吹き出しが見える気もする。気持ちが悪い。
 七年前、俺が真尋に拾われてから知ったこと。朝比奈和幸さんのことだ。真尋の両親の古い知り合いだとかなんとかで、真尋を引き取ることになったという彼はなんと俺まで快く引き取ってくれた。半ば真尋の命令には逆らえないみたいな風にもとれる彼の優しさは、俺にはとても暖かった。
 そして、俺たちは「家族」になった。全員一ミリも血なんてつながっていないのに、俺たちは深い深いつながりを持っている。不思議な話だ。
 そんなこんな、考えごとをしていると真尋に靴を踏まれた。「いてえ」という声さえ彼女は睨んで出させてくれない。

「お兄ちゃんは、今日も元気だね」

 やっぱり笑った表情が愛らしいなんて嘘だと思う。



     □ □ □


「こうすけきゅんは、今日も真尋たんの尻に敷かれているのですね」

 真尋と別れた後、俺の頭の後ろにガツンとぶつかってきたもの。それは一つ年上の先輩のこぶしだった。歯を見せにかっと笑ったその表情には殺意を抱く。けれどそれを表情には出さないように気を付けながら俺は先輩に声をかけた。

「おはようございます、城谷先輩。真尋様に御用ならば、先ほど別れましたが」
「ん。あれ、別れたってお前らとうとう破局かああああ。あんなに仲睦まじかったのに」

 いやらしい言い方をされて、俺は思わずむっとして彼をにらんでしまう。けれど、それは彼の作戦なのだ。俺のその表情を見て満足げに笑った後、捨て台詞のように言葉を紡いで去って行った。

「真尋たんは、俺の可愛い可愛い恋人なので、そんなに仲良かったら嫉妬しちゃうぞー」

 俺を馬鹿にしたようなその言葉に、彼の、城谷スバルの悪意を感じる。城谷先輩の考えることだけは俺は一度も読めたことがない。神出鬼没、摩訶不思議、正直彼のことを「変な人」としか思ったことはなかった。
 先輩が真尋と付き合いだしたあの日から、少しずつ真尋と俺の関係は変わっていった。といいたいところなのだが、真尋はたとえ恋人ができたとしても俺と一緒に登下校することはやめなかった。それを何も言わずに見守る城谷先輩のこともよくわからない。
 俺たちが兄妹でもなんでもないと知っているのは、この学校でただ二人。この馬鹿な先輩とその奴隷の少女なのだ。俺は、先輩を追いかけてやってきたその奴隷の少女を見た瞬間、あぁ今日も最悪な日だと実感した。

007 ( No.46 )
日時: 2017/12/03 20:57
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: G1aoRKsm)



「スバルさんは、ご一緒ではないのですか」

 走ったのか少しだけ息の切れた様子の少女は、俺の目を見てそう告げた。「そうだよ」と俺が言うと、はにかむように笑ってひとつ深呼吸をした。
 彼女は俺のクラスメイトで宮森かずさという。茶髪のボブショートで顔の中央にはそばかすのあるその少女は、お世辞でも真尋のようにかわいいとは言えなかった。だが、笑った表情がとても愛らしく……それは真尋の愛らしさよりも純粋な健気さで俺は好きだった。
 彼女はさきほど俺を罵っていった城谷スバルの奴隷である。俺と同じ立場の少女。けれど、俺とは全くと言っていいほど違う存在。

「なんで、あいつのこと好きなの」

 俺が呟くように尋ねたその言葉を、彼女は聞き漏らすことなく返事を返す。

「それは、きっと浩輔さんが真尋さんのことを好きなのと同じ感情ですよ」

 城谷スバルが言ったならばきっとその言葉は皮肉に聞こえただろう。そう聞こえないのは彼女の優しさが溢れんばかりの笑顔があるからだ。城谷がいないと分かったかと思えば、彼女の足はもう教室の方に向かっていた。
 同じ方向だが俺とかずさは一緒に歩かない。最初にかずさに言われたからだ。私はスバルさんのことが好きだから、だからほかの男子とは噂になりたくないのです。その言葉の裏には、俺が人目を引く存在だからできるだけ一緒にいたくないという思いが込められていた。けれど、最近は少しだけ距離が近くなったような気がする。それはきっと真尋と城谷が付き合いだしたから、だろう。と、俺は思っている。俺の前をすたすたと歩くかずさの背中は俺よりは小さく、それでも真尋よりは大きかった。
 

「俺は、真尋のこと、すきじゃないよ」

 俺はかずさの背中に語りかけた。
 ゆっくりとこちらを振り返ったかずさはいつもと同じ悲しい表情をしている。

「スバルさんだって、真尋さんのことなんか好きじゃないんですよ」

 彼女は消えるような小さな声でそう言った。表情は変わらない。俺を見つめる目も変わらずに。俺の心の中を見透かしてしまったかのようなその瞳。

「真尋はさ——今日も俺に好かれようと必死なんだよ」

 こんなに感情がぐるぐるするのは、久しぶりだ。そもそも、かずさと話したのが一か月ぶりだ。かずさは人の苦しみを解放させるような力を持っている。かずさの声には力があって、俺の心のカギを簡単に開けてしまうんだ。
 真尋が俺のことを好きだというのに気付いている。けど、俺は真尋のことを好きにはならない。
 真尋の好きは意味をはき違えているからだ。俺がどれだけ真尋を好きになっても届かない。

 真尋の好きは、俺に殺されたいから出る愛情表現なのだ。


     □ □ □

 全授業が終わった後、真尋は俺の教室の外で腕組みをして待っていた。俺を見つけたかと思うと、手招きをして自分の方に呼び寄せた。前の扉から出ると、かずさとすれ違った。かずさが真尋を見た瞬間、またあの悲しそうな表情を見せて、俺の方をちらりと見た。俺は無言でうなづいて、かずさはゆっくりと目を伏せた。
 俺たちのアイコンタクトに気付いたのか、真尋はかずさをにらむような目つきで見ていた。静かな真尋の対抗心は、かずさには届かないのに。

「じゃあ、また」

 俺にそうつぶやいたかずさは、すぐに下駄箱の方に向かって階段を下りて行った。自然と目で追っていたのか、真尋に足をけられたのには今気づいた。

「私はスバルのこともかずさのことも、結局何もわからないや」
「真尋様はわかっても声にはしないじゃないですか」
「だって、スバルが私の口をふさぐんだもん」

 短い会話をして俺は真尋の後ろを歩いて行った。降りるはずの階段を彼女は上って行って施錠されている屋上へと向かった。どうするんですか、と尋ねると彼女は先生に脅して貰ったという鍵を自慢げに見せてきた。
 そのいたずらっこのような笑顔には無邪気な幼子の感じがして、俺は無性に心苦しくなった。真尋は屋上を開放してなかなか見せない笑顔をまた俺なんかに見せた。

「わたしさ、世界で一番不幸な存在になりたいや」

 傷つくことを恐れない真尋は、屋上の柵を飛び越えた。

008 ( No.47 )
日時: 2017/12/06 11:54
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: KG6j5ysh)




「——真尋!」

 真尋が落ちたのと、俺が真尋の手を掴んだのが同じタイミングだった。ぐらーんとぶら下がった状態の真尋は何事もなかったかのように一つあくびをして、そして俺はどくんどくんと喧しく鳴り響く心臓の音を聞いていた。
 真尋は宙に浮かんでいる状態だというのに、俺が手を離せば確実に死ぬという状態のはずなのに、何とも呑気なご様子だ。

「な、なんでこんなことするんだよ」

 やっとのことで絞り出した俺の声は震えていた。
 真尋はきっとこの状態でも平気で言うんだろう。その手を放しても構わないと。だからその言葉を言わさないように、俺は精一杯の力で彼女を引き上げて抱きしめた。びっくりする様子もなく、かといって怒るわけでも泣くわけでもない真尋は、代わりにただ俺の腕の中で笑っていた。
 真尋はゆっくりとスカートのポッケの中から何かを取り出した。それを俺に向けて彼女はまたさっきのように笑って見せた。
 それはカッターだった。彼女は何も言わなかったが、俺に与えられた選択肢はこのカッターで自分の身体を傷つけるか、それが嫌なら真尋の身体を傷つける。この二つだと俺は知っている。
 真尋は呼吸をするように、当然のように口に出す。

「さっき、敬語抜けてたね、浩輔」

 それは、どうでもいい話だった。
 俺は渡されたカッターを空中に投げ捨て、また彼女を抱きしめた。
 
「心配したから、って言えば満足ですか」
「そうかもしれないね。けど、私がほしいのはそんな言葉じゃない。浩輔の本音だよ。浩輔はきっと私に早く死んでほしいって思ているでしょう」

 俺の腕からゆっくりと離れていく。真尋は足に力を入れるように立ち上がって俺を見下ろした。

「私が心中したいって言い出すのが、怖くて怖くて仕方がないくせに」

 真尋は、あの日のように無感情なままそう告げた。
 足元に落ちていたカッターを踏みつけて、彼女は無言で屋上から出て行った。何も言えなかったのは事実だったからだ。彼女の目的が、最初から俺を殺したいという感情だったことを、ちゃんとわかっていたのだ。



     □ □ □

 家に帰ると、そこには和幸さんがいた。玄関に入ったすぐに、俺を待っているかのように彼は立っていたのだ。時計の針がちょうど三時になって鳩時計が音を立てていた。彼は朗らかな表情で俺におかえり、と告げる。

「今日は真尋ちゃんがご乱心だったけど、どうしたのかな?」
「真尋様がご乱心なのはいつものことです」

 和幸さんは声を上げて笑いながら、リビングへ向かった。何も言わずともわかる。俺に話があるみたいだ。
 いつも真尋はイライラしているが、今日の真尋はいつも以上にイライラしていた。そうでないと、屋上から飛び降りるなんていったバカなことはしない。それに和幸さんも気づいたのだろう。
 俺が着替えてリビングに行くまでの間に、彼は俺の分までのコーヒーを入れて待っていてくれた。

「で、真尋ちゃんはどうしたの? とうとう彼氏に振られた?」
「いや、それはないと思います。今日も城谷先輩は真尋を溺愛していましたし」
「……スバルくんが真尋ちゃんを溺愛ねぇ。いや、本当に笑える冗談だよ」

 真尋の恋人である城谷先輩は、何回かこの家に訪れたことがある。とても紳士的な彼はにこやかに和幸さんに対応したのだが、和幸さんも相当な目の持ち主ですぐに彼の本性を見破ってしまった。猫かぶりは真尋と同じだね、と城谷先輩から挨拶された後に彼がつぶやいた言葉を俺はまだ忘れられない。
 
「仲がいいことは、よいことではないのですか」
「そうだけど、少なくともスバルくんは真尋ちゃんのことを利用しているし、きっと真尋ちゃんもそれに気づいているからね。偽恋ってこういうことだと思うんだ、僕は」

 コーヒーカップに口をつけて、彼はそういった。机に上にあった資料は、すべて英語で俺には何が書いてあるか全くわからなかった。
 真尋は今どこに、と聞くと和幸さんは人差し指を一本立てた。上の階。つまり自分の部屋に閉じこもっているということみたいだ。俺はお辞儀をして、席をたった。

「真尋ちゃんが迷惑かけてごめんね」

 代わりに謝る和幸さんの声のトーンはいつもより高かったように感じた。

009 ( No.48 )
日時: 2017/12/11 20:02
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: Uj9lR0Ik)
参照: 視点が変わります。真尋です。


 今日も最悪な日だった。
 私の一日はそんな一言から始まる。


「あーあーあーあー」

 声にならないその言葉に何の意味もなかった。制服のままベッドにダイブした私は近くにあった抱き枕にギュッと抱き着いて大きなため息をつく。幸せが逃げますよ、と笑いもせずに私に言った浩輔のあの言葉を思い出す。浩輔の顔が脳裏に浮かぶたびにイライラするのは、きっと今日のことがあったからだ。

 久しぶりにあの女を見た。宮森かずさ。私はその言葉を譫言のようにぼそりと言ってあとで後悔した。宮森かずさは私の恋人の妹だ。セミロングの髪の毛は日に当たると少しだけ明るい茶髪になって、顔の薄いそばかすも笑うとなんだかかわいく見える。浩輔が昔彼女のことをそういっていたのを思い出して無性にまたいらっとした。よく浩輔に「可愛い」といわれる女子。私は彼女のことをそう認識している。浩輔に可愛がられていい気になっている女子。ただのクラスメイトのくせに調子にのるな……今日そんな話を恋人のスバルにすると彼はいつものように笑って「そうなんだ」と相槌をうった。自分の妹の悪口を彼女が言おうとも、スバルにとっては関係ない。スバルはかずさとは仲が悪かった。



     □ □ □


 高校に入ってすぐ、五月のゴールデンウイークに入る前だっただろうか。一人の男子が告白してきた。よく見てみると入学式の時に代表で挨拶をしていた男だった。生徒会長イケメンだよね、と周りの中学よりすこしスカートの短くなった女子たちが言っていた。

「こんなところで一人ですか、お嬢さん」

 その日は浩輔に振られた日だった。お弁当を一緒に食べようと彼に登校中に言ったら「ただでさえあなたと一緒にいると目立つのに、そんな自分からまずい飯を食いに行くようなことはしたくありません」とやんわり断られた。いま思えばっさり断られていたようだ。
 浩輔に弁当を振られて私は中庭のベンチで一人弁当を広げていた。四月のいい天気、広がった青空に花壇に咲いている色とりどりの花たちは、私の傷心を少しだけ励ましてくれているようだった。
 浩輔に作ってもらったお弁当の中から唐揚げを口に運んでいると彼は私のもとにやってきた。お嬢さん、なんてお前は大正の人間かタイムスリップかよ。と心の中でツッコんでにっこり笑ってそれに応えた。

「そうですけど。どうかしましたか」

 生徒会長のその少年はとても綺麗な顔立ちの男だった。
 すらっと身長が高く、髪を少しだけ赤く染めている彼は私を怖がらせないようにか笑顔を絶やすことはなかった。だから余計に怖かった。

「お弁当、おいしそうだね」
「そうですか。私の兄が作ってるんです。おいしいですよ」

 歯切れが悪いしゃべり方になった。私は先輩に話しかけられているのにも関わらず箸を止めることはしなかった。

「へぇ、お兄さんが……すごいね。自分で作ったりはしないの?」
「しないですね。兄が今まで作っていたのに便乗してるだけなので」
「お兄さん、学生?」
「この学校にいますよ。朝比奈浩輔といいます」

 私がその名前を告げた時の、彼の表情といったら何とも言えないほどの喜びようで。まるでツチノコでも発見したかのような顔だ。腹立たしい。
 兄のことを知っている人だとすぐに分かった。それでも生徒会長のことなんて浩輔は今まで何も言わなかったし、そもそも浩輔と彼は学年が違うはずだ。

「そっかー浩輔くんのいもうと、さん」

 にやにやした顔がとてもムカついた。
 浩輔を今すぐに殴ってやりたい衝動にかられた。


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