複雑・ファジー小説
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- ダウニング街のホームズ【ウェストブロンプトンの薔薇 完結】
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg
——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。
——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。
†【登場人物紹介】
†【エドワード・サリヴァン】
物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。
†【クリフォード・ベイカー】
エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。
†【リディア・オークウッド】
ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。
†【アメリア・クロムウェル】
エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。
†【ダンカン・パーシヴァル】
ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。
†【フローレンス・ウェスティア】
ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。
【シナリオ】忘却の執事
【表紙】ラリス様
【挿絵】道化ウサギ様
It is the beginning of the story・・・
- Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.58 )
- 日時: 2022/07/06 21:05
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
--1888年 6月15日 午前9時3分 ダウニング街 サリヴァン探偵事務所
エドワードはウェスト・ブロンプトンに留まり、一夜を過ごす。翌日、街で馬車を拾い、ダウニング街へと帰宅したのだった。
「昨日は夜も遅く、ウェスト・ブロンプトンのホテルで一夜を過ごす事になったが・・・・・・クリフォードにも連絡していたし、ちゃんと1人で過ごしている事だろう」
エドワードは長い独り言を呟くと、ポーチから1通の封筒を取り出し、真剣に眺めた。四角い形をした白い封筒で赤い封蝋で留められている。
「昨日、エリーゼに抱きつかれていた隙に彼女の鞄からスリ取った。中身を確認したところ、何故か暗号文が記されていた。普通なら、こんな手紙は書かない。あの女は、よほど知られたくない秘密を隠しているようだな。 一か八かの賭けだったが、どうやら運は俺に味方してくれたようだ。手紙の内容は事務所でゆっくりと解読するとしよう」
エドワードは暗号文が封筒をしまうと、事務所の階段を上り、ドアのノックする。
「クリフォード。今、帰ったぞ。昨日は急な用事とはいえ、1人にさせて悪かったな。ドアを開けてくれないか?」
しかし、内側からの返事はなく、足音が近づいてくる様子もない。
「--クリフォード?開けてくれないか?」
二度呼んでも、やはり結果は同じだった。
「あいつも出かけているのか?」
そう思い、ドアノブを回すと扉が開いていた。違和感を感じたエドワードは右手を銃に伸ばし、慎重に事務所へと足を踏み入れる。部屋は普段通りの形を保っていた。
だが、そこで意外な人物と遭遇する。それは彼のよく知る人物で見慣れた机の手前で立ち尽くしていた。深刻さを物語った表情を振り返らせ、エドワードと対面する。
「アメリア?」
「--ごめん、エド・・・・・・」
アメリアは短い謝罪を零し、困惑した面持ちでこちらを目視する。
「--どうした?いつものお前らしくないぞ?クリフォードはどうしたんだ?」
「あら、もしかしてこの子の事かしら?」
ふいに横から聞き覚えのある声が質問に答えた。エドワードは違う方向へ視線を移すと、部屋の至る別室から黒ずくめの服装をした体格のいい男達がゾロゾロと湧いて出る。彼らは探偵を取り囲むと1人は出入り口に立ち塞がり、完全に逃げ場を遮る。そして、昨日会ったばかりのエリーゼとその手下に銃口を当てられたクリフォードが姿を見せた。
「--エ、エドワードさん・・・・・・」
恐怖に戦いた助手が泣きじゃくんだ顔で助けを求める。
「クリフォード!」
最悪な非常事態にエドワードは叫んだ。今すぐにでも駆けつけたかったが、近づこうにも近づけない。
「エリーゼ!これはどういう事だ!?」
「--どういう事って・・・・・・こんな事態を招いた原因は自分の胸に聞いた方がよろしいのでは?」
エリーゼは台詞に皮肉を混ぜ、逆に聞き返す。
「昨日、告白をふいにした逆恨みか・・・・・・?だったら素直に謝るから、こんな真似はしないでくれ」
「違うわ。あなたみたいな品のない男に惚れる女なんてロンドンのどこを探してもいないでしょう?まあ、昨日という事だけは合ってるけど?」
エリーゼはこれまで繕っていた穏やかな面影を捨て
「私、嘘をついたり惚けたりする男が1番嫌いなの。素直になれないなら、私も理性を捨ててしまおうかしら?もしかして、この子を殺したら正直者になってくれるのかしら?」
「ひいっ・・・・・・!」
傍にいた手下は殺意しかない形相で銃口を強く、クリフォードに押し付ける。指をかけた引き金を半分引き、警告を促した。
「分かった!落ち着け!悪いのは全部、俺だ。その子やアメリアは一切関係ない。頼むから、2人には危害を加えないでくれ」
増していく危険性にエドワードは観念し、正直に白状した。昨日、スリ取った暗号文の封筒を取り出し、持ち主に見えるようにかざす。
「面白い事が書いてあったでしょ?」
「さあな。中身は読んでないから安心しろ。こう見えても、プライバシーは守る主義でね」
実に不快そうにエリーゼは顔の仕草だけで命令し、手下の1人に封筒を奪わせる。男はエドワードから奪った物を取り上げると、途端に腹部目掛けて硬い拳を打ち込んだ。耐え難い痛感に探偵は倒れ、苦しそうに咳を吐き散らす。
「この私を侮辱した罪は重いわよ?さて、どんな罰を受けてもらおうかしら?」
エリーゼは奪い返した封筒を鞄にしまい、苦しむ様を愉しそうに眺める。その目は温和だが、蔑みの色をしていた。
エドワードはエリーゼを睨み
「--待て・・・・・・殺したいなら、俺だけを殺せ・・・・・・!手紙だって返したし、これだけやり返したんだ・・・・・・気が済んだだろ?こんな事、もうやめにしないか・・・・・・?」
不利な命乞いにぷっと吹き出し、エリーゼは嘲笑った。悪意に満ちたせせら笑いが探偵の部屋の一帯に響く。手下の男達も同じ感情がこもっているであろう笑みでエドワードの身柄を拘束する。
「もしかして、許してくれることを望んでいるのかしら?お生憎様、私を敵に回して、この程度で済むと思っているなんて・・・・・・邪魔な存在は死ぬまで追い詰める。それが私のやり方なの。まあ、どの道あなたには消えてもらうつもりだったけど」
手下が銃口を遠ざけ、グリップで人質の頭を強打する。"がっ・・・・・・!"と痛感表現を漏らし、倒れ込むクリフォード。
「--よせっ!!」
真っ青になって叫んだ途端、自身の後頭部にも衝撃が走った。視界に映る全てがぼやけ、意識が薄れていく中、エリーゼの言葉が脳内で木霊する。
『"・・・・・・さようなら、愚かなエドワード。あなたとの出会いは人生最高の屈辱だったわ。お仲間さんと仲良くあの世に行きなさい。存分に後悔し、もがき苦しみながらね・・・・・・』
- Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.59 )
- 日時: 2022/07/25 19:56
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
--1888年 月日??? 時刻??? 場所???
意識が回復し、目を開くと視界がぼやける。最初に感じたのは後頭部の痛み、次に思ったのは時間の経過だった。
「--う、うう・・・・・・」
エドワードは苦しそうに唸って、目覚めたばかりのふらつきを味わう。目をショボショボさせながら立ち上がろうとしたが・・・・・・何故か両手が腰に回され、自由が利かず足も思い通りに動かない。
「--こ、ここは・・・・・・」
エドワードは今、自分がどこにいるのか全く把握できなかった。狭い部屋に閉じ込められいるみたいが、窓が灰色に濁り外が確認できない。妙な事に、その部屋はぶくぶくと液体の音を立て、複雑に揺れている。
やがて、目の霞が次第に晴れていく。目の前には、まだ失神しているクリフォードとアメリアがいた。2人もエドワードと同様に体をきつく拘束されている。
「おい!クリフォード!・・・・・・アメリア!起きろ!」
「--うう・・・・・・」 「--うんん・・・・・・ん?」
呼び声をかけられ、2人は眠りから覚める。エドワードの有様を視界に入れた途端、事務所での出来事を思い出し、焦りを抱いた。そして、自身が置かれた状況にも。
「--僕達、どうして縛られて・・・・・・!」
クリフォードは力任せに暴れようとするも、手首に絡みついた鎖は固く、びくともしない。
「あの女、気絶した私達を監禁したみたいだね。というかさ・・・・・・ここ、どこなんだい?一応、あんたもクリフォードも生きてるみたいだし・・・・・・あの世ってわけじゃなさそうだけど?」
3人は嫌な予感を募らせながら、窓の外を覗くとガラスがピシッと音を立て、ひびが入った。内側に漏れた水が足元に溜まる。切れ目から泡が浮かんで、上へと上っていく。
「--え?ここ・・・・・・もしかして、水の中・・・・・・?」
クリフォードが声を震わせ、アメリアは実に落ち着いた態度で
「あ~あ、こりゃまずいね・・・・・・」
エドワード達が閉じ込められていたのは、馬のない馬車だった。それがどこかも分からない水の底に沈んでいたのだ。為す術なく、3人が溺れるのも時間の問題である。
「--だっ、誰かっ!!誰か助けてぇ!!誰かあ!!」
クリフォードはパニックに陥り、届くはずもない助けをわめき続ける。
「私達の後始末に、こんな猟奇的なやり方を選ぶなんてね。あのエリーゼという女、関わらない方が正解だった。エド、あんたと一緒にいると命がいくつあっても足りないよ・・・・・・」
先に立たない後悔にアメリアは文句とため息をつく。
「嫌だぁ!!死にたくない!!誰かぁ!!」
「これだけの人数を運び出すのに、わざわざ遠方の湖に沈めるとは考えにくい。恐らく、俺達の現在地はテムズ川の深部だろう。だが、俺達の招いた結果だ。こうなってしまったのは仕方がない。まずはここから脱出する方法を探すのが先決だ。アメリア。お前も少しは頭を働かせろ。それとクリフォード。ほんの数分だけでいい。静かにしててくれ」
エドワードは最初に置かれた状況を把握する。中には探偵である自分を含め、助手と情報屋の3人が監禁されている。足元には開封されたエリーゼが宛てた物であろうプレゼントケースが。中身はエドワードの拳銃と『安らかな絶望を』と皮肉のこもったメッセージカードが添えられていた。再び、水中の外側を観察したが、やはり濁っていてこれといった手掛かりは得られない。
「頭を使うよりも先に、この鎖の拘束を解くのが先なんじゃない?エド、あんたならどうする?生憎こういう類は私の専門外なんだ」
アメリアが危機を脱するに第一に重要な点について尋ねた。こうしている間にも水かさは増していく。
「最も心配するべきなのはそこじゃない」
エドワードは自由を奪う頑丈の鎖に縛られても動揺の兆しすらない。ゆらゆらと体を揺らして数秒が経った時、彼の腰元に固定されていた両手はすぐさま自由になった。ついでに足に絡んだ鎖も容易に解いてしまう。
「流石だね・・・・・・」
エドワードの敵わないスキルにアメリアは呆れて苦笑する。
「込められた弾は1発・・・・・・恐らく、楽に死なせられる奴を1人だけ選べるって事か・・・・・・」
愛銃を手に取り、シリンダーの中身を覗くと1発だけ、弾薬が込められていた。
「安楽死のチケットなら、あんたかクリフォードに譲るよ。生憎、撃たれて死にたい気分じゃないんだ」
「楽に死ねる選択を否定するなんてお前らしくないな?つまりは生き延びれる望みを捨て切れないって事か?」
その時、ひびが大きく割れ、流れ込んでくる水の量が増す。
「うっ、うわああああ!!」
死への段階が近づき、再びクリフォードが騒ぎ始める。
「お前達の拘束も解いてやるから、じっとしていろ。俺がいる限りは誰も死なせはしない」
エドワードは先にアメリアに絡みついた鎖に対処する。手と金属の位置を変え、器用に拘束を緩めていく。
「エドワード。ちょっといいかい?」
アメリアが少し真面目な声をかける。
「どうした?」
「あんたが事務所を外している間、こっちも大勢の部下を動員してエリーゼについて調べ上げたんだ。そうしたら、たくさん有力な情報が出てきたよ。あの女がこれまで関わって来た紳士淑女の不審死の証拠や、エリーゼという女の悲惨な過去も」
「エリーゼの悲惨な過去?聞かせてくれないか?」
「手に入った情報の一部によると、あの女は最初から快楽殺人に手を染めるような狂人ではなかったらしい。彼女にはかつて、同姓の親友がいた。でも、その親友がエリーゼを陥れ、彼女の恋人を奪ったんだ。その親友は最初から友人のつもりなんてなく、恋人を奪うために近づいただけの"黒い道化師"だった」
アメリアは間を開けず、悲劇の物語り続きを語っていく。
「歪んだ陰謀に裏切られた挙句、心を病んだエリーゼは重度の人間不信となり、殺し屋を雇ってを偽りの親友と恋人を始末した。しかも、とんでもなく惨いやり方でね。憎い相手がいなくなっても、自分と関わる全ての人間が自分を裏切る敵に見えてしまい、その度に殺人を重ねていたんだよ。最早、彼女が抱いている殺意は憎悪が快楽と化していると言っても過言じゃない」
「--なるほどな。彼女にそんな絶望の過去が・・・・・・」
エドワードは長い説明に短い返答を返し、言うつもりだった語尾を絶った。その切ない表情からは憐れみが見え隠れする。
「今はそんな事、どうでもいいでしょう!?早く助けて下さい!死にたくないっ!」
クリフォードは無意味に暴れ、鎖の音を騒々しく鳴らす。
エドワードは全員を解放すると、助かるための次の策を練る。
「とにかく、体が自由になったね。これで少なくとも、不自由なまま死なずに済む」
アメリアは呑気な態度を通し、クリフォードは
「どうやって、ここを出るんですか!?まさか、水の中を泳ぐなんて言いませんよね・・・・・・?」
「--その"まさか"を実行に移すしかないだろうな・・・・・・」
エドワードのあり得ない決断に助手は真っ青になった。
「正気ですか!?水に埋もれて呼吸ができなくなったら、一巻の終わりですよ!?」
「他に為す術があるのか?明日の太陽を拝みたいなら、それ以外に方法はない。それとも、このまま水の底で魚と戯れるか?」
エドワードの厳しい問いにクリフォードは反論の余地はなく、勢いよく頭を横に振る。
「アメリア。銃で窓ガラスを割ったら、俺に抱きついて、しっかり掴まっていろ。クリフォードを頼む」
「喜んで協力するよ。この子はあんたの可愛い助手だからね」
アメリアが迷いなく肯定し、クリフォードに忠告を促す。
「クリフォード。よく聞いて?ここが水中の一部になったら、息を止めて口を塞ぐんだ。誤って水を飲んでしまったら、水面まではもたない。いいね?」
「は、はい・・・・・・!」
エドワードは目をつぶり、深呼吸しながら心の中で祈った。リボルバーを持つ手が小刻みに震えている。ハンマーを倒し、裂けた窓ガラスを銃口で狙う。
「--撃つぞ」
エドワードの合図にアメリアは彼にしがみつき、クリフォードは目蓋をぎゅっと閉ざして息を止めた。
閉所に響く1発の轟音。穴の開いた窓ガラスは一瞬で粉砕し、大量の水が内側に流れ込む。唯一、空気があった空間は完全無欠な水の世界と化した。
エドワードは2人を連れて馬車から脱出すると、水中で足をバタつかせて水面へと泳いでいく。水で重みを増した馬車は濁った底へと沈んでいった。
- Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.60 )
- 日時: 2022/08/12 18:46
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
--1888年 6月15日 午後4時28分 テムズ川
テムズ川の水面が跳ね上がり、中から手が伸びる。それは川沿いの石段を掴んで、地上へと這い上がった。溺死を免れた3人は岸辺に上がり、ふらふらと腰を下ろした。
「げほっ・・・・・・!まさか、あの絶体絶命の状況から生還できるなんてね・・・・・・エド、あんたには1つ貸しができた。この奇跡は一生の思い出にするよ」
アメリアは大して、生きている実感を深くは感じてはいなかった。簡単な礼を述べ、びしょ濡れになった服を絞って濡れた心地悪さを気にする。
「げほっ、げほっ・・・・・・!おぇ・・・・・・!」
クリフォードは意識を失いかけた息苦しさからうつ伏せに横たわり、激しく咳き込んでいる。
「--お前達、大丈夫か?」
エドワードは2人の無事を確認する。
「--私かい?久々の水泳はなかなか気持ちいいものだったよ。クリフォードの場合は・・・・・・医者が必要みたい」
エドワードは助手の元へ行くと背中を摩り、気管に残った水を吐き出させる。
「こうして助かったのはいいんだけどさ?これからどうする?」
「ここは警察に頼るしかないな。私立探偵と情報屋の力だけじゃ、権力と殺し屋に守られたエリーゼには歯が立たない。エリーゼの犯行を裏づける証拠品はお前のお陰で十分に揃っている。ロンドン市警のアバーライン警部を頼ろう。彼なら耳を貸してくれるだろう」
--エリーゼの監視を避けるため、エドワード達は事務所に戻るのは危険と判断し、逃げ場所を別に選ぶ。それは昔から馴染みのあるナイチンゲールが在職しているロンドンの総合病院。3人は近くて安全な場所に匿ってもらうと、ついでに先ほどのエリーゼの仕打ちに対する診療も受けさせてもらった。アバーライン警部が到着したのは、院内の通報から10分以内の事だ。
--探偵は親友の警部補に今回の事件の内容を惜しむ事なく、洗い浚い説明した。アバーライン警部は全貌の衝撃に言葉を失った。その大いに混乱した様子は悪夢と真実の区別がつかないほどに・・・・・・ だが長年、事件の解決を共にやり遂げてきたエドワードの証言を否定する事はなかった。しかし、いくら正義を主張しても、この厄介な事態は簡単に済まされる問題ではなかったのだ。
「エリーゼ・ド・リッシュモンは女王にも信頼を置かれた王侯貴族です。それが裏で大量殺人を犯していたとは・・・・・・最早、この件は前代未聞の一大事。イギリスの沽券に関わる大事件です」
「ええ。事実がこうして明るみに出た以上、ただ事では済まされません。英国の経済にも影響が出るでしょう」
エドワードは予測にアバーライン警部は実に悩ましそうに、拳をこめかみに捻じり込んだ。
「全く、とんでもない事態を招いてくれたものです・・・・・・と、言いたい所ですが、あなたという親友を失わずに済んで胸を撫で下ろしました。クリフォードくんも命に別状はないでしょう」
「アバーライン警部はどうなさるおつもりで?」
アバーライン警部は最初から目的が決まっていたのか、威厳を露にし
「無論、エリーゼの逮捕に急ぎます。事実、荷馬車1台分の証拠が上がったんですからね。例え、名門の貴族だろうと、この国の土を踏む民なら公平に裁く。それがロンドン市警の役目です」
「頼りにしています。わざわざ、命を懸けた甲斐があった」
「因みにエドワードさんこそ、これからどうなさるおつもりで?念のためにあなたも病院に留まった方が・・・・・・」
アバーライン警部の親切な気を遣いに探偵は頭を揺らした。
「--いえ。遠慮しておきます。俺にもやるべき最後の仕事が残ってますので。クリフォードとアメリアの事、よろしく頼みます」
「--やるべき最後の仕事?」
「--これは俺1人でやり遂げなきゃ、解決した事にはならない」
エドワードは2人の保護を任せ、乾きかけたコートを羽織る。後ろ影を沈黙と共に見送られながら、堂々と1人で病院を後にした。
- Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.61 )
- 日時: 2022/09/04 18:56
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
--1888年 6月15日 午後6時21分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート
エドワードは夕方のうす暗くなった時分、賑やかさが衰え始めた商店街を通り抜けて、やがて、ある場所へと辿り着く。無邪気に遊ぶ子供達もいない。寒い風が枯葉を運び、木の間から差し込む夕日のない今の光景は美しくも温かくもない。薄暗い静けさという寂しい雰囲気だけが漂う。
彼が訪れたのは、エリーゼと最後に訪れたロンドンの街の景色を一望できる丘の上の公園だった。最早、敵意しかないあの女との思い出の舞台。今は幸せを分かち合った嬉しさも、好意の温もりも感じない。
その片隅に1人の少女がいた。木陰のベンチに腰掛け、遠くを黄昏る後ろ姿。一部を結った白練りの髪を風になびかせ、全く格好もあの時と全く同じだ。エドワードは彼女と初めて巡り会った偶然を無意識に思い起こさせられる。
「--綺麗な夕日ね・・・・・・」
エリーゼはあの時と同じ台詞を口ずさむ。太陽の面影がないほとんどが夜景と化した街の街の景色を眺めながら・・・・・・
「ああ、ここの夕日はいつ見ても美しい。テムズ川ほど絵にはならないが・・・・・・」
エドワードも話を合わせ、彼女に触れられない範囲まで互いの距離を縮める。そして、こうも続けた。
「沈められた馬車に添えられていたメッセージカード・・・・・・調べたら裏にも文字が記されてあった。"もし、奇跡に救われたら、例の場所で会いましょう"・・・・・・」
その読み上げるような発言を聞いた時、エリーゼは席を立って純粋な笑みを振り返らせた。エドワードにとって、その笑顔は美しくもあり、同時に恐ろしくもあった。
あれだけの犯罪を犯してきたにも関わらず、その穏やかな人相は凶悪さを宿していないからだ。
「あなたなら、また私に会いに来てくれるって信じていたわ。どんな時だって、約束を破る事はなかった」
「探偵は約束を守る。それが仕事だからな」
エドワードの単純な返答にエリーゼは無邪気に笑う。しかし、それも束の間、幸せそうな笑みは沈鬱に染まり、切ない表情へと変貌を遂げた。
「あなたがここに来たという事は、私の悪事の全てが暴かれたのね・・・・・・」
「ああ、俺の仲間である情報屋がいくつもの証拠を揃えた。今頃、ロンドン市警がウェスト・ブロンプトンの豪邸に踏み込んでいる頃合いだ。お前の異常快楽に溺れた狂気的な人生は終わりだな。ここで罪を認め、自首する事を勧めるが?」
エドワードは真剣に言い放って自供を促す。エリーゼに返事はなく、眉間にシワを寄せた不快な顔で探偵と睨み合う。そんな重苦しい2人きりの時間がしばらく続いた。
「--エドワード、私ね・・・・・・」
地平線に沈んでいく夕日の色が完全に消えた頃、エリーゼが重い口を開く。
「私には昔、親友がいたの。誰よりも優しくて笑顔が素敵だった。例え全てを失っても、その子と一緒なら困難を乗り越えられる気さえした。でも、長い付き合いの末、あっさり裏切られた。いいえ、裏切ってすらいなかった。その子は始めから私の恋人を奪うために友好的な性格を演じていたペテン師に過ぎなかったの・・・・・・皮肉なものよね・・・・・・」
「・・・・・・」
「絶望が降りかかった日から私はおかしくなってしまった。復讐の願望に抗えず、親友と恋人を殺害するという最悪な決断を下した。罪の意識がなかったわけじゃないけれど、その時の私は憎しみの方が何倍も膨れてて・・・・・・大切な人に絶望の底に突き落とされた私の気持ちなんて、あの子は考えてもすらいなかったでしょうから・・・・・・」
「・・・・・・」
「復讐を果たしても、私の心が潤う事はなかった。関わる人全てが敵に思えたの。この人もあの人も私を裏切るんじゃないかって・・・・・・凄く恐ろしかった。でもね、エドワード。あなたは1つだけ間違っている。私はこれまでに数え切れないほどの過ちを犯してきた。 だけど、誰かの命を奪う行為に快感を覚えた事なんて一度たりともないわ。私の中にあったのは、虚しさと癒えない悲しみだけ・・・・・・」
「--いや、俺が間違っているのは1つだけじゃない・・・・・・」
ため息と共に下を眺め、エドワードは自身の誤りを自覚する。
「俺は顔の表情だけで相手がどんな感情を抱いているか、真実か嘘、どちらかを語っているかを見破れる・・・・・・だが、俺の目を誤魔化したのはエリーゼ。お前が初めての人間だ」
「--そう。名探偵の直感すら欺いてしまうなんて、私って本当に罪な女ね・・・・・・」
エリーゼは探偵に背を向け、防備のない格好で
「もう、おしまいね。悔いが残るばかりの人生だったわ。1つの裏切りさえなければ、こんな最悪な結末には至らなかったのに・・・・・・」
取り返しのつかない悔みを述べられても、エドワードに答えはなかった。彼はただ、呆然と過去に全てを狂わされた女を眺める。 その表情は真剣だが、どこか切ない部分が・・・・・・
「--最後に1つだけ、お願いがあるの・・・・・・」
エリーゼが探偵を背に、決して二度目はない依頼を持ち掛ける。エドワードの視点からは見えなかったが、その手は鞄の中に伸びていた。
「--何だ?プロポーズなら、お断りだ」
「--ううん。違うの・・・・・・最後のお願いって言うのは・・・・・・」
エリーゼの口角が不気味に引きつる。次の瞬間、勢いよく振り返った彼女は両腕を真っ直ぐに突き出した。その先に構えられた銃口がエドワードに向けられる。僅かな猶予もなく、1発の銃声が響く。
呻き声がして、片方の人間が倒れ込む。細い白煙が上る銃口。リボルバーを正面に向け、真顔で立ち尽くすエドワードがいた。冷たい地べたエリーゼの生温かい深紅の水溜りが広がる。
「エリーゼ!」
エドワードは真顔を深刻な血相で彼女に駆け寄り、小柄な体を抱き抱える。大口径の弾丸が命中した胸の出血が止まらず、白い服をじわじわと赤く塗り潰していく。
「--エ、エドワード・・・・・・」
エリーゼは虫の息で自身を撃った探偵に無理をして微笑んだ。
「--何故だ?何故!あんな愚かな行為に走った!?」
エドワードは深刻になって叫ぶ。彼も本音を明かせば撃つ事なんて望んでいなかったのだ。しかし、他に打つ手はなく、引き金を引く事を躊躇えば自分が殺されていた。
「私は数え切れないほ・・・・・・どの罪を犯して・・・・・・きた・・・・・・いく・・・・・・ら償っても、取り返し・・・・・・のつかないほどに・・・・・・人生を取り戻・・・・・・せないならいっそ・・・・・・大切な人の手で・・・・・・」
「--だからと言って・・・・・・!」
「あなたに、もっと早く出会・・・・・・いたかった・・・・・・いえ、違うわ・・・・・・あなたが最初から私の恋人だったら・・・・・・」
エリーゼは最後の力を振り絞り、左手の中指から指輪を抜き取る。それを震えた手の平に乗せ、エドワードに差し出した。
「私の一族に代々・・・・・・受け継がれる家宝なの・・・・・・亡くなったお婆・・・・・・様が愛する者と出会い結ばれ・・・・・・た時、これを渡し・・・・・・て永遠に幸せになるようにと・・・・・・譲り受けた・・・・・・エドワード・・・・・・結婚して・・・・・・?この時だけはあなた・・・・・・の妻でいたい・・・・・・最期を迎えるまで・・・・・・本当の幸せを・・・・・・手にしたいの・・・・・・」
エドワードは生真面目な表情を浮かべ、すぐには答えず沈黙した。やがて、彼は指輪を受け取ると、自分で動かせる力もないエリーゼの左の薬指にはめる。しめやかな式を行い、誓いを立てた。
「--エリーゼ・ド・リッシュモンを最愛の妻である事を認め、清廉で美しい彼女に一生を捧げる・・・・・・」
「あ・・・・・・りがとう・・・・・・エド・・・・・・ワ・・・・・・ド・・・・・・」
エリーゼは言葉の途切れが増しながらも、最期のお礼を口にした。目から光が消え、純粋に微笑んだ顔が垂れる。死の訪れを確信したエドワードは遺体を地面に寝かせ、彼女の細目を閉ざした。
探偵は長く息を吐いて、やがて空を見上げた。冷たい風が吹き、無数の木の葉が滑らかじゃない円を描いて舞い上がる。寒くて寂しい公園には探偵が1人、孤独に取り残された。
- Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.62 )
- 日時: 2022/09/26 21:03
- 名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
--1888年 6月16日 午前9時36分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所
ロンドンの平穏を映し絵にしているように空は青く澄み渡り、一軒家が建ち並ぶ景色を一望できる窓を背にエドワードは椅子に腰かけていた。彼は今回の事件の全貌が大きく記載された新聞を畳み、机に投げ捨てるように置く。その表情には晴れやかさがなく、余った書類を手元からずらした。肘をつき、両手を組んで作った拳を鼻に当てて、しばらくはその姿勢を保ち続ける。
今のエドワードがどんな事を頭に浮かべているのかは誰にも分からない。しかし、唯一はっきりしているのは、その曇ったような切なさが彼の心の自由を奪っている事だけだ。 結構な時間が流れた頃、呪縛を紛らわそうと煙草をくわえ、火をつける。
曇った気分で美味しくはない一服を満喫しようとした矢先、誰かがノックもせずに扉を開けた。様々な食材を一杯に詰め込んだ袋を抱えた少年が1人、オフィスの床を踏む。
「ただいま。エドワードさん。今日の晩ご飯の材料を買って来ました」
「--おお、クリフォードか・・・・・・お使い、ご苦労だったな・・・・・・」
エドワードは常に日常の務めをこなしている助手の帰りを歓迎する。淀みのない笑顔に一瞬は心を清められたが、その純粋な気持ちは短い時間で蝕まれる。落ち込んだ感情が波のように押し寄せ、その表情は再び陰気に満ちていく。
「今回の事件が発覚した事でイギリス中は大騒ぎですよ。この国だけじゃない。エリーゼが殺人を犯していた事実はヨーロッパ諸国に広がり、そのニュースで持ち切りらしいです。アバーライン警部が言っていた通り、前代未聞の一大事になりましたね。あ!あと、聞きました?アメリアさんが事件解決に多大な貢献をした事で政府から表彰状が送られたそうです。たくさんの報酬をも貰ったそうで、歓喜に狂っていました」
「--そうか・・・・・・」
エドワードはやる気のない返答を返した。一度も吸わなかった煙草を灰皿に捻じり潰して、今日で何度目か数え切れないため息をつく。
「--クリフォード。ちょっと、いいか?どうしても、言っておきたい事がある」
「はい。何でしょう?」
クリフォードは食材をテーブルに置くと、気がかりになりながら探偵の元へ歩みを寄せる。エドワードは助手と対面すると自身に対して中傷を呟き、自責を語る。
「愚かだよな・・・・・・自分は大きな過ちを起こさないだろうと過剰な自信を持っていた。だが、それは今更になって大間違いだと気づかされた。俺が犯した1つのミスが助手や親友を殺しかけ、恋人の愛を裏切りで穢し、最終的に犯人を苦しみから救えないまま、死に追いやってしまった。何が英国一の名探偵だ!俺ほどの最低な男はイギリス中、どこを探してもいない・・・・・・!」
「エドワードさん・・・・・・」
「俺の事、嫌いになったか?もし、そうなら正直に本音を明かしてくれ・・・・・・」
嫌悪の有無が関連した問いにクリフォードは返事を返さず、沈黙で会話を途切れさせる。 "全部、お前が悪い"と散々、責め立てたいような眼差しで彼を睨む。しかし、その強張った表情は緩み、純粋な心を宿す少年らしい温和な笑みへと変わった。
「--まさか、僕がエドワードさんを嫌いになるわけないじゃないですか。こんな凄い大事件を解決した名探偵を悪く言う人がいたら、絶対に許しません。子供の僕が言っても、慰めにはならないかも知れませんが、人は生きている間は誰もが過ちを犯します。間違いを反省し、昨日までとは違う大人へと生まれ変わっていくんです」
「俺の過ちのせいでお前やアメリアを危うく、殺しかけたんだぞ・・・・・・?」
許し難い過去を述べられてもクリフォードは抱いた感情を豹変させる事はなく
「僕は死と隣り合わせになるリスクを承知で探偵の助手となりました。確かにエドワードさんの問題に巻き込まれ、窮地に追い込まれたのは事実です。でも、その窮地から救い出してくれたのは他でもないエドワードさんでした。初めて出会った時と同じように、また命を生き永らえさせてくれましたね。どこまで行っても、エドワードさんは僕にとって人生の恩人です」
その時、玄関の扉を叩く音が鳴り、誰かが探偵事務所へやって来た。外ににいる相手は声を発せず、内側から扉が開くのを待っているようだ。
「誰でしょう?僕が出ますね」
クリフォードは、すぐさま玄関へと駆けて行くと"どなたですか?"を決まって告げ、扉を開ける。狭い隙間から顔を覗かせた瞬間、予想だにしなかった訪問者に意表を突かれた。リディアが立ち尽くしていたのだ。あの時の失恋を引きずっているその表情は枯葉を散らした木のような寂しげに満ちている。
「リディアさん・・・・・・!」
「--お邪魔させてもらうわ」
リディアは勢いに圧倒され、立ち位置をずらすクリフォードの横を過り、堂々と部屋に踏み込んだ。あの時から関係の時が止まった探偵と数日ぶりの再会を果たす。
「--リディア・・・・・・」
「--エドワード・・・・・・」
2人は互いの名を呼び合い、口を閉ざした。言葉では語らず、ただ、真剣な面持ちと目を長く重ね合う。重苦しい空気に寄りつけず、クリフォードは2人から距離を置いて、その様子をジッと眺める。
「--聞いたわ」
しばらくして、リディアが先に重い唇を開く。
「あなたがエリーゼの裏の顔を暴いた事も・・・・・・そして、自ら彼女を射殺した事も・・・・・・世間によるあなたへの英雄視はこの国だけに収まらないでしょうね・・・・・・」
「俺は英雄なんじゃない。恋人の幸せを踏みにじった最低な男だ。大切な者1人守れない人間が称えられていいわけがない・・・・・・」
リディア柔らかくない顔を一層、硬く強張らせ
「--あなたはいつもそう。自分が悪い時も、誰かが悪い時も・・・・・・全て自分の責任だと1人で抱え込む・・・・・・愚かよ・・・・・・」
リディアはナイーブな一面に呆れ果て、どうしようもないため息を吐いた。
「--リディア。俺は・・・・・・」
「こっちに来なさい・・・・・・」
何かを言おうとしたエドワードをこちらに誘う。探偵は二言を言わず、言われるがままに席を立ち、リディアの傍へ寄った。彼女は彼の頬に右手を触れさせ
「どんな難事件だって、あなたは解決してきた。私達の問題も解決してくれないかしら?」
「どうすれば、こんな俺を許してくれるんだ・・・・・・?」
「--簡単よ」
2人は互いに唇を重ね、口づけを交わす。
「もう、私以外の人とキスはしないと約束して?それだけを誓ってくれるなら、過去は忘れてあげる」
そう言って、リディアは探偵を抱きしめ、放そうとしなかった。
「また、出かけましょう。今度は2人きりで。話したい事が山ほどあるの」
「ああ、勿論だ。誰に口説かれようと、やはり俺にはお前しかいない。すまないが、クリフォード?大事な急用ができてしまった。少しの間、留守番を頼めるか?」
「--あ、はい!行ってらっしゃいませ!」
クリフォードは急な願出を慌てて承諾し、2人を通そうと親切に扉を開ける。
「ふふっ、ありがとう。クリフォードくん。じゃあ、行きましょうか?」
エドワードとリディアは事務所を後にする。恋仲らしく寄り添いながら、ダウニング街の坂道を下っていく。クリフォードは扉を閉ざし、日当たりのいい窓際で背伸びをする。 窓越しから、再び結ばれた2人の幸せそうな後ろ姿に思わず相好を崩した。
ウェスト・ブロンプトンの薔薇 FIN
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