複雑・ファジー小説
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- Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】
- 日時: 2015/05/10 19:19
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
平穏な1日が過ぎ去ろうとしていた、とある真夏日のこと。
完全に日没しきったその日の夜に、何でもない夜空が突然紅く染まった。
この日以降の3年間に亘る日付を、人々は未来永劫"デッドデイズ"と呼ぶようになった。
◇ ◇ ◇
※キャラ投稿者様各位へ重要なお知らせ※
一部のキャラの苗字、或いは名前を一時的に変更して登場させてあります。
これは一時的、そして伏線による故意ですので、誠にご勝手ではありますが何卒ご了承をお願いいたします。
現状、下記の通りです。後程追加される可能性があります。
星空真澄→星野真澄
水久洋介→水久良介
古田綾香→古田彩香
〜目次〜
キャラ紹介>>16
プロローグ〜存在しなかった時間〜>>1
一章〜レッドナイト現象と異能者〜
>>2 >>3 >>4 >>5 >>6
二章〜デッドデイズの始まり〜
>>18 >>19 >>20 >>21 >>27 >>29 >>36 >>37 >>38
三章〜忌子の末〜
- Re: Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】 ( No.55 )
- 日時: 2015/05/23 14:36
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
平日の昼下がり。都会一面が見渡せる、超がつくほどの高層ビルの最上階にて。
寝巻き姿のまま、窓際のベッドに座ってたそがれる少女がいた。
「んー……」
早河花音——白に近しいブロンドの長髪と、白を主体に虹色に輝く瞳を持った少女の名だ。
『12時……もう来るかな』
ベッド横の時計を見やり、小さな欠伸と共に。
——来るかなと思ったその時、丁度よく部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、巫女衣装に身を包み、長い黒髪を簪で止めている少女"立花深雪"
凡そ都会には似合わない、奇抜な恰好である。
「遅かったね、みっちゃん」
「ん? おかしいな、時間通りのはずだが……」
「うーそ、時間通りだよ。よくできました〜」
パチパチと小さく拍手する早河。
しかし表情は固く、僅かに口角を持ち上げただけである。
「はぁ、全く——それより、いきなり呼び出してどうした?」
「えっとね」
重たげに腰を持ち上げ、早河はポケットから2つの赤い果実を取り出した。
種類は不明。形を見た限りではサクランボなのだが、妖しげで艶を含んだ赤だ。
丁度一口で食べることの出来る、手ごろな大きさである。
「晃君がね、異能者としての自覚を持ったみたいなの」
「……それは確かなのか?」
「白鷹先輩の情報だもん。きっと確かだよ」
「どうだか」
立花は暑そうに上衣を脱ぎながら、訝しげに形の良い眉根を顰める。
やがて巫女衣装は乱雑に床へ脱ぎ捨てられ、上半身は胸に巻いた晒だけとなる。
形も大きさも、しなやかな体型と見合った理想的な胸を前にして——早河はジトッと見つめるだけである。
別に悔しくなんかない——言わずとも、そんな声が聞こえてきそうである。
「白鷹先輩といえば、何分食えない人だ。その情報さえ嘘かもしれないだろう?」
片や立花は、そんな視線など慣れたと言わんばかりに話を続ける。
「でもさ、こんな話もあるんだよね」
早河もそれにのり、果実2つを持て余しながら話を繋いでいく。
「異能者間の抗争に、彼が異能者として巻き込まれたんだってさ」
「抗争? 抗争が起きているのか?」
「まあ、抗争かどうかは分からないけどね」
早河は、更に果実をポケットから取り出す。
これで合計4つになった。
「とにかく、彼は色んな異能者たちと行動を共にしてるの。これだけは言える事だよ」
「なるほど……偶然にしては出来すぎか」
「うん。それにね——彼、白鷹先輩とも仲が良いみたい」
「——はぁ、仕方ない」
仕方ないと言いながら、立花は早河へと歩み寄った。
早河も同じく立花に歩み寄り、互いの距離は体温を感じるほどに近くなる。
重ねた手から漏れる光が、儚い輝きを誇っていた。
「まだこういうの、慣れていないのだがな……」
「いいじゃん、女の子同士なんだから。男とやるよりはいいでしょ?」
「そ、それはそうなんだが——」
頬を赤くする立花を尻目に、早河は果実を1つ頬張る。
噛み潰すせば、赤く甘い香りが口中に広がり——恋に落ちたような、うっとりとした感覚に襲われる。
「ほら」
「んっ……」
——"手がけた"果実の味を共有した者に、自分が持つ生命力の殆どを貸し与える。
早河の、異能だった。
- Re: Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】 ( No.56 )
- 日時: 2015/05/29 21:32
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
「——ん?」
いつの間に寝てしまったのか——目覚めたときには、既に19時を回っていた。
部活動の掛け声もあまり聞こえてこない。精々野球部がグラウンドにいる程度で、他は粗方撤収したのだろう。
とっくに日も落ちていて、冷たい夜風が肌に心地よい。
腕の中で眠る先輩を抱えたまま、俺も床に座り込んで眠る——
なんともラブコメっぽい展開な気がしてならないのだが、生憎俺は"そう"だとは思っていない。
なぜなら、先輩は美しいから。到底、俺みたいな男が手を出せるような人じゃないから。
——こうして間近で見れば、今寝ている証拠として、明らかな睡眠不足が顔に出ている。
それでも思わず見惚れてしまうほどだ。
全く、黙っていれば文句なしの女性だというのに——
「ねぇ」
「うわっ!」
「今何か、失礼なこと考えてたでしょう?」
「い、いきなり起きるなよ——」
突然だった。
いつの間に起きていたのか、先輩は俺の目を覗き込んでいた。
「ふふ、でも——」
「——でも?」
「今回は許してあげる。私の事、必要だって言ってくれたお礼よ」
「あ、あぁ」
そういえば寝る前、そんなこと言ってたな。
「……」
「……」
「——あのね」
「ん?」
先輩は俺に身体を預けたまま、憂いを帯びたような表情で話し始めた。
「私ってね、必要とされたかったけど、今まで誰からも必要とされなかったのよ」
「……は?」
いきなり何を言っているんだコイツは——と喉まで出かかったが、何とかその言葉を飲み込んだ。
「成績も運動神経も中途半端だし、ましてや性格は"これ"だもの。だからよ。私が生徒会長として、一役演じたのは」
「——えっと……つまり、何か。頼られたかったって言いたいのか?」
「えぇ」
——白鷹千秋。彼女の存在は、この学校に革命を齎した。
廃校寸前だったこの学校を復興させ、PTAで金を集めて全教室にエアコンを取り付け、更に数の少なかった行事を増やし、修学旅行などで行ける旅先の候補地も増やした、と。
正直先輩がいなければ、この学校は既に廃校していたといっても過言ではない。
だから、みんなが先輩を信頼して頼りにしているのは必至なわけだ。
そうなると、もう願いは叶ったんじゃないかと思ったが——どうやら違うらしい。
「頼るだけじゃなくて、頼られたかったのよ。だけど、それは所詮生徒会。みんなが頼ってくるのは、当然"生徒会長"としての私なの。誰も私個人を頼ってくれたことはなかったわ」
生徒会長として頼られるのは、望んでいたような結末ではなかったのだという。
「頼られたかった理由はね——何が言いたいって、ただ寂しかったのよ。頼る頼られる——そんな関係を築けたとき、はじめてそこに絆が芽生える——私はそう思ってて——」
「——そういう関係を他人と作れなかった……ってか?」
「うん……」
背中に回された先輩の腕が、より一層俺を強く抱きしめてくる。
「高校に上がるまで、私に友達なんてものはいなかった。要らなかったわけではなくて、作れなかったの。高校に上がってからは少しは出来たけど……きっと私が生徒会長じゃなかったら、出来ていなかったかもしれないわね」
「——」
「だから、貴方の言葉……とても嬉しかったわ」
「そうか……」
結論は出た。
「ようするにそれ、孤独なんだろ?」
「えぇ、そうね……」
「だったら、さ。孤独を感じたら、これから俺のところに来いよ。好きなだけ構ってやるよ」
孤独なんて、そんなに良いものではない。
類似語として"孤高"があるが、独りという点で考えると似たり寄ったりで、それも大体一緒だ。
人間は、1人では生きていけないのだから。
「……」
「……」
「——さ、帰りましょう。日も暮れてしまったわ」
突然顔を真っ赤にして俺から離れ、目を合わせないように鞄を引っ掴んで旧生徒会室を出ていく先輩。
俺は彼女を呼びとめようとしたが、不覚にも阻まれた。
「ありがとう、晃君」
そんな普段言わなそうな、心の篭った感謝の言葉を聞いて。
- Re: Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】 ( No.57 )
- 日時: 2015/05/29 22:44
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
その後。家に帰り、まだ腕に残っている先輩の感触を思い出していると。
「あ、やっと帰ってきた。晃ってば、最近帰り遅くない?」
どこか心配そうな面もちで、2階から怜奈が降りてきた。
「いいや、何でもねぇよ」
「そう……ならいいけど」
何でもないなんて、大嘘だ。特に今日に限っては。
しかし、それを知ってか知らずか、怜奈はそれきり何も訊いてこなくなった。
エプロンをつけて、着々と晩飯の準備をしてくれる——と、そこまではよかったのだが。
——ばん!
「!?」
何か鈍い音がして、俺は咄嗟にキッチンを振り返る。
何事だと思って見ていると、目からハイライトの消えた怜奈が現れた。
——右手に包丁を持ったまま。
「ねぇ、晃」
「何?」
俺の額に、一筋の冷や汗が流れる。
光るものはとりあえず突っつく習性のある鳥ですら、見ても素通りしそうなほど輝きの消えた彼女の瞳。
まるで古井戸の底を覗き込んでいるようだ。
「殺そうよ、あいつ」
「あんだぁ? 何か虫でも出たのか?」
怜奈は虫が大の苦手だ。
小さい頃は平気だったらしいが、今になってはもう見ることにすら抵抗があり、さしあたって見たらもう殺すしかなくなったのだという。あくまで本人の意見であり、俺のアドバイスなんかではない。
とりあえず怜奈の暴走を静めるべく、俺は重たい腰を持ち上げ、キッチンへと侵入する。
「お?」
すると、床の真ん中にアイツが佇んでいた。
6月くらいになると湧いてくる、黒いアイツが。
通称G、正式名称はゴキカブリと呼ばれる昆虫。まあ、素直に言えばゴキブリだ。
「な、な、な、な、な、なるほどね」
「——何、虫怖いの? 男のくせに情けなー」
「お前に言われると何かムカつくし、お前にそれが言える筋合いも無い! それに虫は怖くない!」
そう、俺は虫くらいどうってことない。
ゴキブリを退治するだけの度胸もあるし、それを実行するにおいても吝かでない。
だがしかし、俺は今恐怖感を抱いている。何故か? 答えは簡単だ。
俺が本当に恐れているのは、怜奈が無意識のうちに、明後日の方向に様々な家具を投げつけることだ。
自動販売機片手に他人を追い掛け回すような奴だ。不可能ではない——というかやりかねない。否、絶対にやる。
「しゃーねぇ、俺が退治してやるよ。頼むからお前は何もするな——」
——そう言ってると、黒いアイツが突然動き出した。
カサカサカサカサ——そんな効果音が発せられているかのように、素早くアイツが動き回る。
——しゅぱーんッ!!
「うわっ、危ねっ!?」
すると突然、耳元を掠めた衝撃波と共に、アイツが移動した先の近くにある電気ポットが大爆発を起こした。
晴れない霧の中、よく目を凝らしてみてみれば——壁に突き刺さった包丁が、振動するように小刻みに震えていた。
どうやら、怜奈の右手に握られていたものらしい。
「きゃーっ! きゃーっ!」
悲鳴に気付いて振り向いてみれば、怜奈が目を瞑ったまま、闇雲に物を投げる動作を繰り返している。
さてはコイツ、前を見ないで包丁を投げたな——?
あと一歩間違っていれば、大火傷どころか死亡していた可能性もあるわけだ。
そんな現実が、俺の心を恐怖一色に染め上げる。
やがて、しゅうしゅうと漂う湯気が晴れたときだ。
——カサカサカサカサ。
そんな音が聞こえると同時に、俺は咄嗟に地面に頭を伏せた。
「何だ、やっぱり怖いんじゃん」
「違うっての!」
「虚勢を張るのもどうかと思うけど」
「だから違うって!」
俺が頭を伏せた理由。それは、俺の後頭部に家具が飛んでくる可能性があったからである。
しかしそんな事、面と向かって怜奈に言えるわけもなく。
——カチャ。
すると、リビングのドアノブが回転した。
何かが近付く気配——それに対して、怜奈が2人掛けのソファーを片手に身構える。
「ど、どうしたの? 騒々しいけど……」
やってきたのは、亜由美だった。
買い物の帰りだろうか。片手で苺の棒アイスを食べながら、空いた片手にエコバッグを提げている。
「あ、あ、亜由美ちゃ〜ん……」
「な、何?」
「黒い悪魔が現れたの……さっき晃が立ち向かってくれたんだけど、それっきり戻ってこなくて……!」
「おい、人を勝手に殺すな。あと俺はここにいるぞ」
「何かゴキブリを退治できるアイテムないかなぁ?」
「無視かーい! 虫だけに!」
「あぁ、それなら——」
「渾身の親父ギャグも無視されるんかーい!」
最早黙れとも言われないまま、俺の全力を犠牲にしたボケは華麗に虚空へと消えていった。
そんな俺のボケを虚空へと追いやった犯人その1——もとい亜由美がエゴバッグから取り出したのはドライアイス。
暑さ対策のため、アイスを大量に買い込んだのだろう。無論、怜奈に対しての、だ。
さっきからコイツの熱暴走は酷い。その証拠に電気ポットが1つ破壊されている。
「これに水を注いで、ガラス瓶に入れて、蓋して投げちゃえばゴッキーなんてイチコロだよっ」
「やめろ! Gごと俺らを殺す気か!」
ガラス瓶に、水を注いだドライアイスを入れる。
これだけで即席の、しかし強力な爆弾を生成できたことになるのだ。
あとは亜由美の言うとおり蓋をすれば、時限式で爆発する。
まとめると、ドライアイスが気化する際、膨張する容積に耐え切れず容器が破裂する原理を用いた簡素な爆弾なのだ。
だが威力は凄まじく、侮ってはいけない。例えばガラス瓶なら、数人くらいなら容易く殺すことが出来るだろう。
「じゃあ……」
次に取り出したのは、トイレで使う漂白剤のような洗剤。
思いっきりデカデカと、且つ目立つ黄色の下地に黒の文字で、混ぜるな危険と書いてある。
「だから俺らまで殺すなっての。な?」
なんだかんだで、最終的に武器は包丁となった。
何故包丁なのか、理由は単純にして明快。怜奈に差し出されたからである。
さて、黒いアイツはどこへ行ったかな——
- Re: Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】 ( No.58 )
- 日時: 2015/05/31 10:46
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
さっきの電気ポットの爆発で死んだかとも思ったが、相手はあのゴキブリだ。
俺達人間をはじめとする、あらゆる生命の大祖先——氷河期を乗り越えたその生命力は並ではない。
よって、到底あのまま死んでいるとも思えず。俺は全神経を耳に集中し、ヤツが動く音を聞こうと専念する。
——カサカサカサカサ。
「そこだぁッ!」
見えた。物陰から出てくるアイツが。
俺はすかさず、右手の包丁を投げ——ようとする前に、自分がもてる全力を出して身体を右へと回避させた。
刹那、巨大な何かが飛んでくる。正体は——1人掛けのソファと、ブラウン管テレビだった。
「もーいや! 虫いやぁ!」
「だからオメーは何もするな! あぶねぇだろうが!」
案の定、怜奈が投げたものだった。
お陰で炊飯器と電子レンジが、ついでに食器棚も大破した。
やれやれ、今晩の飯どうするんだよ——なんて思っていると。
——カサカサ。
「何ッ」
流石はゴキブリ。まだ生きていたようだ。
しかし、今回はタイミングが悪かったようだ。
ゴキブリというのは、飛行する。
なかなか素早い飛行を可能とするので、突っ込まれたら避けきれたものではない。
しかも、至近距離——
「このっ!」
俺目掛けて飛んでくるゴキブリに一矢さえ報いらせまいと、俺はまだ握っていた包丁で抵抗する。
すると運よく命中し、ゴキブリを切り裂き落とした——と思いきや切れていなかった。
どんだけナマクラだよこの包丁!
——ぶちゅうう。
「?」
すると突然、間抜けた音が聞こえてきた。
音と共にゴキブリは、亜由美によってかけられた緑色の液体を浴びて、それきり動かなくなった。
亜由美が右手に握っていたのは食器用の洗剤。
「忘れてたよ。洗剤かければ死ぬってこと」
「——あぁ」
そういえば、そうだ。
ゴキブリは油分を分解する洗剤を浴びると、窒息により死亡する。
流石は亜由美だ、よくやった。褒めて進ぜよう。
「えへへっ」
頭を撫でてやると、ふわりとはにかんで抱きついてくる。
しかし、それは今どうでもいいんだ。問題は——この惨状だ。
電気ポット、電子レンジ、炊飯器、食器棚と中にある食器諸々は大破。包丁も1本ダメにしてしまい、挙句ソファにテレビも使えなくなってしまっている。まあ、テレビに限ってはもう1台あるからいいんだが。
たかがゴキブリ一匹でここまで騒動が盛り上がる。怜奈の虫嫌いも、いい加減どうにかするべきかもしれない。
っていうか、俺よく生きてたな——我ながら感心した。
- Re: Dead Days【キャラ投稿者様各位へ】 ( No.59 )
- 日時: 2015/06/05 19:35
- 名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)
ゴキブリ騒動があった翌日。
弁当が作れなかったため学食に向かうと、美味しそうにクレープを頬張る星空の姿が見えた。
「よう」
「あ——えっと、新崎君だっけ?」
「おう。あれから大丈夫だったか?」
「うん」
にっこりと笑って返す星空を見てから、俺は踵を返そうとした。
すると。
「前、座る?」
「むっ」
誘われた。
どうしようかとも迷ったが、折角なのでご一緒させてもらうことにしよう。
じゃあと言いながら、俺は彼の前に座る。
「そういえば、聞きたい事があるんだが」
「ん?」
頬に付いたクリームを拭いながら、小首をかしげる星空。
「"本物"のお前に問うが、今まで何をしていたんだ?」
「あー……えっとね」
何をしていたか。
それは、然もゾンビが本物かのように扱われていた傍ら、本物の星空は今まで何処にいて何をしていたか、という意味だ。
「それがね、よくわからないんだ」
「——というと?」
「記憶が曖昧って感じかな」
そこら辺は、まあ何となく察することが出来る。
「何時頃の記憶がないんだ?」
「6月15日以降。あの日の夜さ、赤くなった空を見上げてたんだけど……そっからこの間まで、殆ど記憶がなくて」
「……そうか」
だとすると、誘拐された事実もありえるだろう。
記憶がないのも異能によるもの、或いは何らかの催眠術によるものと考えれば別におかしくはない。
辿り着けた一先ずの見解は——星空は誰かに誘拐され、ゾンビと交換された——という結論だった。
ただ、一体誰が何のために彼を攫ったのだろうか。
そもそもゾンビの存在も、曖昧というかハッキリしたものではない。
いるとは分かっているのに、正体がわからない。そんな雲みたいな存在なのだ。
「うーむ」
当分の課題は、ゾンビの正体を明らかにすることか。
出来れば誘拐事件も視野に入れて、犯人を捜すのも良いかもしれない。
そうすると、あの古田彩香について調べるのもいいだろう。あいつは今彩香と名乗り、ゾンビだと公言しているのだから。
——あくまで、ストーカーと勘違いされない程度に。
「それじゃあ、僕はこれで」
「おう、じゃあな」
クレープを食べ終え、席を離れた星空の背中を目で追う。
喧騒とした学食において、他人より身体が小さいあいつは逆に目立つ。しかし儚く、今にも崩れ去ってしまいそうだ。
——ああいう子達が今回の事件に巻き込まれているというのなら、1人でも多く救ってやらないとな。
「よし、決めた」
「何をですか?」
「何って——ん?」
気付けば俺の後ろに、デザートがいくつか乗ったお盆を持つ千秋先輩が立っていた。
「あれ、千秋先輩。珍しいですね」
「晃君こそ、珍しいじゃないですか。いつもはお弁当でお昼を済ませていたでしょう?」
「今日はまあ——って、あれ?」
——何か、おかしい。
人違いかと思うほど、俺は千秋先輩という存在を疑った。
「千秋先輩……だよな?」
「はい、白鷹千秋です。よろしくね、晃君」
——俺の知る千秋先輩は、こんなにも可愛らしい人柄だったろうか?
音符やハートを撒き散らしているような、純粋で淑やかなお嬢様——今の千秋先輩は、俺の目にはそう見えた。
だが俺が普段知っている千秋先輩は、可愛いというよりは妖美な人である。
今の先輩には花やハートが似合う雰囲気だろうが——普段は首筋に蛇が似合いそうな人だ。
「あ、でも——」
「?」
混乱する俺を他所に、ちゃっかり俺の前にプレートを置いて、前かがみになりながら俺の目を覗き込む。
「今は、千春って呼んでくれると嬉しいですっ」
「ち、千春?」
「はい。千秋とは呼ばず、千春と呼んでくださいね」
——ゾンビかとも思ったが、どうやら違うらしい。
何故なら見た目がソックリというよりは、クローン人間みたいに容姿が同一しているのだから。
そんな千秋——もとい千春先輩は、目の前のパフェを見て可愛く微笑みながら手を付け始めた。
俺も何となく、食い損ねていたサンドイッチに手を伸ばすが——
「えっと、千春先輩?」
「何ですか?」
やっぱり聞かずにはいられない。
「千秋先輩はどこへいった?」
「——ふふっ」
小さく笑った千春先輩は、スプーンを手に持ったまま続けた。
「あの子は今、私の中で寝ています」
「?」
どういうことだ、ますます意味が分からないぞ。
「なんだ、多重人格者かよ?」
「えぇ、そういうことです」
「あたったし」
まさか当たるとは思わなかった。
「私は、解離性同一症という病気なのです。因みに私が本物の生徒会長で、今年で20歳になりました」
「に、20歳?」
なるほど、だったらあそこまでの統率力を発揮できてもおかしくない。
「じゃあ何か、高校5年生ってか?」
「ふふっ、確かにその通りかもしれませんね。晃君は面白いですっ」
——普通、年齢逆じゃないかな。俺はそう思った。
雰囲気的に、千秋先輩の方が落ち着いて見える。余裕のあり方については、もう2人とも同じなのだが。
「——晃君、私はね」
「?」
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