複雑・ファジー小説

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タビドリ
日時: 2017/07/20 01:34
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg

次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。

逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。

森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。

この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。

***

【挨拶】

 初めまして、月白鳥と申します。
 人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
 主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
 粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。

 尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。

***

【注意】

・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。

・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。

***

【目次】

キャラクタープロフィール
 →Book-1 >>38 >>64
用語集
 →Book-1 >>39 >>65
地名一覧
 →Book-1 >>40 >>66

Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37

Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63

***

【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)

Re: タビドリ ( No.57 )
日時: 2017/01/15 07:17
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: bEtNn09J)

「うん、いつも通り、良い仕事をありがとうベルダン。魔導銀(まどうぎん)をこれだけ完璧に扱ってくれる鍛冶屋なんて他にないからね、私も翠龍線を超えて頼みに行く甲斐があるってものだ」
「四日四晩炉に張り付かされる俺の身にもなれ。病人の身を酷使するのがそんなに楽しいのか? 貴様は」
「私も面倒なことを頼んで申し訳ないとは思っているさ。だが、『機壊兎(グレムリン)』をとっちめて修理させるまでは今少し、貴方の力を借りることになりそうだ。そりゃあもちろん、出来合いの延べ板を加工しても良いんだろうが、それだと複雑なものは中々作れないからね……」
「最近森の中を魔導銀の延べ板で作った蝶が飛んでいると噂を聞いたが?」
「あれはただの練習台だよ。ヒノキのまな板を音もなく膾切(なますぎ)りに出来る業物が、貴方にとっては恥ずかしくて銘も入れられない失敗作なのと一緒でね」

 重々しくしわがれた声と、よく通る軽妙な声。交互に頭上を飛び交う、専門用語と職人事情だらけの会話を聞き流しながら、俺は出された渋い茶をちびちびと舐めていた。何でも『椥国(なぎのくに)』なる場所から渡ってきた貴重品だと言うのだが、俺にとってはただただ苦いだけだ。
 ただ、これに砂糖やミルクを入れたら、多分もっと不味いものになる。難儀な茶だ。

「こんなものにまで銘を入れるのか、貴方は。徹底してるな」
「贋作除けとしては上等だろう?」
「まあ、こんなところに字を入れること自体グランドスミスの仕事以外じゃ在り得ないが……」

 蔓草をモチーフにした銀の台座を囲み、小さなルーペと首っ引きで盛り上がる職人二人を尻目に、せせこましい店内をぶらついてみる。
 店内の品揃えは木や金属、それから種々の宝石。魔法使いの持つ杖、それもその材料が主のようだ。出来合いのものは少なく、銀細工のブローチやら髪飾りやらが数個、ガッチリ施錠された棚に安置されているくらいか。何にせよ、店主が注文を受けた後でないと物は出てこないと言った構えだろう。
 ちら、と店主の方を見る。
 すると、彼の方もまた、俺を見ていた。

「待たせてしまってすまないな」
「良いよ、別に。職人同士の話に水を差すほど野暮な性格はしてねぇ」
「嬉しい配慮だが、こんな調子じゃあいっそ日が暮れてもこの店を出られんよ。先に貴方の注文を聞こうじゃないか」

 確かに、ベルダンと店主の会話は止まりそうにない。ほっておけば、多分夜通しだって魔導銀とやらの加工方法について喋っているだろう。いくら旅程に余裕があるとは言え、そんなに長々と職人の都合を待っていられるほど悠長でもなかった。
 返事は決まっている。ただ頷いて、俺は鞄からゴードンの紹介状と、俺が見た中で一等上等なエメラルドを引っ張り出した。

「魔燈鉱入りのエメラルドを沢山拾ってね、それを俺でも使える方法がないかって採掘屋に聞いたら、あんたを紹介されたんだ」
「……嗚呼、ゴードンか。あの犬(ひと)にはよく上等な魔燈鉱入り貴石を卸してもらっている。エメラルドを方位珠に使うことも合っているよ」

 ぐしゃぐしゃのメモ紙に掛かれた文字を追いながら、ユキヒョウの声は低く。一緒に差し出した石をちらりと眇めて、感心したように蒼い目を細めた。
 徐にエメラルドを手に取り、天井に吊り下がった魔燈鉱のランプの光に透かして、もう片方の手は手紙を置きざまにルーペを摘み上げ。分厚いレンズの向こうに映る拡大像をまじまじと見つめ、彼は口の端を釣り上げる。

「魔燈鉱もエメラルドも随分と純度が高いな。方位珠よりもむしろ、魔法杖として加工してやりたいね」
「……他にも拾ったのあるけど、見るか?」
「そうだな」

 店主の点頭に俺もうなずき、背に乗せた鞍に携えた麻袋の一つを手元に引っ張ってきて、オーク材の机の上に中身をひっくり返す。がらがらと固い音を立てて出てくるごつごつしたエメラルドを前に、彼は感心したように少し目を見開いたかと思うと、ちらとベルダンの方へ目配せした。
 淡い水色と、鮮やかな空色。二つの碧眼が一瞬空中で交錯し、すぐに逸れていく。そして次に俺を見たのは、空色の眼の方だ。

「貴様、トバルカインの窟に入り込んだな?」
「入り込んだって言い方は止めちゃくれないかな。俺はただ迷子になったラミーを探すついでに見つけたってだけだし、見つけたからって乱掘もしてない。誓って」

 磨かれた剃刀のように、ベルダンの双眸としゃがれ声は虚を突いてくる。この老練な男に下手な嘘や言い訳はどうせ通じないし、何でそんなことを知っていると訊いたところで理解できる答えは返ってこない。ならば俺はせめて、真っ直ぐに目を見て、真実を言い返してやるだけだ。
 対するベルダンは、俺の弁解を受け、低く喉の奥で唸った。

「……もしもトバルカイン窟をこれからも使う気でいるなら、ハタネズミの老翁に礼を言っておけ。トバルカイン窟を最初に見つけたのは彼等だ」
「そりゃまあ、確かに禿泣き隧道から行ける窟だけど……ハタネズミの誰だ?」
「ミクリノ、と呼ばれている男だ。彼が隧道を経由する採掘場の交渉を全てやっている。トバルカイン窟でも、トバルカインと最初に、直接採掘の許しを乞うたのは彼だ」

 ミクリノ。初めて聞く名前だ。
 ベルダンの口ぶりだとかなりやり手のようだが、旅人の間でもあまり噂が流れてないってことは、表舞台に出てくるほど目立つ奴じゃないんだろう。ハタネズミ自体小さくて見分けが付かないから、探すのはちょっと骨が折れそうだ。
 頭の中で旅先の予定を修正しつつ、俺は意識して声色を変えた。

「ま、おいおい探して礼は言っとくよ。それよりもさ、えーと……」
「私か」

 ルーペに貼り付き、魔燈鉱入りエメラルドを舐めるように見つめていたユキヒョウが、顔を上げた。続けてゆっくりと椅子から立ち上がり、にっと楽しそうに口の端を釣り上げて、右手を差し出してくる。
 紹介が遅れてすまなかった、と、低く通る声は歌うように言葉を紡いだ。

「改めて名乗ろう、私はコラーレリト。ヴェルンド魔法具店の店長で、技工士だ」
「エドガー。しがない旅鳥だ」

 差し出した手を握る力は、存外に強かった。

Re: タビドリ ( No.58 )
日時: 2017/01/15 07:39
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: bEtNn09J)

 工具や作りかけのアクセサリーが散乱するオーク材の机、壁一面を占拠するでかい抽斗(ひきだし)、『故障中』とメモの貼られた小さな炉。天井からは年季の入ったランプが暖かい色の光を落とし、机の上は魔燈鉱の珠を封入した鉄製のスタンドが真っ白く照らしている。
 特別物珍しいことはない。プレシャ大陸ならよく見かける、宝石細工の職人の工房だ。技工士とは言え宝石を扱うことには変わりないのだから、まあ当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
 しかし。

「何て言うか……作業場は普通の職人と何にも変わらないんだな。もっとこう、どこまでも華麗なのかと」

 コラーレリトは——なるべく気にしないようにはしてきたけれども——正直言って、変人の類だと思う。
 上半身は裸だし、頭は何やらじゃらじゃらと冠や耳飾りで豪奢に飾り立てているし、頬には刺青が入っているし、腰回りも何やら随分と宝石やら金銀の飾りやらでうるさいし。ラミーだって、人魚のお姫様としての威厳を示すとき以外でこんなに装飾品を身に付けることはないだろう。
 ラミーは自分を分かった上で飾っている洒落者だが、彼の全体的にちぐはぐした格好はむしろ、見栄っ張りと言った方がしっくりくる。そして、その見栄っ張りが、職人としての自分の姿勢を見せる。それが不思議だ。
 首を傾げる俺に、コラーレリトは苦笑いを一つ。

「作業は作業、店は店、私は私だ。職人としての仕事中にまで見栄は張っていられまいよ」
「そうかい? 見栄っ張りは人に見られる場所には気ぃ張るからな」
「そうか。ならば、職人の在り方に拘ることも見栄っ張りの一つさ。宝石細工の職人の工房が変に煌びやかだと、他人の在り方にまで偏見を与えることになる」

 低い、唸り声。
 何かを堪えるように、彼は水色の眼を細める。

「私みたいなのがプレシャ大陸で工房を構えられたのは、此処に住む職人たちの厚意に他ならない。私自身の趣味や見栄でそれを裏切るわけにはいかないんだ」
「……だろうな」

 何というか、ごく当たり前に義理堅い男だ。センスが人とずれてることには変わりないが。
 ——なんてこと考えてるのがバレないよう、表情は平静を装いつつ、俺は心中でひっそりと、コラーレリトへの評価を見直しておいた。一方の技工士はと言えば、俺の考え事には気付いていないのだろう、ちょっと外れた鼻歌を歌いながら作業台の裏に腕を突っ込んでいる。
 ちゃりちゃりと鎖のぶつかり合うような音を共に引き出されたのは、上等なエメラルドを上に戴く柘植の杖。長さは彼の腰ほどまでしかないが、形はレグルスが持っていたのとよく似ている。加工の雰囲気やデザインからして、もしかすると彼が杖の製作者なのかもしれない。
 しかしながら、彼が出した杖は、妙に鎖やらタッセルやらと言った飾りものが目につく。ルディカの杖にこんなじゃらじゃらした下げものは無かったから、やっぱりごてごてと華美に飾るのが彼のセンスなんだろう。……本当に方位珠を作れるのか、ちょっと心配になってきた。

「ふむ。エドガー、少し離れてくれないか? 場所を取るんだ」
「? 随分大がかりじゃねぇか。何かあるのかい?」
「まあね」

 素っ気なく言い捨て、彼は机の抽斗をあれこれと開け放し、刺繍の入った布やら銀の台座やら、瓶詰のポプリやらを手際よく引っ張り出していく。ますますもって仰々しいし、怪しい。……俺が知らないだけで、実は技工士が皆こんなことをしているだけかもしれないが。
 勝手に不安を募らせる俺を他所に、コラーレリトは敷かれた絨毯の上へ出したものを並べ、布の上に杖の先を置いた。
 そして。
 目を伏せ、両手を重ねて、やや俯き。

<<依は技巧と細工の守り神、羅針は森映す透玉、楔に似姿の銀>>
<<かの三つを導とし——>>
<<『小さき者の王(オベロン)』に縁を結びて>>
<<『妖精王の妻(ティターニア)』と契りを交わし>>
<<道迷える者に灯を与えん>>

 低く重く、声色を変えて呪を紡ぐ。
 同時に、此処ではない遠くから、壮麗な弦楽の音が響いた。

<<王は先達。愚者火の灯を以(も)て迷い路を照らし>>
<<女王は殿。悪戯者の胡乱を以て闇夜の帳を打ち払う>>

 俺達以外には誰も居ないはずなのに、誰かの声が重なって聞こえてくる。
 重々しい老爺の声に思わず視線を巡らせば、岩を貼り付けたような風体の老人が、トウヒの枝を片手に、俺をじっと見つめていた。
 らんらんと輝く黄色の目玉にぎょっとする間もない。杖の先で床を一突き、しわがれた声を張り上げる。

<<陽浴び、月読み、星浴びて>>

 また、一突き。
 老爺の背後から、背の高い人影が一つ、ゆっくりと姿を現した。

<<灯は遥かに続きたり>>

 淑やかに軽く、しかし艶やかなものを秘めた、女性の声。
 その響きを掻き消すように、部屋を真っ白い光が埋め尽くした。

Re: タビドリ ( No.59 )
日時: 2017/01/11 03:30
名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: bEtNn09J)

 ひび割れた岩を全身に貼り付けたような風貌をした、ワラの蓑とトウヒの杖を持つ矮躯(わいく)の老人が、『財と子の防人(スプリガン)』。
 ほんの手のひらくらいの小さな弦楽器を抱え、俺の足元やら背中やらで好き勝手に弦を爪弾いている小人達が、『そっくりさん(フェッチ)』。
 者どもを従え、いかにも偉そうな風体でその辺をぐるぐると歩き回る男の妖精が、『小さき者の王(オベロン)』。
 そして、少し引いたところから彼等の有様を生暖かく眺めている、引きずらんばかりに長い黒髪とエメラルド色の目をした女性が、『妖精王の妻(ティターニア)』。
 その総数は……ざっと見ただけでも二十はいる。そのうちの九割以上はオベロンとティターニアの来臨に際した単なる賑やかしなのだろうが、それでも今までに類を見ない数だ。そも、いっぺんに守神を二桁以上も出せる魔法使いなんて初めて見る。
 最終調整ということなのか、立ったまま小さい金槌で台座を叩き、その音に耳を澄ます技工士を、俺はただただ見ていることしか出来ない。

「んーん。匂う、匂うぞ旅の者。海の匂い——吾(わ)の手の届かぬ深みの匂いだ」

 そんな、ウドのように意味もなく突っ立ってばかりの俺の周りを、からかうようにオベロンがのし歩く。そして、子犬のように鼻を利かせては、いかにも面白そうに肩を揺らした。ラミーと別行動を取って随分時間が経っているはずだが、どこにそんなものが残っていたのだろう。
 ……それとも、俺ってそんなに臭いんだろうか。
 どこかで一度水浴びでもしたほうが良いのか、なんて悶々と頭の片隅で考えながら、とりあえずオベロンには言い返した。

「メロウの姫君が長らく従者でね。もしかしたらそのせいかも」
「メロウ……? 泡沫の姫君!」

 勢いよく両手を打ち合わせ、オベロンは萌葱色の目を輝かせた。知り合いか、と語尾を上げてみれば、姫君と直接会ったことはないが、と前置きが一つ。姿の割に低い声が続く。

「泡沫の姫の父上とは親交があってな。海蚕(ウミカイコ)の糸で布を織り、フィッチどもに服を仕立ててくれておるよ」
「海蚕って、雨合羽とかの布か。……まあ人魚姫の父君らしいっちゃらしいけど、漁師の領分だろ? ラミーの父君がそんな、泥臭い仕事してるなんて聞いてねぇぞ」
「あー、おおよそ四十年がとこ前か。母上と婚姻なされたとき、公には辞めたことになっておるのさ。しかし、現に仕事は今でもやっておるし港町にそのための小屋も残っている。今日連れてきたフェッチどもの上っ張りも皆これだ」

 早口にオベロンはそう言って、俺の背にたむろしているフェッチたちへ、そうだろうと一声問いかける。うんうんそうそう、と彼等は一様に頷いて、ケープかポンチョのような形をした上着をひらひらと揺すってみせた。
 光沢のある色とりどりの布地に、どうやったらあんな細かい仕事が出来るのかと聞きたくなるほど精緻な刺繍。森の守神なのに手製の貝ボタンや珊瑚の飾りを付けているのが、いかにも漁場の職人らしいと言うべきか。
 思えば、ラミーから“お父様”の話は聞いているものの、実際に会ったのは初対面のときの一度きり、それも随分改まった格好のときだけだ。もう父君と対面してから三年も経っているし、今改めて会いなおすのも、それはそれでちょっと楽しいかもしれない。

「そーかい。ならオベロン、父君の仕事場って何処だい? 会ってみたい」
「ん? そうか、お前は場に縛られんものな。嗚呼、そう、今はヴェッサール大陸のシーフォレストなる町にいるらしい。何でも、ウミカイコの住んでる藻場(もば)が減っているとかで、直々に様子を見に行っておると。文でそう書いてあったから間違いはあるまいて」

 何処となく面倒くさそうに、片手を上下にひらひらさせるオベロン。ふいとそっぽを向いた萌葱色の目の奥には、好奇心とそれを満たせない不満が交互に顔を出している。……妖精王といえど、悪戯好きで知りたがりな森妖精の性は変わらないってことか。ラソルと一緒だ。
 それにしても、今日は人に出会う度予定していた旅程が崩れる。またしても日程と予想を突き崩して変更しながら、ややおざなりに礼を言っておいた。
 構うものかよ、とオベロンは肩を竦める。

「彼奴の話は面白い。お前も中々面白い。面白い奴二人を引き合わせたらどうなるか、奔放に想像するもまた一興よ」
「虚しくねぇ?」
「おう。吾には妻もおるし、ドリュアスやフェッチどもは何千の時を経て尚奇想天外極まりない。ふと退屈になることはあろうが、虚しさなど感じておられんよな」

 くつくつと喉の奥で笑声を噛み潰し、にんまりと猫のように目を細めて、その顔は部屋の出入り口へ。
 つられて俺もその方へ目を向け、佇むティターニアの目と、しっかり目が合った瞬間——

「『夜星の森精(レィールタ)』!」

 聞き慣れた声と、初めて聴く声が、同時に一つの名を呼んで、

「あら? 貴女達……」

 声色に驚きを含めた女王が、振り返る暇もなく、

「おっひさー!」
「はじめましてー!」

 二人の女の子が、同時に彼女へ飛びついた。
 ほらな、と得意げなオベロンの声は、きっと聞き間違いじゃないだろう。

Re: タビドリ ( No.60 )
日時: 2016/12/26 08:23
名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: rS2QK8cL)

「う、泡沫の姫? それに、貴女は……前時代の」
「初めまして、ティターニア」

 人間、なのだろうか。
 かんざしでまとめた白い髪と淡い紅色の瞳、それから腰のホルダーに下げた三本の杖が目を引く、ラミーと同じくらいの女の子だ。柄物のケープを脇に抱え、ぴんと真っ直ぐ背筋を伸ばして、彼女は深く妖精女王に頭を下げた。そんな大仰な、とおろおろしながら頭を上げさせようとする彼女の横から、オベロンが茶々を入れる。

「その雑多に混じり合ったにおい、さては“栄華の子”か。懐かしい『遺物』が現れたものよな」
「えっと——あなたは、オベロン?」
「いかにも。そこな旅の者に力を貸してやるべく、な」

 妖精の細い指の向く先を追って、赤い瑪瑙(めのう)のような目が、俺を見た。
 途端、びっくりしたように目を見開いて、彼女はすぐに視線をラミーへ向ける。対して、お久お久とティターニアに絡んでいた人魚姫は、待ってましたと言わんばかりにぱちんと手を打ち合わせ、俺に向かって声を投げる。

「テナニックのエリス! 昨日街でお友達になって、今日も遊んでたんだよぅ」
「テナ……何だって?」
「『古き栄華の遺児(テナニック)』。犬の街にある大学の人だって!」

 テナニック。聞いたことがない。
 ティターニアの言葉から考えるに、前時代——人間が生きていた頃に生まれたか、或いは何か偉業を成し遂げた守神なのだろうと思うが、それにしては雰囲気が俺達に近い気がする。子どもっぽいのも大人っぽいのも、化け物だって、守神は概して俺達と一線を画した気配を持っているものだ。
 多分、ラミーもそれほど深いことは知らないのだろう。ティターニアの肩に身を預け、尻尾をぱたぱたと楽しそうに揺らす彼女から視線を外して、エリスの方に目を向けた。
 彼女の赤い目もまた俺を見る。

「先に紹介されちゃったけど、わたしはエリス。ミリアルブ町のセントヘレナ大学で、デルフィーナ教授の研究助手をやってるの。憶えてる?」
「デルフィーナ——嗚呼、あの老先生!」

 デルフィーナ教授。旅を始めたばかりの頃に一度と、ラミーを連れてもう一度。犬の街に滞在するとき、犬の街での作法やら何やらの鞭撻(べんたつ)を賜った、リクガメの老博士だ。何だかんだで全然会ってなかったのだが、まだまだ元気にしているらしい。
 教授は元気か、と問えば、勿論とエリスはウィンク一つ。あなたのことを気にしていた、と肩を竦める。

「うっかり戦争に巻き込まれてないかって。そわそわしてたよ」
「巻き込ま、れ……てるなぁ、ラミーも一緒に」
「そうでしょー。きみ、あっちこっち怪我してるもんね」

 すっと見透かすように目を細め、エリスは俺の右翼を指す。ケイティが治癒魔法を掛けてくれた所だ。
 特に異変はないけど、と軽く羽ばたかせながら言い返したら、彼女は小さく首を横に振った。

「確かに表面は治ってるんだけど、もっと深い所がね。わたし、良かったら治してあげるよ」
「じゃ、遠慮なく。あんたも癒し手かい?」
「半分だけね」

 ひょいと軽く肩を竦めながらの返答に、俺が首を傾げたその時。
 ちょっと待て、とばかりに、コラーレリトが俺とエリスの間に割って入った。その手の間からは、恐らく出来上がった方位珠のものだろう、細い金の鎖が見え隠れしている。
 驚いたように二歩後ろへ下がったエリスに、ユキヒョウの声は低い。

「エリス、修理は終わってないぞ。出来ないことを安請け合いするのは止めないか」
「あれっ? リトってば、まだわたしの杖修理出来てないの? 出来てると思って言ったのにー」
「出来るわけないだろう……膠(にかわ)が乾いて仕上げが出来るようになるまで、一体何日掛かると思っているんだ」

 エリスはあだ名で呼んでいるし、コラーレリトもざっかけない感じだし、随分と親しげな様子だ。どういう経緯でこんな仲になったのかは流石に分からないが、長い付き合いであろうことは察せられる。
 ぶっちゃけた話、ペンタフォイルでわざわざ若い魔法使いに頼る必要はない。それこそ、歳も技巧もペトロの方が上なのだろう。それでもエリスがユキヒョウの技工士を選んだ理由は、何なのだろうか。俺が知らないだけで、何か基準があるのか?
 やいのやいのと言い合う二人を遠巻きに眺める俺。その横に並ぶのは、妖精夫妻とラミーだった。
 長く艶やかな黒髪を掻き上げつつ、妖精の女王が俺の眼をじっと見る。エメラルドをそのまま埋めこんだような眼を見返すと、彼女は困ったように首を傾げた。

「旅人にしては、随分剣呑な眼ではありませんこと?」
「嗚呼。さっきオベロンが話してたけど、エリスって『遺物』なんだろ? そんなのが若い魔法使いを頼るってのがね、何となく腑に落ちなくて」
「……あまり信じられない話かもしれませんが、リティはあれでも、随分他のユキヒョウから虐められて育っているのです。他よりも斑(ぶち)が薄いだとか少ないだとか、子どものように些細な理由で」

 トーンを下げ、静かに、重たく。ティターニアは呟くように語る。
 手を離れた子を思う親のように、彼女は密かな声で続けた。

「今でこそ技工士として一定の評価が得られ、守神らも彼に助力を惜しみません。ですが、それも血を吐くような努力と、堪え難い葛藤あってこそです。外見と歳だけで判断するのはお止めになって?」
「分かってるよ」

 青二才ってだけで不遇なのは旅人でもよくあることだ。気ままな流浪生活の中でさえ苦労するのに、しがらみの多い職人の中に放り込まれた苦悩が俺より軽いなんて、あるはずがない。
 旅を始めたばかりの頃の苦い記憶を思い返しつつ、再びエリス達の方へ眼を向けかけた時。

「あっ!?」

 ラミーが驚いたように一声挙げて、故障した炉の方を指す。
 それと同時、ビュンと鋭く風を切って、俺の前を何かが通り過ぎて行った。

Re: タビドリ ( No.61 )
日時: 2017/01/11 03:25
名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: bEtNn09J)

「『機壊兎(グレムリン)』!? あっこの……待てッ!」

 視界を横切ったのは、ゴーグルを掛けた小さなアナウサギ。
 文字通り脱兎の如く部屋を突っ切る小さな背へ、コラーレリトの怒声が突き刺さる。しかし子兎はお構いなしだ。身の丈の半分ほどもあるレンチを振り回し、フェッチ達の間を器用にすり抜け、それはあっという間に部屋を飛び出して——

<<無礼者ッ!>>
<<止まりなさい!>>
<<『夜星の森精(レィールタ)』の命令です!>>

 三つの声が一時に重なったかと思うと、

「いい加減にしろ小童ァッ!!」

 何もかも引き千切るような吠え声と、破城鎚(はじょうつい)のような蹴りが、悪戯兎の顔面に炸裂した。

「ふげぎゅッ」

 鈍い大音声と小さな悲鳴と共に、一度は外へ飛び出したグレムリンが、再び部屋に蹴り戻される。どんでんごろごろ、と盛大に床を転がり、炉に衝突してようやく止まった兎の後を追うように、開け放された扉の向こうからベルダンが顔を出した。
 途端、俺を含めた全員——オベロンやスプリガン、フェッチの一人に至るまで——揃って彼から視線を外す。……目が合った瞬間首をもぎ取っていきそうな、鋭利で鈍重な殺気を前に、誰がその顔を見上げられるものか。少なくとも俺はまだ死にたくない。
 恐らくは誰しもが同じことを考えただろう、嫌な緊張と沈黙があたりに漂う。ベルダンはそんな俺達をまじまじと眺め、そしてふっと殺気を緩めた。
 何かを絞り出すような溜息が、水を打ったように静まり返る空気を揺らす。

「今度はサラマンデルの餌だ。……“閃きの首魁(ギズ)”」
「へ、へへっ。天才に名前覚えててもらってるなんてなァ光栄光栄」

 わざとらしく頭を掻きながらぺこぺこするグレムリン、もといギズ。反省しているのかしていないのかで言えば、多分反省してないだろう。
 けれどもベルダンは、それ以上怒る気にはなれなかったらしい。やおら身を屈めて部屋に入ってきたかと思うと、唖然とするフェッチ達を無造作に足で脇に退けながらギズの傍まで歩み寄り、その首根っこをひょいと摘み上げた。
 そのままギズをぶら下げて去っていこうとする背に、皆々の視線が突き刺さる。対する彼は振り返らず、ただ低く唸るばかり。
 何処か憔悴した風な後ろ姿に、声を掛けたのはオベロンだった。

「……鍛冶屋。お前はこれからどうする?」
「さてな。貴方に言わねばならぬことではあるまい」
「そうか。ならば当ててやろう。お前は猫の王の元へ行く。行って何を話すかは知らんが、行く」

 ベルダンが何も言わないのは、図星だからだろうか。
 肩を竦め、困ったように眼を閉じて、妖精王は続ける。

「お前が今まで何を考えてきたかなど、吾にはどうでもよい。だが、その熟れに熟れた想いをかの王にどうぶつけるかは楽しみだ。とてもとても」
「貴方に道案内を頼んだつもりはないが?」
「吾もお前を案内する気はない。だがどうせ途中までの道は同じだ。旅鳥と姫君と、それから栄華の子と」

 ——諦めろ、十万殺しの大罪人。
 ——望む望まざるに関わらず、お前は進まねばならんのだ。

 からかうようなオベロンの声に、ベルダンはただ、無感情な瞳を向けるだけだった。


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