複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.2 )
日時: 2023/09/21 23:34
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

中華飯店「寧幸むしろしあわせ」。この広いフランスでも唯一の、東洋の食文化「中華料理」「和食」というものが食べられる「定食屋」。店内は脂っこくてべとべとしていますが、すごく汚い! と目くじらを立てる程でもありません。赤い壁に四角い渦巻きの絵が描かれていて、とても不思議な空間です。そんなこの定食屋さんは、フランスでは見たことのない「ギョーザ」とか「ラメーン」とか……こってりしていて脂っこいのに、ガツンとした濃い味、尚且つ病みつきになる程の中毒性を誇る美食を提供してくださって、しかもぼくみたいな低所得者でも毎日通えるくらいの低価格で楽しめる……ぼくにとっての聖域サンクチュアリなんです。ぼくは、中でも「素ラメーン」という、しょうゆのあっさりめのスープに絡まる具なしラメーンが大好物で、仕事終わりには師匠と共に寧幸までやってきては、一緒にラメーンを食べているんですよね。まあ、今日は一人なんですが。

「ずずずっ、ずぞぞぞぞっ」

 音を立てながらラメーンを啜る。飛び散るスープ。普段なら”ヨハンソン”さんも驚いて行儀悪い! と怒るんですが。この場にいないので、東洋の言葉で「無問題もーまんたい」という奴ですね。こうして食べるとなぜかうまいと感じるんです。不思議、不思議。で、ぼくは、ラメーンをハシでつかみながら、目の前の分厚い本を開いて、ハシでページを捲りながら読み進めていました。ページが汚れる? そんなもん、ぼくには関係ありません。

「わかりやすい公式ですねぇ、ウケる」

 ぼくの何気ない一言に、店の親父さんが「は?」と声を漏らしていました。

「なんじゃそりゃ」

「ん」

 親父さんがそう聞いてくるもんですので、ぼくは親父さんの方をみる。

「独り言です」

「はあ……」

 ぼくが親父さんにそう言うと、再び本に向き直った。親父さんの呆れたような声が聞こえますが、どうでもいいです。ラメーンおいしいです。

「ナンシー、そいつみとき」

「はいな」

 親父さんの隣にいるスペイン人っぽい女の人の声が聞こえます。なんだか視線を感じますがどうでもいいです。目の前の論文を完読するのが、今のぼくの使命です。ぼくはそう思いながら、ギョーザをタレにつけてぱくり。うーん、もちもちの皮の中からあふれ出る肉汁、そしてミョウガのつんとしていながら優しい辛みと、ネギの甘みとかなんやらが口の中で爆発して……

「んん~、高まるぅ~!」

 思わずそう叫ばずにはいられない。ぼくは隠し事ができません。

「……¿Tiene seguro?(保険入ってるか?)」

 厨房にいるはずのスペイン人の……あ、ナンシーさん。が、唐突に聞いてくる。

「Busca en otra parte.(他をあたってください)」

 ぼくはそう答えました。
 ……おや、親父さんが何かを持って奥に行くようですね。あれは「ジグソーパズル」ですか。パリに出張に行った時に、枢機卿の部屋に飾ってあったのを見ました。確かあれは2000ピースの大きな絵画のような大きさでしたね。
 こっそりついて行って見る事にしました。親父さんがテーブルにパズルを置いて、ピースを脇にやる。ふむ……。ピースは1000、完成までに約45分くらいを所要しそうですね。完成品はおそらくかの有名なフェルメール作の絵画「牛乳を注ぐ女」を模したモノでしょう。パチモン臭がハンパない。マジパネェですね。
 ん……っ。あぁ、これ。

「1ピース足りませんね」

「……は?」

 親父さんがぼくの存在に気が付いたようで、声が上擦ってるみたいです。驚いて振り向きました。それはいいです。1ピースどこかになくしたのか。まあ、ぼくには関係ないですね。ぼくはラメーンが伸びてしまう事を思い出し、テーブルに戻る。

「なんだがや……?」

「Oye, contrata un seguro.(おい、保険入れよ)」

 そんな声が聞こえてきたような聞こえてないような。とりあえず、ぼくは目の前の論文を読み進めていきました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.3 )
日時: 2023/09/21 23:39
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

「いやはや、君が無事でよかったよぉ、うん!」

 目の前の赤い髪のお兄さんが大笑いしながら、僕の肩を叩く。赤い髪に翠色の瞳の、すごく背の高いお兄さん。右目はアイパッチで隠していて、立派な白の教会騎士の紋章が入った上着を羽織っている。そんなお兄さんが、僕が迷わないように「こっちこっち」と、笑顔で手招きしてくれた。僕はそれに必死について行く。結構歩幅が広くて、小走りじゃないと追いつけないから、一生懸命に見失わないようについていく。
 なぜこのお兄さんが僕の目の前を歩いているかというと――。




―――




 時は少し遡るけど、僕「ルカ・フィリッポス」が審問にかけられて、判決を言い渡されるまさにその瞬間だった。

<異議ありィ!>

 中性的な声がその場に響き渡り、怖いおじさんの木づちがピタリと止まった。そして、声の主に視線が集中する。僕に突き刺さる視線が、全てその人に向けられたんだ。僕も釣られてそれを見ると、銀髪のお姉さんが立ち上がっておじさんを見ていた。表情にはどこか余裕げな雰囲気を感じる。

<ようよう、じじばば共! こぉんな未来ある美少年を寄ってたかって虐めて楽しいんかァ? 何の証拠もねえのによぉ、ぐだぐだ言う前に証拠出せっつーんだよオラァン!?>

 お姉さんがまくし立てるように叫び、おじさんを指をビシリと突き刺さるような勢いで指し示す。

<"ガブリエル"。審判に異議を唱えるという事が、どういう意味か、解っているのか?>

 おじさんが苛立ちを含みながら、お姉さん――ガブリエルさんにそう尋ねる。だけど、ガブリエルさんはというと、腕を組んで鼻を鳴らし、不敵な笑みでおじさんを見下ろしていた。

<解ってるよ、うっせーな。だが、私がどういう存在かってのも、あんたも理解してんだろ? 神が敷いたレールや秩序に、私ら”異端者”には通用しない。だからこそ、だ>

 ガブリエルさんはおじさんに突き刺していた指を、そのまま僕の方へ向ける。

<あの子はうちら「鎮魂歌レクイエム」が引き取る。それで問題ないでしょ。この事件は、うちらの管轄だしな>

 そう言って、へらへらと笑い始める彼女。周囲の人たちもあきれるやらどうすればいいやらで困っているようだった。ひそひそと何か話し合ってるみたいで、互いに顔を見合わせている。……でも、しばらくの内に。

<……いいじゃないの、地底人共が引き取ってくれるっていうなら、好都合だわ>

 というおばさんの声が響き渡り、その声を皮切りにざわざわとざわめき始め、彼女に賛同する審問官の皆さん。ガブリエルさんは腕を組んで満足げに口元を緩めていた。うんうんと頷きながら、おじさんの方を見る。

<で、”ラフノフ”さん。どうすん? 審問官の皆さんはうちらにあの子を預けるみたいですけどぉ?>

<……はあ。承知した、ルカ・フィリッポスの処遇は、ガブリエル。君に任せるとしよう。満場一致でもあるしな>

 ラフノフと呼ばれたおじさんが木づちを叩き、僕を見下ろした。

<ルカ・フィリッポス。有罪ではあるが……君の処遇はこの、「ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ」に一任する。よって、君は本日付で鎮魂歌レクイエムの配属を命じる>

<感謝しまーす、審問官長~♪>




―――




 と、言う事があり、ガブリエルさんはどこかへフラッと行っちゃって、赤い髪のお兄さん……「ヨハンソン・レッド」さんが代わりに僕を案内してくれると、彼が言ってくれた。ので、今はヨハンソンさんの後について行ってるわけだ。
 ヨハンソンさんの話では、ここはフロー大聖堂という、この島で一番大きな聖堂らしい。で、この島の中心都市である「フローレイズ」の衛兵の役割を担い、日々善良な市民を守る為に活動している。この島では、国王よりも「教会」の方が権力が強く、教会独自が擁する「教会騎士」や「異端審問会」が、島の秩序を守っているというらしい。
 ヨハンソンさんやガブリエルさん達、「鎮魂歌レクイエム」はこの大聖堂の地下を拠点に、不可思議な事件や発生から数年から数十年経つ事件などを担当し、解決に向けて捜査、或いは実力行使をする裏組織、なんだって。

「ルカ君、君はこれから「鎮魂歌レクイエム」に所属してもらう。ごめんけど、拒否権はなしね」

 ヨハンソンさんがそういいながら、昇降機に乗り込むので、僕もそれに続いた。

「……いえ、僕はガブリエルさんに救われた身です。拒否権も何も……」

「ま、色々胡散臭い場所だし組織だけど、とりあえず空気を読んどけば、その内勝手もわかるからさ」

 僕が乗り込んだことを確認すると、ヨハンソンさんが昇降機のリモコンらしきものをぽちっと押す。ガコンと大きな音と揺れと共に、昇降機が上へと昇っていった。機械音と歯車のこすり合う音が、ギチギチと響いて上へ。広い空間に昇り切ったと思ったら、ガコンとさらに大きな音と揺れが響いた。一瞬、前のめりになるものの、踏ん張って倒れないように、足元に力を入れる。

「ここが、「鎮魂歌レクイエム」の本部。……ってかっこよく言っても、結局は掃き溜めみたいなもんだけどね。ようこそ、ルカ君。歓迎するよ」

 ヨハンソンさんがそう言いながら、数歩歩いて、僕の方に手招きをした。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.4 )
日時: 2023/09/21 23:44
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

 目の前に広がるのは、とても広い空間……だけど、蜘蛛の巣だらけの天井だし、資料やら書物やらっぽいものが、大量に詰め込まれた本棚がずらーっと並んでいるし、しかも埃っぽい。明かりも天井からつり下がってるガス灯だけで、薄暗い。でも、視界は不思議と暗すぎたりしないし、奥の方までよく見える。本棚が並ぶ傍に、デスク並んでいて、そのデスクの上にも大量の資料とか本が積み上がっていて、とてもじゃないけど、綺麗とは程遠い場所だった。一応、仮眠スペースらしき場所と、ふかふかのソファがテーブルを挟んで向き合っていたりしてる応接スペース、あとは何故か奥の方には、大量の缶詰とか水筒らしきものが積み上がっていた。多分非常食だろうなぁと思って見てると。

「ルカ君、こっちこっち。はやくはやく」

 ヨハンソンさんが僕を手招きしている。慌ててヨハンソンさんの前まで小走りで近づくと、ヨハンソンさんはデスクの上の荷物をどかし、持っていた雑巾で汚れやほこりを拭きとっていた。

「ここ、これが今日からルカ君のデスクだよ。私物はこの中に入れてね。後、コーヒーとかお茶は給湯スペースにあるから、そこで。これから一緒に頑張ろうね、お仕事」

「……えっ」

 お仕事、か……というか、僕はこの鎮魂歌レクイエムに所属して、不可思議な事件とかを解決するとは聞いてたけど、結局何をどうするかっていうのは詳しくは知らない。一体、何をさせられるのか、不安になってきちゃった。

「あ、あの。僕は一体何をさせられるんでしょうか……?」

「あり?」

 僕の質問に、ヨハンソンさんの目が点になる。

「聞いてない? ”ガッちゃん”から」

「ガッチャン?」

「あーごめん、ガブリエルさん。君の審議に異議を唱えた人。なんか銀髪で傷だらけでおっぱい大きくて露出多い人」

「いや、そこまではアレですけど……」

 ガブリエルさん、僕を助けてくれた人。確かに、「僕を引き取る」と言ってくれたけど、本当に詳しい事は全然何も教えてくれなかったな。「あとは頑張れ!」なんて言ってたけど、投げやりだったなぁ……。

「まぁいいや。おさらいしとくか。まあ、さっき不可思議な事件とか発生から何年も経った事件を解決したりするほかに、立件にしようがない事件を解決に導くっていうねぇ――」

「えっと、要するに……他の部所や教会騎士とか異端審問官たちじゃ解決できないから、頭がおかしいとしか言いようがない相談とか、ハードクレーマーとか無茶苦茶な苦情をたらいまわしにされてきて、それをのらりくらりとかわすだけで、他は何もする事がない……って感じでしょうか?」

「あッ、う……あぁ、うん。ま~、見方によっちゃ、そう見えるかもしれないわねぇ~……」

 ヨハンソンさんの目が泳ぎ、そう言いながら慌てるように自分のデスクに向かい、デスクの引き出しを引いたり、上の資料を何冊か腕の中に抱え込んだり、何か探している様子だった。

「ここには、ガブリエルさんとヨハンソンさんだけですか?」

「いいや? もう一人、13歳の子がいるんだよ。「レク」君っていう、死んだ魚みたいな目をした子でね。なんと、黒髪なのよ」

「黒髪……珍しいですね、東方の方ですか? それともラテン系でしょうか、アフリカの子でしょうか?」

「いや、それは知らん。なんせ、身元不明の孤児だからねぇ」

「へえ……」

 と、その時。昇降機が降りて昇ってくる、あの大きな音が響き渡っていた。僕とヨハンソンさんが反射的に昇降機の方を見る。

「誰かきた。お客さんかな?」

 「珍しい事もあるんだな」とヨハンソンさんが呟きながら、昇降機に近づくと。
 昇降機から姿を現したのは、いかつい顔の眼鏡かけたおじさんだった。白いタオルを頭に巻いて、ヨハンソンさんよりずっと年上で、髪色と顔の作りからして、東洋人だと思う。何かをぶら下げて、しかもしかめ面で昇降機が昇りきるのを待っていた。おじさんがリモコンを落とすと、それが「ガンッ」と音を響かせる。

「あぁ、ガンってやらないで、一昨日直したばっかなんだから!」

 ヨハンソンさんがおじさんに近づいて慌てたようにそう言うと、おじさんが手にぶら下げていた白いものをヨハンソンさんに突き出す。よく見たらそれは、黒いもじゃもじゃ頭の男の子だった。

「あんたが責任者けぇな! こいつが食い逃げしようとしてたんっちゃ」

「食い逃げだなんてひどいですなぁ」

 男の子が無気力にぶら下がりながら反論すると、おじさんは怒り狂って怒鳴る。

「どう見ても怪しいけえ、教会騎士なんぞ信じられんがや!」

 彼が身体を捻り、おじさんの手から逃れる。うまい事するなと思っていると、おじさんに向き直った男の子は、おじさんを上回る怒鳴り声で対抗していた。

「財布、忘れてただけでしょうがァん!?」

「ま、まあまあ、落ち着いて「レク」君。ピーフピーフ。スリーピース。なんちゃって」

 ヨハンソンさんが今にも掴みかかりそうな勢いの彼を羽交い絞めにして持ち上げた。身長が低いので、ぶらーんとぶら下がっている。……というか、あのもじゃ頭君が「レク」君なんだ……。確かに死んだ魚みたいな目をしてる。

「で、おいくらくらい食べたのかな、この子」

「全部で3フラン飛んで11スーだがや」

 3フラン飛んで11スー……確か、家具付の部屋を借りるのに、週1フランくらいだった気がするけど……。

「よく食べるんだよねぇこの子」

「ツケにしろやァ!」

「君曲がりなりにも衛兵でしょ?」

 怒り狂うレク君にヨハンソンさんは必死に宥めている。でも、怒ってるのに表情が一つも変わらない。感情が無いのは顔だけなのかな。すると、ヨハンソンさんは、器用に片手でレク君を掴みながら、自分の羽織っているコートの懐から財布を取り出し、言われた金額を取り出して、おじさんに渡した。

「どうも、ご迷惑をおかけしました」

 おじさんはそれを受け取ると、レク君を睨みつける。

「今度、財布しゃーふ忘れたら、おめえをギョーザのタネにして茹でるよ?」

 レク君は一瞬身体をびくりと痙攣させ、おじさんが昇降機に乗り込んで降りていくのを見守っていた。

「ではおかげさまで、毎度みゃあど

 おじさんの姿が見えなくなると、ヨハンソンさんがレク君を床に降ろす。降ろされた彼は、なんだか叱られてしゅんとなっている犬みたいに、俯いていた。

「すみません」

「病院行ってたんじゃなかったの?」

 ヨハンソンさんがそう言うと、レク君が目を逸らす。

「多分、すれ違った時に財布盗まれたんです、あの刺青タトゥー野郎。次会ったらぶん殴ってやります」

「暴力沙汰はご法度、衛兵の基本だよ」

 レク君が地団駄を踏んでいるのを見ると、彼のバッグから何か白い布が覗いていた。

「君、それ……」

「ん? ――はっ!?」

 レク君が僕の指さす方向に目をやると、急いでそれを引っ張り出す。中から出てきたのは財布だ。

「ぼくの財布! なぜこんなところに……ヨハンソンさん、返します!」

「あぁ、慌てない慌てない、慌てない……」

 レク君が慌てて財布からお金を取り出そうとするので、ヨハンソンさんも慌ててそれを制止する。

「レク君、それよりも紹介したい人がいるんだよ」

「んえ」

 ヨハンソンさんが僕を指し示した。

「こちら、「ルカ・フィリッポス」君」

 そして、レク君の方も指し示す。

「こちら、「レクトゥイン・パース」君」

 レク君が一礼した後、目を見開き、僕に近づいてきた。僕に近づくたびになんだかニンニクのにおいが立ち込める。そして、顔を近づけてじーーーっと凝視してきた。

「ウワサの「ルカ・フィリッポス」君でありますか。あの、「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者である」

 僕はどんな顔をすればいいか分からず眉をひそめるが、彼は気にしていないのか、そのまま死んだ魚みたいな目で僕を凝視しながら。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」

 僕が硬直していると、レク君は「ふむ」と声を出す。

「……意外に普通の人間だな。人は見かけに寄らんもんですなぁ」

 そう言って、レク君はその場から離れた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.5 )
日時: 2023/09/21 23:48
名前: 匿名 (ID: MDTVtle4)

 レク君が離れてバッグから何かを探している。ヨハンソンさんがそんな彼を見て、微笑みながら口を開いた。

「こう見えてね、彼は天才なんだよ。だいぶ変人だし偏食味音痴だけど」

「へぇ~……」

 僕はそう言うと、レク君がバッグから何かの新聞を取り出した。

「今日面白いモノをお持ちしましたよ、ヨハンソンさん」

「へえ、何々?」

 ヨハンソンさんが、新聞を広げるレク君についていき、レク君はデスクの上の資料を乱暴にどかして、ばらばらと資料たちが床に散乱していく。空いたスペースに新聞を広げると、レク君は楽し気に何かの記事を指さした。

「これこれ。この記事。今日の新聞なんですが、東洋に伝わる「気功の達人」だそうです。なんでも、「通行人100人倒し」っていう企画で、全員倒したと記事になってんですよぉ」

「ほぉ、実際に見てみたいねぇ」

「今度ビデオも出るみたいです。だいぶ高いので、給料前借よろしゅうおなしゃーっす」

「それはガッチャンに言ってね」

 レク君とヨハンソンさんが二人で和気あいあいとしている。僕もそれを覗いてみるけど、記事を見る限り、なんとも胡散臭い感じがしていた。そもそも、気で人が転ぶのだろうか? 実際に目にしないと、信じれない。

「そんなインチキで眉唾ものの記事を眺めて一日が終わるんですか、ここは……」

 僕がそう呆れながらつぶやくと、レク君が僕の方へ振り返る。

「……確かに、この記事は眉唾もの臭いですし、実際近代の科学技術発展と、産業革命による文明開化によりある程度の事柄は説明がつくようになりましたね。ですが……」

 レク君が新聞を閉じた。

「人間の脳は通常、たった1割しか使われていないそうです。そして、残り9割がなぜ存在し、どんな可能性を秘めているか。それはまだ解明されていないようです。そして……これから未来、それが解明されるかどうかもまだ、未知なんです」

 レク君が僕の方へ歩み寄ってくる。

「例えば、目を見るだけで他人を操ったり、物を浮かせたり、音を消したり、異常な記憶力だったり。……死者を呼び出したり、とかね。東洋にはその昔、10人の声を聞き分ける人や未来が見えた人がいたという話もあります。実際、ギザのピラミッドは超能力者によって作られたと言われていますし、東洋に気で肉体を増強させる能力を持つ人もいるようです」

 レク君が僕の目の前で止まり、僕の顔を凝視した。

「常識では計り知れない、特殊能力を持った人間が、この世界に確実にいると、ぼくはそう思います」

 それって……

「超能力者とか、霊能力者……ってやつですか? 馬鹿馬鹿しい。そんなのはあるはずないよ。そういうのって、どうせただの妄想とか、不安から来る幻覚とか、思い込みなんだよ。科学が発展し始めて、不可思議な事が証明され始めてるこの時代に、そんな事言ってるなんて……頭のおかしな子ですね!」

「よく言われますね」

 僕は脳に浮かんでいた言葉を口にする。かなりきつく言ったけど、レク君の表情は変わらない。そこがとても不気味にも感じた。
 超能力や霊能力は嘘っぱち。パパがそう言ってた。僕もそう思ってる。それに……そんなもので誰かからお金を巻き上げたり、命を脅かしたりっていうのもよく聞く話。そんなのを信じろなんて馬鹿馬鹿しい! 存在しないものに怯えるなんて、どうかしてるよ。
 レク君は「そうですね」と一言。僕から一歩後退った。

「でも、ぼくは会った事ありますよ。能力者そういうの。それでひどい目に遭いましたし」

 レク君の瞳に、僕の顔が映り込む。

「あなたも、そうですよね?」

 そう尋ねてくるので、僕は一瞬答えることができなかったけど。なんだか癪に障った。だから、苛立ちが隠せない。

「……知ったような口をきかないでよ。君に何が分かるの」

「ご機嫌斜めですか?」

 そんな僕達の空気を察したヨハンソンさんは、僕達の間に割って入ってくる。

「ままま、平和平和。マリア様マリア様、チッチキチー」

 ヨハンソンさんが笑いながら親指を立てると、昇降機の昇ってくる音がまた響いてきた。僕達の視線がそれに集中する。

「入りまーす」

「なっ、シオンちゃん!?」

 ヨハンソンさんが、女の人の声と昇降機から現れた人影を見て、指を引っ張り始める。そして、女の人に慌てて近づいて行った。女の人は顔が幼く見え、長い髪に3色のバラの髪飾りをつけた、とてもかわいらしい見た目の人。ヨハンソンさんの知り合いなのかな?

「な、何しに来たの!?」

 ヨハンソンさんの問いに、女の人がリモコンをガンッと落とす。

鎮魂歌レクイエムの皆さまにお客様が」

 彼女がそうにこやかに笑い、

「それでは、張り切ってどうぞ!」

 と、後ろにいたお客様を指し示した。その後ろには、新聞で何度か見たことある人の顔だった。

「な、なんだ、仕事か」

 ヨハンソンさんが胸を撫でおろす。

「久方ぶりのお客様だ」

 レク君がそう言いながら、お客様に近づいて、頭を深々と下げた。

「いらっしゃいやせ」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.6 )
日時: 2023/09/25 19:54
名前: 匿名 (ID: Id9gihKa)

序ノ廻ノ承

 ヨハンソンさんが昇降機に乗ってきたお客様二人を応接スペースへ案内する。立派な貴公子の服みたいなフリフリとか、北欧人の綺麗な金髪碧眼がまぶしいな。それにとても整った顔立ち。こういうのが所謂、イケメンってヤツなのかな。後ろについてくる眼鏡をかけたお兄さんも、同じくイケメンだ。多分ラテン系の人かな。黒髪のやや黒い肌のカッコイイ人。憧れちゃう。あ、そういやこの貴族っぽい金髪の人は新聞に日夜載ってる、著名人さんだよね。名前は確か……

「はじめまして、鎮魂歌レクイエムの皆様。私、この方「チャールズ・ラプソン」の秘書官を務めさせていただいております、「ミゲル・アゾ・アラン・ブライアン」と申します」
「なげーな」

 レク君が小声で言ったので、チャールズさんとミゲルさんは気づいて無いみたいだった。この人はラプソン領の領主様のラプソン公爵閣下だったな。毒舌家でズバリとぶった切るキャラクターが人気を博して、新聞でも一面に載らない日はない。それくらいの人だ。
 ヨハンソンさんは深々と頭を下げ、にこりと笑う。

「ラプソン領の領主様がこんなかび臭くみすぼらしい地底まで、はるばる感謝申し上げます。閣下のご活躍はいつも新聞で拝見しております。それで、一体こんな掃き溜めに何の用ですかな?」

 ヨハンソンさんの問いに、深いため息を吐く閣下。

「はあぁぁ~~。たらい回しにされる度に同じことをいちいち説明しなきゃならんのか?」
「そうですね。それがビチグソ教会騎士共のファッキンな掟なもんで。どうぞお願いいたします」

 閣下の愚痴にレク君はさらりと言ってのけた。閣下は当然ぽかんと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているが、レク君はにやりと笑う。

「よろしくお願いしマンモス」

 なんというか、一度見たら忘れられない、不気味な作り笑いだ。気を取り直して、ミゲルさんが「閣下、私から」と閣下を宥めるように言い、ヨハンソンさんの方を見る。

「実は、閣下が懇意にしている、「未来視ができる星占術師」で有名な「ローナ・ヴァルター」という星占術の先生が、嫌な占い結果を出しまして」
「占い?」
「結果!?」

 ヨハンソンさんとレク君が驚いたような声を上げ、レク君はミゲルさんに駆け寄る。

「あの、それってもしや予言ですか!?」
「こちらは……」

 ミゲルさんが困惑……というより、レク君の口臭と体臭に顔をしかめている。確かにニンニク臭いよね、あの子……。

「レク君……」
「おっと失敬。ぼくはレクです、教会騎士やっとります。で、どんな予言よげんー?」

 レク君がまじまじと、死んだ魚みたいな目で凝視するので、閣下もミゲルさんも呆気に取られて目を見開いたまま硬直していた。いや、気持ちはわかる。光の無い目で凝視されるとどう反応すればいいかわかんなくなるよね。
 ミゲルさんは我に返り、ヨハンソンさんとレク君を見ながら口を開いた。

「実は、閣下は明日が誕生日でして。毎年この島の領主様や各要人や貴族達を招き、パーティーを開くのですが。ヴァルター先生によりますと――」
「明日の誕生日パーティーで何者かに暗殺されるらしいんだよ、この私が」
「えぇ!?」

 閣下が遮ると、ヨハンソンさんとレク君、僕は声を上げる。レク君は何故か声が上擦ってたけど。

「殺されたくなければ、20万フランを払えなどと言っているのだ」
「にじゅ……!?」

なんだその金額!? 大金過ぎて国家予算レベルじゃないか!? というか国家予算が今現在どのくらいなのかよくわかんないけど。

「そうすれば、未来を変える方法を教える、と」

 ミゲルさんがそう言うと、レク君は明らかにルンルン気分で今にもスキップしてしまいそうなくらい高揚していた。ヨハンソンさんは苦笑しつつ、眉をひそめている。

「随分インチキな星占術師もいるもんですなぁ」
「ところがどっこい、ヴァルターは本物だ」

 閣下が真顔で、低い声でそう言う。

「私はこれまで奴の言葉に助けられたことか。そのおかげで、私は今の地位に立っている。跡継ぎだった兄と父やその他覇権争いになっていた勢力を排除し、若くして領主になれたのも、ヴァルターのおかげだ」

 なんというか、貴族の闇を耳にしちゃった感じだ。嫌だなぁ、家族すら蹴落として権力を得る大人とか。

「なら、パーティーを中止にすればいいじゃないですか」

 僕がそう言うと、閣下は僕を睨みつけてくる。

「お前みたいなガキにはわからんだろうが、さっきもミゲルが言ったように、他領主や各要人や著名人やら貴族達まで大勢、招いた手前、今更占い師如きに言われたくらいで中止にするなんざ、できんのだよ。大人の世界ってのはそういうものだ」
「なんですかそれ、下らない」

 僕がそう言うと、さらに激昂したように閣下が立ち上がり、僕に向かって指をさす。

「なんつった!?」
「ま、まあまあ! まあまあ、落ち着いて。分かります、分かりますよぉ」

 ヨハンソンさんが必死に閣下を宥め、閣下をソファに座らせた。

「で、私達は何をすればいいのでしょうか?」

 ヨハンソンさんの問いに、ミゲルさんが答える。

「明日のパーティーに、閣下の護衛をつけてほしいのです」
「些か大げさかと……」

 ヨハンソンさんが苦虫を噛み潰したような顔で答えると、閣下がまた怒り出した。

「私が毎年、貴様ら教会にいくら布施ていると思っているんだ? 私はスポンサーだぞ。スポンサーが困っている時こそ、迅速に動くべきではないのか!?」
「ふふっ、お気の毒」
「なんだと!?」
「レク君!」

 閣下の怒鳴り声に、流石にまずいと思ったのか、ヨハンソンさんはレク君をつまみ上げる。宙ぶらりんになったレク君は、まるで糸の切れた人形のようにぶらーんとぶら下がっていた。

「閣下はご存知の通り、領主でいらっしゃいます。しかも、毎日新聞に載るくらいの。……領主様の地位を狙った暗殺者やテロの可能性も否定できません。なのに、上の方で「予言のような類は鎮魂歌レクイエムが取り扱っている」と言われたので、ここに来たんです」

 ミゲルさんの言葉も否定できない。でも、予言で言われたからって、いくら教会騎士でも動くわけもない。

「秘書官の私が言うのもなんですが、閣下を失えば、この島の損失ですよ!」

 ミゲルさんがバンッとテーブルを叩き、レク君がミゲルさんを凝視する。

「閣下、やはり教皇様に直談判すべきですかね……」

 この言葉にヨハンソンさんが両手を振る。

「いやぁ、大丈夫!」

 そして、彼は大きく頷いた。

「承知しました。男ヨハンソン・レッド、身を賭して善処いたします」

 と、ヨハンソンさんが頭を深々と下げる。
 が、そこに予想外の声が。

大変てゃーへんなんだなぁ、公務員ってのも」
「まだいたの!?」

 なんと、本棚の影に帰っていたはずの、親父さんがずっと見ていたんだ。


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