複雑・ファジー小説
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- タビドリ
- 日時: 2017/07/20 01:34
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg
次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。
逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。
森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。
この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。
***
【挨拶】
初めまして、月白鳥と申します。
人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。
尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
***
【注意】
・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。
・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。
***
【目次】
キャラクタープロフィール
→Book-1 >>38 >>64
用語集
→Book-1 >>39 >>65
地名一覧
→Book-1 >>40 >>66
Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37
Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63
***
【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)
- Re: タビドリ ( No.27 )
- 日時: 2015/12/22 14:37
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: XNP8xyMx)
「にゃーっ、すっぱい! すっぱいよエディ! 何これー!?」
「秋グミ。この辺りのは一等酸っぱいぞ」
「ぅうう、先に言ってよぅ。口がしぶしぶするよぅ」
「勝手に採って勝手に齧ったのが悪いんだろが」
街を出て、グミの木の群生にぴったり沿いながら、太陽の上る方へ。途中で少し森に入り込み、湧き水の泉で水筒一杯に水を汲んで、更に東へと平地を抜ける。秋グミの実を生で齧って騒ぐついでに、そこら中で赤く熟している実をちょっと失敬。
昼過ぎからペンタフォイル山麓駅を出て、今は昼と黄昏の境界線。
大分橙色がかった陽光の下、森を背に空を仰げば、高く組まれた櫓が映る。頑丈な鉄で組み上げられたそれには、耳をぴょんと立たせた猫が一人。櫓から身を乗り出して何かを見つめ、下に居る誰かと侃々諤々言い合っては、カンカンと傍の鐘を叩いて何かを知らせていた。
耳を澄ませば、聞こえるのは銃声と爆音、怒号に悲鳴。あの咆哮が聞こえないかと探したが、距離が遠いのか何処かに不時着したのか、此処からでは聞こえない。ただ、何処かに居るのは確かだろう。鳥だ、鳥がいる、そんな声が、そこかしこから微かに上がっている。
漂う鉄の臭い。むせ返るほどの火薬の臭いに、思わず一つ咳き込んだ。
「エディ」
「嗚呼、分かってる。やっぱりとんでもないトコだ」
——此処は、戦場。
数えきれないほどの『遺物』が発見され、それのために何百年と戦争の繰り返されてきた、発見と惨劇の地だ。
「ロレンゾさんたち、何処かな?」
「ラミーにも聞こえないのか? だったらかなり遠くまで行ってると思うぞ」
まずはあのジジイ共を探さねば何も始まらない。鉄製の櫓にとりあえず足の先を向けつつ、その辺を見回してアエローの姿を探すも、それらしい姿どころか鳥一匹、雲の一片さえ見つからなかった。
やはり、何処か遠くへ飛んで行っているのだろう。ともすれば敵陣営の真上まで飛んでいるかもしれない。そうなると、櫓の上で鐘を叩いている、あのやたら耳をピコピコ動かしている猫にでも話を聞いた方が早いだろう。
思い立ったが吉日だ。魔燈鉱のランタンを再びラミーに持たせ、櫓の猫が戦況を伝え終わるのを待つ。そして、戦場とは違う方角を偵察し始めたのを見計らって、ラミーに全力でランタンを照らしてもらった。
「それっ!」
気合いの一声と共に、発散される強光。
直視すれば目が潰れかねないほどの強さは、ラミー自身が激烈なまでの魔力を発散していることも相俟って、否が応にも意識をそちらに引き付ける。事実、櫓の猫もこちらにバッとばかり目を向けて、ギョッとしたように手すりを掴んで身を乗り出した。
パタパタと耳を上下させながら、八割れ猫が何やら叫んでいる。が、直後に銃撃戦めいたものが向こうで始まったせいで、言っていることがさっぱり分からない。とりあえず聞き取れる位置まで近づこうとすると、止めろ、とでも言いたげに何かを押し留めるような身振りを此方に投げてきた。
聞き取れないんだけど、と目一杯叫んで手振りしても、良いから良いからみたいな感じで近づけさせてくれない。
「何か俺達、近づいちゃダメな感じになってんぞ」
「どしてだろ? ちょっと前まで普通に歩いて近づけてたのに」
「そりゃ、前は俺達完全に闖入者だったしな……」
戦場に俺みたいな一般人がホイホイ立ち入っていいはずがないのは確かだろう。だからと言って、ロレンゾと合流しないままハイサヨウナラとか、そんなとんでもない真似も出来やしない。
立往生するしかない俺を尻目に、櫓の猫は再び戦場の方に顔を向けると、尻尾をブンブンと滅多やたらに振り回しながら下に何かを叫んで、カランカランと忙しなく鐘を叩いた。
……何とも早死にしそうな役目だ。主に高血圧的な意味で。
けれども、そんな血圧の上がりそうに叫んでいる猫のお陰で、近づけない俺達の元に、向こうから事情を聞きにやってきた。相変わらず櫓の猫とぎゃあぎゃあ言いあいをしながら、しかし遠くから姿を見つけて走ってくる。
重たそうなマントの裾をひらひらさせながら、背の高い白猫は俺達の傍まで辿り着くのにすっかり息を切らせていた。
「運動神経の悪い猫なんて、そんな冗談止せやい」
「運動神経抜群の魔法使いなんて、そう言う冗談も勘弁してください……」
暗色系のローブやマントを重ね着し、手に身の丈より長い杖を携えた、如何にも魔法使い然とした——事実、魔法使いと称している——白猫。魔法使いの白猫、と言うだけでもピンとくるが、容姿や声の調子、佇まいの端々にも、あの老猫の面影が伺える。そう言った話はこれっぽっちも聞かなかったのだが、彼は老猫の親類らしい。
あんたの御親類には随分助けられたよ、とカマを掛けてみると、白猫は少しびっくりしたように目を数回ぱちくりして、それから深々と頭を下げた。大仰だから頭を上げてくれ、と言っても聞かず、そのまま彼は言葉を紡ぐ。
「父の今際を看取った方だと聞いています。息子のルディカです」
「俺はエドガー。えーっと……あんたの後ろにいるのが、ラミー」
「エディのお供でーす!」
いつの間にそんな所へ移動したのか、元気一杯の声をあげて、ルディカの肩口からラミーがにょっきり生えてきた。フヒャァ、と下手な流しが吹いた笛みたいな悲鳴を上げ、その場を飛びのいた若い白猫に、ラミーはちょっと悪戯っぽく口角を釣り上げる。
しゃらん、と涼しい音。尻尾で虚空を叩きながら、人魚は品定めをするように、びくつく魔法使いの回りをくるりと泳いだ。
「そんなに怖がらなくたって、取って食べたり齧って味見したりなんかしないよ?」
「いえ、その……ラミーさん、『碧海の姉妹(ネレイド)』の係累ですか?」
「ぶーっ、私は『泡沫の歌うたい(メロウ)』、もっと深いところの守神だよぅ」
よろしくね、と小さい手を差し出すラミーを、ルディカはただただ目を真ん丸にして眺めるばかり。
地上に人魚がいるだけでも珍しいし、ましてや『泡沫の歌うたい』は海の中でも一番深い所を支配する、クジラかイルカでもないとお目にかかれないような守神だ。猫族のルディカなんて、多分文献でしか見たことないだろう。驚くのも疑うのも自然の反応だと思う。
けれども、ラミーは自分の出自が疑われていることが気に入らないらしい。虚空に突き出した右手をぶんぶん振りたくったかと思うと、ぶぅ、と不貞腐れたような唸り声を一つ上げて頬っぺたを膨らませ、本当だもん、と文句を投げつけた。
「僕だって信じたいですが、何で人魚が……」
「お父様が行っていいって言うから付いてきたんだもん。細かいことはお父様に聞いてよ」
「そのお父様は深い海の底でしょう? 僕が貴女のお家に行ったらぺしゃんこに潰れちゃいますよ」
困ったような、呆れたような、何とも力の抜けた声。それもそうかぁ、とラミーも何だか不満そうに眉尻を下げ、もさっとばかりストールを頭から被って、ぱちっと一つ手を叩いた。
ああそう言えば、と場の流れを変えたのは、ルディカだ。
「エドガーさんですか? “疾風”を呼び寄せたのは」
「そうだよ、あんたの親父さんと約束した。操り手はどうしたよ?」
「どうしたもこうしたも、いきなり最前線に飛び込んできて——」
戦線を滅茶苦茶にした後敵陣の方に飛んでいきました、と、語る白猫の表情は引き攣るばかり。っはぁー、と思いっきり溜息をつき、両手で顔を押さえたその雰囲気で、一体何があったのか想像出来る気がする。……後でまた向こう脛に蹴り入れてやろう。
で、今の俺にできることと言ったら、まあ元気出せよ、と慰めるくらいだった。
「悪い奴じゃないのは俺から保証するよ、あんたの親父さんに義理立てて来たんだし」
「父が、ですか」
「そういう約束だったらしい。四十年も前の約束未だに覚えてて、しかも守りに来る奴なんだよ、あいつ等はさ」
乱暴者だけどな、と言うのは喉の奥に押し込んで、事実だけを彼に伝え。
彼はやや俯き、少しだけ押し黙った。
そして、ゆっくりと戦場を見た。
「通りすがりの方に頼むことではないのですが、事態の収拾を御手伝い願えますか」
「当たり前だろ」
答えなど、短くていい。
「この先です」
「分かってる」
ニワトコの杖をひゅっと小さく振りかざし、歩き出す魔導士の背を俺達は追う。
目指すのは、鐘が響く先。
- Re: タビドリ ( No.28 )
- 日時: 2017/01/15 05:30
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: bEtNn09J)
空気のように土煙がもうもうと浮かぶ下、深く掘られた塹壕の一角に、頑丈な鉄の棒と分厚い布を張り。曰く野戦病院だと言うそこには、傷病者と死者が溢れ返っている。敵陣営の様子は分からないが、少なくともこちら側には、こうした死臭の漂うテントがあちこちに設営されていた。
ルディカはそうした場所を一つ一つ見て回っては、手が足らず放置された亡骸を一人一人、傍に掘られた横穴へ運び出していく。猫族の葬儀は火葬だと聞いているから、多分あの場所で火を点けて燃やしているのだろう。前線の魔法使いがやる仕事じゃない気がしてならないのだけど、誰もやらないなら彼がやるしかないのだ。
運動神経抜群の魔法使いは勘弁、と言っておきながら、ルディカは想像以上に力持ちだ。諸々の装備が外されているとは言え、重たいはずの死体を軽々と一人で抱え上げ、運んでいる。手伝おうかと提案したら、無言で首を横に振られた。
自分の仕事だから、と後から付いてきた言葉に、思わず言い返す。
「気遣ってるなら要らないぞ。初めて見た光景じゃないしさ」
「そうじゃなくて……僕にしか出来ないことなんです」
「力仕事はあんたより得意な自信あるけどな」
すぅっと、ルディカの目が細まる。なんて言い方するんだ、と言外に責めてくるその眼光を、真正面から睨み返した。
もちろん俺だって、無粋な言い草だとは分かっている。だが、彼一人働かせておいて俺は突っ立っているだけ、と言うのは俺も負担だ。それに、凄惨な遺体の一つ二つを見たことがあるとは言っても見慣れているわけではなし、何かして気を紛らわせたい心持でもある。
そんな俺の心の声を知ってか知らずか、彼は少し戸惑ったように目を伏せて考え込んでいたかと思うと、頭の代わりと言わんばかりに三角耳をぱたりと倒した。
「……お願いできますか」
「勿論。ラミーはどうするよ?」
「私、力仕事苦手。別のお手伝い探してくるね」
ラミーの声は呟くようで、普段の明朗闊達な調子はなりを潜めている。気を付けろよ、と送り出せば、彼女は言葉もなくただ頷いて、ふよふよと大分元気なく尾で空を掻いた。その向く先は、重傷者ばかりが横たえられた区画だ。見る者見る者生死の境を彷徨っている連中ばかりで、そう言った者を見たことの少ない彼女には刺激が強そうだが、大丈夫なのだろうか。
なんて、そんな俺の心配をよそに、ラミーは手近な怪我人の元に近づいていく。まあ、自分で選んだなら負担とは思っても後悔はするまい。彼女が彼女なりの仕事を始めたなら、俺もそれに倣うだけだ。
「……早く終わるといいけどな」
「終わらせますよ」
何が、とは言っていない。
けれど、同じことを思っていただろう。
運び込みにそれほど時間は掛からなかった。
それは二人でやったってこともあるし、元々数がそう多くなかったと言うのもある。何より、ルディカが異様に手慣れていたと言うのが一番大きい。それに、ラミーの手伝いも奏功したようで、新たな死猫なんてものも出なかった。
——そうだ。誰も死なないならそれに越したことはない。しかし、俺の眼前には、二十弱ほどの亡骸が整然と横たえられている。他のテントでは五十を超えることもあったから、まだ少ないと言えば少ないだろう。それでも、気が滅入りそうな数だ。
ルディカは驚くほど冷静に、けれども瑠璃色の目に寂しそうな色を湛えて、ニワトコの杖を携えその方を見つめていた。杖の先に据えられた、両手でやっと持てるくらいの大きな赤い石が、ちらちらと炎のように揺れる光を湛えている。
暗い洞の中で、その光は嫌でも目を引くものだ。何とはなしにじっと見ていると、ルディカが視線だけ向けてきた。ぎょっとして思わず足を一歩引いた俺に、彼は表情一つ変えずに訪ねてくる。
「エドガーさんは、猫族の火葬を御存じで?」
「いや、あんまり……葬儀なんて行きずりの旅人が立ち入れるもんじゃないし」
「では、一度ご覧になりますか。僕達の死は不吉なものでも恥ずかしいものでもありませんから」
もごもごとした俺の返答を遮るように、ルディカは断じた。
彼の父親は、猫族は死に際しても誇り高い生き物なのだ、と。そう胸を張っていたが……今、一片の迷いも曇りもなく言い返した彼にも、同じ空気を読み取れるのは、きっと俺の勘違いではないだろう。ルディカは間違いなく、あの魔法使いの血と思想を継いでいる。むしろそうでなければ、無数と言っていいほどの死者を前に、これほど堂々と胸を張ってはいられまい。
——より強く、杖の柄を握りしめ。眼光は、寂しさを湛えつつも鋭く。
赤い光が炎のように一層揺れて、続くように声が響く。
<<焔接ぐ木を依代に、燃ゆる珠を羅針として、『溶岩竜(サラマンデル)』より弔いを贈ろう>>
詩句を吟ずる詩人にも似た、よく通る声。
ラミーが発するそれと似た、しかしまるで雰囲気を異とした呪文の余韻が、宝珠の中に揺れる火を掻き消さんばかりの強さで揺らす。しかし火は消えず、むしろその大きさを増して、珠の周りへ螺旋状に噴き出した。
生き物のように杖を取り巻く、夕陽色の炎。その最中に、俺の目は見る。
紅い宝玉にしがみ付き、長くしなやかな尾を鞭のように揺らす、真っ赤な炎の竜の姿を。
<<響け竜の歌、嘆く者の声を彼等に伝えよ。鳴らせ葬送の鐘、彼等の魂が迷わぬように>>
無意識のうちに、眼が竜へ向いてしまう。ルディカの声も遠くなるほどに。
サラマンデル。火山活動の激しいプレシャ大陸では割にありふれた存在だが、火山に住んでいる守神を、俺達のような魔法使いでない者が見る機会はほとんどない。事実俺も、姿を見るのは初めてだ。思わずじろじろ見ていたら、それは爛々と光る眼をこちらにギラリと向けて、くわっと口を開いた。
続けて投げつけられるのは、焼けた鉄の棒を近づけられたような殺気と、金属の糸をこすり合わせるような甲高い声。思いっきり威嚇しにきている。このままだと俺が焼き殺されそうな勢いだ。慌てて目を逸らすと、竜は再び亡骸の方へと意識を戻した。
後に残るのは、耳にこびりついた威嚇の余韻。
しかしそれも、ルディカの声が掻き消していく。
<<飾れ美しく、彼等の死出の旅路を。散らせ儚く、現に遺した淡い夢を>>
気付けば、それは杖の先からいなくなっていた。
その代りに、並べられた亡骸を、炎が円形に取り囲んでいる。細長い紐のような形に伸びるそれこそは、守神の長い尾。波間を揺蕩うようなゆるゆるとした動きで、しかし確実に遺体の周りをぐるりと二周し、それは再びくわっと口を開いた。瞬間。
眼前が、極彩色に彩られた。
「!」
赤、橙、黄、緑、青、紺に紫。
磨き上げた宝石のように、園に咲き狂う百花のように。あらゆる色の、あらゆる輝きの炎と、砂粒のように細かく鋭い光が、広い洞を瞬く間に埋め尽くす。
長く長く、眼前に広がり続ける火と光の様は、虹のようだと言ってもまだ足りない。火滴石(オパール)のようだと言っても、まだ形容しきれない。
ただただ、美しく——
寂しい、光景だった。
- Re: タビドリ ( No.29 )
- 日時: 2016/01/05 12:50
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: XNP8xyMx)
爆音。
地震。
崩落。
「エディ——」
「馬鹿っ、近寄るな!」
「離れてッ!!」
断片的な記憶。浮かんでは消える瞬間の光景。目の前は、暗闇。
頭の中でわんわんと反響し続けている重低音は、俺の記憶にこびりついた音なのか、それとも今まさに聞こえているものなのか。今全身を巡っているのは、血なのか、熱なのか、痛みなのか。
身体は今どうなっている? 地に伏しているのか、宙に浮いているのか、水に沈んでいるのか。
分からない。掴めない。あらゆる感覚が虚実混ざり合って、意識まで夢と現の境を彷徨う。
それでも、生きていると言う確信だけはある。
「俺、まだ……」
死んだなら、こんなに痛いはずがない。
死んだなら、こんなに暗いはずがない。
脳裏に焼き付いた死とは、こんな——
「何ブツブツ言ってるのエディ、死んじゃ嫌だよぅ!」
「ぶべッ!?」
こんな、口うるさい涙目の人魚に出迎えられるものではないはずだ。
「ラ、ラミーさん、怪我してるんですからほどほどに」
「だって、だってエディってば! エディってばぁ……」
「突然のことで混乱してるだけですから。怪我自体は軽いですよ」
「軽いわけないっ!」
事情は知らない。
だが、突然頭上から物凄い轟音が響き、火葬場にしていた洞穴の天井が崩れ落ちてきて、俺やルディカ、それにラミーと諸共瓦礫に埋もれたことは、俺の実体験として語ることが出来る。とは言え、俺自身正直一瞬のことで、崩れた瞬間のことはほとんど説明できないが。
何処がどんな怪我をしたのか俺自身にも分からないほど、全身ぶつけたり切ったり擦ったり。右の翼は折れてしまったようで、曲げようとするとそれだけで意識が持っていかれそうなほど痛む。何処の馬鹿が無理やり引っ張ったのやら、尻尾の羽が数本抜けて尻まで痛い。
自分で認識するのが——まなじ、一緒に巻き込まれたルディカは軽傷なだけに——嫌になるような満身創痍っぷりだが、生きて意識があるだけマシだと思おう。
「そんなに泣くなよラミー」
「だって、だってエディ、羽折れちゃってるんだよ」
テントの一角を拝借して身を休めつつ、傍でえぐえぐと嗚咽するラミーに声を掛けた。どうやら、俺の意識がなかった時からずっとこの調子だったらしい。
痛い思いをしているのは俺の方なのだが、さっきから声を上げて涙を流しているのは彼女の方だ。何だか俺の方が申し訳なくなってきて、続きの言葉を投げかける。
「この程度の怪我、今までだって何度かあっただろ」
「今までで一番酷いよ馬鹿ァっ」
「そんなこと無いって。痛いだけだこんなの、すぐ直る」
ラミーが旅に同道する前なら、首を捻挫したことだってあるし足を折ったこともある。だからと言う訳ではないが、俺にとって腕の骨折だの全身打撲だのと言ったものは、彼女が心配するほど大変なものじゃない……と、説明したところで彼女が納得しないことは何となく予想できる。
ちょっとどころじゃなく結構痛いが、両足をしっかと地面に付けて身体を起こし、立てるくらいだし平気だホラ、と念押しして、無理やり納得させた。それを裏付けするかのように、傍に座り込んで杖の具合を確かめていたルディカもすっくりと立ち上がる。
崩れ落ち、ぼこりと凹んだ洞穴を傍に、西明かりを残すばかりとなった空を仰いで、ルディカはギリリと口の端を噛んだ。
ぢりり……と、呼応するように杖の先の柘榴石が激しく炎を上げる。金属の糸を擦り合わせたような鳴き声が聞こえたのは、多分幻聴ではないだろう。
「調子に乗りやがって……」
ルディカは他に聞こえていないと思っていただろう。
だがその激しい怒気を孕んだ声を、俺達はしっかり聞き取ってしまった。
「俺達、ここで待ってた方が良いかい? 足手まといになりそうだけど」
「いえ、手伝っていただけますか」
心臓が凍えて縮みそうなほどの、激情。それは純粋な怒りだ。
何に対しての怒りか、予想はつく。だが、想像を絶するほどに激しい。
立ち尽くす俺達を、瑠璃色の目は静かな色を含めて射貫いた。
「これ以上の犠牲は出せません。けれど僕は、父と同じ轍を踏む気もない」
——僕は僕のやり方で、皆の盾となり剣となる。
誰に向けたものでもない、自分にだけ向けられた、決意。
俺が、何か言えるはずもなかった。
- Re: タビドリ ( No.30 )
- 日時: 2016/01/05 03:35
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: 4xHshXk8)
夕闇の迫る戦場は、とても静かだった。
ただ荒涼とした平野のど真ん中、身を隠す手立て一つ持たず立ち尽くしていると言うのに、銃声の一つも聞こえなければ、砲弾の一つも飛んでこない。その代り、焼けた火薬と錆びた鉄の臭い、血の生臭さだけが、生温い向かい風に乗って俺達の元まで届く。
敵陣営の側から漂ってくるのは、猫の側より更に苛烈な戦闘と死の臭気。此処が異様なほど静かなのも、多分、向こうで起こっている騒動のせいだろう。敵である猫に構う暇も失くすほどの何か……俺には、何となくその正体を想像できる気がする。
ルディカも、そんな気配には気づいているようだ。パタパタと耳を動かしながら、彼は杖を両手に持って、陽の上る方角をじっと見つめている。
猫の聴力は時にコウモリを凌駕する。もしかしたら、今もそうして俺には分からないものを聞いているのかもしれない。僅かに赤く染まった——どうやら、何かが炎上しているらしい——東の空へ耳を傾けて、彼はぼそりと呟いた。
「“疾風”……」
「かもな」
咆え声が、聞こえたのだろうか。耳を澄ませても、荒れた平野はぞっとするほどの静寂に包まれていた。
けれど、耳の良い猫の言うことだ。あの赤い空の向こうで暴れているのがあの白い飛空艇だと言うのは、もう十中八九間違いあるまい。そしてそうなら、アエローの暴れっぷりはもう凄まじいものだろう。たった一機で戦場からすっかり兵を引き上げさせ、これほどの静謐を此処にもたらす程度には。
杖の先に点る赤い火が、足元に落ちた影を小さく揺らす。何とはなしにそれを眺めていると、やおら猫耳の影がゆらりと動いた。
「僕の出番、ないかもしれませんね」
呆れと、寂寥と、それから少々の脱力感。長い鉤尻尾をぷらぷらと気だるそうに揺らしながら、ルディカはそれでも平野を突っ切っていく。
きっと何か残してはくれているだろう、と。そんな慰めの声を、無理して伸ばした背に掛けようとして、俺はそっと喉の奥まで飲み込んだ。あのバカ二人が彼のことを考えているはずがないだろうし、よしんば何か残っていたところで、おこぼれを貰うなんて屈辱にしかなるまい。
じゃりじゃりと乾いた砂を蹴立てる音だけが、俺の耳に大きかった。
「これは——!」
「ぜ、全部アエローの仕業かよ……!?」
ぞっとするほどの静寂の中を歩き、寒気がするほど綺麗な星空の下を渡って、時に聞こえない音に怯える魔法使いを叱咤などして。
熊蜂の羽音のような、鯨の怒号のような、そんな低く重たい音と振動が俺にも分かる所まで来たときには、空は夕焼けのように紅く染まっていた。
無理もない。全部燃え上がっているのだ。そちこちに設置されたテントや特火点も、猫族の陣営にはない頑強な要塞も、土と鉄で幾重も壁を作って護る武器庫も、何もかも。軒並み蜂の巣になり、炎上し、崩れ落ちて、辺りはさながら東方の地獄絵図。既に避難するなり何なりしてしまったのか、兵隊の姿を見ないことだけが救い、なのだろうか。
——無論だが、俺達はまだ何もしていない。
だからと言って、猫族の誰かがこっそりやったと言う訳でもないだろう。いくら猫族が暗闇で真価を発揮する生き物だとは言え、あんなだだっ広い平野を、同族の眼さえ掻い潜って移動するなんて芸当が出来るとは思えない。
ならば、これは全部。
アエローが、単騎で。
「嘘だろ、おい……」
信じられるわけがない。
いくらアエローが凄まじいからと言って、猛禽の一個旅団をたった一機で相手取った“疾風”だからと言って、こんなことを俄かに信じられると言う方がどうかしている。今こうして目の前で見ている俺も、俺よりこの戦場と戦争を深く知っているルディカさえも、信じられないのだ。
有り得ない、こんなこと。
起こり得ない、はずなのに。
「エドガーさん、あれが……?」
「——嗚呼」
アエローは、空を舞う。
灼熱の海を蹴立て、傷一つなく、いっそ優雅に。
- Re: タビドリ ( No.31 )
- 日時: 2016/01/08 13:31
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: XNP8xyMx)
本当に人の手が操っているのかと疑ってしまいたくなるほどに、アエローは自由に空を翔けていた。
渡り鳥の飛ぶような高みから、雨の日の燕のような低空まで。直進、急降下、急旋回に、錐揉み落下。時折思い出したように自身を傷つけようと飛んでくる銃弾を避けながら、巨鳥は俺の前で自在にその位置を変えていく。
ハヤブサも、アマツバメも、器用なトンボだって、あれがあんな風に飛ぶなんて想像もしないだろう。むしろ、あんな巨体抱えて飛ぶなんて想像しただけでも卒倒しちまうに違いない。
……なんて、焦げ付きそうなほどの熱気で支離滅裂になりかけた思考をぶった切るように、巨鳥は一際大きな唸り声を上げて急降下。バリバリバリ、と何やら破裂音を炸裂させ、業火の壁を一蹴りする。後を追うように、火薬の弾ける音が耳をつんざいた。
だが、アエローの巨体には当たらない。ハヤブサだって大砲の弾を避けるのに、それよりも速く飛ぶような化け物を、単なる鉄砲で落とせるわけがない。
だが、それに銃撃の主は気づいていないようだった。
ついでに、俺達のことにも。
「くそっ! 何故だ、何故我等が猛禽なぞに愚弄されねばならんのだ!?」
「た、隊長、最早無駄撃ちにしかならないのでは——」
「黙れ! 若造風情が出、ぇ……!?」
俺達と鉢合わせした瞬間の、犬どもの素っ頓狂な声ときたら。不謹慎だがちょっと笑ってしまった。
だが、笑いごとではない。彼等は俺などよりよほどこの戦場に慣れた闘いの玄人で、その上物騒なものを手に持っている。脳天に穴開けられてお陀仏はまっぴらだし、殴り殺されるのも噛み殺されるのも絶対に御免だ。
ならば、こっちが早く動くしかない。
俺は犬達が我に返るより早く、その懐に飛び込んだ。
「ぐわっ!? こ、このっ、ぐぅッ!」
「悪ィなおっさん!」
隊長と思しき年かさの犬に飛び掛かり、こちらに向かって向けられかけた鉄砲を強引に奪って、火中に投棄。逆上して殴り掛かろうとしてきた所をカウンター、向こう脛に会心の蹴りなぞお見舞いして、思いっきり張り倒す。何かちょっとかなりエグい音が聞こえたけど、大丈夫だ。たぶん。
で、隊長がシバき倒されたので呆然としたらしい若手の犬には、ちょっと手加減して鳩尾に蹴りを入れておいた——はずなのだが、どうも当たり所が悪かったようだ。身体をくの字に曲げ、泡まで吹いて悶絶してしまった。
……やばい、やりすぎたかこれ。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「構うな駝鳥!」
とりあえず隊長の方に声を掛けたが、物凄い剣幕で怒鳴られてしまった。けれども、片膝をついたまま立ち上がろうとしない。態度的にボッキリ圧し折ったわけではなかろうが、音のエグさからして、ヒビの一つ二つは入れちまったようだ。
ならばと若手の方を見てみると、あれで意外と根性のある奴だったらしい、樫の杖を伝手にして立ち上がろうとしているところだった。尤も、膝はガタガタだし今にも色々溢れてきそうな涙目だが、それでもダチョウの全力の蹴りを喰らって立っていられるのだから、まあ中々のド根性だろう。
感心しながら見ていると、視界の端にゆらりと動く影。
——さっきの年かさが、立ち上がっていた。
「立てるのかあんた。脚ぶち折れたはずだろ?」
「それがどうした。頭上の災厄に比すれば、この程度のもの怪我ですらない」
無茶苦茶な理論、いや、最早理論ですらない屁理屈だ。
けれど、巨鳥からこの拠点を護らねばならない彼等は、脚のヒビさえも切り傷や打ち身と同値になるのだろう。洞穴が崩れ落ちたあの時、翼が折れたことよりも、ラミーを庇うことを優先した俺のように。
思い返すと急に痛くなってきた。足先で強く地面をにじりつつ、いつの間にやら早くなっていた呼吸を務めて普段の調子に戻しながら、頭を殴りつけてくるような鈍い痛みを散らしていく。
これだけでも平気と言えば平気だが、気を散らさなければ無意味だ。チカチカとした疼痛に途切れる思考を繋げて、話題を引っ張り出した。
「猫が目の前に居るってのに、何にも反応しないんだな」
「他に構う余裕などあるものか。主要な拠点と武器庫はあの飛空艇に叩き潰され、我々に残された武器は投げ捨てられ……徒手空拳で鳥にも敵わぬ我等が、どう猫と戦えと言うのだ」
「だってあんた等いきなり——いや、俺が悪かったよ」
練度の高い軍人が相手で、突然の出来事だったということを加味しても、武器を奪った上に怪我までさせたら流石に過剰防衛だ。頭を下げると、年かさの犬は左耳を少し倒して、それから黙って首を横に振った。
あの状況ではやむなし。俺の言うべき言葉を呟いて、彼は空を仰ぐ。ひとしきり激情を吐き出し、そして時を少し経て、その横顔は憑物が落ちたようにすっきりとしていた。
同時に浮かぶ色は、諦念と、寂寥。
「終わりだ……」
我等の戦いは終わった。
疲れ切った声が、熱い空に冷たく溶けていく。いきなりどうした、と俺が尋ねる暇も与えず、年かさはしっかりと着込んだつなぎのポケットから白い布きれを一枚引っ張り出して、空に向けて気だるそうに振り上げた。土と泥で薄汚れた布は、紅い空にそれでも白く映える。
白旗の代わり、と言いたいのか。ハンカチと言うにはやや大きいそれを、彼は三、四回振って、不意に握り締めた。
先程まで空虚さが支配していた若草色の目に、鋭い光が戻っている。何事かと空を見上げれば、星も見えないほど明るい夜空のど真ん中、炎に紅く染め上げられた飛空艇が一機。それは頭上で大きく旋回しながら、少しずつ地面に近づいてきている。
——降り立つつもりなのだ。
だが。
「アエローって、地面に降りるのか……?」
ベルダンの曰く、アエローは“飛空艇”——つまりは空を飛ぶ船なのだ。船は水の上を走るものであって、点検でもない限り地面の上に降りるものではない。一応地面に降りるための脚らしきものも付いているが、あんな小さな脚で巨体が支えられるとも思えなかった。
しかし、俺の心配をよそに、水鳥は緩やかに螺旋を描いて地面へと降りてくる。そんな馬鹿な、と年かさの犬が切羽詰まったような声で呟いていても、聞こえないものなど知らないと言った体だ。
俺達は結局、見守ることしかできない。
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