二次創作小説(新・総合)

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【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達【完結】
日時: 2023/04/09 16:57
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

【俺、まだまだ全然知らないんだ、トレセン学園のトレーナーのこと】

原作【ウマ娘 〜プリティーダービー〜】

中央トレセン学園、波乱万丈個性豊かなウマ娘達をまとめる大きな存在があった。


中央トレセン学園生徒会、生徒ながら理事長達に次ぐ実力と権力を持つ特別なウマ娘達。

【皇帝】シンボリルドルフ
【女帝】エアグルーヴ
【怪物】ナリタブライアン


それを導く事を許された選ばれしトレーナー達。

そして、シンボリルドルフのトレーナー、たくっちスノーがある使命のため、トレセン学園のトレーナーを知っていく物語。

【注意】
後々、結構特殊なウマ娘が登場します。
ここに出てくるトレーナーは原作キャラを除きほぼオリジナルです。
この作品はMMオールスターの実質的続編です、その為『あの人達がトレーナー』の為サイレンススズカとハルウララのトレーナーのメイン回はありません。
また、作者が持ってないウマ娘は出る確率が低いです、ご了承ください。

Re: 【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達 ( No.51 )
日時: 2023/04/01 18:59
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

「ここだな、俺をこんな所に誘いやがって……つーか今の時代に矢文って!!」

たくっちスノーは念の為シンボリルドルフを連れて、ある場所へ来ていた。
そこは、トレセン学園内にある小さな公園であった。
この公園でたくっちスノーとシンボリルドルフはある人物から呼び出されたのだ。

「ハッ、来たなルドルフ」

「おい、呼んだのはルドルフさんじゃなくて俺だろ」

「てかアンタは……ウマ娘……だよな?」

公園に居たのは、ルドルフに似た面影の茶色の髪をした…

「トレーナー君は初対面だったかな……彼女はシリウス、シリウスシンボリ。」

「私から見れば旧知の仲と言えば伝わるだろうか」

「要するにルドルフさんの幼馴染ね……で、それが俺になんの?いや、用があるのはお前というより……」

「俺だ……」
すると、後ろから声が聞こえた。
そこには、黒と赤を基調とした制服を着た男がいた。
どう見ても学生にしか見えないが、どこか違う雰囲気を放っていた。
そしてその男は、たくっちスノーに向かって来る。
この人は一体誰なのか……。
そもそも何者なのか。

いや……よく分かっている、何となく分かってしまう。

「へぇ、こいつの言った通りだったな……ルドルフ、こいつが私のトレーナー、ロウナ・アルカディだ」

「会えたな……オリジナル」


「お前、まさか……!?」
トレセン学園の近くにある公園にやって来た二人。そこでたくっちスノーを呼び出したのは、ロウナと呼ばれた男であった。
彼はシンボリルドルフではなくたくっちスノーの方へ向かって行く。その様子は明らかに普通ではなかった。
それを見たたくっちスノーの額からは、汗っぽい成分が流れた。

シンボリルドルフでも違和感に気付く、ロウナの姿は……

「シリウス、これはどういう事だ……!?」

「何故君のトレーナーは私のトレーナーと瓜二つなんだ……双子や親戚で済む話では無い、最早細胞の一つ一つまで類似しているレベルだ!」


「………ロウナ、だったな」

「お前……信じられないが、『量産型』なのか?」


「………」


「そうだ」


「ちっ……まだ残ってたのかよ、アレ」

かつて、時空監理局という組織はあらゆる物になれる、何事も出来る『たくっちスノー』をベースに量産型を作った。
しかしそれも、今では負の歴史として過去形で語られる存在になっていた。
なぜならそれは既に動乱の歴史の中に埋もれてしまったからだ。
ただ1人、ロウナ・アルカディを除いて。

「監理局をぶっ潰して以降、俺と雪が量産型を手当り次第回収して今は旅館で全部働いている……ものだと思っていた、今ここでお前を見るまでな」

「それは……彼は確かにそうなのか?」

「今こっち来る時にうなじにちっちゃくナンバーが降ってあった、それが量産型の証だ!」


「………」

「で、矢文を出したのはお前で、俺になんの要件だ、ちょっと時空絡みの問題やるには忙しいんですけど」

「俺がお前に近付いた理由は……もう分かっているはずだ」
ロウナは静かにたくっちスノーに近づく。
まるで自分の全てをぶつけるように。
彼の眼差しを見てたくっちスノーは少し警戒する。
何か仕掛けてくるのではと。
だがロウナは何もしてこなかった。
むしろ手を差し伸べてきた。
握手を求めるように。

そして……

「「デストロイスパーク」」

その瞬間互いの握った腕が弾け飛ぶ、ある暗殺者も愛用する手に電磁パルス装置をつけて握手しながら電撃を浴びせる卑劣な手段だ。


「他世界の人物のコピー、再生、不意打ち……改めて俺が出来ることはお前も出来る、量産型の中でもだいぶ上の方みたいだな」

「この通りだ」

「……オリジナル、俺がお前に勝つ方法はこれしか浮かばなかった」

「いやいやいや!そんなんありかよ!!」

「いいや、これはれっきとした戦闘だ」

「どこがだよ!!ただの握手だろ!いや確かにどっかのクソみたいな殺し屋がやる手段だけど!」

「おいルドルフ、お前のトレーナーいつもあんなのなのか」

「失礼な、再試験前は他世界出身トレーナーは大体あんなのばかりだったよ」

「中央トレセンも世も末だ……」
シンボリルドルフとシリウスシンボリ、二人が会話をしている間にたくっちスノーとロウナの戦闘は始まっていた。
と言ってもロウナの方が一方的に攻撃しており、それをたくっちスノーは全て受け流すだけであった。
しかも、二人は手を離さない。
まるで磁石の同極同士の反発のように、ロウナの攻撃を避けたりする。

「ロウナ、お前が俺に何をしたいのかは分かった、他の量産型のようにこっちに来いとも言わん、だが聞かせろ」

「なんでお前はそのシリウスシンボリのトレーナーになった?」

「………」

「どうせ君が選ぶ奴の事だ、彼がトレーナー君を倒すことを望むように、トレーナー君が選んだ私を……」

その時、ロウナの目の前に拳が迫っていた。
たくっちスノーの渾身の右ストレート。
ロウナはそれを左手で受け止める。
しかし、その威力は凄まじかった。
ロウナはそのまま吹き飛ばされ、地面を転がる。
それを見たシリウスシンボリはいつまでやってんだと思った。


「ルドルフさんもう帰りましょうよ、こいつすっげー物理で俺を倒そうとしてくるんスけど」

「そうだな、私としても少々期待外れだ、彼のように自分が育てたシリウスで私を倒すくらいは言って欲しかったが」
たくっちスノーとシンボリルドルフはその場を去ろうとする。
二人にとって、ロウナの行動は理解出来なかった。
だから何も見ずに立ち去った。
二人の背中を見ながらロウナは呟く。

「何を言っているんだ……俺がコイツに近づいたのは、たくっちスノーを倒す……その為に近付くためだ」

「私が側にいてよくそんな事言えるな」

「当然だ、昨今何もしなくても勝手に育つほどの天才性しか需要のない時空上位においては教育者など必要としない、遠くないうちに廃れて、AIによる脳に直接教育プログラムを流し込む時代が来るだろうからな」

「ちっ……改めて、上を見上げれば泥しか見えないような場所だな、先ってのは」

「それが嫌なら一生この鳥籠で井の中の蛙をしていればいい」


「そういう事を言ってるんじゃない」

「あんな奴に執着するだけで私もこの場所も道具にしか見えないアンタが、あまりにも滑稽だなってな」
シンボリルドルフはそう言い残して、その場を去ろうとするが……
ロウナは彼女の肩を掴む。
そしてそのまま壁に押し付けた。
壁ドンならぬ、壁ドゴである。

「俺はオリジナルのたくっちスノーを超える存在……今のぬるま湯に染まった奴とは違う」

「これが本来たる振る舞いだ」


「…………」

「早死しない事だけは祈ってやるよ、色んな意味でな」

一瞬即発の雰囲気の中……

「ん…?」

シリウスシンボリは何かを見かける、それは……


「ねえ、こんな所にテントは流石に露骨過ぎるって、もっと隠れやすいところにした方が……」

「つってもアタシら、もうあの学園に居られるだけで迷惑みたいなツラされたし、もう中央に居座るしかないじゃん」

「カネはちゃんと払ってる」

「………」

………


「スターアベネスのベル……」

「そ、その……地方のトレセンのトレーナーで怪しい人とか不審者じゃないんです、この子達は担当……」


普通に考えれば警戒されるに決まっている。
しかも公共施設で堂々とテントを張っているのだ。
しかし、彼女は違った。
ベルは笑顔で彼女達に近づく。

「ああ、プロジェクト・シンギュラー……聞いたことあるな、ルドルフ共と地方でなんかやるとは聞いたが、それがお前らか」

「そうだよ、色々手を回してようやくあと数週間でレースまで漕ぎ着けたんだ」

「が、どうも親善試合ってツラじゃ無さそうだな」

「あ、見ただけでわかる?」

「お前じゃない、お前の担当を見ればな」

「それは……自分を褒められるより、嬉しい感覚かな、シリウスシンボリ」

「へェ……中央とやるって考えるだけあって、ここまで把握してんのか」

「ベルさんも海外レース展開は視野に入れていたからね、出来ること、強くなれることは何でも考えとかないと」

ベルとシリウスシンボリは握手を交わす。
そこに現れたのは、ログアサルト
その顔を見た瞬間、シリウスシンボリは驚愕する。
何故ならその顔は、地方では一度も見たことのない顔だったからだ。

「なるほどな……ルドルフやアイツはこんなのとやるわけか」

「俺のトレーナーは俺がそいつを超えることで、そいつより上と証明したいそうだからな」

「なるほど、お前みたいだな」

「あれ、ほんとじゃん、よく見たら君たくっちスノーじゃない……量産型たくっちスノー?なんでここに?」

「スターアベネス……たくっちスノーを倒すために作られた『ネガイモノ』……」

「だが、オリジナルがぬるま湯に染まったようにお前もそうだ、わざわざこんな真似をしなくとも俺は……」

「そうか、君もたくっちスノーを超えること目当てでトレーナーになったんだ………」


「君の事は一目見て分かる、かつてベルさん達も軸にしていた時空犯罪者時代のたくっちスノーの真似事?」

「最初の彼みたいにコネで中央に来ただけはある………だから、これだけは言っておくよ」


「たくっちスノーは君なんかに負ける程カスじゃないよ」
ベルはロウナを睨みつける。
それを見て、シリウスシンボリは思わず笑ってしまう。
確かにこいつは強い。
あいつとは違う。
そう思い、そう感じた。
そして同時に、目の前のこいつも自分の事を弱いと思っていないのだと。

「テネもそう感じだけど……ベルさんもたくっちスノーも温くなったんじゃない、やり方を変えただけだよ」

「ただ自分の能力を上げて、それで勝てるとは思わなくなってきたんだ」

「最強無敵なたくっちスノーには強さ以外に人脈がある、なら究極天才のスターアベネスにはそれに負けない応用力が必要だ」

「だからベルさんは1度負けてからは博士に科学を全て学び、たくっちスノーとは別の方向性で彼を超える事にしたんだ」

「ただ、プロジェクト・シンギュラーを進める上で……たくっちスノー以前の問題が出来たんだけどね」

「ウチのところ、アタシらくらいガチでやりたいヤツそんな居ないのよね、金あったらアタシらも中央とか行きたかったのに」
アサラナイトの言葉に、シリウスシンボリは笑う。
自分が中央で戦うことを夢見ていた、あの頃の自分を思い出す。
この女も……同じなのか。

「人が足りないならアテがある、ついてこい」
シリウスシンボリが案内したのは、トレーニングジム。
そこで待っていたのは、沢山のウマ娘だった。

「何かしら問題があり、練習を続けることが出来ない、またはトレーナー共に競技者としての将来を諦められた者達だ」

「えっ、シリウスシンボリさん、この人達は……」

「だが、こいつらは意欲はある熱意はある、やる気はある…数としては申し分ないだろう」

「もちろんお前達もこいつを選ぶかは自由、好きにしろ」

「でも、これって……いいの?だって、皆、ベルさんの所に来るってことは…」

「相手なんてどうでもいい、実感を持って走れるかどうか…ウマ娘はそういうものだ」

ベルは驚く。
何故ならベルは今迄、このトレセン学園で……この施設で走るウマ娘の殆どがレースに出る為に切羽詰まったり、焦ったりしていると思っていたから。
けれど、ここにいる彼女達は違う。
諦めきったような顔や、レースから身を引く決心をしたような顔ではない。
まるで、憧れのヒーローを見つめるような目で、彼女はシリウスシンボリを見る。
シリウスシンボリは、そんな視線に慣れているのか特に気にも止めていない。
いや、慣れているというより、気にしていないのだろう。

「分かった、アサルト達もそうだがベルさんの自己都合に加担させることになるからね…プロジェクト・シンギュラーでシンボリルドルフ達とやりあうことになるが…安全の保障、並びに抱えている問題は科学の力で出来る限り応える!」

「それと…たくっちスノーの量産型…本気で彼を倒したいなら、シリウスシンボリも一緒に来て欲しい、彼女の協力も必要だ」

「その女がお前に必要で、俺のやり方が違うというのなら…そんなものくれてやる」


「………」




「シリウスシンボリは君の道具じゃないんだぞ!!」

Re: 【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達 ( No.52 )
日時: 2023/04/09 16:46
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

「さて、トレーナーが一新されたのはいいが……プロジェクト・シンギュラーの為のチームはまだ微塵も決まってないんだよな……」

「むしろ、ルドルフさんだけじゃなくエアグルーヴとナリタブライアンまで抱えてる分、俺の状況は悪化してんだよね………」

たくっちスノーは生徒会室で頭を抱える。
大口叩きながら、一大プロジェクトは何一つ進歩が無かったのだから当然だろう。

「というか……一応深い絆で結ばれたウマ娘とトレーナー探してたんだよな……なんでチーム入れられるだけの奴見つかってないわけ?」

「まぁ、トレーナー君にはまだ難しいと思ってたがね。」

そう言って笑うのはシンボリルドルフである。

「ああー!?ルドルフさん舐めんなよ!俺だってガチればあと五人くらい…!!」


「こう言えば彼はエンジンが掛かったように50倍くらいの成果を出せるから大したものだよ」

「会長、意図的にやってるとしたら大分鬼畜では……」

「無論、彼が不老不死と分かっているからこその好意さ」
シンボリルドルフが微笑むと同時に、扉が開く。
そこにいたのは、アグネスタキオンであった。
彼女はたくっちスノーを見て言う。

「タキオン?」

「プロジェクトの件を思い出したので、一応声を掛けに来たのさ……今回は降りさせてもらうとね」


「あー………」

「そうか」

「まぁ我々も計画上無理強要はしないさ」

「おや、思ったより反応が薄いねぇ」
意外そうな顔をするタキオンに対し、シンボリルドルフは言う。
彼女の手には、一枚の資料があった。
そこには、タキオンのトレーナーだったある男の名前が記されている。
それを見た瞬間、タキオンは目を丸くした。
そして、笑い出す。
その資料を手に取り、彼女は言った。

「そうか、やはり私の想定していた通りか!いやはや、これは実に!実に!実に……」



「……………つまらない物だね」


「タキオン……」


「なぁタキオン、そういえばお前再試験後もあのトレーナーのままにしたそうだが……」


「それは……ただの妥協さ」


「非常に虚しい限りだがね、私が多少なりとも関心を抱いていた凡人としての彼は、ただの愚かな光を隠すための分厚い虚像だった……それでも、私にある選択肢はあれしかない」


「………タキオン、お前もしかして」


「怒ってんのか?」
タキオンの表情は変わらない。
いつも通りの笑顔を張り付けていた。
だからこそ、その変化に気付くのは難しいかもしれないが……

「用件はそれだけだ、失礼するよ」

アグネスタキオンは言うだけ言って、また去っていった。

「君も観察眼が中々付いてきたんじゃないかな、トレーナー君」

「ルドルフさんの他に2人もついてきちゃ、なんか見る目も鍛えられますよ……」


「話を戻すが、実際問題奴らとやり合うにしてもこちらが揃ってないでは話にならないぞ」

「そうだな……中距離を私、会長、ブライアンで揃えたとしても全然足りていない……マイルには風紀委員長バンブーメモリーが、短距離にはサクラバクシンオーも参加が決まっているが、まだ枠が空いている……」

「…………おい、まさかとは思うが下手したら奴らの不戦勝になるんじゃないだろうな、私はそんなの認めないぞ」

「分かっている、我々とて生徒会…ウマ娘達のことも把握してなくては話にならない」

エアグルーヴが呆れたように言うと、シンボリルドルフはそれに返した。

内容は至ってシンプル、各競技で1位を取ったチームが優勝となる。
生徒達にとってはお祭り騒ぎのイベントであるが、今の生徒会や運営にとっては非常に重要なイベントであった。

「………そこでだトレーナー」

「貴様、今さっき本気になれば五人増えてもどうということは無いと言ったな?」

「当たり前だ!俺はルドルフさんのトレーナーなんだ、それぐらい出来なくてなんになる!」

「よし、分かった……なら、4人目だ」


…………


「何い!?」

「俺に更にシンコウウインディのトレーナーもやれと!?」

たくっちスノーは驚く。
それもそのはず、既に彼は担当が3人いるのだ。
そこに、もう一人加えるというのは流石に無茶があるだろう。

「性格こそ難があるが、戦績においては目に余るものがある……正直、あいつがフリーになったのは驚いたがな」

「ああ、確か前のトレーナー……レラン・アンシュだっけ?俺も聞いたことあるけどよく出来たトレーナーだったのに、選ばなかったのか?」

「いや…詳細は言えないがどうやら裏で何かあったらしい、それも信用を大きく揺るがすようなこと」

「そうなのか……でもまぁ、俺には関係無いか」

「うむ、というわけで頼んだぞ」

「はいよ……」

こうして、新たにシンコウウインディも相手をすることになった……のだが。

「……」

「なんか俺警戒されてる……されてない?」

シンコウウインディは目の前にいるたくっちスノーを見つめながら考える。

(エアグルーヴが珍しくウインディちゃんにいいものをやると言うから来てみれば、どういうつもりなのだ)

彼女は、自分が呼ばれた理由を考えていた。
そして、ほぼ壁に張り付いている。

「俺なんかやったッけ?」

「君は誰かに何かをするような暇は無いだろう?」

「ずっとここにいる訳だからな」

「いやな擁護のしかただな!間違っちゃいないかもだが!ていうかほぼブライアンのせいだろうが!」

ナリタブライアンが少し意地悪げに笑うと、たくっちスノーはツッコミを入れる。
その様子を見ていたシンコウウインディは、彼のことをじっと見つめていた。
まるで、品定めをしているかのように。
すると、彼女の視線に気付いたのか、たくっちスノーが彼女に話しかけた。

「お前がウインディちゃんの新しいトレーナーなのだ?」

「もう殆どやけくそみたいなもんだが、そうだよ」

「………ちょっとこっち来るのだ」

「あ?」

シンコウウインディはたくっちスノーを引っ張って見えないところに送る。

「お前は……には興味無いのだ」

「え?あるっっても人並み程度かな……そこまでじゃない」

「というか俺の性癖は……だし」

「よし、とりあえず大丈夫そうなのだ」

「何が?」

何も分からないままたくっちスノーはシンコウウインディに了諾した。一体何をされたのだろうか……。
そんなこんなで、シンコウウインディを加えた生徒会チームはトレーニングを始めた。
シンボリルドルフが皆に指示を出し、シンコウウインディは、他の三人の練習を眺めている。

その間にたくっちスノーは色々とバタバタしていた。
「何してるのだ」


「何してるのだじゃねーよ!見ての通り忙しいんだよ!!」

「資料まとめたりスケジュールを1週間先まで決めるのもそうだし、ブライアンの肉弁当作って、花の確認して、カメラで周囲の確認して、俺自身のダンスとレースの練習もあって、尚且つプロジェクト・シンギュラーの事にこの世界とは別のこととか!!」

「いや……後半もはやトレーナーの仕事関係なくなってるのだ」

シンコウウインディがツッコむと、たわけたわけたわけと脳内連呼しながらたくっちスノーは部屋を忙しく駆け回る。
シンボリルドルフはそれを見て苦笑していたが、エアグルーヴは眉間にシワを寄せてため息を吐いていた。

「4人でこの始末か……あと一週間で間に合うのか……?」

「そういえばデカいレースとは聞いてるけど、何人くらい集まるのだ」

「ん?それは勿論君だろう、我々生徒会だろう……」

「バンブーメモリーとサクラバクシンオーも参加表明をしている、つまり現在6人だ」

「あと必要なのは……」

「短距離からダートまで3人ずつ、つまりあと9人だ」

「……流石に俺でも十人近くの一斉管理は手が足りなくなるんすけど」

「まだ何も言ってないが?貴様私の事をなんだと思っている?」

……
数分後。

「う、ウインディ……お前意外と色々知って出来るんだな!?」

「これくらい当然なのだ!ウインディちゃんは勉強熱心で頭が良いウマ娘なのだぞ!」

たくっちスノーは驚きのあまり思わず声を上げる。その様子を見ながらドヤ顔を決めるシンコウウインディであった。

「おい、そろそろ飯の時間だ、肉を焼けトレーナー」

「うるせぇなもうブライアン!肉食うか強いやつと走るしかないのかお前は!」

「生徒会以外ではそれが私の仕事だ」

「その生徒会の仕事も今回は異例とはいえ半分をトレーナー君がやっているからね」

たくっちスノーは文句を言いながらも肉を焼き始めた。
その様子を見たシンコウウインディは目を丸くしていた。

「えっ……ちょっと待つのだ、なんで食堂があるのに外で肉を焼き始めたのだ」

「ん?なんだ知らないのか、トレーナー再試験、雇用条件変更の時に職員の方もゴタついたみたいでな…食堂が停止して自分で用意することになった」

「………元は自分の為とはいえ自炊スキル磨いといてよかった」

「まぁ、なんか今年は資金面に……っと、これは秘密にしておかないといけなかった、忘れてくれ」

「おい、あまり口を滑らすなよ」
エアグルーヴに注意されると、たくっちスノーは頭を掻き、誤魔化すように微笑んでいた。
その時、誰かが走ってこちらに近づいてきた。
それを見たシンボリルドルフ達はすぐに姿勢を正し、笑顔を作った。

現れたのは桐生院と樫本だった。

「すみません、色々手続きがあって……さっきようやくプロジェクトに入る準備が出来ました!」

「現在、プロジェクトの参加ウマ娘はどのように?」

「ざっと6人です」

「では我々の担当が加わって9人ですか」

「トレーナーの手は全然足りてないですがね!」

「まさか本当に1人で4人も担当しているとは思いませんでした」

「私はあまり大人数は勧めないとは行ったのですが」

「……まー命に支障はないですし、そのー」

「わかっています、、理事長には私から話を通しますので」

樫本の返答を聞くと、たわけたわけトレーナーはため息をついてその場に座る。
桐生院はその背中を見ながら小さく微笑む。

「トレーナーさん、今日もお仕事お疲れ様ですね」

「まぁこの様子だとまた残業になりそうで……」

桐生院葵は困ったような笑みを浮かべる。しかしどこか誇らしげでもある。そんな表情だった。

「あれからもう残り1週間まで来たんですね」

「そうだな、他世界に滞在しているといつも感じるがフラッと軽く居るつもりが半年くらい経ってるんだよな」

「ふむ……幼年期から歳を越す事に時の流れが早く感じる『ジャネーの法則』に似たものだろうか」

「なんでもいいけど網にキャベツしか残ってないのだ」

「おいブライアンどこ行った」

「自分の仕事は終わったから腹ごなしに走るとどこかに消えたぞ」

「あいつ俺がトレーナーに変わってから自由すぎないか!!」
たくっちスノーは頭を抱えながら叫んだ。
そんな様子を見ていたウマ娘はクスリと笑う。
だが次の瞬間、そのウマ娘は鋭い視線を向けた。……まるで獲物を見つけた獣のような目でトレーナーを見つめると、彼女は立ち上がった。
そして、そのままさって行く
たくっちスノーはすぐに異変に気付き振り向く。

「な、なんだ……今誰かいたような…」

「そんなことはいい、君の所属している革命団はともかく、ここでまでチームの雰囲気が滅茶苦茶では責任問題になる」

「他人事な上にりりすた革命団を行き当たりばったりみたいに言うのはやめてくれませんかね!?ルドルフさん!」

「我々を指示するからには無計画であっては困るからな」

「計画組んでも滅茶苦茶なのは見ての通りだろがい!」



「と、それはいいとして」


ふと、突然理子が話を切り上げる。


「実は……つい昨日、資料の整理をしている時に気になるものが」

「気になるもの?」

「これを」
そう言って彼女が見せたのは、小さなメモ書きだ。
どうやら何かの数値のようで、細かくびっしりと書かれていた。
シンコウウインディはそれを見て首を傾げる。
それを見た生徒会一同とたくっちスノーは……あることに気付く。

だが……

「詮索したいが……今ちょっと忙しい、たづなさんに頼んでみっか……」

Re: 【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達 ( No.53 )
日時: 2023/04/09 16:51
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

「トレーナーが手を回してくれたおかげで、実家のほうで色々と話が進んでるよ!」

「そっか、それはよかった」

「私の方も時間が取れて…」

………

「ふぅ……案外やってみれば出来るものなんだな」

「相変わらずよく分からないモノを与えてるのか、トレーナー」

ログアサルトがベルに聞く。場所はいつも通りトレーナー室だ。
今日は珍しく、他のウマ娘たちはいない。
ログアサルトがこの部屋に入る時は常に一人だからである。
しかし今日は珍しく、ベルがいたのだ。
そんな質問に対して、ベルは首を傾げながら答える。

「まぁ、元々研究者だしね……発明品で解決するレベルのことなら、なるべく援助しておきたいなって」

「自分の担当でもない中央の問題を起こした有象無象にそこまでするか?」

「いやー、ほら、やっぱりみんな頑張ってるし……それにベルさんの目的に付き合わせちゃったしさ」

「お前らしい理由だな、ところで……あと一週間もないが、本当にやるつもりか?」

「うん、これでももう八割くらいは集まったから……後はバイトでもすれば充分だよ」
そう言いながらベルは手元にあるメモ帳を閉じて机に置く。
その中身には、既に大量の走り書きがあった。

「ロウナは?」

「あれから1度も来ていないな」

「シリウスも頑張ってるのに……」

「しかし、あのウマ娘たちはともかくそれを束ねるシリウスシンボリまでチームに加えられるとは、どんな約束をした?」

「ははは……まぁ色々とね」

ベルが困ったように笑う。
それに対してログアサルトは無表情のまま答えた。
シリウスシンボリがベルのチームに入ってから少し経ってのことである。
シリウスシンボリはチームに入ったあとロウナに対し、こう言った。
―――お前には、付き合いきれない。
その時の彼女はとても不敵で好戦的な笑みを浮かべていた。

「お話中、失礼します……よろしいですか?」

「え?たづなさん……」
ベルとログアサルトの会話に割り込む形で、たづなが入ってきた。
彼女がここに来るのはかなり珍しい。
ベルの知る限り、今まで一度もなかったはずだ。
だからこそ何か問題でもあったのだろうか…思い当たるものがないわけではないが。

「ここ……トレセン学園から数十m範囲ほど離れたこの部分、これ……分かりますか?」

「え……なんでこれが……」

「覚えがありますか、ここに突然建てられた巨大スパに」

「実は計画上のみ存在してはいたのです、理事長は資金面の事は考えず提案する方なので」

「流石に問い詰めたところ、白状してくれましたよ」


「貴方から資金援助を受け、大型スパを建設してもらうことを条件にプロジェクト・シンギュラーを開始させたことを」

「!」

「………意外とここまで気付かれなかったな」
ベルが驚いたような顔をしているのを見て、ログアサルトが小さく呟く。
ベルが驚くのも無理はない。
何故なら、たづなが言うにはトレセン学園に併設される巨大な温泉施設が完成していたからだ。
トレセン学園の敷地内は広大だが、それでもかなりの広さを取っ払っている。
しかし、それでもまだ完成していない部分が多いらしく、今現在も工事中である。
また、これはベルが知らないことなのだが、トレセン学園の敷地内には他にも様々な施設が建設されている予定だ。
食堂やカフェテリア、体育館や室内プール…ここまで列挙してるとキリがないので割愛する。

「……ちょ、ちょっと待ってください、何かの間違いじゃないですか?」

「素直に認めた方がいいかと思いますが……」

「そうじゃないんです!確かにベルさんはレースを受けてもらう為に秋川理事長の願いを叶えてスパ建設計画を引き受けました!」


「でも『既に大型スパが完成している』事がおかしいんです!だってまだ資金が全部揃ってない!!」

「えっ?」

「トレーナーの言うことは事実だ、地方に居た頃からコイツは自作の発明品とやらをあちこちに売ったり、バイトしたりで資金を貯めていた」

「…………その資金は今どちらに?」


「全額……シリウスシンボリに預からせた、もちろんこれだけじゃスパを作ることは出来ない」


………

「それで私が呼ばれたのか」

「善意、人の為、特価交換……言い回しは達者だが、こうして私にその代価を握らせる事で逃がさないようにしたってんだから、大したものだ」

「シリウス、ベルさんが渡したお金は……」

「ある、使う理由も無いからな」

シリウスシンボリはそう言ってポケットから取り出した札束を机に置いた。
それは紛れもなく本物の金であり、ベルが集めたものであった。
ベルはシリウスシンボリに金を預けることで、義理以外の形で協力を結ばせたのだ。

「彼女から足りない分を補わせた可能性は?」

「それこそやる理由もないよ、シリウスはそうやって手助けするような人じゃないし……」

「で、しっかりコイツが稼いだ金が使われてないのに知らない所で目的のブツが完成していたと」
シリウスシンボリはそう言いながら、ベルに視線を向けた。
彼女の目には怒りの色は見えない。
ただ、目の前にある事実を受け入れようとしているだけだ。
彼女はただ自分の目的の為に行動し、ベルはそれを汲み取っただけに過ぎない。

「この計画の事を知っていたのは?」

「アサルトとナイト、あとシリウスにしか話してないよ」


「俺もナイトもカネはない、そんなものあるなら元から中央に入学出来た」

「じゃあどこのどいつだ、ベル以外に協力者が居たのか」


「……….うん、協力者ではないだろうけど、それが出来る奴に心当たりがあるね」


「トレーナー、客人」

「いいよ、誰かは分かってる、入れて」

アサラナイトの声に軽く受け答えしてベルは扉を開ける。
そこから見慣れた存在が……


「………ったく、いつ会いに来ても成長しないし愛想の悪いジュニアだよ、なあベル」

「テネ」


スターアベネスの片割れ、テネ……

「時間が惜しいから単刀直入に言うよ金…は使ってないね、これ、手を出したの君でしょ」

「ああ…やっと気付いたか」

「お前がチマチマと時間かけてるから、オレが願いの力でわざわざ作ってやったんだぞ」

「……っ!」

ベルは驚きを隠せなかった。
ベルは計画上、大型スパを建設するつもりではあったが、テネが関わるとは思っていなかった。

「………ねえ」

「僕は一度、凄い昔に願いの力を使って大きく失敗している、だからどうこう言う権利はあまりないけど、言わせてもらうよ」


「ネガイモノの王として……そのままじゃ、たくっちスノーには勝てないから、願いの力であっという間に叶えるんじゃダメで……その……上手く言えないけど……」


「あーあーもういいわ、お前に説教なんかされたくねーよ」

「お前もおかしくなったよな、オレと同じ同一個体、同じスターアベネスなのに、願いの力を使わない?こんなトレーナーになってどうのこうなんて回りくどい方法で……お前、どっか狂ったか?」

「………これで狂っているなら、僕もたくっちスノーみたいに異常者でいい、でもこれだけは言わせて」

「君は、最初の時からずっと」



「何も変わってない時代遅れだよ」


「………聞きたくねーつってんだろ、お前のことなんて」

「じゃあそれとは別で……陽介には会った?」

「陽介……誰だよそいつ、オレの知ってる奴挙げろよせめて」


「………じゃあ、もういいや」


「要件はそれだけだから、テネ」

「………んだよ」
ベルはテネとの会話を切り上げて部屋から出ていった。
その様子を見ていた他の面々は……
シリウスシンボリとアサラナイトは黙って事の成り行きを見届け、たづなは少し困り顔だ。

「それでベルさんたちはどうすれば?」

「内容はどうあれ、やった行為は賄賂にも等しい事ですので……」

「うん、分かったよ、この件が終わったらベルさんは大人しくこの世界から身を引く」

「でも絶対にこのレースは引くつもりは無いよ、たくっちスノーに勝つ為にアサルト達を強くしてきたんだし、彼女達を知らしめないといけないしね」
ベルはそう言ってたづなの用意した書類にサインをした。
たづなはこれから、今回の件を学園側に報告する事になる。

「最後に1つ、何故ここまでする必要が……」


「地方のウマ娘はエグゼ杯に出る権利すら無かった」

「時空最強……中央の先を追い求めていたのに、そもそも自分達は上を行く権利すら与えられなかった、そう言っていたんだ」

「そして……彼女達は今年こそその夢を叶えられる」

「地方と中央の壁を壊し、時空に見向きもしなかったウマ娘が知らしめる……その最後のピースを埋める為に必要なのは……」


「このプロジェクト・シンギュラーなんだ」

「………」


「では、今日の所はこれで失礼します」

たづなは、ベルに頭を下げて退室した。
部屋の中はベルとシリウスシンボリ、アサラナイトとシリウスシンボリの四人だけになる。
ベルは構わず話し始める。

「でも……出来ちゃったものはしょうがないな、すぐ解体することも出来なくもないけど資料に残るくらいならお客さんも居るだろうし……」

「何より……これまで貯めてきたお金どうしようかな……」

「トレーナーの方で勝手になんか使えばいいんじゃないの」

「ベルさんは特別欲しいものなんてないよ、お金を使って買うより作った方が速いしね」

「特に今無いものもないし……」

「土地から建設までする予定だったから八割にしても2億ぐらいあんだけど……」


「まるで適当に当たった宝くじで高額当選したみたいだな……」
ベルの独り言を聞いていたシリウスシンボリが苦笑い気味に言った。
しかし、ベルはそれでも悩むような仕草をして……
しばらく考えた後に口を開いた。
「元々シリウスシンボリに持たせてた奴だし、もう君が受け取ってもいい……かな」

「何?私が?」
「うん、君はその、こんなことに付き合わせちゃったし、ベルさんのトレーナーじゃないのに結構真面目にトレーニングしてるみたいだから」

「まあ、それは確かにそうだが……いいのか?」

「オイオイオイ待ちなよトレーナー、アタシだってどうかと思うんだけど」


「コイツに渡すってことは、コイツのトレーナーに行き渡ることになるんだけど?」

「そこら辺は大丈夫だよ、話は通してあるから…ほら、色々」


「そうは言ってもな……ここにいるヤツら、特別金に困ってる訳でもないからな」


「俺に考えがある」

「アサルト?」


「この件がバレた以上、地方の方もこのやり方に何か言ってくる可能性が高い、元々学園の必要以上のレベルを求めてた俺達をよく思ってないからな」


「そこで先手をかける……向こうが何か騒ぎ立てる前にこの二億八千四十万で黙らせる」

アサルトは机の上に札束を置いた。
その額に、一同は驚愕の声を上げる。
この場にいる全員が、アサルトが金銭的な問題に悩まされている事は知っていたからだ。

「アサルト……それ全部……」

「ああ、これだけあれば充分だ」

「でも、いいんですか?そんな大金をこんな簡単に……しかも、こんなあっさりと使うなんて」

「……ま、アタシらも特に考えてなかったし、それに従うってことでいいんじゃない?」

「……お前がいいなら、私も構わない」

「よし、決まりだな」


「でもさー……なんでも願いが叶う力あんなら、最初からこうやってれば良かったかもね」

「そうかな?ベルさんはそう思わないよ………」


「どんな願いでも簡単に叶う力……本当はそんなモノに頼っちゃいけないんだ」


「そして………そんな都合のいい物が、いつまでも使える訳でもない……」


「テネも、本当はもう分かってるはずなのに」



「じゃ、お金はアサルトに任せるってことでちょっと行ってくるよ」

「どこに行くんだ?」


「決まってるでしょ」




「陽介に………息子に会いに行ってくるよ」

Re: 【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達 ( No.54 )
日時: 2023/04/09 16:53
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

「おかわりもうひと品頼みます!」

「オッス!まだ食えるっスよ!」

サクラバクシンオーとバンブーメモリーが、食堂の大皿を次々と平らげていく。

「う、うわ……そんな馬鹿な……特別バイキングフルコースが……」

「こうなったら途中で中止にさせるしか……」


「喝ッッッ!!」

論鈍が覇気だけで店員を吹っ飛ばす。

「特別中華目白押しバイキング……ファミリーコースを謳いながら実態はほぼ10人前、少しでも残せば100万、主らも随分悪どくやってきたようだが……」

「漢たるもの飯でスジを通せぬ者は、己より強い者に負けるのみだァーッ!!!」
言葉で圧をかける論鈍。
「ひぃ~っ!」
逃げ惑う店員達。

「すげぇよな番長って奴は……この手のぼったくりでアコギな商売、時空じゃありふれてるのに押し変えちまったよ……」

たくっちスノーは遠くからぼやいて大きな席を並べる。
何が起きているのかと言うと、昼食でたくっちスノーの言う通りありふれた形の食べ放題サービス詐欺に逢ったが、ウマ娘の食事量は人間の遥かに上の為、普通に食い尽くされた。

「俺はそのコース不可って言われただけでもムカついたが、まぁ見てるだけでせいせいしたからいいや」


………

「それでバクシンオー達はどれだけ食べたんですか?」

「10人分だからな、100皿ぐらいは食べてちゃんと完食したからルール通りコース料金1万円だ」

「これだけルールを守ってケジメをつけりゃあ、あの店も当分悪さは出来んじゃろうて」

その日の帰り、トレセン学園でスターアベネスJrは論鈍とたくっちスノーから食堂で起きた話を聞いていた。

「山田、そっちはどんな調子だ?」

「おう、ワシの方からも中央でメンバーをまとめていたら、お前の兄貴がヒットした」

「ブレーメンの兄貴?ってことはライスシャワーが……ま、想定内だな」

「いや……確認だがヌシの兄貴は山ほどいるんだな?」

「山ほどって言うか存在だけなら一京だからな」

「改めてやべーよ一京って、現実世界で確認されている人類の総数の倍の倍以上だし」

たくっちスノーがすげー他人事のように話す。

「それはいい、実はな……もう一人中央に居たぞ、ヌシの兄貴」

「は!?」

「と言っても、トレーナーになったのはあの再雇用試験で新しくだそうだ」

「担当はエルコンドルパサー、トレーナーになる前はトリケラトプスのマスクを被って『古代から続くおいしさ!ダイナッツ!』などと歌いながらバカでかいココナッツを割って売っていたらしい」

「何そのすっげえ気になるけどアホみたいな経歴」

「えっと、ちなみに名前は?」

「スカルソー、だそうだ」

「了解、スカルソー兄貴ね……後でブルーメンの兄貴から話を通しておくよ」

「それともう1人、鈴風鴉……こいつはヌシの兄弟では無いが、担当がグラスワンダーでな……エルコンドルパサーが参加するなら、こいつも来る可能性も高い」

「へぇ~……そいつも気になるな」

こうして、論鈍はたくっちスノーと別れて、バンブーメモリーを連れてトレーニング場へと向かった。

……

「これで12人、あと3人も来ればチームが完成する……はぁ、長かったようななんだったような」

「残りの3人は俺の方から探しとくよ」

「ありがとう、頼むぜジュニア」

トレーナー達は、チームの人数を揃える為に奔走する。
プロジェクト・シンギュラーまで残り三日。トレーナー室にて。
たくっちスノーは、パソコンで情報屋にメールを送ろうとしていた。

「しかし、藍極は来れそうにないのか」

「最近はYWMの何やらで忙しいらしくて……トレーナー再試験を無事に出来ただけでも奇跡みたいなものだとか」

「改めてあんなレンジャー部隊とトレーナー掛け持ちしてんの狂ってんな……」
……
そして、その日の夜。

「あー……とりあえず3人分他の奴らも集まった、後は……」

「陽介、入るよ」

「ん?」

廊下を歩いていると、物音と声がする。
耳を済ませて目を覗かせると、そこにはスターアベネスJrとベルが居た

(ベル……ああ、あいつの子だもんな、ジュニアって……陽介っていうのはあいつが名付けた名前か)


「たくっちスノーさんから聞いたよ、パパが自分の意思で宣戦布告したって」

「ああ、メンバーもバッチリ揃えた、育成指南も彼に負けるつもりは無いよ」

「……よかった、相手になるのがパパで」

「………聞いていい?中央でママ……テネも来ているらしいんだけど」

「………一度も俺の顔を見ることは無かったよ、そっちは?」

「………ある意味、余計な事をされたね」

スターアベネスJrとベルは、互いに苦笑いを浮かべる。

「…俺にとって親と呼べるのはパパだけだよ」

「テネは……何をしてくれた?生まれてそうそう、願いの力で俺を生まれてすぐこんな成人の体にして、何も聞いてくれなかった」

「何を言っても、自分の願いの力でなんとかしろって、そう言い続けた」


「……やっぱり、受け継いでないんだね、ベルさん達のネガイモノの力」


「ああ、自分はなんでも出来るのに……俺は何も出来ない、俺が継承していないと分かると、見向きもしなくなった」


「………でも、パパは色々作ってくれた」

「だから、スターアベネスJrって名前も、陽介って名前も両方大事にする」

「2人とは違うやり方で、たくっちスノーを超える、その為に生まれてきたのだから」

「………」


「明日、いよいよ明日だね」

「ああ、お互い……親も息子も越えられないようじゃたくっちスノーを倒すなんて夢のまた夢だね」
翌日。

トレーニング場で、スターアベネスJrとたくっちスノーは、互いを見つめる。
たくっちスノーは、トレーナー再採用試験の時と同じくスーツ姿で、スターアベネスJrはジャージ姿だ。

「………願いの力を継承してないってマジなのか?」

「聞いてたのか………初めて会った時はある程度使えるって言ってたから、騙した事は悪かったよ」

「いや、俺もそこは気にしてないからな……」

「……自分の望みも叶えられない、テネも願いを叶えてくれようともしてくれない」

「赤子だった俺を大人の体にしたぐらいで、何一つすることは無かったよ」


「………パパは、俺がハンバーグ食べたいって言った時3回も作ってくれたけど、俺が満足するまで3回も」


「最初は願いの力で、次は科学で、そして……自家製で。」

その時、トレーニング場の扉が開く。
そこには、今回集めたトレーナー達が揃っていた。

「今回は仮初の簡単に叶う願いの力じゃない、絆……大きく時間をかけて築き上げたもので勝敗を決するんだ」


「パパが言っていたよ、願いっていうのは簡単に叶っていいものじゃなかった、努力する事でようやく手に入るべきって」

「その言葉の通り、俺は皆の想いを背負ってここに立った」

「……ああ」


「ベル……いや、スターアベネス、今回は絶対負けないからな」
トレーナー達は扉を開き、決戦の場へと足を運ぶ。


遂にプロジェクト・シンギュラー……並びに『シンギュラリティステークス』が幕を開ける。

「……へっ、たくっちスノー……オレが居るのに勝てると思うなよ」
……

………あれから数分経った。


「凄い……告知もあまりしてなかったのに凄い客だぞ」
たくっちスノーは、レース会場に集まる観客を見て驚く。
今回のレースには、トレセン学園の生徒達だけではなく、一般の人々も多く集まっている。
それだけ、この世界ではウマ娘の競技人口は多いのだ。

「それに地方はともかく、中央側のトレーナーよ、名門桐生院家、元・理事長代理でエグゼ杯好成績者、伝説の番長、俺の兄貴2人に……俺もそこそこ有名か」

「本当はもっと色々呼びたかったが、時間が無いんでしゃーない……シンギュラリティステークス、やったるか!」

「……にしたって、おそいなぁ……ルドルフさん」
他のトレーナー達やウマ娘は既に集まっている。
シンボリルドルフの姿は見えない。
たくっちスノーがパソコンでメールを送るが、返信が来ない。

「………おかしいな、あの人に限って遅刻とかありえるのか?」


「仕方ない……多分生徒会室だな、行ってくるか」


………

「おーい、ルドルフさん……あっ、やっぱりここに居た。」

「ん……?」

シンボリルドルフは生徒会室で寝ていた

「ルドルフさん……ったく仕方ない、レースの舞台まで運ぶくらいはやったるか、トレーナーだもの」

たくっちスノーはシンボリルドルフを背負い、階段を降りる。すると、そこに丁度エアグルーヴがいた。

「アンタもルドルフさんを探しに来たのな」
エアグルーヴは、背負われているシンボリルドルフに気付く。

「もう中距離部門が始まる、急ぐぞ」
たくっちスノーは、そのままシンボリルドルフをお姫様抱っこして運び始める。

「おう、最後の〆だな」

………

シンギュラリティ・ステークスも終盤。
1レースが閃光のように次々と終わっていき、たくっちスノーがシンボリルドルフを連れてくる頃には既に短距離、長距離、マイル、ダートは終わっていた。


「おいトレーナー!ウインディちゃんの活躍見てないのだ!」

「仕方ねえだろ!というか、お前らがレース終えるのはえーんだよ!」

「1発1発が真剣なので!」


「………だが、我々の試合には間に合ったぞ」


……最後の戦い。
【シンギュラリティステークス 中距離】
中央側
シンボリルドルフ
エアグルーヴ
ナリタブライアン

挑戦者
ログアサルト
ログアサラナイト
シリウスシンボリ


「あの生徒会達に話題の地方最強ウマ娘2人組、それに付いているのはシリウスシンボリ……」

これ以上ないほどの熱狂。

たくっちスノーとスターアベネスが向かい合う。


「ロウナは最後まで来なかったか 」

「彼は計画を変えたんだってさ、シリウスシンボリにそこまで愛着がなかったらしい」

「まぁ、俺の昔を真似するような時代遅れ野郎だもんな」

「……が、邪魔者がいないならそれも結構、倒したいんだろ?俺を」

「当然、ベルさんはこの時の為に……ずっと君に勝つ為に頑張ってきたんだから!たくっちスノーのライバル、スターアベネスとして!」


「【最強無敵】の俺と【究極天才】のお前……どちらが強いのか、見せてやる」

「ああ、行こうベル……いや、スターアベネス!!」

「行くよ、たくっちスノー……ッ!!」
2人は同時に構える。
「「いざ尋常に……!!」」


「おい、盛り上がるのも大概にしておけ」

「戦うのはお前達じゃなくて私達だ」


たくっちスノーとベルはナリタブライアンとシリウスシンボリに引っ張られていく。


「いやーすまんすまん、つい何時になく熱狂しちゃって」

「全く……それにしても、会長は未だに起きないのか」

「本当に珍しいこともあるものだ、ルドルフは休息する時も時間もしっかり考えて取っているはずだが」

……

「なんか向こう全然起きないんだけど」

「生徒会長って言うくらいだからだいぶ忙しいのかな……」

「いや、ルドルフは大事な時に寝過ごすような奴じゃない……何が起きてきる?」


「見ての通りだよ」


「………テネ、なんで来たの?」

レース開始直前になって、スターアベネスの片割れであるテネがのこのことやってきた。


「これは僕の戦いだよ」

「オレだってスターアベネス、2人で【究極天才】だろうが」

「なぁに、オレを舐めるな、たくっちスノーを倒す上で何が出来るか考えて、願いの力で手は出しておいた」


「またそんなっ……」

「………」


「聞かせろ、アンタがそのどんな願いでも叶えられる力でルドルフを眠らせたのか」

「ただ眠らせたんじゃ戦いが先延ばしになるだけだ、そんな事はオレでも分かる、それよりも確実に勝てる手段を取った」


「え?」



「ん……ん」

「あ!ルドルフさんようやく起きた!」
シンボリルドルフは、レース直前で目を覚ます。
そして、自分が今どこにいるかを思い出す。
今日はシンギュラリティステークス……つまりはレースがある日だ。
ルドルフは慌てて時計を見るが、まだ時間には余裕があった。
ルドルフは、安堵の表情で起き上がる。

「すまない、心配かけたね……では行こうか、2人とも」

「会長…」

「ルドルフさん、本当に大丈夫か?」

シンボリルドルフは、たくっちスノーの顔をじっと眺めていった。
彼女は、たくっちスノーの頬に触れながら、首を傾げる。


「君は……誰だ?」


「このプロジェクトは深い絆で結ばれたウマ娘とトレーナーが奇跡を起こす……だったな」

「なら、そんな奇跡など二度と起こらないように、全てをロストさせればいい、たくっちスノーとシンボリルドルフという奴の全てを



「どうだ、これでお前の勝利は確…

Re: 【ウマ娘】皇帝と女帝と怪物と俺達 ( No.55 )
日時: 2023/04/09 16:56
名前: メタルメイドウィン ◆B/lbdM7F.E (ID: VOI/GMTL)

………

それからの事は、何も覚えてなかった。

いつシンギュラリティステークスが終わったのか、どっちが勝ったのか、頭からすっぽり抜けていた。

というか、もうそんなことどうでもよくなっていた。


本当なら全て投げ出して、もう別の世界に旅に出ようとも考えていたが、そんな気にはなれなかった。

………


「会長、入ります」

「ああ」


「………あれから、どうですか?」


「あれから、というのは?」

「………いえ、気になさらず」


あれから、シンボリルドルフは今もたくっちスノーの事を何一つ覚えていない。
プロジェクト・シンギュラーの事や、他の皆の事は記憶しているが……
たくっちスノーへの記憶だけ、全て消失していた。


「………」


………


「ここに居たのか、お前」

「……なんでブライアンが来るわけ?」

「悪いか、お前は今は私のトレーナーでもあるからな」

たくっちスノーの隣にナリタブライアンが座る。

「……いつまでこの世界に居るつもりだ?」

「俺も分かってるよ、多分無理だなって、スターアベネスの事は俺が1番分かってる」

「……最後の最後でとんでもないことしやがった」

「こういう時、いつもの俺だったらさっさと別世界行って、また旅をしながら忘れようとしてたんだろうが……」

「なんか、今それをやったら凄い後悔する気がしてさ、中々出れないんだ」

そう言いながら、たくっちスノーはスマホを取り出す。
あれから何日たっただろうか、時計を見ても脳が動かない気がする。

「でもよかったよ、ルドルフさんが忘れたのが俺だけで」

「他の皆や夢はまだ残ってる、全てのウマ娘を幸福にするんだろ?あの人は」


「ルドルフさんが変わらず進めるなら、俺は忘れられたって……」


「忘れられたっていいはずなのにな……」


「………そうだな、私もあの時と同じだ」

「トレーナーがお前に変わる前、色んな生物と戦って、極限の勝負をしていたのに満たされなかった、あれと同じ気分だ」


「お前の言う通りだったな」

「俺の?何が?」

「…そうか、完全に記憶から抜け落ちていたか」
たくっちスノーは自分がなぜこんなに辛いのか分からず、戸惑っていた。
するとナリタブライアンが自分のスマホを見せると、そこにはあの時の映像が映っていた。

「録画してたのか?」

「選手として出てた私が撮れるわけないだろう、貰ったものだ」

……
『君は……誰だ?』

『このプロジェクトは深い絆で結ばれたウマ娘とトレーナーが奇跡を起こす……だったな』

『なら、そんな奇跡など二度と起こらないように、全てをロストさせればいい、たくっちスノーとシンボリルドルフという奴の全てを



『どうだ、これでお前の勝利は確…


『っ……はははは……はーっはっはっは!!!ははははははははは!!!』

『これか!?これ!?これが俺に勝つ為に考えた手段ってやつか!?』

『ああ、当然だ!オレはお前のライバル………【究極天才】スターアベネス!何をしたらお前に勝てるかもよく分かってる!1番何が効くのかもな!』


『…………はっ、そうじゃねえんだ』



『お前は俺のライバルの癖にこんな勝ち方して満足出来るくらいには雑魚になったんだなって言ってるんだよ』


『………は?』


『なるほどな、ベルが1人で俺に挑もうとしたのも頷けるよ』


『言っとくがこれで負けたとしても俺はお前に負けるんじゃない、ベルに負けたんだ……つっても、お互い納得できないかもしれないがな』


『………?』

『ルドルフさん、今の貴方にとって俺はなんでもない』


『でも、いい、俺のことが消えても貴方を構成する全てが消えたわけじゃない』


『でも、これだけは言わせてほしい』


『全てのウマ娘を幸福にしたいなら、負けるな』


『あんな都合のいい悪意みたいな夢に、負けるな』


…………

「俺、ここまで言ってたのか……レースの先は 」

「全員消した、もうどっちが勝とうが誰も納得も満足もしない勝負になってしまったからな、あれのせいで」

あの時見た戦いの中で、確かにたくっちスノーは自分の言葉を伝えた。
そして、その思いも伝わった。
自分の夢を託せる相手が出来た事で、彼は今までより強くなった。
しかしそれでも、スターアベネスはそれを一瞬で消した。
だがそれで諦められるような男ではない。

………
そして、別の所でも。

「……ねー、なんでアタシら未だに中央のテント暮しなの」

「贅沢言うな、金がないのは変わらないだろう」

ログアサルトとログアサラナイトは、中央トレセンの練習場でテントを張って暮らしている

「アタシらだって一応地方で結果出してるのよ、なんでまだここに居ないといけないのさ」

「仕方ないだろう、今更地方でも来るなと言われてるるし、中央にしたってこの始末だ」

「あの学校黙らせるのに使った金さあ、全額ぶち込まないで中央に転入する分残しときゃ良かったのに」

「………あの勝負で中央に入ったとしても、俺は絶対に納得しない」

………
「……おまたせ、シリウスシンボリ」

「やけに遅かったし……血まみれか」

「大丈夫……生まれて初めて本気で殴り合いの喧嘩しただけだから」

シリウスシンボリに呼び出されて、ベルはとある場所に来ていた。
そこは、トレーニングセンターにある倉庫だった。
ベルは全身傷だらけで、顔は腫れ、口元も切れている。
服もボロボロ、頭からは出血していた。

「お前、人の願いは叶えられて発明品は作れるのに女と喧嘩は出来ないんだな」

「初喧嘩だからね……テネは昔は逆らう気もしなかったけど不思議と躊躇いは無かったよ、でもほぼ負けた」


「………」


「手に何の跡も無いって事は本当に素手でやったんだな、そしてお前の殴られ痕は凶器を何個か使われている」

「ルドルフのトレーナーがそいつをあの程度の勝利で満足するカスって言ったのも頷けるな」

「………そうかもね」

「……ベル、だったな」

「『スターアベネス』……どんな願いでも叶えられる力を持った人工生物、実態をあの場で見て、私が何を思ったかわかるか?」

「ズルいって、思った?」

「いや……どんな事でも出来るってのは頭がいい奴ならなんでもありってわけじゃない、あんなの天才どころかただの思考放棄じゃねえかな……そう感じた」

「ルドルフの記憶を消せば、あいつとの絆も消え果てて勝てる見込みが出る?そんなの、姑息な手を使わなけりゃ自分は勝てないと認めてることに気付いてもいない」

シリウスシンボリは、少しだけ笑う。
彼女は自分の事を棚に上げているが、それを指摘するつもりはない。

「………テネは、それだけじゃない」

「こんなこと言うと変な気分なんだけど……もし、あの時負けても、ベルさんだけなら納得できたかもしれない」

「負けた、凄い悔しい、次は勝つって、また凄い発明品作って、アサルトやナイトに凄いトレーニングさせて、今度こそたくっちスノーとシンボリルドルフに挑もうって思ってたかも」


「でもテネは、その今度と次すら消し去った……もう二度と、来ない」


「………」


「期待させてごめん、なんでベルさんを呼んだのか分かる」

「ベルさんもテネと同じ『スターアベネス』だから……願いの力でシンボリルドルフの記憶、戻せないかなってことでしょ」


「無理なんだ」


「それが出来るなら、もう僕は既にやっているけど、無理なんだ」
ベルは、自分の胸を指差す。
そこには、小さな星形のペンダントがぶら下がっていた。
それは、ベルの大切な物だ。
それを外して、ベルは微笑む。

「これが僕に残ったスターアベネスとしての体…願いを叶えることは出来ないただの飾りだ」

「ベルさん達博士が言っていたんだ……」

「願いを叶える力は意図的なものじゃない、突然変異で生まれたようなものだからいずれ消える可能性も高いって」


「ベルさんは『その時』が一足早く来ちゃってね、能力を消えるギリギリで自分自身を人間に変える願いを叶えることでなんとか存在を維持できた。」


「だから……ごめん」
そして、ベルは涙を流す。

………

学園職員側も…この結果には納得行かず、重苦しい空気が広がっていた。


「……どうされました?理事長」

「最後のあれさえ無ければ……変わった結果になっていたはずと考えてしまう」

「道行や始まりはどうあれ………私個人としてはウマ娘の為にいい企画となると思っていた」


「それは私も同意見です……勝利の為手段を選ばない非道なトレーナーも少なくない、ですが…記憶を消すなんて……トレーナーとして、それどころか生きていくものとしての冒涜でしかない」


「………だから、今は信じている、ウマ娘を」


「理事長?」

「プロジェクト・シンギュラー……ウマ娘とトレーナーの深い絆が奇跡を起こす」


「もし、本当に奇跡という物が起きるとするなら……それは今でなくてなんだ?」
……

トレセン学園の正門にて、たくっちスノーが座っていた。

あれから、ずっとこんな事を繰り返している。

「あ〜……何もする気がしねぇ、これが虚無って奴なのかな」

「………やあ、居たか」


「あ」


そこに、シンボリルドルフが通りかかる

「ルドルフさん……」

「君の事はエアグルーヴをはじめとして色んな人から聞かせてもらった」

「ああ……それで何かを思い出したというわけではないが……君の名前を聞いておきたかったんだ」

「ああそういえば言ってなかったか……改めて、俺はたくっちスノー……って言います」

「……」

「プロジェクト・シンギュラーは終わった、君はこれからどうする気だい?私のトレーナーだろう?」

「貴方と同じだよ、全てのウマ娘を幸福にする……だったら俺は全世界、あらゆる物を幸福にする為に生きている」

「随分スケールが大きく出たものだ」

「当然だ、俺は貴方含めた全ての生物の遺伝子みたいな物を入れ込まれて生まれ、全てになることが出来る……その力を得て生まれたからには、皆を守る為の責任がある」

「………何より、母さんに対するちょっとした反抗みたいなものだけどな」

「ふむ……ならどうしてここにいる?皆に聞いたが、あれからずっとここに居るそうじゃないか」

「いや……なんかあれから、ルドルフさんを置いて別世界に行けないな、と思っちまって、どうせ何もしなくても餓死しないから、俺」


「………いや、君はここを離れるべきだ」


「君がどれだけ私を慕っていたか……あるいはその逆か、その積み重ねが一瞬で倒壊した時の心境は察するものがある、だが……」


「全てを幸福にすると誓った者がそこでへこたれてどうする?」

「全てを巡るならそうなることもある、だかそこで止まっていては責任を果たせなくなるだろう」

「もし私に同じ状況が起きて、エアグルーヴか……いや、誰が相手で私の存在が消えようと、私は前を向いて歩き続ける」

「……そうだな、確かに、こんな所で止まるわけにもいかないよな」

「ありがとうございますルドルフさん……俺、この世界に来て何回もあんたに会えて良かったと思ったけど、今回が1番そう感じたよ」

「ははっ、大袈裟な人だ」

「よし、じゃあ決めた……もう行くか」


たくっちスノーは改めて、刀を付け直して歩み始める

「今度はどこに行く気なんだい?」

「さあね、また風の向くまま気のまま、またそろそろトレーナー業しなきゃまずいなって時には何とか思い出して帰ってくるよ」

「少なくとも、俺の知らない世界にいってどんどん交友を深めて、やがては全世界踏破しなきゃな」


「ああ、ならそれまでの間……」

「お別れってわけでもないだろ、リモートで顔くらいは見れるし俺の国の国民なんだから」

「………ふふ、ああ、そうだったな」


「じゃ!ルドルフさん、またちょっとの間お世話になりました!」


「ああ、また帰ってくる日を待っているよ」


「………っし!次はどんな世界で、どんな名前になって、どんな風に生きてみようかな」



「俺は最強無敵のたくっちスノーだ!」


………

『プロジェクト・シンギュラー』
それは、ウマ娘とトレーナーの深い絆による奇跡を起こすというもの。しかし、その奇跡を起こせる者はごく僅かであり、奇跡を起こした者も奇跡を起こせなかった者でも、皆が幸せになれるようにという願いを込めて名付けられた。
奇跡とは、本来あるべきでない事。
『奇跡とは、簡単に起こらないからこそ奇跡なのだ』

だからこそ…


人は、奇跡を起こすために努力をする、戦い続ける。

……

「そーいや、スターアベネス……テネってあれからどこ行ったんだろ」

「ま、いっか」

【会長と女帝と怪物と俺達】
END


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