複雑・ファジー小説

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頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~
日時: 2020/12/26 11:22
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: fMHQuj5n)

【頼まれ屋アリア〜Welcome to our Agency!〜】

 異世界“アンダルシア”。その世界にある、魔法の栄える王国でのお話。
 アンディルーヴ魔導王国。その片隅に、不思議な店がありました。
 その名前を、『頼まれ屋アリア』と——。
 木造の店の入り口に掛かっている看板には、こんな文言が刻まれている。

『頼まれ屋アリア、開店中!
 願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 店を経営するは魔導士の姉弟。
 これは、そんな二人と、店に訪れる様々な依頼のお話。

  ◇

 連作短編集です。一章につき依頼が一つです。
 更新はアイデアが浮かび次第なので不定期です。
 舞台は「魂込めのフィレル」に出てきた大陸国家シエランディアの東方、北大陸です。
 それでは——

「頼まれ屋アリアへようこそ。あなたの依頼はなぁに?」
「言っておくが、面倒事はお断りだからな」

——————

【主要キャラ紹介】

・アリア・ティレイト……(17歳)
 全属性魔法使いの少女。「頼まれ屋アリア」の店主でもある。明るく素直で正義感が強い。正義感を暴走させて、トラブルを引き起こすこともしばしば。困った人を見ると放っておけない。人と関わることが得意で、店では接客担当。背中くらいまでの長さの赤い髪に赤い瞳、赤いワンピース。しっかり者のお姉ちゃんだが、弟には過保護で鬱陶しがられることが多い。家事が得意。
「頼まれ屋アリアへようこそ! あなたの依頼は何かしら? あたしたちが叶えたげる!」

・ヴェルゼ・ティレイト……(15歳)
 死霊術師にして固有魔法、血の魔術を使う少年。アリアの弟で、店では会計役を務める。基本的に冷静だが、やや好戦的な面を見せることもある。人と関わることが苦手で、普段は店の奥に引っ込んでいる。「自分は周りより出来る」と思っているがまだまだ青い。黒髪黒眼、黒のマントを羽織り、背中には死神の大鎌。首からは素朴な笛を下げる。何かと暴走しがちな姉のブレーキ役。
「死霊術師は長く生きない。オレが早死にするのは自明の理。……怖くないって言ったら、嘘になるな」

・デュナミス・アルカイオン……(生きていたら17歳)
 ヴェルゼの傍にいつもいる灰色の亡霊。ヴェルゼの大親友だが、ヴェルゼを守って命を落とした際に、奇跡によって霊体として地上にとどまれるようになったという。元天才死霊術師で、死後もその力の一部を使える。温厚な性格で、仲良しゆえに喧嘩ばかりの姉弟の仲裁役となっている。アルカイオンという貴族の子だが、捨て子だったらしく本当の素性は不明。
「死んでるのって不思議な感じ。眠りもしないし食べもしない。……でもちょっと、寂しいかな」

・ソーティア・レイ……(16歳)
 異民族「イデュールの民」の少女。白い髪に赤い瞳を持つ。内気で臆病ではあるが、強い芯を持つ。
 ある日、彼女は頼まれ屋アリアに転がり込んできたらしいが……?
 直接魔法を使うことは出来ないが、直前に放たれた魔法に限ってコピーして使える「魔法転写」の才を持つ。また、一般人には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。
「わたしはもう……何も出来ない弱いわたしじゃないんですよっ! 任せてください!」

————————

【目次】(変わる可能性大です。とりあえず仮)

 プロローグ 新しい居場所 >>1 ——1456年3月

【第一部 帝国暦1457年の依頼たち】>>2-

 第一の依頼 パンドラの黒い箱 >>2-9 ——4月
 第二の依頼 人形の行く先 >>10-12 ——5月
 第三の依頼 色無き少女の願い事 >>13-18 ——6月
 第四の依頼 双頭の魔導士 >>19-29 ——7月
 第五の依頼 アーチャルドの凍れる姫君 >>30-33 ——8月

 番外 死霊ツイソウ譚 >>34-42 ——1456年5月
 ヴェルゼ誕生日編 いつか来る春 >>43 ——12月2日

 第六の依頼 権力色の暴力 >>44-51 ——9月
 第七の依頼 黄昏のアムネシア >>52- ——10月
 第八の依頼 運命を分かつ白双 >> ——11月
 第九の依頼 満ちぬ月の傀儡使 >> ——12月

 番外 幸せの地はいずこ >> ——1455年

  ◇

【第二部 1458年は忙しい】 >>

 第十の依頼 笛の音たどれば ティレイト姉弟編 >> ——1月
               ソーティア編 >>
               デュナミス編 >>

 第十一の依頼 厄災の虹結晶 >>
 第十二の依頼
 第十三の依頼
 第十四の依頼 正義の在処 >> ——5月

  ◇

【第三部 1459年の静かな夜】 >>

 第 の依頼 転生勇者のアンチテーゼ >> ——2月
 第 の依頼 砂漠に咲かせ、雪の華 >> ——7月
 最後の依頼 黄昏の果てで君を待つ >> ——12月

  ◇

【最終部 1460年と共にさよなら】

 今に至るエルナス >> ——1月

  ◇

 過去の依頼1 毒色の装身具 >> ——1457年1月

 番外 風邪っぴきアリア >> ——1458年2月
 番外 灰色の真実 >> ——1458年10月
 番外 毒薔薇のローゼリア >> ——1457年7月
 番外 人魚の泪 前編 >> ——1458年11月
 番外 人魚の泪 後編 >> ——1456年7月
 番外 ある新年に願う >>
 番外 頼まれ屋の休日 >>

 過去編 遠い日のエルナス >>
 過去編 幸せの地はいずこ >>

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.58 )
日時: 2021/01/15 08:57
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「この世界は……理不尽だと思わないかい?」

 シドラの赤い瞳に、仄暗い感情が宿る。

「だってさ、ボクらさ、イデュールだってだけで差別受けてんだぜ。馬鹿みたい。イデュールに生まれたことがそこまで罪なことなのかい? 人間たちから酷い目に遭わされるたびにさ、何度も何度もそう思った。そしてそんなボクたちがいくら頑張ったって、人間たちには認められない。そこの」

 彼は不安げな目で自分を見ているソーティアを指さした。

「彼女だってさ。今こそ頼まれ屋アリアで良い待遇を受けてるみたいだけど? 店から出たらどうなるかなどんな扱いをされるかな? ああ、やっぱり世界は理不尽だ」

 シドラの言葉に、ソーティアはぐっと唇を噛み締める。
 そう、アリアたちが特別だっただけだ。普通はイデュールの民なんて、
誰も受け入れてはくれないのだ。
 ただ、イデュールとして生まれただけ。それなのに、のし掛かるは圧倒的理不尽。
 だからさ、とシドラは続ける。

「ボクと兄さんは決めたんだ、この世界に爪痕を残そうって。さんざん馬鹿にされてきたイデュールでも、誰かの心に残ることは出来るって証明したかった。たとえそれが――憎しみという形でも」
「だからオレたちを騙して追放させたのか?」

 鋭い目でヴェルゼが睨む。
 ああそうだよと頷いた。

「だって……どうせさ、何か善いことをしたって、『イデュールだから』って理由だけでそれをなかったことにされる社会だぜ。ならさ、自分たちの生きてきた証を残すなら、憎しみとか消えない傷とか、悪い感情で塗り潰すしかない。これはボクたちの挑戦なんだよ――」

 で、とヴェルゼがシドラを睨む。

「お涙頂戴な話をありがとう。お前たちの事情はわかったが、そんなことで傷が消えるか。犯した罪が消えるわけじゃないんだ。和解だって? 寝言は寝て言えよ。誰が貴様なんかと」
「ソーティア・レイ」

 ヴェルゼを無視し、シドラは真剣な瞳でソーティアを見た。
 その鋭い眼光に射抜かれて、ソーティアの身体が固まる。
 シドラは彼女に手を差し出した。

「キミのだけ毒は解いた。ねぇキミ。同じイデュールなら分かるだろう? ボクらの悲しみや憤りが、感じてきた理不尽が。人間と一緒にいたってキミは幸せになれないよ。ならさ……ボクらと一緒に来ない? ローゼリアもさ、胸に咲いた花のせいで外れ者だ。ボクたちと一緒にさ、この世界に爪痕を残さない?」
「…………お断り、します」

 うつむき、ソーティアは差し出された手を払った。

「わたしには助けてくれる人間がいた。でもあなたには自分たちしかいなかった。だから、人間の善性を信じられないのでしょう。けれどわたしは信じます。アリアさんたちと一緒にいれば、わたしはきっと幸せになれる。世界に爪痕を残すことだけが、イデュールの使命ではありません。そんな大きなものに生きた証を残さなくても……わたしは……」

 アリアたちを見る。そこには居場所をくれた大切な人たちの顔がある。
 ソーティアは満面の笑みで、


「わたしは、アリアさんたちの記憶にさえ残ればそれでいいんです!」


 シドラの頬を張った。ぱーんと小気味よい音。

「だから、アリアさんたちを傷つける相手は、たとえ同じイデュールであっても許しません!」
「……そうかい」

 張られた頬を押さえながらも、苦虫を噛み潰したような顔でシドラが声を絞り出した。

「なら残念だ。キミなら分かってくれると思ったのにさ……。さてローゼリア、全員分の毒を解除して。話し合いは決裂したようだ。これ以上、ここにいる意味はないよ」

 頷くローゼリア。しばらくして、アリアたちは身体の自由を取り戻した。
 去りゆくシドラが言葉を投げる。

「分からないよね、ああそうだよ。迫害され無価値だと嘲笑われ、傷ついたことのないキミたちには分からないかぁ。残念だな。……次はエルナスで会おうか、ティレイト姉弟」

 謎めいた言葉を残し、彼は去っていく。追い掛ける者はいなかった。
 そうそう、と最後にフィドラが言った。

「ソーティアさん。あなたの故郷であるカディアスの里は、少しずつ復興してきています。いずれは顔を見せてあげると良いかもしれませんね」
「……!」

 ソーティアの顔に喜びが宿る。

「ありがとう……ございます!」
「感謝されるいわれはありません。あなたは僕らの同族ですから当然です」

 そして彼らは森の奥に消えていった。
 シドラ・アフェンスク。策でアリアたちを陥れた張本人。
 彼もまた、複雑な過去を持つ存在である。それは分かったけれど。

「でも……ええ、あたしたちとは決して相容れない」

 アリアは呟いた。
 目的がどうであれ、それで誰かの心をずたずたにする彼に共感できる日なんて一生来ない。
 その後は終始無言で、店へ帰ったのだった。

  ◇

 因縁の相手、シドラ・アフェンスク。
 いつか彼らと本気で対決する日が来るのだろうか?
 まだあの日のことは終わっていない。決着はついていない。
 「エルナスで会おう」その言葉の真意とは? 自分たちはまた、あの故郷に戻らなければならなくなるのだろうか。
 シドラの残した言葉が、アリアの中で不穏に響いた。

【運命を分かつ白双 完】

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.59 )
日時: 2021/01/18 09:06
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)

【満ちぬ月の傀儡使】

 不思議な不思議な店がある。魔法の王国の片隅に。
 店の扉を開ければ、魔導士の姉弟が客を迎えてくれるだろう。

『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』

 看板には、そんな文言が書かれている。

  ◇

 カランコロン、ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
 今回はどんな依頼だろう。思いながらも、アリアは元気よく声を掛けた。

「はーい、頼まれ屋アリアへようこそ! 今回はどんな依頼かしら?」

 やってきたのは黒髪の少女。青い瞳をし、服は黒を基調とし、青いレースやフリルがたくさんついたワンピース。胸には大きな青いリボン、そして頭に青薔薇のコサージュをつけた彼女は、どこかの貴族の令嬢のように静かで上品な雰囲気を漂わせている。
 少女がアリアを見て、訊ねた。

「あなたが……アリアさん?」

 ええ、とアリアは頷く。

「誰かから、あたしたちの話を聞いたのかしら?」

 問われ、少女は頷いた。
 おもむろに口を開く。

「私は薬草師のシヅキ……。絡繰人形館《からくりにんぎょうかん》のシヅキ。人形使イヅチという名前に聞き覚えはあるかしら?」
「……!」

 頭にひらめくものがある。

「あ……いつかの同業者さん!」

 アリアはぽんと手を叩いた。
 五月。謎の男に魔法人形の修理を頼まれた。その際に手助けをしてくれたのが、人形使のイヅチだった。一見優しげでひ弱そうに見えた彼だったけれど、凄まじい力の気配を感じたのを覚えている。目の前の少女は彼の関係者なのだろうか。
 イヅチ、の名前を聞いて、店の奥でヴェルゼが反応した。いつかイヅチと戦ってみたいと言っていたヴェルゼ。その関係者が店に来たのだから当然と言えば当然の反応だろう。イヅチのことを知らないソーティアが首を傾げ、それを見たデュナミスが説明してやっているのが見えた。そんな様子を眺めながらも、シヅキは言う。

「私は、イヅチの妹。兄さまからここの話を聞いたわ」
「ボクも来てるよ」

 そんなシヅキのワンピースの中から、ふわりと人形が現れた。
 短めの金髪に金の瞳、青いマントを身に纏った少女の人形。彼女はイヅチの相棒たる、意思持つ人形ミカルだ。

「えへへっ、また会えたねっ! 頼まれ屋のみんなぁ、元気してたー?」

 ミカルが元気な声を出す。だが、その声には前に聞いたほどの元気がないようにも思える。
 アリアは首をかしげた。
 イヅチの妹もイヅチの相棒もいる。なのに肝心のイヅチがいない。これはどんな依頼なのだろう。まるで見当がつかない。
 いつもは明るくお茶目な態度を取っているミカルも、何故か今は真剣に見えた。
 困惑するアリアに、シヅキは青い真っ直ぐな瞳を向けた。

「単刀直入に言うわ」

 その声には、どこか焦りのようなものすら感じられた。


「兄さまを、助けて」


  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.60 )
日時: 2021/01/21 09:18
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


 シヅキは語る。ある日、近所の森から帰ってきたらイヅチがいなかったこと。そこには、人を人形のようにする特殊な香のにおいが漂っていたこと。ミカルに周囲を偵察に行かせたら、心を抜き取られ人形のようになっているイヅチを見掛けたこと。そしてイヅチの傍には謎の男が立っており、イヅチに何か命令を下しているようにも見えたこと。

「十中八九、そいつが黒幕だわ。けれど私は魔法の使えないただの薬草師。私では兄さまを助けることなんて出来ないわ。だから……兄さまから話を聞いたのを思い出して、あなたたちを頼ることにしたのよ」

 沈鬱な表情でシヅキは語った。
 そっか、とアリアは頷く。

「イヅチには前に助けられたし! 今度はあたしたちが恩を返す番ね? いいわよ了解!」

 アリアは笑顔をシヅキに向けた。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」
「あいつがピンチになっているって、珍しいと思うしな」

 店の奥からヴェルゼが出てきて、にやりと笑った。

「オレはアリアの弟、死霊術師のヴェルゼだ。いいぜ、受けてやる」
「……ありがとう。助かるわ」

 シヅキは深く礼をした。

「とりあえず……奴のところに案内するわね。あなたたちみたいに経験豊富な魔導士さんたちなら、何か方法が浮かぶかも知れない。話だけ聞いたって分からないでしょ?」

 そうねとアリアたちは頷いて、シヅキの後についていく。
 いつか出会った、とても強い人形使。そんな彼が危機に陥っているという事実に、胸は不安でざわついた。

  ◇

 シヅキが案内したのは、とある丘だった。その上に立つ二つの人影を、下の方にあった林から見た。
 一人は、見間違えようもないイヅチ。黄金の髪に黄金の瞳、身に纏うは漆黒のマント。その表情は虚ろで、動きもぎこちない。
 人形のようになったイヅチの傍らに立つ男は、金色の髪に赤い瞳。左目を黒い眼帯で隠し、身に纏うは漆黒のマント。その面立ちは、どこかイヅチに似ていた。
 男がイヅチに何かを命じる。するとイヅチはふらふらと動き出し、丘の向こうへ消えて行った。その姿には、いつかのような強い雰囲気など微塵も感じられない。彼は完全に、生ける人形と化しているようだった。

「へェ、あいつが……」

 ヴェルゼが小さく驚きの声をもらした。その目は細められ、何かを観察しているかのようだった。漆黒の瞳に輝きが宿る。

「だが……分かったことがあるぜ。ひとまずこの場を離れよう。やるべきことが出来た」

 アリアはきょとんと首を傾げた。

「え? あたしには何も分からなかったよ?」
「オレと……デュナミスには分かったはずだ。死霊術師の領分だなこれは」

 首をかしげるアリアに、静かにヴェルゼは答える。
 その場を離れて、ヴェルゼは言った。

「今のあいつには魂が無い」
「魂を抜き取られてる、と言った方が正しいかなぁ。今の彼は魂の抜け殻さ」

 難しい顔でデュナミスが補足した。

「要は。抜き取られた魂を見つけ出せれば、きっと彼は元に戻るはずなのさ。でもこれは、僕ら死霊術師にしか出来ないことだから」
「別行動を取らせて頂こう」

 きっぱりとヴェルゼが言った。

「オレとデュナミスは魂を探しに行く。必ず戻るから、それまで待っていてくれ」

 別行動。それは寂しいことではあったけれど。
 確かに、死霊関係ではアリアは足を引っ張ることしか出来ない。
 前の依頼で、アリアたちは引き離されたばかり。離れがたい、という気持ちは確かにあったが、感情を優先してばかりでは依頼をこなせない。
 気持ちを呑み込んで、わかったわとアリアは言った。

「行ってらっしゃい、ヴェルゼ」
「行かないでとか言うと思ってたが意外な言葉だな?」
「思ってるわよ! でもあたし、ヴェルゼのこと信じてるし! 待ってるから絶対に戻ってきなさいよね!」
「……了解だ、姉貴」

 ヴェルゼがにっと笑った。
 じゃあ、と彼は背を向ける。

「行ってくる。死霊関係のプロが二人だ、あまり時間は掛からないと思うが……」
「何かあったらヴェルゼが笛で連絡するでしょ。心配し過ぎて変な行動は起こさないようにね?」

 デュナミスがそっと付け足した。

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.61 )
日時: 2021/01/25 09:12
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「ヴェルゼ、イヅチの魂の気配って覚えているかな」

 二人きりになり、デュナミスが問う。
 覚えている、とヴェルゼは返した。

「一見、輝かしい黄金の光のように見えて……深い闇が垣間見える魂。あんなのは滅多にないな」

 さて、追跡の儀式を始めるか、とヴェルゼは鞄から道具を引っ張り出す。
 出したのは漆黒の香木と香を焚くための金属製の壺、そして赤く輝く小さな宝石と何かの布の切れ端、緑の液体の入った硝子の小瓶、。壺の中には、半分ほど灰が入っている。ヴェルゼはその上に香木を置いた。誕生日に買ったアヴァラン香木である。
 ヴェルゼが赤い宝石に触れて小さく何かを唱えると、そこから小さな炎が生まれた。それで香木に火を点けると、深い森の香りが漂ってくる。それはとても落ち着く香りで、思わず深呼吸したくなるほどだった。
 煙を上げてゆっくりと燃える香木の上、布の切れ端を落とす。それはあの日、イヅチに貰った幸運の人形の着ていた服の一部だった。何かに使える日も来るだろうと思って一部を切って持っていたのだが、こんなところで役に立った。ヴェルゼは基本的に、自分と関わった人間の服の一部や髪の毛などを、こっそりと拝借している。それはいつか、呪いを掛ける時や何かを探す時に役に立つだろうと考えてのことである。
 落とした布の切れ端は、音も立てずに静かに燃えだす。それが燃え尽きる寸前、ヴェルゼは小瓶の中身の液体を一滴だけ垂らした。

「居場所を示せ――イヅチ!」

 目を見開き、唱えると。香木から漂う煙が、すっとある方向へ向かっていく。ヴェルゼはにやりと笑った。

「成功したみたいだな」
「まぁ、魂の捜索なんて死霊術師の基本だしねぇ」

 隣でデュナミスが茶化す。
 煙の導く先に、きっときっとイヅチの魂はある。
 ここ最近、戦闘が多くて血の魔術を使ってばっかりの日々だったが、ヴェルゼの本業は死霊術師である。迷子の魂を探し、暴れ出した死霊を倒し、死者の声を聞いて無念を晴らす。それが本来の彼の仕事だ。
 そしてやがて、見つけた。

「イヅチ、か……?」

 声を掛けるなり、その魂は襲いかかってきた。

  ◇

「落ち着けって! オレたちは敵じゃない!」

 鎌を背中から引き抜いて応戦する。イヅチの魂は不安げな声を上げて、その身を黄金の毛並みを持つ狼に変えて噛み付いてきた。
 人の魂は、その人の望んだ姿に変身して死霊術師の前に現れることがある。今の狼の姿は、イヅチの自己防衛の気持ちのあらわれだろうか。
 襲いかかってくる狼。ヴェルゼの声なんて聞きやしない。これが彼の本性なのだろうか。明るく優しく笑っていた彼は、本当は大きな不安や敵愾心を抱えていたのか。

「傷つけるのは本意じゃない……」

 それを考えて動くヴェルゼは防戦の一方だ。デュナミスは何かの術式を練っているようだが、彼は優しく見えて冷酷にも慣れる人間である、早めに決着をつけないとイヅチの魂が大きな傷を負う可能性がある。
 大きな傷を負った魂でも、元の身体に戻ることは出来る。しかしそうなった場合、長い間目覚めなくなることがある。それは望むところではない。イヅチを元に戻せたって、目覚めなくなっては意味がない。そして傷ついた魂は、時間の経過以外で治す方法がない。

「デュナミス! 魂を傷つける真似はするなよ?」
「……黙ってて! さぁ出来た! 我に溢るる魂の炎! その身を変えよ、大蛇と変えよ。大蛇と変わりしその後は……呑み込め果てどない深淵へ!」

 霊体のデュナミスが銀色に輝く。死んでいる彼の力は有限だ。身体は死んでいるために、これ以上新しい力を生み出すことは出来ない。一度使った力はもう二度と戻ってこないが、そもそもが膨大な魔力を持つ術師だった。そう簡単に枯渇するような魔力ではない。
 輝いたその身体。その手から放たれたのは魔力の波動。太い光線のようだったそれは、黄金の狼にぶつかる寸前でくわっと大きな口を開き、狼を包み込む。
 動きが静かになった時、それは灰色に輝く檻となっていた。

「攻撃しか出来ないと思った?」

 得意げに笑うデュナミスに、

「……死んでるから、オレみたいに道具使うのは出来ないじゃないか。見せ場奪いやがって」

 ヴェルゼは、憎まれ口を叩いた。
 けれど確かにこれが最善の方法。檻の中に閉じ込めれば、傷つけずに送り届けられる。
 灰色の檻の中、暴れ狂う狼に向けてヴェルゼは笛を吹いた。流れる音色は穏やかで、相手を落ち着かせようという思いが分かる。その音色を聴いて、最初は暴れていた狼も次第に静かになっていった。
 さて、とヴェルゼは前を向く。

「思ったよりも早くに見つかった。……帰ろう」

  ◇

Re: 頼まれ屋アリア~Welcome to our Agency~ ( No.62 )
日時: 2021/01/29 12:15
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)


「ヴェルゼを待っている間、何もしないのもなんだかなぁ」

 アリアはぼやく。
 ねぇ、とシヅキたちを振り返った。

「もう一回、さ。あいつの様子を見に行かない? 偵察くらいなら問題ないでしょ!」

 大切な弟が動いているのに、自分だけ動かないというのは癪だった。動かなければ、と心の声がする。
 そうね、とシヅキも頷いた。

「今なら、さっきよりもよく状況が理解出来ているでしょうし。いいわ、行きましょう」

 そうと決まれば迅速だった。
 アリアたちは再び、例の丘に着く。
 そこにいたのは黄金の男と、魂を抜き取られたイヅチ。何度見ても変わらない。彼はまるで人形のように、焦点の合わない目をしている。そんなイヅチを見て、男は満足げな表情をしていた。
 耳を澄ませば、声が聞こえた。

「ふふ……くっくっく。何て、何て無様なんだイヅチ。人形使が人形になる……これほど滑稽なことはないな? ああ……ようやく。俺はお前に……」

 瞬間。
 もっと声を聞こうとしていたアリアが、前につんのめった。
 大きな音が、した。男の眼が、こちらを見つめる。

「誰だ」
「やらかしちゃった……」

 ごめんねとアリアはシヅキたちを見る。
 ばれてしまっては仕方がない、と思い、アリアは正々堂々名乗ることにした。

「あたしはアリア。頼まれ屋アリアのアリア・ティレイトよ。依頼によって、イヅチを元に戻しに来たの」
「頼まれ屋アリア……聞いたことはあったが……成程」

 アリアを見ていた男が、シヅキを視界にとらえて眉を上げる。

「む……お前は、シヅキか?」
「どうして私を知っているのかしら?」

 首を傾げるシヅキに、何でもないと男は返す。
 だが、ほんの少しだけ、動揺したようにも見えた。
 男とイヅチとシヅキ。何やら因縁がありそうだが、まだよくわからない。
 男は、シヅキを見ながら何やらぶつぶつと呟いている。

「……とすると、依頼人はシヅキか。兄さん想いの優しい妹を持って、イヅチの野郎も幸せなことで。だが、俺は邪魔されるわけにはいかないのでな」

 男の残された赤い右目に、鋭い輝きが宿る。

「消えてもらおう、かッ!」
「危ないッ!」

 刹那。
 飛んできたのは、片手に刃持つ人形。迷いなくアリアの首筋を狙ったそれからアリアを庇ったのは、イヅチの相棒たる人形ミカル。その身を大きく切り裂かれ、中の綿がはみ出る。
 ミカルは、文句を言うように小さな指を男に突き付けた。

「ふーう、不意打ちはやめてくれるかなミツキさん? ボクがいなかったら死んでたんだけど!」
「どうして俺の名を……」
「伊達にイヅチの相棒やってないって! ボクなら、キミがどいつか予想するくらい難くない! まぁ……イヅチとの約束もあるし? 名前以外はバラす気はないけどね」

 ミカルはくるりとアリアたちを振り返る。

「人形使の相手をするのは中々大変だよっ! 物理攻撃に要注意さ。防御魔法を張っておくんだねっ!」

 物理攻撃が相手なら、鎌を使うヴェルゼが適任だ。しかし彼は今この場にいないのだし、種を蒔いたのはアリアである。やるしかない。
 ひとまず氷の魔法を展開、目の前に防御壁を作る。どうしようかと考えている時だった。

「やれ」

 男――ミツキの冷酷な声がした。
 何、と思ったアリアは、見た。素手で氷の壁を打ち砕いた、虚ろな瞳のイヅチの姿を。その拳からは血が出ているが、痛がる様子なんて微塵も見せない。
 当然だろう、今の彼は人形なのだから。
 人形使は、直接戦闘はしない。人形と相手を戦わせ、自分は遠くで人形を操っているだけ。そして今のイヅチは人形だ。無論、ミツキの駒である。つまり。

「あたしは……イヅチと戦わなくちゃならないの?」

 救わなければならない相手と。
 アリアの隣で、シヅキが唇を噛む。

「……みたいね。私が許すわ。死なない程度なら攻撃しても構わない! 兄さまの動きを止めて!」
「分かったけど……あたし、細かい調整は苦手なのよね……」

 炎の魔法を使ったら、相手を焼き殺してしまう可能性がある。却下。風の魔法なら、相手の足だけを傷つけることも可能だろう。しかし得意魔法でないため、そのまま足を切り落としてしまう可能性もある。却下。植物の魔法でならば、足止めくらいは出来るかもしれない。しかし今の丘に、大きく育ってくれそうな植物は見当たらない。却下。アリアの出来ることは限られてくる。
 全属性使い。聞こえはいいだろう。だがその分、細かい制御を得意としない。全ての属性を使える代わりに、一つの属性を極めることは出来ない。それがアリアの欠点である。
 迫ってくるドール=イヅチ。その手に握られているのは片手剣。だが、今のアリアに打開策は見当たらない。硬直するアリアの隣、シヅキがどこからか弓を取り出して、矢をつがえた。放たれる。
 それはあやまたず、イヅチの左足を射抜いた。シヅキは顔をゆがめていた。こうするしかない、けれどこんなことしたくない。揺れる思い、それでも放たれる矢は真っ直ぐだった。

「アリアさん!」

 ソーティアがアリアに囁く。

「イヅチさんじゃない方に、風の魔法を放って下さい! 風の刃をお願いします!」
「え? いいけど……どうするの?」
「早く!」

 言われ、アリアはイヅチではない方に向かって、風の刃を放った。うなりを上げる風は、何にも触れることはなく通り過ぎ、やがて空に消えていく。
 ソーティアの赤い瞳が、輝いた。その瞳に、人間には見えないものが映る。
 アリアは思い出す。ソーティアたちイデュールの民は、人間には見えない魔法素《マナ》を見ることが出来る。そして誰かの魔法が放たれた直後に限り、その魔法を完全にコピーすることが出来る――。

「ソーティアちゃん、あなた、まさか」
「切り裂け、風よ!」

 絶叫。顔をゆがめたソーティアの手から、風の刃が放たれる。それは完璧な制御をされて、イヅチの足を傷つけるだけで終わった。
 アリアだったら、彼の足を切り落としてしまったかもしれない。だがソーティアは、足止めだけで済ませることが出来た。

「ソーティアちゃん……」
「魔法の制御のやり方ならば心得ています。アリアさんが出来ないのならば、わたしがやります!」

 魔法の使えないイデュールの民が、魔法を使うにはこうするしかない。
 ソーティアは普段は戦えないが、こんな時に、アリアたちを救うことになるとは。
 そしてソーティアはくずおれる。当然だ、魔導士でない者が、無理して魔法を使ったのだから。掛かる負担は大きい。

「ありがとうソーティアちゃん。あなたはもう、休んでて」

 優しく声を掛け、ソーティアを庇うようにして立つ。
 そして見た相手は、
 目の前に。

「……へ?」

 相手の片手剣が、ゆっくりと持ち上がる。シヅキの悲鳴、ミカルの声。
 足を傷つけられた程度で、人形は止まらない。
 ミカルだって、胸を大きく切り裂かれたのに、余裕で動けていたのを忘れていた。
 もしも人形を動かなくしたいのであれば、その手足か頭を、欠損させるしかないのだという事実に気付く。そしてそんなこと、イヅチに対して出来るわけがない。
 それを分かって、ミツキはイヅチをけしかけたのだろうか。

「アリアさんっ!」


「――姉貴ッ!」


 その時。
 待ちわびていた、声がした。
 金属音。イヅチの片手剣は、ヴェルゼの鎌に弾かれる。
 アリアは涙目で弟を見た。彼がこれほど頼もしく思えた日はない。

「ヴェルゼ……」
「この……大馬鹿姉貴がッ!」

 ヴェルゼは、怒り心頭といった顔で姉を睨んだ。

「後で話がある。だがひとまずは……今の状態を何とかしなければな」

 ヴェルゼは背後のデュナミスを見た。デュナミスの手に抱えられているのは、イヅチの魂を収めた檻。

「解放しろ、デュナミス」
「仰せの通りに」

 芝居がかった仕草で礼をしたデュナミスは、魂の檻を解放する。解き放たれた黄金の魂は、一直線に自分の身体へと向かっていく。ミツキが悲鳴を上げた。

「やめろ……せっかく! 復讐出来るところだったのに!」
「悪いが、これは依頼なんだよ」

 イヅチの身体に追いすがろうとしたミツキに、ヴェルゼは容赦なく鎌を向ける。
 そうやって見ているうちに、魂は完全に身体に吸い込まれた。

「兄さま!」

 泣きそうな顔でシヅキが駆け寄る。
 イヅチのまぶたが、ふるふると震えた。黄金の瞳が顔をのぞかせる。
 絞り出すように、吐き出された、声。

「……ぼくは」

 それは、頼りない幼子のような。

「いったい……なにを、していたの?」

  ◇


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