複雑・ファジー小説

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【完結】魂込めのフィレル
日時: 2020/08/04 11:29
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

——その少年の描く絵には、奇跡が宿る。
 彼の描いた絵は皆実体化し、生物を描けば動きだす。
 天才的な力、絵心師えしんしを持つ彼の名を、フィレル・イグニシィンと言った——。

 けれど彼はある日、自身の無邪気な性格ゆえに、取り返しのつかない過ちを犯す。
 自業自得から始まった長い旅。その長旅の結末とは——?

  ◇

 まとめ読み用! >>1-76

【目次】
 前日譚 戦神の宴 >>1-5

【第一部 旅立ちのイグニシィン】>>6-48
 一章 イグニシィンの問題児 >>6-11
 二章 悲しみの風は台地に吹く >>12-16
 間章 その名は霧の…… >>17
 三章 収穫者は愉悦に狂う >>18-24
 間章 動乱のイグニシィン >>25-28
 四章 死者皇ライヴの負の王国 >>29-40
 間章 英雄の墓場 >>41-43
 五章 最悪の記憶の遊戯者 >>44-48

【第二部 心の欠片をめぐる旅】 >>49-65
 六章 災厄の島と伝説の…… >>49-58
 七章 希望の花は、もう一度 >>59-65

【第三部 封神の旅のその果てに】 >>66-76
 八章 運命神の遊戯盤 >>66-67
 九章 文明破壊の無垢なる鉄槌 >>68-70
 十章 戦呼ぶ騒乱の鷲 >>71-73

 最終章 握った絵筆に魂を込めて >>74-76

  ◇

 2020/7/24 完結致しました。
 ここまで読んで下さった方、そして応援して下さった全ての方に感謝を。
 フィレルの物語は、この話だけでは終わりません。
 いつか書く続編で、またお会いしましょう……。

Re: 魂込めのフィレル ( No.22 )
日時: 2019/07/03 01:48
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 フィレルは自分の死の瞬間を想像して怯えていたが、いくら待っても何も起こらないことを知り、恐る恐る顔を上げた。
 そして、気づく。
「……動ける」
 デストリィの刃は不思議なことに、フィレルら本体を傷つけず、縄だけを切り裂いて止まっていたのだ。
 はらはらと落ちた縄の残骸。
 顔を上げた先には、青みがかった銀の長髪の、魔導士めいた軽装の青年がいた。青年はフィレルの視線に気づくと、爽やかに笑って声を投げた。

「やぁ、ここで会えるなんて、“運”がいいね?」
「イルキス!?」

 彼は微笑み、間に合ってよかったと息をついた。
 そんな彼に、デストリィは怒りを向ける。
「ひどい。わたしの玩具、勝手に自由にしないで」
「ひどいのはどっちの方さ」
 呆れたようにイルキスは呟き、フィレルたちを振り返る。
「さぁ、拘束は解けたよ。毒はまだ抜けてないかな? ならば……それ、これでもどうだい」
 言って、彼は懐から何かを取り出した。マッチと……不思議な、木の一部。イルキスが小皿を取り出して木片をその上に置き、マッチで火をつけた。すると間もなく、清浄な空気がその気から漂い、それを吸い込むと全身のだるさが一気に引いていくのをフィレルは感じた。
 毒が抜けるとすぐにロアは立ち上がり、剣を構えてデストリィを睨む。
 フィレルは驚きの目でイルキスを見た。
「すごい……。これ、何なの?」
「山の奥深くにしか生えないオルファ香さ。あらゆる毒を消し去る万能の霊木だよ」
 これで何とかなったかな? と彼は笑う。
 フィレルは恐る恐る立ち上がり、身体を動かしてみる。動いた。それを確認すると、フィレルは転がされた荷物に飛びつき、キャンバスを取り出した。絵筆とパレット、一部の絵の具はポケットにあるし水筒は装備している。
「ありがとー、イルキス! 助かったんだよー!」
「……助けは本当に嬉しいけれど、どうしてわたしたちを助けたの。ツウェルでは敵対したじゃない」
 フィラ・フィアは訝しげな表情を浮かべながらも立ち上がり、落ちていた錫杖を拾い上げ、封印の舞を舞う準備をする。
 そんな彼女の隣に立って、イルキスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あの時は確かに対立したけれど、今はぼく、きみたちが『本物』って信じてるし。それにさぁ、ぼくは風のように気まぐれなんだ。きみたちについていくの面白そうだと思って、ね」
 その目に諧謔《かいぎゃく》の光を浮かべ、笑うイルキス。
 そんな彼に向かって容赦なく白い刃が飛んだが、毒の抜けきったロアが剣を抜き放ち、それを防いだ。
「不意打ちを狙おうとしたのだろうが……させないぞ」
「……わたしの、玩具」
 デストリィの顔に強い怒りが浮かび、その瞳が赤く染まる。
「あなた、邪魔した。ならば壊してあげるよ、苦しめてあげるよ。わたし、容赦なんかしないんだよっ!」
 言って振った鎌の先、先ほどよりも圧倒的多数の白刃が浮かび、フィレルらに飛来する。流石のロアもこの量を一人で捌《さば》き切るのは無理だ。
 だが、今ここには、飛来する攻撃に対しては圧倒的な回避力を誇る特殊魔導士がいる。イルキスは真剣な目をして叫んだ。
「運命神《ファーテ》よ、ぼくに力を貸すならば今なんじゃないのかい!?」
 風も起こらない、何も起こらない。けれどその刹那、確かに感じた圧倒的な力の波動。それはファーテの力、運命神の力。イルキスと契約した、力ある神の力。
 幾千もの刃は一部はロアの剣に食い止められて砕け落ち、残りは奇跡的にもフィレルらを避けた軌道を取った。
 フィレルは呆然とした。この力、指運師の力。奇跡としか思えない力を駆使し、どんな矢も当たらなくしてしまうその力は確かに、状況によっては非常に有利な結果を味方にもたらしてくれるに違いない。
「……って、そんな場合じゃない! わたしは舞うわ。みんな、しばらく食い止めててッ!」
 同じく呆然としていたフィラ・フィアは不意に我に返り、封神の舞を舞い始める。しゃん、しゃん、と錫杖と身につけた鈴が鳴り、光でできた虹色の鎖が現れて、少しずつ実体を得ていく。
「間接攻撃は……無理? ああ、もうっ! みんな、わたしを怒らせるのは得意だね。わたしは無抵抗な生贄で遊ぶのが好きなのに……」
 苛立たしげに呟いたデストリィ。彼女の目が赤く光ったかと思われた、瞬間。
「あっさり殺してあげるね」
 彼女の身体が瞬間移動し、刹那の後にはイルキスの目の前にいた。驚いた顔のイルキスを彼女の大鎌が切り裂く。飛び散った血の飛沫。

Re: 魂込めのフィレル ( No.23 )
日時: 2019/07/04 10:25
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 だが、イルキスは笑っていた。その目に諧謔を浮かべながら。
 イルキスは幻影使いだ。そのことに気が付いたフィレルは、見る。イルキスを斬ったデストリィの背後、もう一人のイルキスが立っているのを。

 このイルキスが本物だ。

「もらった、よ!」
 イルキスの呼び出した水の竜巻はデストリィを包み込み、彼女を縛り、自由を奪う。同時、凄まじい勢いで回転する水はデストリィから酸素をも奪っていく。
 そんな彼に守られて、ついぞ完成した虹色の鎖。
 フィラ・フィアは銀の錫杖を、水に包まれた死の使いに向けた。
「覚悟しなさい、愉悦に狂った命の収穫者、デストリィ! 定められた命だけを奪っていればよかったのに、命を奪う楽しさに目覚めてしまったのが運の尽き! 悪いけれど、封じさせてもらうわね!」
 燦然と輝いた虹の鎖。
 が、
 不意に。
「…………ッ」
 イルキスが苦しげに膝を折った。水の竜巻が消滅し、死の使いが解放される。
 その顔は苦しみに歪められ、呼吸が荒く細く乱れている。「イルキス!?」フィラ・フィアの注意が逸れて、虹色の鎖の実体が薄れる。
 それを好機と見て、イルキスを殺さんと迫ったデストリィの鎌。
「させるかァッ!」
 ロアが吼え、デストリィとの距離を一気に詰める。が、あと一歩のところでロアの剣はデストリィの鎌に届かない。デストリィの顔に勝ち誇ったような笑みが浮かんだ。だが。
「……僕のことを忘れてなぁい?」
 その瞬間、完成したフィレルの絵。フィレルは即席で描いたくせに緻密な仕上がりになっている絵に触れた。触れたところが緑色に輝き、描かれた絵が実体化する。
 それは、青々とした、植物のつた
「いっけぇ!」
 蔦はフィレルの指示に従って、真っ直ぐに伸びていく。蔦はイルキスを切り殺さんとしたデストリィの鎌に巻き付き、辛うじてイルキスが傷付くのを防ぐ。
 それを見て安心したフィラ・フィアは舞を再開、今度こそ実体化した鎖はデストリィに巻きついた。
「……死の使いデストリィ、封印完了!」
 フィラ・フィアの声とともに巻きついた鎖は光を放ち、数瞬後にはその場には、煙水晶に覆われた神の姿があった。煙水晶はフィレルの蔦の一部も一緒に巻き込んでいた。
「……ふう。今回はイルキスが大活躍だったわね。
 ……って!」
 錫杖を振り、満足げに呟いたフィラ・フィア。彼女は微笑んだが、その時イルキスが具合悪そうにしていたことを思い出し、片膝をつき、乱れた呼吸を繰り返しているイルキスに駆け寄った。
「あなた、大丈夫? どこか悪いの?」
「……ここに来る前に毒矢を喰らってね。それ以降調子が悪いのさ」
 調子が悪くても、それでも笑おうとするイルキス。フィラ・フィアは困った顔をした。
「……そう。本当ならわたしの舞であなたを治療したいところなんだけれど……神様を封じた直後だし、ごめんなさい、今はもう力の舞を舞えそうにないの」
「大丈夫さ。休んでたら……何とか、なる」
 とりあえず、第二の封印は達成したね、とフィレルは笑った。
「じゃあさ、帰ろうよ! 帰ってさ、エーファの人たちを安心させちゃえー!」
「……だな。イルキス、よく頑張った。よく助けに来てくれたな。お前は休んでろ。町までオレが背負って行ってやる」
「……済まないね」
 申し訳なさそうなイルキスを、ロアが背負う。
 じゃあ帰りましょうとフィラ・フィアは言った。

  ◇

Re: 魂込めのフィレル ( No.24 )
日時: 2019/07/08 12:52
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

「デストリィは、最初は黄昏の主の命令を忠実に実行するだけの神様だったんだって」
「黄昏の主ぃ?」
「死の神様のことだ。それくらい知ってろ馬鹿」
 帰り道。フィレルらの応酬を隣に聞きながら、フィラ・フィアは今回の神様のことを訥々とつとつと語り出す。
「デストリィは忠実だった。デストリィは真面目だった。でもある日偶然、ある人間をひどい方法で殺してしまったときから、人を殺す楽しさに、弱きをいたぶる喜びに、目覚め始めた」
 彼女は、語る。
「そしてデストリィは黄昏の主の制御を離れ、好き勝手するようになった。黄昏の主もその息子カイも、そんなデストリィを放置して、誰も何とかしようとしなかった。そしてわたしが生まれたの」
 歩きながら、彼女は語る。
「黄昏の主もカイも、わたしが、わたしという神封じの存在が生まれたから、デストリィの処分はわたしに任せることにした。でもわたしは死んでしまった。だからあの神様はそれから長いこと、放置されることになってしまったのね」
 でも、と彼女は誇らしげに笑う。
「ようやく封じられたわ。ようやく封じられた。わたしは着実に、三千年前にやり残した仕事を終わらせてきてる」
「あとどれくらい封じればいいのさ?」
 フィレルの問いに、そうねと彼女は考え込む顔。
「戦呼ぶ騒乱の鷲、戦神ゼウデラでしょ、死者皇ライヴでしょ、生死の境を壊す者アークロアでしょ、無邪気なる天空神シェルファークでしょ、最悪の記憶の遊戯者フラックでしょ、運命を弄ぶ者フォルトゥーンでしょ……。
 あと六体? まだまだ道は長いわ」
 そっかぁ、とフィレルは頷いた。
「まぁ、地道に頑張ろーね!」
「そんなこと言ってられないわ。次の目的地は何処?」
「まぁそんなに焦りなさんな」
 ぶつぶつ言いだしたフィラ・フィアに、呆れたようにロアが声を掛けた。
「荒ぶる神々のせいで皆が被害を受けているのは解ってはいるが、こっちのスピードにも限度があるんだよ。焦っても何も始まらん。少し落ち着いたらどうだ」
「……それも、そうね」
 フィラ・フィアは不思議そうな眼でロアを見上げ、続いてフィレルを見、ロアに背負われているイルキスを見た。
「……不思議。あなたちといると、かつての仲間を思い出すの。ロアはエルステッドに似ているし、フィレルはレ・ラウィそっくり。イルキスは旅の序盤に散った、ユーリオ&ユレイオ双子にそっくりなの。ヴィンセントとシルークはいないけれど……」
 彼女の言葉に、フィレルはえっへんと胸を張った。
「ふふふっ、僕はレ・ラウィの子孫なんだよーっ! レ・ラウィと奥さんのルキアの間に神絵師ラキが生まれた。僕にはそんな英雄たちの血が流れているのさっ!」
「オレは記憶喪失の戦災孤児だから出自を覚えていないが、でも、唯一生き残ったエルステッドは、フィラ・フィアの死後、誰とも結婚しなかったと聞く。双子は言うに及ばずだ。だから真に英雄の血を引いていると言えるのは、そこのフィレルだけなんだ。オレやイルキスは……他人の空似だろう」
 そっか、とフィラ・フィアは頷いた。
 そうやって話している間に、エーファの町に着く。
 エーファの町の検問に会った時、一行は大いに驚かれた。
「生贄が……生きて、いる!?」
 驚く検問にフィラ・フィアは誇らしげに胸を張る。
「封神のフィラ・フィア、愉悦に狂った収穫者デストリィを、封印してきたわ。報告したい人たちがいるの。わかったならばさっさと通しなさい」
「封神のフィラ・フィア……? あなたが……?」
「疑うならば神殿に行けばいいわ。デストリィの形をした煙水晶がそこにある。それが、わたしが真にフィラ・フィアたる証」
「し、ししし失礼しましたっ!」
 検問の人はその場で大きくお辞儀をすると、一行を町の中に通してくれた。
 その先で、再会する。
「……どうして、生きてらっしゃるの」
 驚いたような顔をして、町の真ん中で固まったティラ。
 封じたんだよーっ、とフィレルは笑った。
「えっへん! 僕たちは強いんだからねーっ!」
「ああ、わたしはあなたちを責めないわ。仕方のない選択だって、わかっているもの。まぁ結果オーライだし、どうせすぐに新しい町へ旅立つから」
 フィラ・フィアの言葉に、青い顔をしてティラは黙り込むのみ。
 そんな彼女の隣から、天使のようなティムが現れて天使のような笑顔を浮かべた。
「旅の絵描きさん、本当にありがとう! お陰で姉さんも死なないで済みます。ひどいことしちゃってごめんなさい」
「大丈夫。だから結果オーライだってば」
 そんな少年にフィラ・フィアは優しく笑う。
「でも、もう二度と旅人を騙すなんてことはしてほしくないかな」
 ティムは強く頷いた。
「うん、しないよ。ぼく、絶対にしないよ!
 ……伝説の人、今、本当にここにいるんだね」
 そうよ、とフィラ・フィアの瞳に強い光が宿る。
「わたしはフィラ・フィア、封神のフィラ・フィア! 今は過去にやり残した仕事の続きをやろうとしているの。これで信じてくれたかしら?」
「うん!」
 少年の笑顔を見、一件落着と判断。別れの言葉を口にし、姉弟と別れた。
 今回はこの町の宿にお世話になることにする。次の目的地はのんびり話し合おうということになった。
 町にひとつだけある宿で、フィレルの地図を広げて相談する。その頃にはイルキスの体調も回復していた。
 そう言えば、とフィレルは首をかしげる。
「イルキスは今後、どうするのぉ?」
 言ったでしょ、と彼は笑った。
「ぼくは風のように気紛れなんだ。でね、きみたちのことを面白いと思ってね。ぼくは風来坊、旅をするのは大好きだし、きみたちさえ良かったら、封神の旅団に加えてもらいたいのだけれど?」
 その言葉に、フィラ・フィアは目を輝かせた。
「その申し出、ありがたいわ! わたしはいつでも歓迎よ。じゃあ、イルキスもついてきてくれるのね!」
 言っておくけれど、死ぬ可能性だってあるのよ? と言うフィラ・フィアの言葉に、覚悟の上さとイルキスは涼しい顔で答えた。
「でも、気になったからねぇ。この旅の結末がどうなるのか……ぼくはそれが見てみたい」
「じゃあ決まりね。ようこそイルキス、新生封神の旅団へ!」
 メンバーに新しい仲間が加わった。
 さて、とロアは言う。
「次はどうするんだ? 次に封じるのはどの神だ?」
 そうねぇ、と地図を見ながらフィラ・フィアは考え込む顔。
 彼女は地図に記された一つの町を指差した。
「次は、ここ。封じる神様は死者皇ライヴ」
 そこには「エルクェーテ」と書かれている。
 その町は、知る人ぞ知る、大きな魔道学校のある町だった。その魔道学校には、今後のシエランディアを担う、若く有望な学生が通っている。そんな町に、未来ある町に、荒ぶる神々の一角がいる。
「死者皇ライヴは死者を操る。単体じゃないからこれまでみたいには戦えないかもしれないわ」
 フィラ・フィアの言葉に、真剣な表情で一同は頷いた。

  ◇

Re: 魂込めのフィレル ( No.25 )
日時: 2019/07/10 10:45
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


【間章 動乱のイグニシィン】


 時はさかのぼる。

「終わりだよ、裏切りのエイル」
 現実となれ。ファレルの解放された言霊使いの力が彼女に迫った。
 彼が力で彼女を動けなくしたから、彼女はもう死を待つしかない。
 エイルはその目に悲しみを浮かべながらもファレルを見た。全てを理解しているという顔だった。
 最後に、とファレルは問うた。
「君はどうして、僕らを裏切ったんだい?」
「……『お母さま』が」
 彼女はぽつりと呟いた。
「『お母さま』が、わたしに命じたんだ。みんなみんな殺しちゃえって。そうすればわたしを愛してくれるって。わたしに本当の愛をくれるって」
 その言葉に、ファレルは悲しそうな顔をした。
「『お母さま』が誰かは知らないけれど……僕らでは、君の居場所になれなかったのかな。僕はねぇ、この城の人間全てを僕の家族だと思うようにしていた。実際そのように振る舞ったし、リフィアもエイルも旅立ったロアも、血の繋がりこそないけれど家族だと思っているんだよ。それでは足りなかったのかい? 僕の愛では、君の心を満たせなかったのかい?」
 エイルはうつむいて唇を噛んだ。
「ファレル様の愛や優しさは知ってる。でもわたしの一番はファレル様じゃないし、大親友のリフィアでもないの。遠い昔、わたしを地獄から救ってくれた『お母さま』だけ。わたしは『お母さま』の命令でここにいる。『お母さま』の言葉になら、何にだって従う」
 彼女は『お母さま』に盲従していた。
「誰もわたしを見てくれなかった。誰もわたしをあいしてくれなかった。みんながみんな、この特異な見た目のわたしを気味悪がるだけ。でも『お母さま』は違ったんだ。『お母さま』は最初から、わたしを愛してくれたんだ。だからわたしは『お母さま』に従うの。それだけ」
「……あたしと仲良しだったのも、その人に命じられてのことなの?」
「違うよリフィア。わたしはあなたと友達になりたかったの。でもできなかった、それだけ」
 リフィアの言葉に首を振る。
 さぁ、と彼女は赤い瞳でファレルを見た。青いショートボブの髪が、揺れる。
「任務は失敗。帰ったら怒られちゃうよ、嫌われちゃうよ、酷い目に遭っちゃうよ。だからそうなる前に殺してよ、ファレル様」
「……ここに居続けることは、出来ないのかい?」
「無理。わたしと一緒に来てた男たち、『お母さま』の仲間。あの人たちならわたしを殺すことなんて造作ないし、それにずっとここにいたらファレル様たちが危険だよ」
 わたしに未来なんてないんだよ、とどこまでも淡々と。
 ファレルは溜め息をつき、目を閉じた。彼の周囲に濃密な魔力が集まる。
 そんな彼にリフィアはしがみついて叫んだ。
「駄目、駄目だよファレル様ぁっ! エイルちゃんはまだ——!」「息絶えよ、エイル。——現実となれ」
 が、問答無用でファレルは“言葉”を発した。彼の周囲ですさまじいほどの魔力が膨れ上がり、問答無用でエイルを襲い、彼女を亡骸に変えた。リフィアの瞳から涙が流れる。
 ファレルはそんなリフィアの頭を優しく撫でてやりながらも、幼い子に諭すような調子で言った。
「仕方のないことだったんだよ。彼女はもう、殺してやるしか幸せになる術はなかった」
「……ファレル様は……平気、なの?」
 涙をこぼしながらもリフィアは問うた。ああ、とファレルは淡々と答える。
「悲しいとか辛いとか、そんな感情はずっと昔に封じた。僕が人殺しをしたのは初めてじゃないし、今回はその相手が僕の家族だったってだけさ」
「……ファレル様は、もしも相手がフィレルとかロアだったとしても、場合によっては殺せるの?」
「場合によっては、ね。ああ、勘違いをさせないために言っておくけれど、僕は周囲から受ける印象ほど聖人君子ってわけではないし善人でもない。だからエイルを殺しても、リフィアほど心は痛まない」
 そう、とリフィアは頷いた。
 流れる涙は止まらない。
「あたし、さ……エイルちゃん、大親友だって思ってた。何があっても、これから先ずっと一緒にいるんだって思ってた。それがこんなことになって、さ……。辛いよ、悲しい、よ……」
 人はいつしか死ぬものだよ、とファレルは言う。
「だから涙を拭いて。ケーキとか吹っ飛んじゃったし、後片付けしないと。折角の御馳走が台無しになっちゃったね。フィレル達はうまく逃げられたかなぁ」
 言いつつ、彼は次の作業に取り掛かろうとするが。
 エイルの亡骸が、彼の記憶の中の誰かと重なった。
 それはずっと封じていた記憶。彼が壊れた原因である、遠い遠い日の記憶。
 あの日、彼の母親は殺されたのだ——。
 思い出すまい、強くこらえて、彼は自分を守るために、こうせざるを得なかった。
「意識よ……消え、よ」
 呟けば、彼に言霊が応じた。
 そして彼の意識は闇に包まれる。
「ファレル様!?」
 リフィアの悲鳴が遠くに聞こえた。

  ◇

Re: 魂込めのフィレル ( No.26 )
日時: 2019/07/14 13:19
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 

 穏やかな光の中、ファレルは目を覚ます。
 そこは彼の部屋だった。彼の眠っていたベッドの横には、椅子の上でリフィアが目を閉じていた。あの後、彼女が後始末をし、ファレルをここまで運び、ずっと傍にいてくれたらしい。申し訳ないことをしたなとファレルは思ったが、あの時、あれしか最善の策は無かったのだ。
 ファレルはそっと身を起こす。トラウマの記憶は心の奥に封じ込めた。それに付随する言霊使いの力も一緒に封じ込められたが、仕方あるまい。彼が力を使うことは、最悪の場合彼自身を壊しかねない、非常にリスキーなことなのだ。
「さて、これからどうするか……」
 ファレルとリフィア。二人だけならばきっと生きていけるだろう。変わらぬ毎日を過ごしながら、フィレルたちの帰りを待つ。騒がしい弟がいないと毎日は非常に退屈になるだろうが、フィレルには果たすべき責任があるのだ、仕方ない。
「う……ん……」
 身動きしたファレルに気付いたのか、リフィアが目覚めて大きく伸びをする。彼女は「うー、寝違えたー」などとぼやきながらも目をこすり、ファレルに焦点を合わせた。その顔が輝く。目が一気に覚めたようだ。
「あ、ファレル様! 起きたのね! おはよーございまーっす! 体調、大丈夫?」
「ああ、おはよう、リフィア。うーん……ちょっと頭痛がするけれど、まぁいつものことだし、あまり気にしなくていいかな。リフィアはさ、僕が倒れた後にどうしたんだい?」
「町の人呼んで後片付け手伝ってもらいましたぁ! 毒物もあるし、流石にあたし一人じゃ無理だわ。……エイルちゃんね、あたし一人で弔って、お城の前のイチイの木の下に埋めたの。それで疲れちゃって寝ちゃったのね」
 彼女の顔には、疲れがあった。
 ファレルは穏やかに微笑んで、言う。
「昨日はよく頑張ってくれたね。今日は料理とか僕が作るからさ、君は一日中休んでいていいよ」
 ファレルの言葉にリフィアは驚いた顔をし、全力で首を横に振る。
「ええっ、そんな! ファレル様をあたしの代わりに働かせるとか罰が当たるわよ!」
「メイドには休みがない。君だって、時には休んでもいいと思うんだけどなぁ」
 とんでもないと彼女は首を振る。
「領主さまは領主さまとしてしっかり責任を果たしているからそれでいいの。領主さまに代わりなんていないけれど、メイドなんて誰だって代われる存在でしょ? だからあたしはそれでいいの!」
 僕だって何かしたいんだけどなぁ、とぼやくファレルに、ファレル様は優しすぎるんだからとリフィアは呆れた顔。
「とりあえず万事あたしに任せなさい。そーだ、フィレルたちの話、何か掴めたら町で聞いてくるわね。今日は町にお買い物に出かけなきゃだし、そのついでね。ファレル様は何もしなくていいの。だってファレル様はあたしたちに居場所をくれたじゃない。それだけでいいのよ」
 言って、行ってきまぁすと彼女は足早にファレルの部屋を出る。
 そんな彼女を、複雑な顔でファレルは見ていた。

  ◇

 昨日は流せなかった涙。大好きだったエイルへの涙。
 一人になったら流せるだろうか? 思って、城の外へ駆けだして、近くの森の木に頭を押し当ててリフィアは泣いた。昨日は忙しかったからそんな暇なんてなかったけれど、エイルのことを思えばちゃんと泣けた。
「エイルちゃん……どうし、て……」
 理由は昨日、説明してくれたけれど。
 それを頭では理解できるけれど、感情は納得していなかった。
 初めて出来た友人なのだ、同年代の友人なのだ。そんな友人にいきなり裏切られて敬愛する人物に殺されて、悲しくないはずがないのだ。
 そうやって、泣いていたら。
 掛けられた、声。
「どうしたんだ?」
 そこにいたのは青髪赤眼の、
「……エイル、ちゃん?」
「どうして妹の名を知っている?」
 それが、彼と彼女との出会いだった。
 エイルとよく似た外見の青年は、不思議そうにリフィアを見ていた。

  ◇


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