複雑・ファジー小説

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【リレー企画】セイテンノカゲボウシ
日時: 2019/01/09 13:52
名前: マッシュりゅーむ (ID: DTf1FtK0)

こんにちは!マッシュりゅーむです。(正確にはおまさの中の人の友達です)「アイツに友達がいたのか!?」という疑問はさておき。
今回の作品は、リレー形式で進めていきたいと思います。リレーは初めてなので、皆様にご協力いただいて面白い物語になればいいと思っています。
ではでは、楽しんでいってくれたら幸いです!


注意:以下に注意してください。
・コメント等は差し控えてください。



…以上ッ!!

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.69 )
日時: 2019/10/27 18:19
名前: marukun (ID: W3Oyo6TQ)

「試練?」
オウム返しであほみたいに聞き返す。
『そ、三つの試練を乗り越えたその先にあるっちゅうワケよ』
へー、なにそれ。ゼ○ダの伝説?ト○イフォース的なあれが手に入るのかな…。知恵と力と勇気だっけ?
そんなことを思いつつ薄暗い不気味な森の中を歩く。ん?不気味…?
そう思いかけた瞬間、うなじの辺りがピリッとした感覚と背中に針を何本も刺された感覚…否、殺気のこもった視線と命の危険を感じ取った第六感の働きだ。それらを感じた。
耳を澄ませば森の音は風だけで、動物の音は消えていた。
かなりの手練れ、それだけは確かだった。心の中でデュウに語り掛ける。
(デュウ、これってさ…)
怪しまれないよう、変わらずそのまま歩き続けるが長くは続けられない。
『わかっとる、不意打ち対策は任しとき』
頼もしい言葉だ。私一人ならどうしようもなかった。私の体質とデュウに感謝感謝です、はい。
しかし、相手がどちら様なのかわからないこの状況では下手に仕掛けられない。相手の出方を待つのみ。
しかし、一向に仕掛けてこない。まるでなにかを待っているかのように。



 世界は自分の思うままに事が進むことはない。それが自然の摂理だ。誰しもが理解していること。
 しかし、自分の命が危険にさらされる時、あなたはそれを納得できるか?理不尽だと思わないか?
 すべての者は「否」。そう答えるだろう。しかし、それを拒否する力はあるか?知恵はあるか?
           
          自分のために全てを犠牲にする覚悟はあるか?
          
         陽陰誕生書紀 第1章 「陽陰世界創造」より


「こんな場所があったなんて知らなかったな…。全てが集う世界図書館か、いい収穫だ。こんな辺鄙なとこまで来たかいがあったよ。」
片手にランプを持ち、もう片方の手で廃れた門のすぐ隣にある石碑の汚れを落とす。ファグがなぜこんなところにいるのか、さぞかし不思議だろう。だって公国議会は大変なことになっているのに探し物とはいい御身分ですね、だ。
しかし、これはファグの欲を満たすものではない。(5,6割は私欲)
謎の究明だ。すべてはそのため。自分たちの権能について。ヘイズの『刻眼』やディレカートの『陰月鎌』等についてだ。この力達は何の意味があるのか。どんな目的で≪ツクヨミ≫は生み出したのか。
ファグは腰を抑えながら立ち上がり、門の向こう側へと足を踏み入れる。その瞬間世界が歪んだ、そう錯覚するほどの眩暈が襲う。
「グッ…」
突然の眩暈に倒れそうになるがギリギリのところで堪える。
「な、なんだいまのは…」
すると、突然声が聞こえた。ロり声が。
『よく来たな、涙目の。さぁ、約束を果たす時が来たぞ!3000年前の約束が!』
直接頭の中に聞こえるような感覚がする。が、混乱してよくわからない。
「……………え?」
その場を沈黙が支配する。
『…………(´・ω・`)?』
「…えーっと、勘違いしてないかな?3000年前なんて何も知らないんだケド・・・・・」
相手がどれほどの実力なのかわからない以上、穏便に出たほうがいい。というか、少なくとも3000年生きているなんて化け物レベルだ。
『う、うええええぇぇぇぇぇん!!』
急に泣き始めた。

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.70 )
日時: 2019/11/09 15:52
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)

 どこか、圧迫感を感じる部屋だ。
 石煉瓦で構成された四面の壁。堅牢さは言うまでもないが、それにしても執務室としては殺風景に過ぎる。責務に追われる日には五時間は籠る事になる部屋だ、白磁の花瓶の一つくらいあってもいいのだろうが。
 一つしかない窓から差し込む月の儚い光に頬を照らされながら、執務室の巨大なデスクとその椅子に収まる人影はぼんやりと思う。

「ーーー失礼します」
 影からすっ、ともう一つの人影が現れる。
 驚きはしない。最初から気配には感付いていたし、仮に気付いていなくともこの程度で喫驚するなど、統帥権を持つ元帥を名乗るこの男にはあり得ない。

 男の傍に足音なく歩み寄る影法師はデスクの三歩前で歩みを止める。ちょうど、月光がその者の頬を掠める位置。
 怜悧かつ整った顔。小柄で華奢な体躯。珍しい蘇芳の髪を短髪にし、緇衣に四肢を纏いしその少女は生真面目な様子で淡々と、忍び込んでいた公国の状況を報告する。
 その観測内容を、男は苦々しく噛み締めた。
「ーーーーかの、影の王が動いたか」
 それは、字面以上に楽観を許さない緊迫した状況だ。敵対する公国との力の均衡が、間違いなく崩れる。
 あの気紛れな影の王が、直接公国君主に与するあの異邦人に厚意を以て力を貸すと言うのなら、たとえ「傍観者」を配下に収める誇り高き我が軍勢でさえも粉砕されるだろう。
 ーーーその上公国は、既に「調停者」すらも掌握しているという噂もある。状況は芳しくない。
 
 今から戦力増強を行うのは得策ではない。明日攻めて来るやも分からぬ敵を前に、リスクを取るのは避けたい。男は、堅実主義だった。
 和平という手もある。しかし、議席の老人たちがそれを承諾するとは到底想像がつかない。
 それに、と男は心のなかで呟いた。
「・・・『狐染』との同盟にも支障を来す、か」
 そもそも、かの〈ミコ〉との極秘裏における同盟も、両国が敵対状態かつ戦力的な拮抗に依存する形で保ってきた。それすら無為に転覆させるのは避けたい事態だった。

 軍の強化は期待できない。そもそもが弥縫策である以上瓦解は免れない。

 いっそ、弱者に成り果て拙い可能性にすがる方がいいだろうかと、ふと脳裏をある考えが掠めた。

「報告、ご苦労だった。ミシュナ」
「いえ、責務を全うしたのみです。ーーーヒュドラ元帥」
 男は、この緊迫した状況に場違いとは判っていながら苦笑した。折角可憐な少女なのだから、真率さばかりでなく愛想の一つくらいあっても良いのではないか。

 ともかく。
 独断、というわけにもいくまい。何故ならこの計画は、この国に莫大な経済的負担を掛ける可能性が高いからだ。仮に脳漿を下水に垂れ流しているような国会の無能どもにも、表向きは提案という形を取っておこう。
 方針は定まった。ここからは迅速な行動が必要になる。男は息を吐きながら立ち上がる。こちらを見上げる少女と目が合った。
 しなやかに、鍛え上げられた筋肉質の身体。天井の高さに迫る身長。目前の華奢な少女と正反対の体格のこの男の赤い瞳の奥には、何かが映っている。
 其が何なのかは誰にも解らないけれど。

 祖国である、我らがキュビム共和国に福音を。三人の『エインヘリヤルの鍵』のうちの最強の一角、西の地の果てに眠りし「簒奪者」の封印を解き、我らの希望に。

 その希望を盾に、準備をしよう。







 
 
 

 影の王ーーーかの最強と名高い〈カゲボウシ〉を、玉座から引き摺り降ろす、準備を。

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.71 )
日時: 2019/12/02 19:31
名前: マッシュりゅーむ (ID: fl1aqmWD)

「……はッ!!…うぐ」
 意識が覚醒する。そして、目を覚まして勢いよく起き上がり、その反動で体に痛みが走ってまた寝転ぶ。しかも何か気持ち悪い。最悪の気分だ。頭痛もする。
 そんな感じでうんうん唸っていると、己の中にいる〈カゲボウシ〉が話しかけてきた。
『デイズ…っ!大丈夫か!?』
「……バーヘイトちゃん?」
 普段は比較的静かなバーヘイトがこんなに慌てているのは珍しい、と、ずきずき痛む頭で思う。そういえば何で自分は眠っていたんだ………?
『良かった…。心配したぞ』
「……すまねーです。あの、これは一体どーゆう状況で?」
 自分で思い出せそうだったが、今余計なことを考えるとこの頭痛がひどくなりそうで怖かった。
 改めて、——今度は痛みを感じないようにゆっくりと——起き上がりながらそう問うと、バーヘイトは覚えていないか、と溜息を吐き、先程起こった出来事を語ってくれた。

 アルブレヒトとの激闘、そして倒れ伏したときに現れたあの、謎の『男』。
 そこまで語られ、そしてふと見渡した瓦礫まみれの酷い周りの風景を見て、一気に、鮮明に、明細に思い出した。

「そう……。俺ちゃんは、あいつに負けて……」
 あのすました顔。あの顔を思い出すだけで腹立たしくなり、それと比例するように頭痛がひどくなり、体が熱くなる。
 体が、熱く……?いや、違う。これは———

『デイズ』
 何か自分の体の奥に感じるものがあり、それを見極めようとしているとバーヘイトが話しかけてきた。
「なんでいやがります?」
『いや、な。先程話した最後の「男」が、デイズの体に何かしたようだ。最初はただの治療かと思っていたが、これは。それと、あの「男」は』
「!?」
 言いかけた時、デイズの体の奥にある何かが、爆発した。
『デイズ!?』

「ぁぁ……あああああああああああああああああああぁぁぁっぁぁっぁぁああぁ———!!?」

 胸の奥が苦しい。息が、続かない。頭が割れそうだ。痛い。苦しい。
 目を見開きながら、必死に痛みに耐えようとする。しかし、常時叫んでいないと、精神がおかしくなる、これまで感じたことのない痛み。

 そして、意識がまた薄れ、〈カゲボウシ〉の自分を呼ぶ声が徐々に遠ざかっていく中、デイズの中の〈カゲ〉の奔流が———まるで、川が合流して大きな流れになるように、段々と、その量を増やしていった。

 

Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.72 )
日時: 2019/12/24 21:01
名前: marukun (ID: W3Oyo6TQ)

つ、疲れた…。説明するにも相手の精神年齢が低すぎる…。まるで小学生の相手をしている気分だった。
未だ声だけのやり取りをしているので、そろそろ顔を見せて欲しい。
「あのさ、そろそろ出てきてくれない?」
すると声だけのロりは楽しそうに答える。
「私は魂だけの存在だよ?私の魂はこの図書館に繋がれてて体は存在しないよ。私の図書館の中に入ってきてくれたら、仮の姿位見せられるけど?」
聞いたことのない話だった。魂がモノに定着するなど。今まで見てきた書物にそんな話は一つも載っていなかった。
それに最古の書物に書かれていたおとぎ話のようなこの図書館。わざわざ自分の足で来た甲斐があった。
ファグは大図書館に入るべく、廃れた門をくぐり、中へと入っていった。



 ≪影の空間 王座の間≫
 宇宙の様な無限の影の空間に浮くようにして置かれている装飾も碌にされていない、言うなればただのイスにこの空間の王は足を組み、目を閉じて座っている。
 「ふぅん…。今回は共和国が動くか、ちょっとめんどくさそうになりそうだね。んで、あの簒奪者を動かすって、本気で来る気か。ならこっちも御もてなしの準備しておきますか、最高の御もてなしを、ね……。」
 彼はゆっくりと瞼を持ち上げ、何かを決心したような表情で立ち上がる。にっこりと微笑むと、徐に地面に手をかざす。
 「出てこい≪カゲノシモベ≫。任務を与える。『佐藤レナの発見』及び『公国を味方に付けること』
 この二つをお前たちに任せる。定時連絡は絶えずすること、情報は必ず持ち帰ること、痕跡を残さないこと。この三つはルールだ。破ったら処分する、いいね?」
 何もない空間から四つの人影が生まれ、その場に跪き、四人同じタイミングで『ハッ!!』と返事をする。
 「よし。なら行け。」
 その一言で四人は消える。
 そして彼は、またイスしかない何もない空間で一人になった。彼は腰かけてまた瞳を閉じる。
 「さて、あの時助けた子はどうしているかな〜っと…。」
 


Re: 【リレー企画】セイテンノカゲボウシ ( No.73 )
日時: 2020/01/05 11:14
名前: おまさ (ID: fQM5b9jk)

 皆様、明けましておめでとうございます。
 さて、今年2020は色々起こりそうな年ですが、少なくとも僕は個人的に東京五輪よりシン・エヴァ公開の方が楽しみです。マジで何年待ったよ。
 リゼロ二期も放送する今年、セイカゲはおかげさまで一周年を迎えました。


 マッシュりゅーむ様。一年間ありがとうございました。新作「最強魔術師は商人をしている」も楽しく読ませて頂いてます。今年もお互い頑張りましょう!
 marukun様。去年はありがとうございました。作中最大のパイルドライバー(多分)であるツクヨミをぶちこまれた時は驚きました。これからも良い意味でセイカゲを掻き回していって下さい!

 最後に、この小説をお読み頂いている皆様。




 今年も、セイテンノカゲボウシを宜しくお願い致します。



前置き長くなりました。本編どうぞ。



***


1

デュウと私は、第六感を掠めた違和感と気配、それと戦意に肌を粟立たせながら慎重に慎重を重ね、石橋を叩き割る勢いで周囲を警戒しつつ歩を進めていた。
 これに匹敵する戦意や殺意を向けられたことはある。しかし、暗澹と蕭索が空間を支配する森林という環境に置かれている限り、状況が私に警戒を手放させない。
 いつ、どこから攻撃が来てもおかしくない。半ば疑心暗鬼になりつつ、足音と呼吸を殺しながら進んでいた。
(ほんと、何なんだろ)
 この緊張状態は、今に始まったことではない。今更と言えば今更だが、頭には解せぬ気持ちがこびりついていた。
 五分以上、この調子だ。いい加減精神も摩耗してくる。

 はて、これも『試練』の一環なのだろうか。だとしたら、性悪以外の何者でもない。



『ーーレナ』
「ほわぁぁはっっ!?」
 しばらく黙っていた状態から、デュウに唐突に名前を呼ばれた。喫驚して奇声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。
 ただ、周囲から近付く気配はない。息を吐き、胸を撫で下ろした。小声で、
「な、なに?」
『ウチの方がビックリしたわぁ。っと、それはそれとして』
 デュウは一度、言葉を切り、一瞬疑念と不可解な事象に思索を巡らせた。


『足下、えらいことやよ』
 促されるまま、足下を見ると。




「ーーー何だ、これ・・・」
 声は、戦慄に震えていたーーーー否、震えているのは声だけでない。
 摩訶不思議に喉と頬が引きつり、体に震撼を感じた。


ーーー足首までが、黒い何かに浸かっている。

 更に悪いことに、泥のようなそれは底無し沼か蟻地獄の如く、徐々にではあるが私の体を飲み込んでゆく。
 思わずもがいて脱出しようとするが、ギリギリのところで理性がそれを押し留める。これは、もがけばもがくほどに猶予が無くなるのだと。
『ーー!?ーーー!ーーーーーーー!』
 速くなる動悸。埋まってゆく足。無くなる時間。耳元で何か叫ぶデュウの声。ーーーーそれらと共に、気を抜けば嘔吐してしまいそうな、濃密な〈カゲ〉の気配を、遠退く意識の中に感じた。






暗転。


2



 覚醒とは、水面に顔を上げるのに似ていると思う。
 水から顔を出せば自然と酸素を求め呼吸するのと同じように、睡眠とは別の形で意識を手放したのならば、その目覚めはゆっくりとしたものではないのだと。

 その例に倣って、サトウ・レナは飛び起きた。


「ーーーっ、」
 息を微かに詰め、上体を起こす。
 ぼやけた視界に徐々に世界の輪郭が明瞭になっていく。

 とりあえず最初に目に映ったのは、膨大な量の棚である。木目の床材を敷いたこの空間の中央には螺旋階段があり、そこから各階にアクセスできるようになっている。私が目を覚ましたのはちょうどその螺旋階段の前の吹き抜けのようだ。
 各階には先述した通り那由多の本棚があり、そこにはぎっしりと書物が並んでいる。
 書庫に鎮座する本達は、どれも古そうな背表紙を持っていて、おまけに一冊2000〜6000ページは下らないだろう分厚さだった。トルストイや広辞苑もビックリである。


 更に、恐ろしいことにこの空間、吹き抜けの最上階が見えないのだ。


 まるで数百メートルあるかというばかりの天井高であり、三十階から先には霧のようなものがかかっている。そればかりか、螺旋階段は下にも続いていて。それが一層この空間から現実感を奪い夢現感を私に植え付けていた。
 以前、ヘイズと共に市街地の大聖堂、ブール=ドール大聖堂を訪れたことがあるが、その聖堂をも凌ぐかも知れない。

 とりあえず、座っている訳にもいかないので立ち上がった。軽く伸びをした後、いつものように臨時パートナーに呼び掛けてみる。
「デュウ?」
 しかし、反応はない。焦燥を感じ何度も呼び掛けるも、虚しく自分の声が響くだけだ。
 この空間ではデュウとの繋がりが阻害されるのかどうかは判らないが、少なくとも自分の力しか当てにならないことだけは証明できた。
 臨時パートナーは不在、自分で状況に臨む。戦力不足も甚だしい。ーーー大いに結構。
 これが件の『試練』だとしたら望むところだ。少なくともデュウに再会したときに胸を張ってドヤ顔出来るように。


「・・・いや、待って」
 と、結論を出しかけていた思考に待ったをぶちまける。脳内の野党を黙らせ、事象を再び注視。
 
 仮にこれが『試練』だとしよう。デュウが居ないのにも説明はつく。己の力を試し、鍛え、試金石にぶつけて決断を尊きものにするために。
 更に、この壮大な空間も『試練』が創り出した幻想空間として考えれば、その巨大さにも頷ける。


 だとするなら、尚更状況に齟齬が生じている。ーーーー何故、挑戦者の結果を見届ける試験官が居ないのだ。


 あらゆる試験や試練は、挑戦者と立会人がいてこそ成立するものであって、一方が欠けたそれは単なる妄想と相成る。どことなく厳粛な雰囲気を醸し出すこの空間、そこで行われる『試練』。どうにも、不完全な儀式が行われるとは考えにくかった。











「ーーーーー如何にも。吾輩こそ、その試験官ーー歴史の立会人というわけだ」
 突如、広い空間に柔らかい声音が響き渡る。


 はっとなり声のした方角を反射的に睨む。





 そこには、一人の男が立っていた。
 この世界では珍しい、長めの白髪。先ほど聞いた声はテノールの響き。背丈はあの憎き川本江よりも若干高い程度か。肌は不健康なほど白く、同じく白い装束を纏っている。
 そしてその白い男は、最初から崩していない朗らかな笑みを向けた。

「まずは、旅人を歓待することにしようか」





ーーーその直後、私の首があった場所に何かが斬り込んだのが、奇跡的に視認できた。

「っ!」
 体内の〈カゲ〉を汲み上げ、展開。フォスキアやデュウがいない分少し制御が不安定だが、使えるものは使うしかない。
 〈カゲ〉を矛に形取り、まずは不可解な破壊に対する最初の手合わせとする。背後、左斜め後方から迫る殺意を何とか捉え、薙ぐ。甲高く金属が咆哮し、剣花が散る。そしてーー、


「ーーー冥加『トレノ』」


 男の声とはまた別の、囁くような声に怖気を感じ飛び退いたのと、目の前が爆ぜたのは寸分の狂いなく同時。爆発とともに押し寄せる光の暴力が、比喩表現抜きに網膜を焼く。

  白光。白光。白光、白光、白光、白光、白光、白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光白光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光ーーー。

 
 そうして、甚大な量の熱量と光が空間を焼いた後に、ようやく瞼を開くことができた。
 先の白光の影響か、汲み取った〈カゲ〉は霧散しており、右手の〈ギシュ〉すらも消え失せている。〈ギシュ〉を失った右手からは、出血こそしていないものの、断裂した筋繊維か神経か血管かが垂れ下がっている筈だ。グロテスクな右手を見て喪失感を感じたくなかったのか、このときの私は右手から目を逸らし正面を見据える。

 先程の男の傍らに、小柄な人影が着地する。
 こちらは男とは対照的な姿をしていた。身長は140〜150センチ程度。黒髪、消炭色の瞳。長い繻子の髪を流し、右目には眼帯。簡素な黒の緇衣を纏い、細い首にはやけに厨臭いチョーカー。

ーーーー隻眼のロリが、立っていた。


「不快。たった今、彼女のなかでわたしがひどく失礼な扱いを受けました」
「まぁまぁ、カミュ。急に仕掛けたのはこちらなんだ。久しぶりのお客様に失礼な真似をしてしまったことは詫びなければね」
 人形のように口を動かして喋る幼女と、終始朗らかな微笑みを崩さない青年。いよいよ訳がわからなくなってきた。混沌、ここに極まれしである。
 混乱している私に向き直り、青年はにこやかな笑みで告げる。


「突然すまないね。ーーーだが吾輩にはこれしか確かめる方法が思い浮かばなかったんだ」

 裏の無さそうな笑顔で。





「ーーーやはり、君こそ最後の『鍵』なのかな?」

3



 分からないことだらけだ。謎の二人に謎の空間。何故かパートナーは不在。右腕は消え失せ、目の前の男は妄言を吐いている。
 そうだ、これは妄言だ。嘘だ。虚構だ。謬見だ。まさかそんな、あり得る筈がない。でなければ、私はーー、


『ーー白々しい。反吐が出る』
 現実を直視する勇気のない私に、内なる自分がそう吐き捨てている気がした。
 白々しい、と。
 自分に嘘をつくのはやめろ、と。
 そこで気付く。ーーーその単語に、既視感があったことに。

 確か、あれは一月ばかり前だったろうか。フォスキアが、まだ健在だった頃。そして、
「・・・ゲファレナーと、闘った時」
 そう、あのとき。あのときフォスキアは、私に呟いたのだ。はっきりと。



ーーー『エインヘリヤルの鍵』と。



 たった今男が語った『鍵』と、フォスキアの語った『エインヘリヤルの鍵』が同じものを指すのであれば、なるほどこの伏線回収に説得力が生まれる。

 しかし、しかしだ。そうでない可能性も考慮しておかねばなるまい。故に、まずは件の男に向き直る。
「あの。先程『鍵』と言ってましたが、どういうことですか」
 男は、片眉を上げた。
「どうもなにも、そのままの意味で受け取ってもらって構わないよ?」
「っ。では、何を根拠に?」
 相手の意図が見えず、思わず歯噛みした。私の様子を見て、私の気持ちを悟ったのか、男は「ああ」と合点がいったように頷く。


「そうか。まだ当人に自覚が無いのか?ならまあ、これは吾輩が触れて良い話題ではないね」


 肩透かしを食らった表情を浮かべる私に、男は歩み寄ってくる。咄嗟に体を強張らせたが、青年は苦笑いしながら右手を差し出しただけだった。
「・・・これ、は・・・?」
「見たまま、謝罪と挨拶の握手だ。ーーまずは、急に攻撃してしまったことを詫びる。すまない。こちらには貴女に対して敵対的な意思はないんだ」
 私は、青年の右手を見て考え込む。いつから私がここまで疑い深くなったのかは判らないが、状況が状況だ。理解が及ばない現状、むやみに相手の手をとるのが得策とは思えなかった。
 せめて、もう少し相手の情報をーー例えば、名前だけでも。
 だからーー、




「どうしたのかな。吾輩が信用できないのかな?」
「はい。・・・でもーーだからこそ、せめて名乗って下さい。じゃないと私は、貴方の手をとることが出来ない」
「あちゃー。忘れてたよ、すまない」
 おどけた動作で男が額に手を当てて苦笑。そして、改めて私に向き直ると。

「だけどね、ごめん。ーーー吾輩、恥ずかしながら自分の名を覚えていないんだ」



ーーー。


ーーーー。ーーーーーーー。


ーーーーーぱーどぅん?


 先程の幼女が、冷えた目付きで青年を睨む。
「無様。滑稽ですよ、もう少し恥を知ってください。記憶の番人ともあろうものが」
「・・記憶の、番人・・・?」
 思わず私が溢すと、青年は「うん」と肯定する。
「こう見えても、ね。・・・まあ実際のところ、戦闘力を持たないただの隠居なんだけれど」
 照れるように頭を掻く青年だが、何処にも胸を張る要素がないため、どういう反応をすれば良いか困ってしまう。それを誤魔化すために、私はもうひとつ質問をすることにした。

「先程の沼、あなたが仕掛けたものと思っていいんですか?」
 そう、沼だ。逆接的に考えれば、あの沼こそ、今の状況を作り出しているものと考えることができる。何せ、
「ーーーあの濃密な〈カゲ〉を纏う沼が、天然の物とは考えにくいでしょう?」
 吐き気を催すほど〈カゲ〉の含有量の多かったあの沼に飲み込まれる最中、〈カゲ〉に酔った私は意識を失った。そう考えるのが道理と言うものだろう。
 要は、薬は毒にもなる、と云うことだ。
 ともかく、あの沼が人工物であると仮定し、それを作れる存在は限られてくる。あの《陰影量》を一ヵ所に纏めることなど、並大抵のことではない。記憶の番人なんていう肩書を持つ超常の存在、それが目の前にいればそいつがトラップを仕掛けたと考えるのが自然。
 しかし、青年ーーー先程の発言を加味すれば記憶の番人は、興味深げに瞳孔を細め、考え込んだ。
「・・・なるほど。因果なことになってきたものだね。確かに、彼女の管轄下ならそれも有りうるだろう」
「同意。わたしもそう思います。むしろ、あの女ならやりかねないでしょうね」
「待って待ってちょっと!私、話に付いていけてないんですが!」
 勝手に納得する二人に置き去りにされるのが嫌で、声を上げた。記憶の番人は参ったという顔で、
「いやあ、すまないね。説明したいのはやまやまなんだけれど、その前に、」

「君はここが何処だか、見当はついているのかい?」
「いえ・・・」
 虚を突かれ、少し勢いを殺された私の前で、記憶の番人は両手を広げてこの空間を指し示した。
「ここは吾輩の管理下の書庫でね。全てが揃うなんていう眉唾な『世界図書館』とは同じだけれど違う」
「同じけれど、違う・・・?」
 その言葉が、言葉通りの意味を持つのなら。

「本質はほとんど同じでーーーー本を貸し出すか否か、ってことですか?」
「まあそんなところだね。無論、あちらの方が巨大だが」
「うぇぇええ、マジですか・・・」
 どうやらマジだ。
「それで・・・件の『図書館』の言うなれば司書が、あの沼を作ったのではないか、って予想しているんだ」
「はあ、司書・・・ですか」
「肯定。そしてその司書が、どういうわけかここに扉を繋げた。この空間に入れるのはわたしとこの記憶の番人、それとその司書だけですから」

「つまり、吾輩は本をーーー禁じられた記憶を守るため、『図書館』と違い不遜な輩の出入りを禁じている。にもかかわらずあの司書は、君をここに寄越した。ーーーー故に、だ」






「故に、君には封じられた歴史の裏を観ることのできる資格がある、と吾輩は考えているんだ」




それが、先程の『鍵』という話になるのか。

ならば、それは私のことではない。
弱くて。覚悟なんてなければ、世界を背負う気概すらない。それでもなお生きてこれたのは、神の気紛れだ。
そんな私が、『鍵』?笑わせる。何の冗談だ。

「だがーーーその様子だと、君にはその資格に値しない。パートナーの状態も含めて」
「だったらーーー、」
「ーーーだからこそだ」
 強い口調で遮られ、怯む私に、名無しの番人は告げる。


「吾輩が君を、資格に値する人間にする。その為の『試練』だ。拒否権はない」
 青年は、書庫の天井を仰ぐ。
「この書庫は、天から漏れ出る「光」によって維持されている。仮に君が全ての『試練』を通過したなら、そこで〈カゲボウシ〉を回復させてもいい」
 光ーーミニイデアの淵だろう。拒否権はないが、悪い話ではなかった。


「それで、その・・・」
「・・・?ああ、吾輩のことは好きに呼ぶといい。何なら、名付けても」
「ポケモン感覚で命名していいの!?」
 ともかく。

「・・・じゃあーーーシェノール、なんてどうかな」
 青年は、口の中で名前を何回か呟き、そして唇を緩めた。
 そして、一つ咳払いをしてーー微笑むのだ。


「ーーー改めて名乗らせてもらうよ。吾輩はシェノール。こちらは・・・」
「肯定。カミュです。不本意ながら、この男の〈カゲボウシ〉です」
















「時計の針を進めよう。『怨恨』と『瞋恚』ーーー君は、どちらから俯瞰するのかな」



 



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