複雑・ファジー小説
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- 【完結】魂込めのフィレル
- 日時: 2020/08/04 11:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
——その少年の描く絵には、奇跡が宿る。
彼の描いた絵は皆実体化し、生物を描けば動きだす。
天才的な力、絵心師を持つ彼の名を、フィレル・イグニシィンと言った——。
けれど彼はある日、自身の無邪気な性格ゆえに、取り返しのつかない過ちを犯す。
自業自得から始まった長い旅。その長旅の結末とは——?
◇
まとめ読み用! >>1-76
【目次】
前日譚 戦神の宴 >>1-5
【第一部 旅立ちのイグニシィン】>>6-48
一章 イグニシィンの問題児 >>6-11
二章 悲しみの風は台地に吹く >>12-16
間章 その名は霧の…… >>17
三章 収穫者は愉悦に狂う >>18-24
間章 動乱のイグニシィン >>25-28
四章 死者皇ライヴの負の王国 >>29-40
間章 英雄の墓場 >>41-43
五章 最悪の記憶の遊戯者 >>44-48
【第二部 心の欠片をめぐる旅】 >>49-65
六章 災厄の島と伝説の…… >>49-58
七章 希望の花は、もう一度 >>59-65
【第三部 封神の旅のその果てに】 >>66-76
八章 運命神の遊戯盤 >>66-67
九章 文明破壊の無垢なる鉄槌 >>68-70
十章 戦呼ぶ騒乱の鷲 >>71-73
最終章 握った絵筆に魂を込めて >>74-76
◇
2020/7/24 完結致しました。
ここまで読んで下さった方、そして応援して下さった全ての方に感謝を。
フィレルの物語は、この話だけでは終わりません。
いつか書く続編で、またお会いしましょう……。
- Re: 魂込めのフィレル ( No.27 )
- 日時: 2019/07/16 09:09
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「俺はレイド。いなくなった妹をずっと探していたんだが……成程、そういうことか」
リフィアの拙い説明を、エイルそっくりの彼は即座に理解した。
青い、少しぼさぼさの髪、赤く輝く瞳には知性が宿る。灰色の地に黒いつる草模様のあるシャツを着て、その上には青のジャケット。大きな灰色の肩掛け鞄を肩から下げ、やや黒寄りのズボンを履き、靴は黒の、機能性に優れていそうに見えるもの。腰には二本の剣を差している。双剣使いに見えなくもない。
彼は泣きじゃくるリフィアに、不器用に声を掛けた。
「話は理解した。リフィア、と言ったか? 大親友を失って辛いだろうが、現実はずっと続くぜ。涙を拭いて前を見ろ。
あんたには感謝している。これで新しい目的ができたからな」
「……目的?」
「妹は死んだ。あの子が『お母さま』と呼ぶ存在によって、望まぬ裏切りを強いられて、な。ならば兄は妹の為に動かねばなるまい。俺はあの子の復讐をしに行く。情報は少ないが……絶対に、何とかしてやるさ」
その瞳には、強い決意があった。
だが、と彼はリフィアを見た。
「こうやって泣いている女の子をそのままにしておくのも忍びないな。何かの途中だったか? 折角だから、そちらさえ良ければ一緒についていってやるよ。こういうときは、誰かが傍にいたら心強いだろう」
リフィアは涙に濡れた顔を上げた。
「……いいの?」
ああ、とレイドは頷いた。
「逃げられたって追い付けばいい。気長に追跡戦を仕掛けるさ。それに、妹が世話になったしな、ファレル様? に、礼を言わなくちゃならない。そしてお詫びもしなくちゃならない」
しっかりした人だ、とリフィアは思った。
ロアもこういうところがあるが、この青年ほどしっかり者だっただろうか。
いつもフィレルに振り回されているロアを想像し、無理だなとリフィアは思った。ロアも確かにしっかり者だけれど、この青年ほどではないだろう。
「立てよ、まだ生きていくつもりならば」
青年は手を差し出した。その手は無骨で、ずっと武器を握り続けてきたことがうかがえる。
リフィアは頷き、差し出された手を握って、立ちあがる。
気づけば涙は乾いていた。「ほら」と差し出されたハンカチ。礼を言って涙を拭う。
「あたし、買い物に行くところだったんだ」
思い出したように呟いて、ふらふらと歩きだす。
おいおい大丈夫かと、青年の呆れた声がした。
◇
今日の夕御飯の材料と、いくつかの日用品を買いに行く。
町の人たちはイグニシィン城であった事件を皆知っていて、気の毒そうにリフィアを見ていた。が、彼女の近くに控えるエイルそっくりな青年を見ると、みんながみんな目を丸くして何者かと訊ねる。そのたびにレイドは「生き別れになった妹を捜しに来た兄だよ」と答えていた。
「聞きたいんだが、お前たち、この町では有名なのか?」
質問の多さに辟易しながら、そうレイドは訊ねた。
そうね、とリフィアは頷く。
「まず、ファレル様の弟のフィレルが問題ばっかり起こしていてある意味有名。で、哀れにもそのフィレルのお守りに任命されたロアが苦労人として有名。で、あたしとエイルちゃんはファレル様のお使いとしてしょっちゅう町に出掛けていてそこそこ顔が広い。ファレル様はお城から外に出ないけれど、お城の中には割と頻繁に町人を招いていて、その優しさや明るさ、おおらかさにみんな心酔。で、あたしたちは『ファレル様御一行』と一括りにされるようになって、まぁみんなみんな親しいのよね。ファレル様は町人との間に身分の垣根を作らない方だし」
「……今時、そんな領主が、いるのか」
驚いたようなレイドの言葉に、ええそうよと誇らしげに胸を張る。
「ファレル様は世界で一番の領主さま。私利私欲に囚われないで、常に町のことを考える。ここの税金の安さを知ってる? それだからいつもお城は貧乏。でもそれでもファレル様はお城の住人ばっかり気遣って、ファレル様自身の部屋も衣服もみぃーんな貧相」
彼女の言葉に、レイドの口角が上がった。
「そんな聖人君子みたいな領主さまがいるとはな。ますます会いたくなってきたぜ」
「買い物終わったら会わせてあげるわ。
……ああそうだ、頼まれてた情報聞かないと」
ふと思い出し、リフィアは近くにいた町人に訊ねた。
「ねぇねぇ! あの事件の後さ、フィレルたちがどうしてるか知ってる?」
声を掛けられたのは大工みたいな恰好をして、腰に金槌やら釘やらの道具をぶら下げた男だった。男はああ、と頷いた。
「助けを求めていたから俺の家に匿った。翌日、ツウェルを目指すとか何とか言って旅立った。それ以降は知らないが、危機的状況は脱したようだ。足取りを追いたければツウェルに向かうことだな」
相手の言葉に、リフィアは頷いた。
「そっか、あなたの家に泊まったのね。フィレルは悪さしなかった?」
「別に。というか俺の家には子供が悪さするようなものなど置いてねぇし、あの時は皆切羽詰まってたからそんな余裕などなかったと思うがな」
「わかった、ありがとう!」
「おう。嬢ちゃんも頭切り替えて、頑張れよ」
わかってるって、と笑顔を見せて、彼女は大工風の男と別れる。
その様を見て、レイドが感想を漏らした。
「『ファレル様御一行』か。愛されているんだな」
当然よ、とリフィアは笑う。
「この町には敵なんていないわ。みんなみんな仲間だもの!」
気づけば涙は完全に乾いていて、そこにはいつものリフィアがいた。
無理していない、自然なリフィア。いつもの明るさがそこにあった。
彼女はレイドを振り返った。彼の手には「手伝う」と彼自身が申し出て持った幾つかの荷物がある。
「じゃ、行きましょ。ファレル様に紹介するわね!」
ああ、と頷いた彼。
その瞳の奥の感情は、読めない。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.28 )
- 日時: 2019/07/18 14:42
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
「……ってわけで、ファレル様。エイルちゃんの兄さんらしいのね」
「初めまして、領主ファレル。レイド・アルクェルと言います。宜しくお願い致します」
「初めまして。ファレル・イグニシィンだよ。こちらこそよろしくね」
リフィアがざっと事情を話し、二人はファレルの部屋で対面する。
ファレルはいつもの穏やかな青の瞳でレイドを見ていた。
済まないね、とファレルは申し訳なさそうな顔をした。
「せっかく妹を捜しに来たらしいのに、もうあの子はいないんだ。
……恨んでも、いいんだよ? あの子に直接手を下したのは僕さ。でも、それしかあの状況のあの子が幸せになる道はなかった。あの子が生きていたら、『お母さま』の手の者が任務に失敗したあの子をひどい目に遭わせるんだって、そうはなりたくないからせめて、敬愛する僕の手で殺して欲しいって、そう懇願されたんだ」
済まないね、と彼はもう一度謝った。
ファレルの言葉に、レイドはつとその目を細めた。が、それはたった一瞬のことで。
「……こちらこそ、妹が迷惑をかけました」
淡々とした口調で謝罪の言葉を口にする。
ところで、とファレルは問うた。
「君さえ良ければ、君とあの子との間にどんな事情があったのか、話してくれないかい?
……そうそう。あの子はお城の前のイチイの木の下にリフィアが埋めたらしいから、後で行ってやるときっと喜ぶよ」
ああ、とレイドは頷いた。
「俺とエイルは双子だったのですが——」
◇
彼の語った内容によると、エイルとレイドは双子の兄妹だったらしい。二人は仲良しでいつもずっと一緒にいたが、ある時住んでいた町が津波に呑みこまれた。そこで両親は死に、双子は生き残ったもののばらばらになってしまった。生き残った双子は最初、相方も死んでしまったと思っていた。けれど双子の兄レイドは噂に聞いた。自分とよく似た外見の少女のことを。それが妹のことだと即座に理解した彼は噂を追って各地を放浪し、ようやくこの地にたどり着いたが妹は既に死んでいたということ。
「……まぁ、死んでしまったのならば仕方がないな。また会えればと思ってはいたが、死者は蘇らない。諦めるしかないさ」
そう、レイドは締めくくった。
じゃ、と彼は言う。
「あの子が世話になった相手に挨拶することができたし、あの子の結末も分かった。俺はこれ以上ここにいる用を感じない。だからもう、出掛けるぜ」
「……もう、行っちゃうの?」
リフィアは寂しげにレイドを見た。
そんな彼女に、
「ついてきたいならば止めはしない。お前も大親友を殺した相手を知りたいならば好きにすればよい」
彼は言う。
リフィアの赤い瞳が、戸惑うようにファレルとレイドの間をさまよった。大好きな領主様と、新しい世界への誘
いざな
い。どちらも選びたいけれど、選べるのはひとつだけ。
「行けばいいじゃないか」
優しく笑ってファレルは言った。
「僕は一人でも構わないんだ。ああ、ひとりぼっちでも寂しくはないさ。それに僕は僕の存在によって、大切な家族の行動を邪魔したくないのさ。後悔しない選択をしなさい。全ては君の心の赴くままに」
優しい青の瞳の奥の感情は読めない。
彼の言葉がリフィアの心を打った。
『後悔しない選択をしなさい』その言葉が、彼女に前へ進む勇気を与える。
やがて彼女は頷いて、ファレルに深く頭を下げた。
「……ごめんなさい、ファレル様。あたしはエイルちゃんを滅ぼした相手が知りたい。それにやっぱり! 旅がしたいの、外の世界を見て見たいのっ!」
「……それが、君の心から望むことならば」
ファレルは頷いた。
彼女はこのイグニシィンで生まれ育ち、イグニシィンから出たことがない。ファレルに仕えることは確かに幸せであったが、彼女にとって、外の世界は、未知の世界は、ずっとずっとあこがれの対象だったのだ。
でも、と彼女には不安があった。
「メイドがいなくなったら、家のことはどうなるのかな……」
「こんな手があるが」
レイドは肩掛け鞄から幾つかの何かを取り出し、宙に放り投げる。それは——
「……人形?」
「双剣も使うがな、俺の本業は人形使だ」
言って、彼はにやりと笑った。
「この人形たちにファレル様を守らせる。こいつらは意思持つ人形だから、俺の命令なくとも自分の意思で動き、与えられた使命を果たす」
そしてこいつらはいくら傷付いても死なないからな、と補足した。
「だから大丈夫だ。こいつらは家事もできるし、安心してくれて構わない」
ありがとう、とリフィアは笑った。
「ならば心配ないわね! ……でも、ファレル様。本当に、だいじょう……」
「大丈夫だから、心配しないで。君は君の好きなように生きればいい。君の行動を、僕が縛っていい理由なんてどこにもないのだから」
行ってらっしゃい、と彼は言った。
その優しく穏やかな瞳に後押しされて、行ってきます、とリフィアは頷いた。
「あたし、見てくるわ。ファレル様の知らない外の世界を。そして、帰ってきたら、出かけられないファレル様の為にいっぱいいっぱい話すのよ! だから楽しみにしていて」
ああ、とファレルは頷いた。
決まりだな、とレイドは言う。
「出来るならさっさとあの子を弔ってやりたいんだ。まだ日は高いし、今日中に出掛けたいんだが?」
「わかったわ、準備する!」
頷き、リフィアは駆けだした。
その背には若く輝かしい光があった。ファレルが“あの日”に失った光が——。
こうしてリフィアはレイドと共に旅立つ。
イグニシィン城から旅立ったこの新たな勢力が、今後物語にどのような影響を及ぼすのか——それはまだ、未知数だ。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.29 )
- 日時: 2019/07/20 10:19
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
【第四章 死者皇ライヴの負の王国】
道を南西に進むと、大きな街道に出る。
エルクェーテは大きな町だ。そこに繋がる道も、当然ながら大規模なものだ。
その大街道のあちこちに、様々な露店が立っている。大きな道だからそういった露天商売も成り立つのだろう。
「エルクェーテって魔導士たちの町なんだよねぇ?」
改めてフィレルが確認すると、そうだよとイルキスが頷いた。
「ウァルファル魔道学校っていう大きな学校があって、そこには優れた実力を持つ魔導士しかいない。力のない魔導士は入学できないんだ。入学試験が厳しいことでも有名だけれど、完全に実力主義だから、大した家の出でなくても、実力さえあれば入学できる。僕も一度旅で訪れたことがあるけれど、皆、意欲がすごかったよ。ああ、活気のある町だ」
へーぇ、とフィレルはその目を輝かせた。
「何だか面白そう! ……んーと、でもさぁ。そんなに実力のある生徒たちがいるならさぁ、神様くらい簡単に討伐できるんじゃないの? 神様を倒して亜神に成りあがった人間の話もあるじゃん」
そう簡単にはいかないさ、とロアは複雑な顔。
「まず、いくら実力主義だからって、そこにいるのは学生、つまりまだ青い。死者皇ライヴはかなり強い神だと聞くし、知識も経験も足りない状態で、実力だけで討伐出来るとは思わない。それにあいつはな……」
「ひとりで戦わないもの。死者を眠りから揺り起こして、死者の大群を操って戦うの。それにライヴは本当は死の神じゃなくって生の神なの。彼は自分の持つ生の力を死者に分け与えて操ってるってだけで、迂闊に触れれば自身の生を抜かれて死者にされてしまうわ。風の神や炎の神とは、操るものの種類が違うのよ」
ロアの言葉を引き継いで、フィラ・フィアが補足した。
人間は、間を一つの仕切りで仕切られた、中に水の湛えられた器のようなものなのだという。仕切りの片側には魔力という液体、仕切りのもう片側には体力という液体が、それぞれ収まっている。魔力も体力も使えば減るが、時とともに回復する。魔力を使っても体力が減ることはないし、その逆も然りだ。それが基本概念である。
そして人間の力にはもう一つ、「生命力」というものが存在する。それは器そのものであり、これが欠けたり傷付いたりすると魔力や生命力を治められる絶対量が減り、この器が砕けた時に、人は死ぬのだという。魔力や体力の限界を超えた使用もまた、器の損傷を招く。
そしてこの器自体を自由自在に加工できるのが死者皇ライヴだ。彼は砕けた器を修復し、そこに仮の力を流し入れて一時的に蘇らせ、死者の王国を築きあげた。死者は死者で失われた魔力や体力、人間としての心は二度と戻らないが、それでも器が仮の修復を受け、器に仮の液体が満たされたためにそれは動くことができるようになる。死者皇ライヴはそうやって器に仮の修復を施し続け、仮の生者に、本当の生者の命を奪わせ、そしてその器にまた仮の修復を与えて自分の王国を大きくしていった。
その目的は何なのか、それは誰にもわからない。ただ一部の人は言ったという。
『死者皇ライヴは、自分の力を真逆のことに使ってみたかったのではないか』と。
真相はわからない。誰も死者皇ライヴに近づけた人間はいないからだ。
しかし、ある人は見たという。
『死者皇ライヴは、木々の間から差し込む陽光のような、美しい髪と瞳をしていた』と——。
「まぁとりあえず、行くしかないわね」
物思いを中断し、フィラ・フィアは皆に声をかける。
強大な神を封じるために、また一歩、前へ。
◇
エルクェーテの町に、風が吹く。
暗い呪いの混じった風だ。フレイリアはふうっと溜め息をつく。
「良くない風ね。また、何か来るのかしら」
彼女がじっと見据えるは、西の方角。遠く目を凝らせば、そちらには黒くうごめく何かがあるのがわかるだろう。
「救世主なんていない、運命は自分で切り開くだけ。私はそれを知っている、ええ、よく知っているわ」
呟いた。
揺れる炎髪に、強い意志を宿した翡翠の瞳。しかし服から垣間見えるその右半身は酷い火傷に覆われ、左半身にもまた、大きな傷があるようだ。その頬にも、醜い火傷の痕が走っている。
「私の傷は悔恨の証。もう二度と、同じ過ちは犯さない」
来るわ、と彼女は言った。西にうごめく黒い何かは、どんどんとこの町に近づいてきている。
フレイリアは後ろを向き、叫んだ。
「魔導士部隊、迎撃用意! この町に一歩の侵入すらも許さない! 我こそは?」
「我こそは!」
彼女の声に応え、彼女の背後に控えていた数人の制服姿の少年少女が彼女に唱和する。
「「ウァルファル魔道学校の、気高き心の風紀委員!」」
◇
「我が心の内に宿る、気高き風の刃を受けよ!」
フレイリアの風が、町に近づく何かを切り裂いた。
それはどう見ても人間だったが、それにしては挙動がおかしい。まるで何かに操られているようにぎこちなく、その目は死んでいる。中には腐敗しかかった身体を引きずってやってくるものもいる。——死者皇ライヴの操る、不完全なる死者だ、仮の命を与えられた器だ。
そして彼女の瞳は見た。それら死者に、追い立てられるようにして走ってきた四人の人影を。フレイリアの目が驚きに見開かれる。
「旅人!? ああっ、もう! あんなところで何やってるのよ! 何も知らないでここに来たのかしら!?」
彼女は四人の人影に向かって叫んだ。彼女の声は、彼女の操る風の魔法に乗って四人の耳に届くだろう。
「ここは危険よ、すぐに帰りなさい! 町の門を開ける余裕なんてない! 死にたくなければ帰りなさい!」
しかし四人は帰ろうとせずに、閉まった町の門を背に、それぞれの武器を構え始める。
フレイリアは頭を抱え、門の上から飛び降りて四人の近くに降り立った。
「死にたいの!? 頭沸騰してんじゃないのあんたたち!」
「生憎と、引き下がるわけにはいかないわ。わたしたちには使命があるのよ」
そんな彼女に、赤い髪に赤い瞳、手に銀の錫杖を持った少女が静かに告げた。
「これは死者皇ライヴの仕業? ならば、尚更」
来るわ、その声とともに、死者たちが簡単に視認できる距離まで近づいた。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.30 )
- 日時: 2019/07/22 12:54
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
エルクェーテの町に一行が辿り着いた時、町は既に交戦中だった。
町に向かっている時は気がつかなかったが、フィレルらの背後から死者の軍勢が近づいてきたらしい。途中からそれに気が付いた一行はそれから逃げるようにエルクェーテの町を目指したが、町の門は既に閉ざされていた。
「ならば戦うしかないわ」
覚悟を決めて前を見据えたフィラ・フィア。その耳に届いた警告の声。
——ここは危険よ、すぐに帰りなさい! 町の門を開ける余裕なんてない! 死にたくなければ帰りなさい!
この町の人が、警告を発しているのだろうか。
しかしフィラ・フィアは首を振り、瞳に強い輝きを宿しながらも前を向く。
退かぬ、という彼女の意志を見て取って、呆れたように、街を囲む壁の上から一人の少女が飛び降りてきた。炎のような色した髪に、翡翠の輝きを宿した瞳。身体の左側には醜い火傷の痕、右側にはひどい傷痕。そんな彼女は制服のようなものを身に纏い、フィラ・フィアたちの隣に着地してから怒鳴った。
「死にたいの!? 頭沸騰してんじゃないのあんたたち!」
「生憎と、引き下がるわけにはいかないわ。わたしたちには使命があるのよ」
けれどそんな彼女の言葉を、フィラ・フィアは燃える瞳で遠ざける。
「これは死者皇ライヴの仕業? ならば、尚更」
彼女は少女に言った。
「信じてくれなくてもいいわ。でも、わたしはフィラ・フィアなの。封神のフィラ・フィアなの! 死者皇ライヴを封じにこの町に来た、それだけよ」
「……いいわ。もしもあなたが本当にフィラ・フィアだと言うのならば、ライヴを封じてもらいましょう……かッ!」
迫ってきた死者の大群。その一角に向けて少女が手にした杖を振ると、風の刃が死者を切り裂く。
「でも、まずはこの大群を押しのけてからよ。用意はいいかしら?」
「当然よ」
かくして、交戦が始まった。
◇
ロアの背後に隠れながらも、フィレルは即席で絵を描く。
死者が相手ならば炎が有効だと見たフィレルは、一本の松明を真っ白なキャンバスに描き上げた。その手が緑色に輝く。
そして取り出されたのは、普通よりも少し大きい程度の松明。
ロアがそれを見て、死者を切り伏せながらも文句を言った。
「おい! そんな小さいのでこの大群を撃退できると思ってるのか! 頭を使えよ頭を!」
「使ってるんだよー!」
フィレルはにこにこと楽しそうに笑い、ロアの陰から出てきて松明を死者の大群に投げ込んだ。瞬間、フィレルの瞳が緑玉石エメラルド色に輝き、悪戯っぽい笑みが口元に浮かぶ。
彼は背後に叫んだ。
「イルキスぅ、今のうちなんだよーっ! その風で、僕の炎を大きく燃え広がらせちゃえーっ!」
「任せて、フィレル」
相手の策を知り、イルキスも悪戯っぽい笑みを浮かべた。ロアも、フィレルが何をしようとしているのかを察してその目に驚きの表情を浮かべた。
放り投げられた松明は、真っすぐに死者の軍勢の上へ。
着弾、死者の軍勢が炎を上げて燃え上がる。
そして次の瞬間、イルキスの呼び起こした風が死者たちに対して逆風となり、延焼した炎が壁となって死者の大群を襲う。
火種は小さな松明だったけれど。
気が付けばそこには、巨大な炎の壁が出現していた。
それを見て、傷だらけの少女は手を叩く。
「素晴らしいアイデアだわ! 確かに! 人の死体は炎に弱い! よぉーっし!」
彼女は町の外壁を振り返り、大きく声を上げた。
「魔導士部隊、炎の魔法を用意せよ! 死者の大群は燃やせば倒せる! 炎使い、迎撃用意!」
「「了解しました!」」
外壁から声が上がり、そちらの方から次々と飛んできた炎魔法。崩れ落ちる死者たち。所詮は烏合の衆、集団を崩す方法が見つかれば何とでもなるのだ。
フィラ・フィアは驚きとともに傷だらけの少女を見た。
「あなた……何者なの」
「私? 私は、ね」
傷だらけの少女は誇らしげに告げた。
「フレイリア・アニルハイト。ウァルファル魔道学校の風紀委員長にして首席よ。得意属性は風。伝説の英雄さん? これからよろしくね」
彼女こそ、この学校の若き卵たちの筆頭人物であった。
◇
フィレルの松明を火種に、次々と燃え上がる炎。ウァルファル魔道学校の生徒たちの炎の魔法が炸裂し、それにイルキスとフレイリアの風が勢いを与える。それでもなお近づいてくる敵はロアの剣が切り倒した。フィラ・フィアはロアたちの後ろで支援の舞を舞っていたが、今回の戦いで、彼女が果たした役割は小さいだろう。
炎に包まれ、くずおれる死者たち。やがて進撃は止み、炎に巻かれていない死者たちは引き返していった。それを確認すると、フレイリアは町の外壁の上に指示を飛ばす。
「追撃はなし! 二次被害が出ないように、あとは鎮火よ! 水使い、魔法の用意!」
「「了解しました!」」
彼女の指示に従って、街の外壁の上から放出される水。
死者たちは随分な大群になっていたけれど。
気が付いたら、撃退できていた。
「やったわ。ウァルファルの力を甘く見ないことね、死者皇ライヴ!」
誇らしげにフレイリアが言い放った、時。
その身体が、ぐらり、傾いた。
「え……?」
驚きの声を上げるフレイリア。その脇腹を、
——腕が。
炎の雨を生き残った死者の腕が、
貫通、していた。
「委員長——ッ!!」
町の外壁から、悲痛な叫びが響き渡った。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.31 )
- 日時: 2019/07/24 09:48
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「ん、何とか処置したから、死ぬことはないと思うよ。協力、ありがとうね」
小柄な少年が頭を下げた。
あの後、町の門が開いて、制服姿が何人も現れてフィレルらを取り囲み、事情を聞くと、フレイリアを抱えてどこかへ連れて行った。フィレルたちはその間に巨大な学校に通され、その一室でフレイリアの治療が終わるのを待つことになった。
そしてようやく終わったらしい。治療担当をしていた小柄な少年は、溜息をついた。
「全部倒したと思ったらあんなところに伏兵がいたなんてね……予想外。
でも、あなたたちには感謝しているかな。僕たちさ、炎を使うってこと、これまで考えてなかったし。リーダーが風使いだからさ、こっちもひたすらに物理で殴ってたんだよね」
ところで、と少年のはしばみ色の瞳が好奇心の輝きを帯びる。
「ここに伝説のフィラ・フィアがいるって、本当?」
「わたしがそのフィラ・フィアよ」
首を傾げた少年の前、フィラ・フィアがずいと進み出る。
「疑うんなら、いくらでも語ってあげるわ。あなたたちは知らないでしょう。あの時代に起きた様々なことの、生の話を。ええ、わたしは確かにあの時代に生きていたの。それはわたしにしか語れないこと」
いいよ、と少年は微笑んだ。明るいひなたの色をしたふわふわの髪が、首を振る動きに合わせて揺れる。
「そっちの話し方で何となくわかるもん、あなたはこの時代の人じゃないんだって。あなたの目はどこか遠くを見ているんだって」
じゃあ、と少年の目が期待に輝いた。
「あなたたちは、あのライヴを封じてくれるの?」
ええ、とフィラ・フィアは頷いた。
「わたしたちはそのためにこの町に来たの。哀しみの風神リノヴェルカ、殺しに狂った収穫者デストリィは既に封じたわ。残るは死者皇ライヴと無邪気なる天空神シェルファークと運命の遊戯者フォルトゥーンと闇の亜神アークロアと記憶弄ぶ者フラックと争乱の鷲ゼウデラ……って、結構多いわね!?
まぁ、まだ旅は長いけれど、わたしにはやり残した使命があるから。それを果たすまでは死ねないわ」
へーぇ、と少年は頷いた。
ところで、と少年は首をかしげる。
「何で、フィラ・フィアさまは蘇ったの? 死者蘇生の魔法なんてお伽話の中の世界だよ?」
それは、とフィラ・フィアが説明しようとしたところ、ロアが呆れ顔でフィレルを指さした。
「コイツのせいだよ。コイツ、絵心師なんだけれど、好奇心で禁忌を破って、家に飾ってあった絵から伝説のフィラ・フィアを呼び出しちゃったってわけだ。全ての原因はコイツが作った」
ぶぅ、とフィレルは頬を膨らませた。
「あの時は軽率だったよぅ。でも、興味、あったんだもん」
「開き直るのは良くないな。お前のお陰で救われた人間もいるが、お前のお陰で迷惑を被った人間もいるのだからな? 自覚しろよ、領主の次男坊」
ロアはフィレルを軽く小突いた。
で、ぼくは、とそんな二人を横目で見ながらもイルキスが静かに言葉を発する。
「そんなメンバーと旅先で出会った風来坊。面白そうだからついてきたってだけだけれどね。
ああ、名前を紹介していなかったね? 僕はイルキス。あっちは、あの絵心師がフィレルで剣士がロアさ。君の名前は何て言うんだい?」
「伝説に……絵心師。すっごいメンバーだなぁ」
少年は感心したあと、頷いて自分の胸に手を当て、名乗る。
「僕はシュウェン。みんな、シュウって呼んでる。ウァルファル魔道学院所属、得意属性は大地と治癒。僕の癒しの力は学校の中では飛びぬけていて、みんな僕がいるから、安心して前線で戦えるんだ。僕自身は戦いなんて好きじゃないから普段は医務室に引きこもってるけど」
よろしくね、と少年が頭を下げると、不意に音がして部屋の扉が開いた。
扉を開け、開けた扉に寄りかかるようにして荒い息をついていたのは、青い顔をした、満身創痍のフレイリア。それでも瞳に宿る強固な意志だけは変わらず、彼女は強い口調で言ったのだった。
「話……聞いたわ。あなたたち、ライヴを封じるんでしょう。それに……私も、つれていってもらえないかしら?」
「フレイリアさん!? ちょ、今は安静に……」
「ユヴィオールと約束したもの」
驚いたようなシュウェンの言葉を遮って、フレイリアは言葉を発する。
「ユヴィオールと約束した……。私が、この学校を守るって。今はこの町にいない彼と……約束、したの。だから……ライヴを封じるというのなら、私も、行かないと……」
その約束は、彼女にとって、とても大事なものだったのだろうか。
彼女の翡翠の瞳には、必死さがあった。
仕方ないわね、とフィラ・フィアは溜め息をついた。
「わたしとしても、あなたのような強い魔導士が一緒に来てくれるというのならば大歓迎。でもこのままじゃ戦えないでしょうから、特別に癒しの舞を舞うわ。……まぁ、これをやったらわたしもそれなりに疲れるから、決行は明日以降になるでしょうけれど」
いいわね、と彼女が問うと、お願い、とフレイリアが頷いた。
それを見、フィラ・フィアは舞い始める。
右足を前に踏み出し、右手に握った錫杖を一回転。その場でくるりと回り、錫杖を地に打ち付ける。しゃん、しゃん、と清浄な音が鳴り響き、辺りを一瞬にして神秘的な空間に変える。
歌もない、音楽もない。あるのはただ、鈴の音色と彼女のサンダルの足音のみ。それだけなのに、辺りには不思議な空気が満ち満ちていて、その空気に包まれた者は、心地よさを感じるのだった。
しゃん、しゃん、鳴り響く鈴の音は高く響く。舞うフィラ・フィアの周囲に濃密な魔力が漂う。
——これが、舞の魔法。
フィラ・フィアの使える舞師の技の中でも、最も優しく最も温かい魔法。
やがて彼女の舞が終わった。フレイリアは驚きの目でフィラ・フィアを見る。
「あなた……やっぱり、本当に……?」
ええ、とフィラ・フィアは頷き、誇らしげに言った。
「わたしはフィラ・フィア。封神の七雄のリーダー、『崇高たる舞神』フィラ・フィアよ!」
もう、彼女を偽物と疑う人物はいないだろう。
自分たちの目の前で、こんな奇跡を見てしまったのだから。
フレイリアは扉から手を離し、恐る恐るといった感じで数歩、歩いてみる。何ともない。彼女がよろけることはなく、その足取りは確かなものだった。
フレイリアは微笑みを浮かべた。その時になってようやく、フィレルたちは彼女の左目に光が宿っていないことに気が付いた。彼女の左目の視力は失われていた。
それに、彼女は右半身に酷い火傷の痕、左半身に醜い大きな傷痕がある。いったいどうしてそんなに傷だらけなのか気になったフィレルは、何の考えも無しに疑問を口にした。
「ねぇねぇ! ところでさ、フレイリアってどーしてそんなに傷だらけな……」
「おいフィレル! 少しは考えて物を言え!」
口にしかけた言葉は、ロアに口を押さえられることによって途中で消える。
済まないな、とロアが謝罪した。
「何か事情があるのだろう、追求はしない。うちのフィレルが礼儀知らずで済まないな……」
「構わないわ。後で話しましょうか? まさか今日、いきなりライヴを封印するわけじゃないわよね。時間ならたっぷりある。
それに、せっかくの客人だわ。そっちさえ良いのならば、学校を案内して夕食の誘いをしようと思うんだけれどどうかしら。そこらの宿も悪いってわけじゃないけれど、せっかくだから私たちでおもてなししたいのよ」
フレイリアの言葉に、本当にいいのかとロアが問うと、当然よと彼女は笑う。
「じゃ、お誘い、受けてくれるのね。ならばこれから学院内を案内して差し上げたいところだけれど……私は、後で報告があるから。ねぇ、シュウ。あなたが案内してくれる?」
「わかりました、リーダー!」
フレイリアの言葉に、小柄なシュウェンが元気よく返事した。
「ではでは、改めまして! 僕が案内担当になった、シュウェンです!」
◇
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