複雑・ファジー小説
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- Requiem†Apocalypse【完結】
- 日時: 2023/11/23 17:54
- 名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)
◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌へ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。
「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」
◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。
◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。
◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。
◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌での受け皿的存在。
◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌の総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌のかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。
◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌の一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。
◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。
◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。
◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌にお客様を案内してくる、新人教会騎士。
黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.22 )
- 日時: 2023/10/12 13:47
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
「「トーマ・ボンデ」牧師殿ですか」
「神父です。カトリック教ですから」
応接スペースのソファに向かい合ったヨハンソンさん、それにガブリエルさんは、名刺を渡された。一体神父様がこんなところに何の用何だろうか。と、僕はデスクから彼らを見守っている。
「ああ、申し訳ありません。……で、我々に一体どのようなご相談がおありなのですか?」
ヨハンソンさんがペコペコを頭を下げつつ、笑みを絶やさずそう聞く。ガブリエルさんはというと、興味なさそうに葉巻を一つくわえ、ライターで火をつけて吸い始めた。
「葉巻はおやめください」
「あ、失敬。気にせず」
「いや、気にしますよ」
「ステルス発動……!」
怒っている神父様をよそに、彼女は訳の分からない事を言い始めたので、レク君がすかさずガブリエルさんと場所を交代する。煙たくなってきたので、僕は壁にあった換気扇のスイッチを起動した。
「で、で、どのようなご相談~?」
レク君が興味ありそうにメモを取り出して、神父様に尋ねると、神父様はため息をついた。一先ず怒りを鎮めてくれたようだ。
「まあ、とりあえずですね。私は、十年ほど前に友人を失いましてね。その事件はその友人の失踪で片が付いているのですが。やはり納得できず、今日まで他に手掛かりがないか、情報収集等をしておりましたが。……やはり、私個人では何とも。ですので、今回は鎮魂歌の皆様方に依頼しに参った次第です」
「ほお~」
ヨハンソンさんが感心しながら声を上げる。
所謂迷宮入り事件の解決か。十年前の事件……。流石に証拠や証人を見つけるのは容易じゃなさそうだなぁ。でも、関係者に聞けば、何か手掛かりがありそうな気がする。
「ちなみに、被害者の名前は、「アンドレ・モニカ」さんですね。有名な芸術家で、一時期話題になってたらしいじゃないですか。当時の新聞記事もありますよ」
と、レク君はローブの中から捜査資料を取り出して読み上げた。
「「芸術家死体無き殺人事件」。新進気鋭」
「新進気鋭」
レク君が読み間違いをしたので、僕がすかさず指摘すると、彼は一瞬硬直する。
「し、新進気鋭の芸術家、「アンドレ・モニカ」氏が自宅のアトリエから奥様と電話していたんですね。まあ簡単に言えば、モニカ氏と電話をしていた奥様、「フロリアーヌ・モニカ」氏が銃声を聞き、電話が切れる。で、奥様は殺人事件ではないかと、教会騎士に通報しアトリエへ向かい、奥様と使用人が現場を開けると、現場は争った形跡があり、確かに事件性があると確信せざるを得ない状況でした。ですが、肝心の死体は見つからず、失踪扱い。……か」
レク君が読み終えると、ふぅっとため息をついた。
「しかし、改めて見ても不自然な点が多すぎですね。銃声が聞こえたのに、死体が出てないなんて」
「確かにね……ガッちゃん、何か思い当たる節とかない?」
ヨハンソンさんが、葉巻を吸い終え、デスクに座ってペペロンチーノをずぞおおおっと吸っているガブリエルさんに声をかける。
「ん? まあ、昔冷凍コンテナに閉じ込められた死体が一瞬にして消えた~なんて未解決事件もあったしねぇ」
「本来、未解決事件というものがあっていいものかと、私は思うのですがね」
ガブリエルさんの態度に少々腹が立っているのか、語気が強くなる神父様。
「お、落ち着いてください」
ヨハンソンさんが神父様を宥めていると、レク君が捜査資料を見つめながらぶつぶつ独り言をつぶやいていた。
「ふーん。失踪した芸術家モニカ氏の真相を改めて調査、解決。ねぇ……ククク、燃えるね」
例のくつくつ笑いをし始めたのだった。そしてレク君は、何かに気が付いて勢いよく振り向く。
「おっと、どうしたのレク君?」
「いえ……視線を感じまして」
「視線?」
「……気のせいか」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.23 )
- 日時: 2023/10/12 13:49
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
その後すぐに僕達は、モニカ氏の自宅……いや、現場へ向かう事にした。大聖堂から徒歩15分。そこそこ近い距離なので、レク君も安心だろうね。現場に向かうのは、僕とレク君、そしてヨハンソンさん。……ガブリエルさんは、他にやることあるらしく、今回もお留守。……本当、普段何してるんだろ、あの人。僕がそんな疑問を抱いていると、レク君が心を読んだようにつぶやく。
「師匠はあれでも忙しいんです。ぼくらがこうして大手を振って街中を歩けたり、何の心配も無く過ごせるのは、実は師匠のおかげなんですよ」
「そうなの?」
僕がそう聞いてみると、ヨハンソンさんが頷く。
「ガッちゃんはね、あれでも特殊訓練を受けた軍人で、現教皇様の右腕的存在だったんだよ。鎮魂歌ができる前は「聖騎士団」っていう「教皇の盾」なんて呼ばれる組織にも所属していたんだから」
「「聖騎士団」!? ……それって、教会騎士の中でも高度な科学知識とか戦闘技術、捜査技術に精通しているっていう、「特別組織」ですよね。……僕のパパがが所属してたんですよ。ここでその名前を聞くなんて、びっくりです」
「およ」
僕がそう言うと、ヨハンソンさんが目を丸くした。
「えーっと、ルカ君のパパ、なんて名前?」
「あ、はい。「ベルナディト・フィリッポス」です」
「……そ、そっか。多分、奥さんは「マノン」って名前かな?」
「えっ、何で知ってんですか?」
そう聞き返すと、彼は寂しそうに笑った。
「先輩なんだよ。まあ、「ある事件」で疎遠になっちゃって」
「ある事件?」
「知ってます。「マリアさんの事件」ですよ」
「マリアさん? ……って、確か」
「レク君……」
なんだか隠し事をしようとしている雰囲気。……こういう空気、嫌いだ。
「あの、隠し事はやめてください。僕、仲間に隠し事をされて疑うの、一番嫌いです」
「……聞きたいですか? グロ注意ですよ」
レク君が神妙な雰囲気で僕の顔を覗き込んでくる。僕は即答した。
「聞かせてほしいよ。だって、仲間じゃない。僕達」
「いい男ですね、あなたは」
レク君が心なしか微笑んだ。
「しかし、今は話せません」
「え、なんで!?」
僕がそう疑問を叫ぶと、レク君が目の前を指さす。
「もう目的地についてしまいましたから」
「あっ……もう」
落胆している僕に、ヨハンソンさんが肩にぽんと手をおいた。
「ま、長いからね。時間がある時にでもしようか。ごめんね」
ヨハンソンさんにそう言われると、納得せざるを得ない。僕達は10年前の事件の現場へ……の前に、まず奥様からお話を聞くことにした。事情聴取は捜査の基本だ。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.24 )
- 日時: 2023/10/14 18:43
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
モニカ邸宅につくと使用人に案内され、応接室に通された。使用人が持ってきてくれたクッキーをもっもっと食べているレク君に、「行儀悪い」と手を叩いていると、奥様がやってきた。
奥様は金髪碧眼の美しい貴婦人というような見た目だった。ドレスも最近はやりのギラギラでなく、慎ましい感じの色合いが、良く似合っている。
「はじめまして、奥様。私は「ヨハンソン・レッド」。鎮魂歌所属の教会騎士です。こちら、「レクトゥイン・パース」。こちら、「ルカ・フィリッポス」。よろしくお願いします」
僕らは紹介を受けてぺこりと一礼。奥様も微笑んで頭を下げてくれた。僕達、そこまで身分は高くないけど、教会騎士っていう肩書の御蔭で奥様の態度も軟化してる。まあ、それはそれとして。
「今回の事でボンデさんには感謝しているんですよ。また捜査していただけるなんて。現場もそのままにしてあるんです……本当に良かった。ありがとうございます」
そうか。この人も大切な人を亡くして、捜査の再開を待っていたんだ。
「なんでそのまんまにしてんです?」
レク君がメモ帳を取り出し、書き込みながら尋ねる。
「あの空間にはまだ「夫の魂」が生きているんです。ですから、あの空間もそのまま生かしているんですよ」
「なるほどぉ……」
ヨハンソンさんは感心しながら、出された紅茶を一口。僕も両手でカップを持って、口に入れた。……うん、予想通り美味しい。渋味が抑えられてて、尚且つ紅茶本来の香りと味が生きてる。……って、紅茶の感想なんかどうでもいいんだよ!
「早速案内していただけませんか?」
僕がそう言うと、奥様は頷いた。
使用人と奥様の案内の下、僕らは現場へと赴く。現場となるアトリエ内は埃っぽくない。意外だ、こういう不吉なところは、誰も来たがらないと思ってた。
「こちらが、夫のアトリエです。十年前から何も手つかずで、こうして封印しているのです」
奥様がそう言っている間に、使用人はさっさと扉の前の仕切りを片付けて、扉を開ける。扉があいた瞬間、血の腐ったような臭い、埃っぽい臭い、絵の具の臭い、何かの腐臭と埃で充満していたせいか、ひどい臭いだった。
「枯れてる、真っ黒」
レク君が倒れている花瓶の花を、持っていた指さし棒で突き始める。……そんなアイテムも持ってたんだ。
「血の匂いがしますね。……芳しいですなぁ、クックック」
何が楽しいのか、レク君は引き笑いまで始めた。
レク君を無視して部屋を改めて見回す。立派なテーブルや椅子、画板やら紙、絵の具が床に散乱して、まるで空き巣でも入ったのかってくらいの惨状だ。絨毯は高級そうだし分厚いし。だけど、血液らしき黒いシミがこびりついているし、壁やラック、テーブルなどには10年分の埃が積もっている。レク君がコンコン叩いている花瓶は、床に落ちて、中に入っていたであろう花も真っ黒に染まっていた。
すると、どこからか音が聞こえた。「りーん、りーん」って。
「ん、聞いたことのない音ですね」
ヨハンソンさんがそう言うと、奥様は「ああ」と一言。
「ここに飼っているのですよ」
奥様はそう言いながら、部屋の外にあった白い布を取り払う。中から現れたのは、巨大なガラスのケース。……の中に入っている黒い虫の大群。なんというか、布を取り払った後、芳しい香りもした。
「スズムシ……」
レク君がそうつぶやく。
「よく知ってるわね。そう、これはスズムシ。「ニポン」に生息する虫だそうです。夫が生前ニポンの友人から買い取って、飼育していたんですよ」
「へー、ぶっちゃけめっちゃキモ――」
僕はレク君の脇腹に一発肘をくらわす。「ふごぉ!」とレク君は叫び、脇腹を押さえて蹲った。
「夫は仕事に煮詰まると、何日もこの部屋に籠りっきりになるんです。「四季」を感じながら、創作に打ち込んでいたのですよ」
「四季を?」
「スズムシは、ニポンでは秋の象徴とも言われています」
「へぇ~」
レク君が頷きながらメモを取ると、僕は部屋を見渡しながら、奥様に尋ねる。
「モニカさんは、ここで誰かと争ったんですよね?」
「はい。カップや本、それに花瓶やテーブルまでが崩れ落ちていて、誰かともみ合った痕跡が」
ヨハンソンさんがそう答えてくれると、レク君は床に這いつくばりながら、指さし棒でカップをコンコンとリズムよく音を鳴らす。
「お茶カップ、いいッスね。上品な模様とかがいいですね」
そう言い終わると、顔を僕に向ける。
「つーことは、お茶を飲んでる時に、後ろから「ズドン」! ってカンジッスかね」
「争った形跡があるつってんだろ」
「ありゃ。そりゃそうだ」
僕はため息をつきながら、バッグから捜査資料を取り出す。
「当時の調べでは、容疑者は二人。モニカさんの片腕とも呼ばれた、「フェルズ・クラース」さん。それと、愛弟子と呼ばれた「ジョン=ポール・ジョフレ」さん」
「ジョジョ?」
「ええ、フェルズさんは当初から二人三脚で、「サンタモニカ会館」を興した方ですが、経営方針ではいつもモメていました。……ジョンさんは夫も認める才能の持ち主で、そのせいか、絵の方向性でいつも衝突していました」
レク君が奥様の話を聞きつつ、それもメモをする。
「しかし、まあ。お二人とも確実なアリバイがあったんですよね?」
背後で聴いていたヨハンソンさんが、顎を撫でながら首をかしげていると、奥様は頷く。
「夫から、その日の午後5時30分ごろに電話がきて、それに出て話をしていました。その日も帰らないと、泊りになりそうだと、そう言った瞬間、銃声が聞こえたんです。慌てて教会騎士に通報し、彼らを待ってからアトリエへ入り、この部屋の扉を開けると、争った形跡と血液の跡しかなく、夫の姿は忽然と消えていたのです」
ヨハンソンさんが、僕の後ろから捜査資料を眺めていた。
「その日、フェルズさんは隣町の個展に赴くべく、馬車で「テレーゼ街道」を通り、ジョンさんは家族と共に舞台の観劇に。アリバイはバッチリだね」
「わざわざ観劇に。……アリバイを作る為のわざとらしさも感じますね」
僕がそう言うと、ヨハンソンさんも頷く。
「俺も一度も妻と一緒に観劇にはいかないね~。……あ、だから新しい恋にいっちゃうのかなぁ――」
「ヨハンソンさん!」
「ご、ごめんちゃい」
ヨハンソンさんが小さくなったところで、僕は奥様の方を見る。
「今、そのお二人とは?」
「夫が亡くなって、逆に溝が無くなって、今は私を支えてくださっています」
奥様がそう言うと、ヨハンソンさんは「う~ん、いい話だ」と感動のあまり俯いた。
「しかし、何と言っていいか……電話の最中に殺害されてしまうとは、奥様もさぞ心が痛んだことでしょう……」
ヨハンソンさんの言葉に、奥様は先ほどまでの気丈な態度から一変。涙を流し、むせび泣き始めた。ヨハンソンさんはすかさずハンカチを取り出して、奥様に手渡す。
「申し訳ありません、お辛い事を思い出させてしまって……」
やはり、愛する人を失う事はとても悲しいことだ。僕も釣られて涙が出そうに――と、その瞬間、レク君が指さし棒で血痕を叩き始める。
「どうしたの?」
僕がそう聞くと、レク君が僕に顔を向けながら答えた。
「銃に撃たれたにしては、血痕が少なすぎますよ。ほら」
僕は捜査資料をまた開く。
「当時、モニカさんには自傷行為の癖がありました。当時、絨毯の血痕は自傷行為によるものか、銃での負傷によるものなのか。不明とされています。ここから、殺人の線から自殺目的の失踪の線に捜査の方針が傾いたみたいですね」
すると、奥様が不機嫌になったのか、声を荒げた。
「自傷行為と自殺は違います。自傷行為は彼にとっての創作の一環だったんです!」
僕はそれを聞いて、捜査資料を閉じてバッグにしまう。
「まあ、創作行為中の血液が絨毯にこびりついた可能性はありますけど、出血量が少ないからって、銃で撃たれてないという事でもないんですよね」
僕はパパから聞いた事のある知識を口にした。
「小口径の銃弾なら、貫通しないから出血量もたかが知れてますし、当たりどころによっては、歩けるくらいです」
僕がそう言うと、奥様は困惑した表情を見せる。
「プスプス、プスプス……」
「レク君、何?」
「ん。いや。殺しが目的じゃないのに、なんでわざわざ小口径の銃を使う必要があるんでスカーレット・ヨハンソン」
レク君が死んだ魚みたいな目を向けてくる。ヨハンソンさんも一瞬反応してレク君を見ている。
「犯人が女性の場合、大型の銃は使えません。反動が大きすぎて当たらないですから。あと、死体を運び出す必要があるのに、自分では運び出せない場合とかね。これも非力な女性の場合なんだけど。傷を負わせて脅して、自力で歩かせた後に、馬車やらを使って山中なんかに連れて行ってから殺す……っていう場合もあるんだよ」
「そっかぁ」
レク君は納得して頷くと、慌てたように奥様が僕に詰め寄ってきた。
「あの……私を疑っているのですか!?」
「いえ、登場人物全員を疑ってます。教会騎士の基本だって、パ……父も言っていましたので」
僕がそう言い切ると、レク君がうんうんと頷く。
「じゃあ、他のメンツも洗いに行きましょうか」
「仕切んじゃねーよモヤシ!」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.25 )
- 日時: 2023/10/14 18:46
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
まず僕らは、「フェルズ・クラース」さんに会う事にした。僕らは彼の運営する事務所を訪れ、応接室に通される。そしてしばらく待っていると、フェルズさんが入ってきた。ねじれた黒髪を一つに結った黒い肌の男性……アフリカ系だろうか。白いシャツが映えるなぁ。
「マイコー?」
「違うよ」
ヨハンソンさんが笑みを浮かべながら、一礼をする。
「すみません、「フェルズ・クラース」さんですね? お噂はかねがね。お時間を取っていただき、大変恐縮であります」
「いえ」
フェルズさんが一言そう返事をすると、ヨハンソンさんは早速本題に入った。
「十年前、モニカ氏が失踪した時の事をお伺いしたいのですが……覚えていらっしゃいますか?」
十年なんて子供が大人になるのに十分な月日だ。覚えていなくても何ら問題はないんだけど……。フェルズさんは頷いた。
「教会騎士の皆さんには何度もお話した事ですが、その日は隣町に開いた個展に向かっていました」
「その点に関しては、個展スタッフや関係者にも裏が取れていますね」
不自然な点は今はなさそうだね。すると、レク君がバッグから何冊かの雑誌や週刊誌などを取り出し、テーブルに取り出す。
「あなたの記事、何枚か見させてもらいましたよ。一緒に写真撮られたりしていましたよね」
「ああ、よく見つけましたね。懐かしいなぁ、これ、一緒に撮ってとお願いされたりして、無理やり撮られたんですよ」
「アリバイはバッチリ先生ですねぇ。当時個展に行ったという教会騎士の人にも、あなたの姿を見た、握手してもらったと言っていた方もいらっしゃいましたしね。いいですねぇ、まるでスターです」
レク君がそう言って、フェルズさんに近づく。死んだ魚みたいな目を向け、じーっと彼の瞳の中を見つめる。フェルズさんは引き気味だ。
「ふむ、いい匂いですね。画家の匂いです」
「気持ち悪いよ、レク君」
僕はレク君の手を引いて、彼から引きはがすと、フェルズさんはため息をつく。
「……で、他に何をお話すれば?」
うん、やっと本題に入れそうかも。僕は口を開いた。
「当時、モニカさんとは経営方針を巡ってもめてらしたそうですね」
「ああ、ええ。私は家元制度のシステムを構築しようと考えていたのですが、モニカは「その必要はない、自分一代で終わっていい」という考えでしたから」
フェルズさんはそう答えてくれた。……なるほど、確かにそれじゃあ平行線だな。僕は一歩彼に近づく。
「もめてらしたのは、それだけでしょうか?」
「は?」
「ルカ君?」
フェルズさんとヨハンソンさんが同時に声を出す。僕は構わず、彼の瞳をまじまじと見つめて、問いかけをつづける。
「失礼ですが、まだ独身でいらっしゃいますよね」
レク君がにやりと笑う。……なんで笑ったんだ?
「……それが何か?」
当然の質問。僕は答えた。
「あんな美しい未亡人が傍にいたら、僕だったらどうしてるかなと、そう思いましてね」
「え、マジ? ルカちゃまは未亡人の人妻が趣味なんガッ」
「うるさいよ」
レク君がうるさいので拳骨を入れてやる。彼は大人しくなった。フェルズさんはふうっと深いため息をついて、呆れたように首を振る。
「十年前も、教会騎士の皆さんにそんな事を聞かれましたね。……確かその時は金髪のおっとりした女性騎士でしたか。に、しても。教会騎士の皆さまは、神に仕える身という割には、そういうゲスな考えがお好きなようで」
彼が腕を組み、皮肉めいた事を言ってくれるので、僕も返してやった。
「ええ。犯罪者は皆ゲスなものですから」
それを聞くと、フェルズさんは顔を逸らす。
「私は、モニカとは若い頃から同じ釜の飯を食うような仲ですから」
「カマ?」
「フロリアーヌさんも家族みたいなもんで、色っぽい事は何も」
それだけ言うと、彼はまたため息をついた。
「……約束があるんで、そろそろ……それとも、まだ何かあるのですか?」
「プスプス、プスプスプス、プス」
「なんですか?」
フェルズさんにそう聞かれたレク君は彼の瞳をじぃっと見つめる。
「資料によりますと、あなたとアトリエにいるというモニカさんと当時、電話でお話をされていたとか」
「ええ。殺される30分前の……5時くらいですかね。その時はまだ事務所にいまして、電話がかかってきたんです」
「……なぜ、アトリエにいると思ったんですか?」
レク君の問いに、フェルズさんは一瞬顔を引きつらせた。
「スズムシって知ってます?」
「リンリン鳴く奴ですよね」
「ええ、そいつらがうるさかったもので」
「確かにうるさかったですよね。佃煮にしてやろうかと思いました」
「それはイナゴですよ。とにかく、スズムシの声がする場所なんて、アトリエくらいしかないでしょう」
フェルズさんがそう言った後
「時間が迫ってるので。失礼」
と言い、僕らに一礼して退室していくので、レク君は彼の後ろ姿に笑顔で手を振った。笑顔と言っても、やっぱり例の作り笑いだけど。
「あ~した、おつかれ~した!」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.26 )
- 日時: 2023/10/14 18:48
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
次に僕達は「ジョン=ポール・ジョフレ」さんの、絵画教室へと赴いた。週に5日開いているらしく、今日もその最中だった。……僕らは教会騎士であることを受付に伝え、空き部屋に通される。絵具の匂いがするな。
「うーん、絵の方はぼく、専門外ですが。この絵は素晴らしいものだって事は、よくわかりますね」
レク君が部屋に置いてあったキャンバスの絵に、そんな感想を述べる。僕も見てみると、ふむ。海の絵かな。青い海に朝日が昇る風景を描いたんだろう。芸術の良しあしはよくわかんないけど、いいものだって事はわかる。
そんなこんなで、部屋に誰かが入ってきた。短い金髪、緑色の瞳。童顔の男性だ。絵具がかかったエプロンが、まさに絵描きのイメージ通り。彼はぺこりと頭を下げる。
「どうも、「ジョン=ポール・ジョフレ」です」
「こちらこそはじめまして。「ヨハンソン・レッド」と申します」
「挨拶はそこそこに。時間がないので」
「お忙しいところ申し訳ありません……」
ヨハンソンさんとジョンさんが挨拶を交わすと、ジョンさんが顔を上げた。
「で、今更十年前の何を聞きたいんですか?」
不機嫌な様子だ。というか、入ってきた時から機嫌が悪かったな。忙しいところに突撃しちゃったからかもね。まあ、そんな彼の様子に、レク君がしかめ面を見せる。……無表情なんだけど。
「カンジ悪っ」
「十年前のモニカさんが失踪した事件の事なんですが。当時の午後5時には、ご家族と観劇に行ってらしたそうですね」
僕の問いにジョンさんは、「わかってるじゃないか」といった風に深いため息をつく。
「……それが何か?」
「舞台、面白かったですか?」
「ええ、まあ」
「タイトル、なんでしたっけ」
ジョンさんは訝し気に目を細めた。
「カマかけてるんですか?」
「カマ?」
「失礼だな……」
「そう言わず、答えてくださいよ」
僕がそう言うと、ジョンさんはにっと笑う。
「タイトルは「テューレの王の杯」ですよ」
彼がそう言うと、僕は記憶を頼りにあらすじを思い出す。
「確か、マスネ作曲の歌劇でしたよね。元はシューベルトの曲だった」
僕の言葉に、彼はにまーっと笑う。
「……そうですね」
「ちなみにその作品は、初演されていませんよ」
「……!」
ジョンさんは面白いくらいに驚愕の表情を見せてくれた。
「チョロい、チョロすぎる」
「もしや観劇したという事自体が嘘だったり……!?」
レク君とヨハンソンさんがジョンさんを見るが、ジョンさんは慌てて否定する。
「あの日は子供が風邪気味で、観劇に行く前に子供が吐いちゃって大変だったんですよ! 観劇にすら行けてなかったんです。なんでしたら、妻と子供に裏を取ってくださって結構ですから!」
「じゃあ、連絡先を教えてください」
「離婚したんですよ。私からは教えられません。わからないので」
「調べられると厄介な何かがある、と考えてもいいですかね?」
「勝手にいろいろ考えてくださいよ」
そう言って、ジョンさんは一礼した後、部屋を出ていった。レク君もヨハンソンさんもそれを見守り、何か確信づいた顔をしている。……確かにジョンさんは怪しい。でも、裏を取ればわかる事も増えるかも。僕は腕を組んでふうっとため息をつく。
「とりあえず、食事でもしましょう。腹減った」
レク君がそう言いながら立ち上がった。確かに、もうお昼すぎちゃった
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