イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

番外 To elf from elf(時期ずれバレンタインです)(二)
「誰?」
鬼のような笑顔を浮かべながら、蓮はチナンを問いただす。対するチナンは今までと違い、落ち着き払って蓮の問いに答える。
「それは言えないぜ。褒美の、那須アルパカ牧場にご在住の、アルパカ先生の生プロマイド&アルパカ先生のレアグッズがもらえなくちっまう」
その言葉を聞いた蓮はむっつりと押し黙る。
“アルパカ”と言う弱点を攻められれば、よくも悪くも暴走するのがチナンと言う男だ。どうやら犯人はそのことをよく知るファイアードラゴン内の誰かだ、と予想を蓮は立てていた。
チナンからもう少し情報を引き出せないかと、蓮は欲張ってチナンに鎌をかけるが、それ以上は何も引き出せなかった。
「おまえアルパカのために安請け合いしたのか」
蓮は予想以上に口が堅いチナンを苛立ち気味に睨みながら言った。するとチナンはいきり立ち、一方的にまくしたてる。
「アルパカではない! アルパカ“先生”だ! 言ってみろ!」
「……アルパカ先生」
だいたいアルパカに“先生”なんて敬称つけんのお前くらいだろ、と苦々しく思いながら、蓮は顔をしかめてチナンの言う通りにした。それを見たチナンは、満足そうに頷く。
「よし、いいぞ。話戻すけど、頼むから入れ替わってくれ! 明日の練習はジンソン監督に頼んで、俺たち二人とも休みにしてあるし、俺は『白鳥』として、那須アルパカ牧場に出かけるから、見比べられる心配はない」
「わかったよ」
必死に懇願してくるチナンに蓮はとうとう折れた。
「そこまで言うなら、受けてやる」
「お~マジか!」
「なんかよくわからないけど、僕がチナンのふりをすればいいんだね?」
「おう!」
幸運を祈るとでも言うようにチナンはぐっと親指を立てた。
そして迎えた2月14日。その日の朝、蓮は約束どおりチナンに扮していた。チナンに扮すると言っても、チナン愛用の緑のニット帽を頭に被っただけ。朝はジャージ姿。ジャージはみんな同じだから変える必要がない、とチナンが言い張るため、蓮は自分のジャージを着たままチナンのニット帽を頭に被っていた。蓮とチナンの髪の長さがほぼ同じであるため、後姿は非常に酷似している。が、正面から見ればチナンの格好をした蓮であることは誰が見てもわかってしまうような、とても似たとはいえないものだった。
そんなチナンに扮した蓮は、廊下の突き当たりの窓の前に立っていた。窓からグランドを覗こうと思ったのだが、今日は雪が降っていて窓には水滴がびっちりと張り付いている。ジャージを着込んでいても少し肌寒い。
チナン(蓮)は手で窓についた水滴を払うと、窓に映った自分の姿を見た。自分でも笑ってしまうくらいチナンに似ていない。窓の中の『チナン』も苦笑いしていた。
――アフロディたちにばれるだろうなぁ
ぼんやりとそんなことを考えていたとき、チナン(蓮)は自分の肩が叩かれるのを感じた。びっくりして顧みると、ばれてはいけない人物の一人――南雲がそこに立っていた。
「や、よぉ! はる……南雲!」
不意打ちにどぎまぎしたチナン(蓮)は、やぁ晴矢と言いかけるのを必死に訂正して、何とかチナンのふりをした。かなりおかしい言動だったが、南雲は気にする素振りも見せずに、チナン(蓮)の隣の壁に寄りかかり、適当な挨拶をする。
「よぉ、チナン」
「今日は、バレンタインだね……だぜ! 僕は……俺はチロルチョコを用意したけど、南雲は?」
南雲の態度に安堵の息を漏らしたチナン(蓮)は、親しげなチナンになりきり、明るい口調で南雲に話しかける。まだなりきれていないのか、時折『蓮』の口調に戻りかかっている。
「お前には安いチョコで十分だろ。ほらよ!」
よほど鈍いのか、南雲は本物のチナンと思い込んでいるらしい。ポケットから何かを取り出すと、チナン(蓮)に向けて放り投げた。きれいな放物線を描いてとんできたそれを、チナン(蓮)は片手で掴んだ。拳を広げてみると、『ブラックサンダー』と、中には、印刷された袋。
「少しは高いチョコレートを買って来いよ」
「う~ん、チナンは安いもので済ませるのが好きだからね」
チナン(蓮)がうっかり地に戻ってしまい、南雲が目を瞬かせる。何やら不審げな空気が二人の間に漂い、チナン(蓮)は適当なごまかしを言って場を取り繕う。
「あ、いや! こっちの話だぜ!」
「そうか」
南雲は大して気にも留めなかったようだ。
平静を装いつつも、心内でチナン(蓮)は大きなため息をついていた。
「でもな、ジンソン監督にはきちんとしたの渡せよ」
「ジンソン監督にはチョコボールをやったぜ!」
南雲に注意され、チナン(蓮)は自信満々に言った。
ちなみにこれは本当のことで、チナンは昨晩ジンソン監督にチョコボールをプレゼントしたらしい。チナン本人の自己申告によると、相当受けはよかったらしい。
「監督にも容赦ねえなぁ」
「何言ってんだ! 金のエンゼルつきなんだ……ぞ! そこらの菓子より高級だぞ!」
「マジかよ。でも、手作りの方が高いんじゃねーのか?」
驚きと呆れが混ざり合ったような表情で、南雲がぽつりと呟く。
そんな言葉を聞き、チナン(蓮)はわずかににやりと笑い、無邪気を装って尋ねる。
「ところでよ、南雲は手作りとかしないのか?」
その問いの後、僅かだが南雲の顔に動揺が走る。明らかに慌てながら、チナン(蓮)に向かって、つんけんな口調で返す。
「う、うっせぇ!」
「あ~その顔はしたんだね……だな!」
意地悪い笑みを浮かべながら、チナン(蓮)はからかうように言い切った。南雲は顔をしかめて無愛想に黙っていたが、好奇心で輝くチナン(蓮)の瞳に観念したらしく、
「ああ、作ったよ」
ため息と共に言葉を吐き出した。すぐにチナン(蓮)は、納得したように首を何度も縦に振りながら、
「そうか愛する涼野に作ったのか」
「ちげーよ」
南雲は間髪いれずに否定した。しっかりとチナン(蓮)の瞳を見つめ、
「いいかチナン! オレが渡す相手は……相手は……」
***
しかし南雲の語尾は初めこそ勢いがあったものの、だんだん弱まり、ついには消えてしまった。
南雲がこういう態度を取る辺り、比較的仲がいい人間に渡すつもりのようだ。
涼野しか思いつかないのだが、わざと嘘をついていて相手は涼野かもしれない。
チナン(蓮)は遠まわしに聞いてみることにした。
「じゃあヒントをくれ。そいつのことどう思ってるんだ?」
「そいつは、オレにとっちゃ兄弟みたいな奴で、からかってると面白い奴。でも、ライバルだ。一度は、あいつを土下座させたいと思っているんだぜ? ま~でも、一人で放っておくと危ないから、オレが保護者にならなきゃいけない。しっかりしてるくせにどっかうっかりしてんだよな。迷惑な奴だぜ」
窓の外を見ながら、南雲は困ったように語った。うっかりしていると迷惑そうなことを言いつつも、その瞳は嬉しそうに細められて。表情も明るく、話しているときの南雲は、とても楽しそうに見えた。
「へ~南雲にとって大切な人間なんだな」
「ち、ちげーよ! ただの幼馴染だ!」
チナン(蓮)が素直に感想を漏らすと、南雲はむきになって言い返してくる。そんな南雲を見てチナン(蓮)は一言。
「そうかそんなに厚石 茂人(あついし しげと)のことが好きか」
あくまでチナンになりきり、にやりと笑いつつ、的外れな答えを述べておく。
厚石 茂人は南雲の幼馴染。ただし、今はネオジャパンとか言う、イナズマジャパンの代わりに日本代表の座を狙うチームに所属しているようだが。
「おまえの単細胞頭じゃ無理だったか」
チナン(蓮)の答えに南雲は噴出し、馬鹿にするような瞳で見つめてきた。なにをー! とチナン(蓮)を演じる蓮は、両腕を上げながら叫んだ……時。
コントを演じる二人の背後から冷や水のような声がかけられた。
「朝からキミたちは暇人だな」
南雲は露骨に顔をしかめ、チナン(蓮)は少しむっとしながら振り向くと、蔑むような視線をこちらに向けている涼野と、少し金髪が乱れ気味のアフロディ。 二人とも、既にジャージに着替えている。
「お、ふう……涼野にアフロディ! おはよーさん!」
知られてはいけない人間がこうも簡単に揃ってしまったことに戸惑いを感じながらも、チナン(蓮)は明るく挨拶をした。演じることに慣れてきたのか、違和感はない。見た目以外。
また風介と呼びかかったが、涼野は別段反応しなかった。アフロディだけは、チナンと呼び方が同じなので助かる。
涼野は形式的に無感情な声でおはようと返し、アフロディは微笑みながら返した。
「そういや。風介もオレが渡すつもりのを相手に作ったんだぜ」
南雲は嫌らしく口角を上げながら涼野を指差し、涼野が目を少し見開いて固まる。チナン(蓮)は、それを見逃さず、すぐさま問いを突きつける。
「涼野はそいつのことどう思っている?」
「どう、と言われてもな」
涼野は考え込むように手を顎に当て、下を向く。
「そう聞かれても表現に困る。上手い言葉が思いつかない」
しばし沈黙が流れ、涼野は柔らかい笑みを浮かべながら顔を上げた。
「そうだな。私にとっての彼は、色々と頼りがいのある親友だ。側にいると不思議と落ち着く。それでいて危なっかしい――私や晴矢がいなければどうなることか」
訥々(とつとつ)と語る涼野の横顔は、どこか嬉しそうで楽しそうに、蓮には思えた。しかし、そこまで語った後、涼野は言葉を切った。急に声を荒げる。
「チナン、キミは私に何を話させているのだ!」
急に声を荒げた涼野を、南雲と涼野は目を丸くして見やる。チナン(蓮)だけは、落ち着き払って涼野に目をやっていた。涼野は、勢いよく言いすぎたのか、ぜえぜえと荒い息を吐いている。頬が僅かに上気していた。
「そうか大切な人間なんだな」
「違うと言っているだろう!」
チナン(蓮)が今度はからかう様に言うと、涼野はむきになって強い口調で否定してきた。頬がますます赤くなっている。
「今の言葉は流せ。聞かなかったことにしろ。そうでなければ、キミはいてつく闇の冷たさを知ることになるだろう」
そして、チナン(蓮)を憎憎しげに睨みつけながら、涼野は捨て台詞を吐く。チナン(蓮)に背を向けると、かなり早足でその場から離れ始めた。
「おい、アフロディ行こうぜ。風介、待てよ!」
「涼野!」
その光景を見ていた南雲はアフロディに声をかけると、アフロディと共に駆け出す。涼野の名前を呼びながら、南雲と涼野の姿は遠ざかっていく。遠くなる背中を見ながら、チナン(蓮)はグリーンのニット帽を取った。
再度凝結し始めた窓から手で水滴を拭うと、窓にニッコリと笑いかける。
「晴矢と風介、僕のことそんな風に思ってたんだ」
身体がほんのりと温まり、頬までもなぜか熱い。現に蓮は頬を桃色に染め、恥ずかしそうに双眸を緩めていた。
南雲や涼野にあの言葉を言われたとき、身体の奥底から何か熱いものが湧き上がった。
抑える事に必死だったが、もう平気だ。まだほのかに温かい体温を感じながら、蓮は窓に映った自分の像をしっかりと見据える。
「晴矢、風介。キミたちは最高の親友。一緒に世界を目指そうね」
あたたかい声で囁いた。
こんなことは本人たちにはもちろん言えない。言った途端、気を失える自信がある。ただ何となく思いだけは吐き出したかった。
それから約一名を忘れていたことに気づき、慌てて付け加える。
「あ、アフロディ! キミはあれだ。チームのよしみだ! 勘違いするな……で、でもアフロディってかっこいいよね。スタイルも抜群だし、プレーも華麗で……って僕は何を言っているんだ」
どうもアフロディにはうまい言葉が思いつかない。蓮は傍から見ればひかれそうな独り言を小声で吐きまくっていた。その時、近くのドアが開く音がし、蓮は急いでニット帽を被りなおす。
音の方を見ると、蓮から見て右手の部屋から、チャンスゥが顔を出していた。
「おや、チナン。おはようございます」
「おはよう! チャ……キャプテン!」
独り言が聞かれなかったことに安堵しつつも、チナン(蓮)はチャンスゥに手を振る。ジャージ姿のチャンスゥは部屋のドアを閉めてから、チナン(蓮)に向かって、
「今日はあなたにとっていい一日になるはずですよ」
意味不明な言葉を向けた。チナン(蓮)がわからずにぼうっとしていると、チャンスゥは敵に見せるような不敵な笑みを顔に作った。
「わたしの完全なる戦術の中に……あなたは既に囚われているのですから」
びゅおっと強い北風が吹きつけ、窓枠を揺らした。

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