イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



第五章 希望と絶望(六)



蓮の提案どおり、埠頭へ行く4人の少人数グループが作られた。
 チームのリーダー格である円堂、鬼道、そしてついて行くと言い張った風丸、鬼道の推薦により蓮。
 ユウのスポーツショップに仲間を残し、蓮たち4人は埠頭に向かった。

 川を北上するにつれ、家はどんどん減っていき、やがて工場が並ぶ工業地帯になった。工場の煙突からは黒い煙が天を汚すように立ち上がっている。
 辺りの空気は心なしか汚れていて、煙っぽい気がする。辺りに木や草の類が見受けられないせいだろう。蓮たちは何度も咳き込んでいた。
 また、汚れているのは空気だけではない。川の水も濁り、底が見えない。愛媛は人の心のようだ、と蓮は思う。
 ユウの話によると、川や空気が汚染され始めたのは、子供が攫われるようになってからだという。今の環境は、愛媛の人々の心を映し出す鏡のようなものだった。子供を解放すれば元に戻るかな、と心内で呟き、埠頭に足を進める。

 しばらく歩くと、ようやく埠頭が見えてきた。高い塀の向こうには、左右に広がる貸し倉庫。ペンキは真新しく、最近舗装されたばかりのようだ。ただ屋根だけは潮風でさびてしまっている。近くに荷物を持ち上げる赤いクレーンが寂しく佇んでいた。上空では、のんきにかもめが鳴きながら空を舞っている。日差しが強い。
 倉庫の向こうは当然ながら海に面している。簡単に超えられてしまいそうな車止めの向こうに、工業用物質が溶け込んでいる色をした海水が揺れていた。日が反射して

 円堂たちは、横に伸びる高い塀と塀の間に作られた、閉じられた鉄扉の間から中の様子を垣間見ていた。潮風が時折吹くものの、生ぬるく心地よくない。潮風で鬼道の青いマントがなびいて音を立てている。
 蓮だけは、鉄扉の脇近くの塀上に設置された妙な看板に目が行っている。白地に『真・帝国学園』と明朝体で大きくプリントされた謎の看板。しかし、風丸に袖を引っ張られ、鉄扉の中を見た。

「あ、さっき逮捕された奴らがいっぱいいるぞ」

 円堂が声を潜めながら鉄扉の向こうを指差す。海寄りの倉庫の扉の前には、先ほど逮捕された男と全く同じ姿・体格の男が立っていた。腕を組み前をじっと睨んでいる。こちらには気づいていないようだ。
 さらに、波止場近くには、やはり同じ姿の男が十人ほど歩いている。パトロールなのか、波止場の道を行ったり来たりしている。

「何か守っているようだね」

 蓮は水面を見ていたので、眩しさのため目を細めながら呟いた時。波止場を歩いていた男の一人がこちらに向かってきたので、円堂と風丸は鉄扉から見て左に、鬼道と蓮は右の塀に咄嗟(とっさ)に隠れた。四人とも強張った顔つきで互いを見やると、恐る恐る鉄扉の向こうに視線を送る。
 男は倉庫の前に立つ男に何か声をかけ、倉庫の前に立っていた男と共に倉庫の中に消えた。
 蓮は円堂と風丸を手招きし、円堂と風丸が素早く鉄扉の前を横切った。中の様子を窺う鬼道と蓮の横に来ると、同じタイミングで安心したようにため息をついた。

「ああ。あの倉庫に、木暮が閉じ込められていても不思議ではない」

 落ち着いたところで鬼道が蓮に同意するように言った。鬼道の横から港の様子を観察している蓮が、波止場前をうろついている男を指差し、何気なく言葉を零す。

「あの男たちって、複製かなにかしたロボットみたい」

 再度倉庫から男たちが出てくるのを見つけ、蓮と鬼道は身体を塀の方に引いた。鬼道は塀に背を当てながら腕を組む。

「あの石といい、あの連中といい、エイリア学園には、高度な科学技術があるようだな」

「本当。でもロボットくらいなら人でも作れそうだよね」

 蓮の言葉に鬼道は手を顎に当てた。風丸と円堂と位置を入れ替え、物思いにふけ始める。二人が鉄扉の向こうを盗み見る間、蓮は若干下向き加減になっている鬼道に近づいた。

「人……か。恐らくだが、地球人の協力者もいるのだろう。宇宙人は知識と策、そして石だけを与え、やつらに協力する人間が今の事態を引き起こしているのかもしれない」

「それなら、エイリア学園の能力も説明がつくね。元々は人間だけど、あの石の力で能力を飛躍的(ひやくてき)に伸ばしているってね」

  鬼道の独り言に蓮は天を仰ぎながら同意した。その時、蓮は誰かに肩を叩かれた。気づかなかったが、鬼道が位置的に叩けない方の肩を叩かれた。
 蓮が反射的に振り向いたところ、一人の男が立っていた。
 歳が相当上であるように思える小太りの男だ。口元に白いひげをたっぷりと蓄え、目には丸い小さめなサングラス。頭には濃い紫のバンダナを巻き、中華風のバンダナと同じ色の服を着ている。蓮は敵かと思い、目つきを鋭くして睨むと、鉄扉を睨んでいた円堂が振り返り、小さく、だが明るい声を出した。

「あ、響木(ひびき)監督!」

 円堂が駆け寄ると、続いて風丸と鬼道も響木の周りに集まり始めた。その顔に恐怖や焦りといったものはなく、むしろ頼っているような顔付きだ。雷門の知り合いなのだろうか。
 蓮があんぐりと口を開けていると、響木の方から蓮に歩み寄ってきた。

「お前は雷門の新入り、白鳥だな?」

 その言葉で大まかな察しはついたものの、蓮は念を押すように一応、尋ねた。

「え、どうして僕の事を知っているんですか?」

「白鳥、響木監督はオレたち雷門サッカー部の監督なんだぜ!」

「普段は雷雷軒って言って、ラーメン屋の店主をやっているんだ」

 円堂と風丸が順々に小声で解説し、蓮は予想通りで納得した。
 蓮は緊張した新入りのようにびしっと体制を整え、よろしくおねがいしますと響木に頭を下げる。もちろん声量を落として。すると響木は苦笑しだす。

「そういえば転校初日にお前には迷惑をかけたな。ここで謝らせてもらう」

 今度は円堂たちがぽかんとする番だった。わけがわからないと言った顔で蓮に目を向け、蓮ははっとした顔でいつも通りの声量を出そうとして、慌てて口を塞ぐ。一息つくと、ひそひそ声で話し出した。

「あ、もしかして転校初日に傘美野に行くよう僕の家に電話かけてきたのも、転校初日なのに瞳子監督が僕のことを知っていたのも――」

「そうだ。俺が全て手を回した」

 蓮がもう気にしていません、と取り繕うと、円堂が口を開いた。

「ところで、響木監督がどうして愛媛に? 鬼瓦さんもいたみたいだし」

「愛媛で子供が攫われるという事件に、とある“男”が関っていると聞いてな。ここまで調べに来たんだ」

「“男”って?」

 蓮の問いに響木は、鬼道に哀れむような、ためらうような視線を投げかけたその様子を察した鬼道が首をかしげる。鬼道に何か関係があることだろうか。
 その時、蓮は先日鬼道の携帯に帝国学園の仲間から連絡があったことを思い出した。そしてすぐ上にある真・帝国学園の文字。とても無関係とは思えない。

「帝国学園で何かあったんですか?」

 心配そうに蓮が尋ねると、鬼道は口を開けた。ゴーグルの中の赤い瞳が驚きで揺れている。ここまで動揺を見せる鬼道は始めてみた。話してください、と懇願するような眼差しを鬼道は響木に向ける。動作がいつもより慌しく見える。響木は、話すのをためらうように考え込み始めた。
 しばし沈黙の時間が続き、響木が重い口を開く。

「実は影山 零治(かげやま れいじ)が、この愛媛にいる可能性があるんだ」