複雑・ファジー小説
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- タビドリ
- 日時: 2017/07/20 01:34
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg
次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。
逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。
森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。
この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。
***
【挨拶】
初めまして、月白鳥と申します。
人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。
尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
***
【注意】
・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。
・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。
***
【目次】
キャラクタープロフィール
→Book-1 >>38 >>64
用語集
→Book-1 >>39 >>65
地名一覧
→Book-1 >>40 >>66
Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37
Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63
***
【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)
- Re: タビドリ ( No.32 )
- 日時: 2016/11/04 03:11
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
アエローは、俺達の予想を悉く飛び越えた。
狼よりも何十倍も大きな唸りを上げながら、俺達から少し離れた低空に降り立った水鳥は、接地の瞬間にこそ大きな音を立てて揺れたが、それだけだ。後は白鳥が水辺に降りるときと同じように、ごく滑らかに地面を滑っていって、やがて静かに止まった。
水鳥は水辺でこそ優雅だが、地上ではちょっと不格好だ。だが、アエローは地上への着陸さえも綺麗にこなしてしまった。
空を翔け、水を蹴り、地にさえ降り立つ艇ふね。一個大隊と比肩するほどの力を持つ鳥。末恐ろしい化け物としか言いようがない。
俺を含め、誰も彼もが唖然として地に降り立ったアエローを眺める中で、バガンッと大きな音。思わずその方に注目してみれば、胴体に穿たれた穴を塞ぐ透明な蓋が大きく開かれて、アエローの操り手二人が地面に降り立とうとするところだった。
俺を縦に二人並べてやっと手が届くくらいの高さを、二人の老雄はものともせずに飛び降りる。塀を越える猫のようには優雅でないが、危なげもなくしっかりと地に足を付けて、彼等はまっすぐに俺達の方へと身体を向けた。
背高の、ごつい影。見慣れたシルエットに、思わず声を上げる。
「ロレンゾ、ベルダン!」
返る言葉はない。ただ、二人は顔を見合わせるような動きをして、それから肩をちょっと竦めたかと思うと、ぐっと足を曲げ、一気にこっちまで走ってきた。
——あ、そうだ。
忘れちゃいないぞ。
「オラァッ!」
「痛ッてぇえ!?」
何をするつもりだったのかは知らんが、とにかく俺に走って肉薄してきたところに合わせて、蹴りを入れておいた。
年かさの犬隊長にやった時と同じか、それ以上の力で、前にも蹴ったところにカウンターキックをぶちかます。こんなにやってもこの頑丈なジジイの丸太みたいな脚はビクともしないのだが、まあ青アザの一つくらい出来ただろう。
その場にしゃがみこみ、脛を押さえてぷるぷるしているロレンゾ。ジロッと下から睨んでくる金貨の色の目は、ちょっと涙ぐんでいた。
「な、何すんだ小僧っ、俺のスネは薪じゃねぇんだぞ……!」
「あんたのせいで色んな奴が頭抱えたんで、苦悩のおすそ分けってことで」
「それで蹴られるっていくらなんでも理不尽だろがい!」
「ほざくな!」
叫んだのは年かさの隊長。何かを振り切るような一喝は、束の間炎の熱さえ周囲から消し飛ばした。
そして、怒鳴られてようやくロレンゾが状況を真面目に把握する気になったようだ。まだ痛むらしい脛を擦り擦り立ち上がった彼は、先ほどまでのふざけた態度から一変、吠えた張本人さえ思わず鼻白むほどの厳しさを身にまとっていた。
ざくり、と粗い砂利を踏みしめ、一歩。年かさの前に立ったロレンゾは、モノクルの奥の隻眼を細める。
「手前が隊長か」
「嗚呼そうだ! 貴様に大隊を全滅させられた、三流以下の愚か者だ……!」
脚の痛みを堪えているからか、伝説の英雄を目の前にした緊張か、不甲斐ない結果と自分への強い怒りか、その全てか、そのどれとも違うものか。殺気とも怒気とも言い難い、けれど強烈な激情を、彼は声に乗せて吐き出した。
武器庫も食糧庫も、要塞の全ても、犬達が周到に用意してきたであろう戦場は、たった一騎の鳥の前に成す術もなかったのだ。隊長としての悔しさと情けなさは、共感は出来なくても、推察し理解することは出来る。
ロレンゾならば、より深いところで、あるいは全く違う次元で、彼の激情を理解するのだろうか。表情からそれは読み取れなかった。
その代わりに、彼は言葉を犬達に返した。
「勝てなくて当然だわな、俺ァ災厄だぜ」
「ふざけるな! 我々はあらゆる事態を想定して——」
「教科書通りの回答をどうもありがとう」
柔和で、けれど容赦なく。
隊長の主張を黙らせたのは、ロレンゾの少し後ろで佇む、黒い影。
「だが、何一つ通用しない」
じゃらり、と鈍い金属の音。未だ燃え続ける炎にいくつもの耳飾りを光らせ、鼻面に引っ掛けた眼鏡をゆっくりと外しながら、ベルダンはロレンゾを押し退けて犬達の前に立った。
犬の隊長は俺より背高だが、ベルダンはそれ以上。おまけにロレンゾより更に筋骨隆々の大男だ。こんなもん見た日には、子供でなくても肝が潰れちまうだろう。事実、いきり立っていた隊長はしゅんと尻尾を降ろし、顔を伏せて無言で睨みつけてくるベルダンの言葉を待つばかり。
そんな彼を、ベルダンは検分するように見つめていたかと思うと、ふっと空色の目を細めた。くるりと長い尻尾を丸めているのは、どうやら言葉に悩んでいるらしい。
次の言葉がベルダンの口から紡がれるまで、沈黙は長く続いた。
「時を経て劣化したとは言えど、アエローは『遺物』だ。人間の技術と思想を以って作られたものが、俺達智獣の予想の範疇に収まるものとは思えん」
「何を……貴様等はそれの操り手ではないのか」
「使えることと理解することは別物だ。俺やロレンゾはアエローを操れはするが、何の為に存在するものなのか理解することは出来ない。武力を以って他を制するためならば、十万の猛禽を墜とす能力など必要ではない」
過剰な力など身を滅ぼすだけだと、吐き捨てるベルダンの声は静かだった。
ロレンゾは何も言わずに、明後日の方をただ眺めていた。
「四十年アエローの修理と整備をし、設計の隅々まで知り尽くして尚全てを理解し尽くせなかったものを、今日この瞬間に初めて見た貴様等が予想し得るなどと思う方が愚かだ。『遺物』とはそれほど甘い思想で作られたものではない」
「だが……いや、それでこその“災厄”か」
ふぅ、と溜息を一つ。敵うはずがないな、と呟いて、やおら彼は顔を上げた。先程までの鋭さを光らせた若草色の目を、老雄二人は黙って見つめる。
放たれた声は、これまでのどの声とも違う、力強いものを湛えていた。
「それでも我々は、『遺物』に発展と進化の可能性があることを信じて疑わない。貴様等が理解し得なかったものを理解したときに、我々はより高い次元へ足を踏み出せるのだと信じてやまない。……そして、それを妨げる者が現れた時、我々はこれに全力を挙げて抗おう」
朗々と切られた啖呵はある意味、敵対宣言とも言えるだろう。
彼の言い分は、今の状況に照らして考えれば、猫族どころか『遺物』に手を出す全ての者との取り合いを止めないと言っているにも等しい。つい先ほど、その『遺物』であるアエローに叩きのめされた者が放つ台詞だとは思えなかった。
ロレンゾとベルダンは、どう出るのか。
内心ハラハラしながら見守っていると、彼等は唐突に、呆れたような表情をして肩を落とした。
「くだらん」
声を揃えて突っ返したのは、その一言。
その目には、怒りと呆れ。
「その程度の理由で、手前はもっと大事なものまで危険に晒したってのかい」
「その程度、だと!? 『遺物』の可能性を追及すらしな——」
「ほざけ小僧。脅威を脅威と把握も出来ず、他の有様を認識もせず、目の前の状況に振り回される馬鹿が一丁前に災厄を語るんじゃねぇ。『遺物』がそんな幸せな頭で御せるもんだと思ったら手前等、もう一度滅びることになるぞ」
ごぉ、と低い轟音。巻き起こった風に左袖が揺れる。
その時、初めて隻腕と言う事に気づいたのだろうか。ハッとしたように隊長は息を呑み、その瞬間出来た空隙に、ロレンゾは言葉を割り込ませた。
「手前等の望むだろう通り、智獣の進化を促した『遺物』も世の中には数多かろうや。だがな、そういうのは全部あらゆる世界と業界が総動員して知識と経験を共有したからこそだ。何百回『遺物』を掘り起こして研究したところで、手前等だけでそれを占有する限り、進化なんぞありはしない。あるのは破滅だけだ」
「ならば貴方達はどうなる。アエローのような力、それこそ個人が持っていいものではあるまい!」
「おうよ、俺達が持つにゃァ実に手に余る代物だ。——そう、この俺ですら持て余す。この力を手前等や猫が持って戦争なんぞおっぱじめたら、俺達はもう一度星の怒りを買うことになるだろうや。手前にその意味が分かるかい」
目に浮かぶ色は、怒りと呆れのまま変わらず。
射殺すような眼光に、犬の饒舌が止まった。
「アエローは俺だけが飼って、俺の代で潰えると断言できるからこそ許される“突然変異”だ。こんな化け物量産して他の奴等が飼い始めてみやがれ、戦争が何時まで経っても終わらねぇじゃねぇのよ。それとも何でェ、手前は戦争の種を生まないと存在意義を見出せない戦闘狂かい?」
「そうだ、と言ったら?」
「即刻手前の首をヘシ折る」
ロレンゾの声に迷いは無かった。
ざっ、と大きな足音を立てて彼は隊長との間を詰める。その身から放たれる威圧感と殺気の冷たさは、相対している隊長のみならず、俺達の身さえも凍り付かせるほど。止せ、と声を張り上げることも出来ず、ただ見ていることしか出来ない俺を一顧だにせず、老雄は唖然とする若輩の前に立ちはだかり——
企みが成功した子供のように、笑ってみせた。
「へっ、手前にそんな度胸あるわけないだろ。名前は何だい?」
「……ニーベル。最前線の大隊長をしていた」
「そうか。俺はロレンゾ、そっちのデカいのはベルダン。知ってるだろう、四十年前の“撃墜王”だ」
よろしく、と差し出された傷だらけの手を、ニーベルは力強く握り返す。
直後、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
- Re: タビドリ ( No.33 )
- 日時: 2016/11/04 03:19
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
「ぅ……」
「よお、起きたかい」
それから、少し時を経て。
一帯の火勢が衰え始める頃になって、彼は目を覚ました。
「此処は」
「アエローの翼の上だよ」
あの後、ロレンゾとベルダンは気を失ったニーベルを俺に押し付け、途中から完全に気配の消えていたルディカと若い方の犬も引きずってきて、アエローの上に俺達を放り投げたのだった。
どうやらあの二人、この巨鳥ごと猫族の陣営に行くつもりらしい。それは別に構わない、と言うか歩く手間が省けるからむしろ歓迎したいことではあるが、どうやって行くんだと言う俺達の質問には何も答えてくれない。代わりに二人から返されたのは、「ここから降りるな」との警告だけ。
そんなことをかいつまんで話しても、彼は表情一つ変えず、何か反応することもなかった。ただ、どこか遠くをぼんやり眺めるだけだ。
ようやく放たれた話の内容からしても、多分話半分だったのだろう。
「“撃墜王”か……幼い頃憧れた英雄が、まさか我々の前に敵として現れるとはな」
「運が悪かったな、そりゃあ」
本当は俺や老猫の魔法使いが意図して呼び寄せたにも等しいが、その辺りの真実は隠した。言えばそれはそれで争いの種になる。台風や通り雨と今の“疾風”は、同列に語るくらいがきっとちょうどいいのだ。
だが、ニーベルはどうも、俺のこうした考えを見透かしたらしい。若草色の目をすっと鋭く細めて、お前か、と短く脅迫してくる。
「変な目で見ないでくれ。俺が呼び寄せたって言いたいのかよ」
「むしろ確信しているが。猛禽が敬称を付けるほどの英雄を蹴り上げるような奴が行きずりの旅鳥などと、一体どこの誰が思うものか。老雄の決断が自発的なものであったにせよ何にせよ、お前が何らかの形で引き金を引いたとは予想できる」
「……一つ弁解させてもらうなら、俺はただ猫の魔法使いが死んだと言伝しただけだ。戦場に行ってくれなんて一言も言ってない」
ロレンゾ達は四十年も前に同じ約束をしていたのだ。俺がわざわざ言うまでもない。
そう続けかけて、言葉を飲み込んだ。
代わりの返事は、短く。
「たとえ恣意的なものだったとしても、予想できないなら災厄だろ」
「確かにな」
存外ニーベルはあっさりと肯定した。
それは俺の言葉と主張が一致したからか、それとももう反論する気力すら失せたからか。翼から足をぶらぶらさせ、尻尾も振らず遠くを見つめる横顔から、その真意は読み取れない。とりあえず前者だと信じておこう。
それ以上は紡ぐ話題もなく、辺りに重たい沈黙が漂う。けれど、それはすぐに上翼からの声が破った。
「ロレンゾ。言っておくが、他の犬族まで助ける余裕はないぞ」
ベルダンだ。さっきから上下翼の間を行ったり来たり、上手くいかないのかたまに舌打ちなどして、とにもかくにも忙しない様子だが、それでも周囲の状況はきちんと確認していたらしい。上から振ってくる声は険しさに満ちている。
ロレンゾはと言えば、アエローの鼻先近く、衰えたとはいえ消える気配のない灼熱の壁を眺めていた。ベルダンの声には気づいているのかいないのか、尻尾を地面に軽く打ち付けながら、ゆっくりと背後の空を仰ぐ。
そんなことは分かっている、とは問いへの返答。ベルダンの声はより厳めしさを増した。
「どうせアエローに余裕が無いだけだとでもほざく気だろうが。もっとましな言い訳を考えろ」
「ならマシな意見を言ってやろうか? そこな魔法使いの手を借りるつもりでいる」
これでどうだとロレンゾが胸を張った瞬間、その脳天にごついレンチが飛んできた。ごちんっ、と中々鈍い音が一つ、何すんだとばかり口を開いたロレンゾを突っぱねるように、低く低く言葉は滴る。
「それをましな意見とは認めん。他者の手を煩わせることがまともな意見か?」
「ちったぁ話を聞かんか頑固ジジイ。そこなお若い魔法使い二人がやりたいっつってんだ」
「二人?」
突っ込むのはそこかい、と言うロレンゾの突っ込みは、無視。鈍い足音が少しして、今度はベルダン本体が上から降ってくる。
上翼から地面まではざっと見てもベルダンの倍以上高さがあるのだが、彼はそれをものともしない。身を屈めて衝撃を殺し、足音一つ立てずに着地して、彼は地面に手をついた体勢のまま、俺達と反対の側の翼にいた魔法使い二人を見た。
当の犬猫はと言えば、オオカミも射殺せそうな視線の鋭さをものともせず、さっき犬の方が杖にしていた樫の枝を小刀で削っている。何をしているんだと怪訝そうにベルダンが問えば、答えはあまりに素っ気なく。
「人魚姫の真似事を」
「人魚姫の真似事……って、ラミーよろしく雨でも降らすのか? あんた炎使いだろ」
「炎使いでも炎を遠ざけることは出来ますし、エレインさんは水使いですよ」
俺を含め、その場の全員の目が、若い魔法使いに集中した。
エレイン、そう紹介された、立ち耳犬の魔法使い。だが、恰好は他の兵士と何も変わらない。杖があまりにシンプルなことも相まって、第一印象はどうあがいても足の悪い一兵卒だ。傍で杖を削るルディカと並べると、全体的な雰囲気も何だか泥臭い。
降り注ぐ疑惑の視線。エレインは何も言わず、燃え盛る炎の向こうを睨んで顔をしかめている。そこに何があるのかは知らないが、何とかしたいと言う心意気だけは汲めた。
ベルダンも主張は読み取ったようだ。苦々しい表情を顔一杯に浮かべながらも、勝手にしろと吐き捨てる。
言われなくてもと、ひどく掠れた声は一体誰に届いたか。螺旋状の掘り込みが入った杖をぐっと握りしめ、アエローの翼から飛び降りながら、エレインはアエローの上のルディカを振り返った。
彼は、その場でニワトコの杖を火の方へ向けていた。
<<焔接ぐ木を依代に、星抱く珠を羅針として、『溶岩竜(サラマンデル)』と『飛天精(プロキオン)』より障りを掃おう>>
杖を掲げた途端、吹き抜けるは一際熱い突風。撫ぜられた頬さえ焼け焦げんばかりの熱が、全身をちりりと焦がして渦を巻く。
熱い、と反射的に飛び上がってしまったが、周囲の変なものを見るような顔から察する限り、どうもこんな目に遭ったのは俺だけのようだ。まさかと思ってルディカの方を見てみれば、杖先の小さな竜がクェックェと嘲笑うように二度甲高い声を上げて俺を見ている。
……さっきジロジロ見られたお返しとでも言う気か、畜生。
焼き鳥にしたって美味しくないぞ、とこっそり呟いてみたら、『溶岩竜』はケケケケケと随分金属質な笑声を返して、ふいっと鼻先を背けた。
<<響け星の歌、緋を喰らい朗らかに。鳴らせ鎮火の鐘、焦土の風を打ち払え>>
<<翔けよ空高く、夜の闇を尚鋭く早く。飾れ眩く、仰ぎ見る者の導のように>>
杖の先に掴まっていた小さな竜が、翼を広げた。
もう一度、今度は全員が思わず体勢を崩すほどの風が真正面からぶつかって、あっという間に通り過ぎていく。それが杖から離れたドラゴンの飛んだ後に巻き起こったものだと理解するのに、俺は多少時間を使った。
けれども、こんなノロマな理解ではとても追いつかない。『溶岩竜』は自分の体よりも長い尾をくねらせながら、瞬く間に俺たちの周りをぐるりと一周したかと思うと、何のためらいもなく業火の壁へ突っ込んでいく。
火が一瞬怯んで揺らぐほどの速度で戦火に飛び込んだ竜、その背から目を離さないまま、ルディカが話を振ったのは傍のエレイン。
「エレインさん、もう始めて下さい」
「早すぎないか? いくら呪文が長いとは言っても——」
「いいから。プレシャ大陸の『溶岩竜』はせっかちなんです」
言葉のチョイスが何か変な気がしたが、エレインがものすごく真面目な顔をしているから、きっとこれでよかったんだろう。ほのかに感じた違和感と脱力感はその辺に投げ捨てた。
実際、目の前に広がる砲火の壁は、『溶岩竜』が飛び込む前に比べて明らかにその勢いが落ちている。よくよく目を凝らせば、火の海の中で忙しなく飛び回り、しきりに獲物へ喰らいつくような動きを見せる小竜の姿も伺えた。
果たしてエレインはそれを見たものか。杖をぐっと強く握りしめ、その先を地面にぐりりと食い込ませて、栗色の目の焦点を地面に合わせた。
<<三の導。堅牢なる火避け木の杭、水底に溶ける碧玉の楔、泉底(みぞこ)に満てる鉄の槍。『泉底の乙女(ネイアド)』の子、集い来たれ>>
織り上げる魔法の呪文は、低く、重く。ルディカのように高らかではないが、その分しっかと腰を据えている。真面目な犬らしいと言えばそうらしい堅牢な響きだ。
しかし、肝心の姿は何処なのだろうか。『泉底の乙女』自体ラミーより更にミニサイズだし、単に俺の目が捉えきれていないだけなのかとも思ったが、気配一つしないのは流石に妙だ。守神と言っても姿と性格は子供そのもの、気配を隠せるほど器用だとは思えない。
大丈夫なのだろうか。じわりと不安のにじむ心中を見透かしたかのように、エレインは顔を上げ、暴れまわる『溶岩竜』を見据えながら呪文の続きを放つ。
<<災を除け難を覆う紗と共に、地の底の淡海(あわみ)より来たれ。鉄を焦がし民を焼く炎を掃え>>
びしり。
何かの割れる音。
そして地の底遥か深く、何かが超速で噴き上がる、鈍く重たい足音。
その正体をあれこれ考えるより早く、叫ぶ。
「ヤバいロレンゾ、間欠泉だっ!」
瞬間、ロレンゾは傍に立っていたベルダンの襟首を引っ掴み、投げ飛ばしていた。
予備動作もなしに、自分より背の高いものを、まるで路傍の石のごとく投げられる腕力に驚く暇もない。あっという間にベルダンは俺の横までぶっ飛ばされ、しかし空中で姿勢を整えて翼に足から降り立つ。そしてロレンゾに視線を戻した時には、膝を曲げ跳躍の姿勢に入っていた。
視線の先は曲面の多いアエローの鼻先。無茶なと思う間に、彼は強く地面を蹴って鋲留めの僅かな凹凸に指先を掛け、つるつるとした白い金属板をしっかりと軍靴の底で掴んで、一息にその身体を鼻先に乗り上げる。……指先だけで自重を持ち上げるなんて、相変わらずめちゃくちゃな力だ。
けれど、そうして感心したり呆れたりする余裕さえ、俺達には与えられない。
<<翔け去れ『溶岩竜』、『飛天精』が先に立つ!>>
<<『泉底の乙女』の子等よ、残り火を全て掃え!>>
二人の魔法使いの声が、同時に空を震わせる。
その余韻さえも掻き消して、轟きは低く低く。
「久々にワタシ達を呼び出すのに逢ったなァ」
「ヨーシネイアドさん本気出しちゃうゾー」
聞き慣れない声が一瞬、重々しい地響きに紛れて、
地を割り吹き上げる波濤(はとう)の音に、全て押し流された。
- Re: タビドリ ( No.34 )
- 日時: 2016/11/04 03:21
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
「ダチョーだ」
「磯の匂いだ」
「グミの実沢山採ってったダチョーだ」
「泡沫の姫君と一緒にいたダチョーだ」
透き通るような白い髪、ガラス玉のような碧眼、カエルみたいな質感の白い肌。丈の長いひらひらのワンピースに、トンボの翅によく似た四枚のひれ。
——『泉底の乙女(ネイアド)』。淡水域に棲み、地上や地下の水一般を掌る、小さな身体の守神。
彼女達の無邪気さと好奇心の旺盛さは、実に見た目相応だ。さっきから俺の回りをうろちょろと飛び回り、ふんふんと鼻をひくつかせては、海の臭いがするだの焦げ臭いだのと好き勝手に品評してくれやがる。これがあの水禍の主、火の壁を燻り一つ残さず消し去り、あまつさえ戦場を浸水させた守神とは思えない。
ぎゅう、と頭の飾り羽を引っ張られたところで、流石に守神の手を払った。
「痛ェだろーが。引っ張んな馬鹿」
「むっ、失礼だゾ。ワタシは偉ーい守神様だゾ」
「姫君と違ってちゃんと泉を管理してるのだゾ」
「何だと?」
旅の従者を悪く言われて黙っている俺ではない。その言いぐさは何だ、と語調を強めると、二人の守神はちょっと面食らったように顔を見合わせ、視線をあらぬ所に泳がせて、それから口のへの字にひん曲げた。
嫉妬が入ったのは確かだ、でも本当のことだ、とはネイアドの主張。
「姫君がエラい守神なのはワタシだって知ってる」
「でも、姫君が何もしていないことも知っている」
「歌うたいは誰もがそうだ」
「管理するのはほんの一部」
まるで説得するかのように、或いは懐柔するかのように、ネイアドは交互に畳みかけてくる。だが俺は、真面目に聞くふりをしながら、全部聞き流した。
ラミーが守神らしいことを何一つしていないことくらい俺だって察しているし、いつまでも呑気に旅なんてやってていいのか心配もしている。
だが。それでも、俺は。
「彼女が自分の将来を考えないほど馬鹿だとは思わない。俺は彼女の自由意志を尊重するよ」
「……分からないゾ?」
「守神にも馬鹿は——」
「いい加減にしろ。あんまり侮辱すると本気で許さんぞ」
言葉を遮る声は無意識のうちに怒気を孕んだ。
大人げないかもしれないけど、この場にいない者の悪口を黙って聞いていられるほど、俺は幸せな性格じゃない。言っていいことと悪いことの区別くらい——外見年齢十歳の女の子に求めることじゃないとは思うが——偉い守神と名乗るくらいなら付けて欲しかった。
そんな俺の苛立ちを感じ取ったのか、ネイアド達は押し黙る。
そうして漂った沈黙の間に、割り込むのは別所からの声。
「そろそろお転婆ちゃんも再始動できる頃でねぇかい」
「嗚呼……急冷した影響がなければ良いが」
「ちょっと水浴びしたくらいで壊れるモンじゃねぇだろ」
「俺達だけならそう言うが、今回は翼にものを載せる。心配するに越したことはなかろう」
しわがれた、けれど良く通る声の主——ロレンゾとベルダンは、先程から沈黙している巨鳥の具合を気にしているらしい。勿論俺はアエローの調子の診方なんて分からないが、良し悪しで言えば恐らく悪いだろうと言うことは、軽薄なのに暗いロレンゾの声と真剣な横顔から察するに余りあった。
しかし、彼等は洞々たる夜を見据えて不敵に笑う。暗きの先に苦難などないとでも言いたげに。
何を根拠に笑うのか。俺には分からない。
だが、理解できない根拠など必要でない。
「隊長は生け捕り、火は消した。俺達が此処に残したものはもう何もない」
「さあ、帰ろう」
——待ち人の下へ!
高らかなロレンゾの声。
アエローの咆哮が、応えるように冷たい空を震わせる。
- Re: タビドリ ( No.35 )
- 日時: 2016/11/04 03:37
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
アエローは異常なほど器用だ。
鳥と同じく空を飛ぶだけかと思いきや、俺達より尚速く地上を走り、極め付けは人を殺せるほどの鉄砲までも自前で持っている。器用さと言うか、戦場を疾駆する武力として見れば、アエローは最早生命ある存在をはるかに超越してしまっているに違いない。
これを作った人間は、この化け物じみた強さを一体何に使ったのだろう。戦場を翔け戦線を蹂躙し、他を力で制するためなら、何故これほどの強さにしなければならなかったのだろうか。
『遺物』、延いてはそれを作った人間。その感性と発想は、理解できない。
「寝床は別に探せ」
「ぐぇっ」
草木さえ頭を垂れ眠る深夜。小難しいことなど考えながらうつらうつらしていたら、いきなりアエローの翼上から投げ捨てられた。ほとんど寝かけていたところに前触れなく割り込まれ、猫の仔みたいに勢いよく放り投げられて、それでもちゃんと着地出来たのは奇跡だったと思う。
乱暴な手と声の主はベルダン。猫族の陣営まで戻る最中もアエローの一挙一動に神経を尖らせていたのに、これから更にまた何かするつもりでいるらしい。傍らに大きな木箱と大きな木綿の袋を降ろし、彼は動力炉の蓋を、木箱から引っ張り出した無数の工具でこじ開けていく。
……何時ぞやか錠前破りの達人の技を見たが、小道具を次々に使い分けてるトコと、傍から見ても何やってるかさっぱり分からないトコ、何となく似ている。
それに、手際の良さも錠前破りと一緒だ。あっという間に動力炉の外側の蓋を外し終えたベルダンを、俺はあんぐり口を開けたまま見上げていた。
降り積もる微細な静寂。打ち破るのは、溜息のようなしゃがれ声。
「エド」
「何だい?」
「貴様は、『遺物』が俺達の進化と発展に寄与できると思うか」
普段の彼なら、絶対に俺へしないであろう質問だった。ただ自分の意見をぶつけたいだけなのか、と思ったが、次の瞬間睨みつけてきた目の色は、明らかに俺へ返答を求めている。
だが、正直な所、ロレンゾ達ほど『遺物』を使いこなした智獣なんて見たことないし、あまりちゃんとしたことを考えたことはない。
それでも、何か答えないとドライバーを眉間に刺されそうだ。頭の中を言葉と意見が駆け巡る。
「俺、は……そう思うけど。そりゃま、出てきた『遺物』は物騒なものだとしても、そこに使われた技術は平和的に利用できると思うよ」
「フン、ロレンゾも似たようなことを言っていたが。だが、俺にはそうは思えない。人間は確実に、何かを滅ぼす為だけに磨いてきた技術を持っている」
そうでなければこんな化け物が作れるものか、と。吐き出される声には怒気さえ孕んでいた。
一体何に対してそんなに憤っているのか。全く理解出来ず、二の句が接げない。そうして黙り込んだ俺を、ロレンゾは何処か失望したような眼でちらと見下して、すぐに自身の手元へ視線を落とした。
「四十年前の事故で、何が起きたか。何故ロレンゾがあの形(なり)でいるのか。知っているか?」
瞬間、冷たい何かが、血のように全身を巡る。
ロレンゾの過去の話は、正直耳にタコが出来そうなほど何回も聞いてきた。だが、その内容はいつも、一番派手に活躍していた時のことだけだ。あれが軍を辞める前後の話は、思えば全く聞いたことがない。聞こうとも思わなかったし、聞いてはいけないとさえ思っていた。
けれど今、ベルダンはそれを、俺に語ろうとしている。
聞いて、いいのか。
何と答えればいい。
「俺に、そんなこと話していいのか……?」
「——四十年前の戦火を飛んだ飛空艇は、今のそれとは違う動力炉で動いていた。人間の発想と技術を以って作り出された『遺物』そのもの、設計から材質、細部のあらゆる形状に至るまで、人間が作った当時と全く同じものだ。断言してもいい」
震える声で紡いだ問いに、ベルダンは本題で返してくる。
無意味な問答など必要ない。支離滅裂な態度の裏で、俺を一顧だにしない空色の目と、ただ一瞬の遅滞もない手付きだけが声高にそう叫んでいた。
なら俺は応えるしかない。質問にくらい答えてくれてもいいだろ、と言いたくなったのをぐっと堪え、黙って続きを促した。
ベルダンはやはり俺を見ることなく、声は独り言のように。
「理論上、それは小指の先ほどの石ころ一つで、星の命と等しいほどの長きに亘って動き続ける。そして四十年前、アエローはそれをほぼ実証した。状況を加味した上で、俺が計算した連続耐用期間は最低でも五年だ」
「五年って、生き物の範疇超えてんじゃねぇか」
「嗚呼、何もかも。墜落し、沈黙しても尚、それは俺達に瑕を残し続ける」
——前言を撤回しよう。
彼の話は、此処からが本題なのだ。
「当時は誰も気付けなかった。危険さはおろか、存在自体にさえ」
張りつめる緊張の糸。
ベルダンの声が、それを切ることはない。
「『遺物』がその動力源として載せていたのは、生命の設計図に瑕(きず)を付け、生命の定義を脅かす死毒だ。墜落し動力炉が破損した時、厳重に封じ込めされていたそれは外へ漏れ出してしまった。……だがその時は、誰もその事実に気付ける者はいなかった。それに傷付けられたと知ったのは、俺と奴が肺を病んだ後だ」
「は……あんたが? 病気? ウソだろ」
「誤診で肺を一つ取られたとは思えないがな。少なくとも、血反吐を吐いて這いずった記憶があるのは確かだ」
酷く生々しい過去を語っているはずなのに、口調がまるで他人事だ。知らないことには感情移入出来ないのかもしれないが、それにしたって血を吐いた挙句肺を取ろうなんて事態になっておきながら、こうまで無関心に喋れるものなのだろうか。
内心ゾッとしながら、俺は浮かんだ疑問をそのままぶつける。
「あ……あんた等にも分からないものなのか?」
「俺達が手に取って観察できるものではないからな。太陽の光や稲妻と根底を同じくし、かつ見えないもの……人間が取り扱った以上、そう言った技術自体は存在するのだろうが、俺達の技術と知識ではその毒を直接知覚することは不可能だ。分かるとすれば、それは俺達のように病で倒れる者が出た後だろう」
「————」
目に見えない、手に取れない。存在を感知できない。
それでいて、触れたものの生命の定義を覆す。
人間の発想と技術は、これほどの化け物を作るために、そんな劇物を平然と使っていたと言うのか。そしてベルダン達も、そんなおぞましいものを頭上に据えて、四十年前には戦場を飛んでいたと言うのか。聞いただけで気が遠くなりそうだ。
しかし、それにしても——
「何であんた等、そんな毒(もの)に触れて生きてるんだ」
生命の設計図を傷付ける。それが学問的にどんな現象なのかは知らないが、少なくとも俺達命あるものにとって致命的な意味を持っていることくらいは分かる。
だが、そんな代物をごく身近に置きながら、尚彼等は六十を過ぎるまで、聞く限り病気らしい病気一つせず生きているのだ。俺の呈した疑問は、多分普通の人なら誰でも思うことだろう。
だが、ベルダンは一瞬、躊躇うように手を止めた。
「俺達生ける者には皆、多少傷をつけられようと、ある程度であれば元に戻す力がある。知っているな?」
「ん、まあ。放っておけば傷が勝手に治る的な奴だろ」
「それとこれとは若干違うが、似たようなものか。……して、その力の強さは種によって様々だが、俺達はそれが他より強い。流石にイモリだの渦虫(ウズムシ)だのには敵わんが、それでも、あの事故の時に喪った腕一本程度であれば元の通りに治すことも出来たのだろう」
——そんな力を、俺達はこの先を生きる為に使った。
——だが!
言葉は、小さく掠れ。
声から排された激情を代弁するかのように、工具を握り締める手は震えていた。
「あれから四十年経って尚、死毒が完全に抜けたわけでもなければ、付けられた瑕が全て癒えた訳でもない。嘗ての飛空艇を動かした劇毒(もの)は、最早この惑星の生命が取り扱って良い限界を超えてしまっていた」
「……それが、「何かを滅ぼす為に磨いてきた技術」だと?」
「いや……寧ろ、それを力に変え、一時は本当に制御してしまったことが、真に恐ろしいことだ」
——『科学』などと言う生易しい次元ではない。『魔法』などと安易に名前を付けられるものですらない。人間が生み出したものは、世界の理を歪める“秩序の怪物”だ。
——世界が世界たるものにさえ干渉し、支配する術を、人間は他を制圧する目的に使ってしまった。逆に言えば、その技術が武力による統制を目的としたものにできる可能性を、人間は実物で示してしまった。
——俺は、こんなものを平和利用できるとはとても思えん。
最後の方は、きっと俺に向けた言葉ではなかったのだろう。苦しげな顔で吐き捨てた後、ベルダンはハッとしたように俺を見た。
余計なことを言ったか、と夜風に溶けた独り言を、拾い上げる。
「四十年もそんなものと付き合ってきた奴に、俺みたいな若造が何か言えるなんて思わないけどさ。……それでも俺は、人間の技術はいつか、何処かで役に立つときが来ると思うよ」
「その前に破滅が来ると思うがな」
「俺はどっちかっつーと楽観主義なもんでね。悪いがあんたほど不安にゃ思わんぜ」
自分で言うのも何だが、割と楽天的な性格ではある。
とは言っても、ロレンゾほどではない。だからと言って、ベルダンほど将来を悲観する気もない。旅人が行く先々でいちいち将来のことを心配しても、何も始まらない。エシラのように何か目的があって渡り歩くわけではない以上、俺のような奴は前へ進むのが仕事であり目的なのだ。
何処か一つの場所に留まって、一つの道を究めている、職人気質なベルダンにしてみれば理解しがたいかもしれない。だが、それでも俺はずっとこんな風に生きている。十年続けてきたやり方を否定されたくはなかった。
そんな考えを、果たして彼は汲んだか否か。バン、と大きな音を立てて動力炉の蓋を閉め、ネジ留めしていきながら、ベルダンは硬い表情を少しだけ緩めた。
「不安を気にせず生きられたなら、俺も気が楽なんだがな」
「ま、あんなんが相棒じゃーな。神経質にもなるだろうさ」
何しろ山肌スレスレにアエロー飛ばして笑うような奴だ、と、ちょっぴりの恨みも籠めて先日のアレをぶつけてみると、彼はちょっと気まずそうに目を逸らして腕を組んだ。
あれは前部座席の馬鹿が勝手に、なんてもごもご弁解しようとするのを、一緒になって笑ってたくせにと叩き伏せる。返ってきたのは困り果てたような唸り声。
「ダチョウの視力は侮れんな……」
「ヘッ、鳥眼なんて言わせねぇよ」
「違いない」
苦々しく、微かに。
けれどようやく、ベルダンは笑ってみせた。
- Re: タビドリ ( No.36 )
- 日時: 2016/11/04 03:46
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
戦場の朝は、乾いた銃声と共に始まる。
「ロ、ロッ、ロレンゾ……!? てめっ、お、俺を殺す気か……!」
「あー悪い、すまん。意外と引き金が軽くてよ」
「言い訳なんか聞くかっ!」
俺の足のすぐ近く、乾いた地面に焦げ一つ。漂う煙は微かに火薬の臭い。
後ほんのちょっぴり動くのが早かったら、間違いなく足を撃ち抜かれていたのだ、と。そう理解した瞬間、俺はその場で腰を抜かしていた。一方、俺の肝をぺしゃんこに潰してくれやがった張本人は、真黒に煤けた鉄砲を手に、乾いた笑声を上げて突っ立っている。
黒焦げになっていて分かりづらいが、ロレンゾが持っているのは、二—ベル隊長から取り上げたものと全く同じ銃。と言うか、多分ニーベルが持っていた銃そのものだろう。何で持ってきたのかとか、どうやって持ってきたのかは分からないが、俺の勘はそう告げている。
抜けた腰に喝を入れて立ち上がり、絶対撃つなよと目で脅しつつ、ロレンゾの元へ。俺の身長の半分くらいありそうな、砲身の長い銃は、煤だらけになりながらも鈍く輝いていた。
「そう言や手前、腕大丈夫か? 人魚ッコから折れたって聞いたが」
「あんた等じゃないんだからすぐにゃ治んないっつの。一応固定はしてもらったけどさ」
「ケッ、そりゃあ皮肉かね」
渋い表情で吐き捨てると同時に、ガチャリ、と鈍い音。次いで、金属と硬いもののぶつかり合う涼やかな音。音源を辿ると、少し遠くの方に、鈍く光る金属の筒が一つ落ちている。拾い上げた筒は微かに熱を帯びていた。
先程の鈍い音はどうやら、この筒を銃の本体から吐き出させる時の動作音だったらしい。その証左と言うべきか、ロレンゾが銃の根元に付いているレバーを押したり引いたりする度に、さっきと同じ音が聞こえてくる。
「また俺に向かって撃つんじゃねぇぞ」
「銃口地面に向けた状態じゃ流石に当たらんよ」
「当てるつもりだったのかよ」
「ンなこた一言も言ってねぇだろがい」
そもそも銃弾(たま)はもう残っていない、呟くようにそう続けて、ロレンゾは長い銃身を引っ掴み、銃床の部分でごちごちと頭を二回叩いてきた。止めろ、と文句を叩きつけるも、彼は涼しい顔。銃の砲口を地面に押し付け、銃床に片手を預けて、ロレンゾはまだ暗い東の空を仰ぐ。
戦場から、翠龍線へ。吹き抜ける冷たい風は、まだ戦場の臭いを色濃く含んでいる。昨日の業火は消されて尚深々と爪跡を残し、ロレンゾはそれを、厳しい表情で見つめていた。
「……相変わらず、草木一本生えやしねぇ」
「いきなりどうした?」
「焼け野原じゃねぇんだ、此処は。いくら種を植えても芽は出ない、何本木を植えても育たずに枯れる。池を作って魚を放ったところで、全部死ぬのが落ちだ」
呟く声は苦しげに。視線の先には、ただただ茫漠とした砂の平野が広がるばかり。彼が戦場を駆けた四十年前も、きっと似たような光景だったのだろう。表情からそれは察するに余りあった。
ギリリ、と何かの軋る音。ロレンゾの手が、握り潰さんばかりに銃床を握りしめていた。
「因果な土地だよ、此処は。『遺物』が他より沢山埋まってるばっかりに、火薬と毒が垂れ流されて何も生み出せなくなった。此処で見出せるのは過去(むかし)の栄光と、現在(いま)の醜さだけだ」
「…………」
「だからっつって、此処に埋まってる『遺物』それ自体が悪いんじゃねぇと思いたいがな。俺達はどう足掻いたところで人間の本当の意図を知ることは出来ない。『遺物』だって、使い方も構造も、手に取って想像するのが限界だ」
——それでも、構造的な面で言えば、俺達は限りなく人間の真意に近づいたのだろう。永久機関なぞと言う馬鹿げた夢想ではないにしろ、星の命より長く動く機械を人間は生み出した。そして四十年前、俺達はそれに限りなく近い模倣品を以って、何よりも長く飛び続ける鳥を蘇らせた。
——だが、使い方はどんなに考えても真実には辿り着かない。ベルダンはこれを「他を滅ぼす為の兵器」と断じたが、そんな虚しいことの為に使ったのではないと俺は信じてやまない。
俺に向けて何かの意見を具申しているのか、或いは自分の考えを整理したいだけなのか。恐らくは後者なのだろう、ロレンゾは俺に思案の時間を与えずに畳みかけてくる。
俺はただただ黙り込むばかり。漂いかけた沈黙を、彼はより低い声で破った。
「……晩年のアエローは、回収艇だったんじゃねぇかと予想してるんだがな、俺は」
「サルベージ船? 今船でやってることの空版ってことか。……回収船にしちゃ小さいぞ」
「馬力と耐久力は回収船とそう変わらんくらいある。——それに、アレを泉の底から引き上げた時、アエローは杭とロープ、それに救命胴衣を山のように積んでいた」
「救命胴衣なんてどの乗り物にも積んであるけどなぁ」
「二人乗りの飛空艇に十枚も二十枚も必要か? それにロープも、ベルダンのやり方で係留していたなら四本で十分だ。だがアエローには太いのから細いのまで、少なくとも百本は載せてあった。いくらなんでも飛空艇一隻繋ぐのに百本は多すぎだと思わねぇかい」
「確かに多いけどさ、回収船としちゃちょっと少ない。第一、回収船なら銃なんて要らないんじゃないのか?」
「元々二丁載る設計になってたのを誰かが一丁降ろしてんだぞ。戦闘機が攻撃手段を減らすか?」
「一丁残す理由だって無いだろ。何だい、この機銃から出てくる弾はサメも打ち落とせるって?」
「そりゃ……出来んが」
出てきた疑問をぶつけると、ロレンゾは言葉を失った。
別にあんたの考えを否定したいわけじゃないんだけど、と弁解しようとしたのを、彼は首を横に振って遮る。思わず口を噤んだその隙に、彼が放つは低い暴露の言葉。
「アエローは“記憶”するんだよ」
「!?」
「それまで飛んできた道のり、操り手の会話、周囲の物音。俺達が記憶するよりは少ない量だが、アエローは確かに、墜落する寸前の記憶を持っている——っつっても、流石に壊れてたがね。それでも『遺物』だ、壊れても簡単に直せるような構造になっていた。だから、直した」
瞬間。一週間前のことを思い出す。
俺が彼の元を訪ねた時、彼は何か機械を弄っていた。詳しく見はしなかったが、翠龍線で掘り起こされた『遺物』だろうとぼんやり考えた、あの複雑で面倒臭そうな機械。
まさか、あれは。
「ロレンゾ、あんたもしや、それ……」
「嗚呼、手前が思ってるので多分間違いねェ。あれがアエローの記憶装置だ。……尤も、何千年も塩水に浸かったせいで、記憶の大部分は飛んじまってたがよ。俺の修理が下手だったせいもあるかもしれん」
——それでもアエローは微かに覚えていた。人を乗せていた頃の記憶を。
諸々の疑問や感情は、低められた声が洗い流した。
神託を待つ巫女の気分に陥りながら、俺は次の言葉を待つ。
彼は逡巡するように少し目を伏せ、意を決したように見開いた。
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