複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.47 )
日時: 2023/11/04 18:31
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 ふむ、やはり医学部となると、神的に素晴らしい論文で溢れていますなぁ。うぅん、高まるぅ~!
 現在ぼくは、スード・アカデミーの医学部に来ております。いやはや、遅くまで捜査員の皆さん、おつかれやまです! そして、ぼくはその中にある、論文がしまってある書庫へ足を運び、論文を一つ一つ確認しているわけですね。いやぁ、素晴らしい。どの学生さんの論文も、神秘を感じさせる素晴らしいモノばかりです! 思わず笑みも零れるってもんですなぁ。はっはっは。

「……お」

 ぼくは思わず声を漏らしました。
 ゴミ箱の中にテープぐるぐる巻きになって破り捨てている書類が。ぼくは手に取って復元を試みようとしましすが、流石にテープを剥がすには一苦労しますね。……時間を掛ければイケるか。ぼくはそう思い、ゴミ箱の中身を全て回収し、他に何かないか調べてみると。鍵がかかった引き出しがありました。ぼくはすかさずバッグの中から針金を取り出し、ピッキングを試みます。教会騎士は真実を追い求め、ひた走るもの。ピッキングの先に真実があるならば、調べつくさねばなりません。まあ、ぼく教会騎士だし大丈夫だと思いますが、もし何らかの責任を問われた場合の責任は、師匠かヨハンソンさんに押し付けちゃおーっと。
 しばらくカチャカチャといろいろなんやかんややってますと、引き出しが開いたようです。ふむ。中身は論文……名前は、「ヴァインリッヒ・ハインツ」教授。ん? ……そういやぐるぐる巻きの論文も名前がありましたな。

「ほぉ~……」

 ぼくは思わず口角が上がってしまいました。
 なるほどなるほど。ククク……そういうことでしたか。
 ぼくの脳内に今までのキーワードが駆け巡ります。……考えをまとめるには「シュウジ」が一番なんですが、今回は品切れなんでノートにまとめましょう。手ごろな場所にノートとペンがあったんで、とりあえずそれを拝借する事に。

「給油所のダニエル」

 彼はきっかけに過ぎない。それは教会騎士のショーンさんも同じでしょうね。

「修道女」

 憑依された人間が見たという憑依する女……と暫定しているのですが。この修道女は今回関係が無さそうではあるんですよね。問題は……

「校長」

 新聞の情報ですが、女生徒にわいせつ行為をしたとして教会に連行されています。……が、それはおかしい。女性が女生徒に対してそのような悪戯をしますかね?

「美容師」

 彼も憑依されて迷惑行為を行ったとして、教会に通報がありました。憑依をして、《《自分ではできない事を試した》》という捉え方が一番、腑に落ちますねぇ。

「赤髪眼鏡20代」

 年齢も見た目も20代後半の赤髪で眼鏡の青年。偶然にも、ショーンさんもこの見た目でした。

「助手のナッハさん」

 彼が犯したのは殺人事件。しかも……

「うっ血」

 顔にうっ血する程首を絞めていた。長い時間生殺しにして。

「防御創」

 これは、憑依していた人間が、教授を憎んで憎んで憎しみ抜いた証拠でもありますね。

「左利きの拳銃」

 左利き自体珍しくはありませんが、銃は本来右利き用に作られていまして、右手で扱うのが普通です。なのに、左手で銃を構えた。つまりは……

「論文」

 そして、このテープぐるぐる巻きの論文。名前は――おっと。誰か来たようですね。ぼくはすかさずノートをそっと閉じました。

「ごちそうさまでした」

 と添えまして。ぼくは急いでバッグにテープぐるぐる巻きの論文をしまい、その場を離れる事にしました。もう夜は遅い。明日に備えて寝なくては。

「……」

 誰かの視線を感じた気がしますが、気のせいですかね。ま、気のせいでしょう。あー、早く帰らないと師匠に怒られてしまいます!

Re: Requiem†Apocalypse ( No.48 )
日時: 2023/11/04 18:33
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 翌日、朝10時。このくらいの時間でしたら、失礼にあたらないでしょうし、お話も聞いてくださるでしょうね。ぼくは大聖堂の、ナッハさんがいらっしゃるという、取調室へと足を運びました。もちろん、ルカさんにもちゃんと連絡はしてますし。ヨハンソンさんは……そういや今朝は連絡してもお留守でしたね。まあいいでしょう。
 ぼくが取調室の前に立つと、扉の向こうから話し声が聞こえます。会話から察するに、管理官の腰ぎんちゃく二人と……あ、珍しく師匠もいますね。聞き耳を立てていますと、どうやら落ち込んでいるナッハさんを慰めている最中のようです。

「ボク……死刑になっちゃうんでしょうか」
「だって意識なかったんでしょ~? 精神鑑定に回されて、心神喪失って事で責任能力ナシで無罪放免なんじゃないかなぁ~?」
「病院送りかもやんね!?」
「こんだけ憑依が騒がれてたら、認めざるを得んかもねぇ~」
「あ、ちょ、ガブリエルさん、それ俺のコーヒー!」
「ええやん、ちょっとくらい。お前のコーヒーは減っても備品のコーヒーは減ってないぞ!」
「何その屁理屈!?」
「あーうま。げぷっ」
「こん人女の癖に女捨ててますやん!」
「ま、お前さんは被害者だし。気にする事は無いよ、生きろ。そなたは美しい! なーんつって!」
「しかし……親兄弟より慕っていたハインツ教授をこの手で殺してしまった事が……ボクには耐えられない。死刑にしてもらった方がいっそ……」
「ふむ……こりゃあ重症だなぁ」

 あ、この辺で会話をぶっちしても大丈夫そうですね。ぼくはそう思い、ノックをしてみる。そして扉を開けると、その場にいる全員がぼくの方を見ました。

「ビッシュさん、サグリエさん」
「なんだ人形か、何の用だよ!?」
「チッ」

 ぼくはビッシュさんの「なんだお前かよ」みたいな嫌味な表情に腹が立ち、つい舌打ちしちゃいました。

「この一連の犯人が分かったんで、教えに来たんですけどなんなんスか、その態度」
「ハッ、マジかよ」

 あ、信じてないな。信じてないあからさまな態度だな。ムカつく。

「さっき、シュメッター管理官にも伝えておいたんで、とりあえずでもいいんで、早く行った方がいいんじゃないですか?」
「マジかよ!?」
「やっばい、はよういかんと!」

 ぼくの言葉にビッシュさんとサグリエさんは慌てて取調室から出ていきます。ウケる。やっぱ上の人には逆らえない運命なんスね。悲しいけど、これ上下関係なのよね。なんてどうでもいいんですが。
 ぼくは二人を見送ると、ドアを閉めナッハさんの目の前まで歩み寄りながら口を開きます。

「……バカでしょう、天才のあなたからしたら凡人の人たちって」

 ぼくは師匠の隣の席に座りました。師匠はコーヒーを堪能しながら、テーブルに足を掛けて、黙ってこっちを見ているようですね。

「いえ、そのようなことは。ボクはハインツ教授の助手で、教授にとってはボクは……お荷物同然でしょう」
「またまた御謙遜を」

 ぼくはそう口角を上げながら手をひらひらと振りました。

「大学の研究室を隅々まで調べさせてもらいましたよ」
「えっ? ……どういうことですか?」
「端的に言いますと、これです。テープグルグル巻きの論文。不思議な事もあるもんですね。あの研究室には、他の学生さんや医学者さんの論文は見つかっていますが……あなたの論文だけはこのテープまみれの論文しか見つからなかった。おかしいですよね。あなたも学者の一人のはずなのに。それに……」

 ぼくはじいっとナッハさんの瞳を見つめます。

「この論文の中身。ハインツ教授の書いたというこちらの論文と、全く内容が同じもんじゃねーか! ……ってなってますぼく」
「……それは、ぼくが複写したんですよ。ハインツ教授は体調が優れなくて――」
「へえ、筆跡も日付も筆者の名前も違うのに?」
「……」
「それに、ハインツ教授の他の論文はスッカスカのピーマンですよ」
「ピーマン?」
「あ、量でなく質の話ですよ? ハインツ教授のあの程度の頭脳じゃ、こんな素晴らしい論文は書けないですもん~。ニュートンにせよ、ガウスにせよ、ガリレオにせよ……天才の論文には神の哲学が感じられますしね。むふふっむふふふっ」

 ぼくは思わず笑みがこぼれてしまい、口角が上がってしまいました。その笑みを見たナッハさんは、顔が引きつっていましたが。失礼ですね、他人の笑顔を見て顔を引きつらせるなど!

「……何が仰りたいんですか?」

 ナッハさんのその質問に、僕は身を乗り出し、彼に顔を近づけた。

「聞きたい? 聞きたい?」
「ニンニク臭い!」
「チッ、サーセン」

 ぼくは一旦顔を離し、座り直す。

「なら言いましょう。ハインツ教授の論文は、ある日を境にあなたが代わりに書き、それを教授が書いたものとして世に出している。って事ですよ」
「……確かに、この論文はボクが書きましたけど、他は――」
「この論文だけじゃない。別の論文も筆跡はあなたの物ですよ。あ、最新のタイプライターなんてもので記述されたものもちゃんとありますね。ですが、内容っていうのは誤魔化せません。あなたが書いたものでしょうな」
「証拠はあるんですか?」

 ふっ、きましたねその質問。

「出た出た、そうきますよねぇ~。文章って指紋みたいにその人のクセが出るんです。例えば、同じ人が書いた小説でも、表現が似通っていたり、全く違うお話なのにその人が書いたとわかる人にはわかるんですよねぇ。ゴーストライターとかが、いい例です。えへっ、証拠としては弱すぎますかね☆」
「キモッ」
「おぉう」

 傷つきますねぇ。

「――ま、筆跡は間違いなくあなたの物ですよ。このテープグルグル巻きの論文がある限り、それは確定事項です。手柄を横取りされたんですよね、教授に」

 ナッハさんの表情が消え失せる。見事なまでの無表情ですな。

「というか、論文だけじゃなく、いろんな人に裏を取れば分かる事ですよ。間違いなく」

 ナッハさんは一言も発しなくなっちゃいました。まあ、いいや。続けましょう

「教授はこう言ったでしょう。「単純なミスだ」なんてすっとぼけ、あなたに謝った。「今から訂正するのもみっともない、必ず教授に取り立ててやるから許してくれ」なぁんて言われちゃったりなんだったりうまいこととか言っちゃって。でも……あなたは待てど暮らせど助手のまま。裏切られた憎しみで、あなたはハインツ教授を殺した」
「――憎んでなんかいませんよ!」

 ナッハさんは机をバンと叩きつけました。

「お世話になった方なんです。なぜボクがそのような事を……万が一ボクが殺したとしても、それはやっぱり誰かに憑依されたからなんですよ」
「フッ」

 ぼくが笑い声を漏らします。

「ナッハさんのような超天才に、ぼくのような超凡人が説明するのも多少気恥ずかしいですが……」

 ぼくは彼の瞳をじっと見据えながら、口を開きました。

「人間の脳は通常1割ほどしか使われていません。残り9割にどのような能力が秘められているのか……まだ解明できていないのです。が、ぼくはその能力が本当にあり、それを行使する人間が多少なりとも実在すると考えています」

 さらに彼に顔を近づけます。

「他人に憑依する能力って実際にあると思うんですよね」

 ナッハさんは目を逸らしました。

「昨日から続く奇妙な事件をじっと眺めていましたが、ぼくマジ羨ましかったんですよ! だってぇ、自分ではできない馬鹿馬鹿しい悪戯を他人の身体を使ってヤリホーダイのパケホーダイじゃないですかぁ!」
「パケホーダイってなんですか……」
「でもねー。あの悪戯の数々って、どっちかって言うと男の欲望だと思うんですよね。ぼくもたまに綺麗なお姉さんのスカートを捲りたいって思いますし」

 ぼくの発言に師匠がなぜか食いついてくる。

「マジで? じゃあ私の見せてやるのに」
「師匠はババアなんで興味ないです」

 ぼくがそう言うと、師匠は舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。

「あ、今のその顔、自白と考えてもいいですか?」
「まさか――」
「いや、これカマかけてます。どうでもいいんでぼくの推理、続けますね」

 ぼくがそう笑って見せると、ナッハさんはまた無表情に戻っていました。

「ミステリー小説っていうのは、ここからが長いんですよぉ」
「どうぞ、手短に」
「じゃ、遠慮なく。この事件の始終を眺めていたんですが……憑依ってだんだん物足りなくなってくると思うんですよ。やっぱり、自分自身で、自分の名前で、自分の手でやった方が一番楽しいんじゃないかって」

 ぼくがそう言い終えると、彼と目を合わせます。


「だから、あなたは憑依の能力があるにも関わらず。自分自身の手で、ハインツ教授を殺害した」

 ナッハさんは明らかに動揺し、目を泳がせる。何か言おうとする前に、ぼくはそれを遮りました。

「教授にはいくつもの扼痕が残ってました。あれって、何度も何度も締めたり緩めたりして、長ぁい時間をかけて最大の苦しみを与えながら殺した証拠なんですよ。顔にうっ血ができるって、扼殺だと相当なもんです。悪戯気分では絶対にできないですよ」

 ぼくは続ける。

「あなたは、あなたと同じ見た目の人間に憑依し、この一連の事件を仕掛けました。自分も憑依されたって事にして、殺人罪から逃れる為に……」

 ナッハさんは深いため息をつきました。そして、ぼくを小馬鹿にするように見ます。

「ボクは科学者でね。推論だけじゃ納得できない。何か証拠はあるんだろうね?」
「ぼくに油をぶっかけたあの店員さんの「ダニエル」さん。実は左利きなんですよ。ですが、あの瞬間、右利きになりノズルを右手で持っていました」

 ぼくは身を乗り出し、ナッハさんに顔を近づけました。

「覚えてませんかぁ~? あの時、ダニエルさんに憑依したあなたが油をまき散らし、ぶっかけたの、ぼくなんです。マジ迷惑ですから、あとでクリーニング代とか請求してもいいですか、つーかしますねぇ!?」
「……知るわけないでしょう」
「まあ、それは置いといて。憑依する人が右利きでも、された人が左利きでも、憑依する人が右利きだったらそれに合わせるとぁ~、人類初の大発見です。素晴らしい!」

 ぼくがそう笑うと、ナッハさんはまたため息をつきました。

「だったら、昨日の教会騎士は? 随分な大立ち回りをしていたのと、辻褄が合いませんよね」
「ああ、あれですか? あれは仕方なく左手を使ってたんですよ。なぜなら――」

 ぼくがそこまで言うと、すくっと立ち上がり、ナッハさんの右側まで走ってきて、彼の右手を掴みます。そして、テーブルの上に持ち上げました。
 彼の右手が露に。指が大きく腫れ上がり、傷だらけの右手。これが証拠ですな。

「ハインツ教授と揉み合っている最中に、右手の人差し指を痛めて、右手だと引き金が引けなかったからです」

 ぼくがテーブルの上に彼の右手をそっと置いてあげると、彼は観念したように顔を逸らす。

「Quod Erat Demonstrandum. 証明終了」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.49 )
日時: 2023/11/04 18:35
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 ぼくがそう言い終えますと、彼は再び顔を上げ、ぼくを睨みます。

「キミの言う通り。ハインツ教授を殺したのはボクです」

 そう言い、彼は語り始めました。

「教授はいつもボクの論文を見ては、満足げに笑い、手柄を横取りしては言い訳をして、ボクが反撃してくる事も夢にも思わなかった。ボクは憑依の能力に目覚め、キミの言うように一連の騒ぎを引き起こした。騒ぎに乗じて、あの……ボクを操り人形に仕立て上げ、いつまでも日陰者扱いをするあの男を……この手で殺してやったんだ! 満足げに笑う顔が、苦痛に歪んでいく様は快感すら覚えたね。呼吸をしようと大きく口を上げたり、抵抗しようとボクの手を引っかいたり、暴れたり。まあ、この通り、人差し指を痛めたのは誤算だったけど。でもさ……あの瞬間だけは楽しかったね。長い時間ゆっくりとゆっくりと、ボクの手の中で命を弄んでいる感覚は、さ」

 憎悪とはここまでして人を変える……いや、能力を得たからこうなってしまったのか。ぼくにはわかりませんが……。彼はふふっと笑い、笑顔を見せます。

「キミの推理通りだよ。あのジジイを殺したのもボク。やっぱり何か大きなことをするには、自分自身の手で、自分自身の名前でやらないと、意味がない。で、憑依されたことにしておいて、殺人から逃れようとしたんだ」
「せっかくの能力や頭脳をそんな下らない事に使ってしまうなんて悲しいです。これからは教会の地下で一生日陰者です」
「――ボクは逃げるよ?」
「え?」

 ぼくがそう声を出すと、取調室のドアが勢いよく開き、ドアが「バアン」と大きな音を立てます。その音でうとうとと船を漕いでいた師匠が顔を上げます。よだれを垂らして。

「人形てめえ、シュメッター管理官に言ったって嘘じゃねえかァ!」

 その声を聞いたナッハさんがにやりと笑い、その場に崩れ落ちました。

「マズい!」

 ぼくがそう声を張り上げ、立ち上がった時にはもう遅い。怒鳴り込んできたビッシュさんが突然、腰から下げていた拳銃を僕達に向けました。

「……やられた」

 ビッシュさんの突然の行動に、サグリエさんは壁に寄り添い、腰を抜かしています。……ああ、ホント役に立たない! 師匠は師匠で鼻を小指でほじりながらそれを静観しています。こっちも役に立たず!

「左手だが、この距離ならキミを撃てるだろう」
「ビッシュさん!? 何を――」
「ナッハさんに憑依されてます」
「えぇっ!?」

 やっぱ役に立たん、マズいですねこれは……。銃口が真っ直ぐぼくに向けられ、ビッシュさんの視線もぼくに突き刺さります。ぼくはどうする事も出来ず、動けません。

「死ね」

 彼がそう言って、引き金を引こうと指を動かしました。


 パァン

 そう銃声が響きました。
 ぼくは膝から崩れ落ち、ビッシュさんを見据えます。
 ……危ない! 顔を銃弾が掠った程度で済みましたね。頬からぼくの血が垂れていきます。多分、背後の壁に穴をあけたのでしょう。ここの修理代は誰が払ってくれるんだか……とか考えてる暇はないですね。再び、ビッシュさんの手の中の銃がぼくに向かいます。
 銃声で我に返ったサグリエさんが銃を構えました。

「……惜しいけど、次は外さないよ~?」

 ビッシュさんは銃を向けられているというのに、余裕の笑みです。

「銃を下ろせ!」

 サグリエさんがそう叫ぶと、ビッシュさんはすかさず彼に向かって再び発砲しました。なんてことを!? 至近距離だったため、サグリエさんは悲鳴を上げて膝を抱えて倒れました。足からの大量出血……これまたマズい展開!

「先輩から撃たれる気分はどうだ? 苦しいか、悔しいか」

 彼は笑いながら倒れているサグリエさんの傷口を踏みつけます。さらに苦痛の声を上げ、部屋に響き渡りました。
 ぼくも我に返り、肩から下げていたバッグを持って走り、ビッシュさんの後頭部に叩きつけました。ビッシュさんは倒れ込み、ぼくはすかさず銃を手に取り、構えます。ですが――

「バーカ、こっちだこっち」

 師匠の声が背後からします。振り向くと、師匠が左手で銃を構え、ぼくに向けていました。あのニヤニヤとした笑みで。

「くそ……」

 ぼくに師匠は撃てない。……ムカつく!

「師匠に撃たれて死に、キミの師匠は殺人犯。それで終わりだよ!」

 師匠がそう笑いながら、ボクに近づいた。

「――動くな」

 その背後には師匠に向かって銃口を押し付ける人物が一人。
 ルカさん! ルカさんが歩み寄りながら銃を構え、師匠に近づきます。だが、師匠はすかさず僕を抱き上げ、盾にしました。宙ぶらりん。こんな高い高いは勘弁してほしいです!

「キミらにボクは捕まえられない!」
「レク君を下ろせ」
「ボクに命令するな!」

 すると、ルカ君は視線を一瞬外しました。そして、

「最後のチャンス。今すぐレク君を下ろして銃を捨て、降伏しろ!」

 と、言い放ちました。それを聞いた師匠は大声で下品に笑います。

「やっぱ教会の連中はバカばっかだなぁ! ハハハハハッ!」

 それを聞いたルカさんは銃を離さず、銃口を師匠に向けたまま。というより、ぼくに向けたままです。……すると、師匠はぼくのこめかみに銃口を押し当てました。……今度こそ死ぬようですね、ぼく。

「……死ね」

 そう死刑宣告をされました。

 
 ――その刹那、ルカ君が崩れ落ちているナッハさんの肩を撃ち抜きました!

「ぐはっ! あアッ……!! アアアアアアアッ!!」

 ナッハさんの肩が打ち抜かれているというのに、床をのたうち回っているのは師匠。……そうか、憑依は無敵じゃない。憑依している人自身の身体に受けた傷は、その人自身の受けた傷。憑依したってその受けた傷の痛みは消えない。って、それは昨日の騒動からそうだったんだけど!

「な、なんで!?」
「指の怪我一つ、憑依先の人間にも影響される。所詮、この肉体から離れらないんですよ、あなたは!」

 ルカさんがそう言いながらナッハさんに近づき、打ち抜いた肩に銃を、念入りに念入りにぐりぐり押し付けました。その度に師匠が苦痛の悲鳴を上げます。
 そして、ルカさんは銃を押し付けながら師匠の方を見ました。

「逃げようとしたら、遠慮なく残りの腕も足も撃ちぬいて、それでも足りないなら全身の骨を一本一本折っていきますから、そのつもりで」

 マジで、えげつなっ!
 すると、師匠が眠るように床に崩れ落ちました。と、思ったら、今度はナッハさんが起き上がり、撃ちぬかれた肩を手でおさえています。

「くっひう……はぁい……」

 彼は涙目で頷き、ルカさんの虎の様な鋭い瞳に貫かれて、小動物のように情けなく小さくなっていました。これでもう悪さはできませぬな、ハッハッハ。あー、ほっぺ痛。ぼくは足音を鳴らしながら彼に向かって言い放ちます。

「余罪はともかく、ハインツ教授殺しだけは、あなたがあなた自身で行った犯罪ですから、立件起訴します。心神喪失でもなく、罪からは逃れられねえからよ……ちゃんと償う覚悟しとけよこの野郎……!!」

 ぼくは彼の目の前まで歩み寄ると、受けた鬱憤を晴らすように、彼の傷口をぐりぐりぐりっと銃で力強く押し付けました。その度に彼は悲鳴を上げて、涙迄流しています。泣きたいのはこっちですよ!

「ふんぬおぉぉ……!」
「やめてくださいぃぃ~……!!!」

 あと10分程度それをやってましたら、流石にルカさんに拳骨をもらいました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.50 )
日時: 2023/11/06 16:37
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

 一方その頃……物陰に隠れていたヨハンソンは、ある人物をマークしていた。そう、あれだけ憑依が騒がれた最中に目撃されていた修道女。神出鬼没でどこにでも現れるその女は、駅前の広場で物乞いをしているのをヨハンソンは見ているのである。

「みぃつけたぞ……! 出たな、色欲ボクロめぇ……」

 ルカがその場にいれば「なんですかそれ」くらい言いそうだが、今回はヨハンソン彼一人。彼はしかめ面のまま、その修道女にそっと近づき、声をかける。

「あの、失礼。教会騎士ですが」

 と、彼は教会騎士の証である銀の十字架を彼女に提示する。
 修道女はヨハンソンの顔と、十字架を見た瞬間、さーっと青ざめ、

「ご、ごごご、ごめんなさい! ち、違うんです私、頼まれてこうして立ってただけで、別に怪しい事をしてたわけじゃ……!」
「……はぇ?」
「あ、あの、赤髪の男の人に、こういう事読んで立っててって言われて、それでこのような事を! えと、1日あたり3フランもらえるって聞いたからつい……あの、これって犯罪になっちゃうんでしょうか!? わ、私、実は夫も子供もいまして――」

 明らかに動揺し、修道女はまくしたてるように言い訳を述べ連ね、涙を目に浮かべながら平謝り。ヨハンソンはその様子に呆気に取られていた。

「いや、あの。憑依についてちょっと聞きたかったんですが……」
「え? 憑依?」
「……」

 お互い気まずい空気が流れ、しばしの静寂が流れると……

「あれ、ヨハンソンさんじゃないですか」

 と、そこに近づいてきたのは、金の刺繍の黒コートを羽織る、マルクスだった。ヨハンソンは知り合いの顔を見て、安堵の様子を見せる。

「……マルクス君か。奇遇じゃないか、今ちょっと忙しくって――」
「いや、なんかガブリエルさんにヨハンソンさんを呼んできて、って言われて。なんでも、今お騒がせの憑依事件、解決したんだって」
「あぇ?」

 ヨハンソンが間抜けな声を出して呆けた顔をしている隙に、修道女は黒いベールの脱ぎ捨ててどこかに走り去ってしまった。



―――




 ところ変わって、大聖堂の地下、鎮魂歌レクイエムの事務所。
 レクが事務作業をしながら時計を見つつ、ペンを指の間で転がして遊んでいる。ガブリエルは、机に足を掛け、コーヒーを堪能しながら新聞を読んでいた。二人は現在の作業に夢中になりつつ、会話を始める。

「いやぁ、お手柄お手柄、お手柄レク君だよねぇ」
「師匠は役に立たんどころか、ぼく、師匠に撃ち殺されそうになりましたよ」
「ま、いいじゃん結果良ければすべてヨシコ先輩だよ~?」
「あれ、そういやルカさんは?」
「行く場所あるって言って出かけてるよ」
「そうなんスね」
「……なあ、レク。知ってるか?」
「知らない事は森羅万象何も知りません」
「そりゃそうだろ……じゃなくてな」
「なんスか?」
「ズローバの話」
「進展あったんスか?」
「ねえよ。あったらお前なんかに教えませーん」
「流石師匠、ビチグソな理論です」
「だろー? いや、そうじゃなくて。最近は動きが無さ過ぎて気持ちわりぃって話だよ。んでー、私考えたんですよー。あいつ、どっかに雇われて動きに動けないとか、何らかの契約交わして静かにしてるとかー。そーゆーの!」
「なんスかそれ、2時間ドラマスペシャルじゃあるまいし」
「能力者がどっかに買われて、この島の闇の中で活動してるとか聞いたら、信じるかお前?」
「それこそ、秘密結社とかですか? フリーメイソンとかイルミナティとか、KKK(クー・クラックス・クラン)とかですか? んもぉ、師匠……何時代の人ですか、そんな都市伝説とか信じてるんですかー?」
「いやいや、例えば、秘密結社とかじゃなくたって、能力者を売買する「闇市」や「裏オークション」や能力者そういうのを統括する「組織」だって存在する可能性もあるってことが言いたいんだよ」
鎮魂歌ここを壊滅にまで追いやったズローバが、誰かに買われているとでも?」
「それか……何か陰謀が渦巻いているやもしれんなぁ。……つーか、ヨハンソンどこ行った」
「ああ、ヨハンソンさんでしたら、なんか修道女を探すって言ってましたよ」
「いや、知ってる。だからマルクス君に頼んで――」
「左利きに頼んだとか正気ですかよ!?」
「あーはいはい、そういや、犯人どうなった?」
「あ、じゃあ一緒に見ましょうか」

 と、レクは立ち上がり、事務所に置いてある大きなブラウン管のスイッチを入れた。すると、荒いガビガビの白黒映像が映し出される。

「……つーか、こんなクソ高いもんがなんで鎮魂歌こんなとこに?」
「知り合いの発明家の人に特別に譲ってもらいました。あとはちょいちょいちょちょーいっと教会の地下牢の天井に取り付け完了し、なんやかんやで見れるようになりました。ちなみに、ビデオテープに録画しております故、巻き戻し早送り、一時停止も可能ですよ!」
「このオーパーツに近い技術力と、お前の知り合いと顔の広さには脱帽だなぁ。まあいいや。これ何してんの?」
「捕まったナッハさんを監視しているところです」

 レクの言う通り、画面に映し出されているのは、厳重に拘束され、何人かの教会騎士に見張られている男……アダム・ナッハその人が収監されている様子だった。

「なんで監視してんの?」
「師匠も言ってたじゃないですか。ズローバを買収した「組織」の存在。もしいるのだとしたら、ナッハさんを回収するか暗殺する為に、何かをしてくる。……あと、ぼくの探している人物も動くだろう……なんて思って。ちょうどいいエサがあるもんですなぁと思いましてねぇ!」

 レクはまた引き笑いをする。

「ふぅん……」

 ガブリエルは腕を組み、ブラウン管の映像を静かに見守る事にした。すると、レクの周りでハエが飛び回り始める。

「……ハエ」

 レクが一言呟くと、目の前にあった新聞を丸め、ハエに向かって叩きつけた。




―――



 ナッハが目を覚ますと、その場が静寂に包まれていた。よく見回すと、地下の水たまりに雫が落ちているのが見えた。……その雫は、落ちた瞬間はじけたまま、固定されている。まるで氷で作ったオブジェかのように。ナッハは気が付いた。時間が止まっているという事に。

「やっほ」

 そんな静寂の中、少年の様な無邪気な声が響きわたった。ナッハはその声のする方を見やる。……彼はその人物を知っていた。そして、その名も。

「……ロイ!?」

 ロイはため息をつく。

「ねえ、「ぼく達の存在」を公表しようとしていたよね。なんでそんなことをしたの? 目立ちたかった?」

 その質問に、嘲笑うように、ナッハは鼻を鳴らした。

「ボクはボクだ。たまたま能力に目覚めたからって、「キミ達の仲間」になんかならない」
「……「仲間」?」
「ボクは知ってるよ、キミ達の後ろにいる「組織」。それについて調べてるんだよ」
「……「組織」? ああ、そっか」
「?」

 ロイは妙な笑い声を出し、ニヤニヤと作り笑いを見せる。不気味なモノだった。

「えへへへっ、安心したな。何もわかってないようだね!」

 ロイはそう言い、近くにいる教会騎士に近づき、腰から下げている鍵を手に取ると、鉄格子に近づいた。

「わかっていないならそれでいいや。これ以上君やぼくらの存在が公になる前に、死んでね」

 ナッハは目を見開き、逃れようとするが身体は固定されていて全く動かない。助けを叫んでも、声が反響すらしない。彼の行動すべてが無駄だった。

「助けてぇぇ! 助けて! 助けてええええぇぇ、いやあああぁぁぁっ!!!」
「無駄無駄、うひゃひゃひゃ!」

 妙な笑い声をあげ、ロイは鉄格子の鍵穴に、持っている鍵を挿入しようとすると――

 バチン

 という音と、全身を走る痛み。ビリビリと腕に電気が走って激しい痛みが、全身に走って、ロイは天井付近を見やる。何かの装置。それが、こちらを見ている事は理解できた。

「―――ッ! レクウウウウウウゥゥゥゥーーーーーーーッッ!!!」

 地下全体に響き渡るような、ロイの絶叫と怒号が、彼の口から放たれる。彼はその装置の向こう側にいる敵に向けて睨んでいた。




―――




 パタン。
 新聞が空を切ってデスクに叩きつけられるが、なんとも情けない音を立てる。

「ふむ、失敗」
「教会の人間が殺生すんなよ~」
「いえ、この世の外に送り出すだけですよ」
「こわ~……」

 レクが大きくジャンプして、飛びまわるハエを新聞で叩きつけるが、空振り。またハエが逃げ出してしまった。すると、そのタイミングで事務所の電話が鳴り響く。

「……ハイハイ、こちら鎮魂歌レクイエム――は? 留置していたアダム・ナッハが殺された!?」

 レクはそれを聞いて、ブラウン管を見やる。ガブリエルの驚きの声と放たれた事実通りの出来事が、そこに映っていた。レクは急いで巻き戻し、再生と一時停止を繰り返すと、レクは硬直する。

「……ロイ!」

 彼は、一時停止した映像を見てそうつぶやき、拳を強く握りしめる。その映像には、紫の髪のレクより小さな少年が、こちらを憎悪の眼差しで睨んでいる様子だった。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.51 )
日時: 2023/11/10 20:27
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

丙ノ廻


「ん~んん~♪にゃんにゃんにゃ~♪」

 僕がいつも通り事務所へ出勤していると、鼻歌を歌いながら、何か小さな建物と、ねじれた何かを取り付けているヨハンソンさんの後ろ姿があった。随分高いところに取り付けてるけど、一体何なんだろう、あれ。

「おはようございます、ヨハンソンさん」

 僕が背後から声をかけると、上機嫌なままヨハンソンさんが振り向く。

「あ、おはよルカ君。今日も一日健やかにいこうね」
「はい、ありがとうございます。……で、これは一体?」
「ん?」

 僕が指をさし、ヨハンソンさんは大きく頷いた。

「「カミダナ」。ニポンではこれを天井近くに置いてお祈りするんだってさ。いわば、神様を自宅に招いて祈りや供物をささげるとかなんとかって聞いたよ。縁起物を置いたりしてさ」
「へえ……その、たくさん置いてあるものって――」
「縁起物。「ハマヤ」、「クマデ」、「ダルマ」。それとお祈りを書いた「タンザク」。置いておくといいって聞いたよ。高かったんだから。全部で10フラン!」
「高っ!?」
「高いよねーだいぶ痛手だったよ。だからその分いいことあるかもね。それに、最近憑依事件だったりなんだったり、イヤーな事件が多かったでしょう。だから神様にお祈りして、悪いものを追い払ってもらおうと思ってね。何卒何卒何卒……」

 ヨハンソンさんは十字架を切り、手を合わせて祈りを始める。僕もカミダナの値段の高さに驚きつつも、とりあえず十字架を切ってお祈りを始めた。

「離婚ができますよーに……離婚が早くできますよーに……」

 ガダッ ガシャーン!

 物音が聞こえたと思ったら、カミダナが床に落ちて粉々に砕けていた。

「にゃああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっっ!!? 10フランんんんんんッ!!!?」

 床に落ちて粉々に砕けたカミダナを拾い集めようとヨハンソンさんが床に這いつくばるのを無視して、バッグから無駄に伸びた青い棒を詰め込んでいるレク君が、欠伸しながら自分の席に向かって、「おはよーサンヨーホームズ」などとつぶやきながら歩いているのが目に入った。低血圧気味なのか、かなり不機嫌だ。

「おはようレク君……で、何その棒。なんでそんなの持ち込んでんの?」
「朝からうっせーな、おめーは。昨日うちに泥棒が入ってきたから、師匠が竿竹で退治して、竿竹が折れたから買ってきたんですよ、わざわざ! てか、竿竹持ってきちゃダメですか、何ですか! 犯罪ですか! 何罪ですか!? 竿竹所持法違反ですかァ!!?」
「ここは仕事場だよ!」
「知ってるっつーの! だから何が悪いんだつってんだよオラァン!!」

 僕とレク君は取っ組み合いになり、互いの頬や前髪を引っ張り合い、喧嘩が始まる。すると、ヨハンソンさんが何かを叫びながらレク君の足を叩いていた。

「レク君、足! 足! タンザク踏んでる!! やめてよぉぉぉーーー!!」

 ヨハンソンさんは泣きながら懇願し、僕らは尚も取っ組み合い。怒号と悲鳴が響き合い、傍から見れば地獄絵図だろう。そんな風に僕らが叫び合っていると、それを突き破るような声と、昇降機の音が。

「入りまーす」
「んあっ!? ぐぎっ!?」

 ヨハンソンさんの腰から何か嫌な音がする。僕らは昇降機の方に目をやると、シオンさんがにこやかな笑みでこちらを見ていた。

「し、シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが弱弱しく声を出すと、シオンさんはそれに目も向けず、僕らによく聞こえるよう言い放った。

鎮魂歌レクイエムにお客様をお連れしました。イーヴン・アカデミー在籍「ジェイコブ・コスミンスキー」様と、犯罪対策班第二課長「アスラン・デネトレィオン」様をお連れ致しました。それでは張り切ってどうぞ!」

 と、シオンさんはヨハンソンさんに向かって、かわいらしくウィンクをした。それにヨハンソンさんはもうメロメロである。
 昇降機から降りてきたのは、とても綺麗なお兄さん。金髪のさらさらした短い髪、碧眼。肌も白くて、ぱっと見お姉さんにも見える。こちらがジェイコブさん。一方、もう一人は茶髪の短い髪、なんだか頼りなさそうなくたびれたお兄さんって感じの人。こちらがアスラン課長か。まあ、この金髪の人に誰を置いても、皆しぼんで見えそうなのが、とても不思議だね。

「……あ、左利きの後輩。と、アスランさん」
「お久しぶりです、レク君。ちょっと背が伸びたかな?」
「おはようございます、とはいえ、1週間ぶり程度なんだけどね」

 二人とも、レク君の知り合いみたいだ。


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