イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

クララとレアンの暴言パラダイス⑤――無意識の加害者
「風介、何でオレたち蓮に拘っているんだろうな」
南雲はクララとレアンが立っていた床を睨みながら、独り言同然に呟いた。前を向いて倒れた蓮の脇の下に手を突っ込み、蓮の身体を転がして仰向けにする。顔は苦痛に耐えるような表情だった。続けて、南雲は、蓮のジャージのチャックを下げて、右腕から、ジャージを脱がせにかかる。腕を触られると痛みが走るのか、蓮は小さくうめき声をあげた。見かねた涼野が変われ、と目で合図したが、南雲は続ける。蓮の腕で辛うじて肌色になっている部分をそっと掴み、やがて――唇を噛んだ。
蓮の右腕は、青い痣と赤い痣で覆われ、痛々しい。クララとレアンは、蓮が痛みをできるだけ感じるよう当てる部位を少しずつだがずらしていたのだ。
南雲と涼野が不安そうに蓮の顔を眺めていると、蓮の身体が少し動いた。
「……は、る、や? ふ、う、す、け?」
蓮はうっすらと目を開け、聞き取れるのがやっとの声で二人の名を呼んだ。
視界は霞がかかったようにぼんやりとし、ピントが合わない。ぶれてばかりだ。服の色で何とかわかるが、輪郭をなさない映像では、彼らがどんな表情かも、何を話しているかさえもわからない。身体にも力が入らず、口を動かして、二人の名前を呼ぶのが、やっとだった。助けられて、熱い思いが喉まで、熱い水が目までせり上がっているのに。表現できる程の元気が欲しいと、蓮は、ぼうっと思った。
一方、南雲と涼野は、膝を地面に付け、蓮を心配そうに覗きこんでいる。南雲は、蓮の手を床に下ろすと、
「……くそ、レアンもクララも蓮にこんなことしやがって」
憎々し気に呟き、舌打ちをした。蓮には、南雲の声が聞こえていない。わずかに見開かれた黒い瞳で、弱々しく南雲と涼野を見つめかえすだけ。
「……昔に戻れないことなど、分かっているが。少しでも、あの頃に戻りたいな。晴矢を”バーン”と呼ぶこともなく、蓮がいた昔に。三人で楽しくサッカーをやれていた頃に、な」
涼野が過去を回想するように天井へと視線を投げ掛けた。顔がだんだん綻んでいく。だが、どこか寂しげでもあった。蓮が忘れていようとも、南雲と涼野にとっては、暖かくも悲しい思い出だった。
「お前らしくねえこと言うな」
南雲は、涼野を元気づけようとしたのか、口元を歪め、涼野を茶化した。すると、涼野は短く鼻を鳴らし、からかうような瞳で南雲を見やる。
「キミこそ、『ジェネシス』の座は諦めたのか?」
南雲は首を横に振る。
「諦めてはいねーよ。オレも父さんに認められたい。けど、雷門と戦うのはごめんだ」
「……しかし、そのままだと私たちはエイリア学園から追放される」
涼野が苦し気に言葉を吐き出す。顔には、わずかに恐怖の色が浮かび、冷や汗が頬を伝って、手の甲に滴り落ちた。南雲も追い詰められたような面持ちになり、床を睨んだ。自然に作られた拳が、独りでに震える。やるせない気持ちが、二人を支配していた。
「最悪なことに、雷門にプロミンスの存在も、ダイヤモンドダストの存在ももうばれているしな」
「……私たちの正体がばれるのも、時間の問題か」
苦々しく涼野が言って、南雲と涼野は思わず顔を見合せた。気絶する円堂たちを一瞥。続いて、視線を落とした。そこには、また意識を失ったのか目を閉じたままの蓮。顔つきは、先程より、少しだけ穏やかになったものの、まだ苦しそうだ。顔には、汗が張り付き、早い呼吸を繰り返している。
南雲と涼野は、静かに頷きあった。立ち上がって蓮に近づくと、涼野は、蓮にジャージを着せ直す。右腕に袖を慎重に通し、再度チャックをあげる。そして、涼野は蓮の脇の下に手をいれ、南雲は方膝を地面について、背中を丸めた。蓮の身体を涼野は、背中を丸めた
南雲の元までゆっくり引っ張ってくると、南雲の背に覆い被さるように乗せた。蓮の両腕が南雲の背中から、だらんと垂れる。南雲は、蓮の膝裏をしっかり持つと、立ち上がった。蓮は、南雲にしっかりおぶわれていた。
「……蓮、三人だけで少し話そうぜ」
南雲は少し振り向いて蓮に語りかけると、そのまま、ゆっくり倉庫の出入口に向かって歩く。横を涼野が、平行して歩いた。最後には外にでた。倉庫の中には、気絶した円堂たちだけが、取り残されてしまった。
その後、誰もいなくなった倉庫で目を覚ました円堂たちは、すぐにクララにレアン、そして蓮の姿が見えないことに気が付いた。
鬼道はすぐさま倉庫の外に飛び出し、円堂と風丸は、倉庫の中をくまなく探す。しかし、南雲と涼野に捕まった蓮は、当然ここにいない。気絶していた円堂たちは、当然そのことを知らない。クララとレアン、そして二人に狙われている蓮。この三人がまとめて姿を消せば、自ずと悪い方向に発想は進む。蓮がクララとレアンに連れていかれたのでは、と言う最悪な方向に。
「……くそ、なんでオレには力がないんだ」
風丸が自分自身を叱るような口調で呟き、倉庫の壁を足で蹴った。何度も、何度も。歯を食い縛り、目付きを鋭くして俯いていた。そこへ円堂が背後から近づいてきて、風丸は壁を蹴りつけるのを止める。振り向き、どこか嘲笑うような笑みを円堂に向け、
「なあ、円堂。仲間一人をエイリア学園から守れない連中に、エイリア学園を倒すなんて無理だ」
「そんなことない!」
風丸は、自虐的に笑った。その言葉を聞いた円堂は、即座に否定する。きょとんとしている風丸の両肩にしっかりと手を載せ、彼の茶色い瞳をしっかりと見据える。風丸は円堂に見つめられ、目を少し見開き、戸惑うように瞬きをしていた。
「風丸、オレたちはずっと特訓で強くなってきただろ? 白鳥だって、やっとあいつ本来のサッカーができるようになってきたし、オレたちだって、前は負けたジェミニ・ストームに勝てたじゃないか!」
「そうかもな」
円堂は、力強く風丸に語りかけた。今までの成果を。倒れる回数も減り、徐々にだが本来の自分のプレーをみせはじめた蓮を。そう、みんなは確実に成長しているんだ。円堂は、それを風丸にわかってほしかった。しかし、風丸は何もわかっていない、と言いたげな顔をした。円堂から目をそらし、曖昧に答えた。
「……風丸?」
円堂は、心配そうに風丸の名前を呼ぶ。風丸は、無言で、肩に置かれた円堂の手を自分の手で掴んで順番に外し、一人で倉庫の外に走っていってしまった。揺れる青いポニーテールが、激しく揺れていた。風丸が走る音が、冷たく倉庫に何十にも反響する。
「…………」
風丸の心情を全く察することができなかった円堂は、目を細めると、急いで倉庫を後にした。
すると、思いもかけない人物がそこにいた。

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