複雑・ファジー小説
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- 【完結】魂込めのフィレル
- 日時: 2020/08/04 11:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
——その少年の描く絵には、奇跡が宿る。
彼の描いた絵は皆実体化し、生物を描けば動きだす。
天才的な力、絵心師を持つ彼の名を、フィレル・イグニシィンと言った——。
けれど彼はある日、自身の無邪気な性格ゆえに、取り返しのつかない過ちを犯す。
自業自得から始まった長い旅。その長旅の結末とは——?
◇
まとめ読み用! >>1-76
【目次】
前日譚 戦神の宴 >>1-5
【第一部 旅立ちのイグニシィン】>>6-48
一章 イグニシィンの問題児 >>6-11
二章 悲しみの風は台地に吹く >>12-16
間章 その名は霧の…… >>17
三章 収穫者は愉悦に狂う >>18-24
間章 動乱のイグニシィン >>25-28
四章 死者皇ライヴの負の王国 >>29-40
間章 英雄の墓場 >>41-43
五章 最悪の記憶の遊戯者 >>44-48
【第二部 心の欠片をめぐる旅】 >>49-65
六章 災厄の島と伝説の…… >>49-58
七章 希望の花は、もう一度 >>59-65
【第三部 封神の旅のその果てに】 >>66-76
八章 運命神の遊戯盤 >>66-67
九章 文明破壊の無垢なる鉄槌 >>68-70
十章 戦呼ぶ騒乱の鷲 >>71-73
最終章 握った絵筆に魂を込めて >>74-76
◇
2020/7/24 完結致しました。
ここまで読んで下さった方、そして応援して下さった全ての方に感謝を。
フィレルの物語は、この話だけでは終わりません。
いつか書く続編で、またお会いしましょう……。
- Re: 魂込めのフィレル ( No.57 )
- 日時: 2019/10/01 10:04
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
来た道を戻り、島の入口へと向かう。蝶王と闇神もついてきた。
その途中。
不意に、大きく大地が揺れた。
「地震……?」
フィレルは両足を踏ん張ってバランスを取る。ロアも体勢を崩し掛けたが何とか留まる。
どこかで、竜の咆哮が聞こえたような気がした。悲しい叫びが島をつんざく。
竜の、咆哮。そしてこの地震。それの示すことは。そもそもこの島が災厄に包まれた原因とは。
——この島の、禁忌とは。
「え、まさか……」
気付き、フィレルもロアも顔色を変える。
島に住む竜、人間に裏切られ、島を災厄に包みこみ、火口に眠る竜は人間が嫌いだ。火口になど通常の人間は近づかないはずだが、話を知らない人間からすれば火山の火口は丁度良い自殺スポットである。何も知らない人間が火口に近づき、眠る竜を起こしてしまったのだとしたら。
「まずいな」
闇神の言葉と同時、
爆発。
「火山が噴火したぞ、今すぐ逃げろッ!」
切羽詰まった声。
轟音。
島の奥の火山が大爆発を起こし、その向こうから巨体が現れる。
漆黒の鱗に紫水晶の瞳をしたそれは、紛れもなく、伝説の存在、竜族であった。それは紫の瞳を怒りと狂気に爛々と光らせ、大地をどよもすような声で叫びを上げた。
《——我を眠りから起こしたは誰そ》
その声の圧力たるや。
蝶王の、もといシルークの『魔性の声』と同等か、それ以上の威圧感を聞く人に与えた。
爆発する大地。闇神が守護魔法を展開、フィレルらに火山弾などが飛んでいかないようにしているが、その顔は難しげだ。
悲しみの竜は叫びを上げる。
《——我を! 穏やかなる眠りから起こしたのは! 誰そ!》
目覚めたくなかったのにと竜は呟くような声を漏らす。
《目覚めなければ思い出すことはなかった。人間種族への怒りや悲しみ、奪われた我が子の命のこと! 近づかなければ傷つけることもなかった。我はこの炎の海で、ずっとずっと眠っていられたのに》
その瞳がぎろり、闇神を見つけて光る。
《——お前か》
「否」
人間の姿に変じた闇神は首を振る。
「落ち付くが良い、災厄のアリューン。きっとただの自殺志願者だ。俺——闇神ヴァイルハイネンはお前の目覚めに一切の関与はしておらんぞ。俺は訳あってこの地に来、この地に本土からはるばるやってきた人間たちを救っただけだ。そしてその人間たちは可能な限り、火山から距離を置いていた」
《闇神、だと?》
竜の瞳に、束の間宿った冷静さ。巨大な竜は翼をはばたかせこちらに近づき、目を細めた。その目がフィレルとロアと、ロアに背負われたフィラ・フィアを捉える。
《成程、人間好きな闇神が来たか。だが闇神は人間好きゆえに人間を庇う。ああ、我は信じん信じんとも! 人間種族など、人間種族に関わるものなど! たといそれがこの世界の神であろうと!》
叫び、竜は咆哮を上げた。その声に応じ、無数の火山弾がこちらに向かって降ってくる。どう考えても常軌を逸した力、大地そのものに働きかける強力な力に、フィレルらはただ縮こまることしかできない。
そしてそんな大自然の暴力を、闇神は掲げた腕で受け止める。彼の掲げた腕の先、透けた闇色の魔法陣が無数生まれ、それが火山弾を受け止め、流し、勢いを殺して大地に返す。瞬く間に変わっていく地形の中で、闇神を中心とした部分だけは無傷だった。
「話を聞け、災厄のアリューン!」
闇神は叫んだが。
災厄の竜の瞳は再びの狂気に侵食されていきつつあった。
闇神は舌打ちをする。
「話しても無駄だということか」
彼はフィレルらを見た。
「仲間が船で待っているらしいな。そこまで送り届けるからお前たちは全力で本土を目指せ。俺はこの災厄を止めた後に合流する」
「勝算はあるの?」
あまりの竜の力に不安になってフィレルが問うと、闇神は「どうだか」と難しい顔をした。
「余裕だ、と笑いを返したかったのだが、な……。
ここが天界であるならば俺の勝利は間違いない。が、ここは本来の姿を現すわけにはいかない地上界。かりそめの姿でこの化け物とどこまで戦えるか……それは未知数だ。本当にどうしようもなくなったら天界に救援を要請する。……有名ではないが俺には兄神がいてな。あいつなら、ゼクシオールならば俺の危機にはきっと駆けつけてくれるだろう」
話は終わりだ、と闇神は打ち切り、右手を何もない空間に伸ばした。すると、そこに生まれる黒い闇のだかまり。それは縦に伸び、その向こうの光景はうかがい知れない。
闇神は言う。
「緊急時だから仕方あるまい、過干渉と言われようが関係ない。俺の権能『異界の渡し守』で『扉』を開いた。この闇の向こうに仲間と仲間の船がある。だからさっさと行け」
行って闇神はフィレルらに背を向けた。
彼が見上げるは災厄の竜。この島の主にしてとても強い力を持つ竜。
その竜に比べれば、人間の姿をしている闇神はあまりに頼りなく見えたけれど。
「——信じてる。頑張って!」
声を掛け、蝶王、ロアと一緒にフィレルは闇を越えた——。
「話は聞いたよ。すぐに逃げる!」
船に着くなり、イルキスは叫んだ。
風魔法を目いっぱい使い、全速力で船を進ませ災厄の島からなるべく遠ざかろうとする。
彼は船を進ませながらも、災厄の島の解き放たれた災厄を遠くに見遣った。
「闇神さま、無事だといいんだけれど……!」
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.58 )
- 日時: 2019/10/02 09:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
《人間を逃がし己は残るか》
「応。お前をこのまま放置したら、シエランディア本土に災厄が波及するというのが俺の考えだ。俺は人間種族の味方だからな、そんな可能性、許すわけにはいかないんだよ」
災厄の島で、闇神と厄竜は対話していた。
厄竜は問う。
《して? そなたは我に戦いを挑む気か》
「応」
闇神の瞳は揺るぎない。
「お前が人間種族を害し得るというのならば、俺はこの身をもって人間種族の壁となろう」
《我は強いぞ? そんじょそこいらの伝説生物とは訳が違うぞ? 本来の力を出し切れぬそなたに我を倒せるのかわからぬぞ?》
「承知の上で、戦いを挑んでいるんだ」
そうか、と厄竜は頷いた。
紫の瞳がぎろりと光る。
《ならば我も容赦はせんぞ。全力で来い、人間好きの闇神》
闇神は頷き、宙を蹴った。するとその背に現れる、漆黒の鴉の翼。
燃え盛る火山弾を右に左に高速飛翔し回避して、厄竜へ迫る。赤いマフラーが翻り、彼をかすめた火山弾に触れて一部が焼け焦げたにおいを発した。
闇神は何も持っていない両腕を振る。するとそこから現れた漆黒の双剣。それは闇で作られたもの。
迫る闇神。迎え撃つ厄竜。人間の力を遥かに超えた存在同士の戦いが始まった。
闇神に対し、厄竜は大きく口を開けてブレスを吐こうとする。が、闇神はそれを見切り、急上昇。目の前すれすれに迫った地獄の火炎を回避する。
厄竜は感心したように言った。
《やりおるな》
「一応、世界誕生からいる最古の神の一柱なんでね。竜と戦った経験だってあるさ」
ふっと笑う闇神。その姿が、消えた。
《なん、だと?》
厄竜の驚きの声。
闇神ヴァイルハイネンは闇の神であると同時に影の神。彼は闇に紛れ、影に紛れ、予測不能な攻撃を仕掛けることができる。
厄竜は自身の鱗に衝撃を感じた。だが、それだけだった。闇神の影の刃は厄竜の鱗を貫くには至らなかった。
何だ、その程度かと厄竜は笑う。
《そうか、そうであったな! 闇の神は炎の神や大地の神とは違うのだ! 行動が素早く視界に捉えることなどできないが、その分攻撃力も防御力も低い……。それに、“見る”ことはできずとも、“感じる”ことは可能である!》
感覚解放。呟き、厄竜は目を閉じる。彼の全ての感覚が研ぎ澄まされていく。
そして感じた。自分の弱点である柔らかい腹を目掛けて迫ってくる動く影を。
闇の神は動きこそ素早いが防御力は低い。ゆえに一撃でも喰らったら、それは大きなダメージとなる。
厄竜は尻尾を動かし、見えぬ影に向かって尻尾による殴打を加えた。直後、呻き声。纏った影のベールがはがれ、闇神の姿があらわになる。
尻尾の一撃で、咄嗟に顔を庇った彼の右腕は使い物にならなくなっていた。闇神は苦しみに顔をしかめ、口の中に溜まった血を吐きだした。
《見えぬからって油断するな》
「油断していたわけじゃあ……ないんだけど、な」
苦しげに闇神は笑った。
戦況は一変し、今は厄竜が有利となった。どうやって撃破するか頭を巡らす闇神に、不意撃つ地獄のブレスが迫る。
「くっ……!」
間一髪、闇神はそれをかわしたが空中で大きく態勢を崩し、状況の劣勢は変わらない。
《神といえどもその程度か。やはり天界ではない場所で戦う神は弱いな? お前が原初神だと? 笑止!》
笑い、厄竜は今度は自分から攻めかからんと動き出す。その動きを見切ることは闇神にとっては余裕だったはずだが……。
「……ッ」
ダメージを負い、動きの鈍っていた身体。かわしきれず、闇神は厄竜の腕に薙ぎ倒されて遠くへ吹っ飛ぶ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
苦しみに顔を歪め、それでも闇神の瞳は揺るがない。
彼の全身から闇が噴きだし彼を包み込み見えなくさせる。何だと厄竜は笑った。
《先程と同じではないか。同じ手が我に通じると思うな。一回目も防がれたであろうに》
「同じじゃ……ないぜ」
答える声は、複数箇所から同時にした。
何だと、と厄竜は目を瞠る。
そこに闇神がいた。満身創痍の姿で、しかしその姿は七つに分かれて。
厄竜は目を閉じ感じ取る。それら七つすべてに熱があるのを。
厄竜は相手の熱を感知して闇神の接近に対処したが、分身すべてに熱を感じるとなると本体のみを撃破するのは難しい。
七体の闇神は同時に言った。
「「『竜と戦った経験だってある』と言っただろう。先程の交錯であんたのことは大体わかったんだよ」」
言って、七体が同時に迫る。
あるものは厄竜の腹へ、あるものは厄竜の口の中へ、あるものは厄竜の目をめがけて、あるものは厄竜の鱗の隙間を狙い、それぞれ闇の剣を振る。四方八方から迫る攻撃全てに対処できるわけもなく。辛うじて口へ迫るもの、腹へ迫るものは撃退できたが代わりに目を貫かれ、鱗の隙間を抉られた。感じた痛みに厄竜は絶叫し、残った片目を爛々と光らせた。彼の叫びに呼応して、火山が再び噴火して火山弾が闇神たちに迫る。が、闇神たちは右に左に高速飛翔、危なげなく避けていく。
一転して優位に立った闇神たち。が、体力も限界に近づいて来たようで動きがぎこちない。余裕のない表情で、無言で闇神たちは追撃開始。飛翔する彼らを厄竜は尻尾とブレス、腕で撃退しようとするが、全てを撃退しきることはできずにさらなるダメージを喰らう。
闇神の一体の剣が鱗を抉り、首の筋肉をあらわにさせた。その向こうにあるのは大事な血管、切られたら死ぬ急所である。そこを目がけて残った闇神たちが殺到する。厄竜は腕でそれらを何とかしようとするが、かと思えば他の闇神が別の場所を攻撃、強引に注意を逸らさせる。
どれが本体かわからない。どれを攻撃すれば良いのかわからない。ただ、分身でも自身に傷を与え得ると気付き厄竜はひたすらに撃退するが、高速飛翔する相手が七体もいるのだ、動きのあまり速くない厄竜に全てを撃退しきることは不可能で。
闇神たちは不敵に笑った。
「「ダメージを喰らわないと発動させられないのが厄介だが——この術式の分身は全て俺だ。俺は自分を七つに分けた。だから分身が死ねば自分も残り体力の七分の一を一気に消失するが、逆に言えば全員倒されない限り俺は死なない。肉を切らせて骨を断つ——苦肉の策の技だがな?」」
しかし流石に苦しいか——などと闇神たちはぼやいているが、攻撃の手は止まることなく。
「「厄竜よ。本来、お前に罪はないが、人間種族の敵となり俺と向かい合ったが不幸、悪いが安らかに死んでくれ」」
言葉と同時、厄竜の首の血管が、断たれる。盛大に噴き出した血液を浴びないように、闇神たちは一気に離れる。
そして、空中で集まり——ひとつに、戻った。
くずおれつつも、厄竜は呟いた。
《油断していたのは——我であったか》
「こっちだって無事とは行かないがな。こんなに苦戦したのは久しぶりだ。奥の手を使うことになるとは思わなんだ、あんたは強かったぜアリューン」
闇神の翼が消え失せる。勢いよく大地に激突した闇神は、もう立ち上がれなかった。それでも彼は必死で大地に膝をつき、何度も血を吐きながらも笑ってみせた。
「あんたの無念もよくわかる、人間種族の醜さも。その件はこちらで何とかすると約束しよう。だから——安らかに、眠れ」
《……闇神、ヴァイル、ハイネ、ン》
「どうした?」
厄竜は何かを言おうとした。しかし言葉は出なかった。厄竜はそのまま残った片目を閉じ、もう二度と開くことはなかった。
不意に、空が晴れる。厄竜の死により島に掛けられた呪いは解け、実に久しぶりの青空が姿を現したのだ。青空の下に広がるは荒野、火山の大噴火によって何もかもが無に帰した地。だがそれでもいつかはこの島に植物の種子が運ばれ、島が生まれ変わる日も来るのだろう。自然は、強い。闇神はそれをよく知っている。
闇神は自分に残された体力を感じ取り、今のままでは先に行ったフィレルたちに合流できないこを悟った。どうせ翼もしばらくは出せないのだ、休息しても良いかとは思ったが。
「……でも、心配なものは心配だし、な」
呟き、彼は震える身体を何とか動かし呪文を唱える。するとその身体が鴉のものに変じた。片方の翼の折れてねじ曲がった鴉は必死に空を飛ぶ。鴉の姿ならば消耗が少ないと、そう思ったが故の変身である。体の構造を人間の言葉が喋れるようにするほどの余裕もなかったが、少なくともこれで合流できる。
そうやって必死で羽ばたいていたら。
「——ハインも無茶しちゃって。まったく、俺の手間を掛けさせないでくれる?」
笑い声と同時、翼を支えるように風が吹いた。
姿は、見えない。だが闇神は感じ取る。それが、彼と親しくしている神、風神ガンダリーゼのものだということを。
「そっちの戦いに干渉はするつもりなんてなかったけれど、ずっと見させてもらってたよ。いやぁ、厄竜アリューンは強かったなぁ。でも、いくら人間種族のためだからって、お前は無茶し過ぎ。俺が心配になるじゃんかよー」
明るく笑う風神の声。しかし闇神はそれに応える力を持たなかった。
風神の声が心配げになる。
「応えることもできないくらいになっちゃったわけ? まったく、無理すんなよな。船までは俺の風で送り届けるけれど、その先は無茶しないでしっかり休めよ? 鴉の姿じゃ何もできないぜ?」
わかってる、と言う風に辛うじて闇神が首を上下させると、それで良しと満足げに風は笑った。
やがて見えてきたイルキスの船。白い帆を張り、船首に目の模様の描かれた船。
風はその近辺まで闇神を送り届けると、最後に癒しの力のこもった風を送り、「元気でな」と声を掛けて気配ごと消え去った。
そして。
「わっ、赤眼の鴉! 落ちてくるよ!」
「闇神さまだ、受け止めろッ!」
墜落するように船に向かって飛んできた彼は、フィレルの手に受け止められたのだった。
そして安心したのか——彼は意識を手放した。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.59 )
- 日時: 2019/10/13 08:30
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「闇神さま、満身創痍だぁ……」
「だが見てご覧。災厄の島に掛かった雲が、なくなっている」
落ちてきた鴉の闇神に治療を施しながらもフィレルたちは会話をしていた。
イルキスの言葉に、フィレルは目を細めて遥か向こうを見やる。そこには先程まで、漆黒の島影があったはずだ。しかし今そこには闇なんてなくなっており、通常の島影があるだけになっていた。
ほぅ、とロアが呟きを洩らす。
「あの闇は厄竜の象徴だった……。それがなくなったということは、闇神さまは本当に厄竜を倒したのか」
「でもギリギリだったみたいだねぇ。人間の姿になるほどの気力もないみたいだし……しばらくは彼の助言に期待できそうにはないかも。ええと、七雄の『心の欠片』を探せばいいんだよね? 自分たちで文献あさって何とかするしかなさそうだ」
イルキスはぼくは一部、思い当たるものがあるんだけれどと補足した。
「……まぁとりあえず、全ては本土にたどり着いてからだ。ところで蝶王さま、あなたはこれで良かったのかい?」
イルキスの問いに、ああ、と蝶王は頷いた。
「いつまでもあの地にいるわけにもいくまいて。……そなたらが我に新たな道を示してくれたのだ、感謝している」
そりゃどうもとイルキスは笑った。
そして船は少しずつ進んでいく——。
それから数日後。
「わぁい、シエランディアだぁ! 帰ってきたぁ!」
フィレルが歓声を上げた。
見覚えのある、トレアーの港に船が着く。
その頃には鴉の闇神も大分回復したようだが、まだ言葉を喋れるほどにはなっていなかった。何を話しかけても「カア」と答えるだけの彼に、助言は期待できそうにないだろう。厄竜はそれほどまでに強かったらしい。
「さて、到着だ。ああ……ちょっと頭がふらふらするんだけど……」
一人でずっと船を操っていたイルキスは具合が悪そうだ。
フィラ・フィアを背負ったロアは、「先に休んでろ」と提案した。
「『踊る仔馬亭』にまた泊まることを考えている。オレはフィラ・フィアを宿に置いたらフィレルと共に情報集めに町へ出るが、疲れ切ったあんたまで一緒に来ることはないだろう。休んでおけよ」
「そうさせてもらうよ……」
疲れ切った表情でイルキスは笑った。
そうやって、踊る仔馬亭にたどりついた、時。
聞き覚えのある声が、フィレルの耳を打った。
「あっ、フィレルじゃない! ずっとずっと探してたのよ! ……って、見たことのない人もいるわね。それにその、飛んでる白い人って! まさかの、伝説の蝶王様!?」
その声を聞き、まさかとフィレルは振り返る。
そこにいたのは茶色のツインテールの髪に、赤い瞳の……
「リフィ、ア? それにエイル!?」
「エイルは双子の妹の名だ」
リフィアの隣にいた青い人影が、ぶっきらぼうに答えた。
リフィアはずっとイグニシィン城にいたはずだ、とフィレルは不思議そうな顔をする。
それについては長い話があるのよと彼女は笑った。
「これまでのこと、話すから。だからそっちもどんな旅をしてきたのか教えてほしいな」
どうして蝶王様なんて伝説の存在が一緒にいるのかもわからないしと彼女は言う。
「えーと……王都には踊る仔馬亭だっけ? そんな宿があるよね。そこに行こう、そこで話そう!」
「とりあえず名乗っておく。俺はレイド、エイルの双子の兄だ」
名乗りだけを済ませ、彼は行くぞと声を掛ける。場所はわかっているらしい。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.60 )
- 日時: 2019/10/23 22:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
簡単な自己紹介を済ませて、リフィアはこれまでの旅について話した。
フィレルたちと別れた後、ファレルが言霊使いの力でエイルを殺したこと、エイルの言っていた「お母さま」の話、レイドとの出会い、その後の旅路……。
「あたしたちはエイルの言っていた人物を見つけられた。その人物はずっと昔、ファレル様の両親を殺し、ファレル様の心に消えない傷を、トラウマを植え付けた人物だった。名前はウェルフェラ・シエリィ。シエランディアの、形骸化した王族の末端にいる人物だった」
その都合上、ファレル様の抱えた傷についても知っちゃったんだと、リフィアは悲しげに笑う。
「あたしたちは正体を突き止め、彼女を追い詰めた。彼女は追い詰められたと見るや、自ら命を絶った。自爆魔法を使われて、うっかり死にそうになっちゃったんだけど……」
彼女はちらりとレイドを見た。その端正な顔の右頬には、醜い火傷痕がついている。
「レイドが、助けてくれたの。レイドは凄腕の人形使よ、その技を使えば様々なことができる。でも自爆魔法なんてそんなに威力が高いのに、対応できるわけがない。レイドはあたしを腕の中に庇ってくれた。代わりに酷い怪我を負っちゃったんだけど……でも、レイドが庇ってくれてなかったら、きっとあたしは死んでたわ。所詮はただのメイド、特殊な力も何もない女の子なんだもん」
彼女ははにかむように笑った。
「だからレイドには、感謝しているのよ。
その後、あたしたちはフィレルと再会しようとトレアーまでやってきたわけ。そこでこうして出会えたのね。それがこれまでの物語」
どう? と彼女は笑った。
「ただのメイドのあたしだって、たくさん冒険したんだから!」
「それはそうと」
ロアがリフィアにその黒い瞳を向ける。
「ファレル様は、どうなった?おひとりなのか?」
いいえ、と彼女は首を振る。
「レイドの人形が傍にいるって。あっ、そうだ! 思い出した、これ!」
言って彼女は首に下げた何かを見せる。
緑色に輝くそれは——
「レ・ラウィの……」
「そ。レ・ラウィのペンダント! ファレル様がお守りにって渡して下さったのよ!」
フィレルはそれどころではなかった。
闇神は何と言っていたか? フィラ・フィアの心を取り戻すには、彼女と深く関わった六雄の『心の欠片』が必要だと。そしてシルークの『欠片』は蝶王の魔性の声だったが、レ・ラウィの『欠片』は彼の遺品となったエメラルドのペンダントだと。
——エメラルドのペンダント。
何の偶然か、ファレルが受け継いだはずのそれは今、リフィアの手の中にあって。
そのペンダントは遠い昔、レ・ラウィが自分の婚約者たるルキアに渡したものだった。「必ず帰ってくる」言って手を振った彼は、その後家に戻ることはなく、フィラ・フィアたちを守って命を散らしたそうだが……。
「えっと……リフィア。それ、貸してくれない?」
「え? いいけど」
フィレルの頼みに不思議そうな顔をしながら、リフィアはペンダントを外して渡した。フィレルはそれを受け取った。ロアと目が合う。ロアは頷き、背負ったままだったフィラ・フィアを宿のベッドに下ろした。
フィレルの脳裏にロアから聞いた伝説の物語が浮かぶ。
フィレルはレ・ラウィのペンダントを眠ったままのフィラ・フィアの首に掛けた。自然と、言葉が出た。
『——いよぉ、姫さん。いつまで眠っているつもりだい?』
レ・ラウィならば言うであろう台詞、陽気でお茶らけた彼らしい台詞。
言った瞬間、フィラ・フィアの瞼がかすかに動いたが——それだけだった。
だが、確信できる。フィラ・フィアの心に張り巡らせられた鎖の一つが今、確かに解放されたこと。
なぁんだ、とフィレルは思った。
運命というやつは案外、素直に味方してくれるものだった。
「えーと……どういうこと?」
訳がわからないという顔をしているリフィアらに、フィレルはこれまでの冒険を教えてやった。
イルキスとの出会い、風神リノヴェルカの封印、収穫者デストリィ戦でのイルキスの加勢、死者皇ライヴとの戦い……。
フィレルの話す数々の物語を、リフィアは興味深げに聞いていた。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.62 )
- 日時: 2019/10/27 08:39
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「へぇ、ずいぶん大変な旅をしてきたのね」
リフィアは驚いたような顔で頷いた。
そんなわけで、とフィレルは言う。
「偶然だけど、リフィアの持ってきたペンダントが役に立ったね! 僕ら、いったんイグニシィン城に帰らなくちゃならないのかなって思ってたしぃ」
イグニシィン城に戻るのは、全ての旅が終わってからだと思っていた。それまで帰らないと心に決めていたそれが守られるのは良かったなとフィレルは思った。イグニシィン城は優しい、そこにいるファレルは温かい。一度戻ってしまったらその優しさと温かさに甘えて、再出発がなかなか決まらなくなるんじゃないかと、フィレルはそう思っていたのだ。だからフィレルは自分を戒めるためにも、可能ならば城に帰るのは一番最後にしたかったのだ。
リフィアたちのお陰でその目的は果たせそうだ。フィレルは心の中で、ペンダントをリフィアに持たせてくれた兄に感謝した。もしも兄がリフィアに持たせてくれなかったら、フィレルらは城に帰り、そこの安穏とした生活の中で、封神の旅への意欲を失ってしまっていたかもしれない。ファレルは優しい人だから、きっとどこまでもフィレルを甘やかす。そしてフィレルはそれに抗えるか、わからない。
ありがとう、とペンダントを返しながら、フィレルはリフィアらの方を向く。
「リフィアたちは? 僕たちの旅についてくるの?」
少し考え、いいえとリフィアは首を振る。
「行きたい気持ちは山々だけど……ファレル様を、ずっと一人にしておくわけにはいかないの」
「同じく。いくら人形たちに守らせていると言ったって、絶対ではないからな。俺がいれば役に立てることもあるだろう」
そう、レイドも頷いた。
こうして別れることになった。
でも、二度と会えないわけじゃないから。
「フィレルぅ! あんた、他の人に迷惑掛けんじゃないわよ!」
「わかってるってばぁ!」
そんなやり取りをして、リフィアたちはいなくなった。
◇
リフィアらと別れ、次の目的地の相談をする。闇神の話では、後はエルステッドの「欠片」を集めればフィラ・フィアは目覚めるらしい。しかしエルステッドは武器や防具を自分の魔力で作り出す特殊な魔導士なので、彼の遺した武器など探そうとしても出てこない。騎士エルステッドの『欠片』は武器ではないと判断し、別の何かを探す必要がありそうだ。
「そう言えば」
ふっと何かを思い出したようにロアが言った。
「エルステッドは封神の旅の後、手記を残したらしいと聞いたことがある。今回のキーはその手記なんじゃないか?」
エルステッドの手記。それはフィレルも聞いたことのある話だった。
最愛の人、フィラ・フィアを失ったエルステッドは生涯、誰とも結婚しなかった。姫を守れなかった騎士たる彼は、その後悔を、一人だけ生き残ってしまったという十字架を背負いながら生きてきた。だが彼はそんな日々の思いを手記に残し、ある魔導士に頼んで保存の魔法を掛けてもらっていたという。その手記が眠る場所は——
「そうだっ!」
ぽん、とフィレルが手を打った。
「英雄の墓場だよ、覚えてる? フラックに挑む前に行った場所、英雄たちの魂の眠る場所! みんな見えてなかったみたいだけれど、僕、見えたんだよね。エルステッドの墓の足元に何かの本の一部らしきものが見えていたの」
最初は見間違いだと思っていたんだけど、と言いつつ、その目を輝かせた。
「それ、もしかしてエルステッドの手記じゃなぁい? 場所からしてもしっくり来るよ!」
かもしれないねぇ、とイルキスは頷いた。
「ならば前にたどった道を戻るだけだ。闇神さま、合ってるかい? 闇神さまなら手記の場所、知っていそうだけれど……今はこんな状態だからねぇ」
イルキスの問いに、鴉の姿から戻れない闇神は賛同するようにカアと鳴いた。
目指す場所は決まった。きっともうすぐでフィラ・フィアは目覚めることだろう。
フィレルはロアに背負われているフィラ・フィアを見た。
「目覚めてね……! 僕らさぁ、君がいないと目的を達成できないんだよぅ?」
眠ったままのフィラ・フィアにそっと、無言で蝶王が寄り添った。
◇
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