複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.27 )
日時: 2023/10/14 18:51
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「よう食うねぇ!」

 厨房の親父さんがそう言いながら笑っていた。隣では奥さんらしきスペイン人がチャーハンを炒めている。丸くて深い鍋を炎に包んでチャーハンを躍らせて。あの豪快すぎる調理法はここフランスでもなかなか見ないなぁ。フランベの進化系か……?
 さて、今僕らは「寧幸むしろしあわせ」に来て、レク君の大好物の「ラーメン」や「ギョーザ」を食べながら、今後を話し合っていた。

「俺の長年の勘じゃ、ジョンさんが一番怪しいと思うんだよね。何しろ、アリバイがあやふやだ。それに当時の証人も奥さんとお子さんだけだしね」
「……んふふ、ばかうま……「大名古屋茹でギョーザ」……」
「まぁた解決しちゃったねぇ、レク君ルカ君! ここは奢りでいいよ、じゃんじゃか食べなさいね~!」
「あと10人前注文していいッスか!?」
「いいよぉ、報奨金も出るしねぇ~!」
「太っ腹ぁ! 親父さん、あとギョーザ10人前、茹で5焼き5、ニンニクマシマシ!」
「あいよぉ! よう食うな、まだ食うのぉ!?」
「En serio. Tienes un estómago de hierro.(マジか、鉄の胃袋だな)」

 上機嫌だなぁ……。はしゃぐ皆を横目に、僕はそう思いながら頬杖をついてため息をつく。この店、なんか油っぽいし、ギトギトだし、熱いしニンニク臭い。あんま好きじゃないなぁ。そう思って、ため息をついていた。
 そんな感じで話していると、入り口から誰かが入ってくる。……ガブリエルさんだ。胸をゆっさゆっさと揺らしながら、不機嫌そうに僕達のテーブルの前にファイルをバンッと置く。

「……ったく、他人をおつかいロボみたいにしやがって! 頼まれてきた仕事、やってきたぞ!」
「ありがとうございます、師匠。それ、いつもぼくらがやってる仕事なんで、たまにはいいでしょ」
「はぁ……まあいいや。親父ィ、名古屋ヒツマブシテンシンハン唐揚げセット5人前な」
「ガッちゃんもよく食べるね……」

 ガブリエルさんは僕の隣にどかっと座る。そして、ため息をついた。

「「ジョン=ポール・ジョフレ」の元妻に連絡取れたよ。その日、風邪気味だった子供が吐いて、緊急で病院に行ったらしいぜよ」
「ぜよ?」

 ギョーザを口に含みながらレク君が顔を上げる。

「……えっ、じゃあ、ジョンさんは――」
「白だよ。医者とも裏はとったし」

 それを聞いたヨハンソンさんはがっくりと肩を落とす。しかし、すぐに顔を上げた。

「じゃ、じゃあ、犯人はフェルズさんだ! フェルズさんが犯人――」
「フェルズさんもその日は個展に行ってたって聞いたじゃないですか」
「あぁ~そうだった……」

 僕のツッコミにヨハンソンさんはまたがっくりと肩を落とす。そしてまたすぐに顔を上げた。

「ごめん、ギョーザ10人前キャンセル!」
「えぇ~っ!?」
「そりゃねーでよ!」
「¿Por qué?(なんでや)」

 ヨハンソンさんが苦しそうに声を放り出して手を振ると、親父さんと奥さん、レク君が同時に声を上げて、顔をしかめてヨハンソンさんを見ていた。

「だぁって、こんなご飯食べてる場合じゃないじゃない!」
「なんでですか?」

 眉間に皺を寄せて困っているヨハンソンさんに、レク君は真顔で尋ねる。

「えっ?」
「もう答え、わかってるじゃないですか」
「……えっ?」

 僕とヨハンソンさんはレク君を見る。ガブリエルさんはふふっと笑い声を出した。

「なんだ。もうわかったのか。流石私の愛弟子」
「ど、どういうことなの、レク君?」

 僕がそう尋ねると、レク君がハシを僕に向けた。

「馬鹿でもわかりますよ。……ってか、問題はトリックなんですよ。我々はもうすでに真犯人の喉元まで迫っているわけです」
「……そのトリックは?」
「それは――」

 僕の問いにレク君はいきなり背後に振り向く。

「……視線」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.28 )
日時: 2023/10/18 19:39
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 鎮魂歌レクイエムの事務所に戻ると、レク君はメモ帳を取り出し、ばらばらと読み始めている。彼は「もう答えはわかっている」と言っていたけど、僕にはよくわかっていない。僕がそう言うと、レク君は

「わかりませんか?」

 と死んだ魚みたいな目を向けてくる。

「わかんないよ」

 僕は首を振るしかできない。

「ふむ……ヨハンソンさんも?」
「恥ずかしながら全く」
「でしょうね」
「うぅん……」

 ヨハンソンさんはガックリと肩を落としていた。

「では、今回の事件のキーワードをまとめていきましょうか」

 レク君がそう言うと、床にクッションを敷き、そこに座る。そして、前に使っていた分厚い本を取り出して床に置き、筆と黒い箱みたいなものに、黒い容器から液体を出そうとするが、「ブブブブゥ」という音が出るだけで、中身は出てこない。

「……あ、品切れ」

 と、レク君はそう言いながら空の容器をごみ箱に捨てて、給湯スペースへ行く。

「……もたもたしてんじゃないよ」
「全くです。準備は入念にしておくべきですね」

 と、いいつつ、元居た場所に戻り、彼は黒い石の様なものを擦っていた。

「何してるの?」

 僕がそう聞くと、レク君は手を止めず答える。

「「スミ」を作ってるんです」
「炭? それで炭は作れないよ」
「墨ですよ、墨水。東洋では墨を用いて、物書きをするんです」
「へぇ。インキとは違うの?」
「東洋発祥のインクは墨をすりおろして水に溶かしたものを使うそうです。古代ローマでは煤やイカスミを原料としたインクや、硫酸銅を含んだ革の黒染液、アスファルトを含むと考えられる黒色のワニスなんかが、アトラメンタムと呼ばれ、用いられたそうです」
「そうなんだ。難しい事はよくわかんないけど」
「ええ、わからずとも問題ないですよ。この世はわからない事でいっぱいですからね」

 という話をしつつ、彼は墨を擦り終えて筆に浸す。そして、本に文字を書きだした。

「個展」

 レク君が呟きながら、どんどん文字を書き連ねていく。僕も、キーワードとなりえる文字……読めないけど。とにかくそれらを聞いて、収集した情報を脳内でまとめていた。

「アトリエ」

 アトリエで起こった、謎の失踪事件。10年前だけあって、情報は少なかった。

「アリバイ」

 そういや、フェルズさんもジョンさんもアリバイがバッチリだ。……でも気になる事はある。フェルズさんの場合、移動中の証言が無い。ジョンさんは元奥さんが証人で、当時のお医者さんも証言してくれてる。だけど、フェルズさんは個展に来るまでのアリバイは、まだはっきりしてない。……考え過ぎだろうか?

「モニカ」

 今回の被害者、「アンドレ・モニカ」さん。創作の際の自傷癖による出血で、絨毯が赤くなったのか、それとも、争って銃で撃たれたのか。

「写真」

<ああ、よく見つけましたね。一緒に撮ってとお願いされたりして、無理やり撮られたんですよ>

 フェルズさんの言葉が蘇ってくる。あの写真はフェルズさんのアリバイを証明するもの。……そういや、写真をよく見てなかったけど、たくさんのファンやスポンサーに囲まれて撮ったものだったし、特段怪しいところはなかったはずだけど。

「銃声」「電話」

 全ての始まりだ。電話からの銃声で、現場に駆け付け、被害者が失踪……。

「スズムシ」

 スズムシ。そういや虫の鳴き声は、電話を通さない程周波数が高いらしいな。……あれ、なんだか違和感あるな。

「血痕……あ、間違えた」

 レク君がそう言うと、本のページを破り、丸めて背後に投げ捨てる。

「もう、ちゃんとゴミ箱に入れなよ!」
「うっせ」

 再び白いページに、彼の筆が走る。

「血痕」

 絨毯にこびりついた血痕は、いつできたものなのか。だけど、それを検証するには時が経ち過ぎている。

「カップ」

 <お茶を飲んでる時に、後ろからズドン! ってカンジッスかね>

 彼自身の言葉を思い出す。飲んでる時に撃たれた……というより、何かに気を取られている間に何かが起きた。という方が自然だと思う。

「……」

 筆が止まる。レク君が白いページを見つめて唸っていた。
 ――と思っていると、彼は本を勢いよく閉じる。バァンという音が鳴り響き、半分寝ていたヨハンソンさんが、びくりと体を痙攣させて、目を覚ましたようだった。

「レク君?」

 ヨハンソンさんが眠気眼でレク君に声をかけると、レク君は大きく息を吸う。

「……ごちそうさまでした」

 レク君は何か答えに辿り着いたようだ。そして、荷物を全部バッグに詰め込んで立ち上がる。

「ルカさん、行きましょう」
「え、どこに?」
「真犯人のところです。今ならまだいらっしゃいますからね」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.29 )
日時: 2023/10/18 19:41
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 僕とレク君は、再びフェルズさんの元へと尋ねた。彼の事務所内のアトリエへはいると、絵の具の臭いと油の臭いで充満している。大量の道具とキャンバスに囲まれたそんな中、フェルズさんは領主様への献上品を描いている最中だ。僕達が来た時にはもうほとんど完成していたようで、仕上げに移っているようだった。フェルズさんは作品に夢中になっているので、レク君が声をかける。

「ボンジョーノ、フェルズさん」

 その声に反応して、フェルズさんは振り向いた。

「何か?」

 明らかに煙たがられている。が、レク君は気にせずズカズカとフェルズさんに近づいた。ああいう精神力、本当に見習いたいよ。

「あいや。綺麗な絵ですね。作者本人の魂が籠ってる感じがします」
「……用件を。あまり時間がないので」

 レク君を遮り、フェルズさんは作業を再開する。レク君はというと、ふっと笑った。

「大丈夫ですよ、すぐに済みますから」
「……」
「だって、十年前の失踪事件。あれ、殺人事件で、あなたが犯人ですもん」

 レク君がにやりと作り笑いをすると、フェルズさんは流石に驚いて手を止め、僕達の方へ振り向いた。

「……モニカが死んだ時、私は隣町にいたんですよ? それをどうやって殺すっていうんです?」

 彼が冷静にそう尋ねると、レク君はフェルズさんに近づき、彼を見上げた。

「これ以上聞きたいッスか?」
「そりゃあそうでしょう」
「はははっ、ご存知の癖に」

 レク君がそう無表情で笑う。

「一度事件を整理しますか」

 彼が捜査資料を開き、事件のおさらいを始める。
 ――モニカ氏は自宅のアトリエから奥様と電話していた。モニカ氏と電話をしていた奥様が銃声を聞き、そこで電話が切れる。で、その瞬間、フェルズさんは隣町へ向かっていた。

「その通りですよ」

 これだけ聞くならなんら問題はなく、むしろ、フェルズさんは事件には関係のない人物であることがわかる。

「ですが、おかしいんですよ。めちゃくちゃおかしいんですよ~!」

 レク君が捜査資料を閉じてバッグに詰めながら、そう言う。

「何が?」
「犯人は、"モニカさんと奥さんが電話している時"に発砲してます。"わざわざ"です。なぜ、"わざわざ"奥さんと話している時を狙って、撃つ必要があったんでしょうか?」

 レク君の疑問に、フェルズさんは目を合わせず答えた。

「金目当ての奴が、相手の隙をついて、で、撃ったんじゃないですか?」

 それを聞いたレク君はにやっと笑う。

「ぼくが強盗でしたら、"電話を切った後"に殺しますね。電話の相手に通報されちゃいますから」

 その不気味な笑みをレク君はフェルズさんに近づける。

「てことは犯人は、モニカさんと奥さんが電話をしているその瞬間を、"わざわざ狙って撃っている"って事ですよ」

 そして、レク君の笑みが消えた。

「その目的はたった一つ。犯人にとって"有利なアリバイを作る事"でしょう」

 そう言った瞬間、レク君が口角を上げる。

「まだ聞きたいですか?」
「巻きでお願いします」
「じゃあ続けますね」

 レク君がそう言うと、大きく息を吸う。

「そういや、モニカさんがなぜアトリエにいたという情報があるのか。それは、奥様自身の証言があったから。最後の言葉は「今アトリエで次のイベントのプランを練っていてな」らしいです。犯人にとってとっても必要なアリバイを、被害者自身が妻に告げた直後に撃っている。……これがまさに"犯人の目的"です」

 彼の推理が終わると、フェルズさんは大きくため息をついた。

「結論から言ってくれないか? 忙しいんだ」

 フェルズさんは彼の方を見ず、作業を再開した。人の話を聞きながら絵が描けるなんてすごいなぁ……。

「じゃあ結論を言いますね。まずあなたは、自分のアリバイを作る為に、事件の現輪を偽装したんだと思うんですよ。部屋を荒らし、まるで争った形跡があったかのように。知り合いの犯行って事にするために、お茶カップをわざわざ置いたりして。その目的は、ジョンさんに罪を着せる為です。全く、芸術家らしいご丁寧で見事な犯行ですね」

 レク君はそう言うと、近くにあった椅子にどかりと座った。

「残念ながら、ジョンさんはちょうど病院に行っていたというアリバイがあったんで、助かったんですが。そして、あなたはモニカさんを待ち伏せた……」

 フェルズさんはそれを聞くと、絵の仕上げを終わらせた。……領主様の肖像画だろうか。とてもいい出来だなと、僕は感動で胸が熱くなった。

「……出来はどうですか?」

 不意に、フェルズさんがレク君に向かって尋ねる。

「最高の出来です。素晴らしいですね」
「ありがとう。モニカにもこれを見せたかったよ」
「……そんな風に尊敬しているあなたが、あなた自身の手でモニカさんを殺めてしまったのは、なぜですか?」
「……」

 フェルズさんは無言で絵を見ていた。レク君は、彼を見据えて口を開く。

「……だんまりか、まあいいや。推理の続き、いきますね。まあ、あなたは息抜きと称してモニカさんを連れ出したんでしょう。隣町まで用事もありますしね。その時の会話は分かりかねますが、二人で海を見ながらお茶を楽しむほどには、青春の最後の一日を楽しもうとしたんでしょうね。そして、隣町へ行く途中で、どこかで電話を借りて、奥さんに電話で嘘をつき、その背後から……《《ズドン》》」

 レク君が人差し指をフェルズさんに向ける。

「これをよくもまあ、この時代にできたもんですね。尊敬すると同時に、残念でなりません」
「作り話もいい加減にしてくれよ!」

 フェルズさんが語気を強め、そう怒鳴るんだけど、レク君は一切動じなかった。

「いえいえ、ガチですよ」
「……そこまで言うのなら、証拠はあるんでしょうね?」

 フェルズさんは明らかに怒っている。……でもレク君は、バッグから新聞を取り出して彼に見せつけた。

「実は、先ほどの経緯を裏付ける証拠があるんですよ。この記事の写真」

 レク君が見せる新聞の記事。それは、とあるレストランの紹介記事だ。

「偶然って恐ろしいものです。このインタビュー記事にあなたとモニカさんの姿が写っているんですよ。ほら、ここ。お茶でも楽しんでいたんでしょうね。とても笑顔です」

 レク君は新聞の記事を指さした。確かに、写真の中に男性二人。しかも意外とはっきり写っている。……この新聞の日にちは、事件当日の次の日。フェルズさんは深いため息をついた。何かを覚悟したような面持ちで。

「モニカが、このレストランに行こうって誘ってくれたんだよ。……記事にもあるだろ? モニカの恩師が経営しているレストランなんだ。そこで、モニカの好きだったクリームパスタを食べながら、話し合った。久しぶりに、時間を忘れてさ」

 寂しそうに語る彼は、レク君の方を見る。

「……レクさん。あなた、いつから、僕が犯人だと睨んでいたんですか?」
「出た出た、お約束のフレーズ。やっぱ聞きたいですか?」
「聞かせてもらいたいね」
「いい男です」

 レク君がふふっと笑った。

「最初に会った時からですよ。あなた、電話でモニカさんと話していた。と、言っていましたよね」
「ええ」
「……スズムシの声が聞こえたとも」
「はい」
「実際に聞いてみましょうか。電話、あります?」
「そこに」

 フェルズさんが指さす方向に僕は向かい、ある場所に電話を掛けた。電話に出る音が鳴ると、「もしもし」という声が聞こえる。

「……あ、もしもし、ヨハンソンさん?」
『あぁ~、ルカ君? ごめんよ、スズムシの声で全然聞こえないんだけど!』
「今、フェルズさんに代わりますよ!」

 僕はそう言って、受話器を彼に向ける。フェルズさんは近づいて受話器を取ると、

「もしもし」

 といった。電話に出ると、ヨハンソンさんと何かを聞いた後、困惑しながら眉をひそめている。

「……え? いや、スズムシの声なんか聞こえな――っ!」

 何かに気が付いたようだ。……僕が説明をする。

「うちの係長に、モニカさんのアトリエで待機するようお願いしていました。で、実際電話に出てもらって、わかったでしょう? スズムシ等の虫の声は、4000Hz以上の周波数で、電話ではその音を聞くことができないんです。……フェルズさん。あなた、アトリエにいるモニカさんと一度も話したことが無いようですね」

 僕が続ける。

「「アトリエにいるモニカさん」を強調したくて、ウソがばれてしまいましたね。……逮捕します」

 僕がそう言うと、フェルズさんは道具箱に近づき、徐にハサミを手に取り、刃を首に当てた。レク君は驚いて硬直している。首元から流れる血液がシャツを染めていく。それでも流れを止めない血液は、床にぼとりぼとりと落ち始めた。
 僕は、その光景を目の当たりにして、パパとママが殺される瞬間が、脳裏に蘇った。それに、ラプソン閣下が苦しんで呻いている瞬間、跳ね返った銃弾に命中して瞼を閉じるミゲルさん……それらがフラッシュバックして――

「やめろぉぉぉぉーーーーーーッ!!!」

 僕はその瞬間、何かに弾かれるようにフェルズさんに突進し、ハサミを奪い取って馬乗り状態になる。そして、気が付けば、左手を使って彼の顔面を殴打していた。

「ルカさん、なにやってんですか!」
「放せよ、こいつは……自ら命を断とうなんて! 命を何だと思ってんだよッ!!」

 僕は羽交い絞めにされても、尚、フェルズさんを殴ろうともがいていた。
 ……それ程に、許せない。命を粗末にする奴が……!!

Re: Requiem†Apocalypse ( No.30 )
日時: 2023/10/18 19:44
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 その後、フェルズさんを拘束して大聖堂の留置所へ連行した。その時にビッシュさんとサグリエさんが同行していて、ビッシュさんがフェルズさんの有様を見て、僕の頭にゴチンと拳骨を食らわせた。

「やり過ぎだ、殺人犯だったとしても、だ!」
「……」
「事情は「人形」から聞いている。同情はするが、やり過ぎていい理由にはならんぞ」
「……すみません」

 僕は俯く事しかできなかった。

「……「人形」はひどいですなぁ。ちゃんと感情はあるのに」

 と、レク君がビッシュさんとサグリエさんに言うと、二人ともぎょっと驚いて、すぐに離れていく。その様子に、レク君は悲しむでもなく、ましてや寂しがることも無く、いつもの軽い感じで引き笑いを始めた。

「怖がっちゃって。ウケる」

 レク君がそう言って、僕に歩み寄って顔を覗き込んでくる。

「ぼく、教会騎士の皆さんには嫌われてるんですよ……というか、鎮魂歌《レクイエム》が掃き溜めなんて呼ばれてる理由って、知ってます?」
「いや、知らない」
「そりゃそうッスよね。まあ、昔はもちろん鎮魂歌レクイエムは存在しませんでした。10年前なんて、まあ、前に話した聖騎士団の「特別介入部隊」、別名「教皇の盾」の一つで……いや、その話はヨハンソンさんの方が詳しいかな。ぼくはなんせ、解体直後にできた鎮魂歌レクイエムに入ったばかりの新参者ですから。とにかく、ぼくらが嫌われる訳は……簡単に言えば、"特別介入部隊の人間が教皇様の命を脅かした"からなんです」
「えっ!?」
「確か今は「ズローバ」という名で指名手配されているんですが。見たことないですか?」

 彼がそう尋ねてくるので、僕は考える。確かに、このフローレイズのあちこちに手配書が張られていたような気がする。確か、数年前に起きたテロ事件。「血の3日間」。この島が興って以来最多の犠牲者が出た事件で、未だにその傷は根深く、その3日間の出来事の全貌は、一般には公開されていない。パパもママも、その事件については何も教えてくれなかったから、ほとんど知る事も無かったけど……

「……詳しくないよ」
「さいですか。ならば、帰ったら資料を一度でもいいので目を通してみてください。ヨハンソンさんも師匠も、その時の事は"なるべく"口にしたくないみたいですから」

 レク君はため息をついた。

「ボンデさんの所に行きましょう」
「あ、うん……」




―――




 僕らは、ヨハンソンさんに連絡してから、地下の事務所に戻った。

「ただいま、戻りました」

 そう言って中に入ると、応接スペースのソファに、ガブリエルさんと神父様が向かい合い、ヨハンソンさんもガブリエルさんの隣にいた。

「お、おかえり。大変だったね」
「まあ、ぼくも犯人をボコボコのメッキョメキョにする人は初めて見ました」
「失礼だな、そこまでしてないよ」
「金髪ゴリラ」
「……殴るよ」

 僕が拳を見せると、レク君は慌てて頭を両手で覆って、「野蛮ゴリラ」とつぶやくので、僕は本気で手が出そうなところをぐっとこらえる。

「お疲れ様です、皆さん」

 神父様が僕達のやり取りを見届けた後に、そう微笑んでいた。

「無事、犯人を逮捕してくださったようですね。レクさん、ルカさん、それにヨハンソンさんにガブリエルさんも。お疲れ様でした。感謝いたします」
「ええ、本人の自供で、間もなくご本人の御遺体も見つかるでしょうね。これで任務完了ッスかね」

 レク君がそう言うと、ボンデさんは首を振った。

「……いえ」

 彼は僕らに向かって、口を開く。


「真犯人はまだ見つかっていないんですよ」
「……え?」

 その場に衝撃と張り詰めた空気が流れ込んだように、皆の表情が強張る。

「「フロリアーヌ・モニカ」ですよ。真犯人は」

 ……言っている意味が分からず、僕は驚いて彼を凝視した。

「どういうことですか?」
「私にはある日、「神の力」が宿ったんです」
「神の力?」

 神父様は頷く。

「「千里眼」です。空間を越え、時間を越え、私には真実が見えるようになったのです。その力を使い、あなた達の様子をずっと見させてもらいました」
「……その「神の力」で、あなたは何をされていたんです?」

 ガブリエルさんが腕を組み、興味なさげに尋ねると、彼は答えた。

「あなた達教会騎士が無能なあまり、私の友人の命が奪われ、しかも捜査も途中で投げ出されてしまった。ですから、私はあなた達に依頼し、試していたんですよ。真犯人が見つけられるか、とね。ですが、あなた達は真犯人を見つけることができず、真実を見抜く事も出来なかった。ですので……」

 神父様は人差し指を天井に向かって突き出す。

「天罰を与えました。「フロリアーヌ・モニカ」に」

 ヨハンソンさんは何かに気が付いて、慌てて事務所の電話の受話器を取り、どこかに電話をかけていた。あの様子からして、上の方に掛け合っているんだろう。

「……真実を教えて差し上げましょうか。アンドレ殺しをフェルズに持ちかけたのは、妻のフロリアーヌだ。まあ、君達が睨んだ通り、フェルズとフロリアーヌはずっと男女の関係だったんだ。フェルズは家元制度をビジネスにし、経営に苦しむフロリアーヌを支え続けた。そんなある日、フェルズとアンドレは決裂し、二人は共謀してアンドレを殺した……」

 神父様はそう言った後、怒りを滲ませた顔と声で、目の前のテーブルを叩く。ドンッという音が事務所内に響き渡った。

「真実が暴けなくて、何が教会騎士だ。何が神の代弁者だ! 本当に罪深き人間を罰するには、凡人の君達では限界があるのだ!」

 神父様は懐からカードを取り出し、それを僕らに見せつけながら叫ぶ。カードは「愚者」のカード。ガブリエルさんもレク君も反論せず、彼の言葉を静かに受け止めていた。だけど、僕は内心腹が立って仕方なかった。

「だから、神の代わりにフロリアーヌさんに天罰を下したっていうんですか?」

 僕の問いに、神父様は力強く答える。

「そうだ! ジョンを唆せば、天罰など簡単に下せるのだからな!」

 ……ジョンさんを使って、フロリアーヌさんに天罰という名の殺しをさせたってことか。彼にとっては天罰かもしれない。

「ジョンもフロリアーヌとは男女の関係だったからな。クズな女に踊らされた馬鹿な男共というわけだ」
「お前の方がクズじゃないか……神父の癖に……!」

 僕はそう言った瞬間に身体が勝手に動いていた。神父様に飛び掛かり、彼の頭を掴み、床にたたきつけた。ドンッという鈍い音と共に小さく悲鳴を上げる彼。

「あんたの下らない思想で、新たに一人が死に、一人が殺人を犯した!」
「……それも運命だ。神が決めた人生だよ!」
「なわけないだろ、この人殺しが!!」

 僕はもう一度彼の頭を引っ張り上げて、力の限り叩きつけた。さっきより水分を含んだ鈍い音が響き、赤いしぶきが飛び散る。それを見ていたレク君が僕を羽交い絞めにし、ガブリエルさんは神父様の前に立った。

「やめてくださいルカさん!」
「これ以上やったら、お前が人殺しになるぞ!」
「放せよッ! こいつは、運命だの神が決めただの、結局は人殺しじゃないかッ!!」

 僕は涙を流しながら暴れまわり、尚もあいつに掴みかかろうとするが、その瞬間、右頬に衝撃が走り、じんわりとした痛みが広がっていく。僕は一瞬で昂っていた感情が、熱が冷めていくように分かった。

「……神父様が何をしたっていうんだ? 真実が一つはっきりし、それぞれの罪が暴かれた。それは、神父様の言う「神の力」って奴のおかげじゃないか?」
「それで納得しろっていうんですか!? 人の命をなんだと思ってんだ!」
「だが、彼自身は何もしていない」
「……偽善者が」

 僕は吐き捨て、走って事務所から出ていく。なんだか、心の中がぐしゃぐしゃで、よくわかんなくなってきたからだ。だけど、走って離れているというのに、あいつの言葉がよく耳に入ってくる。

「彼はまだ、両親や前の事件の事で悩んでるんだねぇ。"命が失われる事への恐怖"」

 うるさい! だからなんだよ……ッ!! 誰かを失う事は悲しくて、怖い事なんだよ。怖くて何が悪いんだよ……
 それを振り切るように、僕は一刻も早くそこから離れたかった。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.31 )
日時: 2023/10/18 19:47
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 ルカさんが飛び出した後、ぼくは追いかけようとしたが、師匠に腕を掴まれて止められました。

「今はそっとしてやれ」
「ですが……」
「一朝一夕じゃどうにもなんないんだよ」
「……」

 ぼくが俯いて黙っていると、神父様は鼻で笑います。額はさっきの衝撃で血まみれですね。グロい。

「レク君、君のことも知ってるよ。過去に何があったのか。そして、眠り続けるマリア・シエルフィールド、そして"あの事件の真相"も、"経緯"も"矛盾"も」
「……矛盾?」
「ああ。そして君の能力の事も」

 ぼくが黙っていると、神父様が近づいてきて、ぼくの目を捉えます。

「一つずつだが、真実を掘り起こし、罪人に正当な罰を与えていく。……俺はね、神の使いなんだよ。俺を殺す事が、君達にできるかな?」

 彼はそう言うと、額に手を当てて掌を見ました。

「あいたた。派手にやってくれたもんですな」

 と言って、事務所を出ていきます。
 ぼくはただ、床を見つめながらぼーっとしていました。何も思いつかず、どうすればいいかわかりませんでしたから。すると、師匠がふいに僕の肩を掴みます。

「飯にすっか。悩んでる時は飯でも食うばい」
「ヨハンソンさんは……」
「あれ、気が付かなかった? あいつ仕事しに上に行ったよ」
「いつの間に」
「わーわー騒いでたからねぇ。まあいいか。ギョーザ食いに行くぜ」

 師匠がそう言って、何かの歌を歌いながら昇降機のスイッチを押しています。ぼくもそれに続きました。

「水兵、リーベ、ぼっくのふね~、ナナマガール、シップス、クラーク、カっと」




―――





 ぼくらは「寧幸むしろしあわせ」につくと、料理を注文し、師匠は足を組んでだらしない恰好で新聞を広げていました。今日の夕刊ですね。もう事件解決の記事が載っています。ぼくもそれを見ていると、カランコロンと音が鳴りました。お客さんが来たみたいです。と思って入り口の方を見ると、ぼくは嫌な気分になりました。

「左利き……」
「嫌そうな顔すんなよ」
「あ……君が「レク」君? と、隣は「ガブリエル」さん。マルクス先輩からはよくお話を聞かせてもらってます」
「……どなたでしょうか」

 ぼくがそういうと、左利きの隣にいた金髪碧眼の美少年はなんだか照れくさそうにしています。

「はじめまして、「ジェイコブ・コスミンスキー」と申します。マルクス先輩はずっと良くしてもらっていまして、大学の方でもプライベートでもお世話になってるんです」
「コスミンスキー。ああ、あのボンボンの息子クンかぁ~」

 師匠が思い出したかのように腕をぽんと鳴らしました。ジェイコブさんは若干引き気味に、「ぼ、ボンボン……?」と苦笑いをしていますね。で、なぜか左利きとジェイコブさんは流れるように僕らの隣に座ります。

「なんで座るんですか。誰に許可もらってんですか!」
「まぁまぁいいじゃん」
「だから食うなって言ってるじゃないですか!」

 ぼくのギョーザをさりげなく攫って……ホント腹立ちますね!

「いーじゃんいーじゃん、食事のときくらい仲良くしようぜ」
「ガブリエルさんの言う通りだよレク君」
「気安く名前で呼ぶな!」

 ……と、嫌がっているのに近づいてくる神経が分かりません。ぼくが不機嫌になりながらギョーザを食べていると、ジェイコブさんが話しかけてきます。

「……レク君、でいいですか?」
「いいッスよ」
「レク君は、先輩の事が嫌いなんですか?」
「野晒しになってる犬の糞よりは嫌悪感ですね。ばっちぃ」
「相当じゃんそれ!?」

 左利きが驚いてショックを受けているようです。関係ないんですけどね。

「ふぅん……」

 唐突に師匠が声を出します。

「師匠、ダジャレですか?」
「アホか。ちげーちげー。神父殿も色々罪状が出てきて逮捕だって。「国家転覆」の可能性もあるってさ」
「ほあぁ。なぁぜなぁぜなんですかね~」
「まあ、あの神父の事だから調子に乗って、色々喋っちゃったんじゃなぁいのぉ?」

 師匠はそう言いながら新聞を読み進めていました。

「それとも、また御上が何かを隠蔽した、とかね」
「……」

 汚い大人は何もかもを隠し通そうとする。……本当に、なんなんですかね


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