ダーク・ファンタジー小説

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宝くじに当たった男
日時: 2020/07/09 17:30
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

宝くじに当った男 1
 第一章  成金になる  

(はじめに)
 誰でも一度は宝くじを買ったら億万長者を夢に見る事でしょう。
 この物語は体格に恵まれたものの、その才能に目覚めずに宝くじが当ってしまった男が、どう変貌して行くのか? そんな波瀾万丈の物語です。
 人間の脳細胞の働きは、一生に十%程度しか一般の人は使われていないと言われております。
 当然残りの九十%は使われられぬままに生涯を閉じてしまう事になります。
 自分は平凡な人間であり、人より劣ると思っている人もいるでしょう。
 もし自分の脳細胞があと一〜二%でも向上していたら人生は変わるだろうか。
 東大を主席で卒業しノーベル賞も夢じゃなくなるかも知れません。
 誰にでも運はあります。きっと彼方にもチャンスが来ます。
 それでは主人公になったつもりで読んで戴ければ幸いです。
 人間は進化する生き物です。(いつどこで目覚めるか)これはロマンです。
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 第一話  どうせ駄目な男

 物語は平成十七年携帯にワンセグが付く頃から始まる。
「山城くん。ちょっと総務部に行ってくれないか部長がお呼びだ」
 課長に言われて山城旭は嫌な予感がした。
 気が進まなかったが、総務部の部長の所へ重い足取りで歩いて行った。
 重いはずだ。体重が九十八キロの巨漢である。それでも痩せて見えるのは何故?  
 コンコン「失礼します」
 「おっ山城君ご苦労さん」
 そう言われて総務部の奥にある応接室に通された。
 部長と山城の前に、お茶が運ばれて来たが、どうも飲む気にはなれない。
 お茶を持ってきた総務の女性社員が帰り際にチラリと山城を意味ありげに見た。
 その眼は、あぁ可哀想にこの人も……と、そんなふうに山城には思えた。

 「山城君。最近どうだね? 実は……相談なのだが、いま我が社も景気が悪くてねぇ、我が社を船に例えると、このままの状況が続けば座礁しかねないんだ。そんな時に君みたいな将来性がある若者を会社の犠牲にはさせたくないと思うのだがねぇ」
 予想はしていたが目の前で言われて一瞬、頭が真っ白になった。だが無情にも部長の言葉は続く。
 「どうかね。ここはひとつ心機一転して新しい仕事に就いてみてはどうかな? でっ私の知り合いの会社なのだが、行ってみる気はないかね。先方も歓迎すると思うがね」
 山城はハァと言うのがやっとだった。
 やはり総務部長だけあって、話しの切り出し方が上手い。
 いやここで褒めてどうすると言うのだ。
 たとえ山城が『いや、この会社で頑張らせてください』と言っても多分、無駄だろうと、いうことくらいは山城にも分かる。
 最後に部長は紹介先の会社案内と紹介状を渡してくれたが、それは建前だろう。
 山城は大学を中退して中途採用された。いわばウダツの上がらない男だ。
 そんな自分が一流企業に入れたのは奇跡のようなものだった。やっぱり俺見たいな奴は経営が悪くなると真っ先に切られる運命なのだろう。
 言われるまでもなく自分でも認めていた。会社では特に落ちこぼれとまでは行かないが、この会社にあと三十年勤められたとしても、万年係長止まりだろうと自他ともにそう思っている。
 山城は腹を決めた。(必要とされていないなら辞めてやる!)
 もし部長のお情けに縋って、勧められた会社に行っても建前の話だ。
 『いやあ悪い悪い確かに紹介は受けたがね。バイトならなんとか』
 まぁ良くてそんな話になるだう。後は半年もしない内に契約切れで終り。
 取り合えず再就職先を探してあげたから一流企業としても面目が立つ訳だ。 
 もっと惨めな思いをするだけだと山城は思ったのだ。そしてこの男の波乱万丈の人生は、ここから始まるのだった。

つづく

Re: 宝くじに当たった男 ( No.6 )
日時: 2020/07/15 18:52
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

宝くじに当たった男 7


 アキラも警備会社に勤めたからには体力を鍛えるのは当然として武道でも身に付けなければと考えていた。せっかく就職出来たのだから、少しでも警備員として役立てたい一心からである。
 あのインチキとっつぁんに教えてもらった、ある空手道場に顔を出したのだった。
 その場所は巣鴨にあった。おばあちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨地蔵で有名な所である。
 アキラ休日で狭い檻みたいな部屋にいるより格闘技のひとつでも身に付けておけば警備会社でも『おう感心、感心ガンバレよ』と、上司からお誉めの言葉があるかも知れない。もう、いきなり人事課に呼び出されて『ご苦労さん我が社も厳しくってねぇ』
 てな事にはならないだろう。アキラも、あの惨めな思いは二度と御免だった。
 あのインチキ占い師……いやいや、真田小次郎が多少の知り合いらしく道場に電話を入れてくれた。確かに道場はあった。しかしボロボロの道場だった。

 巣鴨地蔵通りの裏手にお寺があるが、その左に水路がありその脇に道場はある。
 しかし、しかし不思議なのはボロ道場に似合わない立派な看板だった。
 なんと金色でピカピカと輝いている。
 (♪ボロは〜着てても心は錦〜)なんて歌にあったがまさに金看板か?
 夕方六時「ちわーしつれいします……」
 十三〜四名の練習生が(組み手)の最中だった。
 「せっ先生、お客さんですよ!」
 一斉に練習生はアキラの方を見て驚く。呼ばれた先生が出て来た。
 「げっ……あっあんた! プロレス道場はここじゃないよ」
 「はぁーあの真田小次郎さんの紹介で山城旭って、者なんですが」

 「……おっ小次郎さんの、おうおう電話もらっておったが、こんな大きな人とは一言もいわなんだよ」
 その道場主の郷田強志だったが、名前とは裏腹に六十歳前後の身長百六十センチ切れるどうかの小男だった。その差はアキラと約四十センチもあった。
 「それにしてもデカイのう……」アキラを見上げた。
 「でっ入門希望と言う事でいいんだね。じゃ、ここに住所、名前、電話番号など記入してくれないか」
 アキラに合う空手着がないので後日、注文してその時に代金を支払うことになった。
 「今日は、取り敢えず見学して胴衣が届いたら連絡するから、それでいいね」
 アキラはその練習ぶりを見学するが、練習生はみんなスピードはあるが、やや迫力に欠けて見えた。アキラは胴衣が来るまでの間、暇を見ては荒川の河川敷を走って体力を付ける事にした。自分でも不思議な程に身体がスピーディに動く、まだ二十五歳の若さと持って生まれた身体能力があるのか大柄の割には動作が速いし、子供の頃から喧嘩では負けた事がない。警備員の仕事に就いて早くも半年が過ぎた。
 その警備員の同僚達もアキラが最近とくに大きく見えると言う。
 それもその筈である。一時的に二〜三キロ減った体重も今や筋肉が付いて締まった体が鍛えられ体重も百五キロとなった。
 長身ゆえにそれでも太ってはみえない、なにせ百九十八センチだ。
 空手道場に通って四ヶ月、最初はその長身がアダとなってデクの棒、扱いされたが若いアキラは呑み込みも良くベテランの先輩にも、ひけをとらない程までになって来た。
 こうなればウドの大木とか、デクの棒と言われたが鬼に金棒ならぬゴリラに金棒と、なりつつある。もっと脳味噌とは別問題である事は言うまでもないが。

 それから更に一ヶ月がたった勤務中の事だった。
 いつもと変わらぬ平凡な勤務のはずが、アキラの出番が突然とやってきたのだ。
 あっては成らぬ事だが、銀行強盗が現れたのだ。
 銀行が閉店となる午後三時二分前の事だ。
 閉店のシャッターが閉まる寸前、二人組の男が入って来た。
 一人がカウンターに飛び乗るやいなや、女子行員にナイフを首筋にあてた。
 もう一人の男は早くも、中の行員にバックを投げつけて「金を入れろ!」と怒鳴った。
 人質に捕られては、空手を取り入れて自信があったアキラとはいえ手が出ない。
 店長が行員の生命には代えられず渋々バックに札束を積め始めた。
 なんとかならないかとアキラはイライラした。

 同僚の警備員がアキラの反対側で、やはり気を揉んでアキラを見た。
 それが、まずかったアキラは(行け!)と指示されたと勘違いしてしまった。
 状況も考えずに止せばいいのに、アキラは犯人に向って突進したのだ。
 あぁーこのアキラに足りない物、脳味噌のグラム数が少し不足していたのだ?
 女子行員にナイフを向けている強盗の男を見て、我を忘れて頭に血が上りアキラは強引に飛びかかって行った。慌てた犯人は女子行員を片手で抑えたままアキラに向き直りメチャクチャにナイフを振り回した。その弾みで女子行員は腕の辺りから血が吹き出た「キャアーーー」と、大きな悲鳴があがる。
 銀行内はパニックになった。アキラも女子行員に怪我をさせて、またまた冷静を失う。
 もはやこれ以上の怪我をさせてはならない。アキラは猛然と強盗に挑みかかる。
 ガムシャラにアキラは強盗の腕をわしづかみしてナイフを掴み取ったまでは良いが、自分の手を切られてしまった。

つづく

Re: 宝くじに当たった男 ( No.7 )
日時: 2020/07/16 21:50
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

宝くじに当たった男 8

 それでも女子行員の前に立ちはだかり身を呈し必死に守ったが、怪我を負わせる失態を犯した事実には変わりはない。
 そのスキを突いて、別の警備員がナイフを落とした男に飛びかかり、なんなく取り押さえる事が出来た。アキラは犯人を取り押さえるよりも怪我をした女子行員を庇う事を優先した。拠って手柄は別の警備員に取られてしまった。それを見た男子行員が、仲間が取り押さえられ怯むも、もう一人の犯人を三人がかり取り押さえた。あっと言う間の事件解決だった……が。ここで整理してみると。
 さて一番の手柄はと言うと、アキラが発端になったが、ひとつ間違えば女子行員の命さえ危ない。で、手柄どころか状況判断ミスで失格の烙印がアキラに付き大きな減点。こうなるとベテラン警備員の優勢勝ち? いや完勝?

 アキラは女子行員に怪我をさせてしまった。側で怯えている女子行員の浅田美代にアキラは詫びた。
 「僕のせいで申し訳ありません。大丈夫ですか」
 アキラは自分のシャツを破り、その布で腕をきつく縛ってあげた。しかしアキラの掌からは血が滴り落ちていた。ともあれ浅田美代の軽い怪我だけで事件はスピード解決された。翌日の新聞にはベテラン警備員の顔写真付きで報道された。
 ”お手柄ベテラン警備員。銀行・強・盗・逮・捕”大きな見出しで載っていた。
 その下の記事に”新米警備員のミスをベテラン警備員がカバー冷静な横田さんの行動が光る”と書いてある。

 この事件について早速、本社から呼び出しが掛かった。ここは警備総括部長の部長室、大きな体を小さくしたアキラの姿があった。今回はお茶も出て来ない。その代わりに総括部長のカミナリが落ちた。どこでどう話が伝わったかアキラが一方的悪い事になって報道された。その記事を鵜呑みにした総括部長が怒り本社に呼びつけたのだ。
 「キミィーいったい! この記事はどうなっているだ! アアアッ」
 と新聞を叩いて怒鳴った。
 「聞くところに依ると君は社長、直々の入社だそうじゃないか、アアアッ社長の立場はどうなるんだぁアアッ、アアッアア~~~まごころ銀行さんはカンカンだよ。女子行員に、もしもの事があったら、どう責任をとるとな!」
 まるで機関銃のように、まくしたてる部長だった。
「今回はベテランの横田君の活躍で逮捕出来たが君の責任は重いぞ! アアッ」
 もうこの部長アアッ、アアッの連続である。早く辞めて出て行けと言っているように聞こえてくる。怒りまくる部長も社長が見込んで採用したゴリラだ。いや社員だ。
 自分の権限でこの社員を即刻解雇出来ずに余計に立腹していたのだ。
 
 アキラは「申し訳御座いません」と言ったきり罵声を聞き流して、心の中では『ハッキリ言えよ、首だろう』そんな気分になっていた。さすがにこの部長、ウドの大木とかゴリラとは言わなかった。いや言えなかったのだろう。最近多い若者のプッチン切れ現象でも起きたら自分の命も危ないからだ。
 「後日、君の処分が決まる。まぁあまり良い結果は出ないだろうがフッフッフ」
 またしても、あの悪夢が〜〜〜〜〜
 アキラに再び自ら描いた失態とは言え、やるせない気持ちが篭もっていた。
 今回は前の会社とは、明らかにに違う。前の会社ではそれ程の落ち度はなかった。
 ただ不景気で真っ先に首を切られただけだ。しかし今回は完全に自分の判断ミスだった。言い訳できる訳もなく。はりっきって空手まで始めて会社の役に立とうとしたのに。
 デカイ身体に小さな脳、あの時うまくナイフを取り上げてケガもさせずに犯人を取り押えていたら……嘆くその姿は哀れであった。
 その夜、真田小次郎に電話をした。一緒に飲もうと約束を交わした。
 「そうか、それは又ついてないなぁ、そうガッカリするなよ。飲めやい!」
 「とっつあん俺ってさぁ、やっぱり馬鹿かねぇ」
 嘆くアキラに、この時ばかりは軽口の冗談は言えない真田だった。
 「なぁ山ちゃん俺はそう思わんぞ。そりゃあ無茶に見えるがな。山ちゃんが強引たな所があったにせよ事件解決の道を作ったじゃないか、それに最後まで彼女をかばった。きっと彼女は山ちゃんに感謝していると思うよ。見方を変えれば褒められてもいい筈だよ。みんなベテラン警備員の方にばかり目がいっているがな」
 さすがに年の功である。見方を変えれば確かに一理ある考えかただ。
 「ありがとうよ。とっつあん。しょうがないよ。クビになっても諦めがつくよ」

つづく

Re: 宝くじに当たった男 ( No.8 )
日時: 2020/07/17 20:13
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

宝くじに当たった男 9

 真田と別れて池袋駅にあるデパートの前を歩いていたら宝くじ売り場が目に入った。
 アキラはこのかた、宝くじなんて買った事がなかった。
 ましてや、そんなもの当るなんて考えた事もないが今回は自分の運を確認する為にも買うことにしたのだ。まだツキがあるのか無いのか占う為に。丁度この時期サマージャンボが発売されていた。それも発売最終日だった。
 「おばさん、当ってる宝くじあるかい?」 
 アキラは軽口を叩いた。
 おばさんも心得たもので「アイヨ! 一等賞と前後賞で三億円だよ」と笑った。

 アキラは大きなグローブのような手から三千円を渡した。
 「ありがとうさんよ。おばさん当ったら飯ごちそうするぜ!」
 「ああ楽しみにしてるよ。あんた見たいにデカイ身体だからすぐ分かるからね」
 「そうかい、じゃおばさんとのデート楽しみにしているぜ」
 アキラは十枚の宝くじ券を受け取りながら笑って街の中に消えた。
 まさか、のちに仰天するような出来事になるとは夢にも浮かばなかった。
 世の中、何が起きるか分からない。まさにそれが人生なのかも知れない。
 冒頭でも述べたが人間の一生使う脳の活用は一割程度と言うデーターがある。
 もちろん科学者など、特別な能力を持った人間は沢山いるがそれでも数パーセント向上するに過ぎない。つまり細胞は脳に使うだけじゃないのだ。

 しかし『運』これは能力などまったく関係ない。その運も、誰がいつ、何処で、その運が現れるか又、まったく現れない人もいるだろう。人には一生に三度の大きなチャンスが訪れると言われるが、それも運だろうか。そのチャンスが、いつ自分に来たのかさえ分からないで一生が終わる人も居る。すべては、神ぞ知るのみ。
 アキラらはその神に選ばれた幸福者か、はたまた、その宝くじさえ紛失して、または時効まで忘れて自ら幸運を逃す不幸になるかも知れない。
 今のアキラには数日後に言い渡されるであろう。解雇通知だけが頭に残る。
 前の会社で解雇同然に追い出されたあの日が忌々しく甦るのだった。
 哀れアキラ! またしても浪人ゴリラになるのか?
 その運命が今下される。アキラが翌日に緊張と諦めの覚悟を決めて出社した。
 「山城くん総括部長が来るようにって」
 上司の課長から言われた。アキラはすでに覚悟は出来ていた。
 あの真田が言ってくれた言葉が支えだ。「見方を変えればアキラは功労者だ」

 その総括部長室の前でコッコ、コッコあの日と同じようにノックする。
 「入りたまえ!」部屋の奥から貫禄のある総括部長の声がした。
 「失礼します」デスクの前で総括部長が待っていたが、怒鳴る事はなかった。
 「よし、じゃあ一緒に着いて来い」  
 「ハアー? どこに行くのでしょうか」
 「社長室だよ。良く分からんが君を連れて来るように、との事だ」
 そうか社長自ら雇ったので社長が解雇を言い渡しんだな。まあ、どちらでも良いが律儀な人だ。
 そう思いながら、その総括部長の後ろに続き社長室に入る。
 「社長、連れて参りました」                          
 部長は腰を百十度くらい折り曲げて、お辞儀をした。
 『なっなんなんだ。この変わりようは? 俺には威張り散らしていたくせに』
 いかめしい顔で俺を怒鳴り散らした奴が、社長の前では手もみまでして精一杯の笑顔を作っている。でもこれが出世のコツなのか、嫌だねぇと思った。
 社長の机の隣は大きなソフアーセットがあった。
 流石は一流企業の社長室だ。ホテルのビップルームのように豪華だ。
 そこにチョコンと若い女が座っていた。何処かで見たような女性だと思ったが。
 社長が笑顔で言った。
 「おう山城くん、久しぶりだな。まぁ座りたまえ」
 とても解雇を言い渡しにしては、笑顔過ぎではないかと思ったが。
 直立不動の部長はアキラの後ろで、社長の(判決)を至福の時とばかりそのゴリラがクビを切られる瞬間を楽しんでいるように見えた。

つづく

Re: 宝くじに当たった男 ( No.9 )
日時: 2020/07/18 17:11
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

宝くじに当たった男 10

 ソフアーに座るように進められ、社長が前にアキラはその女性の隣に巨体をソフアーに沈めた。総括部長は社長の斜め前に立ったままだ。社長が言い掛けたとき、横から総括部長が口を挟む。
 「社長の許可が戴ければ早速に解雇処分の手続きに入ります……ハイ」
 すると社長の顔色が変わった。総括部長を一喝する。
 「余計なことを。君は黙っていなさい!!」
 社長はムッとした顔をして部長を睨んだ。
 「もっ申し訳ありません!」
 総括部長は、またまた腰を百十度折り曲げ冷や汗をかいた。
 「実はだね。こちらのお嬢さん知っているかね、君の為にわざわざ、お見えになったんだ」
 そう言われて隣に座っていた女性が立ち上ってアキラに向き直り、お辞儀してからアキラに言った。
 「先日は助けて頂いてありがとう御座いました。新聞を見て驚いたのです。貴方のミスを強調して悪く書いてあったので私、黙っていられなかったのです」
 アキラはやっと気づいた。自分がドジをやって怪我をさせた女性だ。
 「私もね、お嬢さんの話を聞いて本当に安心したよ。そして君のやった事は間違ってなかったのだよ。お嬢さんはまごころ銀行さんの上司の方などに、君が庇ってくれなかったら、どうなっているか分からなかったとね。更に新聞では見ていた関係者の証言を鵜呑みにして状況を知りもせず間違った報道していますと銀行の頭取に訴えたそうだ。お嬢さんはね、君への名誉挽回の為ならどんな協力でもすると言っておられるんだ」

 社長の説明に拠ると彼女は上司だけならともかく銀行頭取に直接訴えたとはどういう事だろう。一介の女子行員がどうして頭取と話しが出来たのか、また彼女の説明をキチンと聞きいたとの事、本来なら一介の行員が直接訴えるなんて出来ない事だが? また銀行の責任者は女子行員が怪我をしたとして西部警備に抗議したと聞いたが彼女から真相を聞いた頭取が、アキラの行ないは正しかった悟り西部警備の社長に直接謝りの電話が来たと言った。いったい彼女は何者なのか? ただ普通の女性にしか見えないが。

 ともあれ彼女にアキラは救われた。解雇覚悟で来たのに逆転満塁サヨナラホームランだ!
 アキラは立ち上って隣に座っている女性に深々と頭を下げて語りかけた。
 「あの思いがけない言葉を頂き、貴女に怪我をさせたにも関わらず勿体ない言葉です。僕は何を言われても返し言葉がないと思っていました。でも貴女にそう思って頂けただけで僕は救われました。社長にも貴女にも迷惑をかけたのに、思いもかけぬ言葉を頂戴して僕はもう解雇されても悔いもなく満足です」
 大きな身体を震わせアキラは心から嬉しかった。まだ世の中、捨てたものじゃない。
 「おいおい山城くん、早まってはいかんよ! そんな事したらなんの為にお嬢さんが来て下さったか分からなくなるじゃないか。そうですねぇお嬢さん」
 「ハイその通りです。そんな事は仰らないで下さい。私の上司も必死になって行員を庇ってくれた事に感謝しています。社長さんも約束してくれました是非これからも続けて欲しいんです」

 社長の斜め前に立っていた総括部長は事の成り行きに唖然として話を聞いていた。
 「あとの事は私がまごころ銀行さんに出向いて挨拶しておくから分かったね」
 そこまで社長と女性に言われてアキラは、ただただ頭を下げるしかなかった。
 「では山城くん話は決まった。お嬢さんを途中までお送りしなさい」
 それから総括部長とアキラと女性が社長室を出た。部長はバツが悪そうにしている。
 アキラになんのお咎めが無いどころか、あれでは褒められて居るではないかと。
 アキラと女性は西部警備本社をあとに歩道に出た。
 池袋の駅前通りは相変わらず人並みでごった返していた。
 アキラは控えめに「あ、あの〜今日はわざわざ、ありがとうございます」
 「嫌ですわ。お礼を言いに来たのは私の方ですよ」と彼女は微笑んだ。
 「それより私、お腹すいたわ。ご一緒にお食事をしませんか」
 「ハッ、ハイッでは ぼっ僕におごらせて下さい」
 「えっ? 助けて頂いたのは私ですよ。ですから私が……」
 なんと解雇覚悟で出社したのに解雇どころからお礼まで言われ食事する羽目になった。

つづく

Re: 宝くじに当たった男 ( No.10 )
日時: 2020/07/19 09:53
名前: ドリーム (ID: Oj0c8uMa)

 宝くじに当たった男 11

 アキラは女性と一緒に歩くのは初めてだ。しかも隣にいる女性は美しくアキラ好みだ。美代は身長一六〇センチ前後、決して大きくはないが小さくもない。年齢はアキラと殆ど変わらず、若い女性に見られるチャキチャキした感じもなく、どことなく品がある。どこかのお譲さまなのだろうか。二人は駅近くのレストランに入った。ちょうど昼どきだが意外と空いていた。二人は椅子に腰掛けてメニューを見る。しかしアキラはレストランなど無縁の世界だった。ましてや若くて綺麗な女性と入るなど夢のようだ。
 結局は彼女と同じ物を頼んだ。アキラは果たして食事が喉を通るのかまるで夢の世界に居るような錯覚を覚えながら落着かなかった。
 「あっ申し遅れました。改めて私まごころ銀行の浅田美代と申します」
 結構美人だ。笑窪が可愛い。なんとなく気品があり流石は銀行員と感じだ。それで居て控えめな態度に好感が持てる。こんなに可愛いく大人しそうな彼女が頭取や我が社の社長に直談判する行動は、どんな度胸しているか驚くばかりた。

 「ぼっ僕こそ名前は聞いていると思いますが、山城旭と申します。よろしくお願いします」
 「ハイ勿論存じております。あのう良く聞かれと思うのですが、山城さんって本当に大きい方ですね」
 「ハァー良いのか悪いのか分かりませんが、使い道のない身体ですよ」
 と頭を掻いた。
 「いいえ女性ならともかく逞しくて女性から見て誰でも素敵だと思いますわ」
 アキラは、お世辞でも女性に褒められるなんて初めてだった。
 「まさか今迄まで怖がられても褒められた事ないんですよ」と顔を赤くした。
 「ウフフッ山城さんって初心な所があるんですね。そんな所が素敵ですわ」
 美代は、くったくなく笑った。
 アキラは天国でもいるような気分だ。本来なら今頃は解雇され地獄を味わっていた筈なのに。今朝は解雇される覚悟で出社したのに四時間後には、いままでに経験した事のない幸福の世界に居るのだ。それに先ほどから周りの席だろうか、嫌な視線が感じられる。
 チラッと見ていたかと思うと、またチラッと見る視線が突き刺さるように分かる。
 たぶん『あの彼女は何処が良くてあんな野獣と』そんな風に思っているのだろうか。
 それは当のアキラもそう思っている。ましてや他人は言いたい放題だろう。

 アキラは不慣れなフォークを使って時々、美代に微笑みを浮かべ、食べながら何故か雲の上をフワフワと飛んでいるような心地だった。
 アキラは不思議でならなかった。お礼をしたい気持は嬉しいのだがそれなら用件を終えた時点で、サッサと帰っても礼に欠けることはないのに、こうしてその美しい笑顔を絶やしことなく一緒に食事をしているのだ。
 『もしかしたら?』アキラは一瞬、頭を過ぎったが『まさか俺みたいな男に……』
 改めて否定した。太陽が西から登り東に沈もうが有り得ない事だ。
 やがて短いような長いような〔人生最高の幸福の時間〕が終わった。
 二人は一時間あまりの昼食を終えて、美代を自宅近くまで送った。
 勿論どんな家に住んでいるか分からないが、都内でも有名な高級住宅街で知られる一画だった。後で分かった事だが美代はアキラの為に、わざわざ有給休暇をとって来てくれたらしい。
 この浅田美代という女性にアキラは何処か品があると感じていたが、そう遠くない日に分かる事だが、とてつもない財閥のお嬢さんでアキラの人生を大きく変える人物となるのである。既にアキラは幸運を手に入れる運命にあったのだ。アキラは取り柄がないというがアキラの魅力は人を引き付ける魅力があるのだ。既に占い師の真田小次郎、西武警備の社長と浅田美代の心を掴んでいた。

つづく


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