イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第三章 新しい風の中で(二十五)
(ここ、白恋中学校だ)
蓮はぐるりと辺りを見渡した。
雷門イレブンがグラウンドに立っている。
白く残った雪、倉庫のような木造家屋。ぼーっとする頭を覚ます切る様な冷たさ。間違いなく北海道だ。
(なんでだろう。なんかひどく懐かしい夢を見ていた気がする)
蓮は目を細めて、ねずみ色の空を見上げた。
あれは間違いなく幼いころの記憶だった。階段から落ちて失ったはずの暑い夏の日。何故いまさら思い出したのだろう。
考えながらフィールドの右側に目をやると、青ざめているジェミニストームのメンバーたちがいた。全員が目を見開き、フィールド脇の一点に視線を据えている。
蓮はジェミニストームメンバーの視線を追うと、そこにはスコアボードがあった。白く大きな文字で「雷門1:ジェミニ1」と書かれている。その文字を見た瞬間、蓮の心が躍った。
身体はうまく言うことを聞かず、座ったまま蓮は思いっきり笑う。
雷門イレブンは、ジェミニストームと互角(ごかく)になったのだ。眠っている間に行われたであろう、苛烈(かれつ)な試合が脳裏に浮かぶ。
同時にフィールドに立ちたいと言う思いが心の奥底から湧き上がってきて、胸を締め付ける。
「白鳥」
肩をたたかれていることに気づき、蓮ははっとして現実に戻る。後ろを振り向くと、円堂が瞳子と共に立っていた。
「あ、円堂くん」
「大丈夫か?」
円堂が蓮の隣に腰掛け、心配そうに覗き込んでくる。
「うん。頭がぼうっとするけど、大丈夫」
「……そっか」
心配させてはならないと、蓮は作り笑いをした。それでも顔は素直で、すぐに潤んだ目があらわになる。
円堂は瞳を陰らせて、瞳子を見つめる。瞳子は円堂に何か目配せをし、蓮に視線をやる。
しばらく円堂は黙って考え込んでいたが、やがて何か決め込んだような表情で、ちらっとグラウンドを見てから蓮に向き直った。
「栗松が……あんな状態なんだ。後半から試合に出てほしい。出れそうか?」
グラウンドを見ると、足を引きずった栗松が壁山と塔子に肩を支えられて、こちらに歩いてくる途中だった。どこかぶつかったのか、しきりに顔をゆがめている。
苦しむ栗松の姿を見て、何もできない自分の無力さに愕然(がくぜん)とする。こうして苦しむ仲間がいるのに、のんきに眠っていた自分が恥ずかしい。蓮は唇をぐっと引き結ぶと、立ち上がった。
「……僕で役に立てるなら」
「お前は十分強い! 自信を持てよ」
***
「われらに敗北は許されない! 絶対に勝つのだ!」
レーゼが士気を高めるように、ジェミニストームたちに掛け声をかける。
ジェミニストームたちから、どこか余裕ぶっていた態度は消え去り、絶対負けられないという気迫が滲み出ている。
口を真一文字に結び、きっと鋭い目つきで雷門イレブンをにらみつける態度は、後に引けない覚悟がそれをさせているのだろうか。だが、雷門イレブンもまた負けじと睨み返す。視線と視線がぶつかり合い、北海道の澄んだ空気を熱くしていく。
やがて、後半開始の合図であるホイッスルが吹かれた。
染岡が、後ろにいる鬼道へとボールを蹴る。途端、フィールドを黒い影が残像すら残さずに突進し、あっという間もなくボールを奪い去る。――レーゼである。
「くっそ」
「リーム!」
悔しそうに舌打ちをする染岡を尻目に、レーゼは、雷門の陣地をかなりのスピードでかき乱していく。
まず鬼道と風丸がとめようとして、フェイントをかけられる。一人で突進するように見せかけ、がら空きの右サイドにいつのまにか進んできていた、やや暗めの桃色の髪で片目を隠し、後ろ髪は風に舞い上がったかのような状態で固定されている選手――リームにパスをした。
パスを受け取った直後、リームは再びレーゼに向かってボールを蹴る。恐ろしい位速い。MFの頭上をボールがむなしく通る。ボールをとろうとしたDFである壁山の頭上を、ボールが放物線を描きながら通り過ぎて、レーゼにとられた。DFもとうとう抜かれた。
――残るは、ゴール前にいる蓮と、大急ぎで下がってきた塔子のみ。
どのような行動をするのかと構える二人の前で、
「レーゼ様!」
レーゼは急にボールを頭上に蹴り上げ、ボールの後に続くように大きく跳びあがる。リームもまた、同じように跳んだ。
とたんボールが静止する。だが直後、激しく回転を始め、回転するたびにどんどん緑のオーラをまとい、そのオーラはやがて木星をイメージさせるような形でとまる。
ちょうど二人が静止したボールの高さにまで跳びあがるころ、ぶわっとオーラが弾け、黒い煙が広がる。
すると煙が広がった部分にだけ、空に円形の穴が開いた。ボールの背後の穴の中では、藍色の空に、銀砂(ぎんしゃ)を零したような星たちがたくさん瞬く。その星に混じり、理科の教科書でみるような木星や、多くの惑星が輝く――奇妙な空間が広がっていた。力強く輝く星たちは美しく、そのままその世界に突入したくなる。
綺麗……と蓮は半ば見とれかかっていた。
「<ユニバースブラスト>」
高々と叫ばれたレーゼとリームの声で、それがシュートなのだと気づかされ、蓮は身構える。
円形の穴部分の上空に到達した二人が、足の裏を思い切りボールにぶつける。
美しいと思っていた空間が伸びる。丸いネットが伸びるように、宇宙空間は丸く伸びてくる。もはや宇宙の神々しさはそこになく、黒いエネルギー体を纏う(まとう)ボールが、空気を切り裂いて円堂へと襲い掛かろうとしてくる。
冷たい空気が一段と冷え込み、半袖である雷門イレブンの体を容赦なく冷やす。多くの仲間たちは身震いし、しゃがみこむ。
「白鳥! 塔子!」
だが最後の砦である二人は違った。
塔子は勇敢にもボールに向かうと、手のひらを上空に向け、下まで下ろした。
「<ザ・タワー>!」
茶色いレンガ造りの塔が、ボールの行く手を阻むように現れる。だが、黒いボールはあっけなく塔を粉々にした。塔が消え去り、塔子が地面に叩きつけられる。
すると今度は、蓮がボールの前に立ちふさがる。
「<ブロック・スラッシュスノー>」
間髪いれずに、足を振り子のように動かした。
蓮が足を動かした跡に沿って、地面から多くの雪がぶわっと湧き出し、一枚の雪の壁を作り出す。青白く、体の芯まで凍えそうな冷気を放っている。
ボールと雪がしばらくぶつかり合うが、やがてボールが雪のカーテンの中から飛び出てきた。蓮がひっくり返り、地面に体をぶつける。
「ふん。カットしようと、無駄な話だ」
レーゼは地に横たわり、苦しそうに呻く二人を見下す。
だが蓮はゆっくりと顔だけをあげると、円堂に微笑みかける。
「威力は弱まったはずだ。……円堂くん!」
「<ゴッドハンド>!」
塔子と蓮の意図を察知した円堂は、黄金色の巨大な手を作り出し、鈍く輝くボールに当てる。
<ゴッドハンド>が、ぱっと金色の円を描きながら光って消える。円堂の手のひらには――しっかりと、サッカーボールが握られていた。雷門イレブンから、大きな歓声が上がる。
「なに!? 我らの<ユニバースブラスト>が――」
ずっと冷静でいたレーゼの表情に初めて、驚きの色が浮かんだ。
円堂は仲間たちにガッツポーズをとると、ボールを持った手を大きく振り上げる。
「反撃だッ!」
「行かせるな。我等には勝利しか許されない!」
同時にレーゼが焦ったように、慌てて指示を出す。
MFたちを経由してボールを持って攻めあがっていた染岡は、見る見るうちにジェミニストームのメンバーに取り囲まれてしまう。
「くっそ! ごちゃごちゃとうぜぇな!」
困ったように染岡は味方の姿を探す。
近くにいるメンバーは、ジェミニストームに張り付かれ、ボールを回しても奪われそうな状況にあった。万事休すか……と染岡が諦め掛けた時。身震いがした。嫌いな虫がはいずるようなぞくぞくとした感触がし、視界の端っこで白いものが動いた。風にたなびく白いマフラー――吹雪。囲まれている自分の外側を、悠然と走り抜けている。
ジェミニストームのメンバーは張り付いていない。
染岡は、ぐっと唇を引き結ぶと、蹴ろうとわざと後方にいる鬼道の方に向き直り、足を引いた。
ジェミニストームの選手が、パスをさせまいとパスコースを封じるように動く。
「……おらよ!」
急に染岡はくるりと向きを変えると、走っている吹雪に向かってボールを思い切り、蹴りつけた。ジェミニストームの間をうまく突き破り、ボールは吹雪の元へと向かう。
狙い通りといわんばかりに吹雪は口元に笑みを浮かべると、胸元で受け取り、ゴールへ向かって進む。
「染岡くん」
ようやく円堂が願っていた行動をした。
蓮は立ち上がると、ふっと笑う。周りをぱっと華やぐような明るい笑みだった。つられて円堂も笑っていた。
「何のつもりだ?」
「お前、いい動きしているじゃねぇか。食ってみれば意外とうまい、か。なるほどな」
「いみわかんねぇな。でも、ナイスパスだぜ、染岡」
吹雪がそう言い、ゴールに向かって行く。
並列して走っていた染岡は、小さくなる吹雪の背中を見つめながら口元に笑みを浮かべていた。
「後は任せな。<エターナルブリザード>」

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