複雑・ファジー小説
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- Requiem†Apocalypse【完結】
- 日時: 2023/11/23 17:54
- 名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)
◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌へ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。
「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」
◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。
◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。
◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。
◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌での受け皿的存在。
◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌の総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌のかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。
◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌の一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。
◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。
◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。
◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌にお客様を案内してくる、新人教会騎士。
黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.17 )
- 日時: 2023/10/06 17:25
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
別室にて。
ショックで動けないであろうミゲルさんを運び、ソファに座らせ、僕達は解剖結果をミゲルさんに手渡す。
「解剖結果、死因はやはり心臓麻痺と、正式に結果を出しました。……お力になれず、申し訳ございません」
ヨハンソンさんが静かにそう言うと、頭を下げた。僕達も、深々と頭を下げる。原因不明の心臓麻痺……偶然なのか、それとも別の理由が……? 僕はそんな考えがふとよぎったけど、睡眠を削ってまで閣下は頑張っていたんだ。きっと、その疲労で倒れたんだろう。僕はそう思う事にした。
ミゲルさんは、俯いて両手で顔を覆う。
「……閣下も、お疲れが溜まっていたのでしょう。反省すべきは、私の方です」
彼がそう言うと、レク君は欠伸を始め、そしてふらっと部屋を歩き回り始めた。……こんな時にこの子は。
ヨハンソンさんが悔し気に顔をしかめ、無言でまた頭を下げた。すると、ミゲルさんは顔を上げてヨハンソンさんを見る。
「それで、ヴァルター先生は?」
「教会騎士のお偉い方が直々に取り調べる事がありまして、ちょっと連絡が取れない状態です」
そしてヨハンソンさんは顔を上げた。普段の態度からは一変、とても怖い顔だ。
「インチキな予言で20万フランを騙し取ろうとした点から見て、恐喝の成立は見込まれそうではありますな」
「処分の方、よろしくおねがいしま――」
その瞬間、ダンッと音が鳴り響く。音の方に目をやると、レク君がワイン瓶を倒していたんだ。
「なにその一連の注意を引く動作は!?」
僕がそう聞くのを無視して、レク君は瓶を直す。
「ヴァルター先生は、今までずっと予言を当ててきたんですよね?」
レク君の質問に、ミゲルさんが目を逸らし、困ったような渋い顔をした。
「ええ、まあ」
「ぼく、ヴァルター先生の能力はやっぱり本物だと思っているんですよ。だって、たまたま当たるもんじゃないッスよ、予言なんて!」
レク君が懐から取り出したメモをひらひらさせながら、部屋を歩き回っている。それを僕らは目で追っていた。
「だから、なんですか?」
ミゲルさんの疑問はごもっともだ。僕もレク君の言おうとしている事がよくわからないでいる。
「もう一度ヴァルター先生に会ったら、なぜ20万フランもの大金を吹っ掛けたのか、聞いてみようと思うんです」
「……金が欲しかったんでしょう」
「そう、お金が欲しかった、間違いない!」
ミゲルさんの答えに、レク君も肯定してソファにどかっと座った。
「でもねでもね、あれれぇ、おっかしいぞ~? ……って思うんですよ。だってだって、ラプソン閣下が殺されちゃったら元の子も数の子もないわけですねぇ~。だったらだったらぁ? 値下げすりゃよかったのにぃって思っちゃうんですよねぇ。そう思いませんか?」
「……何が、そんなに気になっているのですか?」
レク君がミゲルさんの目を真っ直ぐ見つめる。死んだ魚みたいな目に、ミゲルさんの顔が映り込んでいた。
「値下げしなかった理由……それは」
彼が顔をミゲルさんに近づけた。
「閣下が死んでも、20万フランを誰かから引っ張れると、そう確信していたからなんですよ」
「ニンニク臭い……」
ミゲルさんがそうつぶやくと、レク君が「失敬」と一言。顔を離した。
「誰からですか?」
「やっだなぁもう。もろちん、閣下を殺した相手。つまりはこの事件の真犯人なんですよ、常識でしょ、どんだけ~!」
レク君がそう不気味な作り笑いを見せならが、手を振っている。……彼には真犯人が解っているのだろうか? そんな確信すらも伝わってきた。
「……訳が分かりませんね」
ミゲルさんはぽかんとした表情で、レク君を見ている。
「チッ」
レク君が舌打ちをし、そっぽを向いた。
「ヴァルター先生の能力が本物だとすれば……閣下が殺される事を予知した」
レク君の推理はこうだ。
ヴァルター先生は、閣下が誰かに殺される事を予言し、20万フランを吹っ掛ける。それを聞いた閣下は当然値引き交渉をするけど、先生は「あなたの命がかかっているんですよ」などと言い、それに応じない。なぜならそれは、真犯人が口止め料としてその20万フランを払ってくれるのを確信しているから。
「そして、今も黙秘をしている。20万フランを真犯人から脅し取ろうと、狙っているんですよ」
レク君がそう言い終わると、ミゲル先生はため息をついた。
「なら、私は……30万フランを払って、真犯人を教えてもらいますよ。閣下の仇は、必ず、何としてでも……取らなければなりません」
ミゲルさんの強い意志を感じ取ったレク君は、死んだ魚みたいな目でミゲルさんをじっと見つめていた。
「ぜひ、お願いします」
そう、静かに口を開いた。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.18 )
- 日時: 2023/10/06 17:29
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
結局僕らはあのまま帰ってきた。死因ははっきりしているし、捜査も終了した以上、後始末は教会騎士の皆さんに任せるしかなかった。しかし、帰る支度をし始めているというのに、レク君は唸ったまんまだった。何かを考えている様子だ。
「……真犯人は……ぶつぶつ」
彼が一生懸命に書いていたメモをバラバラと読み返しているのを、僕はため息をつきながら首を振り、彼に言ってやることにした。
「いつまでグダグダやってるの。死因は心臓麻痺、捜査は終了。レク君、どれだけ探しても毒は1ミリも出てこなかったんだよ。現場からも、それに、閣下の身体からもね」
「……そうですね」
「適当な事言ってないで、現実を見ようよ」
僕がそう言い終わると、レク君が突然立ち止まり、天井を見上げた。瞳を閉じて、瞑想するように。
「……何してるの? いい加減な事言ってないで――」
「気が散るッ!」
レク君が大声を上げ、バッグから分厚い本を取り出す。それをバッと開くと、レク君は黒い液体と筆と黒い器を取り出し、黒い液体を器に入れ始めた。
「集中する時は、シュウジが一番です」
彼はそうつぶやきながら、筆に黒い液体を掬い、本に見たことのない文字を書き連ねていく。
「毒殺」
レク君が一言言いながら、次のページを捲る。そして同じように文字を書き始めた。
「心臓麻痺」
「ミゲル先生」
「ヴァルターの予言」
「20万フラン」
「糖尿病」
「注射器」
レク君が次々と単語をつぶやきながら書き連ね、次のページに何かを書く。この文字は、東洋の文字だろうか。僕には読めない。……次の瞬間、本をバタンと勢い良く閉じた。バァンと音が鳴り響くと、レク君がにまりと笑う。
「ごちそうさまでした」
と一言呟いて。僕にはわからないが、彼の中で結論が出たようだった。
「ルカさん、犯人がわかりました。ぼくの睨んだ通りです」
「えっ?」
「行きましょう、すぐに戻ると思いますよ」
レク君がそう言って、取り出した道具を全てバッグにしまい込み、部屋を出ようと歩き出した。
「ちょ、待ってよ! 犯人は誰なの!?」
「犯人は現場に戻ってきますよ。それまでに、やる事が山ほどあります。まずは天井まで届く梯子。さっさと用意しますよ。それと、証人。早く行動!」
「ちょ、ちょっと!」
レク君が早口で言うもんだから、僕は全く理解できていなかった。……一体何がどうなってんの!?
「次回、序章最終回です。お楽しみにって奴ですよ」
「ちょ、ちょっと、何言ってるか全然わかんないんだけど!?」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.19 )
- 日時: 2023/10/06 17:33
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
暗闇が支配する、ホールの中で、ぼくはある人を待っていました。東洋の美味しいおやつ、「ワラビモチ」を食べながら。……今日、「寧幸」に行ったらナンシーさんからもらったんで、食べているんですが。めっちゃうま、ばかうま! つるんとぺろりと平らげちゃいそうです。ぼくは「ほふっほふっ」なんて声を出しながら足をバタバタ。そして横に揺れながら、今か今かと待っています。
バチッ 大きな音と共に、ホールの照明がついて、明るくなりました。……来ましたね。
「どうしたんですか?」
「彼」が尋ねてきますので、ぼくは顔を上げました。……ミゲルさんが、そこに立っていました。なぜか片手に、拳大のボールを、3個。透明なケースに入った物をぶら下げて。
「もうすぐここに犯人が来るんで、ワラビモチ、食べてます。……あ、ミゲルさんもいただきます? 美味しいですよ」
「いえ、私は……それより、犯人!? まだ、そんな事を言っているんですか。閣下は心臓麻痺です。いい加減にしてください!」
ミゲルさんが怒鳴り声を上げるんで、ぼくはふぅっとため息をついた。
「いやいや、毒殺ですよ。ガ・チ・で毒殺です」
「ガチって何ですか」
「そういやそのボール、テニスでもするんですか?」
ぼくの質問に、ミゲルさんは答えませんでした。
「ですが、毒物は見つかっていないんですよね? ……会場からも、閣下の身体からも」
「ふっ……後で食べよ」
ぼくはそういって、ワラビモチを脇に置いて、座っていたテーブルからジャンプして降りました。
「確かに、毒物は見つかりませんでしたね、1ミリも。あ、ところでカリウムって知ってます?」
ミゲルさんを見つめます。
「人間の体内に必ずある成分なんです、カリウムって。しかも、人体に必要なミネラルの一種なんですが……一気に多量に摂取すると、心臓麻痺を起こしてしまうらしいのですよ~」
「まさか!? ワインの中にカリウムが大量に……!?」
「はははっ、白々しいなぁもう」
ミゲルさんは驚いて目を泳がせていますが……クサい演技するなぁ、もう。演技派なんだから。
「ミゲルさん、あなたよくもまあ、ぼく達を罠にはめてくれましたなぁ?」
「……罠? 人聞きの悪い……」
ぼくはにまーっと笑って見せる。笑顔は苦手なので、精いっぱいの笑顔なんですが。ま、それはそうと、ぼくはミゲルさんに近づきました。
「覚えてますか? 昨日の打ち合わせの時の事。まさにここで行われた、打ち合わせですよ」
<ヴァルター先生の予言では、「毒殺」されるらしいですよ>
<では、食事と飲料の入念なチェックをしなければなりませんね>
「マヌケッスよねぇ~。「毒殺」って言われたら、食べ物か飲み物かってまんまと思い込まされちゃったですもん……あなたに、ね♪」
ミゲルさんは少し怒りが混じったように、怒気をにじませながらぼくを見てきます。
「……どういうことですか?」
ぼくはふっと鼻で笑いました。
「だぁってぇ~。毒殺って、食べ物飲み物などから、だけじゃありませんからね。毒をもったハチとかサソリとか蛇とか~、大日本赤斑吸血角虫とか」
「ダイニ……?」
「まあ、今回は注射器でしたが」
ぼくがそう言いながら、ミゲルさんを見ると、彼はひどく困惑している様子だ。
「注射!? ちょ、待ってください!」
ぼくは鼻をほじりながら、彼の言い分を聞きます。
「パーティーの真っ最中に、私が閣下に注射を打ったと、そうおっしゃるんですか!? 閣下や、来場者、誰にも気づかれないように!? ありえない!」
「知ってます? マジシャンはすごい数の客相手に堂々とトリックぶちかましてんですよ~。例えば、客の目をどこかに惹きつけたりとか、ね。そういや、あのパーティーでもある一点を注目させる、大イベントがありましたなぁ」
ヨハンソンさんがワインを毒見するあの瞬間。あの瞬間は恐らくミゲルさんにとっては好機だっただろうな。あの瞬間、閣下の背後に近づき、注射を打ち込む。何かに夢中になっていると、人間はその他の感覚はよっぽどの事がない限り、一点に集中して、疎かになる。つまり、気が付けないんですよね。ぼくも集中すると他が見えなくなります。……閣下みたいに日頃の疲れも重なれば、猶更です。
ぼくはバッグからあるものを取り出しました。
「ちなみにこれ、ヨハンソンさんが使っている糖尿病患者用の――」
そう言いながら取り出したものをよく見ると、それはワリバシ。……違った、これじゃない。再びバッグから、あるものを取り出しました。
「ちなみにこれ、ヨハンソンさんが使っている糖尿病患者用の注射器なんですが。この針、実はスゴイんですよ。技術の進化で針は従来の物より細く、痛みはチクリ程度なんですって。……そして、背中や胸は痛みを感じにくい部位ともされています。まあ、少々強引ですが、何かに集中している上に、そのあたりをチクリとやられても気づかないとあれば、閣下は本当にお疲れだったんですね。ご愁傷様です」
ぼくは注射器を持ったままミゲルさんに歩み寄ります。
「念のため、閣下の御遺体を調べてみましたら、背中辺りに赤い斑点がぽちっとついてましたよ。そこからカリウムがちゅぅ~っと注入されちゃったわけですねぇ」
注射器をミゲルさんに向け、首を傾けます。
「まだ、お聞きになりたいですか?」
ですが、ミゲルさんはため息をつきました。
「面白い推理ですが……素人の僕では、そんなマネできませんよ。注射器? カリウム? 本当にいい加減にしてくださいよ」
「はあ……」
ぼくも思わず笑ってしまいそうになります。
「すっとぼけないでくださいな、ミゲルせ・ん・せ? まあ、閣下が死んだ今、あなたが公爵の有力候補っぽいですけど、それより前に、既に先生だったんですねぇ」
<あら、ミゲル先生ぇ!? ご部沙汰しておりますわぁ!>
<マリエリさん?>
<はい、昔お世話になった、マリエリですわ♪>
「あれって、単なる言い間違いか、お世辞かとか思ってたんスけど……」
さらにミゲルさんに近づき、顔を寄せました。
「言い間違いでしょう……あと近い」
「ミゲルさん、あなた以前……お医者様とかされてませんでした?」
「ニンニク臭いです」
「そん時に、先生って呼ばれていたんですよね? つまり、つまりですよ。あのマリエリさんって方……以前、ミゲル先生の患者さんだったんじゃないですかね?」
ミゲルさんははあっと、大きくため息をつきました。
「……調べればわかる事でしょう。てか、もう調べてんでしょ? やだな、こういう芝居がかったトリック解説」
「いやぁ、一度やってみたかったんスよ。ホームズみたいな感じの」
「シャーロック?」
「いえ、三毛猫。クックック……」
ぼくが作り笑いをした後、バッグから一枚の紙を取り出して、ミゲルさんの前に差し出してみました。
「以前お勤めされていた病院の、勤務証明。ヨハンソンさんに写しをもらってきちゃいました」
ミゲルさんはふっと笑います。
「では……芝居がかった反論をちょっとやってみますよ」
すると、ミゲルさんは顎を撫でながら周囲を歩き始めました。
「……その推理には、重大な欠点がある。僕が使ったという注射器は、どこにあるのですか? この部屋中探したんですよね? しかし、注射器どころか、毒もカリウムも見つかっていない」
おっ、乗ってきたねぇ。
「そうなんスよ。どさくさに紛れてどこかに捨てられたりしたら終わりですもんね」
「ええ」
「「駄菓子菓子」。失敬、しかしですよ。この部屋に残っていたとしたら……真犯人は、必ず現場に戻ってくると、ぼくは思ってました。だって……隠してある注射器を処理しないと、完全犯罪にはならない。だから戻る必要がある。それに、この後ヴァルター先生が20万フラン欲しさに、あなたを脅したとしても、20万フランを支払わなくて済みますからね」
ぼくがそう言い終えても、ミゲルさんは黙ったままこちらを見つめてきていました。
「ミゲルさん。あなたがここに戻ってきたってことはぁ……やっぱここに証拠があるんッスねぇ」
ぼくがそう言いながら天井の方を見上げていますと。
「僕はたまたま、ここに来ただけですよ! ……馬鹿馬鹿しい話にはもう付き合いきれません」
苛立ったように、ミゲルさんは言いますが……ぼくはふふっと笑ってみます。
「あなたの使った注射器、どこに隠してあるか、当ててあげましょうか?」
ぼくが顔を彼に近づけ、「聞きたい? 聞きたい?」と聞いてみると、彼はふぅっとため息を吐く。……聞きたそうですね。
「ぼくらが唯一探していない場所……即ち、このホールの天井ですよ」
ぼくがそう言いながら天井に向かって指をさすと、ミゲルさんは大笑いを始めました。
「ははははっ!」
おかしいと言わんばかりに、腹を抱えていますね。
「どうやってあんな場所に隠すっていうんですか? ハルクやベストマンじゃあるまいし!」
「ハルクやベストマンじゃ注射器壊れてますね」
ぼくは続けました。
「投げて突き刺したんですよ、ダーツみたいな要領で」
「あんな高いところに?」
「ええ、すごい身体能力ですね。素直に尊敬です」
「馬鹿な…‥」
「イナバウアー」
ミゲルさんが認めようともしないんで、ぼくは望遠鏡をバッグから取り出して、天井に向けます。
「あ、ああ。見えますよ、注射器。刺さってます。回収したら、カリウムとあなたの指紋が検出されると思いますよ。あなた、素手だったもんですね~」
あぁ、どうやって回収しよっかなぁ。なんて考えてると、ミゲルさんはテニスボールを一つケースから取り出し、大きく振りかぶって天井まで投げました。
「ひあぁ、すっご……実際に見るとヤベェですねぇ。ですが、人間の脳は1割しか使われてなくて、残り9割にどんな特殊能力が秘められているのか、まだ解明されてないんですよねぇ。……こんな事に使われるなんて、特殊能力がかわいそうです。ぼく達人間にはまだ未知なる可能性が秘められていて、それが人間の未来を切り開く可能性すらあるというのに……」
「……」
「全ての人間に可能性がある。明日、人類の誰かがその特殊能力に目覚め、可能性を開拓してくれる。折角あなたの肉体に特殊能力が目覚めたというのに、このような陳腐な殺人事件に使われただなんて、本当に残念です」
真っ直ぐ天井に、空を切りながら飛んでいったボールが、落ちてきて、跳ねていました。
「これで証拠はなくなったな」
「いえ、証拠はありますよ」
ぼくがそういうと、ホールの奥の方を見やります。
「ルカさん、ヨハンソンさん」
ぼくの呼びかけに、二人が登場――しませんでした。
「……寝てやがんな?」
ぼくがイラっとしながらドスドス二人に歩み寄ります。
「おい、もやしと不倫野郎。寝てんじゃねーよ」
ぼくの声に、二人とも飛び起きました。
「……長いよチビ」
「誰がチビだもやし」
「やめなさい二人とも、ミゲルさんが見てる!」
ヨハンソンさんがふぅっと、ため息を吐いた後、立ち上がって注射器の入った袋を見せながら、前に出る。
「ミゲルさん、あなたの使用していた注射器、ここに回収してあります。天井にくっつけてあったのは、偽物ですよ。あなたにボロを出させるための、芝居って奴ですね」
「ちなみに、写真も撮っておきました。いやはや、便利な世の中になったもんですなぁ」
「これで、言い逃れはできませんね。自首してください」
ぼくらがそう言った瞬間、ミゲルさんが大きく振りかぶり、ルカさんの肩にボールを投げつけました。ルカさんは悲鳴を上げ、後ろに倒れ込みます。ルカさんが動かなくなりました。死んだ!? ……かと思いきや、呻いていました。
「痛い、じゃないか……!」
ヨハンソンさんがルカ君を庇うように前に出ます。
「ルカ君!?」
「ちょ――」
ぼくが反論しようとすると、二投目がぼくのあたまに直撃し、ぼくはそこで意識が途切れてしまいました。一瞬の出来事……その後の記憶は完全に吹き飛びました。不覚です……。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.20 )
- 日時: 2023/10/12 13:50
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
甲ノ廻ノ起
<レク君の言う通りですよ。我々は進化を遂げ続けている。進化した我々は、この世界を修正していかなければならない。……政治、経済、教育、モラル。今手を付けなければ、間に合わなくなる。世襲制で必然的に公爵になった親の七光りや、優柔不断でいい様に使われる愚か者に、国を任せている場合じゃないんですよ……!>
<あッ……ぐぅ!>
<ヨハンソンさん! ……くっ、化け物ッ!>
<むしろ、神に近いとか言ってくれない?>
流れている録音の音声、僕が命がけで撮影した写真の数々。そして、右肩と右腕の負傷。あの時、ミゲルさんを確かに追い詰めた。……だけど、ミゲルさんは恐ろしい程に発達した身体能力によって、僕らを逆に追い詰めてきたんだ。簡単に銃を奪われ、ヨハンソンさんも右太ももに銃弾を3発受けてしまった。
……でも、その時、不思議な事が起きたんだ。
「――その時、ヨハンソンさんは止むを得ないと判断し、銃を向けました」
「それで、容疑者ミゲル・アゾ・アラン・ブライアンを射殺した」
「いえ! 一瞬で銃を奪われ、ヨハンソンさんは負傷しました。その後、ミゲルさんが僕らにトドメを刺すべく、銃弾を何発か撃ってきました。……でも、一瞬のうちに、その銃弾がミゲルさんの方に戻って――」
「いい加減にしないかッ!」
バアンと机を叩く音がその場に鳴り響く。
……僕は今、異端審問の事情聴取を受けている。前に受けた「アレ」と同じように、ラフノフさんを中心に審問官の皆さんの冷たい目線が僕に突き刺さっていた。本来、ヨハンソンさんか総長であるガブリエルさんが、説明するべき立場なんだと思うんだけど、ヨハンソンさんは足を負傷して、しばらくは杖が無いと歩けないし。ガブリエルさんに至っては僕に全部押し付けてどこかに行ってしまった。だから、なんとか動ける僕がこうして前に出ているんだけど……。
僕がありのまま説明していると、やっぱり審問官の皆さんはそれを信じようとしない。予想はしてたけど。
「僕は……僕は見たままの事実だけを述べています」
「……」
審問官の皆さんが頭を抱え、ため息をついたりと、なんだかざわついていた。……僕だっていまだに信じられない。だって、あの時、あの、銃弾が何発か撃ちこまれた瞬間に……パパとママを殺した奴が見えた気がするんだ。見えた、気が……。
―――
その後、とりあえず帰してもらったので、レク君が入院している病院へと足を運んだ。病院内は夜の7時を回っているというのに、まだ人がいる。近くにいた看護師さんにレク君の病室を聞き、そこへ行ってみると、白いシーツのベッドで、レク君が眠っていた。頭に包帯を巻きつけて。
「……レク君」
僕が肩を外して、骨を折る程の剛速球を頭に受けたんだ。目覚めるのはまだほど遠いだろう。僕は病室から出ようとする看護師さんに、レク君の様子を聞いてみる事にした。
「まだ、意識は戻らないんですか?」
「は?」
看護師さんが怪訝そうに顔をしかめる。
「いや、昼ごはんめっちゃ食ってましたけど?」
「……は?」
「平熱ですし」
看護師さんが体温計を僕に見せてくる。確かに平熱だ。僕はわけが分からず、頭の中で疑問符とかでいっぱいになってた。看護師さんはベッドの下を指さす。指さす方向を見てみると、大量の器が山になっていた。……僕がぽかんとしていると、看護師さんがため息をつきながら、嫌味たっぷりな笑顔を見せてくる。
「退院してくださると、ありがたいですぅ~♪」
……なんだろう、心配していた僕がバカみたいじゃないか。何とも言えない怒りと、心配して損したっていう呆れとか、いろんな感情が混ざり合ってレク君を見ていると、彼はいびきをかき始めた。
「ぐがぁ~……」
僕は怒りの鉄拳を、レク君の顔面に向かって振り下ろした。ゴギンと音がしそうなくらいの力が入り、レク君は当然悲鳴を上げた。
「ぼがっ!」
レク君が鼻を押さえて呻いている。
「あ、ご……がっ……」
「顎は大丈夫でしょ、起きて帰るよ」
「は、はなぢ……はなぢ……」
彼はそう言いながら鼻をつまんでいたけど、さっさと荷物をまとめさせて、僕らは帰る事にした。
その帰り道。ガス灯が照らす街道を歩いている僕達。レク君は鼻に綿を詰めて、いつもの無表情で歩いていたけど、ふと立ち止まり、頬を膨らませた。
「殴る事ないじゃないッスか」
僕はふうっとため息をつく。
「レク君、君さ、審問をわざとサボったでしょ」
「……ああ。そうですね。だって意味ないじゃないですかあんな茶番」
と、レク君がローブから黒い機械を取り出す。ピッと音が鳴ると、審問の時の音声が流れた。
<僕は見たままの事実だけを述べています>
「ちょ、盗聴なんて高度な技術、よくできたね……じゃなくて! 盗聴は犯罪だよ!?」
「一応気にしてあげてましたんですよ」
レク君はそう言って機械をしまい、また歩き出す。
「ルカさん。どうせ大人達はあの手この手で真実を隠蔽しようとします。真実をひた隠しにし、ミゲルさんも、閣下の事件も、ごく普通の事件として処理しようとするでしょう。まあ、ミゲルさんのような特殊能力を持つ相手が、教会騎士に勤まるとも思えないんですがね」
レク君がそう言いつつ、心なしか怒っているようにも見えた。
「レク君、君は相手を知ってるの?」
「……」
彼は僕の質問には答えず、歩き続ける。
「ルカさんももっとうまくごまかせばいいのに。時間の無駄ですよ」
「時間の無駄って……!」
僕はレク君のローブを掴み、彼を睨んだ。
「人が、目の前で死んでるんだよ!? ミゲルさんも、閣下も、パパやママだって――」
「つってもさ、教会騎士の皆様方やお偉いさんらは絶対信じませんよ。それどころか、臭い物に蓋をするように、闇に葬る事でしょうなぁ」
僕は黙り込んで俯く。
確かに、審問官の皆さんも、教会騎士の皆さんも、誰一人、証拠を見ても信じようとしなかった。僕だって信じられないに決まってるよ。なんだったら、夢の出来事だったと思いたいに決まってる。……信じざるを得ない、のだろうか。
「……明日にしよう。今日は疲れた。また明日ね、レク君」
僕がそう言うと、レク君は頷いて「じゃあこっちなんで」と言って、街の中の闇に紛れてしまった。僕も、別方向に進んでとりあえず自分の家へと足を運ぶ。
「レク君!」
僕はもう闇に紛れてしまったレク君に、大声で呼びかけた。
「君が無事でよかった」
レク君はもう聞こえてないだろうか、返事は帰ってこなかった。でも、いいや。聞こえてるかは問題じゃない。僕は再び歩き出した。今日は半月。やや明るい月灯りが、街を照らしていた。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.21 )
- 日時: 2023/10/12 13:45
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
翌日、僕は鎮魂歌の事務所へ出勤していた。骨折して右腕が使えないのは不便だなぁと思いながら、昇降機に乗り込んでリモコンを押す。耳障りな機械音と共に激しく揺れながら昇降機が上の階へと昇っていく。昇り切り、事務所を見渡すと、杖をつきながら掃除をしているヨハンソンさん。そして、デスクで何かを貪ってるレク君の姿だ。
……この鼻につく食欲をそそるいい匂い。豚肉?
僕はリモコンを落として事務所に入っていった。ガンッと音が鳴り響くと、ヨハンソンさんが反射的に振り向いて、困惑したような顔をしている。
「お、おはようルカ君。……あと、リモコンをガンッてやらないで。また修理かー! って管理に怒られちゃうんだから」
「おはようございます皆さん」
「聞いてる?」
僕がレク君に近づくと、レク君は夢中になってサンドイッチを貪っていた。
「朝からカツサンドか……よく食べれるね」
「んお、おはおうおざいまう(おはようございます)」
レク君が僕の方へ振り向くと、彼はリスみたいに頬を膨らませていた。もしゃもしゃ、むぐむぐと擬音が出そうなくらい、口を動かしている。……食べるか喋るかどっちかにしなよ。
「あ、もちろんルカ君の分もあるよ」
ヨハンソンさんが僕のデスクを指さす。言われた通り、黄色のかわいらしい箱が置いてあった。……ああ、これ。最近有名になった、「マイセンベーカリー」のカツサンドじゃないか。一日50個限定なのに、よく買えたなぁ。僕が行くと、いつも売り切れなんだよね。
「いやぁでも、良かったよねぇ。レク君が意外と早く回復して~」
「モチのロンです。健康の基本は食ですからね」
「ただの大食いなだけでしょ……」
僕がそうボソッと言うと、レク君が僕にドスドスと音を立てながら歩み寄ってきて、顔を近づけてくる。手にはカツサンドの箱を持って。
「あぁん? うっせーなモヤシ。さっさと食えよ!」
「言われなくても食べますよ! モヤシモヤシっていい加減鬱陶しいな!」
「モヤシにモヤシって言って何が悪いんですかぁ~?」
「うるせーチビ!」
「おほっ、それしか言えんのですかァ?」
「なんだとこの野郎!」
「触んないでよっ! 引っ張んな、摘まんじゃねーッ!!」
「いでで、腕折れてんだよ! 髪掴むな髪ッ!」
僕達が掴み合っていると、ヨハンソンさんがすかさず止めに入ってくる。
「やーめーなーさーいー二人とも!」
やんややんやと騒いでいると、昇降機の動く音が耳に入る。僕達が一斉にそちらへ目をやると、銀髪の女性が昇降機から降りてきていた。
「おはようサンタマーリア、サンタクロース、サンタモーニカっと」
あ、ガブリエルさんだ。……この鎮魂歌の総長らしい人だけど。おっぴろげに開いた胸とか、際どいスカートとか、すごい目のやり場に困る人だ。あと、目はレク君ほどじゃないけど、若干絶望した大人の目って感じで、やる気と生気を感じない。あと、僕は初めて見たけど、目の色が左右で違う。
そんなガブリエルさんは、ズカズカと入ってきて、僕らに近づいた。
「おはようガキ共。朝からハッスルしてハッテンしてんなぁ」
「おはようございます師匠、あと誤解を招くような言い方はやめてください。不愉快です」
「うんうん、元気ならそれでいいぞ」
ガブリエルさんは、レク君の頭をぽんぽん叩きながら笑っている。で、僕にも近づいてきた。
「おはよう、ルカ坊や。事件を解決したんだって? お手柄だなぁ」
「い、いえ、僕は何もしてません。それに解決したかどうかも……」
「いーんじゃね? 容疑者も死んで被害者も死んで、あの後次のラプソン公爵が誰になるかも決まりそうだし。解決の方向で」
「え?」
次のラプソン公爵が決まりそう? ……昨日の今日でそんなに早く決まるものなの?
「この島じゃいろいろ陰謀やらなんやらの魑魅魍魎が蠢いてんだ。そういう話も珍しくないし、汚い大人が色々権力振りかざして、真実をひた隠しにしてんだよ。そうして仮初の平和を保ってる。私達も、その仮初の平和を守るために、教会騎士やってるし、お前もそうだ」
「……仮初の平和(そういうの)を容認しろって事ですか?」
僕がガブリエルさんに聞くと、ガブリエルさんは何も答えず給湯スペースに行き、棚にあったハチミツのボトルに直接口を付けて、ゴクゴク飲み始めた。……うわあ。
「今はな。だけど、その真実をいずれ暴く日がくるはずさ。……まあ、あれだよ。今は無垢な子供のままでも問題ないって事だ」
無垢な子供のままで……か。
「ガッちゃんの言う通りだね。今はまだ今のままでも大丈夫だよ、うん」
ヨハンソンさんが腕を組みながら、うんうんと頷く。
「そーゆーもんですかね」
「そーゆーもんだよ、レク」
ガブリエルさんが笑いながらレク君に近づいて、レク君の頭をバンバンと叩いた。
「……やめてください、縮む」
「元から小さいじゃん」
「うっせぇデカプリオ!」
レク君がガブリエルさんの腕をつかんだ瞬間、昇降機のけたたましい音が事務所内に響き渡る。……今度は誰だろう?
「入りまーす」
女の人……あ、シオンさんだ。
「し、シオンちゃん!? あのね、シオンちゃん!」
ヨハンソンさんが慌てて彼女に近づくと、シオンさんはリモコンを落とし、ガンッという音が響く。
「あぁ、ガンッてやらないで! ま、間もなく。間もなくなのよ?」
「私、できたかも」
「……ッ!!?」
ヨハンソンさんが声にならないような音を放り出して、顎をがくんと落として目を見開いている。……何の話なんだろうか。そんな彼を無視して、シオンさんが僕らの前に出た。
「鎮魂歌の皆さんにお客様が。それでは、はりきってどうぞ!」
シオンさんが指し示す先には、牧師様が立っていた。……ヨハンソンさんより上の年齢だろうか、皺だらけの顔に丸眼鏡をかけている、とても痩せた男の人だ。彼がこちらに一歩近づく。
「……「ボンデ」と申します」
ヨハンソンさんが怪訝そうな顔でボンデさんを見ると、彼はこちらに振り向いた。
「牧師みたい」
レク君がそれだけ言うと、
「神父です。カトリック教ですから」
と一言。
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