複雑・ファジー小説

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ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】
日時: 2022/02/27 19:44
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1729.jpg

 ——1887年。ヴィクトリア朝時代のイギリス。産業革命を迎えたイギリスは工業化が進み、機械による技術が大幅に発展を遂げる。街は活気さを増し人々は何不自由なく平穏を謳歌していた。そんな光の都にも恐ろしく冷酷な事件が絶えず起きているのだ。

 ——ロンドンのダウニング街に事務所を構える私立探偵のエドワード・サリヴァンとその助手であるクリフォード。2人は良きチームとして英国の難事件を解決していく。この世に解けない謎はない。その信念を抱きながら今日も彼らは依頼を受ける。



†【登場人物紹介】


†【エドワード・サリヴァン】

 物語の主人公。年齢は33歳。ロンドンに事務所を持つ有能な私立探偵で報酬と引き換えに依頼を受ける。若い頃から探偵業を始めこれまでに多くの難事件を解決してきた。戦闘も得意で仕事の際は愛用の銃をいつも携帯している。


†【クリフォード・ベイカー】

 エドワードの助手を務める少年。年齢は15歳。数年前にエドワードに命を救われそれ以来、彼のもとで働く事を決めた。気が弱く臆病な性格だが頼りになる相棒と評されている。


†【リディア・オークウッド】

 ロンドン市警である優秀な刑事。階級は警部補。年齢は28歳。かの有名な刑事『フレデリック・アバーライン』の直々の部下を務める。事件が起きる度、エドワードとは一緒になる事が多く互いのスキルを認め合う程の仲。そのため、まわりでは2人は恋仲というの噂が流れている。


†【アメリア・クロムウェル】

 エドワードに協力している元探偵の情報屋。年齢は25歳。元はイギリスで名の知れた探偵社に所属していたがとある事件によって職を終われる。その後、エドワードと知り合い協力関係となった。表向きは冴えない修道女だが裏では有力な情報を密かにエドワードに提供している。


†【ダンカン・パーシヴァル】

 ロンドンにある酒場『銀の王女亭』を営む女装男性の亭主。通称ロザンナ。年齢は27歳。常連客であるエドワード達に酒を振る舞い相談に乗っている。彼に好意を寄せているが現在は片思い中。クリフォードをちゃん付けして呼ぶ。たまに謎の暴くきっかけを作ったり助言を与えたりする。


†【フローレンス・ウェスティア】

 ホワイトチャペルで働く理髪師。年齢は18歳。明るく温和な性格の持ち主で近所でも評判もいい女の子と知られている。幼い頃に両親を病で亡くした過去を持ち、孤児院で育った。クリフォードと仲が良く、彼を実の弟のように慕う。


【シナリオ】忘却の執事 

【表紙】ラリス様 

【挿絵】道化ウサギ様


 It is the beginning of the story・・・

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.51 )
日時: 2022/03/23 19:09
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

「私はエリーゼ・・・・・・"エリーゼ・ド・リッシュモン" 。ウェスト・ブロンプトンから来ました」
「--なるほど、ウェスト・ブロンプトンですか・・・・・・あの街には仕事上よく足を運びますが、いつ行っても美しい所ですね。あなたのような方が住むのに相応しいと言えるでしょう」

 エドワードに称えられ、エリーゼも照れて再び表情を和ませた。

「そんな風に言われたのは初めてです。嬉しい・・・・・・」
「その服装や肩にかけられた鞄からして、あなたは高貴な方のようですね」
「--え?どうして、分かるんですか?」

 エリーゼが尋ねると、探偵は自信を持って彼女の詳細を淡々と分析する。

「まずは単純にあなたの格好そのものが高級感で溢れている。これらの服装はウェスト・ブロンプトンの特有の代物。恐らく、『ジュエリークローズ(宝石の服)』という衣服店で扱っている品に違いない。あと、金木犀の香りがする香水も、あなたの住まいの地区でしか売っていない特殊な物だ。肩にお下げになっているその鞄、間違いなく鰐のなめし革で作られています。左手の人差し指にはめた指輪については・・・・・・言うまでもありませんね」

「--凄い・・・・・・全て当たってます・・・・・・!」

 エリーゼは図星を指す物事をぴたりと言い当てられ、再び驚愕の反応を示した。思わず苦笑した口角を恥ずかしそうに覆ってしまう。

「私くらいの経験を積めば、観察だけで物の質や人の感情を容易に判断する事が可能になります」
「ふふ、流石イギリス一の名探偵ですね。どんなに凄い超能力者も、あなたには敵わないかも知れません」

 エドワードはまた照れてしまい、短く作り笑いを零した。一度だけ背後を振り返り、すっかり短くなった煙草をテムズ川に放り投げると

「--では、そろそろ私はこれで失礼します。あまりに待たせてしまうと恋人に叱られてしまいますから。では、ミス・リッシュモン。楽しい一時でした」

 紳士的な態度で彼女に別れを告げ、桟橋を後しようとした時だった。

「--あの・・・・・・待って下さい」

 その背中を呼び止める声に、エドワードは再びエリーゼを視界に入れる。怪訝そうに首を傾げるこちらに対し、彼女は恥ずかしそうに近づく。鞄から小さくて丸い金属の箱を取り出して、それを探偵に差し出した。

「本当に今日は本当に楽しい思い出を作れました。これ、大した物じゃないですけど、お近づきの印です。ご迷惑でないのでしたら、受け取ってくれませんか?」

 エドワードは表情をそのままにして、何もせず沈黙を保った。しかし、やがてその面持ちが緩んだ時、嬉しそうに手を差し伸べ、渡された箱を手に取る。

「感謝します。またどこかで、お会いできればいいですね。私も今日と言う素晴らしい日を忘れはしません・・・・・・では、お元気で」

 エドワードは上機嫌な面持ちで、恋人と助手がいるレストランへと立ち去っていく。ずっと、その場で探偵の帰りを待っていた2人に"待たせたな"の一言を述べ、自身も席に着く。リディアはコーヒーが余ったマグカップを口の手前で止め、探偵を睨んでいた。クリフォードも彼女の怒りを察しているのか、少し距離を置き、小柄な体を縮こませる。

「--あの女、誰?」

 リディアが声を鋭く、訝しげに聞いた。

「--ん?桟橋にいた女性の事か?どうやら、ウェスト・ブロンプトンから来た御令嬢らしい・・・・・・っておいおい、確かに美しい女性だが、彼女に気がある訳じゃない。変な勘違いしないでくれよ?」

 とエドワードは冷静に恋人の態度を和らげる。

「どうかしらね?何か貰ってたじゃない」

「リディア。英国ってのは紳士淑女で溢れる国。些細な出会いが深い縁を作る事もある。何かを貰ったり渡したりするのは、あくまでも礼儀作法の1つなんだ。そんな事で浮気だと言っていたら、この国は世界一、離婚や失恋が多い国になってしまうぞ?」

「--そう。ならいいんだけど・・・・・・」

 リディアは一応は納得するものの、不愉快な気分を取り除けないままコーヒーを啜った。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.52 )
日時: 2022/04/10 20:25
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月12日 午後8時47分 イーストエンド 酒場『銀の王女亭』

「最近は本当に売り上げが悪いわね。もっと料理のメニューを増やした方がいいのかしら?それはそうと、エリザ!早くウィスキーのボトルを持ってきてちょうだい!この店にとって唯一の人気商品なんだから!あ、あと!ビールの補充も忘れずにね!?」

「はい!お姉様!すぐに持って来ます!」

 返事はすぐに返って来た。

「全く・・・・・・これじゃ、店員に給料を払うのも厳しいわ。どうにかして、店の評判を上げられないかしら?」

 どうにもならない事に愚痴を零していると、扉にかけたベルの音が鳴った。また1人、彼女?の店に来客が訪れる。

「いらっしゃいませ~・・・・・・って、あら!エドワードじゃない!」
「よう、ロザンナ。店は繁盛しているか?ん、どうした?随分と機嫌が悪そうだな?邪魔なら、すぐに出て行くが?」

 ロザンナは"とんでもない"と言わんばかりに首を勢い良く横に振り

「ううん、あなたならいつでも大歓迎よ。さあ、ここ座って。今日は何を飲む?何なら手料理も作ってあげるわ」

 エドワードは"結構"とバーボンだけを注文し、コートを脱いでいつものカウンター席に座る。ロザンナは無色透明なグラスに琥珀色のアルコールを注いだ。氷や水は入れずロックのまま、客である探偵の手前に置く。

「やはり、1人で静かに飲む酒はバーボンに限るな」

 エドワードはバーボンを一口飲み、軽い笑みを零した。

「あなたって多彩な才能だけじゃなく、お酒のセンスもいいわよね。死んだパパが言っていたわ。お酒の選び方で人間の品質が分かるってね」
「ははっ、大袈裟に褒め過ぎだ。俺はただ、色んな種類の酒が好きなだけだよ」
「ううん、違いないわ。お酒と言うのは、人間の心や才能を映し出す物なの。私の長年の経験がそれを語ってる。あなたは間違いなくこの世に2人といない優秀な人材よ」

 ロザンナの真剣に思いを告げるが、エドワードは照れることなく、無意識に首を傾げる。

「--ところで、今日1日、どういう風に過ごしてたの?やっぱり仕事?」
「いや、今日は休暇を取った。たまには仕事で疲れた羽を伸ばそうと思ってな。俺とリディア、クリフォードの3人でテムズ川のレストランでのんびりと過ごしていた」
「へえー、テムズ川のレストランで・・・・・・羨ましいわね。いい思い出作りになったんじゃない?」

 エドワードはよくぞ聞いてくれたと実に嬉しそうに

「そうなんだよ。桟橋で煙草を満喫しながらテムズ川を眺めていたら、美しく高貴な女性と出会ってな。あろうことか、向こうから声をかけて来て気づいたら親しく会話をしていた」

 すると、ロザンナは嫉妬が混じったような蔑んだ目で皮肉を口走る。

「あらあら、何てこと・・・・・・イギリス一の名探偵が恋人を差し置いて浮気なんて・・・・・・週刊誌に大きく載りそうね・・・・・・」

 エドワードは苦笑し、作り笑いを吹き出すと

「お前もリディアと似たような事を言うんだな。俺はその女性と少し話をしただけで、妙な気も起こさなかった」
「ふ~ん・・・・・・ちなみにその女性ってどんな人だったの?名前は?何歳くらい?」

 興味津々のロザンナの問いにエドワードは数時間前の記憶を辿り

「ウェスト・ブロンプトンから訪れた白髪の女性で年齢は20代くらい。名前からして間違いなくフランス人だ。確か、エリーゼ・ド・リッシュモンと言ったか・・・・・・」


「--ええっ!!?」


 その名を耳にし、ロザンナは急に何かを吐き出したような聞き心地の悪い低い声を吐き出した。同時に吸っていた煙草を落とし、洒落にならない面持ちを浮かべる。客人達は一瞬、沈黙し大勢の目がこちらに向いたが、すぐに興味なく視線を逸らした。酒場は再び賑やかな場となる。

「なんだ?その人物を知ってるのか?それよりロザンナ、いつもの女らしさが消えてるぞ?」

 エドワードは大した反応はせず、意地悪な一言を零すとバーボンを一口飲んだ。

「--もしかして、彼女に恋しちゃったとか言わないわよね・・・・・・?」
「恋か・・・・・・ふむ、あれはもしかしたら、そうなのかも知れん。叶うならもう一度会いたいものだ」
「--何て事・・・・・・あの女は本当にヤバいわ!すぐに手を引いた方がいい!」

 ロザンナはいつもの性格と異なる実に深刻な態度で訴えたが、エドワードは丸っきり相手にしなかった。

「手を引いた方がいいって?ひょっとして嫉妬してるのか?」

 と呆れた様子で鼻で笑ったが

「そんなんじゃないわ!あなたに消えてほしくないからよ!」
「--消えてほしくない?今のは聞き捨てならないな?詳しく説明してくれないか?」

 ロザンナは"勿論"と肯定し、残ったワインで喉を潤した。グラスをカウンターに置くと呼吸を整え落ち着かせる。そして、理由を語り始めた。

「あのエリーゼって女は美貌がある上に金持ちで男も女も魅了する。例えるなら、甘い蜜を出す花みたいな存在なの」
「ああ、その例えに相応しいほど彼女は美しい。正に『ウェスト・ブロンプトンの薔薇』と言えるだろう」

 ロザンナはぐいっと顔を押し寄せ

「--でも噂じゃ、あの女に関わった男は皆、"行方不明"になっているわ。女の方も全員、"謎の死"を遂げてる。あいつは白い薔薇なんかじゃない、猛毒の棘を持つ黒薔薇よ!」

 それでもエドワードはまるで信じようとはせず

「--ふっ、猛毒の黒薔薇か・・・・・・嫉妬は恐ろしく、醜いものだ。自分が敵わない人間を妬み、悪い噂や評判を流す。そのような行為には感心できんな」
「嫉妬なんかじゃない!本当に危険なのよ!」

 ロザンナは怯まずに訴えるが、エドワードはそんな彼をキッと睨んで

「ロザンナ。酒を振る舞い、相談に乗ってくれるお前は俺にとっての癒しだ。だが、偏見を口にするお前は好きになれん」
「エドワード・・・・・・」
「あくまでも噂なんだろう?それだけじゃ確証にはならん。もし、エリーゼが純白の淑女だったらどうする?申し訳ないと思わないか?」
「・・・・・・」

 エドワードはバーボンを飲み干し"ふう・・・・・・"と息を吐く。

「心配しなくても大丈夫だ。会話しながらエリーゼの表情を観察していたが、彼女に邪悪な意は感じられなかったし、あの目は犯罪者とは程遠いものだった。もしかしたら、お前が言うエリーゼとは同姓同名の別人だったのかも知れん。偶然は恐いくらいに重なるからな」

 ロザンナは探偵には敵わないと判断としたのか、しゅんと落ち込んだ顔を俯かせた。

「--ごめんなさい。私もちょっと、非情になり過ぎたわ。他人を悪く言うなんて純粋な女として失格ね・・・・・・でもね、今までの事は嫉妬でも偏見でもない。私がエドワードが好きだから警告しただけよ。両親だけじゃなく、あなたまで消えてしまったら・・・・・・私は辛くて、生きていけないわ・・・・・・」

「安心しろ。お前やリディアやクリフォードを残して、あの世に行くわけがないだろ。バーボン、もう1杯いいか?今日は飲みたい気分なんだ」
「--ええ、勿論よ・・・・・・」

 ロザンナは活気のない声で返事を返すと、ボトルを取りにカウンターの奥へと入って行った。エドワードはポケットから小さくて丸い金属の箱を取り出し、テーブルに置く。それは今朝、お近づきの印としてエリーゼからプレゼントされた物だった。蓋を開けると、中には紙で包まれたお菓子が詰まっており甘い匂いが漂う。

「チョコレートか・・・・・・今日は本当に運のいい1日だったな」

 チョコレートを食べようと、早速、包みを広げた。すると、彼は何かに気づき、留めた視線を近づける。その意味を知った瞬間、彼は実に嬉しそうに微笑んだ。

「--これは・・・・・・また、会える事になりそうだ」

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.53 )
日時: 2022/04/20 20:20
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

--1888年 6月13日 午前10時37分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート  

 オックスフォード・ストリート。ここはロンドン市中心部ウエストミンスター区を東西約2キロメートルにわたり貫く大通りである。ヨーロッパで最も人通りが多いストリートであり、300以上の店舗が連なる世界的なショッピング・ストリートとして有名である。

 紳士淑女で溢れる人ごみの中、一際目立つように例の人はいた。誰かを待つ、その品のある美しい後ろ姿は絵になりそうな程だ。エドワードが人々の間を通り、近づいて来る。その手には白い花束を抱いていた。

「--失礼、ミス・リッシュモン?」

 エドワードが静かに話しかける。リッシュモンと呼ばれた女性は振り返り、顔を優しくほころばせた。

「--私のメッセージに気づいて下さったのですね?正直、来てくれるか不安でした。でも事実、あなたは会いに来てくれた」
「私も再びあなたにお会いできて、嬉しい限りです。よかったらこれ、受け取って下さい。迷惑じゃなければ・・・・・・」
「まあ、綺麗な花束。私のために?」
「昨日のチョコレートのお礼です。白い花ほど、あなたに似合う花はないと思いまして・・・・・・」
「ふふっ、お上手ですね」

 エリーゼは探偵の好意に頬を赤く染める。そして、2人は互いに照れながら小さく笑い合った。

「しかし、ミス・リッシュモン。何故、こんな私に待ち合わせのメッセージを?」

 エドワードが自分への再会を望んだ理由を問いかけると

「もっと、あなたの事を知りたくなったからです。あんなに心を惹かれた出会いは初めでしたから・・・・・・」

 エリーゼは淡々と答えた。そして、相手が何かを言う猶予さえも与えず、詰め寄る。

「今日だけでいいんです。今日だけは私を恋人だと思って、付き合って頂けませんか?」

 エドワードは葛藤に悩みながら遠慮がちに

「嬉しい誘いですが・・・・・・私にはかけがえのない恋人がいます。あなたに本格的な好意を抱いてしまえば、彼女を裏切る事になってしまうのでは・・・・・・」
「お願い。1日だけでいいんです。もう一度、あなたと素敵な思い出を作りたい」

 エリーゼの本意の頼みにエドワードは困惑する。しかし、せっかくの誘いを断るのも紳士としての良心が痛んだ。結局は執念深さに負け、観念したのか

「あなたはどこまでも私を虜にしようとするのですね・・・・・・あなたの恋心には敵わないな・・・・・・1つだけ、頼みがあります。私とあなたはあくまでも、恋仲ではないただの知人同士。その一線を越えないと約束してくれるなら、私はあなたと1日を共にします」

「ええ、約束は守ります。あなたを恋人の方から奪う事もいたしません。だって、ただの知人同士なのですから・・・・・・」

 2人は約束を交わし、腕を組むと商店街の奥へ歩き出した。

「さて、せっかく最初で最後のデートをしに商店街を訪れたんだ。楽しまなくては損ですよ。ミス・リッシュモン、まずはどこに行きますか?」

 楽し気な質問にエリーゼは迷わず答えた。

「買い物がしたいです。どうしても行きたい所があって・・・・・・よろしいですか?」
「勿論、私に対して遠慮する必要はありませんよ」

 2人が最初に足を運んだのは果物売り場だった。新鮮で瑞々しい様々な果実が並び、心地のいい甘い香りが漂う。この国では珍しい異国の代物も売り出されていた。

「凄い数のフルーツですね。この甘酸っぱい香りがたまらなく好みです」
「私も果物が好きで食事の後は決まってデザートにします。あ、この面白い形をした果物は南国の果物でしょうか?」

 2人は店に入り、無数の果物を見て回る。エドワードは果物を買いに来た理由をエリーゼに尋ねると、彼女はジャムやお菓子に加工するのだと話した。それをもてなしの品として、豪邸に訪れた客人に振る舞うのだと言う。

「ところでミス・リッシュモン。あなたはどんな果物をお望みですか?私に何でもお申し付け下さい」
「えっと・・・・・・じゃあ、赤いリンゴが欲しいです。今夜のディナーを作る際、パイの材料にしようかと・・・・・・」

 エドワードは店の入り口付近に走り、頼まれた品を腕に抱えるだけ積み込むと、すぐにエリーゼの元に戻って来た。その中の1つを手に取り、彼女に差し出す。

「これをお探しですか?このリンゴ、とても甘そうですよ?色もいいし、あなたのように若々しい」

「くすっ、からかわないで下さいよ。リンゴもそんなにいりません。でも、私のためによくしてくれてありがとう。ふふっ・・・・・・!」

 探偵の演じる執事の役にエリーゼは笑いが吹き出た口を恥ずかしそうに覆った。そこへ初老の女性店員が活気ある態度でやって来る。

「あらぁ!もしかしてあんた達、恋人同士でお買い物かい?実は既に婚約も決まってたりして!憎いわねえ~!」
「あ、そ、その・・・・・・い、いえ!俺達は別に・・・・・・」

 誤解を招いて慌てふためくエドワードの言葉を遮り店員は凄い勢いで迫り

「このお店を選ぶなんてお二人さん!物を見る目があるわぁ!遠慮なんかしないで是非、たくさん買ってってちょうだいな!」

 とパン!と両手を合わせ、乾いた音を鳴らした。

「このリンゴを買いたいのですが?おいくらですか?」

 隣にいたエリーゼは冷静に値段を聞く。

「このリンゴが欲しいんだね!?お目が高い!全部で7個お買い上げだから、合計5シリングだよ!」

 店員は腕一杯のリンゴを手際よく紙袋に詰めると、商品を差し出し支払いを要求する。

「5シリングですね?」
「ああ、ミス・リッシュモン!お支払いなら私がやりますよ。あなたはリンゴをお持ち頂けないでしょうか?」

 財布を取り出そうとしたエリーゼの手を止め、エドワードが代わりに紙幣を渡した。

「毎度あり!また、オックスフォード・ストリートに来たら、次もうちの店に寄ってちょうだい!安くしとくわよ!」

 店員は上機嫌な別れを告げると、街ゆく人々に客引きを行う。

「さて、欲しい物は手に入れましたね。次はどこに行きましょうか?」

 財布をポケットにしまい、エドワードは買ったばかりのリンゴを再び抱える。

「--あの・・・・・・ごめんなさい。こんなに親切にして頂いて・・・・・・お支払ったお金は、後で必ずお返ししますから・・・・・・!」

 紳士的な対応に対し、申し話なさそうに表情を曇らせるエリーゼに

「その必要はありませんよ。これは私自身が望んだ事です。女性に代金を払わせる男など、英国紳士とは呼べませんから。あなたのお役に立てられて、とても嬉しい気持ちです」

 と口角を上げ、明るい笑顔を繕った。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.54 )
日時: 2022/05/08 18:18
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 次に2人が訪れたのは、大人も興味がそそられるキャンディー売り場。飴玉、水飴、棒つきキャンディーにチューインキャンディーなど、何でも揃っている。店を取り仕切る店員はハットを被り、立派な口ひげを生やした中年の紳士だった。

「いらっしゃーい!紳士淑女の皆様!他では味わえない美味しいキャンディーは如何かな~!?」

 紳士は陽気な態度で来客を招き入れる。愉快な喋りに派手な格好、笑った顔を絶やさない。時々、飴玉で芸を見せたりとまわりからの注目を集める。

「お!そこの幸せそうなカップルさん!この棒つきキャンディーは如何ですかな?青色が彼氏さんで赤色が彼女さんだよ~」

 そう言って、色の違う動物を模ったキャンディーを2人に差し出した。エリーゼは照れくさそうに口角を上げ

「あはっ!可愛いです。おいくらですか?」
「値段はたったの6ペンス、私はこの商売で1000ポンドを稼ぐつもりだ。応援しててくれよ?」

 エリーゼはジョークに笑い、お気に召した様子で迷わず飴を買う事に決めた。

「お買い上げありがとぉ!お二人が末永く幸せでいられる事を心から祈っているよ!」

 紳士は相変わらずな陽気さではにかんだ。

「はい!エドワードさん!ふふっ、青色の狐!」

 エリーゼはエドワードに飴を渡し、自身は赤色の猫を口に入れる。
エドワードは飴を舐める事はなく、紙に包んでポーチにしまうとエリーゼと手を繋いで更に人ごみのいい加減な列の中を進んでいく。

 2人はその後も色々な所を回った。エリーゼが最も楽しめたのは、くじ引きで景品を当てるコーナーだった。異国の日常品と珍しいおもちゃ、吊るされた派手なアクセサリー、他にも色々ある。1等の品は王立記念品である銀貨だった。

「これがやりたいです!いいですよね?」

 エドワードの支払いで3回、くじを試した。最初の2枚は見事に外れ残念賞のお菓子、最後の1枚は4等の当たりだった。エリーゼは子供のように喜び景品のアクセサリーを貰う。

「少し、休息を取りませんか?この先に是非ともエリーゼさんをお連れしたい喫茶店があるんですよ。ご案内します」

 すると、何故かエリーゼはしゅんとした顔を俯かせた。酷く落ち込んだ様子で今にも泣き出してしまいそうな表情を繕う。

「--あの・・・・・・その・・・・・・私の事はエリーゼと呼んで頂けませんか?お互い呼び捨てで・・・・・・その方が関わりやすいと思うので・・・・・・嫌ですか?」

 エリーゼは恥ずかしがった顔を逸らして、互いに気を遣わない事を望む。エドワードは実に恐れ多い気持ちもあったが、同時に嬉しくもあった。

「--あ、ああ・・・・・・いえ、構いませんよ。あなたがそう望むのでしたら・・・・・・」
「うふふ、よかった。じゃあ、改めてお付き合いを楽しみましょう?エドワード」
「--ああ、エ、エリーゼ・・・・・・」


 楽しみの連続だった1日を十分に満喫した2人は、最後のデートの場所は丘の上にある公園を選んだ。2人は木陰のベンチに腰掛け、次第に沈んでいく赤い太陽に黄昏る。

エリーゼは隣に座るエドワードの手をそっと、自分の手で包み込むと探偵も彼女の方を向き、優しく微笑みを返す。純粋な愛を分かち合う本物の恋人同士のようだった。

「--綺麗な夕日ね・・・・・・」

 エリーゼは夕日を眺める。楽しい一時の終わりに寂しさを感じているのか、その表情はどこか切ない。

「たった1日の間だけだったけど、エドワードと過ごせて楽しかったわ」
「ああ。俺もエリーゼと共にしたこの日を一生の思い出にするよ」
「--ねえ?もし嫌じゃなかったら、また一緒に・・・・・・」

 エドワードは幸せに満ちた表情を崩さなかった。しかし、口は非情な言葉を投げかける。

「--残念だが、それはできない。これ以上関係を深めてしまえば、俺は本当の恋人を忘れてしまう」
「--そう・・・・・・あなたにはもう好きな人がいるのよね・・・・・・すっかり、忘れていたわ・・・・・・」

 望みを否定され、エリーゼは素直に諦めをつける。彼女の落ち込んだ様子にエドワードは胸が痛んだが、絶対に譲れないものもあると甘い良心を押し殺した。

「いつか、エリーゼにも俺なんかよりもずっといい恋人ができるさ。ロンドンは紳士で溢れる街だからな」

 エドワードは前向きに言ってベンチを立ち、大きく背伸びをした。後ろにいる低い姿勢を取ったエリーゼを見下ろし

「もっと一緒にいたいが、そろそろお別れしないとな・・・・・・ここでさよならをしよう。さて、夜の街は色々と物騒だ。特に裕福な淑女は狙われやすいからな。ウェスト・ブロンプトンまでお送ろうか?」
「--自分で馬車を拾って帰るからいいわ。それに自分の身は自分で守れる・・・・・・」

 エリーゼも腰を上げると、鞄の中から護身用の小型拳銃を取り出した。それをすぐにしまい、探偵に背を向けると一度だけ振り返って

「さようなら、素敵な探偵さん・・・・・・」

 どんどんと遠のいていく後ろ姿をエドワードは最後まで見送る。やがて1人、取り残された彼は煙草を手に火をつけると煙を深く吸い、ゆっくりと吐き出した。

Re: ダウニング街のホームズ【第四話 ウェストブロンプトンの薔薇】 ( No.55 )
日時: 2022/05/21 18:58
名前: 忘却の執事 (ID: FWNZhYRN)

 --1888年 6月14日 午前7時31分 ダウニング街10番地 サリヴァン探偵事務所

 ダウニング街を一望できる窓を背にエドワードは椅子に腰かけ、今日で3本目の煙草を灰皿に押し付け、新聞を片手に紅茶を嗜む。彼は機嫌がいいのか、嬉しそうに鼻歌を歌い、音楽のリズムに合わせ机に指で叩く。

「--エドワードさん。書類の片づけが終わりましたよ・・・・・・」

 物置部屋から助手のクリフォードが姿を現し、仕事の終わりを伝えた。気分が高揚した探偵とは裏腹に活気がなく、深く落ち込んだ様子だ。彼だけじゃない。珍しく事務所に訪れていた旧友のアメリアもそれに近い呆れた表情を繕い、美味しくなさそうに冷めた紅茶を啜る。

「しかし、イギリス一の名探偵が恋人を差し置いて不倫なんてね・・・・・・流石の私も笑えないよ。あんたは昔からの付き合いだから、この衝撃的事実を記者に売ろうなんて思わないけどね。だけどエド、あんたはそこまで女癖が悪い男だったのかい?」

「お前もロザンナと同じ皮肉を言わないでくれ。俺はただ、紳士としての役目を全うしただけだ。一線も越えてはいないし、誓って疚しい事はしてないぞ。俺はどんな時だってリディア一筋、エリーゼは世界に2人といない美貌の持ち主と言えるが、浮気しようなんてこれっぽっちも考えてない」

「--どうだかねぇ・・・・・・」

 アメリアは、まるっきり信用していない口調で蔑んだ視線をエドワードに送る。

「--こんな事言いたくないですけど、僕もエドワードさんの行為には感心できません。昨日の事をリディアさんが知ったらあの人はどう思うか・・・・・・例え、一線を越えなくても親しくもない女性と娯楽的に過ごすなんて、そんなの不倫同然です。どんなに強く頼まれても、心を鬼にして誘いを断るべきでした。大切な人を裏切らず、間違っている事は絶対にしない・・・・・・エドワードさんには、そういう紳士でいてほしかったです」

 クリフォードも表情は弱々しいが口調を強く、自身の思いを訴えかける。

「クリフォードが一番正しい事を言ってるよ。エド。人々から求められる有能な人材なら、紳士としてのプライドくらい守りな・・・・・・で、そもそもウェスト・ブロンプトンの令嬢エリーゼとはどのようにして出会ったの?詳しい経緯を教えてくれない?」

 エドワードはぼんやりと天井を見上げ、昨日の記憶を遡った。

「--エリーゼとの出会いはテムズ川の桟橋で煙草を吸っていたところから始まった。彼女から声をかけられた事がきっかけで、互いの素性を明かし、少しばかり話をしたんだ。リディアとクリフォードを待たせてはいけないとレストランに戻ろうとした別れ際に、"オックスフォード・ストリートで待ってる"と記した包み紙のチョコレートを手渡された。そして、俺はそのメッセージを偶然見つけ、エリーゼと再会。昨日の事に至ったわけだ」

 クリフォードは聞きたくなかったと言わんばかりにため息をつく。

「--なるほどね。そこであんたは怪しいとは思わなかったの?」
「ああ、会話に紛れて彼女の表情を窺ったが、悪意は微塵も感じ取れなかった。醜悪な心を秘めた人間なら、嫌でも俺の長年の観察力が見破ってしまうからな」

 アメリアは腕を組み、"ますます怪しい"と更に深い疑惑を抱く。

「だとしても、やっぱり変だよ。エリーゼはメッセージ入りのチョコレートを予め用意していたんだよ?つまり、彼女に誘われた男はエド、あんただけじゃなかったって事だ。しかも、あの女と関わった人間は全員、不審死を遂げるとか行方不明になるという最悪の末路を辿っている。これ以上関係を深めれば、いずれあんたも消されるかも知れないよ?」

「なんだなんだ。お前もそんな、確証もない事を鵜呑みにしているのか?」
「私もあの女に関しては、いい噂を聞かない。誰に聞いても死神だの、花束にナイフを隠した女だの。そんな風なものばかりだった」
「関わった人間は全員死ぬ・・・・・・そこまで危険な人物なのに何故、警察はエリーゼを逮捕しないんですか?」

 クリフォードも不思議に思い、疑問を投げかけると

「あの女はロンドンでも1、2を争えるほどの大貴族で多くもの特権階級や政治関係者と繋がっているんだよ。だから、警察も政府も下手に手が出せない。それに今、エドワードが言ったように彼女が殺人を犯してる確証がないんだ。物的証拠を見つけない限り、エリーゼを逮捕するのは絶対に不可能だね」

 アメリアは腕と脚を組んで、エリーゼが俗世間にのさばる理由を淡々と述べる。

「そもそも、エリーゼが陰惨だという噂を前々から知っていたんだろう?お前の情報収集技術を生かして、彼女の事を調べ上げようと思わなかったのか?」

 エドワードが少し突っかかりながら聞くが

「エリーゼの危険な噂は前々から耳にしていたけど、エドから話をされるまでは興味がなかったからね。パートナーの前で弱音を吐くのも嫌だけど・・・・・・私の経験上、ああいうタイプが1番たちが悪い。表では美貌と大金を提げてはいるものの、裏で殺し屋を雇い、邪魔な人間を消してきた貴族令嬢をたくさん知ってる。きっと、エリーゼも例外じゃない。ここは1つ、また手を組む気はないかい?」

「お前と知り合ってから、その変わりばえのしない台詞を何度、聞かされた事か・・・・・・今度は何を企んでいる?」
「私とエドでエリーゼが黒だという証拠を探し出すんだ。あの女を野放しにしていたら、犠牲は増え続けるだろうね。私達の使命はロンドンを犯罪から守る事でしょ?」


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