複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】
日時: 2022/02/27 19:44
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

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Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.55 )
日時: 2022/05/21 18:58
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月14日 午前7時31分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所

 ダウニング街を一望できる窓を背にエドワードは椅子に腰かけ、今日で3本目の煙草を灰皿に押し付け、新聞を片手に紅茶を嗜む。彼は機嫌がいいのか、嬉しそうに鼻歌を歌い、音楽のリズムに合わせ机に指で叩く。

「--エドワードさん。書類の片づけが終わりましたよ・・・・・・」

 物置部屋から助手のクリフォードが姿を現し、仕事の終わりを伝えた。気分が高揚した探偵とは裏腹に活気がなく、深く落ち込んだ様子だ。彼だけじゃない。珍しく事務所に訪れていた旧友のアメリアもそれに近い呆れた表情を繕い、美味しくなさそうに冷めた紅茶を啜る。

「しかし、イギリス一の名探偵が恋人を差し置いて不倫なんてね・・・・・・流石の私も笑えないよ。あんたは昔からの付き合いだから、この衝撃的事実を記者に売ろうなんて思わないけどね。だけどエド、あんたはそこまで女癖が悪い男だったのかい?」

「お前もロザンナと同じ皮肉を言わないでくれ。俺はただ、紳士としての役目を全うしただけだ。一線も越えてはいないし、誓って疚しい事はしてないぞ。俺はどんな時だってリディア一筋、エリーゼは世界に2人といない美貌の持ち主と言えるが、浮気しようなんてこれっぽっちも考えてない」

「--どうだかねぇ・・・・・・」

 アメリアは、まるっきり信用していない口調で蔑んだ視線をエドワードに送る。

「--こんな事言いたくないですけど、僕もエドワードさんの行為には感心できません。昨日の事をリディアさんが知ったらあの人はどう思うか・・・・・・例え、一線を越えなくても親しくもない女性と娯楽的に過ごすなんて、そんなの不倫同然です。どんなに強く頼まれても、心を鬼にして誘いを断るべきでした。大切な人を裏切らず、間違っている事は絶対にしない・・・・・・エドワードさんには、そういう紳士でいてほしかったです」

 クリフォードも表情は弱々しいが口調を強く、自身の思いを訴えかける。

「クリフォードが一番正しい事を言ってるよ。エド。人々から求められる有能な人材なら、紳士としてのプライドくらい守りな・・・・・・で、そもそもウェスト・ブロンプトンの令嬢エリーゼとはどのようにして出会ったの?詳しい経緯を教えてくれない?」

 エドワードはぼんやりと天井を見上げ、昨日の記憶を遡った。

「--エリーゼとの出会いはテムズ川の桟橋で煙草を吸っていたところから始まった。彼女から声をかけられた事がきっかけで、互いの素性を明かし、少しばかり話をしたんだ。リディアとクリフォードを待たせてはいけないとレストランに戻ろうとした別れ際に、"オックスフォード・ストリートで待ってる"と記した包み紙のチョコレートを手渡された。そして、俺はそのメッセージを偶然見つけ、エリーゼと再会。昨日の事に至ったわけだ」

 クリフォードは聞きたくなかったと言わんばかりにため息をつく。

「--なるほどね。そこであんたは怪しいとは思わなかったの?」
「ああ、会話に紛れて彼女の表情を窺ったが、悪意は微塵も感じ取れなかった。醜悪な心を秘めた人間なら、嫌でも俺の長年の観察力が見破ってしまうからな」

 アメリアは腕を組み、"ますます怪しい"と更に深い疑惑を抱く。

「だとしても、やっぱり変だよ。エリーゼはメッセージ入りのチョコレートを予め用意していたんだよ?つまり、彼女に誘われた男はエド、あんただけじゃなかったって事だ。しかも、あの女と関わった人間は全員、不審死を遂げるとか行方不明になるという最悪の末路を辿っている。これ以上関係を深めれば、いずれあんたも消されるかも知れないよ?」

「なんだなんだ。お前もそんな、確証もない事を鵜呑みにしているのか?」
「私もあの女に関しては、いい噂を聞かない。誰に聞いても死神だの、花束にナイフを隠した女だの。そんな風なものばかりだった」
「関わった人間は全員死ぬ・・・・・・そこまで危険な人物なのに何故、警察はエリーゼを逮捕しないんですか?」

 クリフォードも不思議に思い、疑問を投げかけると

「あの女はロンドンでも1、2を争えるほどの大貴族で多くもの特権階級や政治関係者と繋がっているんだよ。だから、警察も政府も下手に手が出せない。それに今、エドワードが言ったように彼女が殺人を犯してる確証がないんだ。物的証拠を見つけない限り、エリーゼを逮捕するのは絶対に不可能だね」

 アメリアは腕と脚を組んで、エリーゼが俗世間にのさばる理由を淡々と述べる。

「そもそも、エリーゼが陰惨だという噂を前々から知っていたんだろう?お前の情報収集技術を生かして、彼女の事を調べ上げようと思わなかったのか?」

 エドワードが少し突っかかりながら聞くが

「エリーゼの危険な噂は前々から耳にしていたけど、エドから話をされるまでは興味がなかったからね。パートナーの前で弱音を吐くのも嫌だけど・・・・・・私の経験上、ああいうタイプが1番たちが悪い。表では美貌と大金を提げてはいるものの、裏で殺し屋を雇い、邪魔な人間を消してきた貴族令嬢をたくさん知ってる。きっと、エリーゼも例外じゃない。ここは1つ、また手を組む気はないかい?」

「お前と知り合ってから、その変わりばえのしない台詞を何度、聞かされた事か・・・・・・今度は何を企んでいる?」
「私とエドでエリーゼが黒だという証拠を探し出すんだ。あの女を野放しにしていたら、犠牲は増え続けるだろうね。私達の使命はロンドンを犯罪から守る事でしょ?」

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.56 )
日時: 2022/06/04 21:17
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 さっきの弱腰と裏腹の態度にエドワードは呆れ果て

「さっきの弱音はどうした?エリーゼに対する詮索は絶対に避けたいという言い草に聞こえてたんだが・・・・・・?」

「当時は優秀な部下が大勢いても、頼れる相棒まではいなかったからね。エド、あんたほど私に適したパートナーはいない。あんたと一緒ならどんなに無慈悲で残虐な犯罪者を相手にしても恐くない。人生を救ってくれた恩人の役に立つ事が私の最高の誇りなんだ。そして、エリーゼを社会から引きずり下ろしたいのは、もう1つ理由があるからさ」

「--もう1つの理由?」

 アメリアはより真剣な眼差しになって

「リディアだよ。殺人狂かも知れない令嬢に見初められ、蔑ろにされたんじゃ、あの子があまりにも可哀想だ。エド、あんたは彼女しかいないんでしょ?共に犯罪と戦い、互いに喜びや悲しみを分かち合った・・・・・・そんな彼女との絆を全て台無しにする気かい?もし、その選択を選ぶなら私はあんたを一生軽蔑する。そんなの、私が知ってるエドじゃないからね」

「--アメリア・・・・・・まさか、お前がこんなにも俺とあいつの事を思ってくれていたなんて・・・・・・」

「僕もアメリアさんと同じ気持ちです。エドワードさんは助手も友人も恋人も裏切らない人だと信じています。その優しさ、誠実さが僕の目標でした。今でもそうであり続けさせて下さい。淀みのない純粋なイギリス一の探偵でいて下さい」

 クリフォードも懸命に誠意を促す。

「--クリフォード・・・・・・ふぅ、そうか・・・・・・お前も俺を裏切らないんだな・・・・・・俺が間違っていた・・・・・・こんな簡単な過ちにも気づけず、恋人を差し置いて仲間を失望させてしまうとは・・・・・・俺もまだまだ、人間として青いという事を思い知らされたよ・・・・・・」

「生きてれば人間だれしも、大きなミスは犯すものさ。もし、心から反省しているのなら償えばいいんだ。まだ、間に合うよ」
「僕も喜んで協力します。だって、僕はイギリス一の助手なんですから」

 自身に味方する2人の思いに探偵は相好を崩し、やる気に満ちた表情を見せた。

「決まりだな。俺達でエリーゼの裏を明かしてやろう。だが、まずはどこから始めるかが問題だ。あれだけの悪事を働いておきながら、表沙汰にならないくらいだ。弱みを握るのは至難の業だろう。流石の俺も、すぐにはいい提案は浮かびそうもない」

「情報集めは探偵じゃなく、素直に情報屋に任せておきな。優秀な部下を何人も動かして必ず尻尾を掴んでみせるから」

 アメリアが我先にと協力を約束する。

「すまないな。今回もお前の手を借りさせてもらうとするか」
「じゃあ、エドワードさん。僕達はエリーゼと親しい人物、関りのある人物に聞き込みをしてみましょう。何か有力な情報を得られるかも知れません」
「そうだな。だが、時間も時間だからこの件の捜査は明日にしよう。アメリア、お前だって日頃の仕事で疲れてるだろう?そろそろ、ストランドに帰って英気を養ったらどうだ?」

 アメリアは余裕の面持ちを浮かべ、口角を上へと引きつり

「私はまだ若い。夜明けになっても働いていられるさ。でもまあ、今日は休む事が正しい選択かな。明日はあんたに任された大仕事が待ってるんだからね」

 そう言って、彼女はすっかり冷めた余りの紅茶を飲み干し、ソファーから立つ。もてなしをしてくれたクリフォードに短く感謝の言葉を送ると、外へと続く事務所の扉を開けた。

「明日になったら、私も情報を集める。大船の乗ったつもりで期待していなよ?」

 と自信に溢れた台詞をさよならの挨拶代わりに、彼女は事務所を後にした。階段を降りていく足音もやがて聞こえなくなる。


 アメリアとの別れから2時間あまりが経過し、窓の外は夕暮れの色もない夜の光景が広がる。窓の暗い家々が並び、街は静まり返っていた。エドワードは机に向かい手際よく書類をまとめている中、寝間着姿のクリフォードがやって来て眠そうに欠伸をする。

「エドワードさん、僕はもう寝ますね?」
「ああ、残っているのは俺ができる仕事だけだから、先にベッドに入ってていいぞ?明日は忙しくなるからな」
「お休みなさい」

 エドワードは簡単に"お休み"と返事を返し、再び残った残業に集中する。またしばらく時間が過ぎた頃、ふいに扉の向こうから誰かの足音が聞こえてきた。階段を辿るその誰かは事務所の扉の前で立ち止まり、気配のない静かな空気が漂う。怪しげな展開に探偵の表情が曇り、右手を拳銃がしまってある棚に伸ばす。

「--こんな夜遅くにどなたですか・・・・・・?」

 顔を上げたエドワードは注意を払い、声をかけた。しかし、扉の向こうにいる相手は返事をするどころか、ノックすらもしない。もう一度問いかけようとした時、ポストから1通の封筒が舞い落ちる。渡したい物を届けた謎の訪問者はすぐさま去って行った。

 エドワードは席を立つと扉の方まで行き、封筒を拾う。蓋を破き、中身の手紙を取り出すと書かれていた文字を読み上げた。

「--これは・・・・・・」

 その内容に探偵は切ない表情を作り、読み終えた手紙を折り畳んだ。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.57 )
日時: 2022/06/23 18:36
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月14日 午後10時43分 ウェスト・ブロンプトン ブロンプトン墓地

 夜の下に墓地があって、石造りの十字架が並ぶ。黒い木が揺れ葉を落としながら、静かな音を奏で、暗闇の濡れた空気が寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 古びた墓石に囲まれ、呆然と立ち尽くす1人の女が。年齢は20代を迎えたばかりでしっかりと整えられ、一部を結った白練りの髪を生やしていた。透き通った肌の色も、つぶらな緑眼も美しく、精悍な顔を持つ。白い制服に似た上着に白黒のスカート。一輪の白い花を祈った形の手で握っていた。

 ふと、背後から次第に聞こえが大きくなる足音に背中を翻すと彼女は嬉しそうに、そして、どこか寂しげな顔を緩めた。

「エドワード・・・・・・」

 エリーゼは探偵の名を呼ぶ。

「真夜中の急な誘いは非常識な行為だ。手紙を読んだ時、行こうか行かないか、迷ってしまったぞ」
「ふふっ。でもあなたは私の望みを叶える事を選んだ」

 エリーゼは相好を崩し、エドワードに歩み寄る。探偵もこれから悪事を暴こうとする容疑者に対し、同じ表情を繕った。

「用があるのはいいとして・・・・・・何故、よりにもよって墓地を選んだんだ?白が似合う貴族令嬢とのデートの舞台としてはあまりにも黒く雰囲気の悪い場所だぞ?」
「街中は落ち着かないの・・・・・・ここなら誰も来ないし、あなたとゆっくり話ができると思ったから・・・・・・ねえ?少し歩かない?」

 2人は墓地の周辺を散歩する。そしてまた、色々な会話で夢中になる。束の間の幸福に満ちた愉快な笑い声が暗い墓地を明るく包んでいた。

「--生まれて20年、たくさんの紳士に出逢い、魅力を感じたけど・・・・・・エドワード、あなたが誰よりも私の心を魅了したわ」

 エリーゼは頬を赤く、探偵と互いに腕を組んで体に寄り添う。エドワードは照れた感情を露にせず"そうか・・・・・・"と静かな返事を返した。葉と枝の亀裂から月の光が差し込む木の真下に差しかかった頃、2人は対面する。偶然に吹いた涼しい夜風に髪がなびく。

「--ねえ?お願い。ずっと私の傍にいて?あなたがいない人生なんて荒野を眺めるよりつまらない・・・・・・」

 必死に自身の好意を訴えるが、返事は

「それはできない」

 冗談を感じさせない冷たい一言。エドワードは、きっぱりと断りを告げた。

「どうして・・・・・・!?」

 想いを裏切られ、泣き出す一線を越えてしまいそうになるエリーゼ。エドワードは"すまない"と切ない目つきで甘い情を押し殺した。

「お前に対する俺の愛は海の底よりも深い。だが、リディアへの愛は物や形で測れるものではない。俺は生涯かけて、あいつのパートナーとして生きて行かなければならないんだ」
「どうしても・・・・・・?」
「ああ。どんなに大切な人でも、譲れない物がある」

 その揺るがない信念にエリーゼは敵わないと悟ったのか、諦める兆しを見せた。合った視線を斜めに逸らし、落ち込んだ表情を俯かせる。エドワードも分かってくれたのだと、気を緩めた途端

「--っ!」

 探偵の胸に軽い衝撃が伝わった。勢いにのけ反り、ぶつかった何かを払い除けようとしたが、背中に温かい感触が絡んで離れない。彼女に抱きつかれたのだと、その時知った。

 エリーゼは何も言わなかった。ただ、目が潤った美顔を近づけ、そっと唇に唇を重ねる。エドワードも実る事はない最後の愛情を素直に受け止めた。

「--さようなら・・・・・・」

 愛しい人の頬を撫でるエリーゼ。彼女は別れを告げ、彼に触れるのをやめると泣いた顔を隠し、墓地から去って行った。


「--エドワード・・・・・・」


 ふいに今度は墓地にいた、もう1人の誰かがエドワードを呼ぶ。決して優しくはない口調の聞き慣れた異性の声。今の彼にとって、最も会ってはいけない相手だった。

「--リ、リディア・・・・・・!?」

 エドワードは驚きを隠せず、彼女を映した瞳孔を閉ざす。激しい後悔が心の芯まで蝕んだ。

「偶然、ただならぬ様子で夜道を歩くあなたを見つけたから、こっそりと後をつけてたの。まさか、こんなにも素晴らしい名場面を目撃してしまうなんてね・・・・・・感激のドラマだったわ」
「リディア、違うんだ・・・・・・!」

 探偵は彼女を宥めようと事情を説明しようとするが

「--違う?何が違うの?」

 リディアは言い訳なんて、微塵も聞きたくなかった。込み上げた失望と悔しさを抱え、結膜に血を浮き上がらせながら、こちらへ押し寄せる。ギリギリと歯を噛みしめ、振り上げた手の平を力任せに煽った。

 静寂に響く渇いた音。頬を打たれ、エドワードは強引に顔を横向きに逸らされた。一瞬の激痛、赤く色づいた肌は徐々に痛みを増す。

「--信じてたのに・・・・・・テムズ川で言ったあの時の言葉は嘘だったのね・・・・・・」
「嘘じゃない。リディア、俺は・・・・・・!」
「何も聞きたくないわ!長年、共に命を懸けたパートナーなんて本当はどうでもよくて、結局は綺麗な格好をしたお金持ちのお嬢様がいいってわけ!?」
「違うんだ!話を聞いてくれ!」
「聞きたくない!疑いの破片もなかった愛を裏切られ、目の前で口づけを見せつけられた私の気持ちが分かるの!?もう、誰を信じればいいのよっ!!?」

 リディアは絶望という思いを吐き出し、とうとう号泣してしまう。恋人の苦しみにエドワードはただ、その不幸な光景を眺める事しかできなかった。

「--ぐすっ・・・・・・もう・・・・・・」

 悲しみ暮れた心持ちが微かに静まった頃、リディアが言葉を放つ。

「二度と私に近づかないで・・・・・・仕事で一緒になっても、あなたは最早、赤の他人よ・・・・・・」

 絶縁を別れ際に彼女もエリーゼと同様、エドワードの元を去って行く。残った涙を拭い、その姿は木の影に遮られ見えなくなった。探偵が1人、死が蔓延る世界に孤独に取り残される。

「--お前の言う通りだ。何もかも全部、俺が悪い。俺は最低な男だ・・・・・・だが、どんなに憎まれても、裏切りのレッテルを張られても・・・・・・リディア、俺にはお前しかいない。必ず、エリーゼの闇を暴いて、事件の闇もこの誤解も晴らしてやる。必ず迎えに行くから、その時まで待っててくれ・・・・・・!」

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.58 )
日時: 2022/07/06 21:05
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月15日 午前9時3分 ダウニング街 サリヴァン探偵事務所

エドワードはウェスト・ブロンプトンに留まり、一夜を過ごす。翌日、街で馬車を拾い、ダウニング街へと帰宅したのだった。

「昨日は夜も遅く、ウェスト・ブロンプトンのホテルで一夜を過ごす事になったが・・・・・・クリフォードにも連絡していたし、ちゃんと1人で過ごしている事だろう」

 エドワードは長い独り言を呟くと、ポーチから1通の封筒を取り出し、真剣に眺めた。四角い形をした白い封筒で赤い封蝋で留められている。

「昨日、エリーゼに抱きつかれていた隙に彼女の鞄からスリ取った。中身を確認したところ、何故か暗号文が記されていた。普通なら、こんな手紙は書かない。あの女は、よほど知られたくない秘密を隠しているようだな。   一か八かの賭けだったが、どうやら運は俺に味方してくれたようだ。手紙の内容は事務所でゆっくりと解読するとしよう」

 エドワードは暗号文が封筒をしまうと、事務所の階段を上り、ドアのノックする。

「クリフォード。今、帰ったぞ。昨日は急な用事とはいえ、1人にさせて悪かったな。ドアを開けてくれないか?」

 しかし、内側からの返事はなく、足音が近づいてくる様子もない。

「--クリフォード?開けてくれないか?」

 二度呼んでも、やはり結果は同じだった。

「あいつも出かけているのか?」

 そう思い、ドアノブを回すと扉が開いていた。違和感を感じたエドワードは右手を銃に伸ばし、慎重に事務所へと足を踏み入れる。部屋は普段通りの形を保っていた。

 だが、そこで意外な人物と遭遇する。それは彼のよく知る人物で見慣れた机の手前で立ち尽くしていた。深刻さを物語った表情を振り返らせ、エドワードと対面する。

「アメリア?」
「--ごめん、エド・・・・・・」

 アメリアは短い謝罪を零し、困惑した面持ちでこちらを目視する。

「--どうした?いつものお前らしくないぞ?クリフォードはどうしたんだ?」


「あら、もしかしてこの子の事かしら?」


 ふいに横から聞き覚えのある声が質問に答えた。エドワードは違う方向へ視線を移すと、部屋の至る別室から黒ずくめの服装をした体格のいい男達がゾロゾロと湧いて出る。彼らは探偵を取り囲むと1人は出入り口に立ち塞がり、完全に逃げ場を遮る。そして、昨日会ったばかりのエリーゼとその手下に銃口を当てられたクリフォードが姿を見せた。

「--エ、エドワードさん・・・・・・」

 恐怖に戦いた助手が泣きじゃくんだ顔で助けを求める。

「クリフォード!」

 最悪な非常事態にエドワードは叫んだ。今すぐにでも駆けつけたかったが、近づこうにも近づけない。

「エリーゼ!これはどういう事だ!?」

「--どういう事って・・・・・・こんな事態を招いた原因は自分の胸に聞いた方がよろしいのでは?」

 エリーゼは台詞に皮肉を混ぜ、逆に聞き返す。

「昨日、告白をふいにした逆恨みか・・・・・・?だったら素直に謝るから、こんな真似はしないでくれ」
「違うわ。あなたみたいな品のない男に惚れる女なんてロンドンのどこを探してもいないでしょう?まあ、昨日という事だけは合ってるけど?」

 エリーゼはこれまで繕っていた穏やかな面影を捨て

「私、嘘をついたり惚けたりする男が1番嫌いなの。素直になれないなら、私も理性を捨ててしまおうかしら?もしかして、この子を殺したら正直者になってくれるのかしら?」

「ひいっ・・・・・・!」

 傍にいた手下は殺意しかない形相で銃口を強く、クリフォードに押し付ける。指をかけた引き金を半分引き、警告を促した。

「分かった!落ち着け!悪いのは全部、俺だ。その子やアメリアは一切関係ない。頼むから、2人には危害を加えないでくれ」

 増していく危険性にエドワードは観念し、正直に白状した。昨日、スリ取った暗号文の封筒を取り出し、持ち主に見えるようにかざす。

「面白い事が書いてあったでしょ?」
「さあな。中身は読んでないから安心しろ。こう見えても、プライバシーは守る主義でね」

 実に不快そうにエリーゼは顔の仕草だけで命令し、手下の1人に封筒を奪わせる。男はエドワードから奪った物を取り上げると、途端に腹部目掛けて硬い拳を打ち込んだ。耐え難い痛感に探偵は倒れ、苦しそうに咳を吐き散らす。

「この私を侮辱した罪は重いわよ?さて、どんな罰を受けてもらおうかしら?」

 エリーゼは奪い返した封筒を鞄にしまい、苦しむ様を愉しそうに眺める。その目は温和だが、蔑みの色をしていた。

 エドワードはエリーゼを睨み

「--待て・・・・・・殺したいなら、俺だけを殺せ・・・・・・!手紙だって返したし、これだけやり返したんだ・・・・・・気が済んだだろ?こんな事、もうやめにしないか・・・・・・?」

 不利な命乞いにぷっと吹き出し、エリーゼは嘲笑った。悪意に満ちたせせら笑いが探偵の部屋の一帯に響く。手下の男達も同じ感情がこもっているであろう笑みでエドワードの身柄を拘束する。

「もしかして、許してくれることを望んでいるのかしら?お生憎様、私を敵に回して、この程度で済むと思っているなんて・・・・・・邪魔な存在は死ぬまで追い詰める。それが私のやり方なの。まあ、どの道あなたには消えてもらうつもりだったけど」

 手下が銃口を遠ざけ、グリップで人質の頭を強打する。"がっ・・・・・・!"と痛感表現を漏らし、倒れ込むクリフォード。

「--よせっ!!」

 真っ青になって叫んだ途端、自身の後頭部にも衝撃が走った。視界に映る全てがぼやけ、意識が薄れていく中、エリーゼの言葉が脳内で木霊する。


『"・・・・・・さようなら、愚かなエドワード。あなたとの出会いは人生最高の屈辱だったわ。お仲間さんと仲良くあの世に行きなさい。存分に後悔し、もがき苦しみながらね・・・・・・』

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.59 )
日時: 2022/07/25 19:56
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 月日??? 時刻??? 場所???
 意識が回復し、目を開くと視界がぼやける。最初に感じたのは後頭部の痛み、次に思ったのは時間の経過だった。

「--う、うう・・・・・・」

 エドワードは苦しそうに唸って、目覚めたばかりのふらつきを味わう。目をショボショボさせながら立ち上がろうとしたが・・・・・・何故か両手が腰に回され、自由が利かず足も思い通りに動かない。

「--こ、ここは・・・・・・」

 エドワードは今、自分がどこにいるのか全く把握できなかった。狭い部屋に閉じ込められいるみたいが、窓が灰色に濁り外が確認できない。妙な事に、その部屋はぶくぶくと液体の音を立て、複雑に揺れている。

 やがて、目の霞が次第に晴れていく。目の前には、まだ失神しているクリフォードとアメリアがいた。2人もエドワードと同様に体をきつく拘束されている。

「おい!クリフォード!・・・・・・アメリア!起きろ!」
「--うう・・・・・・」 「--うんん・・・・・・ん?」

 呼び声をかけられ、2人は眠りから覚める。エドワードの有様を視界に入れた途端、事務所での出来事を思い出し、焦りを抱いた。そして、自身が置かれた状況にも。

「--僕達、どうして縛られて・・・・・・!」

 クリフォードは力任せに暴れようとするも、手首に絡みついた鎖は固く、びくともしない。

「あの女、気絶した私達を監禁したみたいだね。というかさ・・・・・・ここ、どこなんだい?一応、あんたもクリフォードも生きてるみたいだし・・・・・・あの世ってわけじゃなさそうだけど?」

 3人は嫌な予感を募らせながら、窓の外を覗くとガラスがピシッと音を立て、ひびが入った。内側に漏れた水が足元に溜まる。切れ目から泡が浮かんで、上へと上っていく。

「--え?ここ・・・・・・もしかして、水の中・・・・・・?」

 クリフォードが声を震わせ、アメリアは実に落ち着いた態度で

「あ~あ、こりゃまずいね・・・・・・」

 エドワード達が閉じ込められていたのは、馬のない馬車だった。それがどこかも分からない水の底に沈んでいたのだ。為す術なく、3人が溺れるのも時間の問題である。

「--だっ、誰かっ!!誰か助けてぇ!!誰かあ!!」

 クリフォードはパニックに陥り、届くはずもない助けをわめき続ける。

「私達の後始末に、こんな猟奇的なやり方を選ぶなんてね。あのエリーゼという女、関わらない方が正解だった。エド、あんたと一緒にいると命がいくつあっても足りないよ・・・・・・」

 先に立たない後悔にアメリアは文句とため息をつく。

「嫌だぁ!!死にたくない!!誰かぁ!!」

「これだけの人数を運び出すのに、わざわざ遠方の湖に沈めるとは考えにくい。恐らく、俺達の現在地はテムズ川の深部だろう。だが、俺達の招いた結果だ。こうなってしまったのは仕方がない。まずはここから脱出する方法を探すのが先決だ。アメリア。お前も少しは頭を働かせろ。それとクリフォード。ほんの数分だけでいい。静かにしててくれ」

 エドワードは最初に置かれた状況を把握する。中には探偵である自分を含め、助手と情報屋の3人が監禁されている。足元には開封されたエリーゼが宛てた物であろうプレゼントケースが。中身はエドワードの拳銃と『安らかな絶望を』と皮肉のこもったメッセージカードが添えられていた。再び、水中の外側を観察したが、やはり濁っていてこれといった手掛かりは得られない。

「頭を使うよりも先に、この鎖の拘束を解くのが先なんじゃない?エド、あんたならどうする?生憎こういう類は私の専門外なんだ」

 アメリアが危機を脱するに第一に重要な点について尋ねた。こうしている間にも水かさは増していく。

「最も心配するべきなのはそこじゃない」

 エドワードは自由を奪う頑丈の鎖に縛られても動揺の兆しすらない。ゆらゆらと体を揺らして数秒が経った時、彼の腰元に固定されていた両手はすぐさま自由になった。ついでに足に絡んだ鎖も容易に解いてしまう。

「流石だね・・・・・・」

 エドワードの敵わないスキルにアメリアは呆れて苦笑する。

「込められた弾は1発・・・・・・恐らく、楽に死なせられる奴を1人だけ選べるって事か・・・・・・」

 愛銃を手に取り、シリンダーの中身を覗くと1発だけ、弾薬が込められていた。

「安楽死のチケットなら、あんたかクリフォードに譲るよ。生憎、撃たれて死にたい気分じゃないんだ」
「楽に死ねる選択を否定するなんてお前らしくないな?つまりは生き延びれる望みを捨て切れないって事か?」

 その時、ひびが大きく割れ、流れ込んでくる水の量が増す。

「うっ、うわああああ!!」

 死への段階が近づき、再びクリフォードが騒ぎ始める。

「お前達の拘束も解いてやるから、じっとしていろ。俺がいる限りは誰も死なせはしない」

 エドワードは先にアメリアに絡みついた鎖に対処する。手と金属の位置を変え、器用に拘束を緩めていく。

「エドワード。ちょっといいかい?」

 アメリアが少し真面目な声をかける。

「どうした?」

「あんたが事務所を外している間、こっちも大勢の部下を動員してエリーゼについて調べ上げたんだ。そうしたら、たくさん有力な情報が出てきたよ。あの女がこれまで関わって来た紳士淑女の不審死の証拠や、エリーゼという女の悲惨な過去も」

「エリーゼの悲惨な過去?聞かせてくれないか?」

「手に入った情報の一部によると、あの女は最初から快楽殺人に手を染めるような狂人ではなかったらしい。彼女にはかつて、同姓の親友がいた。でも、その親友がエリーゼを陥れ、彼女の恋人を奪ったんだ。その親友は最初から友人のつもりなんてなく、恋人を奪うために近づいただけの"黒い道化師"だった」

アメリアは間を開けず、悲劇の物語り続きを語っていく。

「歪んだ陰謀に裏切られた挙句、心を病んだエリーゼは重度の人間不信となり、殺し屋を雇ってを偽りの親友と恋人を始末した。しかも、とんでもなく惨いやり方でね。憎い相手がいなくなっても、自分と関わる全ての人間が自分を裏切る敵に見えてしまい、その度に殺人を重ねていたんだよ。最早、彼女が抱いている殺意は憎悪が快楽と化していると言っても過言じゃない」

「--なるほどな。彼女にそんな絶望の過去が・・・・・・」

 エドワードは長い説明に短い返答を返し、言うつもりだった語尾を絶った。その切ない表情からは憐れみが見え隠れする。

「今はそんな事、どうでもいいでしょう!?早く助けて下さい!死にたくないっ!」

 クリフォードは無意味に暴れ、鎖の音を騒々しく鳴らす。


 エドワードは全員を解放すると、助かるための次の策を練る。

「とにかく、体が自由になったね。これで少なくとも、不自由なまま死なずに済む」

 アメリアは呑気な態度を通し、クリフォードは

「どうやって、ここを出るんですか!?まさか、水の中を泳ぐなんて言いませんよね・・・・・・?」
「--その"まさか"を実行に移すしかないだろうな・・・・・・」

 エドワードのあり得ない決断に助手は真っ青になった。

「正気ですか!?水に埋もれて呼吸ができなくなったら、一巻の終わりですよ!?」
「他に為す術があるのか?明日の太陽を拝みたいなら、それ以外に方法はない。それとも、このまま水の底で魚と戯れるか?」

 エドワードの厳しい問いにクリフォードは反論の余地はなく、勢いよく頭を横に振る。

「アメリア。銃で窓ガラスを割ったら、俺に抱きついて、しっかり掴まっていろ。クリフォードを頼む」
「喜んで協力するよ。この子はあんたの可愛い助手だからね」

 アメリアが迷いなく肯定し、クリフォードに忠告を促す。

「クリフォード。よく聞いて?ここが水中の一部になったら、息を止めて口を塞ぐんだ。誤って水を飲んでしまったら、水面まではもたない。いいね?」
「は、はい・・・・・・!」

 エドワードは目をつぶり、深呼吸しながら心の中で祈った。リボルバーを持つ手が小刻みに震えている。ハンマーを倒し、裂けた窓ガラスを銃口で狙う。

「--撃つぞ」

 エドワードの合図にアメリアは彼にしがみつき、クリフォードは目蓋をぎゅっと閉ざして息を止めた。

 閉所に響く1発の轟音。穴の開いた窓ガラスは一瞬で粉砕し、大量の水が内側に流れ込む。唯一、空気があった空間は完全無欠な水の世界と化した。

 エドワードは2人を連れて馬車から脱出すると、水中で足をバタつかせて水面へと泳いでいく。水で重みを増した馬車は濁った底へと沈んでいった。


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