ダーク・ファンタジー小説

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アール・ブレイド【改訂版 投稿中】
日時: 2013/02/05 09:46
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

※改訂版を投稿しています!! よければ、感想などお聞かせいただけると嬉しいです!!


※この小説は他サイトでも公開しているものです。
 ご了承ください。
 また、一部残酷描写が入りますので、ご了承ください。


●あらすじ
連日続いた依頼もひと段落。
そんな凄腕ハンターのアールの元に、一通のメールが届いた。
頼まれたのは、あるデータチップの運送。
……だけでなく、車椅子の少女も同乗させることになってしまった。
しかも追っ手が次々と、アール達を狙って迫ってくる!?
ハイスピードアクション! ロボット対ロボットの白熱バトル!!
彼らの行く先にあるのは、改変を求める未来か、それとも……。
「アール。私は幸せだ……」
呟く彼女の手に、涙が……落ちた。

●改訂版
改訂版はこちら >>39-52

Re: アール・ブレイド ( No.18 )
日時: 2012/08/16 18:14
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

第12話 ◆新たな未来、開かれた未来

 ———失ってから気づくなんて、なんて悲しいことだろう。
 もう取り戻せなくて。
 やり直せなくて。
 何度も同じ事を考えていたときがあった。
 だからこそ、彼女を放っては置けなかった。
 帰れるのにそうしなかったのは、自分のエゴだって分かっている。
 もちろん、彼女に道を指し示す事だって出来るだろう。
 彼女には、いくつもの生きる道が残されているのだから。
 けれど、そうしなかったのは……彼女に選んで欲しいと思ったから。
 自分で、自分の幸せを見つけて、歩んで欲しいから。
 自分で決めた道ならば、きっとこの先、何があっても歩いていけるから。
 それを見届けるまでは、ここにいても……いいだろう?

 翌朝。
 彼女は……リンレイは食堂にやってきた。ジョイと一緒だった。
「リンレイ」
 声をかけた。
「アール」
 名を呼ぶリンレイの瞳は、悲しみが滲んではいたが、その中に迷いはなかった。
 ———ああ、決めたんだな。
 直感で分かった。
「何か食べましょうか。お腹が空きました」
「おいおい、他にも何か言うことあるだろ?」
 空いている席に向かい合って、アールとリンレイは座る。そして、リンレイの隣にジョイも座った。
「いえ、特に言うことはありませんよ。もう大丈夫そうですから。ねえ、ジョイ」
 アールに名指しされて、ジョイはあたふたする。
「お、俺は、俺は何も、してないっ!!」
 妙に高い声でそうジョイは言った。
 その間に注文を出して、朝食が来るのを待つ。
「怪しいですねぇ、二人っきりで何かしてたんじゃないですか? たとえばそう、エッチなこととか」
「そ、そんなことするもんか!!」
 驚いたのは、リンレイ。
「何もしてないっ!! ただ、コイツの話を聞いただけだっ!!」
 顔を真っ赤にさせて、リンレイは叫ぶ。
「はいはい、よぉーく分かりました。おめでとう、二人はそういう……」
 ばこん。
 近くにあったトレイがアールの脳天を直撃した。
「すみません、遊びすぎました」
「わかればいい」
 へこんだトレイを見て、ジョイは少し青ざめていたが、深々と頭を下げるアールに機嫌を直したリンレイにホッとしていた。
 と、そこへ朝食が届いた。
「はいよ。熱いから気をつけて食べなよ」
 食堂のおばさんが、にっかと笑いながら去っていった。
「……変な誤解されたら、アールのせいだぞ」
「はいはい、それでいいですよ。いただきます」
「「いただきます」」
 三人は目の前のトーストに揃って食いついた。

「……で、だ。アール。私は……その、ジョイ達と一緒に行こうと思う」
「そうですか。良いと思いますよ」
 食後のコーヒーを飲みながら、アールは答えた。
「それじゃあ、私は……」
「待ってくれ!!」
 アールが言う前にリンレイが止めた。
「その、お前にはまだ……行かないで欲しい」
 立ち上がろうとしたその腕、その裾を掴んで、リンレイは告げる。
「まだ時間はあるんだろ? もう少しだけ、もう少しだけ一緒にいてくれないか?」
 ぎゅっとリンレイの手に力が込められた。
 しばしの間。
「……いいですよ。もう少しだけ、ここに居ましょう」
 そう告げたアールに、リンレイは溢れんばかりの笑顔を見せた。
「ありがとう、アール!!」
 ぎゅむん。
「り、リンレイ!?」
 流石に抱きつかれるなんて……思わなかった。
「あ、ああ、すまない、つい……」
「いえ、ちょっと驚いただけですから」
 そんな二人の間を割り込むように。
「いやあ、朝から良いものを見せてもらったっ!!」
 そこに現れたのは、テネシティのリーダー、アレグレだった。
 ばんばんとアールとリンレイを肩を抱いて、二人の顔を見る。
「俺のチームを気に入ってくれてありがとう、リンレイ嬢。……いえ、リンレイ姫」
「リンレイ……姫?」
 アレグレの言葉にジョイが驚く。
「ああ、お前には言ってなかったな。彼女はこのエレンティア王国の第一王女、リンレイ・エル・グロリア・エレンティア様だ」
「えっ……」
 言葉を失うジョイにリンレイは、困ったような苦笑を浮かべた。
「おや、アール。君は驚いていないようだね?」
「少しそんな気がしていたのものですから」
「まあいい。二人がここに残ってくれるというのなら、話は早い。君達に頼みたいことがあるんだ」
 二人の耳元で囁くように、アレグレはこう続けた。
「王国を取り戻す算段が付いた。それに手を貸して欲しい」
 その言葉に、アールはミラーシェードの奥で、より一層、瞳を細めたのだった。

Re: アール・ブレイド ( No.19 )
日時: 2012/08/16 18:15
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

第13話 ◆揺らぐ世界……運命の狭間で

 それも想定内だった。だが……こうして耳にするとなると、やはり、嫌なものを感じた。
「彼女を連れて行くのですか」
 やけに冷たい声が響いた。
「まさか! 姫には姫の仕事がある。あんなところに行かせはしない。だが……」
 アレグレはアールを見て、告げた。
「君には、俺と共に来て欲しい。一人でも優秀な人材が欲しいんだ。作戦を成功させるために、な」
「いいでしょう。詳しい話を聞かせてもらえますか?」

 作戦はいたってシンプルなものだった。
 発見した敵軍の指揮本部を見つけたそうだ。
 そこを一気に抑え、次の足がかりにする。
 敵はかなりの数がいると予想される。
 テネシティは、遊動と本隊に分かれ、本部を攻撃。
 遊動が敵を引き付けている間に、本隊が裏から襲撃。指揮系統を制圧するらしい。
「ルートは決まっているんですか?」
「ああ、一番安全で、相手が驚くルートだ」
 そんな話を前にどこかで聞いたように思うが、それは言わないで置く。
「内容はわかりました。で……リンレイはその間、何をするんですか?」
「簡単さ」
 アレグレはホワイトボードに、なにやらプリントアウトしたものを貼り付けた。
「盛大なパレードだよ。リンレイ姫が帰還したことを知らしめるためにね」
「危険なのでは?」
 アレグレは問題ないと告げて、口の端を持ち上げた。
「なにせ、敵の本拠地を叩くんだ。パレードまで手が回るはずがない。それに予告の無いパレードなのだからな」
 なのに、何故だろう。
 煮え切らない何かを……感じてしまうのは。
 アレグレは、アールの肩を力強く、安心させるかのように2回叩いた。
「大丈夫だよ。こっちにも護衛を貼り付けさせる」
「それなら、あのレッグギアを……」
「いや、それは止めてもらう」
 アレグレは続ける。
「彼女には悲劇のヒロインになって貰わなきゃならないんだ。車椅子でな。その方がより同情も深まり、俺達の陣営は支持されやすくなる」
「そう、ですか……」
 エゴとエゴのぶつかり合い。最初に折れたのは、アールだった。
「けど、あれは頂きたい。しばらく貸しては……いや、購入してもいい」
「悲劇のヒロインには似合いませんよ。それにあれは、『守るためのもの』で『見せるためのもの』ではありません」
「それは残念」
 けれど、後でそのこと、アールから言ってくれよとアレグレに先手を打たれた。
「ええ。この作戦の後でよければ」
「頼むよ」


『いいんですか?』
 コクピットのパネルからカリスの声が響いた。
「良いも何も、あっちが決めたんだ。僕が決めることじゃない」
『ですが、マスターなら』
「いいんだ」
 『ルヴィ』を調整しながら、アールはぴしゃりと告げる。まるで自分に言い聞かせるかのように。
「どのみち、僕はここから去る予定なんだから……」
 恐らく、力になるのもこれが最後。
 だから、作戦に参加することにしたのだ。
「それにあのレッグギアは、もともと回収するつもりだったんだ」
『しないということも出来ましたよ?』
「君は僕の嫌なところを突いてくるね」
 パネルを叩きながら、最後の調整に入る。
『言わなくては、私の存在意義がありません』
「はいはい、そろそろ出発するよ。君は待機しててくれ」
『了解しました』
 そして、通信が切れる。
「僕に……何ができるっていうんだ……」
 オールグリーンになったのを確認して、ハッチを閉めた。
「過ぎた力は、人を傷つけるだけだっていうのに」


 所変わって、ここはテネシティのリンレイの部屋。
「綺麗ですよ、リンレイ様」
 三人の女性がリンレイを、より王女らしくしていた。
 座っているのは、椅子ではなく車椅子。
「そうか? 久しぶりに着たが……今日はなんだか恥ずかしい」
 リンレイはリンレイで、不安な心と戦っていた。
 アールがここに居ない。
 そう思うだけで、こんなにも不安になるのは……彼の力を知ってしまったからだろうか。
「姫、準備はできま……すっげー」
 入ってきたのは、ジョイだった。
「ジョイ……」
「あ、その……綺麗だ……じゃなくて、綺麗ですはい」
 上手く言えないジョイを一瞥して、リンレイは告げる。
「姫なんて呼ぶな。私の国はもう無いんだから。リンレイでいい」
 その言葉に安心したかのようにジョイは笑みを見せた。
「じゃあ、リンレイ。もう一回言っていいか?」
「いいだろう。言ってみろ」
「孫にもいしょ……」
 傍にあった化粧ケースが……哀れジョイの顔に直撃したのだった。


 作戦は順調そのものだった。
 遊動部隊は、かなりの数を誘導してくれていたし、ルートもアレグレが言うとおり、これといった襲撃もなく、見回りをしている敵すらいなかった。
「妙だな……」
 アレグレを先頭に本隊は突き進む。アレグレの後を追うようにアールの『ルヴィ』がついていく。
 その姿はさながら、戦士に付き従う女神のように。
「よし、ここだ!!」
 アレグレはマップを確認して、一気にその中に雪崩れ込もうとした。
「!! 待てっ!!」
 ほんの一瞬、一瞬だけ遅かった。
 呼び止めるアールの声は、意味を成さなかった。
 音も無く開かれた扉。
 その先には、テネシティ本隊の倍、いや数倍の数の敵が……待っていた。

 ダダダダダダダッ!!

 その一撃で、勇敢な戦士は、あっという間に蜂の巣にされ……爆発した。
 アールがその爆発に巻き込まれなかったのは、敵を察知して、下がったからだった。
「隊長!!」「リーダーっ!?」「そんなっ!!」
 絶望的な声が響いた。
「皆、後退です、下がって!!」
 バリアシールドを最大に張って、下がるように指示を送るも、聞いてはくれない。
 なんとか、数機だけ従ってくれたが、それも最後まで来てくれるかどうか。
 いや、全員、生き残れるかどうか。
 組織を纏めていた者は……もう居ないのだから。


Re: アール・ブレイド ( No.20 )
日時: 2012/08/16 18:15
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

 運命の歯車は回り続ける。
 それは、一人の力では覆されないほどの力を持つもの。
 けれど人は、縋ってしまう。
 役に立たない神の存在に。
 抗えないのなら……これ以上、悲しみを増やさないでくださいと。


 それは盛大なパレードだった。
 人々が道に集い、必死になって紙ふぶきを散らしていく。
 紙テープも次々と投げ込まれていった。
 天井の空いたバス。それに固定された車椅子。リンレイはそこで、彼らのために笑顔で手を振っていた。
 護衛も十分に守ってくれていたし、見に来る人々も、危険だというのに外に出て、リンレイの晴れ姿を見ようと身を乗り出そうとしている。
 割れんばかりの声援。
 かつては、何度か聞いたことのある声。
 見たことのある光景。
 再び戻ってこれるとは、思っていなかった。
 それに、リンレイがここにいられたのは、きっと。
「ジョイ、凄いな」
「ああ、すっげーよ。これ、全員、リンレイを見に来てくれたんだぜ?」
 信じられるか?
 その声に一番信じられなかったのはリンレイだった。
 ジョイが傍にいてくれる。それだけで、心が弾むのは気のせいだろうか?
 ———そうだ、このパレードが終わったら、かつての城に案内しよう。
 きっとジョイは、あの秘密の花園なんて、知らないだろう。
 隠し通路なんか教えてやったら、凄く喜びそうだ。
 ああ、私は帰ってきたんだ。

 ぱしゅん。

 乾いた銃声。
「リンレイっ!!」
 ジョイの声が聞こえた。
 リンレイは……ずるりとそのまま、床に落ちた。



 嫌な予感がする。
 この予感は当たって欲しくないが、けれど、当ってしまうもの。
 ボロボロになった『ルヴィ』を必死になって、アールは飛び続ける。
 かなり無理をして、『飛んで』きてしまった。
「すみません、後で直しますから」
 だから。
「早く、着いてくれ!!」
 パレードが見えた。
 瞬間、胸を紅に染めたリンレイが、床に落ちた。
「リンレイっ!!」


「あ、アール!?」
 リンレイを抱くジョイの元にシルバーのギアが舞い降りたのだ。
 突然のモーターギアの登場に人々は驚いた。
 その姿にも驚いていた。
 美しい女神のような、銀色に輝くモーターギアが。
 悲しいほどに壊れ、片腕が取れそうになっていた。
「リンレイっ!!」
 コクピットからすぐさまアールが降りてくる。
「リンレイがリンレイが!!」
「リンレイ、しっかりするんです、リンレイっ!!」
 リンレイの手をしっかりと握り締め、アールもジョイと共に声を掛ける。
「早く医者を!! 急いで!!」
 アールが指示を出して、ようやく、人々が動き始めた。
「リンレイ、駄目です。まだあなたはっ!!」
「リンレイっ!!」
 リンレイの意識は遠く、遠くの場所へと。


 暖かな場所だった。
 なんて、暖かく心地いいんだろう。
 そこは、見知った場所だった。
 ああ、いつもお茶をしていた、あの秘密の花園。
「あら、リンレイ。こっちにいらっしゃい」
 懐かしい声。
 もう二度と聞けなかったはずの声が、聞こえる。
 いや、声だけじゃない。
「か、母様……?」
「ほら、ぼーっとしてないで。こっちに来たらどう? みんないるわよ?」
 母の声に導かれるように、あたりを見渡すと、そこには。
「リンレイ」
 優しく名を呼ぶ父。
「姉さま、早くおいでよ!」
 やんちゃな弟。
「あーずるい、姉さまはあたしの隣っ!!」
 愛らしい妹。
 そして……。
「リンレイ様」
「じいっ!!」
 思わず、じいに抱きつく。暖かいぬくもり。優しく撫でるごつい手。
 いつも守ってくれる手が、いつもよりも暖かく感じた。
「じい、ごめん。祝ってあげられなかった。本当は内緒で祝ってあげたかったんだ。内緒でポトフを作って驚かせようと思ってたんだ。けど……けど……」
「そうでしたか」
 それだけで、十分だった。溢れる涙を止められなかった。
 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
「あらあら。リンレイ。それじゃあ、今日はポトフにしましょう。ちょっと遅れたけど、あなたの誕生日をやりましょう」
「王妃さま……」
 じいが静かに母を見た。母は優しげな顔で、ポトフの鍋を持っていた。
「さあ、リンレイ。あなたも一緒に」
 母の元へ行こうとしたとき、声が響いた。

「「リンレイ!!」」

 私を呼ぶのは……。


 揺らぐ光景の中、二人の男性を見ていた。
 一人はまだ幼いけれど、強い意志を持っていた少年。
「……ジョイ」
 ジョイは嬉しそうにリンレイの右手を握り、力強く何度も何度も頷いた。
「アール……」
「リンレイ、しゃべらないで。もうすぐ医者が来ます。だから」
 ミラーシェード越しに、彼の顔が見えた。
 なんて、泣きそうな顔をしているの。
 私は。私は……。
「アール、私は……」
 にこりと笑えただろうか?
 彼に伝わっただろうか?
「私は……幸せだ」
 アールの握った左手が、するりと落ちた。その手に、雫が落ちる。
「リン、レイ……」
 また一つ、ふたつと、落ちてゆく。
「リンレイリンレイリンレイっ!!!」
 ミラーシェードの下で、音もなく雫が零れ落ちた。
「リンレイっ!!」

 ジョイとアールに抱かれて、リンレイは幸せそうな笑顔で。
 ———この世を去った。

Re: アール・ブレイド ( No.21 )
日時: 2012/08/16 18:26
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

第14話 ◆隠された本当の意味

「ああ、やけにあっさりしてたよ」
 男は通信機を使って、誰かに報告していた。
 外した眼帯を元に戻しながら、男は……いや、リョウガは、やけに機嫌が良かった。
「それにしても、アイツが泣くなんてな。驚いたぜ」
 スコープ越しに見えた、アールの姿。
 あの数から逃れてきたのにも驚いたが……まさか、アイツが泣くとはな。
「がっかりだぜ、『アール』さんよ」
 もっと遊びたかったが、弱いやつには興味はない。
 重い銃を底なし沼に投げ入れて、リョウガはその場を去っていった。



 降りしきる雨だった。
 リンレイは小高い丘の上に、アレグレ達と共に、この故郷の地に眠ることになった。
 綺麗過ぎる墓石。
 彼女の生きている時間は、短かった。
 あの時見た『ヴィジョン』では、もう少し長く生きる予定だった。
 なのに……こうなってしまったのは、僕があなたをここまで運んでしまったから。

 テネシティは、事実上、壊滅したも同然だった。
 本隊はアール以外全滅。
 遊動部隊も僅かに生き残った者がいたが……彼らに戦う力は残っていなかった。
 恐らくもう、彼らが立つことはないだろう。
「リンレイ……!!」
 すぐ近くに居て、守れなかったのは、悔しかっただろう、ジョイ。
 似合わない黒のスーツを着てジョイは、リンレイの墓の前で、また涙を流していた。
 彼に言葉は要らない。
 僕にできることは、きっともう……ないのだから。


「お帰りなさいませ、マスター」
 いつもの出迎え。
「ただいま」
 それだけ返しておく。
 ふと、思い出した。
「そういえば、あのチップはどこに置いたっけ?」
 薄暗いミラーシェード越しに僕は、チップを探した。
「チップはそこにありますよ」
 カリスが指し示したのは、船の操縦席。そこに落ちていた。
「座らなくてよかった」
 ケースを拾って、デスクに乗せる。
「そういえば、マスター。これを見ていただけますか?」
「何?」
 気だるそうに、カリスが映し出したモニターへと目を向ける。
「……これは……」
 桁が違った。老騎士は既に死んでいるというのに、律儀に彼は、その前日に私宛に報酬を振り込んでいたのだ。普通の者が見たら、倒れこむくらいの驚くべき金額だ。
「何かの間違いじゃ……」
「先にあの方にも見てもらいました。間違いないと」
「………『彼女』がそういうのなら『疑う余地はない』ね」
 ならば……。
 ならば、老騎士が託したこのチップには何が入っているというのだ?
 リンレイから受け取ったチップの解析データ。
 一瞥して、何かの『動画』だということは分かった。
 動画なら、データではない。
 だから、あれから中を確認することはなかったが。
 近くのパネルを開いて、解析データを入れる。そして、パネルを閉じた。

 ピピピピ……。

 静かに読み込む音がして。
 それは、映し出された。

『これを見ているということは、既に私がいないか、行方不明になったことかと存じます』
 あの老騎士だった。
『アール殿。無理を言って申し訳ないが、私の代わりにあの子の……リンレイ様の力になっていただきたいのです。そのための資金は既に用意しておきました』
 なるほどと思った。
 あの桁違いの金額は、彼女のために使って欲しいということか、と。
『それともう一つ、お願いがあるのです』
 動画はまだ続いている。
『あの子には家族の思い出が何一つありません。あるとすれば、あの子のつけているペンダント。その中に入っている家族の写真だけです。ですが……それだけではあまりにも不憫』
 アールはそのまま、無言で見続けていた。カリスも静かにそれを見守っている。
『そこで、私の記憶に残っているものを映像にして残しました。成人した暁には、あの子に渡してやって欲しいのです。そうですな、ささやかな結婚祝いのつもりで、なんて言ったら、あの子に怒られてしまいますな』
 にはははと笑って、老騎士は幸せそうな顔でまた語り始めた。
『私からの話は以上でございます。後は……頼みましたぞ、アール殿。私の代わりにあの子を支えてやってくだされ』
 そう言い残して現れたのは、可愛らしい、幼いリンレイの姿。
 映像には声が残っていた。
 父と母に抱かれて、幸せそうに笑うリンレイ。その横に老騎士が……いや、若い騎士がいた。
 次に弟、妹が映し出された。こっちもリンレイに似て愛らしい。
 いや、父と母にも似ていた。
 彼らは幸せだった。
 確かに生活は、王国にしては質素な部類に入るが、でも、家庭の幸せはそこに確かにあった。
 目を離したかったが、離せなかった。
 そうさせない、何かかそこにあった。
 これを見るべき相手は、ここにはいない。
 守るべき相手は、もう、ここにはいない。
 託された相手は、もういないのだ。
「マスター、終わりましたよ」
「あ、ああ……」
 カリスに言われて、やっと動画が終わったことを知った。
 そんなに長い時間ではなかったように見えるが、こんなにもたくさんの想いが込められている。
 よろよろと立ち上がり、アールは自室に戻った。それをカリスは静かに見送った。

 シャワーの音が響く。
 頭からシャワーをかぶっていた。
 俯いたまま、シャワーを浴びていた。
「僕は……何を、していたんだ」
 託されていたのに。
 あんな想いを託されていたのに。
 渡すこともできなかった。
 守ることもできなかった。
 ただあるのは、苦い思い出ばかり。

『そうじゃないでしょ?』

 声が響いた。
 ああ……と、声が漏れた。

 楽しかった。
 彼女は、『彼女』にほんの少しだけ似てたから、一緒に居て楽しかった。
 いや違う、彼女はぜんぜん、『彼女』に似ていない。別人だ。
 だからこそ、面白く、自分の傍に招いたのだ。
 最初は硬い表情だったのに、いつしか彼女は、様々な顔を見せてくれた。
 思い出されるのは、彼女の笑顔。
 そうだ、彼女は最後にこう言っていたではないか。

「私は……幸せだ」

 今でも鮮明に思い出される、あの光景。
 忘れるものか、忘れてたまるか。
 あの幸せそうな、彼女の笑顔を。

 きゅっと、蛇口を閉めた。
 落ちる雫を掻き上げるように払う。
 そのままシャワー室を出て、そこに控えていたカリスからバスタオルを受け取った。
「カリス、決めたよ」
「はい」
 カリスはさも当然と言わんばかりに頷いていた。
「僕は僕のしたいことをする」
 体の雫をタオルで拭って、『彼女』に連絡を取った。
「まあ、ちょっとばかし、彼女に怒られそうだけど」
 いつもの黒のジャケットに身を包むと、いつものようにあのミラーシェードをつけた。
「行こう『カリス』。彼らにちょっとばかし、お灸を据えるとしよう」
「マスター、それはお灸ほど生易しいものではないですよ」
 ふふっと笑って、壊れた『ルヴィ』を横切り、『それ』を見上げて。
「パーティーはこれからだ」
 奥に眠るモーターギアが独りでに動き始めた。
 そう、いつかリンレイがマトリョーシカだと言った、あのモーターギアが。

Re: アール・ブレイド ( No.22 )
日時: 2012/08/16 18:18
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

第15話 ◆騎士がもたらす終焉

 巨大な戦艦が、かつてエレンティア王国のあった……いや、テネスティの本拠地があった惑星の、すぐ傍の宇宙に浮かんでいた。
「いやあ、叔父上は良き船をいただきましたな」
 リョウガは、上機嫌な中年男を見上げた。
 艦長席に座るのは、リョウガの叔父であり、今回の作戦を指揮したいわば、功労者でもあった。
「リョウガ、ここは家ではないんだぞ」
「はっ! インクブス・ゼズ・グリュー・ラフトブレスト閣下!」
 姿勢を正して、敬礼をするリョウガに叔父は、いやインクブスは笑った。
「ははははは、まあいい。今日は気分が良い。あの目障りなテネスティを壊滅させただけでなく」
「あのときの生き残りも始末できましたからね」
 二人はにやにやと哂った。
「それに……あの皇帝直々に、惑星を一瞬で滅ぼすバスター砲を持った戦艦も賜ったのだ! 皆、無礼講だ!! 今日は好きにここで飲み明かすが良い!!」
 この船の主からの許可が下りた。
「「おおおおっ!!」」
 船の中は、さながら宴会場のようになった。
 屈強の男たちは、ジョッキを片手に飲み明かす。
 きっと、今夜は寝られないだろう。
 誰もがそう思っていた。

「閣下! 変な機体がこちらに近づいています! しかも……猛スピードで!!」
 辺りを警戒していた兵士が、すぐさま報告してきた。
「画面に映せ」
 そこに現れたのは。
 蒼白いマトリョーシカを思わせる機体だった。
 そのずんぐりむっくりしたボディに不釣合いな細い腕。華奢な指。
 その両腕が持つのは、これまた大きすぎるロケットランチャー。
 速度を緩めた機体は、静かに戦艦の前で止まった。
『我が名は、ラファトメーア・ユト・キュレリムントゥーナ』
 まるで謳うかのように、囁くかのように響くテノールの声。
 名前を名乗ったはずなのだが、その全てが正しく聞き取れたか。
 この場に居る全員は、その名を把握することは出来なかった。
『全軍に告ぐ。今すぐ降伏し、撤退せよ。ここは貴殿のいるべき場所ではない。大人しく撤退するのならば、命だけは保障しよう』
「なんだと?」
「バカか、あいつは?」
 彼は、たった1機で戦艦に挑んできた。
 それにバスター砲はついていないが、他にも3艘、戦艦が控えているのだ。
 それなのに、彼は1機で……宣戦布告をしてきた。
「この艦にどれだけのギアが収納されていると思っているんだ、あいつは」
 巨大な戦艦でも500機。追随する戦艦もそれぞれ200機。あわせて1100機ほどあるのだ。
『閣下、ここはこのわたくしめにお任せを』
「第一艦隊か。まあ、あの1機を消すには、少々多すぎるかもしれんが、あのバカを直すには丁度良いかもしれんのう」
「全くです」
 インクブスの言葉にリョウガが頷いた。
 あの不細工なモーターギアには、ここで消えてもらおう。
 ついでに、我が軍に盾突くとどうなるか、それを知らしめるにもいいだろうと。
 二人は声高らかに哂い合った。


「さて、向こうはどのくらい来るかな?」
 おどけるようにアールは、向こうの出方を見守っていた。
『まあ、あれですね。馬鹿を直すには丁度いいなんて、大量にギアを出してくると思いますよ。ざっと200機ほどでしょうね』
「やっぱりそう思う? カリス」
 この機体のコクピットは、『ルヴィ』とは全く異なる様相をしていた。
 中は見知らぬ液体に満たされ、アールの両腕、両足がコードによって繋がれている。
 またアールのつけているミラーシェードにもコードが接続されていた。
 彼の動き、彼の思考。
 その全てがトレースされ、この機体の動きとなる。
 コクピット内部の壁一面がモニターになっており、後方も見ることができた。
 空中には、いくつもの擬似モニターとキーボードが浮かびあがっている。
「でもさ」
 腕をぽきぽき鳴らして、アールは冷え切った瞳で相手を見据えた。
「たかが200機ごときで、この俺を止められると思う?」
『無理です』
「だよねー。まあ、相手はかなりやる気になってるみたいだし。予定通り」
 慣れた手つきで、擬似キーボードを操作し、プログラムを実行した。
「全て消す」
 右手を凪ぐように、アールはその腕を動かした。


 第一艦隊は、まず10機を出撃させた。
 相手はたったの1機。しかも不細工なモーターギアのみ。
「負けるはずがない」
 そう思っていた。

『10機来ます』
「あらら、少ないこと」
 全ての機体を捕らえた。
「『カリス』の十分の一、いや百分の一の力も出せないよ? それじゃあね」
『プログラム・ウォール、展開完了』
「はい、さようなら」

「な、なんだ……と……」
 10機が一瞬で……大破した。
「相手は何をしたんだ!?」
 焦る第一艦隊の艦長。
「お、恐らくあのランチャーで攻撃したものかと……」
「あ、あれで、撃ったのか? 弾が見えなかったぞっ!!」
 そう、弾丸も弾の軌跡も見えなかった。
 ただ、腕を……横に凪いだだけだった。
 それだけで、10機があっという間に爆破したのだ。
 まるで、見えない壁にぶつかったかのように。

「向こうは驚いてるようだね」
 ふふっと笑いながら、アールは楽しげに次のプログラムを待機させる。
「次は何機、来るかな?」
『全機、来ます』
「じゃあ、今度は撃ちますか」
 アールは全ての敵を一瞥して、ターゲットを全て合わせた。
『プログラム・サジタリウス起動』
 アールは片目をつぶって、人差し指で狙いを定めた。
「シューッ!!」

 肩パッドと思われる場所が、ばくんと開いた。
 そこに現れたのは、無数のレーザー銃口。
 それと同時に光の矢が解き放たれる。
 目指すは、現れた敵全て。
 全ての心臓部。
 一つ残らず全て撃ち貫いた。
 コクピットごと、そのまま。
『うわあああ』『ぎゃああああ』『お、お母さーん!!』
 最後の声が次々に響き渡った。


「いったい、何をしているんだ。第一艦隊は」
 そのインクブスの声は震えていた。
 得体の分からない機体。
 その出現に、たった1機に翻弄されていた。
『今度は我々に』
『お任せください』
 第二、第三艦隊も動き出す。
「頼むぞ、お前達!!」
 二人が名乗りを上げてくれたことにインクブスは、いつもの口調を取り戻した。
 インクブスは気づいていない。
 リュウガが既にここにいないことに。
「面白いじゃないか、マトリョーシカ」
 眼帯を外して、愛機に乗り込む。外した眼帯の下には、特殊加工された義眼が取り付けられていた。
「俺の『ダイヤ』砕けるものなら、砕いてみよ!!」
 ハッチを閉め、リョウガは愛機のエンジンに火をつけた。


 一方、アールの前には、400機。しかもその三分の一がシルバーだった。
「へえ、いいもの揃えてるんだ」
『マスター、どうしますか?』
 首をかしげて、それから元に戻した。
「そうだね。向こうもやっとやる気になったみたいだから、こっちも、もうちょっとだけ本気を見せようか」
 ぴぴっという音と共にプログラムが起動していく。
『プログラム・ビースト起動』
「中に突入して、ついでに重い装甲、少しだけ外そうか」
『了解』
 アールの機体はそのまま……400機の中に躊躇いもなく突っ込んでいった。


 ランチャーで撃ちまくり、肩パッドのレーザーで敵を残らず焼いていく。
『そこだっ!!』
 敵のシルバーがアールの右腕のランチャーを吹き飛ばした。
「なかなかいい腕を持っている。だが」
 アールはその腕の甲からレーザークローを生み出すと、そのまま敵のシルバーを引き裂いた。アルミ箔を引き裂くように、いとも簡単に。
 お陰でコクピットの内部まで見えた。若い青年が驚愕の表情を浮かべている。
「すまないな。俺を相手にしたときから、既に運命は決まってる」
 そこにもう一度、クローを突っ込んだ。
 音は聞こえなかったが、クローに深紅の液体が張り付いたのが分かった。
 その中でも、敵からの銃撃は途切れることはない。
 厚い装甲が少しずつ剥げていく。
『マスター、ショルダーセイバーが解除されました』
 カリスの言葉と同時に、肩パッド部分が大破した。外れて出てくるのは、華奢な腕に相応しい二つの肩。その肩には、翼を持った雄々しきスフィンクスの紋章が描かれていた。
「必死だね、相手も。まあ、俺も手加減するつもりないけどさ」
 弾の切れた左手のランチャーを投げ捨て、手の甲からレーザーの刃を生やす。
 両手のレーザーで敵を切り払いながら、一気に突入してく。
「腕のシールドを強化。サジタリウスで大半を狙い撃ち。撃ち漏らしがあったら教えて」
『了解』
 十分後には、動ける機体は1機も残っていなかった。


「ななな、何をしているんだ!! さっさとこの艦のギアも出していけ!!」
 インクブスの声に巨大艦のギアも出撃してきた。
 その数ざっと500。


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