イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外 To elf from elf(時期ずれバレンタインです)(一)



「なーなー白鳥」
「なに、チナン」
「2月14日にさ、ホ・チナンになってくれないか?」
「……は?」



 時間は少しさかのぼる。

「白鳥! 2月14日はあれだよな!?」

 チナンがわざとらしくベッドに座る蓮に聞いた。
 その日、ハードな練習を終え、夕食を食べた後。自由時間に、蓮は仲がよい控えGKのホ・チナンの部屋に遊びに来ていた。ホ・チナンは、緑のニット帽を愛用している少年。蓮より少し薄い黒髪に、少しつり目な黒い目を持つ。体格はやや細身で小柄な印象を与える。ついでに言うと、異常なほど寒がりで異常なほどアルパカを愛する謎の男でもある。
 
「グラハムベルが電話の特許を出願した日だね」

 盛大に間違った答えを蓮は披露し、チナンは口を開ける。求めていた答えは、一般人に行けば正答率100%を誇るかもしれないものなのだが。勘違いしているのだと悟りつつ、チナンはヒントを出す。

「もっと規模がでかい! そして”一般的”だ!」

 チナンは特に”一般的”を強調した。すると蓮はすぐに閃いたのか、実に嬉しそうな笑みを見せながら、

「箱根駅伝大会が初めて開かれた日だね」

 見事にチナンを転ばせた。チナンはベッドに背中からダイブし、ベッドは軋んだ音を立てながらしばらく縦に揺れていた。どうやら蓮は自信があったらしく、顔をしかめながら顎に手を当てて考え込んでいた。

「そうだな。アルカ・ポネが敵を……」
「まず歴史から外れろ! 常識と言う歴史を学んで来い!」

 歴史に造詣があるチナンにはわかる。今までの出来事は確かに2月14日に会ったこと。だがこれ以上蓮に考えさせると、とても正解に近づけそうにないので、大声で止めさせる。蓮は怒られた子供のように少ししゅんとした。正解がいえないのが悔しかったらしい。

「おまえ、バレンタインって知ってるか?」
「知らない」

 チナンは頭の中にあった最悪な仮説を持ち出した。思ったとおり蓮は素直に首を横に振り、チナンを呆然とさせる。言葉を失いそうになりながらも、チナンはバレンタインの説明をする。

「世界史に詳しいならヴァレンティヌス司祭は知っているな」
「ああ。3世紀ごろにローマ辺りで2月14日に撲殺された人だね」

 なんでそういうマニアックな知識を持っているんだよ、と突っ込みつつ、チナンは続ける。

「その人への畏敬なのか? 当時な、ローマ皇帝クラウディウス2世は戦士の士気の低下をおそれて兵士たちの結婚を禁止してた。けど、ウァレンティヌスはこの禁令に背いて恋人たちの結婚式を執り行ったために捕らえられ処刑された(出典wikiより)と。これが元なのか、現代は一般的に女の子が好きな男の子にチョコレートを送る日なんだぜ! あ、でも今は友チョコって言って、同性でもお菓子交換したりするんだ」
「そういえばアフロディと晴矢と風介が14日のあれ、よろしく頼むよって言ってたっけ」
 
 蓮が妙に納得したような声を出し、このまま知らなかったら、白鳥はどうするつもりだったのか? と内心突っ込みを入れつつ、話を進める。

「て、ことで2月14には俺になれ! 白鳥!」

 今度は蓮が呆れる瞬間だった。


  ***


「なんで?」

 唐突過ぎるチナンの申し出に蓮は言葉を失いかかりながらも、何とか当惑顔で言葉を吐き出す。バレンタインの話が、どうやったら入れ替わって欲しいと言う方向に脱線できるのか。チナンの意図を把握しきれないまま、蓮はチナンを困ったように見つめていた。
 一方のチナンは、やたら芝居がかった口調で、

「俺なあ『ホ・チナン』でいることに疲れた。一日くらい別の自分に生まれ変わりたいんだ」
「気分変えたいのなら、ユニフォームで変えれば? チナンはGKだし、フィールドプレイヤーのユニフォームでも着たら、気分変わるんじゃないかな?」

 蓮はそんな提案をしたが、今まで蓮の横に座っていたチナンはいきなりバッとベットから飛び降り、駄々をこねる。

「無理だ! 俺は白鳥になると決めた! 俺の信念は決して揺るがないぜ!」
「でも僕たち双子じゃないんだし……すぐバレると思うよ」
「大丈夫、大丈夫! アフロディが実は女って言っても驚かないだろ? それに、ファイアードラゴンに観察眼のある奴はそういない。変装なんてそうばれるもんじゃないさ」

 何としても自分と入れ替わるつもりであるチナンを説得するのは困難極まりない――蓮は早くもそれを悟り、チナンにはどんな言葉も通じないことに愕然としていた。てこでも動かないとはまさにこのことで、チナンを仮に炎や水の中に放り込んだとしても、そのまま頼んできそうな。そんな憎憎しい程強い覚悟を持っているようだ。蓮は抗うことを止め、呆れたような目つきでめんどくさそうに口を開く。

「……で、一応聞いておくけど、ばれちゃだめなの?」
「おう。南雲と涼野とアフロディに知られなきゃいい」

 チナンはニッコリと笑う。そして顔が見る見るうちに緩み、恍惚の表情を浮かべた。
 幼馴染二人とその他一名と言う蓮が最も仲がいいであろう三人の名前が挙がり、蓮は疑問を覚えた。全員にばれない様にとなら話はわかる。しかし特定の人間にばれなければいい、と言うのはいまいち筋が通らない。チナンの表情から何かあると踏んだ蓮は、一瞬僅かだが口元を歪め、

「その3人だと一番見破られる確立が高い!」
 
 わざと困ったような声を出して、一芝居打つ。蓮にしてはオーバーな表現だが、素直なチナンは疑わなかった。蓮に詰め寄ると、両手で胸倉を掴み、蓮の身体を激しく揺さぶる。蓮の身体はひっきりなしに前へ後ろへ倒され、頭もつられて前後に忙しく持っていかれる。

「だー! 何とかしろ! 俺の“バイト代”がパーになる!」

 そこまで言ってチナンは、蓮を揺らす手を止めた。その顔には後悔の色が濃く出ていて、うっかり口を滑らせたことを懺悔しているようだ。蓮の胸から手を離すと、チナンは愛想笑いを浮かべながら、上目遣いに蓮を見据え、そのまま固まっていた。顔からは大量の冷や汗が流れていた。
 ベットの上からチナンを見下ろす蓮は、仏のような実に慈悲深い笑みを顔に作っていた。ただし口元は怒りの形を作っていて、背後からは禍々しく威圧感を備えた――色があるとしたら、毒々しい紫の――オーラを放っていた。
 その笑顔はライオンのような力を秘めていた。見たものをすくみあがらせ、恐怖で精神を支配する恐ろしいもの。見つめられたチナンの身体は凍りつき、がたがたと身体を小刻みに震わせていた。龍に睨まれた人間とはこのことだろう。
 
「“バイト代”ってなにかなぁ?」

 蓮が楽しそうに聞いた。チナンは引きつった笑みを浮かべながら、恐怖一色の頭から何とか言葉を生み出す。

「じ、実はな白鳥。俺、とある人物にお前と入れ替わるよう命令されたんだ」