複雑・ファジー小説
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- タビドリ
- 日時: 2017/07/20 01:34
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg
次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。
逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。
森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。
この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。
***
【挨拶】
初めまして、月白鳥と申します。
人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。
尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
***
【注意】
・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。
・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。
***
【目次】
キャラクタープロフィール
→Book-1 >>38 >>64
用語集
→Book-1 >>39 >>65
地名一覧
→Book-1 >>40 >>66
Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37
Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63
***
【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)
- Re: タビドリ ( No.2 )
- 日時: 2015/10/25 22:32
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: kkPVc8iM)
店の奥に併設されたロレンゾ夫妻の自宅、その一室で、ロレンゾはがちゃがちゃと机の上に広げ散らかしていたものを片付けていた。あまり詳しく検分する気はないが、ペンチだのドライバーだのと言った工具類がどうしても目につく。
大方、翠龍線で掘り起こされた『遺物』を弄っていたのだろう。街外れの泉の底に沈んでいた『遺物』——どうやら、大昔にこの星を闊歩していた種族が残した技術の痕らしい——空飛ぶ金属の船を引き揚げ、修理し、あまつさえそれを乗りこなして、空の覇者たる猛禽から制空権の半分を強奪した“伝説の馬鹿”は今も健在と言うわけだ。
「また機械でも弄ってたのか?」
「まあ、そんな所だ」
俺の質問には上の空、子供がおもちゃを片付けるかのように、工具箱へ工具を流し込んでいく。乱暴に扱って壊れたらどうするんだと思うが、当人がそれで顔色を変えないから多分大丈夫なんだろう。
とりあえず本が二冊広げられる程度の小さな空きスペースを机の上に作って、近くの古い椅子に腰かけたロレンゾは、ドンッと音さえ立てて頬杖をついた。鈍い金色の瞳が鋭く睨みつけてくる。ただでさえ表情が読みにくいのに、彼はただの一言も喋らない。僅かに細められた眼だけが感情を語る。
世間話も茶番も要らないからさっさと話せ——と、多分彼はそう言いたいのだろう。
「前提の話になるが、ロレンゾ。翠龍線の向こう側がどんな状況かは大体知ってるよな? 立ち耳の犬と猫が戦争起こしてるってこと」
「嗚呼、緩衝地帯のど真ん中で『遺物』が掘り起こされたってんで大騒ぎしてやがるな。随分ド派手に戦争やらかしてるようだが、そいつがどうかしたかい」
「その最前線でな、ド級の魔法使いを見た。結構年取った白猫だ」
ギロリとロレンゾが俺を睨んだ。
何しろ長いこと此処で雑貨屋を営んでいるのだ、彼にはすぐ分かっただろう。その年老いた猫の魔法使いが、自分の店へよく訪れる上客だと言うことは。
けれども、彼は俺を睨む以上のリアクションはせずに、ただ疲れたような声で問いを投げかけた。
「その魔法使いが、どうしたってんだい」
「死んだよ。魔法の使い過ぎで、心臓が止まった」
なるべく情感の響きは籠めずに言い放った。
戦場とはいつでも紙一重だ。俺だって誰だって、自分の命を護ることで手一杯になってしまう。誰かの命を護ろうとするのなら、それはもう自分の生命を削って盾にするしかない。そして白猫の魔導師は、そうするしかなかったのだ。彼は自分の命と自分に下された命令を天秤にかけて、後者を取ってしまった。
くどくどと事情を語りはしない。幾らロレンゾが六十年の時を重ねていても、古い客の訃報なんて突然聞かされるのは大変な衝撃のはずだ。そこに情報を上塗りして、思考回路を無闇と混乱させることは、恐らく愚かしいことに違いない。
「……何で、それを俺に伝えた」
長い、長い沈黙の後。
紡がれたロレンゾの声は、掠れていた。頬杖をつき、じっと虚空の一点を眺めるその表情は無表情で、俺の目に感情は読み取れない。だが、酷く苦しげなことだけは、雰囲気からひしひしと伝わってくる。
問いへの返答の言葉を選ぶのに、俺はたっぷり時間を使った。
「約束は守るもんだよ、ロレンゾ」
「——そうか」
絞り出すように呟いて、彼の手が一瞬虚空を彷徨った。そして、何かを振り切るようにぐっと拳を握って、机に叩きつける。ドン、と鈍い音がして、山積みになった本が微かに揺れた。
そうか、とまた一言。握り締めた手を解いて、ロレンゾは引き出しの取っ手に指を引っ掛けたかと思うと、のろのろと緩慢にそれを引っ張った。がらがらがら、と、部屋に響く音はやけに虚しい。
「…………」
開け広げた引き出しを、しばし凝視。ごつい手で中身をぐしゃっと一回引っ掻きまわし、彼は銀色に光る鍵を抓み上げた。俺達が普段使う、錠前用のそれとは形が違う。細長いのは一緒だが、薄べったく、出っ張った部分のところはずっと複雑だ。
これも、『遺物』。遥か昔、食物連鎖の頂点に立っていた種が残した技術の欠片。貴重なものであるはずのそれは、ロレンゾの身辺には造作もなく転がっていた。
「エド」
名前を呼ばれて我に返る。
何だ、と手短に問い返せば、金貨の色の目が、見たこともないほど鋭い光を湛えて俺を見ていた。その鋭さの中に、往時の彼を一瞬見た気がして、自然と身が竦む。
半ば呆然として立ち尽くしていると、ロレンゾはふっと表情を緩めた。ニッと口の端を楽しそうに釣り上げて、俺の方に鍵を放り投げてくる。貴重品だって言うのに、全く扱いがぞんざいだ。
投げ渡された鍵をしっかと受け止めて、じろりと睨んでやる。ロレンゾの表情は、変わらない。
「約束を果たすのはいつだって老境の役目だ。お前はジジイのお使いを果たすんだな」
「カッコつけやがって。何すりゃいいんだ?」
「ベルダンの所に行ってこい」
「ぅえ゛……」
当たり前のような返答に、変な声しか出てこなかった。
ベルダンの所に行く。そのお使い内容が、魔法使いと交わした約束より難易度高いってこと、分かってるんだろうか。
「中々スリリングなお使いだろ? さー行ってこい、青二才!」
嗚呼、確信犯だこいつ。
後で絶対蹴り上げてやると、心の底で固く誓った。
- Re: タビドリ ( No.3 )
- 日時: 2016/10/30 02:12
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)
ロレンゾは俺を書斎からほっぽり出した後で部屋中のあれやこれをばったんばったんひっくり返し始めたし、ローザ夫人はアラアラウフフと言った感じでただの一回も止めてくれなかった。俺はどうやら、世界一難しいお使いを遂行するしかないらしい。
これもあの魔法使いとの約束だ。託された鍵を鞄の中に仕舞いこんで、泥沼にハマったみたいに重たい足で街路を進む。
——甲高い金槌の音、刀匠の怒号に丁稚の悲鳴。金物を売る商人たちの軽やかな口上、財布の紐を握りしめた主婦や旅人たちの値切り合戦。炭の焼ける焦げ臭さ。煙突から立ち上る白い煙が青空に溶け、注ぐ陽光に真新しい金物の輝きが眩しい。
ネフラ山麓駅は宿場町である以前に、金物の聖地だ。
それもそのはず。ネフラ山系、それもこのネフラ山麓駅の付近は、世界でも類を見ないほど良質な鉱脈が広がっている。最上の金属と鉱石が山のように採れるこの場所に、鍛冶と細工の職人が集まるのは当然と言えるだろう。
ロレンゾが俺を使いに出した、ベルダンと言う男もその一人。いや、ネフラ山麓駅どころか、世界で一番腕の良い鍛冶屋だ。
「ガーネットパス十五番地の、六……と」
一番太い大通りから一本入り込んだ、閑静な脇道。何処かうら寂しい雰囲気の漂う裏路地の隅に、ベルダンの工房はひっそりと暖簾を掲げている。
良く言えば趣のある、悪く言えば老朽化した、煉瓦造りの二階建て。広さだけはそれなりにあるが、表通りに比べると遥かに小さいし、何より客の出入りが全くない。随分と寂しい印象の工房だった。
それでも、此処で打たれる金物はどれも、ものすごい。
一度だけ「失敗作」と言って放置されていたもので試し切りをしたことがあるけど、失敗作なのにまな板が切った感覚もなく切れてしまった。出来上がった作品に至っては最早どんな切れ味かもわからないが、少なくとも、俺が全財産を絞り出しても買えないほどの高級品だ。
失敗作は手に届いても、店に並んだものを手に取る機会はないんだろうなぁ。なんてしみじみ考えながら、出入り口の戸を叩いた。
「おーい、ベルダーン」
返答なし。もう一度扉を叩いて、声も投げる。
やっぱり返答はない。留守なのかと思って耳をそばだててみると、かーんかーんと甲高い金槌の音が中から聞こえてきた。一応ベルダン本人は在宅のようだ。けれども、難易度がこれまで以上に跳ね上がった。
仕事中のベルダンほど声の掛けにくい相手は居ない。普通に声を掛けて気付くことなんて百回に一回あるかないかくらいだし、無理やりこっちに意識を向けさせたなら、集中を乱したと言って金槌をブン投げてくるような恐ろしい男なのだ。実際それで俺も何度かドア越しに殺されそうになった。
出来れば近寄らずにそのまま引き返したいところだが、多分、そうもいくまい。会えませんでしたゴメンナサイ、と言ってロレンゾが納得するとはとても思えない。
意を決して、工房の扉を蹴り上げる。
「ベルダン、客ゥ!」
半ば怒鳴り散らす勢いで声を張る。直後漂う静寂。
かーん、かーん、と、規則的に響いていた金槌の音が、止まって——
——ばごぉ!
……ドアの向こうで、何かが粉砕された。
「——何の用だ」
数分後。
愕然としていた俺がようやく正気に戻り始めた頃になって、戸がガタガタと音を立てる。
建てつけの悪い戸を半ば引きずり倒す勢いで開け広げ、不機嫌さを隠そうともしないしゃがれ声で呟くように問いかけてきたのは、見上げるほどに背の高い、真っ黒なトカゲだ。空の色を映したような、けれども空より遥かに鋭い光を湛えた目が、検分するように睨みつけてくる。
この泣く子も黙る威容の持ち主こそは、この工房の主。ロレンゾが使いに行けと指名した、ネフラ山麓駅最高の大鍛冶師(グランドスミス)——ベルダンだ。
「何の用だと聞いている。貴様が客ではないようだが?」
「嗚呼、客だなんて騙して悪かったよ。ロレンゾからの使いで来たんだ」
仕事中に邪魔されたのが相当癪に障るらしい、低い声と威圧的な佇まいから放たれる雰囲気は露骨に苛立っている。取り乱すと余計神経を逆撫でしそうだったから、努めて淡白に用件を答えた。
そして彼が顔に浮かべたのは、強い疑問の色。
「ロレンゾが? 奴がどうした」
「本当の意図は俺にもさっぱりだ。ただ、鍵を渡されたよ」
託された鍵を差し出す。
受け取り、じっくりと検めたベルダンは、無表情。はぁ、と呆れたように小さな溜息を一つついて、革製前掛けのポケットに鍵を突っ込んだ。そのままくるりと踵を返し、とりあえず用は果たしたしと後ずさりかけた俺に、ギロリと視線だけを向けてくる。
他意は無いんだろうがひたすら怖い。思わず凍りついた俺に、ベルダンは不気味なほどぶっきらぼうだ。
「貴様が発端だろう、ダチョウ野郎。見届けろ」
「ダチョウ野郎って、アンタな……俺にゃエドガーって立派な名前があるんだぜ?」
ダチョウなのも事実だし野郎なのも事実だが、くっつけてあだ名にされると結構屈辱的だ。呆れる他なかったが、ベルダンは相変わらず冷めた目をしている。語ってほしい事情も掛けてほしい言葉もない。そう目と背が語っていた。
あんたには無くても俺には山ほどあるんだが、と言ったところで、多分聞きはしないだろう。それを証明するかのようにズカズカと工房の中へ入って行ってしまったベルダンの後を、俺は黙って追いかけた。
- Re: タビドリ ( No.4 )
- 日時: 2015/10/29 04:54
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: 3rsK9oI3)
こんばんわ、始めまして月白鳥様。風死と申します。
素晴らしい文章力と、物語の運びだと思います。題名もまた、情緒があって良いですね^^
ラミーさん、可愛いですvv
素敵なファンタジーで、更新が楽しみです。
これからも応援しています!
- Re: タビドリ ( No.5 )
- 日時: 2015/10/29 07:07
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: kkPVc8iM)
>>4
風死様
コメントありがとうございます。
行き当たりバッタリのノープランなこの小説を目に留めていただけたのなら幸いです。題名は……結構苦肉の策です(
はて、ラミーはまだキャラについてを軽く触れただけですが……?
もし何か別のご縁で見ていたのであればそのこと含めてありがとうございます。挿絵なども付けていけたら付けていこうと思う所存です。
非常にのんびりしたペースで進めていきますが、良ければこれからもご愛読くださいませ。
- Re: タビドリ ( No.6 )
- 日時: 2017/03/01 22:23
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: 0L8qbQbH)
高い天井、煤けた梁、熱気を孕んだ灰色の溶鉱炉。ガタガタの金床(かなとこ)、真っ黒に錆びついた金槌に、練習台と思しき小物刃物がそこら中にズラリ。
年季が入っている。そんな言葉がよく似合うであろう、何とも色あせた空間だった。
表通りで一番人気を誇る鍛冶師の工房に比べると、道具も工房自体も薄汚れている。けれども、此処で名匠が名作を生み出しているのだと言われれば、すんなり信じられるだろう。表通りイチの気鋭の新人、その彼が持っている工房にはない、刃物のように鋭く、凪の海のような深さを帯びた静謐が、此処には確かにあった。
そんな工房の奥、隣接する彼の家との出入り口にあたる縁側のところに、ベルダンはどっかりと腰を下ろした。工房は土間の延長みたいなものであって、自宅自体は高床らしい。
木造高床、土足厳禁。こんな様式の建築物は、この近辺では見かけない。
ベルダン自体、プレシャ大陸の出身ではないと聞いているが……今は置いとこう。
「しかしまあ、俺一人の為にわざわざ仕事中断させて悪いな。炉の火まで落としちまって、大丈夫だったのか?」
「構わん。そう言った類の調整が要る仕事だった」
さっきまで腰に掛けていた革製の前掛けもその辺に放り出し、溜息。鼻面に乗せていた老眼鏡を外して、空色の目を少し細める。表情こそはほとんど変わらないし、彼自身どんなことがあっても滅多と口に出したりしないが、疲労が溜まっていることは何となく察せられた。
抱えている事情は詮索せずに、本題へ入る。
「でさ、ベルダン。あんた、何か知ってる風だったけど……?」
「……ロレンゾから概要は聞いているだろうが、俺とロレンゾは元々、同じ軍隊の同じ部隊に居た。貴様等が言う“空飛ぶ金属の船”——俺達が言う所の“飛空艇(ひくうてい)”を泉から引き揚げたのも、軍隊に居た頃だ」
投げた問いに、明確な答えではなく昔話で切り返された。
そこから続く話が、きっと答えになるのだろう。知ってる、と簡単な相槌だけ打って、続きを促す。ベルダンは小さく頷いて、けれども次の言葉を声にするまで、たっぷりと時を使った。
「あれを飛ばしたのは、俺の知る限り十回しかない。前者五回は、猛禽共から制空権を強奪する為の攻勢」
「嗚呼、聞いてる。なら、後五回は?」
たった五回の出撃で空の半分をブン奪ったって言うのも、それはそれで物凄い話ではあるが。その辺の武勇伝は、既に他の街の元軍人やらロレンゾ本人やらから十分過ぎるほど聞いている。
俺が今此処で、本当に知らなければならないのは、五度あったと言う出撃の内の、最後の一度だ。
問えば、ベルダンは躊躇いもなく口にした。
「四十年前の戦争……ロレンゾが腕一本失くしたその時だ」
バシン、と乾いた音。
何か重苦しいものを振り千切るように、長い尻尾で木の床を叩く。遠慮も何もない打ち下ろしで痛くないのかと思ったが、トカゲの表情は相変わらず何も変わらない。瞳にも漣一つ立ってはいない。
ただただ、彼は何処か遠い所に焦点を合わせて、独り言のように続けるばかり。
「駆り出されたのは、ネフラ山系の東側。今も立ち耳の犬と猫で小競り合いをしているようだが、昔のあの辺りは正しく戦場でな。犬猫の争いなどと生温いものではない、プレシャ大陸中の獣全員を掻き集めたに等しい総力戦だった」
「だからあんた等も居たのか」
「そう言うことになる」
即答。相変わらずベルダンの会話には味も素っ気もない。
何を思っていても、彼は全て心の奥底に押し込んでしまう。本当はよく笑いよく怒る奴なのだとロレンゾは言っているが、少なくとも俺に対して感情的になったことは一度もない。多分、そうするに値しないのだろう。
俺に出来るのは、呟くような彼の語りを受け止めることだけだ。
「俺達トカゲも、無論戦場に出ずっぱりだ。そして、猛禽以外で制空権を持っていたのは今も昔も俺達だけ。結果、碌な整備も無しに連日飛空艇を飛ばす羽目になった。詳しいことは伏せるが……」
「聞いてるよ、魔法使いから」
「なら良い。——事故が起きたのは戦争が一番激しかった時だ。動力の炉が暴走し、舵も取れず塹壕に墜ちた」
まるで本の中身を読むような、感情のないしゃがれ声。自分の身に起きたことだろうに、ベルダンは落ち着き払っている。
俺がロレンゾへそうして話したように、彼もまた、本当は心の中であれこれと思索しているのだろうか。何処か遠くを見つめる横顔からは、何も読み取れなかった。
けれど、そんな落ち着きは、次の声で揺らいだ。
「命の恩人なんだ、彼は」
「ベルダン?」
「あの時あの瞬間、彼が其処に居なければ、俺もロレンゾも確実に死んでいた。偶然の一致と言われたなら俺には言い返せない。だが、俺にとっては、彼は間違いなく掛け替えのない友人であり、恩人だったんだ……」
——そんな彼と交わした約束を、この俺が破れるものか。
——約束を果たすのは、いつだって遺された者の役目だ。
掠れた声で、言い聞かせるように。
ともすれば溢れそうになる何かを堪えて呟いたベルダンに、恐る恐る問いかける。
「その約束、聞いても良いかい」
——西側の山麓駅で、私の古い友人が雑貨屋と鍛冶屋をしているのだがね。あいつらを、この戦場にもう一度連れ戻してくれ。
——約束したのだ。この戦を我等の代で終わらせよう、と。私で無理ならば彼等が、彼等で無理ならば私が。そして私では力不足だった。
——だが、彼等もこの約束を守れる状況にあるかは分からない。それでも私は、彼等以外の誰に頼めば良いのかも分からんのだ。
——荷の重い話を押し付けてしまってすまない。だが、此処にはもう、知己のお前以外に頼める者が居ない。皆死んでしまった。
——きっとだ。きっと果たしてくれ。約束だぞ。
今際の魔導師が掛けた言葉が脳裏を掠める。
彼の心配は、清々しいほどに杞憂だった。
「互いの危機は、互いに助け合う。……それで十分だ」
かつての約束を果たすのは、老境の英雄を置いて他にない。
バシッ、とまた板の間に尻尾を振り下ろし、何かを振り切るように一度強く拳を握って、解くと同時に立ち上がる。
「ロレンゾに伝えろ。確かに果たすと」
何時ものしゃがれ声でそう言い切り、ベルダンは背を向けた。
戸の向こうへ消えていくその背を追うことは、出来なかった。
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