複雑・ファジー小説
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- タビドリ
- 日時: 2017/07/20 01:34
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: NStpvJ0B)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=141.jpg
次は此処へ行こう。
次は其処へ行こう。
逢いたくなれば逢いに行こう。
別れを聞いたら花を捧げよう。
森に、海。光の先や、闇の彼方へ。
時の許す限り、何処までも行こう。
この身に刻む全てが、貴方の未知と願いつつ。
***
【挨拶】
初めまして、月白鳥と申します。
人外主人公の話が書きたくなって立ち上げた次第です。
主人公と同じく、行き当たりばったりのスローペース、マイペースで進めております。
粗の目立つ文章ですが、良ければ冷やかしついでにどうぞ。
尚、この物語を書くにあたり、様々な方からキャラを御譲りいただきました。キャラの投稿者さんにこの場を借りて御礼申し上げます。
***
【注意】
・ この小説は「全年齢」「洋風ファンタジー」「一人称」「人外もの」「投稿オリキャラ登場」「ごく軽微な流血・死亡描写」の要素を含みます。この時点で無理! と言う方はUターンを推奨します。
・ 作者は非常に神経が細いので、刺激の強い描写はぼかしてあります。首狩り万歳のグロテスクもの、読後感最低な胸糞話、SAN値暴落必至の狂気乱舞等、刺激的な文章を見たい方はUターン下さい。
・ 小難しい設定や用語が沢山出てくるので、キャラと用語の簡単な設定一覧を挟む予定です。文章の中だけで全部読み解いてみせる、と言う方は、目次よりそのページを避けて閲覧下さい。
・ 誤字・脱字・文章と設定の齟齬・その他不自然な文章については発見次第修正していますが、たまに修正し忘れていることがあります。そのような場合はご一報くださると嬉しいです。
・ 一般に言う『荒らし行為』に準ずる投稿はお止めください。本文に対する言及のない/極端に少ない宣伝、本文に関係のない雑談や相談もこれに該当するものとさせていただきます。
・ 更新は不定期です。あらかじめご了承ください。
・ コメントは毎回しっかりと読ませて頂いていますが、時に作者の返信能力が追い付かず、スルーさせていただく場合がございます。あらかじめご了承いただくか、中身のない文章の羅列は御控え頂くようお願い申し上げます。
***
【目次】
キャラクタープロフィール
→Book-1 >>38 >>64
用語集
→Book-1 >>39 >>65
地名一覧
→Book-1 >>40 >>66
Book-1 『鍛冶と細工の守神(The Lord of all of smith)』
Page-1 『翠龍線上の機銃(The strafer on the battlefield)』
>>1 >>2 >>3 >>6 >>7 >>8 >>9 >>10 >>11 >>12
>>13 >>14 >>15 >>16 >>17 >>18 >>21 >>22 >>23
>>26 >>27 >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
>>35 >>36 >>37
Page-2 『彷徨い森のファンダンゴ(Fandango in the forest maze)』
>>41 >>42 >>43 >>44 >>45 >>46 >>47 >>48 >>49
>>50 >>51 >>52 >>53 >>54 >>55 >>56 >>57 >>58
>>59 >>60 >>61 >>62 >>63
***
【御知らせ】
・ >>16に挿絵を掲載しました。(H.27.12/10)
・ 狐さんがラミーのイラストを描いてくださいました! URLからどうぞ。(H.28.2/13)
・ >>17に挿絵を掲載しました。(H.28.5/2)
・ >>37に挿絵を掲載しました。(H.28.5/22)
- Re: タビドリ ( No.52 )
- 日時: 2016/06/08 13:59
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: wO3JvUoY)
「むむ、むむむー……こっち! やった! あっがりー!」
「ぇえい畜生ッ! 何でェ手前、何時からそんなカード得意になりやがった!?」
「ふふーん、私ちっちゃい頃からトランプ得意だもーん。ジョーカーがどっちかー、なんてちょろいちょろ〜い。——あっ、エディ!」
ペトロから貰った野菜山盛りのパンと牛乳を片手に階段を昇り、俺が寝ていた部屋を通り過ぎて、廊下の突き当りへ。わいわいとトランプを嗜む声の聞こえる部屋で立ち止まり、古い扉をそっと開けると、真っ先にラミーがその音を聞きつけた。
ずるい美味しそう、と、俺の手の野菜サンドを見て頬を膨らませるラミーを曖昧に制しつつ、部屋に上がりこむ。どうやら二人は床の上でゲームに興じていたらしい、毛足の長い絨毯の上には古いトランプがまき散らされ、銀貨や銅貨がその合間に埋もれていた。
……二人して賭けトランプとは、中々に高尚と言うか、贅沢な暇つぶしだ。状況的から察するに、ラミーが勝ってるっぽいのがちょっと気になるけど。
「すまんね、ラミーの暇つぶしに付き合わせてさ。負けた分の損失がデカいなら補填するけど」
「ンなこと気にすんなィ、俺が勝手に舐めてかかって叩きのめされたってだけだ。ローザにゃ素直に怒られとくよ」
ぱたぱたと尻尾で軽く床を叩き叩き、胡坐を掻いて背を丸めたロレンゾの表情に、何ら後ろめたいものはない。
だが、俺は九割の老婆心と、一割の悪戯心を以て続きを投げた。
「いや、怒られるで済む損失なら良いけど、結構負けたんじゃないのか? 雑貨屋のそこそこ上客に賭けトランプ挑んで負けたなんて、流石にあんたでも申し開きできねーだろ」
「——それよりエド、手前、人魚ッコが十回起こしても起きなかったんだってな?」
誤魔化したってことは、夫人に一から十まで喋って怒られようってことなんだろうか。……ロレンゾがそれで満足ならいいけど、何か反応に困るのは何故だろう。
まあ、当人も正直あんまりこの話を続けたくなさそうだ。素直に話題をすり替えられておいた。
「あー、ぁー。ずーっと寝ててさっき起きた。最近は野宿と混乱続きで疲れてたし」
「はははッ、あんな物騒な森の中で狼に追われちゃァ敵わんだろ!」
高らかに大笑を一回。絨毯の上に胡坐を掻きなおし、尻尾の先をたしたしと床に叩き付けながら、ロレンゾの眼はまっすぐこちらを見てくる。あんたにしてみれば軽傷かもしれないが、と言葉を投げ返せば、そんなことはないと彼は肩を竦め、やおら床に手をついて立ち上がった。
あれれ、ととぼけた声を上げるラミーには横顔だけで笑い、ロレンゾは部屋の隅に放り捨ててあった荷物を手に取る。まあ、荷物なんて腰から下げているポーチくらいしかないのだが、とにかく奴の探し物はその中にあるらしい。その場でごそごそとポーチの中を漁り、何かを引っ張り出した。
人魚ッコやい、と一声。ランタンの光で照らされる下に、細長い棒のようなものが放り投げられる。それは狙い過たずラミーの手元へと吸い込まれ、彼女は音を立てないように両手で受け止めた。途端、人魚の顔がやや思案の色を帯びる。
ラミーが海色の眼で見つめる先には、枇杷の木で出来た古い簪(かんざし)。彼女の両手からちょっとはみ出すくらいの、結構華奢なものだ。
——いや、形と材質的には小型の魔法杖といった方が正しいだろうか。お伽噺に読まれる“二蛇杖(カドゥケウス)”よろしく、月長石に蛇が絡みついているような意匠が施されていた。モチーフはややおどろおどろしさが否めないけれども、繊細で典雅な彫りだ。
しかしまあ、ラミーの表情がいつになく曇っている。魔法のことはあんまり勉強したことがないが、ラミーの表情が若干困った風なとこからして、魔法の杖としては役に立ちそうもないのかもしれない。
なんて予測は、すぐに的中した。
「ロレンゾさーん、これダメだよぅ」
「ダ、ダメっておいなァ……手前、ちったァ憚れっつの」
「だってホントだもん。所有印が割れてたら魔法道具じゃなくなっちゃうよ。……私、もっともーっと遠慮なく聞くけど、ロレンゾさんこれ踏んだか曲げたでしょー? そうじゃなくっても、ポーチの中に入れっぱなしにしてたでしょー」
そして漂う沈黙。
ロレンゾの方は、露骨に動揺して視線をあらぬ方向にすっ飛ばし、尻尾をくるくるとカメレオンのように巻いている。トカゲは目と尻尾で語ると言うが、こんなに分かりやすく「図星」って感じの態度する奴、こいつくらいのもんだろう。
対するラミーはと言えば、手の中でくるくると小さな杖を回して様子を見ながら、たまにチラとロレンゾをジト眼で睨んでいる。当人としては割と本気で怒ってるんだろうけど、ちっちゃいラミーじゃ威圧感も形無しだ。
「……魔法道具つってたな。ペトロに修理頼むか?」
「んみゅ。ロレンゾさ〜ん、修理代は自腹だよー」
「!!」
とどめの一撃。
分かった、分かったよ、とやけくそ気味に声を張り上げて、ロレンゾはポーチを丸ごと俺に投げて寄越した。大きさはそんなに無いってのにやたら重たい。一体何が入ってるってのやら、と首を傾げてみたものの、あえて中身をのぞき見する野暮をしようとは思わなかった。
散らばったトランプを拾い集めるラミーを呼び寄せ、行きたくなさそうな顔で明後日の方を向いているロレンゾを一瞥。目が合ったのを慌ててそらし、俺は再びペトロの元へと降りるのだった。
- Re: タビドリ ( No.53 )
- 日時: 2016/07/04 03:58
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: ZExdpBCU)
「ん? こりゃぁ、おいさんがローザ夫人にやった作品(もの)じゃないかな。何でお嬢が持ってるんだい」
「ロレンゾさんが持ってて壊して預かったの! こーんなぎゅうぎゅうの鞄の中に入れっぱなしだったんだよ! ぜぇったい中で潰して割れたんだから——ふむぎゅぅ」
「ちょっと落ち着きなさい。しかしまぁ、ローザ夫人、何考えて脳筋軍曹に贈答しちゃったのやら……使わないのに贈るものかな、彼女」
突然押しかけて来たラミーと俺に、ペトロは嫌な顔一つせず。ラミー曰く「どうしようもない」ほど壊れた杖を押し付けられても、彼は所有者が変わっていることに少し驚いただけで、呆れも怒りもしなかった。
普通、自分の作品を目茶苦茶に扱われたら怒りそうなものだ——事実、ほとんどの職人はぞんざいに扱われた作品を見て怒り狂った——が、ペトロは特にそうは思っていないらしい。縦にはぜ割れた枇杷の柄をじっくりと眺め、その半ばほどを指で撫でさすりながら、ペトロは飴色の眼を細めた。
「修理は出来るけど、今すぐには厳しいねぇ。短くて明後日か、調整時間次第じゃあ明々後日までは最低でも掛かるよ。おいさん、なるべく突っ返すのは避けたいんだけど——どうする、兄サン? 旅程と相談して決めておくれ」
「嗚呼……良かったら修理してやってくれ。どうせこの腕じゃ遠出出来ないし、ラミーのストールの調整だってまだ終わってないんだろ」
ほんの少し苦味を含めて笑い返し、右の翼をブラブラさせてみせる。
言っておくが、翼は折れっぱなしだ。ここ数日で色々ありすぎて放置気味になってはいるが、だからと言って完治したわけじゃ決してない。動かせば普通に痛いし、動かさなくても結構ジリジリと疼痛が出てくるし、自力では元のように翼をしまうことも出来やしない。
そんな有様を、ペトロは目をぱちぱちと数回瞬きながら眺めて、そっと枇杷の杖を作業台に置いたかと思うと、のっそりと膝に手をついて椅子から立った。どしたの、とラミーが横で首を傾げる間に、彼は作業台と壁の隙間に手を突っ込み、杖を一本引っ張り出す。
かららん、と軽やかな鐘の音。宿の出入り口についているそれよりも、少々軽く柔らかい音が狭い部屋に響く。その音は、ペトロが手にした杖に取り付けられた銀のベルから響くものらしい。
辺りの空気を緩やかに揺らすその音色は、しかしペトロの大声であっと言う間に掻き消えてしまった。
「ケイティ、カズ、こっちおいで!」
「……はぁーい」
遠くから、二つの声。一つはカズので、もう一つはカズよりも更に幼い猫の声、しかも女の子のものだ。友達なのかとラミーが首を傾げると、ペトロは少し違うと首を横に振った。
ややあって、軽く乾いた足音が二つと、高い鈴の音が一つ、ドアの前まで近づいてくる。次いで、ぽてぽてと間抜けたノック音が二度。入っておいで、と投げかけられたペトロの声を食い気味に、足音の主はドアを押して入ってきた。
「よしよし。そろそろ消灯の時間だろうに、すまんね」
「いーよ、どーせ皆こっそり夜更かししてるよー。ケイトも呼んだのはどして?」
「後学のためって奴だよ」
「なら何でルディさんは呼ばないのー。ぼくがいてルディさん抜きっておかしくない?」
「居ない猫をこの場に呼べるほど父ちゃん器用じゃぁなくってね。だからと言って怪我人を放り出しちゃおけないさ」
狭い部屋を埋める二つの影は、一人の仔羊と、一人の仔猫。
仔羊の方、もといカズは大分見慣れたが、ケイティと呼ばれた仔猫の方はまるきり初対面だ。仔猫もダチョウと人魚に見覚えがないと気付いたのだろう、割れた杖を挟んで何やかやと話し込む羊たちを尻目に、俺の前でぴょこんと頭を下げてきた。
釣られて俺も会釈し、そっと頭を上げたところに、ころころと鈴を転がすような声が投げかけられる。
「えと……わたし、ケイティです」
「よろしく。俺はエドガー、こっちの小っちゃい人魚はラミー。敬語なんか使わずに喋ってくれ、肩身が狭いから」
「んー。それじゃ、そうするね」
眠そうな反応は素のものか、或いは本当に眠いのか。のろのろと漫(そぞ)ろな尻尾の振りからして、多分後者なのだろう。まだ日暮れからそんなに時間が経ってないとは言え、今にも寝そうな女の子をいきなり呼びつけるとは、ペトロも中々ヒドい奴だ。
……待て。
突然駆り出されて、文句も言わず応じられるような間柄なのか? どう言うこっちゃ。
「ケイティって、ペトロの何なんだ? まさか小間使い——ぇぐっ」
思わず問いを口にした途端、ぐい、と嘴を杖で突き上げられた。
咄嗟に杖を掴もうとした手を割れた枇杷の杖で遮り、ベル付きの杖で嘴をぐいぐい上に押しやってくる。止めろよ、とようよう声を上げても聞く耳持たず、むしろどんどん押し付ける力を強めながら、彼は困ったような低い声を俺にぶつけた。
「羊聞きの悪いこと言うんじゃないよ。この子は弟子」
「で、弟子? ケイティが?」
「そだよー」
眠たげな返答と共に、嘴に押し当てられた杖をどけたのは、他でもないケイティだ。
おや、とやや甲高い声を上げるペトロの手からベル付きの杖をすり取り、自分の身の丈くらいありそうなそれを抱きかかえるように持ちながら、彼女は橄欖石(ペリドット)のような色の眼を細めて笑った。
「名前聞いて思い出したよ。エドさん、ルゥ兄と一緒に居た人でしょ?」
「ルゥ兄って」
「ルディカのお兄ちゃん。ほら、運動オンチで炎使いの……」
「待ておいこら。運動音痴は悪口だろ」
此処で突っ込みを入れる俺を非常識だとは誰も思うまい。
当のルディカだって、炎使いってことより先に運動音痴な猫だなんて、まさか妹から紹介されるとは思ってないだろう。だって本当だもん、とまるで悪びれる様子のないケイティに、俺は一体なんて顔したらいいのやら。ちらとラミーを見てみると、身をよじって笑いを堪えていた。
まあいい。声を上げて場の空気を変える。
「ルディカの妹ってことは、何だ。あんたも魔法使いなのかい」
「もちろん! わたし、『癒し手』なんだよ!」
誇らしげに胸を張るケイティ。対する俺は、「初めて見た」の一言だけがするりと口の端から零れ落ちた。
ぶっちゃけ、治癒魔法を使える魔法使い自体はそんなに珍しいものじゃない。十年旅してきて、治癒魔法を使う魔導師には少なくとも五人知っているし、使えると豪語する奴はもっと居た。そう言う奴を助けたこともあれば、助けられたことだって何度もある。
けれども、俺が出会ってきた魔法使いは皆、「自分は治癒魔法が使えるだけで、決して『癒し手』ではない」と口を揃えるのだ。一体何が違うんだと思うが、とにかく彼等は魔法使いの分類でいえば別の所にいるらしい。
だが、彼女は臆面もなく自身を『癒し手』と誇ってみせた。
「そんな風に堂々と自己紹介出来るってのは、いつか凄い魔法使いになる奴だけなんだってな」
「ほんとっ?」
「嗚呼。お前の父ちゃんがずっとそう言ってた」
「……そっか、お父さん」
あからさまに、ケイティの顔が曇った。
どうしたの、と横合いから挟まれたラミーの言葉に、ケイティの表情はますます暗い。
「わたし、あんまりお父さん好きじゃない」
——だって、わたしが知ってるお父さんは、何にも喋らなかった。黙っておうちに帰ってきて、黙ってまた出て行って、ずっとずっと帰らなかった。帰れなくなった。
——お母さんもお兄ちゃんも、お父さんのことは立派だって言うけど。それならなんで、どうしてわたしと一回も喋ってくれなかったの。
「わたし、一言でよかったのに。何か言ってくれたら、わたしお父さん大好きになってた」
低く、重く。カズより幼い子供の出せるものとは思えないほどに、声は鈍色に沈んでいた。
顔を知りながら、ただ一度として会話のなかった父親。ケイティにとって、喋らない男……いや、理解できるような愛情を与えられなかった不器用な親なんて、赤の他人以上の存在にはなれなかったのだろう。記憶にすらない生みの親が、俺にとっての“親”でないように。
けれども、彼は。
「そんなこと言わずに、思いっきり自慢してやれ。お前の父ちゃんはカッコいい奴だ」
「何にも知らないのに?」
「本当にそうか? よく思い出してみろよ。そんなに冷たい奴だったのか?」
彼は、娘の手を取ったはずだ。
あの気難しい魔法使いにも、子に寄り添って見守る時間くらいあったはずだ。
——かつての俺が、そうされて親の情を知ったように。
- Re: タビドリ ( No.54 )
- 日時: 2016/07/20 13:04
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: MIY9Uz95)
「…………」
ケイティは長いこと黙りこくっていた。
そして、振り切るように数回首を横に振り、やおら俺の垂れ下がっていた右翼を手に取ったかと思うと、高らかに杖を掲げた。
<<薬師が旅路の伝手をば依に、深みに眠れる霊丸(みたま)を羅針に、『還俗の天医(ラファエル)』より癒しを賜おう>>
からん、からん。軽やかに響くは銀の鐘の音。音は部屋中に響き、木の壁に吸い込まれることなく反響して、辺り一帯に幽玄な音の壁を形作る。無論眼には見えないが、確かに存在するものだ。
呪文はルディカが使っていたものとそっくりだが、何処か曖昧模糊とした雰囲気は、兄の放つそれとはまるで違う。この身に何が起こるか、正直なところちょっと不安に思いながら、俺は杖を握りしめるケイティに目をやった。
<<響け楽園(そら)の歌、親しめる者に天の御業を。鳴らせ奇跡の鐘、道行く者が悩まぬように>>
遠く近く、高く低く。軽やかに、けれど厳かに。響き渡るは鐘の音と声。
そしてそれらが遠ざかっていくと共に、光の文字へ置換されていく。周囲を埋める不可視の壁は、いつしか、青白い光で描かれた無数の文字列に取って代わられていた。
それもまた、不変ではなく。
<<与えよ意のままに、朋友の旅の支えを。癒せ麗しく、聖なる御手にて成すべきを成せ>>
文字は互いに重なり、混じり、溶け合っては、一本の細い光の糸に変わり。そして糸は何本もより合わされ、太い束になって、真剣な顔でどこか遠くを睨むケイティの周りに収束していく。
からん、と一際高らかに鐘の音が響き、まとわりつく糸が音もなく光を増した。
——刹那、俺はこの目に見た。
ケイティの代わり、と言わんばかりに俺の翼を取り、目を細めて笑う、六翼の天使を。
「!」
眼前に佇むこれこそは、呪文に読まれたラファエルなのだろう——と、些末なことをつらつら思う暇もなく。天使は俺に聞こえない声で何某か呟いたかと思うと、俺が目をかっ開いて突っ立っている前で、ばらばらと無数の光子になってしまった。
蛍のように散華していく青白い光の粒を、俺はただただ睨むばかり。瞬きも出来ずに硬直する傍を、無数の細かな光がすり抜け、そして、一斉に輝きを失った。
音もなく、あっと言う間に消え果てた天使の後には、さっきと変わらずに俺の手を取る、小さな白猫が一人。表情は相変わらず曇ったままだが、俺を見上げる黄緑色の目にはもう、妙に戸惑い揺れるものはない。
俺の翼から手を離し、ぎゅっと杖を握りしめて、ケイティは一言。
「わたし、やっぱりお父さん嫌い」
「マジで!?」
思わず声を上げざるを得なかった。
普通ここは話の流れ的に「お父さん大好き!」になるもんじゃないのか。いやまあ、そう簡単に人の性格が変わるわけじゃないのはよく知ってるけど、こんなにきっぱり言い捨てられると、頑張って言葉をくじり出した俺のほうが困ってしまう。
まあそう言わずにさあ、と情けなく亡き老魔導師のことを擁護する俺に、ケイティはどこか寂しそうな笑みを返してきた。
「お父さん優しかった。何にも喋ってくれなかったけど、色んなこと教えてくれた。——でも」
声が、震える。
ぐずぐずと鼻を啜りながら、ケイティはか細く床に言葉を落とした。
「でも、やっぱり最後くらい、わたしとだってお話ししてほしかったなぁ……」
- Re: タビドリ ( No.55 )
- 日時: 2016/09/12 00:59
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: 3YwmDpNV)
「あっれぇ、お前あん時の旅鳥!」
「……ロレンゾの店に居た奴かい」
「あぁ、ゴードンってんだ。それよりも旅鳥よ、あの後エシラの旦那から聞いたぜぇ! お前さんすげー場所引き当てたんだってな!」
ペトロの宿は、規模の割に色んな奴が泊まる。
俺にこうして話しかけてきた、ガタイの良い灰色の犬——ゴードンも、そう言った輩の一人だ。
「ラミーが探し当てたんだ、そういうのは得意だから」
「ラミーってぇと、あの人魚ちゃんか。凄いもんお供に連れてんねぇ」
ガラガラとしゃがれた声、年季の入った革手袋、泥まみれの足、埃で薄汚れた服。頑丈そうなベストのポケットから見えるノミやタガネは傷だらけ、腰にはロープの束と空っぽのランタンを下げ、鼻面には随分とレンズの色の濃いサングラスをちょんと乗せている。
典型的な、しかも結構ベテランの採掘屋と言った感じだろうか。年恰好は俺よりちょっと年上くらいだが、まとう空気には老練なものが感じられる。
案内はしてやらないぞ、と軽く釘を刺すと、ゴードンは困ったように蜂蜜色の眼を細めた。
「採掘はするなって、エシラの旦那も似たようなこと言ってたっけなぁ。何、お前さんが見つけたの、『鍛冶と細工の守神(トバルカイン)』の聖域なんだって」
「声がでけぇっつの……まあ何だ、トバルカインの“眼の前”だったよ。悪いこと言わないから見つけて取ってやろうなんて考えるなよ? あんなトコで発破かけた日にはあんた、山ごとぶっ飛ばされるぞ」
目一杯低く凄みを付けた声で脅す俺。
対する採掘屋は、実に泰然としたものだ。ベストのポケットから出した太い紙巻きタバコを口に咥え、マッチで火を点けながら、彼はぐつぐつと喉の奥から笑声をひねり出した。
「おれ達ァ身体は薄汚れてるが、心根までヨゴレになったつもりはないぜ。少なくともおれ達は山の守神に許された身として、自分の仕事に誇りと節度を持ってやってるつもりさ」
「……結構刺さること言ってくるな、あんた」
「? 嗚呼そう言えばお前さん、トバルカインの窟からエメラルド拾ってるんだったっけ? おれ達を使わないでエメラルド拾ってんならまあ、さぞや儲けてるんだろうが——」
ふぅ、と煤けた天井に向けて煙を吐き出しながら、ゴードンの目は遠く。傍に放り出された椅子にどっかり腰掛けて、彼はのそのそと足を組んだ。
「おれは別にあんたのことを咎める気で言ったわけじゃないさ。仮令買ったものだろうと拾ったものだろうと、用途が換金用であろうと趣味の材料だろうと、手元に来た以上使ってやるのも立派な礼儀じゃないか」
そしてまた、紫煙混じりの溜息を一つ。
一気に息を吸い込んで半分を灰にし、再三吐き出して、彼はタバコを咥えたまま火を指で押し潰す。じり、と革の焼け焦げる音と、その後鼻を突く焦げ臭さに思わず顔をしかめながら、俺は声を上げた。
「……なあ、ゴードン。あんた、魔燈鉱入り貴石の扱いって詳しいか?」
「嗚呼。魔燈鉱入り貴石専門で採掘してるからねおれ達は。それがどうかしたかい?」
「いや——あの窟で拾ったエメラルドさ。金になる以外の使い道ってあんのかなと」
折角の上等な、しかも魔法の媒体にもなる希少な宝石なのだ。何か有用に使えるなら、それに越したことはないだろう。
あれこれと皮算用する俺をよそに、ゴードンは火の消えた煙草を咥えたまましばらく思案に耽る。そして、やおらズボンのポケットを漁り、くしゃくしゃに丸まったメモ用紙の束と万年筆を出すと、その場でガリガリと何か書き始めた。
少しして、ほれとばかり手渡されたのは、小さく折りたたまれた数枚のメモ紙。開かないまま用途を尋ねれば、ゴードンは何処か苦々しく口の端を釣り上げた。
「魔燈鉱入りのエメラルドを方位珠(ほういしゅ)に加工できる技工士を一人知ってるんだ。採掘した宝石をよく卸す相手でね、悪趣味だが悪い奴じゃあない」
「方位珠?」
「方位磁針の磁針を魔法に変えたものと思えばいい。何にせよ、その技工士の店に行ってそいつを見せれば、向こうが勝手に説明してくれるさ」
随分投げっぱなしな奴だ。取引相手としては結構な上客のようだが、ゴードン自体はその技工士に興味がないのだろうか。
メモを首元の鞄に仕舞いつつ、心中で首を傾げる。一方の採掘屋は、若干腑に落ちない俺の顔をじっと見て、ぱちぱちと二回目を瞬いた。そして、やにわに顔を渋くして、低く唸り声を上げる。
「何か俺の顔に付いてるか?」
我ながら古典的な切り返し。ゴードンは生真面目に首を横に振る。
「お前さん、人畜無害そうなダチョウのくせして随分と剣呑な臭いがするじゃないか。禿泣きのネズミ翁だってそんな怖い臭いさせないぜ」
「一昨日か一昨々日(さきおととい)まで戦場の真っ只中に居たからかもな」
ロレンゾとベルダンの所業が心配でさ、と付け足す。
彼は案外すんなりと俺の言葉を飲み込んだようで、仕方ない、とばかり苦笑いを一つ。ふさふさの尻尾をぶんぶんと左右に振りながら、ゆっくりと腕を組んで肩を竦めた。
「あの旦那がどうしてまた戦場に? ロレンゾはともかく、ベルダンの旦那はあんまり無茶できる歳じゃないんだろ」
「約束してたんだとさ、魔導師長と。知己だったって聞いてる」
「……“だった”?」
ぱたり、太い紙巻煙草が床に落ちる音。
信じられない、と言いたげに口をあんぐり開けて固まるゴードンへ、俺は努めて無感情に続ける。
「死んだよ、魔法の使い過ぎで」
そして、静寂が少し。
ゴードンはそっと目を伏せ、煙の残滓を吐き出す煙草を拾い上げた。
「寂しがったろうな、トカゲの旦那」
「嗚呼。ベルダンが特に」
くしゃり、微かに紙の折れる音。
革手袋の中で煙草を握り潰し、ポケットに押し込みながら、彼は蜂蜜色の眼をほんの少し細める。
「ま、良いや。とりあえず、ペンタフォイルの八番街に行ってみな。一番でかい通りで魔法道具の店やってるから。緑の屋根に金ぴかの風見鶏がついてるってんで有名なトコだ」
「随分派手好きなんだな」
「そういうヤツなのさ。本人もハデな恰好してるぜ」
言いながら肩を竦め、諸手をポケットに突っ込み、背を丸めて出て行こうとする犬の頭に、俺は何とはなしに声を投げつけた。
「ケイティに何か言ってやってくれ、あの子父ちゃんのこと嫌いみたいだ」
少しの沈黙。溜息が一つ。
「言うならあんたが言ってやんなよ」
「あのさ、俺で無理だったからあんたに言ったんじゃないか。あの魔法使い達と仲良いんだろ」
「仲が良いのと共感できるのとじゃ話が違うんだぜ、旅鳥。おれは肉親を亡くすってことがそんな辛いことだなんて、一度も思ったことがねぇんだよ」
「何だって?」
聞き返すも、返事はなく。
ゴードンは何処か冷めた目で俺を一瞥したかと思うと、それきり何も言わずに、宿から出て行ってしまった。
- Re: タビドリ ( No.56 )
- 日時: 2017/01/15 07:12
- 名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: bEtNn09J)
ネフラ山麓駅が金物の聖地とするなら、ペンタフォイル山麓駅は宝石の聖地だろう。
此処は金銀を打つ涼やかな槌の音と、とりどりで煌びやかなものが溢れている。心なしか——いや実際、煤や煙に塗れていない分——街並みも色鮮やかで賑々しく、いかにもラミーが好きそうな雰囲気だ。かの巨大な山一つの隔たりで、街の印象はまるきり反対だった。
何とかして財布の紐を緩めさせようと奮闘する商人の声と、店さえ持っていない花売りや石売りの声をいなしつつ、視線を巡らせて目的地を探す。大通りの目立つ店だ、とゴードンは言っていたが、大通りも半分過ぎたというのにまだ見つからない。
実はそんなに派手な店じゃないんだろうか……なんて、頭の片隅で思い思い、臙脂色の屋根から目を外すと同時、感じ覚えのある気配が俺のすぐ傍を通り過ぎていった。
思わず、声を張り上げる。
「ベルダン?」
「……エド」
じろりと見下ろすは、夏の空にも似た色の双眸。ほんの二日か三日見ない間に一体何をしたのか、ただでさえ低い声は更に低く、そして掠れている。しっかり着込んだつなぎも砂埃で薄汚れ、いくらかのカギ裂きも見て取れた。瓦礫の中か崩れた洞か、とにかくそう言った狭い場所にいたらしい。
何してたんだ、と短く問えば、ベルダンから返ってくるのは短い溜息と疲れ切った一言。
「後始末だ」
「何の」
「あの場所で一体何人死んだと思っている? 猫族は燃やせば終わりだろうが、犬族でそれは通用しない」
答えを直接言わないのは彼なりの配慮、とでも言おうか。
要するに、犬族の拠点で出た遺体の片付けをやっていたのだろう。犬族は土葬が基本のハズだから、多分戦場の何処かに埋めたか、形が残っている遺体は瓦礫の中から掘り起こして引き渡したか。どちらにせよ、気が狂いそうな作業には変わりない。
けれども彼は、疲れているだけだった。空色の眼には感情の漣一つ立たず、表情は何度も見てきた無表情。歩き方には憔悴の色が見え隠れしているが、まとう雰囲気は平生のように一分の隙もない。
トカゲは感情を露わにはしない。それは、ほとんどのトカゲに言えることだ。
しかし、彼は。
「何とも思わないのか? あんた、既に死体になったものだけ見たわけじゃないんだろ」
「嗚呼。前は思っていんだがな」
そもそも、何も感じていない。
死者を思うことすら、彼はやめてしまっていた。
「……砲兵部隊のことか?」
「いいや。五十七人で犠牲が済むならばまだ良かったろうが——アエローが十万の猛禽を墜としたことは、決して誇張ではない。猫族に加担したことで地の塵と消えた犬族の数と比べるならば、今回拠点の陥落に巻き込まれた人数などズリ山の石屑のようなものだ」
——数百数千で終わるならば、俺は単なる人殺しで済んだ。一生後悔しながら生きていくことも、遺族から石と罵声を投げられながら怨嗟の内に死ぬことも、殺人鬼なら簡単だろう。
——だが、俺は英雄になってしまった。
——十万数千の悔恨と人生を背負って生きていくに、俺に残された時間はあまりに少なすぎる。俺自身が過去を悔いることは、他者の目が許さない。
——俺は俺の為に、死へ無感にならざるを得なかった。そうしなければ、生きていけない。
何でもないことのように、ベルダンはいつもと変わらない声色で告げる。
しかし、そう結論を出すまでに、一体どれほどの苦悩を抱え込んで生きてきたのか。共感や同情はおろか、想像さえも俺には出来ない。
答えあぐねて黙り込む俺へ、声はまだ続く。
「で、先程から何を探している? 大通りの半ばまで来てまだ見つからないのか」
「え? は?……あ、あー」
唐突にすり替わった話題に狼狽する暇もない。
俺を見下ろす空色の眼は、有無を言わさず俺に返答を求めてくる。この突き刺すような視線に真っ向から対峙出来るとしたら、それは余程純真な奴か、空気読めない奴か、或いはロレンゾくらいのもんだろう。つまり、俺には出来ない芸当ってことだ。
と言うか、俺的にはそっちの方が本題なのだ。ぐるりと視線を一巡させ、やっぱり目的のものが見当たらないことを確認した後、俺はベルダンへ返す言葉を選ぶ。
「えーと……方位珠ってのを作る職人がこの街に居るって聞いたんだけどさ、あんた知ってるかい」
「この大通りの端にある。『ヴェルンド魔法具店』と看板を掲げていた筈だが」
「『下剋上の鍛冶神(ヴェルンド)』? えらく物騒だなおい……」
思わず漏らした声に、違いないとはベルダンの返答。
——ヴェルンドと言えば、その昔人間に使役されていた、鍛冶と魔法の守神。自分の主人だった人間を片っ端から殺してはその骨や肉で魔法道具を作り、遺族や親類に送り付けていた……なんてウソみたいなお伽噺の残る、けれど実在する守神だ。詳細は俺もよく知らないが、とにかく関わるとヤバいってことだけはよく聞いている。
守神にあやかった名前を店に付ける職人は数おれど、ヴェルンドの名前を付けた奴なんて聞いたことがない。悪趣味とは言うものの、度を越している気がするのは気のせいだろうか。
会いたい気持ちが見る見る抜けていくのを感じつつも、紹介してもらった手前、引き返すのも後味が悪い。重い足を引きずり引きずり、傍らをついてくる大鍛冶師へと問いかける。
「ベルダン、その悪趣味な店主について詳しく。店の場所知ってるってこた、知り合いなんだろ?」
「度々台座の鋳造を頼んでくる技工士だ。まだ若い男だが、良い腕をしている」
何の躊躇いもなく出てきた褒め言葉に、思わずベルダンの顔を見上げた。
職人が他の職人を、しかも年上から年下相手に褒めるなんて聞いたことがない。ましてベルダンは凄腕中の凄腕、世界に五人もいない、大鍛冶師の称号を持っている鍛冶師なのだ。その彼が躊躇なく褒め言葉を口に出来る相手とは、一体何者なんだろうか。
言葉もなくただ仰ぎ見るばかりの俺を、空色の眼がじろりと睨み返した。
「俺の褒め言葉がそんなに珍しいか?」
「そりゃあ、あんたが他人(ひと)のこと饒舌に語ってるのなんてそうそう見るもんじゃないしさ。よっぽどの才能がなきゃ良い腕なんて言葉使わないだろ」
「嗚呼……努力が結実する寸前の天才、とでも言っておこう」
感慨を込めて、一言。
立ち止まり、振り仰ぐ先には、緑青色の屋根を頂く煉瓦の家一つ。
『ヴェルンド魔法具店』の金文字が、木の看板に光っていた。
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