複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.12 )
日時: 2023/10/04 22:06
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「ふん、明日もニンニク臭くしてやる……! ぐふふ」

 ぼくは「寧幸むしろしあわせ」に訪れて、ギョーザとラメーンを注文し、夜なのでさらに「チャハーン」を注文して次々に口に入れる。相変わらずこのお店のラメーンにギョーザはうまい。ホントうまい。どんどん入っちゃいますよ。

「うんまぁ~! 親父さん、追加。茹で5、焼き5、ニンニクマシマシで」

 ぼくの注文に親父さんは元気よく返事をしてくれます。

「はいよ~。財布しゃーふ忘れてなぁい?」
「もろちんですよ、こうやって……」

 親父さん、流石に釘を刺してきましたね。ですが無問題もーまんたい。こうやって財布を――ってあれ?
 ぼくはバッグの中身を探し回りますが、見当たりません。財布。確かに持ってきたハズなのに!? ……まてよ、さっき橋ですれ違った銀髪のナイスバデーなお姉さん……もしやあいつが!?

「また落とした、かも……」
「今度こそ逮捕しちまうぞ?」
「ローブのフード、その中にあるよ」

 突然店に入ってくるなり、そんな声が財布を探し回るぼくの耳に入ります。ぼくは入り口の方を見やると、白いファーがついた、金の刺繍が入ったジャケットを羽織る男が立っていました。ぼくは「うげぇ」と声を出します。

「……「左利き」」
「ちゃんと名前呼びなさい。俺は「マルクス・セントラ」お兄さんだぞ」
「何の用ですか」

 ぼくが警戒しながら彼を睨みますと、左利きが近づいてきて、僕のフードの中にあった財布を取り出して手渡してきます。

「ほら」
「なんスか、これで恩でも売ったつもりですか」
「そんなわけねーよ」

 左利きはそう笑いながら、ぼくの向かい側へ座り込みます。……ってか、普通に座ってんじゃないですよ!

「俺、この辺で塾講師やってんだよ。まだ大学生だしね。あ、「名古屋あんかけチャーハンセット」一つ」
「はいな」

 左利きが注文を出し、ナンシーさんが返事をします。つーか、席なんか他にもあるっつーの。

「ほーん。じゃあ別の店行って下さい。目障りです」
「いーじゃん、減るもんじゃないし」

 ぼくは机をバンッと叩き、彼をまっすぐ見据えた。

「ぼく、あなたを許した訳じゃありませんから。早く真実だけを語り、自首してくださいよ。「マリアさん」も、それを望んでいますよきっと」
「……マリアの事は残念に思っている。だけど、俺じゃないよ。あの時の事は……」
「¡Cállate!(黙れ!)」

 ぼくがそう言うと、険悪なムードだというのに、親父さんがテーブルまで追加のギョーザを運んできてくれました。

「早っ! ちゃんと茹でてます?」
「他人の3、4びゃーは早ぁ動けるんだわ。親父だからってナメちゃいかん」

 親父さんがそう笑いながら厨房へ戻っていく。すると、ナンシーさんが左利きに向かって満面の笑みを見せてきました。

「¿Qui ere estar asegurado?(保険に入りたいか?)」
「No lo haré.(俺はやらないよ)」
「Es una pena.(残念でした)」

 左利きがそう断り、ぼくはギョーザを頬張りながらぷぷっと笑います。ナンシーさんはあんぐりと口を開けてこっちを見てきました。なんだか何か言いたげな顔ですね。そう思いながらギョーザを飲み込むと、左利きがぼくの方を見て口を開きます。

「君は何か勘違いしているよ。俺はマリアさんが襲われるのを助けようとしたんだ。……本当に残念に思ってるし、いたたまれない気持ちでいっぱいだよ」

 左利きが申し訳なさそうにしながら、ぼくのギョーザをハシでひょいとさらい、口の中に入れてしまいました。

「あぁー! 食うなよ左利き!」

 ぼくの取り分がなくなっちゃうでしょうが!

「そんな薄っぺらい言葉はぼくに言わないでくださいよ。マリアさんに言えばいいでしょ!」

 ぼくがため息をつきながらそう言うと、左利きが首を振ります。

「彼女は今、眠っているだろう? 森の奥のお姫様みたいにさ」
「うっせぇ。ウザい、キモい」
「……」

 何ともウザいすまし顔。……こいつさえいなければ、マリアさんは……。
 と、ふと壁に掛けてあった時計に目をやります。時計の針は8時ちょうどを差していました。

「……時間ですね」
「なんの?」
「予言です」
「予言……?」

 ぼくはローブの中にしまっていた封筒の封を切り、中身の紙を取り出して広げる。左利きも覗き込んできました。……仕方ないので見せてあげましょう。紙にはこう書かれていました。

<運命の人には、会えましたか? そんなにギョーザを食べていたら、明日もニンニク臭くなるわよ。気を付けてね>

 ……運命の人? ぼくは無意識に眉間にしわをよせていたと思います。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.13 )
日時: 2023/10/01 20:27
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 ところ変わってぼくは教会直属の病院「サンタマリア病院」へと訪れていました。左利きに今日の晩御飯の支払いを押し付けて、ここまでやってきたのです。カレーの入った紙袋を抱え、ぼくはある病室までやってきました。病室の前にある札には、「マリア・シエルフィールド」の名が。……ここに彼女がいるのです。

「こんばんは、マリアさん」

 ぼくがそう言いながら引き戸を引くと、中にはもう先客がいらっしゃいました。

「おお、おつかれちゃん」

 銀髪の美女。という印象が強いですね。胸元を大胆に開き、長い髪が跳ねまくってボサボサ。全く、女性としては60点です。そんな彼女は、ぼくの師匠でもあり、育ての親でもあり、上司でもあり。……名前は「ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ」。なんでも、若い頃は教会騎士でブイブイ言わせてたらしく、教会騎士でも特に功績を残した上位の勲章「ラ・ピュセル」を教皇様から賜ったそうです。教皇様にため口で話せるくらいの関係のようですが、その詳細は……謎です。とにかく、上の上のそのまた上の……よくわからんですけど、とにかく上の立場らしいです。すごいですよね。

「おつかれやまです、師匠」
「ん、このにおいは、カレー……あ、もしかして「マハロガネーシャ」のやつ!?」
「これはマリアさんのです」

 師匠がガッカリしながら肩を落としていました。

「マリアはまだ起きないぜよ。だから私がもらっても構わんだろう?」
「ダメです」
「はふぅん」

 師匠がよだれを垂らしながらカレーに手を伸ばしてきましたが、僕はそれをスパンと叩き落とします。師匠は手の甲を撫でながら、「おーいた」と笑っていました。

「いやはや、まだ起きないねぇ」
「そりゃあそうでしょう。人は銃に勝てません」
「……御最もだなぁ、ハハハ」

 師匠が椅子にもたれかかり、目の前を見やります。
 白いベッドの上にはたくさんの管に繋がれて眠っている、マリアさんの姿が。くすんだ金髪は毎日洗ってもらっているからか、ちゃんとつやつやです。呼吸はしているのか、胸が膨らんだりしぼんだりしてますね。……口にも気管挿管を装着されている姿は、とても痛々しく思います。こうしてみると、本当に眠ったままにも思えます。今にも目覚めそうですが……。

「師匠、明日はラプソン閣下の誕生パーティーだそうです」

 ぼくは師匠の顔を覗き込んでそう言うと、師匠は明らかに嫌そうな顔をしました。

「あぁ、知ってる。馬糞野郎チャールズの誕生パーチーだろ?」
「知り合いですか?」
「アカデミーの頃の同級生だよ。何かと鼻につく奴だったんよねぇ。試験結果を見せびらかして、勝手に敵認定して一方的に喧嘩売ってきてさァ。貸した37フラン、まだ返してもらってねーし」

 師匠の様子から、仲は最悪だったんでしょうね。

「ヨハンソンから聞いたけど、あいつ殺されるんだってな」
「はい。まだ予定ですし、犯行予告もありません」
「じゃあ死ぬんじゃね。あいつ、そこらへんに敵がいるし、呼吸してるだけでもムカつく~とか言われて殴られそうになったらしいしさ。……まあ、そう言うわけで私はパーティー参戦は却下却下ド却下って事で。おつかれ山脈~」
「あ、はい」

 ぼくがそう返事すると、師匠は何かを思い出したかのように顎を撫で始めました。

「あぁ、いや。その前に貸した金返してもらわねえと……」
「細かいッスね」
「そりゃそうじゃ。私は金の貸し借りだけはしっかり覚えてるタイプなんだよ。とくにあいつに貸したのはもう10年以上前だからな、借用書だって作ってるし、血判も押してもらってる。利子付けてもいいくらいなんだからなぁ?」
「うーわ」

 ぼくの反応に師匠は不満なのか、ぼくの頭を掻きまわしてきます。

「金の貸し借りだけは契約書とか借用書とか、絶対作っておけよ。場合に寄っちゃ裁判で有利になるからな」
「は、はあ……」
「と、話が逸れたね。こんな話してたらマリアが飛び起きて、「ダメですよ、お金の話はとにかくややこしいんですからぁ!」なんて説教してくるところなんだが……起きないな。……いつになったら起きるんだろうなぁ」

 師匠がそう言うと、マリアさんの手を握りました。

「……レク。お前はさぁ、マルクスの事を憎むのはやめときな」
「……」

 ぼくは唐突にそう言われて、つい声を荒げてしまいます。

「っ……なんでですか!?」
「意味がないんだよ」
「でも、ぼくはこの目で見たんですよ!? あいつが……あいつが、あいつ自身が、マリアさんを――」
「そんな話は死ぬほど聞いた。でも、証拠ないだろ。出てこなかったし」

 ……そうですよ。ぼくが子供だったからというのもあり、マリアさんの裁判ではあいつは無罪放免です。ああ、嫌だ。どうしてマリアさんがこんな目に遭わないといけないんですか……!

「マリアさんが何したっていうんですか……「アッシュ」さんだって未だ行方不明ですし。鎮魂歌レクイエムの仲間達は「あの事件」で半数以上殉職しちゃいましたよ……」
「まぁ、教会騎士だからね。平和の為の殉職なら神も天へ導いてくださるでしょうさ」
「……帰ります、不愉快です」

 師匠はずっとこちらに顔を向けず、淡々と語るので、ぼくもいい加減腹が立ってきました。ぼくは腹の虫がおさまらないので、病室を出る時に力いっぱい引き戸を閉めます。バァンと大きな音が響き渡り、引き戸が閉まらず開けっ放しになってしまいました。

「……病院ではお静かに」

 師匠がそう言っていたのが、耳に入ってきました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.14 )
日時: 2023/10/01 20:29
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 夜も更けて……大聖堂地下留置所。
 ここでは逮捕された人間が一時的に収容される。しかし、逮捕された人間はまだ犯罪者だというわけではない。ここに収容されるのは、あくまで容疑をかけられた人間である。
 レク達に身柄を拘束され、この場所に連行された「ローナ・ヴァルター」は、静かに時が過ぎるのを待っていた。地下なので、ボロのランタンの光が無ければずっと真っ暗だ。だが、人は光を求めるもの。光さえあれば、なんとなく安心できるものだ。ローナも、そのランタンの光源のおかげで普段通りに、静かで穏やかな心持ちでいられたのであった。
 ローナがランタンの火がゆらゆら燃えているのを眺めていると、鉄格子の外から何か足音が近づいてくるのに気が付く。

「ローナ・ヴァルター」

 名前を呼ぶ声に、顔だけそちらに向けるローナ。鉄格子の外には、教会騎士のローブを羽織った人物と、他二人の教会騎士が立っていたのだ。

「「スクレ・ドゥ・ロワ」の「マトゥー・カラヴァジオ」だ」
「スクレ・ドゥ・ロワ……馬鹿な、存在していたのか?」

 スクレ・ドゥ・ロワ。かつて存在していた、「王の秘密機関」である。だが、当時の国王であるルイ15世の死去後、解体されたのだが……。

「出ろ、移送だ」

 ローナの疑問に答えることなく、マトゥーは背後の教会騎士に命じ、ローナを連れ出す。その際、ローナは黒いアイマスクを装着させられ、視界が奪われた。
 二人の教会騎士に連れられ、ローナとマトゥー達は、黒く分厚い布に覆われた蒸気自動車に乗り込んだ。自動車が動き出し、夜のフローレイズを駆け抜ける。外の様子が見えないので、どこに向かっているのか、どこに連れていかれるのか……わかるはずもなく。ローナは思わずそこにいるであろうマトゥーに尋ねた。

「こんな時間にどこへいくのです?」
「占い師なら占ってみろよ。未来、見えんだろ?」

 マトゥーがローナのアイマスクを取ってやり、彼女の目を見据えながらそう笑う。訝しげにマトゥーを睨んだローナは、マトゥーの瞳を見つめる。

「あの、指で枠を作らないとよく見えないんです」
「あ、そう。じゃあ、拘束解いてあげる」

 マトゥーはそう言って、ローナの手首に縛っていたロープを外すと、ローナは早速両手の指で枠を作り、マトゥーに向けた。

「……」

 ローナの顔色がみるみる内に青ざめていき、ローナは震える唇から、声を絞り出した。


「……わ、私を、殺すのですか!?」

 ローナの問いに、マトゥーは「うふふ」と満面の笑みを見せる。

「だったら、どうする?」

 マトゥーはそれだけ言うと、ローナの目をアイマスクで隠した。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.15 )
日時: 2023/10/01 20:31
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 翌日、午後1時。
 僕達はパーティー会場へ警備に赴いていた。当日だけあって、かなりバタバタしている上に、警備も抜かりなくやらなければならない。……「毒殺」という言葉に惑わされるなと、僕自身が言ったのもあるんですが、やはり口にはいるモノはすべてチェックしなくてはならないだろう。今日は特別にアースナ研究学会から技師の皆さんをお呼びした。技師の皆さんがどうやって毒物を検出するかを説明してくださっている。そこには僕やレク君、ヨハンソンさんはもちろん、閣下やミゲルさん、そして軍事会社の黒服の人も何人かが集まっていた。

「毒物はこちらの分析器を使用します。まず、料理を採取いたしまして、こちらの試験官に入れます。そして、この試験官をセットしまして……こちらの――」

 と、丁寧に説明してくれているのはわかるけど、僕にはちんぷんかんぷんで、頭が痛くなってくる。レク君は興味深そうに技師さんの話を聞きながらメモを取ったり、分析器を凝視したりとかなり自由に行動していた。

「――というわけで、先ほどオレンジジュースを分析いたしましたが、毒物は一切検出されませんでした」

 と、僕達に分析結果の用紙を配ってくれる。そこにはよくわからない波みたいな絵が書いてあるだけで、どういうことなのかさっぱりわからない。僕は顔をしかめた。

「この分析器を使えば、とりあえず、今日ラプソン閣下が食べる料理全てをチェックすれば、毒物を口にするという事が無いというわけですな」
「ええ、万全は尽くしますよ」

 ヨハンソンさんと技師さんはそう話しているので、僕は口を挟んだ。

「何も食べなきゃ問題ないのでは?」

 ラプソン閣下が「それもそうだな」という顔でこっちを見ている。

「ふむ。これで……ヴァルターの予言も回避されそうだな」

 と安心しきった顔でため息をつくけど、レク君が手を挙げた。

「そうですかね? ヴァルター先生の予言能力、本物っぽいですよ」

 ヨハンソンさんが何かに気づいたような顔で、目を見開いた。

「……って事は、昨日のあの予言……!」
「当たってたんですよぉ。怖い怖い。本当に霊能力者かもしれないッス!」
「マジじぇぇえ!?」

 ヨハンソンさんが両手を頬に当てて、声を上げる。レク君は僕を見た。

「ルカさんはどうでした?」
「破りました」
「さいですか。まあ、兎に角ぼくの予言はぴったんこカンカンでした」

 と、レク君はどや顔でピースサインを作っていた。だけど無表情だ。

「だから言ったろう、ヴァルターは本物だって……それを、20万フラン払えなどと……元々胡散臭い詐欺師やってたところを、有名にしてやったのは、この私だぞ? それを昨夜から電信を送っても返事を寄越してこない。使用人にも行かせたが、留守だとか言って追い返されるしな」

 その話を聞いて、ヨハンソンさんが申し訳なさそうに言う。

「あ、あのぉ……彼女でしたら昨日俺達が身柄を拘束いたしまして――」
「なんだと!? 俺に断りもなしに!」

 閣下がヨハンソンさんにつっかかりそうなところを、僕は慌てて口を挟んだ。

「ヴァルター先生があなたを殺す可能性だってあるでしょう? なので、念のためです」

 僕がそう言い終わると、閣下が僕に指をさす。

「流石だ」

 ……納得してくれたようだ。

「閣下、とにかくご安心を。お食事にせよ、お酒にせよ。事前にこの分析器で検出し、万全に万全を重ね、安全を確認したうえで提供させますので」

 ミゲルさんがそう言った後、受付のお姉さんが扉を開いた。

「開場いたします」

 それを聞いた僕達はそれぞれの持ち場につく事に。僕達は閣下の身の安全を守るために、会場でパーティーの様子を見ていた。会場にどんどん料理が運ばれてくる。そして、会場には様々な貴族や著名人、新聞で見たことのある有名人が多数来場してきていた。貴族のお嬢さんやお兄さんたちは、僕達の姿を見るなり、

「なんてみすぼらしい恰好なのかしら」
「田舎者かな?」

 なんて言ってくるんだけど、気にしている余裕はなかった。あの中に閣下の命を狙うヤツが潜んでいるかと思うと、警戒せざるを得ない。

「此度はチャールズ・ラプソンの誕生37年の記念パーティーに足を運んでいただき、誠にありがとうございます――」

 と、司会の声が耳に入る。そして、優雅なオーケストラの音楽も響き渡り始め、貴族の皆さんのダンスも始まった。ふと、レク君の方を見ると、欠伸をしている。

「本当に今日、殺人が起きるんですかねぇ~」
「警戒を緩めない! 今この瞬間に起きたらどうするの」
「真面目君ですねぇ、ルカちゃまは~」

 レク君はまたふわぁと欠伸をする。

「ただ、敵は多い方ですからねぇ。この中に閣下の邪魔をしようと考えている人が、いないとも言い切れません。今ああやって笑いながら踊っている貴族連中にも、閣下の命を狙ってやろう……なぁんて考えてる人が確実にいるってワケですなぁ」

 レク君は例の作り笑いと「クックック」と引き笑いをしていた。……全く、遊びじゃないのに。僕はそうため息をつく。
 ダンスが終わり、閣下の挨拶が始まる。

「――我が故郷であるこの島、そして中心都市のフローレイズの、さらなる発展の為に、金鉱脈の獲得に力を入れております。来月には……」
「……ミクラ公爵がお見えです」

 演説の途中で、ミゲルさんがそう言っているのが耳に入る。すると、閣下は笑みを浮かべ、皆を見回した。

「皆さん、ミクラ公爵がお越しになりました!」

 そう言い終わると、ホールに入ってきたのは、金髪の壮年の男性。だいぶ歳も上じゃないかなぁ。その人が自信ありげな足取りで、閣下に近づいていく。皆はそれを拍手で出迎えていた。ヨハンソンさんがレク君に近づく。

「予定通りか?」

 彼の来場は一応プログラムに組み込まれていた。……レク君は眉間に皺を寄せて、首を振る。

「予定外のお土産があるみたいですよ」
「お土産?」

 ヨハンソンさんが見ると、ホールに運ばれてくる酒樽。匂いからして、ワインだろう。

「公爵、わざわざありがとうございます!」
「君のおかげで私も随分助けられている。今後ともよろしく頼むよ!」

 二人がそう言って握手を交わし、酒樽が閣下の前へ置かれた。

「こちらは私からのせめてものお礼だ、皆に振舞ってくれたまえ」

 酒樽を指し示しながら、ミクラ公爵がニコニコの笑顔でそういうんですが……

「あいやしばらく! 待った、待ったなう!」

 ヨハンソンさんが手を挙げながら、急いで閣下に近づいた。僕らもそれに続く。

「しばらく、お待ちください! ……お耳を拝借」

 ヨハンソンさんがミクラ公爵に耳打ちし、申し訳なさそうな顔で彼を見ていた。その後すぐ、彼は目を見開いたかと思うと、顔が熱した鉄球のように真っ赤に染まっていく。

「君はッ、私がこのワインに……故郷の酒に毒を入れたと、そう言うのかねッ!?」
「あいやそういうわけでは――」
「馬鹿馬鹿しい……ならば私が毒見をするッ!」

 公爵がそう言って、テーブルに置いてあったグラスを一つ奪い取り、ワインを酒樽から注いだ。しかし、そこでミゲルさんが走って寄っていく。

「いえ、閣下! 私が……私、ミゲルが毒見をさせていただきます」

 と、ミゲルさんがグラスを受け取ると、口に近づけた。

「流石秘書官ですねぇ……」

 レク君がつぶやくと、周囲がざわざわと騒がしくなる。

「教会騎士は何やってんだよ……」
「お前らが飲めよなぁ」

 その不穏な空気にヨハンソンさんが笑いながら、ミゲルさんからグラスを奪い取った。

「いやぁ~はっはっは! ここは不肖、この私がグビッと、一飲みさせていただきます!」

 ヨハンソンさんがグラスを両手で持つと、皆の前に出て、震えたてでグラスを見つめる。皆の視線がヨハンソンさんに集まり、時が止まったかのように静寂が流れた。ヨハンソンさんが唾を飲み込み、グラスがブルブルと震えている。うっすらと涙目で、正直かわいそうだと思った。

「シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが何かを覚悟したかのように、そうつぶやいて、グラスの中身を一飲み! ごくりと喉を鳴らす。皆が顔を近づけるように、視線をヨハンソンさんに向けた。

「う゛っ……!」

 ヨハンソンさんが突如唸る。会場に緊張が走り、僕達も驚いて目を見開いた。もう、目が乾くんじゃないかってくらい、瞬き一つもできず、ヨハンソンさんを見守る。苦し気に顔をしかめ、唸り続けるヨハンソンさん。……まさか、本当に毒が!?




「……ッうまいっ!」

 ヨハンソンさんが満面の笑みでおかわりを頂戴しようとする様子に、会場の皆さんがズッコケてしまった。……もう、お騒がせだよ!

「ほら、教会騎士が安全だと証明してくれた。早く皆に配らんか!」
「は、はい!」

 使用人たちがワインを注いで、慌てて会場の皆さんに配っていく。……良かった、ワインに毒が入ってないみたいで。僕は胸を撫でおろした。

「ふぅ、良かった」

 皆の手にワイングラスが配られ、先ほどまでの和やかな雰囲気を取り戻すかのように、空気が柔らかくなったことを感じた。レク君も心なしか、安心したかのような表情……かもしれない。閣下もワインを飲み干し、にこやかに笑っていた。再びオーケストラが音楽を奏で、皆が和気あいあいとし始める。このまま何事も起きず、終わってくれればな……。ヨハンソンさんがワインのおかわりを飲みながら、会場の様子を渋い顔で見ていた。
 だけど、突如閣下が胸を押さえる。

「あ゛……っ!」

 会場の視線が一気に閣下に注がれた。閣下は胸を押さえつけ、唸り声を上げながらその場からふらふらと歩く。ついには会場のど真ん中に倒れ込み、尚も胸を押さえ込んで、大きく息を吸おうと口を開けていた。
 そして、閣下は目を見開いたまま、その体勢で事切れ、会場は悲鳴が響き渡ったんだ。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.16 )
日時: 2023/10/06 17:22
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

序ノ廻ノ結

 そのまま動かなくなった閣下、そして悲鳴とざわめき。それらが混ざり合ってまさに阿鼻叫喚だった。

「閣下ァ! 閣下!」

 ミゲルさんが驚いて声を上げて閣下に近づいて、彼を揺らす。その様子を我先に撮ろうと、マスコミたちも押し寄せてきた。ヨハンソンさんがすぐに行動し、怒声を上げる。

「救急車! それと、会場の閉鎖! 急げッ! それと、来場者全員の持ち物検査!」

 ヨハンソンさんの適格な指示に、黒服さん達は速やかに行動し、そのホールにいる全員の持ち物検査が始まった。




―――




 閣下は救急車に運ばれ、本格的にホールの捜査が始まる。来場者の持ち物検査を並行しつつ、現場検証や撮影等が行われている。その教会騎士達による捜査の中、僕達3人は、とある教会騎士に呼ばれ、整列させられていた。

「お前がいながらこんな事になるとはな……なぁ、レッド係長?」
「あっはっは……も、申し訳ありません」

 ヨハンソンさんがペコペコと平謝りしている相手は、灰色と白髪が目立つ壮年のおじさん……「ビッシュ・ポワロ」警部だ。そして、目の前の3人組の右のビッシュさんと左の茶髪のお兄さん、「サグリエ・クロワ」警部補、真ん中の偉そうにしている金髪眼鏡のお兄さん、「シュメッター・レーレ」管理官。3人は僕達を小馬鹿にしたように見下ろしている。

「全く、かつて「鬼騎士」と謳われていた頃から、落ちぶれたものですなぁ?」

 ……なんて、ビッシュさんが皮肉交じりにそう言うと、シュメッターさんが口を開いた。

「事件の概要は概ね聞きました」

 すると、レク君がにまりと作り笑いをする。

「まあ、ヴァルター先生という占い師の予言通りに毒殺事件が起きてしまいましたが。えへへへへっ」

 例の笑い声に、目の前の三人も目を見開いて驚く。当然の反応だ。

「ま、まあ。事件の犯人ですけど……私、犯人わかっちゃいました……」

 ヨハンソンさんもクスクス笑いながら確信づいている。……えぇ、僕はちんぷんかんぷんなんだけど。

「閣下にワインを手渡したのは、あそこで一安心して胸を撫でおろしている使用人……名前は……」
「「アスベル・エストニクス」さんですね」

 ヨハンソンさんはレク君に指摘され、咳払いをする。

「そう、その、エスカレーターさん!」
「は……?」

 名指しされたアスベルさんがぽかんと口を開けてこちらを見ていた。いや、当然の反応ですけど。

「ワインを手渡した後、袖に隠していた瓶とかで、なんやかんや毒を入れたんです!」
「なんやかんやってなんですか?」
「なんやかんやはなんやかんやです。とにかく、犯人は……スパッ! お前だ!」

 途中レク君がツッコミつつも、ヨハンソンさんはアスベルさんに突き刺さる勢いで人差し指を指し示した。ヨハンソンさんは「決まった……」というどや顔をしているんだけど……

「いや、え、いや……おかしくないですか!?」

 当然の反応だ。アスベルさんは戸惑っている。

「マジックに心得があるなら可能なはずだ」
「流石ヨハンソンさん。こじつけなら世界一ですね」

 レク君はこれ見よがしに追従していた。多分、面白いから乗っているだけだろう。

「そんなわけないでしょう、俺はたまたまその場に居合わせただけで……」

 アスベルさんがこちらに向かって移動しようとすると、そこをビッシュさんとサグリエさんが両腕を拘束する。

「逃げるつもりだな! スパッスパッ! そうは問屋が卸さねえぞ!!」



―――




 数分後。

「何も見つかりませんでしたね」

 サグリエさんがアスベルさんのベストを彼に返しながらそう呆れている。

「だからそう言ってるでしょうが!」
「そ、袖口に何か仕掛けをだね。例えばほら、袖口を毒物に浸しておいて――」

 尚もヨハンソンさんが食い下がろうとするので、見かねたシュメッターさんが歩み寄ってきた。

「大変申し訳ございません、アスベルさん。ラプソン公爵閣下の死因は、心臓麻痺だという事が分かりました」

 それを聞いたヨハンソンさんが「えっ」と声を出し、シュメッターさんを見る。

「心臓麻痺?」

 レク君が目を見開く。

「デスノート?」
「いや絶対違う」


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