複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.7 )
日時: 2023/09/25 20:01
名前: 匿名 (ID: Id9gihKa)

 というわけで、ぼくとヨハンソンさんは早速領主の護衛を頼み込むために、上の方へ向かったわけですが。……案の定。

「予言で言われたからって、騎士団を動かせるわけないでしょうよ。常識で考えなさいよ」

 つまようじを咥えたおっさん騎士が、ヨハンソンさんを呆れた様子でそんな事を言います。いや、確かにひと昔のフランスだったら、神の啓示だ! と叫んだだけで国家を揺るがすぐらいの騒ぎになったでしょうが。今は科学がモノを言う時代。"そういうの"は否定的になってきています。実際、ぼくもオカルト系は嘘っぱちだと思ってますし、幽霊は心の隙間が生み出した産物だとは思ってます。
 ヨハンソンさんは汗を拭きだしながら笑顔で、

「そ、そこをなんとか」

 と懇願してみるものの、おっさんはこちらを小馬鹿にしたようにしています。腹立つなぁ。

「チッ」
「あぁん? 今チッつったろ!?」

 ぼくが舌打ちをすると、おっさんは怒り狂って掴みかかってくるのですが、ヨハンソンさんは慌てて「まあまあ、悪い子じゃないんで!」と言いながら、おっさんを抑え込みます。

「ったく、鎮魂歌レクイエムの連中にまともな奴はおらんわ。総長のガブリエルだったか? 奴も他人を舐め腐った態度とりやがって」
「仰る通り」

 ヨハンソンさんがぼくの頭をつかみ、無理やり床に降ろしながら必死に謝罪している。うん、ヨハンソンさんは立派な受け皿ですね。優秀です。




 で、何の成果も得られませんでした。なので、とりあえず拠点に戻る事に。ルカさんも交えながら今後の作戦会議としゃれ込んでいます。使い方間違ってる? そんなん知ってますよ。

「はあ、やっぱ我々だけで、明日の警護にあたる他ないよなぁ。ルカ君、初任務がこんな危険な感じだけど、期待してるよ~?」

 ヨハンソンさんが給湯スペースからぼくらの分のココアを用意し、手渡しながらそう言いました。

「あ、はい。任せてください!」
「いいねいいね、若さっていいよねぇ。ぴちぴちだねぇ」
「ぶっちゃけめっちゃキモいッスね」
「レク君きついねぇ~……」

 ヨハンソンさんがルカさんの用意したチーズケーキを一口頬張りながら、そう言います。ぼくもそれには賛成ですね。教会騎士はいくら領主護衛とは言えど、予言でそう言われたからって、動くわけでもないですし、ぼくらもこういった仕事でもしないと、引き受けたりしないですし。今は産業革命の時代。スピリチュアルなモノがホイホイ信じられていた中世ではありません。

「ヨハンソンさん、チーズケーキなんか食べたら、糖尿病で死にますよ」
「あ、平気平気。もうほぼ死んでるから。この前の健診も引っかかったし」
「ヨハン"ゾンビ"さんですか」
「はははっ、こやつめぇ」

 ヨハンソンさんは苦笑しながらフォークを向けてくる。

「あ、あの」

 ルカさんが唐突に手を挙げるので、ぼくとヨハンソンさんは顔を向けます。

「はい、ルカ君」
「まず、「ローナ・ヴァルター」先生に事情聴取とかしておいた方がよくないですか? とりあえず、本当に未来が見えるというのなら、どうやって殺されてしまうのか。そういうの現状を把握するには、情報を集めた方が良いかと」

 ふむ。

「新参者にしてはナイスかつ"アンチョコ"なアイデアですね」
「……」

 ルカさんがなんとも言えない顔でこっちを見てきます。
 というわけで、早速アポを取って、ヴァルター先生の元へ行くことになりました。



―――



 「ヴァルター邸」と書かれた看板のある、立派な門構え。中は超豪邸。とてもじゃないですが、占い師の館というには、あまりにも大きすぎだし派手だし、立派過ぎる。どんだけ金を搾取してんだか。星占術師は儲かるんですね。
 とりあえず、ヨハンソンさんが教会騎士の十字架を見せ、中へ案内してもらえることに。うーん、こういうところは久方ぶりですから、高まりますねぇ!

「えへへへへへっ」
「えっ、何その笑い声!?」

 ルカさんがそう言ってきますが、気分が高まると笑いたくなるのが人のサガってもんです。

「ちょっと静かに、二人とも」

 ヨハンソンさんが口元に人差し指を立てて、小声で言いました。
 で、待合室らしき場所に通され、変な黒いローブの女の人が「ここでお待ちください」と仰います。待合室はこれまたおしゃれな空間です。まるでお城の一室だと錯覚するくらい広いです。その分、待合室で待っている人達のバリエーションも豊かで、ぎゅうぎゅうの缶詰状態とは、まさにこの事でしょう。

「待たせますね」
「流石一流星占術師」

 ぼくがそう愚痴り、ヨハンソンさんが感心していると、ルカさんがヴァルター先生の捜査資料を開きます。

「予約は1年先まであるそうですよ」
「んまぁ、流石一流……!」
「この島のあらゆる貴族様方だけでなく、他国……果ては東方やアメリカの要人まで、先生のウワサを聞きつけてやってくるほど、だそうです」

 わざわざ遠いところからご苦労様ですね。すると、開きっぱなしの扉の向こうに数人の大人が通るのが見えました。ヨハンソンさんがそれに気づいて、目を見開きました。

「あ、今のは……「ロッテンダム商会」の会長さんだよ。「週刊フロンティア」で見た」
「週刊フロンティアって、あそこに記者さんがいますけど」
「そうだね。大手の出版社だからね。こういうネタは読者も食いつきやすいって事でしょ」

 しばしそんな雑談で盛り上がっていると、先ほどのローブの人が僕らを呼びます。

「お待たせしました……いえ、こちらの方々です」

自分の番かと思って沸いていた貴族様からは、なんだか落胆したような顔と声、そして罵声のようなものを浴びせられましたが、ヨハンソンさんが頭を下げながら、

「すみません、順番抜かしとか横入りとかじゃなくて、捜査、事情聴取です。仕事」

 と言っていますが、こっちは正当な仕事ですから、気にする事も無いと思うんですがね。


 で、案内された先には、仰々しい祭壇とか、いかにもな天蓋とカーテンとか、まあ占い師と聞いて何をイメージするかっていう感じですが、とにかく中央に丸い陣が描かれているし、それを目の前に仰々しいギンギラギンの装飾のある大きな椅子がありますね。そこにウワサの人が座っています。女の人ですね。ラテン系の女性で、紫色のベールを被り、黒髪と青い瞳が綺麗で、ドレス迄着ちゃってます。しかもスタイル抜群。こりゃヨハンソンさんが鼻の下を伸ばすのも無理ないッスなぁ……。

「はじめまして、鎮魂歌レクイエムの皆さん。私は「ローナ・ヴァルター」です。どうぞご用件を。次の方まで5分しかありませんけど」

 ヴァルター先生はにこやかに笑い、毅然とした態度ですね。

「お手間はとらせません」

 ヨハンソンさんが笑うと、表情が一変しました。

「明日のパーテーでラプソン閣下が殺される、とお聞きしましたが」
「本当に残念ですわ。閣下に聞き入れてもらえなくて……」
「あの、冗談なら今のうちに撤回した方がいいのでは?」

 ルカさんがしかめ面でそう言いますと、先生は首を振ります。

「私には未来が見えます。未来は絶対なのですよ」

 彼女の毅然な態度に、ぼくは思わず挙手をする。

「はい、先生」
「何か?」
「"未来は絶対"と仰るのなら、200万払ったところで変わるもんなんですかねぇ?」

 ぼくがそう聞くと、先生が答えてくれます。

「未来を知れば今の自分を変えられ、自分を変えれば未来も変わります。……これ、「必定」って言うの。覚えておきなさい」
「ほぉ~」

 ぼくは思わず感嘆の声が出ちゃいました。

「お時間です」

 側近らしきローブの人が口を挟んできました。ああ、もう5分経ったのですか。

「どうか、お引き取りを」

 そう促され、ヨハンソンさんが深々と頭を下げた。と、同時にぼくはまた挙手をしました。

「はい、先生」
「どうしました?」
「できれば、ぼくらの未来を占ってほしいんですよ。そうですね……」

 ぼくはルカさんの肩を掴みます。

「ぼくと、この子」
「……いや、僕は別に――」
「例えば、ですね。今夜8時、ぼくらが何をしているのか、とかですね」

 ぼくがそう言い終わると、側近の人が心底呆れたようにため息をついた。

「先生、無駄な事はお止めになった方が――」
「いいですよ」

 先生が側近の人を制止しながら、そう言い放ちます。流石先生、懐が深い……ッ!
 すると、早速先生がこめかみに指を当て、ぐりぐりと回し始めました。

「ズォールヒ~~ヴィヤーンタースワースフェスツルオルプローイユクダルフェ スォーイヴォー……」

 と、何らかの呪文を唱え、両手で枠を作り、ぼくを捉えました。

「……見えます」

 先生がそう言い放つと、紙を取り出して何かを書き始めました。ルカさんも同じように呪文を唱えて枠を作り、何かを書き始めます。それを側近に手渡すと、側近の人は封筒に入れ、それぞれの名前を書いて、ぼくらに手渡してきました。ぼくらが受け取ったのを確認すると、先生は口を開きます。

「今夜8時以降にそれを開けてご覧になってくださいな」

 ぼくは気分が高揚し、先生を尊敬のまなざしで見つめました。

「当たってたら、ぼく……あなたの事信じちゃいますよ!」
「胡散臭いですね……」

 ルカさんはそういいつつも、封筒をまじまじと眺めていましたよ。そして、先生を見つめ、封筒を突き出します。

「確か、未来が見えると仰ってましたよね。では、もう一つお伺いしたい事があります」
「……何かしら?」
「ラプソン閣下は、どのようにして殺されるのでしょうか?」

 おっと、それが本題でしたね。流石ルカさん、抜け目ない。将来立派な教会騎士になりますよ。

「先生、後がつかえて――」
「僕が思うに、先生が閣下を殺害する計画を企てている可能性もあります。未来が見えるなんて言って、あなたが恐喝しているという事も十分ありえますから」
「なんて事を言うんですかあなたは!」

 ルカさんの推理に側近の人が怒鳴ります。ですが、先生は毅然とした態度を保ったまま、側近の方を制止します。

「いいえ、私は未来が見えるだけ。私は一切関与していません。閣下は確実に明日のパーティーで"毒殺"されます。これは確定事項ですよ」
「どくさつぅ?」

 ぼくが首を傾げます。

「あの、それを証明する為に、先生。一度教会まで同行をお願いしてもよろしいですか?」
「……いいでしょう。私の身の潔白を証明する為に、教会に拘束される事にしましょう」

 ルカさんの思いがけない提案に、周りがざわざわと騒ぎますが、先生は余裕の笑顔を見せていました。ヨハンソンさんは困惑しながらも、先生を拘束し、外へ連れ出しました。……ルカさん。彼にこんな一面があったとは。意外ですね。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.8 )
日時: 2023/10/01 13:01
名前: 匿名 (ID: z.RkMVmt)

 2時間後。
 僕達はパーティー会場であるラプソン領主の居城に来ていた。残念ながら護衛は僕達、鎮魂歌レクイエムと、外部の民間軍事会社等、複数社となりますが。合同で警護に入るとのことだ。そして今僕達は、ミゲルさんの後についていき、会場のホールへ向けて足早に移動してる。ちなみに今日もガブリエルさんは不在。なんでも、野暮用だってヨハンソンさんが言ってたような。

「あれでも忙しいんだよ、一応……俺達には言えない裏の上の上の上の……レベルのお偉いさんらしいから」
「なんですかそれ、胡散臭いですね」
「でしょお。俺もそう思うのよねぇ」

 ヨハンソンさんがそう言いながら警戒に階段を上っていく。僕もそれについていく。後ろの方で何かが倒れる音と鈍い音がした。

「おぐぅ」

 濁った声も聞こえたんで後ろを見ると、レク君がつまづいていました。しかも息を切らしていた。反射的に近づいて、レク君に寄り添う。

「だ、大丈夫?」

 僕の質問に、ハァハァと肩で息をしながらレク君は僕を見つめてきた。光の無い目がこっちを捉えてくる。

「ぼく……もやしなんで。んはぁ……体力には自信ありません……はぁ……はぁ……」

 この子、毎日ニンニク入りのギョーザとかラーメン食べてる割に体力ないのか……一体この子の摂取した膨大なカロリーはどこに吸収されて消えているのだろうか。僕がそう言った意図で彼を見ていると、彼の背後から何か絵の様な巨大なパネルが運び込まれていた。作業員さん達がせっせと運び込んでいるみたいだ。

「ああ、あれ。閣下の巨大な肖像画ですよ。独身なんで、でっかい顔パネルになります」
「お偉いさんの考えはよくわからないね。パネルをホールに飾って何がしたいんでしょうか」
「自分の権力を誇示する為ですよ。あと、もしかしたあお嫁さん候補を探してるかもしれませんね。んふっ、ウケる」

 レク君がそう言うと、立ち上がった。

「元気百倍、エネルギーチャージ満点です。行きましょう、童顔野郎」
「……」

 腹立つな、絶妙に。



―――




 ミゲルさんの案内で会場についた僕達は、今回警備の指揮を執るヨハンソンさんの指示を聞くべく、整列する。他の軍事会社の黒服さんとかも混じってるね。

「当日の招待客の出入りはあの入り口一つだけだ。他の入り口は封鎖し、出入りを制限する」

 ヨハンソンさんが普段の頼りない感じとは打って変わって、キリッとした表情で皆に指示を出す姿は、素直にカッコイイと感じた。
 僕は改めて会場を見回す。パーティーの準備に皆さんが、せっせとせわしなく動き回り、ホールはきらびやかに飾られていく。ギラギラと、室内の照明を反射しているね。このホールはとても広いので、数百人という人数が収容されても多少余裕があるかもしれませんね。

「パリの民間軍事会社「ヴァント・ネル」や他社の警備に近隣施設や城を巡回させていますが、大丈夫でしょうか?」

 ミゲルさんは少々心配そうな様子でヨハンソンさんに聞く。確かに万全に万全を期しているんだけど、「暗殺」というのはその隙間すら入り込んで、確実に喉元を狙ってくる。それに、なんだか軍事会社の皆さんはなんとなく気が抜けているような感じがするなあ。ヨハンソンさんは大きく息を吸い――

「気を抜くな、敵の姿が視認できない今、警戒を怠るなよ。いいな!」
「……ハッ」

 その場にいる全員が規律良く大きく返事する。僕達もだ。

「では仕事にとりかかれ、解散!」

 ヨハンソンさんの指示で、黒服の皆さんは散り散りになり、持ち場へ戻っていった。ヨハンソンさんの事、見直したかも。さて、僕らも――

「あら、ミゲル先生ぇ!? ご部沙汰しておりますわぁ!」

 突如女性の黄色い声が近づいてきて、綺麗な赤髪の女性がミゲルさんに向かって会釈していた。……綺麗な人だ、貴族の方みたいだね。

「あ、ああ……えぇ、マリエリさん?」
「はい、昔お世話になった、マリエリですわ♪」
「随分お元気にされているようですね」
「ええ、おかげさまで……その節は誠にありがとうございました」

 マリエリさんがにこやかに微笑み、手元のファイルを開いた。

「あ、こちら誕生パーティー会場の見取り図ですけど、どなたに?」
「では、私がお預かりします。どうもありがとうございます」

 ミゲルさんがファイルを受け取ると、マリエリさんはニコニコ微笑みながらミゲルさんをじーっと見ていた。なんかいい雰囲気なんでしょうか、これは?

「じゃ、失礼いたします♪」

 と、マリエリさんがそう言って、小走りでホールを出ていっちゃった。それを尻目にミゲルさんはヨハンソンさんに、ファイルを手渡している。

「こちらが見取り図です、そしてこちらが招待客のリストです」

 ページを捲りながらそう説明してくれた。

「この中に、閣下に恨みを抱く者がいたりしませんか?」
「いや……まさか」

 ミゲルさんはそう言うけど、僕は昨日読んでいた閣下についての資料や新聞を調べたところ、人気を博している一方で、汚いやり方でのし上がってきた過去や、普段のかなりの高圧的な態度は、やはり嫌われているようで。それに、地位と権力を狙っての暗殺というのも捨てきれないや。とにかく、恨みを抱かれないと言い切れない。

「ちなみに」

 会場を見て回っていたレク君が、いつの間にかミゲルさんの近くにいて、口を開く。

「ヴァルター先生の予言では、「毒殺」されるらしいですよ」

 それを聞いたミゲルさんは目を見開いて、声を上げた。

「ど、毒殺!?」
「ぶっ、タダできいちゃいました。ククク……」

 何が面白いのか、レク君は例の不気味な作り笑いで、くつくつ笑っている。

「では、食事と飲料の入念なチェックをしなければなりませんね」
「現代技術では、毒味と検査薬での分析等が限界ですが、当日は出される食事は全てそれでチェックしますので、ひとまずそれで一安心ですかね」

 レク君がそう言うので、僕は首を振って待ったをかけた。

「レク君、「毒殺」という言葉に惑わされてはいけません。毒殺だけで振り回されていたら、警備の本質を見失いますよ」
「……一理ありますね。肝に銘じましょう」

 レク君が素直にそう答えると、ヨハンソンさんは満足げにこっちを見て、微笑んでいた。なんというか、生あたたかい目とはあの目の事かも。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.9 )
日時: 2023/09/27 19:42
名前: 匿名 (ID: zPsmKR8O)

 まあ、そんな話をしていると、怒り狂った閣下が怒鳴り散らしながらこっちに向かって走ってきていた。

「ミゲル、なんだ今日のあのスタイリストは!」
「は……。ご指定のブランドで揃えさせましたが?」

 ミゲルさんの答えに、閣下はさらに大きな声を張り上げる。

「なんでいつものスタイリストが「アンナちゃん」じゃなくて、男なんだっつってんだよ!」
「はッ。申し訳ございません」
「それで、今日のパーティーに参加予定の「ルルちゃん」も、急遽参加不可だってな?」

 閣下の怒鳴り声が会場に響く中、レク君はパネルが上げ下げする様子を見守っている。大人の事情に我関せずって感じで、レク君らしいっちゃレク君らしいかも。

「はい。どうも、「ルルーノ」候女は本日は体調不良でして。代理で兄上の「イージス」候子がご参加予定だとお聞きしましたが――」
「使えねぇな、タコ!」

 そう吐き捨てて閣下はその場を立ち去っていった。幸か不幸か、彼の態度を気にしている人はほとんどいなかった。まあ、閣下のイメージを把握しているのか、それとも自分の作業に必死なのか。どちらでもいいけどね。

「貴族って大変ッスね」

 レク君がため息をつくミゲルさんに近づいて、顔を見上げている。

「え、ええ。今日は特に……閣下のお気に入りである「サンリア」侯爵の御息女が、参加できないと聞いて、かなり苛立っているのでしょう」

 ミゲルさんの苦笑にレク君は、「ふぅ~ん」と返しながら、何かメモを取っていた。そして、メモを書きながら口を開く。

「自分の思い通りにならないと怒り出す。貴族って古今東西そんなんばっかですね。マジクソ野郎ですよ。そんなワガママに振り回されて、さぞ心労が絶えないでしょう」
「それでも閣下は、この島や自身の領地の為に日夜睡眠を削ってまで、努力なさっております。この島の治安が良いのは、教会の力が及ばないところまで、閣下の力が及んでいる証拠でしょう」
「ふむ。ミゲル先生は素晴らしい秘書官というところですなぁ。いずれ、大役を任されるかもしれません」
「えっ?」

 レク君の言葉に、ミゲルさんは驚いてレク君を見る。レク君の死んだ魚みたいな目が、ミゲルさんを捉えて離さない。

「さっきの、マリエリさんでしたっけ。「先生」と仰っていましたけど、ぶっちゃけまんざらでもないんでしょう? 出世とか」

 この島では六領主という、ラプソン閣下を含めた6人の公爵によって統治されている。もちろん、教会が島の秩序を管理しているんだけど、六領を治める公爵達は、基本的に税金を徴収して領地の治安を守っているんだ。公爵達は市民や企業から税金を受け取り、公爵達は教会に税金を払う。税金という名の布施ではあるけど。とにかく要約するなら、教会は公的機関で、公爵の擁する騎士達は私兵。で、その公爵っていうのは実は世襲制ではなく、独身の公爵だと秘書官や補佐官、前公爵が生前に指定した人物が公爵になれるという仕組みなんだ。だから、閣下に何かあったなら、自動的にミゲルさんが公爵になれる。大出世だよ。
 しかし、ミゲルさんは困ったように笑った。

「いやはや、人前で間違えられるのは、お恥ずかしい限りですね」

 レク君に対し、ミゲルさんは答える。

「秘書官はあくまで裏方です。私のような者は領主などと、荷が重すぎますよ」
「とぼけちゃってぇ……」

 「ぐふふ」と笑うレク君を、ヨハンソンさんが脳天にチョップを入れた。

「はい、そこまで。行くよ」
「いぢっ……おつかれやまです」

 レク君がそう言って頭を下げた。僕もそれを追いかける。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.10 )
日時: 2023/09/27 19:44
名前: 匿名 (ID: zPsmKR8O)

 さて。俺はこの街で評判のスイーツカフェまで来て、ワクワクしながらカップル用のクリームいちごミルクドリンクのクリームを、ストローで啜っていた。後ろめたさはある。なんせ、こっそり仕事抜け出してきちゃったから……。まあ、ガッちゃんも後で合流するって連絡きたし、それに最悪レク君とルカ君だけでも大丈夫でしょう。俺、もうアラフォーだから全然身体動かないしね。それに……今日は大好きなシオンちゃんとの待ち合わせ! まあ、妻との離婚はうまくいかないけど……。な、なんとかなるでしょう、うん!
 
「あ、シオンちゃん、こっちこっち!」

 俺が手招きすると、シオンちゃんが近づいてきて、俺の目の前に座る。どこか不機嫌そうな顔だが、いつも通りかわいらしい顔だ。

「……えへへ、サボってきちゃった♪」

 シオンちゃんはこちらに目もくれず、持ってきていたカバンの中身を漁っていた。

「うーん、意外だったよ。まさか、教会騎士になっていたなんて。就職したってきいてはいたけど、まさかねぇ……」

 俺がそう言った後、シオンちゃんが俺に顔を近づけてくる。

「で、いつ結婚するの? 私達」

 その言葉に俺は思わず変なところにクリームが入ってしまい、ゲホゲホと咳き込んだ。涙で目の前がぼやけてくる……!

「ゲホッ、ゲホッ……いや、あのね……」

 しばらくして落ち着くと、俺はシオンちゃんに向き直った。

「り、離婚が進まないのよ……調停中でね。アハハ……」
「アハハじゃねえから」

 シオンちゃんは機嫌を損ね、頬杖をついてそっぽを向いてしまう。
 俺とシオンちゃんは現在、不倫関係にある。シオンちゃんはというと、それも合意でこうやってコソコソ付き合っているわけなんだけど。それをだいぶ長く続けてるもんだから、シオンちゃんも業を煮やしているわけだ。いや……わかるのよ。俺も妻との離婚に向けて色々やってきているけど、妻はというとそれを全面的に拒否。離婚届も破り捨てられるし、穏便に済ませようと弁護士も立てて、離婚調停に入ってるんだけど……。妻も弁護士なんだよね。しかも、凄腕の。だから、全くの平行線で長引いて現在まで離婚ができていないというわけだ。いやぁ、モテる男はつらいよね。……なんて。

「シオンちゃん、ご飯は?」

 俺は汗をダラダラ流しながら、精いっぱい笑って見せて、そう聞いてみる。シオンちゃんは髪の毛をクルクルと巻き付かせながら弄り始めた。

「いらなぁい。門限あるもん」
「そ、そう。お嬢様だもんねぇ……アハハ」

 俺が力なく笑った。シオンちゃんの御実家は伯爵家らしく、門限に厳しいらしい。まあ、そうでなくても、若いお嬢さんが一人でどこかに出かけてるなんて、親からすれば心配になるのは理解できるし、俺も心配になっちゃう。
 そう思いながら、俺が今まさにドリンクを飲もうとした瞬間、シオンちゃんがそれを奪い取って、ふくれっ面でクリームを飲んでいた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.11 )
日時: 2023/10/06 17:20
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

序ノ廻ノ転

「しっかし……今日の様子からして、ラプソン公爵閣下を襲撃しそうなヤツってごまんといそうですよねぇ~」

 一旦拠点の地下に戻ってきた僕達。そこでレク君が何かを見ながら、くつくつと笑っている。相変わらず無表情なんで、無表情のまま笑っている姿は本当に不気味だ。

「閣下の功績。「イーヴン・アカデミー」在学中に投資顧問会社を設立。23歳という若さで、採鉱会社を買収。以後十五年間、製薬会社等の製造業会社を40社弱を買収。そのあくどいキャラクターを生かしたキワモノとして日夜、多数の出版社を始めとしたマスコミの取材、果ては講演会等で活躍中……その数年後、「ラプソン領」を継承。か。しかもあの敵を作りそうな態度。命の一つも狙われますわなぁ、くっくっく……」

 何が楽しいのか、くつくつと笑い続けている。「イーヴン・アカデミー」。確かこの島を代表する、国立アカデミーだよね。僕は詳しくは知らないけど、様々な著名人を輩出した大学だって、ママから聞いた気がする。そんなすごいところにいて、若くして会社を立ち上げて、採鉱会社を買収した上に、40社もの会社を吸収して、しかも公爵にもなってしまうなんて。あくどいけど、実力者何だって事は理解した。……でも、それでも閣下を排除して得する人間がいたとしても、そんな理由で命を奪うなんておかしいよ……。僕は自分勝手な人達や、閣下を消して迄のし上がろうとする悪意、自分勝手な理由で命を奪おうとする犯罪者に、僕は無性に腹が立ち、デスクを拳で叩きつけた。バンッと大きな音が響き、一瞬静寂が訪れる。

「いい加減にしてください、くつくつと!」
「……?」

 レク君は首だけ曲げながらこちらを見る。死んだ魚みたいな目で見られると、本当に不気味だ。……いや、それよりも。

「人一人の命は重いんですよ。それがあくどい奴だろうと、公爵だろうがなんだろうが……ゲームじゃないんですよ、これは。立派な犯罪です!」

 僕が強く叫ぶと、レク君はむっとしたように口をとがらせる。

理解わかってますよ。ぼくも教会騎士ですから」

 レク君が僕にドスドスと音を立てながら近づき、僕のデスクをバンッと叩いた。だけど、その時は何故か無性に腹が立ち、さらに大きな声を出す。

「だったら、そんな笑ってないで真剣に取り組めよ!」
「うっさーにゃ、おみゃーはよォ!!」

 ぼくらが睨み合っていると、ガコンと昇降機の大きな音が、地下室に響き渡った。

「はい、そこまで~!」

 すると、ヨハンソンさんが満面の笑みで昇降機から降りてきたんだ。なんだかかぐわしいスパイスの効いた香りを漂わせながら。

「遅くまでおつカレーカツカレー、チキンカツカレー南蛮、かつカレーなる一族ぅ~なんつって~」

 ヨハンソンさんが満面の笑みを見せながら、紙袋を僕とレク君に手渡す。中身を見ると、プラスチックの容器に入ったカレーライスだ。カツカレーと言いながら、カツ入ってないんだけど……。

「俺の行きつけの近所のカレー屋さんの「マハロガネーシャ」ってお店のカレーライスだよ。いやぁ、本場インドのカレーは夜食にもお勧めだよぉ」

 だけど、ヨハンソンさんが差し出してきた紙袋を、レク君は受け取らなかった。

「すみません、これから所用があるんで。ぼくはこれでおつかれやまさせてもらいまッス」
「どこにいくんですか?」
「餃子とラメーン食べに行くだけですよ」
「お昼も食べてこっぴどく叱られたのに?」
「いちいちうっせーな。今日は中華の気分な・ん・で!」
「明日もニンニク臭かったら承知しないからね?」
「しつこいよ金髪もやしがッ!」

 レク君がそう吐き捨てると、さっさと荷物をまとめてしまっていた。そこでヨハンソンさんが間に割って入り、はははと笑う。

「まあまあ、二人とも優秀な教会騎士だね。約120人の招待客と、ラプソン閣下の擁する私兵、使用人に至るまで全てのデータを把握しようと思ったら、俺なんか2回くらいスコルとハティが現れちゃうよ」
「東洋で言う「送り狼」ですな」

 レク君がそう言うと、カレーの入った紙袋を手に取る。

「すみません、今日こそ起きるかもしれませんので、これも持っていきます」

 そう言って、レク君はまとめた荷物と紙袋を持ち、昇降機を下りて行った。僕が不思議に思って首をかしげると、ヨハンソンさんが少し表情を曇らせる。

「……またあの子」
「どうしました?」
「ん? ああ、ごめんね。なんでもない」

 僕が尋ねると、ヨハンソンさんが何かを隠すように手を振って誤魔化す。

「……食べる? 美味しいカレー」

 僕が手に持ったままの紙袋を指さしながら、ヨハンソンさんが笑った。

「い、いただきます。折角なんで」
「食べたらお仕事、頑張ろうね」
「あ、はい……」

 ヨハンソンさんにそう言われたら、頷くしかなった。デスクの前に座った彼は、引き出しから、何か半透明のモノを取り出す。

「そいじゃいただくとしますか……よいしょ」

 突如ベルトを外し、シャツを脱ぎだす。僕は慌てて目を覆い隠すが、腹だけ出しているようだった。そこにそこそこ長い針の注射器を突きつけるヨハンソンさん。何をしているんだろう?

「ジーザス……!」

 注射器の針が突き刺さり、注射の中身がヨハンソンさんに注がれていく。僕は何をしているのかと思いながら、口をぽかんと開けてそれを見ていたが、ヨハンソンさんが笑みを浮かべながらこちらを見る。

「ハハ、レク君もこれを最初に見た時も、同じ顔をしていたねぇ」

 ヨハンソンさんがそう笑い飛ばすので、僕は率直に疑問をぶつけた。

「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ハハッ、大丈夫大丈夫。これしないと、俺死んじゃうかもしれないから」

 さらっと恐ろしい事を言う人だ。……そういや、ヨハンソンさんは糖尿病。つまり、注射の中身はインスリンか。

「糖尿ですか」
「……うん」
「お大事に」
「…………うん、ありがと」

 ヨハンソンさんは何とも言えない笑顔でこっちを見ていた。そして、手を合わせたかと思うと、頭上を見上げてニヤニヤと笑い始めた。

「いただきます、シオンちゃん♪」

 と、つぶやいて。


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