イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第三章 新しい風の中で(十二)
時は少し遡る(さかのぼる)。
蓮と塔子が、のんきに旭山動物園を見学していた頃――雷門キャラバンは、すでに北海道の大地に入っていて、のんびりと白恋中学校へと向かっていた。
キャラバンの中の円堂は、指で窓の水滴をぬぐう。理科で習った”凝結”というやつだ。寒すぎて空気が凍ってしまい、窓にびっしりと雫が張り付く。子供の頃、よくふざけて雨の日の教室の窓に落書きをしたものだ。
円堂は退屈で、なんとなく指先を動かし続け、サッカーボールのイラストを描いた。やがてそれにも飽き、手のひらでサッカーボールのイラストを消した。すると、外の様子が見えてきた。
窓の外は一面の白い海原だ。もし晴れていたら、この海原一面はきっとキラキラと光り輝くだろう。しかし今日の天気はあいにくの曇り。分厚い鼠色の雲が、空を覆い尽くしている。天気予報で雪が降るとか言っていた。
周囲の視界全てはほとんど白銀の雪に覆われ、ところどころ点々と立つ木々ですら茶色い幹部分を残し白化粧。
こんな場所だからか、窓を閉め切っていても中は肌寒い。さすような冷たさが、ジャージを着ていてもはっきりと感じられる。まさに天然のクーラーである。
その時、円堂は窓に映る自分の顔を見る。
憂いに満ちた瞳が、まっすぐと見つめ返してきた。一度目を閉じ、再び開いた。不安げな眼差しは消えなかった。
なんで落ち込んでいるだろ……と、円堂は思う。
これから新しいストライカーに会いに行くんだ。わくわくしないはずはないのに。すっげー楽しみなのに。
いたずらに流れていく風景の中で、不意に声がはっきりとした。
――『オレがいるとチームに迷惑がかかる。……監督の言う通りだ。悪いがオレはチームを抜けさせてもらう』
はっと我に返り、円堂は雪原にいるはずのない豪炎寺の姿を求めた。だがそこに広がるのは永遠に続く純白だけ。もちろん豪炎寺はいない。
「豪炎寺……」
悲しそうに彼の名を呼ぶと、円堂はバスの背もたれに身体を預け、長い息を吐く。
そして自分の両手で頬をビシビシと叩いた。きっと目を吊り上らせ、窓の外へと視線を向ける。
「絶対に帰ってくるよな」
そう信じている。だからあの時、学校で友達にお礼を言うように明るく見送ったのではないか。
豪炎寺は、仲間を見捨てるやつではない。きっと何か理由があってチームを離れたのだ。けど、あいつは絶対に帰ってくる。だから……だから。
(オレたちは進むけど、絶対に戻ってこい!)
北海道の先の先――南か北か西か東か。どこかわからない、豪炎寺がいる場所を見据えて円堂は心の中で強く祈った。あいつになら、きっとこの祈りも届く気がして。
そんな窓の外を食い入るように見つめていた円堂を、ウェーブの藍色のボブカットで、赤い縁の眼鏡をカチューシャのようにしている少女――音無 春奈が見て、となりの席の夏未の肩を叩き、そっと耳打ちする。
「夏未先輩……」
「なにかしら? 音無さん?」
「キャプテン静かですね。静かすぎて、怖いです」
夏美は一度円堂にちらりと視線をやると、すぐに春奈に向き直る。
「仕方がないでしょう。豪炎寺くんが、チームを離れてしまったのだから」
そこへ秋が、
「豪炎寺くんは、チームの”柱”の一つだもの。この雷門サッカー部を廃部の危機から救ってくれたし、いつも前線で相手からゴールを奪ってくれていた」
懐かしむように視線を宙にやりながら話した。
それに夏未と春奈も豪炎寺の姿を回想し、頷く。
「その彼がいなくなって……円堂くんだけではなく、みんな動揺してしまっているのね」
くるりと四方を見渡した夏美が呟いた。
キャラバンのメンバーはさっきの円堂のように、不安げな面持ちをしていたり、悲しみを瞳に宿らせながら、黙ってしまっているものがほとんどだ。おかげで中は葬式の会場のようになってしまっている。
例外と言えば冷静な鬼道とピンク色の坊主頭で、ちょっぴりいかつい顔の染岡 竜吾(そめおか りゅうご)。鬼道は腕組みをし、何やら思案にふけっているようだ。染岡と言えば、侮蔑を含んだまなざしをじっと瞳子に送りつづけている。しかし相手にもされておらず、時折悔しそうに窓に拳をぶつけている。
「豪炎寺くんを外すなんて、本当に瞳子監督は何を考えているのかな?」
秋が考え込む横で、
「さあどう……あっ!」
『どうかしら』と言いかけ、突然甲高いキキーっと言う音が声をかき消した。同時に夏未の身体は前につんのめる。春奈と秋が左と右から同時に手を伸ばし、夏美の身体を支える。そのおかげで前の席に軽く頭をぶつけただけですんだ。
キャラバン内に目をやると、全員身近なものに捕まり、難を逃れていた。
軽くぶつけ少し痛みがする頭を擦りながら、夏未は支えてくれた二人に声をかける。
「木野さん、音無さん、ありがとう。大丈夫かしら?」
「うん。なんとか」
「それにしても……急ブレーキなんてどうしたんでしょう?」
眉をひそめる春奈にこたえるように、円堂が席を飛び出し古株さんの元へと向かう。

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