複雑・ファジー小説
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- タビドリ
- 日時: 2017/07/20 01:34
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg
次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。
逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。
森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。
この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。
***
【挨拶】
初めまして、月白鳥と申します。
人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。
尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
***
【注意】
・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。
・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。
***
【目次】
キャラクタープロフィール
→Book-1 >>38 >>64
用語集
→Book-1 >>39 >>65
地名一覧
→Book-1 >>40 >>66
Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37
Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63
***
【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)
- Re: タビドリ ( No.7 )
- 日時: 2016/10/30 02:33
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
街外れの雑貨屋に戻ってきて、いつものようにカウンターで頬杖をついているロレンゾが目に入った途端、今まで忘れていた疲労がどっと全身になだれ込んで来た。ベルダンと一緒に居るとどうも変な風に緊張してしまう。悪意があるわけじゃないと知ってはいても、あの風体はやっぱり怖い。
そしてロレンゾは、そんな俺の様子を横目で一目見るなり、くつくつと楽しそうに笑声を零した。そこで、最前此処で誓ったことを思い出す。
「よー、ちゃんと帰ってきたか青二才! それで——痛ってェッ!?」
「うん、満足」
敵意を悟られないようなるべく疲労困憊の体を装ってその場に立ち尽くし、彼がニヤニヤ笑いながら近づいてきたところで、向う脛を思いっきり蹴り上げた。元々鍛え上げられている上に分厚い革の軍靴越し、細い木の一本も張り倒せるくらいの力で蹴ってもひたすら痛がるだけだが、とりあえず目標は達成だ。俺満足。
脛を押さえてその辺をピョンピョン跳ねまわるトカゲのジジイに、頼まれた言伝も投げつけた。
「ベルダンから伝言だ。確かに果たす、って」
「ぁーいって……くそっ。ベルダンの野郎め、カッコつけよってからに。齢七十五の老体で空飛ぶつもりか?」
語尾を上げつつも、その矛先は何処にも向いてはいない。驚きと呆れと、それから少しの称賛を混ぜて独りごち、ロレンゾは古い樫のカウンターを楽しそうに数回指先で突いた。やや伏せがちの目の奥、何時もの軽薄な色と共に、計算と打算の光が見え隠れしている。
ロレンゾは決して馬鹿な男ではない。多方面に亘る鋭敏な思考力と膨大な知識を隠し持っている。ある種の分野に限定すれば、天才や神童と呼ばれる者どもを言葉一つで叩き伏せ、百年の時を刻んだ老翁にさえ、知識の量で勝ってみせるのだ。むしろ、そうでなければ『遺物』で空を飛ぶなんて出来やしないだろう。
英雄を英雄たらしめたその頭で、彼は一体何を考えているのだろうか。
「……ま、二週間ってェとこかね。ベルダンもそれ以上仕事を休んじゃ居られんだろ」
「それ以上って——戦争を二週間で終わらせる気か!?」
思わず大声が出た。
だって当たり前だろう、犬猫の戦争は俺が生まれる前から蜿蜒(えんえん)と続いているものなのだ。それを二週間で終わらせるなど、いくらロレンゾが超ド級の船乗りだったとしても大言壮語に過ぎる。或いは無謀とも。
けれども、彼の横顔はいやに自信満々だ。爛々と光る鋭い金の眼が、熟慮と計算の末に『二週間』と言う結論を弾き出した、その裏付けに等しい。
「約束は果たす。かつての英雄だの古強者(ふるつわもの)だのと好き勝手なことは言わせんぞ」
「言わせんって、老けたのは確かだろうが。六十にもなって何言ってやがる」
「黙んな、青二才。俺の今の力量は俺が一番良く知っている。考えた上での二週間だ」
彼の言葉も、間違ってはいないのだろう。
それでも腑に落ちたわけじゃない。
「ロレンゾ、本当に大丈夫なんだな?」
「くどい。ローザに何も言わないで死ぬほど不孝者にゃならん」
こっぱずかしいこと言わせるな、と照れ隠しの悪態を吐き、がしがしと乱暴に白髪を引っ掻き回して、古い椅子に身を預け。またしばし考え込むように俯いていたかと思うと、突然立ち上がった。相変わらず何を考えているのかよく分からない男だ。
何も言わず、誰にも意図を汲ませずに、トカゲは硝子玉の暖簾の向こうへ消えていく。ギィギィと木の軋る音は、恐らく階段を上っているのだろう。ぼんやりその音を聞きながらカウンターの前に突っ立っていたら、くいくいと尻尾を軽く引かれた。
「嗚呼、邪魔——」
「うりゃーっ!」
——ばっちぃん!!
退こうとした俺の思考をぶった切って響く、聞き覚えのあるソプラノの声。
何事、と言う驚きさえ叩き切るように、俺の横っ面が快音を立てた。
- Re: タビドリ ( No.8 )
- 日時: 2016/10/30 02:40
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
「……ごめん、すごくゴメン」
「……手前が悪いんじゃねぇ。気にするな」
俺の体高の半分くらいしかない身長、ごく淡い水色のウェーブがかった長い髪、魚のヒレのような形の耳。上半身を覆うのは黒い布と金銀の胸当て、下半身は精緻な刺繍の施された腰巻二枚のみ。しゃらしゃらと音涼やかなのは、珊瑚と真珠を繋いだ銀鎖。
上半身は大昔地上に栄えたヒトそのもので、下半身は今も尚海に栄える魚の姿をした、雰囲気だけは儚げなじゃじゃ馬人魚。
ラミー。三年前から付き従う旅の従者。
「はい、どうぞ」
「わぁ、綺麗! ありがとーっ」
ロレンゾと俺の呆れた視線も何処吹く風、彼女はローザ夫人にマロウティーなど作ってもらいながら、ほくほく顔だった。
けれど、横っ面を引っ叩かれた俺はすごく微妙な気分だし、ロレンゾに至ってはさっきから苦虫を口一杯放り込んで噛み潰したみたいな顔になっている。チリチリと殺気めいた気配を出しているせいで、空気が軋んで重たい。
「あー、ラミー。とりあえず、此処に来た理由を言おうか」
「そんな顔しないでよエディ。ごたごたしてたの全部片付いたから早めに来ようって。お父様もお母様も良いって言ったもん」
「まァ、手前が居らんより居た方が何かと融通利くわな。……んで、だ。さっき見たら風呂場がメチャメチャになってて水が塩辛いんだが、どーゆー訳か説明してくれねぇか」
「あ、あれ? あそこ玄関口にしてきたの!——ひゃぁっ!?」
元気よく右手まで上げて返答したラミーに、ロレンゾは予備動作も前触れもなく右ストレートを放った。本当に当てる気はなかったか、あるいは激情に任せて適当に放ったからか、はたまたラミーの反射神経が神業だったのか、拳は鋭い音を立てて空を切る。
だが、脅威なことには違いない。慌てたように俺の後ろに隠れながら、危ないよ何するの、と怯えながらも大声を上げたラミーに、ロレンゾの声は低く返された。
「無断侵入に飽き足らず器物損壊とか手前何考えてんだコラ。洗濯物と風呂釜どうしてくれんだ? ぁあ?」
どこのヤクザだこれ。
そしてラミーは不思議そうだ。気付けよ。
「だーってぇ、あそこが一番此処に近い水場だし——」
「黙らんかい! 人のプライベートな空間メタクソにしといてスカしてんじゃねぇやっ!」
そんなこと言ったら海も湖もプライベートな空間なんだけど、と、物凄い剣幕を呆れるほど華麗に受け流しながら口を尖らせるラミーだが、論点と違えるなと叫んでロレンゾは古いチーク材の机をぶっ叩く。
どどどっ、と不安定に積み上げられた本が雪崩れてしまっても、部屋の主はお構いなしだ。金色の眼を更に鋭く光らせて、まだ首を傾げるラミーを睨んだ。
「手前等人魚の常識なんぞは知らんが、少なくともこの地この街の家ってのは縁故の聖域だ。風呂場だろうが井戸だろうが、タライ一杯の水だろうが、家に有る以上は縁故のない奴が好き勝手に使っていいもんじゃねぇんだぞ。分かってんのか!」
「ぅうー……」
「——なぁ、ラミー」
まだ納得いかないらしい。頬を膨らませ、魚の尻尾ではたはたと空を掻くラミーに、ほんの少しだけロレンゾは声の厳しさを緩める。
「手前だって寝る時は扉閉めて誰も入れねぇようにするだろ。同じこった、扉を閉めて外と隔てたってこたァ、勝手にズカズカ上がり込まれたら困る場所なんでぇ。それは俺ん家の風呂場だって一緒だ。自分が入られて困る場所には入るな。少なくとも、俺ん家の風呂場を玄関に使うな。いいな?」
「……はぁい」
「良しよし、分かりゃァ良い」
ラミーの方はまだまだ完全に納得しきったワケではなさそうだが、とりあえず肯定の返事を貰ってロレンゾは満足したようだ。先程天板を叩いたせいで崩れた本を面倒くさそうに拾い上げながら、話は本題へと入っていく。
即ち、戦争の終わらせ方について。
「俺ァ隣国へは海経由で行くが、エド。手前はどうする? 手前も人魚ッコも翠龍線を超えるような口ぶりだったが」
「嗚呼……あ? 海? 翠龍線を越えた方が早いだろ、あんた」
「最速だが、最善じゃねぇな。此処から直近の空路つったら『鳥落としの渓』を通るが、ありゃダメだ。四十年前なら余裕だろうし俺一人だったならそれでも何とかしたろうが、七十五歳のジジイ乗っけてあんな魔所飛ぶ訳にゃいかん。俺も奴も死んじまわァな」
ばさばさと本を適当に積み上げ、天板の空いた所に腰掛けて、行き場のない手は顎に蓄えた白髯を弄り。往時の英雄はまたしても思案を巡らせる。爛々と子供のように光り輝く目は、まるで戦場に向かうのが楽しくて仕方ないとでも言いたげだ。
奥方としてはどんな心境なのだろうか。ちら、とローザ夫人の方を見てみると、彼女はそこに居なかった。暖簾の向こう、何時もは主人が座ってそろばんを弾いている所で、ただ黙々とその仕事を代行している。
思索は汲み取れなかった。
「んー……この時期は東廻りの高速船が出るし、それに乗ってもいいけどな。翠龍線を超えるより早いんじゃないか?」
「生憎だが、ダイヤが変わった。今この辺りから船出すのはエシラの『天秤座商船(リブラベッサー)』くらいだ」
そう告げられて、思わず顔が引きつった。
リブラベッサーは、デカい商人集団を率いている老商——その名もエシラが持っている蒸気船だ。その詳細はともかくとして、名前だけなら、海の近いこの辺りで知らない奴は居ないと言って過言ではない。
何が有名と言えば、多分その異常な航行速度だろう。一体何を使ってどう動かしているのかはさっぱり分からないが、とにかく物凄い速さで海を突っ切っていくのだ。その上大時化だろうが津波だろうが関係なく、いつでも同じ速さを保って進み、オマケに事故らしい事故は今までにゼロ。
その速さとただの一秒も予定を狂わせない確実性こそは、リブラベッサーの船長たるエシラと言う男のステータスであり、ある種の財産でもある。
確かにアレなら、外から見ているだけでもめちゃくちゃ早いのは明白だ。多分、ロレンゾより先に翠龍線を超えてしまうだろう。
……だが。
「ヤだよあんなの。話に聞いただけでも寒気がする。俺まだ死にたくないぞ」
「へっ! 戦場にまで足踏み入れた奴が何言ってやがる」
「精神的にだよ」
早いの度合いが、常軌を逸しているのだ。
俺自身がそれを体感したわけではないのだが、知り合いの話を聞く限り、大時化に巻き込まれた難破船以上に揺れて揉みくちゃにされるらしい。まさかそんな、とは俺も思うが、「頼むから自分と同じ轍を踏むな」と縋りつかれて懇願されたら、誰だってうそ寒いものくらいは覚えるだろう。
翠龍線を超える手段は他にいくらでもある。早さのためにわざわざ砲弾みたいな船に乗って、水恐怖症の腰砕けになるのは御免だ。
「ま、旧ネフラ隧道(ずいどう)経由の『龍の頸』越え、かなぁ……最初に予定してたルートだし」
「ほー、禿泣きの隧道か。ま、良いと思うぞ!」
いやに呵々大笑するのは、乗ればよかったのに、とでも言うことなのだろうか。
……断じて御免だ。
- Re: タビドリ ( No.9 )
- 日時: 2016/10/30 02:44
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
ベルト、コンパス、革の鞍。枠の凹んだランタン、雑巾同然の風呂敷、貨幣の零れそうなサイフ。縫い目のほつれたヘルメット、今にも千切れそうな古いゴーグルに、柄のないなまくらナイフ。
「禿泣き隧道を超えるなら装備はちゃんとしろ」と言われ、半ば追剥同然に引っぺがされて、山積みになった俺の装備品。あんまり気にしてなかったのだが、よく見てみれば、なるほど確かにもう買い換えるか修理した方が良いものばかりだ。だからと言って、いきなり飛び掛かって身ぐるみ剥がなくても良かったんじゃないのかとつくづく思う。
しかしながら、此処はやっぱり性なのか。先程までのヘラヘラしていた好々爺は何処へやら、至って真剣に状態をチェックしているロレンゾへ、そんな本音は何だか言いにくかった。
「柄がないだけかと思ったら刃も潰れてんじゃねぇか。ベルダンの鍛えたナイフの刃ってこんなに潰れるもんかね」
「え、それベルダンが元なのか? 露店市で二束三文だったぜ」
「ははァ……練習台のナイフが手違いで流れたんだな、じゃあ。銘が無けりゃどんな所でどう売ろうが誰も文句言えん。だが、二束三文の安物って割には、結構良い品だったはずだ」
「嗚呼、まあ、うん?」
ロレンゾの言葉に思わず声が高くなる。
買った時から妙に使いやすいとは思っていたし、何だかんだ言って半年は使っていたナイフだ。一か月サイクルで買い換えていたことを考慮すれば、結構性能のいいナイフだったのだろう。だが、使っていた当時は特別凄いとは思わなかったし、ましてやベルダンの作品だとは予想もしていなかった。
でも頑丈だったなあ、とか、そう言えばこれで野良オオカミと格闘したこともあるなぁ、なんてぼんやり考えていたら、ロレンゾが手にしていたナイフの刃をぽいと投げた。
明後日の方向に飛んでいったナマクラは、磨き上げられた木の床に跳ね返されて、虚しく転がる。刺さるほどの鋭さも最早ないらしい。
「総とっかえだな、こりゃ。結構金が掛かるぞ」
「おう。支払いなら任せろ」
金ならある。
この街に入った時、表通りの宝飾店に一年間溜め込んでいた宝石を半分ばかり売り払ってきたのだ。鉱石類の需要引く手数多のこの街なら家一軒に庭を付けても買えるくらいの値段で引き取ってもらえる。今回は店主の気前が良くて倍に膨れた。
財布の中には金貨が六百枚。積み上げられた装備を全部新品にして、それを全部ロレンゾの言い値で買ったとしても、おつりが出るだろう。
自信満々に言ってやったら、ロレンゾはちょっと気圧されたようだった。
「手前、何時からそんな金持ちになった?」
「旧隧道の方でエメラルド鉱床を見つけたんだ」
「!……馬鹿。声がでけぇ」
ロレンゾは落ち着かない表情。ちょっと後ろを見ると、客が数人、信じられないと言いたげな顔で書斎に居る俺達の方を覗き込んでいる。それ本当か、と尋ねてくる奴も居たので、でも屑石ばっかだし枯れかかってた、一時間探してもそれだけだった、と嘘を吹き込んでおいた。
本当は十分歩けば最上級品が両手一杯に拾えるのだけど、それを言ったらあっという間に採り尽されるだろう。ネフラ山麓駅の宝石商と採掘屋の貪欲さは、時折軽蔑したくなる。
なんだぁ、と少し残念そうに呟いて離れていった灰色の犬を見送り、ロレンゾの方に向き直ると、彼は机の影で小さく親指を立てた。
「今度原石よろしく! 約束だぞ!」
「断る!」
全力で突っぱねておいた。
- Re: タビドリ ( No.10 )
- 日時: 2016/10/30 02:52
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
——あっという間に、七回陽が昇って落ちた。
これから一週間は快晴が続くであろう、そんなことを予感させる肌寒い秋の朝が、出立の日になった。
プレシャ大陸の南、蕩々(とうとう)と蒼い水を湛える海の上。
眩しいほど真っ白な、俺の何倍もありそうな金属の“鳥”が、時折打ち寄せる波に微か揺れる。二対四枚の翼を持つそれは、今はまだ沈黙を保っているが、動きだせばそれはそれは大きな咆え声を立てるのだろう。俺達の背後、遠巻きに見物している者どものヒソヒソ声など、跡形もなく掻き消してしまえる程度には。
四枚の翼の間に渡された太い鉄の棒、それに引っ掛けられた金具と紐が、波に機体の揺れる度にギィギィと怪しい音を立てて軋る。見るに牛を括れるほど太い紐なのだが、それを軋ませる程度には重たいらしい。
始動の合図を待つ白い巨鳥をぼんやり眺めながら、零れた声は掠れた。
「……これが」
“疾風”アエロー。
十万を超す猛禽の群れをたった一機で圧倒し、全面勝利を成し遂げた、伝説の撃墜者。「隼より尚早く、鷹より尚優雅に舞う」とさえ猛禽達に言わしめた、竜巻の守神の名を冠する冷たい鳥。ほんの少し触れることさえ躊躇してしまうほどの皓皓たる様は、成程守神の名前が付けられるだけある。
話では何度も聞いてきたし、猛禽の老師からアエローの写真を見せられたことはあるけど、実物を見るのは本当に初めてだ。威容にぼけっと見惚れていたら、ぐいっと頭を鷲掴みにされた。
「ぼーっとすんな、ぶっ飛ばされんぞ」
「誰に」
「コレにさ。動力炉動かす時に竜巻起こしやがるのよ、このお転婆ちゃんは」
ロレンゾだ。今から長旅をするからだろうか、いつも雑貨屋の店主としてブイブイ言わせている時のような袖なしの服ではなく、長袖のしっかりしたつなぎをガッチリ着込んでいる。何の為か革製の分厚い手袋までしていて、軽装の姿ばかり見てきた俺にはちょっと不思議な気分だ。
四十年前はこんな格好してたのか、とまじまじ見ていたら、またぐいと頭を掴まれる。そのままヘルメット越しにわしわし撫でてくる手を引っぺがすと、彼は困ったような笑みを浮かべた。
「もっかい会おうぜ、ちゃんと生きてさ」
「……奥さんに言ってやれよ、同じこと」
「そう言われると困っちまうな」
更に困り顔。もう喧嘩しまくって疲れた、と続けて、ロレンゾはそれ以上何も言わずに、主を待つアエローの傍へ歩み寄っていく。
その後ろ姿へ、何か言いたくても言葉が見つからない。もやっとした気分を抱えて立ち尽くす俺のすぐ後ろから、玲瓏としたソプラノの声が投げつけられた。
「待って、ロレンゾさん。振り向かなくっていいから」
「ラミー? 手前一体——」
「はーいはーい振り向かなーい!」
俺には一切視線も向けず、彼方此方を飾る銀鎖からしゃらしゃらと涼やかな音を立てながら、まるで当たり前のように悠然と空を泳ぐ小さな人魚——ラミー。
「やりたいことがある」と言って数日姿を消したまま、今の今まで俺すら所在を知らなかったのだが、一体何処へ行っていたのだろう。同じ疑問を抱いて振り向きかけたであろうロレンゾは、言い掛けた言葉を思いの他強い語調で遮られ、慌てたように元の方へと向き直った。
ちらと横目に見れば、彼女は手にトネリコとクルミの小枝を一本ずつ握りしめている。よく見れば枝と葉は水でびちょびちょだ。
何をするのだろうか。じっと見ていると、ラミーは静々と水に濡れた枝を掲げた。続けて、澄んだソプラノの声が、いつもとその調子を変えて言葉を紡ぐ。
歌うような言葉は、まるで夜の闇に立つ先達のように、不思議と意識を引き付けた。
≪奇跡を導く世界樹の末裔と、水辺に佇める頑強な者の力を借りて、深層の守神『泡沫の歌うたい(メロウ)』の姫より、貴方達に水の祝(ほが)いと幸いの力を手向けます≫
しゃん、とまた音は涼やかに。
振られた瞬間に枝から離れた水滴が、きらきらと朝の日に光る。
≪歌いましょう、貴方達の旅とその御身に、凪にも似た平穏あれと。願いましょう、貴方の見る景色の全てに、夜の珊瑚に見る鮮やかさがあらんことを≫
もう一度、同じ音。
空に飛んだ雫が地面に落ち、波が一度打ち寄せる音を一度聞いた所で、少しだけぼうっとしていた意識が現実に引き戻される。
ハッとして、隣に佇む人魚姫を見る。彼女は実に楽しそうな笑声を上げて尻尾を虚空に打ち付けた。しゃん、と尾を飾る銀鎖が冷たい空を揺らす。
「お母様とお父様からの受け売りだけど、水難除けのおまじない。お母様がよく歌ってたんだよ」
「人魚姫の水難除けか。さぞかし凄いおまじないだろうな」
「勿論っ、守神様直々のお守りが効かないわけないでしょ〜」
ほんの少し、近くで見てやっと分かる程度の苦さを含ませて笑うロレンゾに、ラミーは自信満々に親指を立てる。かと思うと、彼女はそっと目を伏せ、それでも気を付けて、と小さな声で呟いた。
老いた鳥が若鳥のように長くは飛べない。ロレンゾとて、英雄と騒がれ讃えられていても、老いと衰えが来ていることには変わりない。ましてや彼が挑むのは、彼等以外の陸生者は夢見るしかない空なのだ。万が一をいくら心配しても足りないことはないだろう。
だが、ロレンゾは笑った。いつものように。
「俺の軍役時代のあだ名、何か知ってるか?」
「?」
英雄だとか撃墜王だとか、そう言う風にあだ名されているのは知っているが、口ぶりからするにそうじゃないのだろう。首を傾げて答えを促すと、彼はぐいっと顔をこっちに向けて、にやっとばかり歯を見せて笑った。
「“フラグブレイカー”ってな」
「ふ、ふら……」
「俺が一緒の部隊にいると全然キマらんのよ、玉砕って奴が。カッコ悪いったらねぇな!」
引きつり笑い。俺が。
正直フラグとやらの隠喩的な意味は良く分からないのだが、要するにロレンゾがいると“物語のお決まり”が成就しないと言うことだろうか。吟遊詩人やロマンス好きが聞いたら「そこは潔く散れよ! 男らしく!」とか言って激怒しそうだ。
けれど、そうしたお決まりを破ってこその英雄なのだろう。
「安心しろ。白旗なんぞヘシ折ってやるから」
「——それは大層頼もしいな?」
旗を折るジェスチャーなのだろうか、棒を引き倒すように拳を動かし、何処かしたり気にぐつぐつと喉の奥で笑い声を押しつぶしたロレンゾへ、やや皮肉なものが籠ったしゃがれ声が突き刺さった。
低く重く、あくまで冷静な老爺の声。振り向けば、視線がかち合う。狼すら視線で殺せるのではないか、と錯覚するほどに鋭い光を讃えた空色の双眸を、俺は一瞬以上直視できなかった。
「待たせたな。弾の調達に手間取った」
「何、面倒な注文付けちまったかんな。おあいこだ」
思わず明後日の方に顔を向けた俺達には一瞥もくれず、がっちりした軍靴の踵で柔らかい海岸の砂を踏み付けながら、一直線に金属の白鳥に向かってゆく黒いトカゲ。ロレンゾと同じような長袖の作業着を着込み、操縦手より大量の荷物を抱えてはいるが、それでも彼が誰かは分かる。
そうだ。大鍛冶師ベルダン以外に誰が居るものか。
「動力炉は普通のエンジンに積み替えてある。性能の限界まで改造はしたが、それでも昔ほどの力は出せん。一日中飛べるほどの持久力もない」
「構うものかよ。老いたなら老いたなりに飛ぶさ」
だが今の彼は、かの戦争が生み出した二人目の英雄、それ以外にあり得ない。
愛娘にでも触れるかのような手つきと、鍛冶師にはない鋭利で憂えた横顔が、誰よりも、何よりも雄弁だった。
- Re: タビドリ ( No.11 )
- 日時: 2016/10/30 02:55
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
水平線から顔を出し切った太陽が、階海(きざはしのうみ)を眩く照らす。
まだまだ暗い、橙がかった色の光の中で、いよいよ巨鳥が空を飛ばんとしていた。
「見渡す限り障害無し。敵影無し。機体好調」
真っ白な翼の上に臆面もなく両足を載せて立ち、あの時ロレンゾが俺に渡した鍵を動力炉の鍵穴に差し込んで、ベルダンは平生と何も変わらない、落ち着き払った声で何やらロレンゾに告げている。アエローの操り手は、彼一人がようやく入るくらいの狭い座席に身を押し込め、席の縁のところで頬杖をついていた。
言葉はない。後ろからでは、彼がどんな顔をしているのかも伺えなかった。ベルダンなら横顔が此方から見えるが、穏やかとすら思えるほどの無表情のままだ。
怖いとか、不安だとか、そう言った陸生者の感じるような感情は最早、この二人にはないのかもしれない。空を飛ぶこと自体も、空を飛ぶための冷たい巨鳥も、彼等の恐怖や不安を煽る要素にはならないのだろう。
「此処から先、俺の声は届かん。健闘を祈る」
「任せな、相棒」
「戯れ言を」
ぼそぼそとした会話が微かに此方まで届く。最終確認と言うことだろうか。
ベルダンの手が、ほんの一瞬だけ躊躇うように宙を彷徨って、鍵を回した——途端。
「……!!」
「わ、わっ、ひぇええ……!」
全身を浮き上がらせるほどの、突風。
隣人の声すら吹き飛ぶほどの、爆音。
強烈な辻風(つじかぜ)に思いっきり顎をカチ上げられ、一瞬視界が逆さまになったかと思えば、俺は柔らかい砂に頭から落ちていた。首痛いとか、何事かとか一瞬色々脳裏に過ぎったが、続けて到来した砂嵐でまたそれどころじゃなくなった。
全身に猛スピードの砂がぶち当たってジガジガと痛い。オマケに体勢が逆さまなせいで頭に血が上る。何とかして身体を起こそうともがいてみるものの、翼が風を変に掴んでしまって余計地面に押し付けられる始末だ。
「ぃって……! こンの、野郎ッ!」
血が上り切る前に、翼を無理やりトカゲの腕みたいな角度に捩じって、身体を横転させた。翼の付け根の辺りからちょっとしちゃいけない音がした気がするけど、全部風音のせいにする。
立ち上がらずその場に伏せたまま、首だけを巡らせ、掛けたゴーグルをもう一度しっかり掛けなおして、風の主の方を見た。
——鳥が、飛ぼうとしている。
杭と紐の戒めは全て外され、動力炉から上がるけたたましい咆哮はますますその音量と音階高らかに、動力炉から繋がる三枚の羽は最早その形が追えないほどの速さで回転し、今にも飛べると全力で主張していた。
今まで立っていた右の翼から、ロレンゾの真後ろに取られた小さな座席に身を滑らせながら、ベルダンが何某かロレンゾに向かって叫んでいる。だが、これほどの咆え声を前にして、その声は通じない。
代わりにベルダンは、操り手の顔の真横に手を出し、進め、とでも言うかのように、人差し指を立てた。
「——!——!」
ロレンゾが少しだけ首を後ろに捻って、何か叫び返している。後ろでベルダンがしきりに首を振っているのは、聞こえないと言うことだろうか。
やけになったように何やらわあわあとロレンゾが叫んでいる内に、動力炉から響く咆哮の音が更に高くなり、ごん、と何か重たいものが揺れる音が、金属の舟全体から響いた。
それがどう言うことなのかは分からない。ただ、動きがあったことだけは確かだ。それを証明するかのように、操り手が慌てて首を前に戻し、それでもちらちらと後ろを向いて、それが何度か続いた所で、意を決したように右だけしかない手でサインを送った。
「!」
ぴっ、と勢いよく立てたのは、親指。
——何もかも大丈夫だ。
——全部任せろ。
そう言っているようだった。
「…………」
鳥が、遂に波間を動き出した。
動力炉から立てられる叫び声の音階はもう上がらない。同じ高さと大きさを維持したまま、水上を滑るその速さだけが次第に上がるだけだ。そして、鳥のすぐ後ろでは、その足——曰く、水に浮いた状態を保つ為の降着装置(フロート)——が水を蹴立てて波を作っている。
白鳥が飛び立つときみたいだ。風に煽られながらそんなことをチラと思ったその瞬間、俺の何倍もある金属の巨体が、海面を大きく跳ねた。
着水した、と言うよりもむしろ、岩か何かを投げ込んだような音が一つ。一旦は低空に放り出された機体がもう一度、斜めに水面へ突っ込んで、大きく張り出した翼が波を切る。が、すぐにまた低空へ身を投げ出し、今度は、フロートが青い海を一瞬蹴り上げた。
「進め進めーっ!」
楽しそうな声に目をやれば、いつの間に戻ってきたのだろう、何処かに吹っ飛ばされていたはずのラミーが、俺の横でトネリコとクルミの枝をぶん回しながら声を張り上げている。
そして、そんな声に後押しされるかのように、アエローは遂に水からその身を離した。
「ぉおおっ」
どよめきが辺りから巻き起こる。だが、俺はそんな声さえ失っていた。
——迅い。
俺の目の前で、あれほど大きかった鳥は見る間に小さくなってゆく。飛び立った海鳥と同じように、アエローの疾駆もまた恐ろしく速い。夢か奇跡か、あるいはもう冗談のように。
“疾風”アエロー。そして、その操り手。
かつて空を支配した、その才が衰えたなどと、今の姿を見た誰が言えるものか。
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