イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



第五章 希望と絶望(十一)



 食堂に戻った南雲と涼野は、アフロディを交え蓮を元気づける具体的な方法について議論していた。しかし、そううまくはいかず。

「うーん」

 三人分の悶える声が零れた。アフロディたちは、腕を組んで難しい顔をしている。

 気を効かせたチャンスゥが、三人の前に湯気がたっているマグカップを置く。それに目もくれず、アフロディは頭を抱えて悶えていた。南雲は、やけくそになってマグカップを勢いよく傾けた。涼野は、蓮が心配なのか天井をじっと見つめていた。
 蓮を元気づけようと簡単に言ったものの、いい考えはなかなか出てこなかった。アフロディ、南雲、涼野は己の知恵を絞るものの、論点を迷走するばかり。最終的には、〈カオスブレイク〉を蓮にぶつければいいとか、血迷った発言が飛び出す始末だ。
 三人寄れば文殊の知恵とか言う格言があるが、それを言った人間を問いただしたくなる迷いようだ。
 見兼ねたチャンスゥが、アフロディたちに何度か助言しようとした。が、三人は自分たちでやると言って、チャンスゥが口を挟むのを嫌がる。普段、試合などで頭を使うことは、蓮やチャンスゥにやらせる三人が、自分たちだけで解決しようとすることに、チャンスゥは驚愕した。

(――これは彼ら自身で解決しなければならない問題ですね)

 これは、試合ではない。試合を組み立てるゲームメイカーは、必要ないのだ。否、彼ら自身で組み立てなければならない"試合"なのだ。相手の心理を的確に把握し、今の状況を的確に判断する。難しいことだが、アフロディたちには出来ると言う確信があった。チャンスゥは立ち上がると、静かに食堂から出た。

*
 時計の長針が一周し、外にはすっかり夜の帳が降りていた。チャンスゥが注いでくれたお茶は、すっかりぬるくなってしまっていた。三つとも、ほとんど減っていない。
 食堂はエアコンが聞いているので、心地よい暖かさが保たれていた。

 食堂に三人だけ残るアフロディたちは、すっかり気疲れしていた。アフロディは机に突っ伏し、南雲はそっくり返り、涼野は上に身体を伸ばしていた。三人とも顔に疲労の色が見えている。

「なあ、風介、アフロディ。誕生日ってなんなんだ?」

 南雲が体勢を前に戻しながら言葉を発し、アフロディが顔を上げて南雲を見る。その際、邪魔な髪は後ろに払った。

「南雲、いきなりどうしたんだい?」

 涼野とアフロディの不思議そうな視線を受けた南雲は、バツが悪そうに二人から視線を逸らした。

「誕生日って、なんなのかなぁって思っただけだよ。オレたちは当たり前に"嬉しい日"だと思うけど、蓮を見ると誕生日はなんだって思うんだよ」

「生まれた日をご馳走を食べたりして家族や友人と祝うことだろう?」

 アフロディがさも当然そうに答えて、南雲は肩を竦める。

「んな当たり前のことは、龍でもわかるぜ。じゃあ聞くけど、なんで祝うんだよ?」

「う~ん。親なら『生まれてきてくれてありがとう』って、メッセージを伝えるためだな。友達は、『一緒にいてくれてありがとう』かな」


 何とか答えを捻り出したアフロディ。すると、今の今まで黙っていた涼野が、急に口を開き、

「……アフロディ。キミは初めになんといった?」

「え? 『生まれてきてくれてありがとう』?」

 戸惑いながらアフロディが答えると、涼野は何やら思いついたような表情で、二人の顔を交互に眺める。

「それだ。蓮は自分が生まれたことを、悪いことだと思い込んでいる。今の言葉をかければ、もしかすると」

 そこまで聞くと、アフロディは得心が行く顔つきになった。

「なるほど。”生まれた”と言う、行為自体を祝福するんだね?」

「……なんか恥ずかしいな」

 しかし南雲は恥ずかしがり、言うのをしぶっている。いくら幼馴染みでも、『生まれて来てくれてありがとう』等とは、面と向かっていいずらい。南雲は、どうすればよいか考え込んでいた。その様子を見つめていた涼野は、南雲の方に身体を向けると、話を切り出す。

「蓮の両親は、海に飛び込む前に『あなただけは、幸せになって』と言っていたそうだ。両親が蓮を残したのは、愛していたからだ。生きている方が幸せだと、そう考えた。だが幼すぎて、そのことがよくわからなかったのだろう」

「皮肉だけどよ、蓮の生みの両親がそのまま生きていたら、オレたちはあいつと出会うことはなかったな」

 涼野が蓮を憐れむような口振りで言って、南雲は自虐的に笑う。今まで気付いていなかったが、もし蓮の生みの親が生きていたら、蓮は、風介や自分とも、サッカーとも出会うことはなかった。これは変えようのない真実。そのことを涼野に伝えると、はっとした顔になった。

「そうだな。出会っても、知らずにすれ違い、互いに気にもしないだろう。そう仮定すると、蓮はイナズマジャパンになったはずだ。彼の存在を知ったとしても、私たちはイナズマジャパンの、有能なパサー(パスで試合を組み立てるのを得意とする選手)としか、感じなかったかもしれないな」

「いや、野球かなんかやって、そっちの才能を開花させてたかもな」

「……味方としても、敵としても、同じフィールドに、立つことはなかったのかもしれないのか」

 寂し気に涼野が言葉を吐き出し、南雲は眉を潜める。悲劇は自分たち三人を出会わせた。ふと、蓮の自分が生まれてきたことは間違いだったのかな、と言う呟きが耳の奥に蘇った。あの悲劇を蓮はどう思っているのだろう。親が死んだ嫌な出来事なのか、自分たちと出会えた幸福な出来事なのか。いや、その両方か。幸福なんて思うはずがない。
 アフロディは、二人の表情を静かに窺っていた。退屈なのか、足をブラブラさせている。

「蓮の両親が死んだ"おかげ"で、オレたちは一緒にサッカーができる」

「…………」

 事実を突きつけるために、南雲はわざと"おかげ"と表現した。わかっていた。彼の両親の死を悲しむ一方で死んでいなかったら困ると思う自分がいることは。
 涼野も同じなのだろう。口を閉ざし、天井に――いや、天井よりも遥か上空に視線を送っていた。許しを請うような視線。蓮の両親に謝っているのかもしれない。
 

「そういえば、キミたち三人って、呼吸がぴったりだよね。パス回しも敵が付け入る隙をほとんど与えないし、連携も完璧だ」

 湿った場を取り繕うようにアフロディが二人に話しかけ、

「当たり前だぜ。蓮のアシストは、ファイアードラゴンで一番上手いし、オレたち三人が揃えば無敵なんだよ!」

 南雲は強気に言い放つ。涼野も即座に首肯した。やはり、この三人の絆は強いようだ。南雲も涼野が、蓮を馬鹿にしないことからも、それを窺える。

「私も同感だ。だからこそ、蓮に出会えたことを、彼の生みの両親のおかげだと感謝したい」

「でもそれって、蓮のご両親に『死んでくれたお陰で息子さんと仲良くなれました。感謝します』って言っているようなものだろう? 人の死を喜ぶのはよくないね」

 アフロディにズバリ指摘された涼野は、静かに首を横に振った。その顔には、申し訳無さと強い意志が混ざりあっている。

「本来思ってはいけないことなのは、十分わかっている。悲しいが、そう思ってしまう。あの悲劇がなければ、私たちは仲良くなれなかった。……その罪滅ぼしに、せめて、両親が蓮に伝えられなかったことを、生まれてきて、『生まれてきてくれてありがとう』と言う言葉を伝えたいのだ」


涼野は、はっきりとした声で、しっかりアフロディを見据えた。アフロディは、しばらく涼野の強い意志が現れた瞳を見つめていた。やがて降参するように息を長く吐き出し、身を乗り出す。

「……ボクは、幼なじみではないが、共に言っても構わないかい?」

 アフロディに協力してもよいか尋ねられ、南雲と涼野は、穏やかに微笑みあった。その笑みを、二人はそのままアフロディに向ける。

「オレたちで、あいつが喜んで誕生日を迎えられるようにしようぜ」

 南雲が宣誓し、手をすっと伸ばす。オレの手の上に重ねろ、と涼野とアフロディに目配せする。アフロディは殊勝に頷いたが、涼野は仏頂面で睨み付けてきた。今回は喧嘩をしている場合ではない。南雲はむっとしたが、無視。しかたなくアフロディに視線を向けた時、

「私は、蓮や晴矢との出会いを間違ったものだと、考えたことは一度もない」

 不意に涼野が、力強く断言し、南雲の手の上に自分の手を進んで乗せた。手の上の重みが少しまし、南雲は満足そうに笑った。そしてからかうように、

「お、今日は珍しく気が合うな風介?」

「勘違いするな。蓮のために、協力してやるだけだ」

 涼野は険のある顔で、重ねた自分の手に視線を落としながら、言い放つ。相変わらず素直ではないと、感想を心の奥にしまいこんだ。そして重ねた手を見て、

「 誰にも、オレが、蓮と風介と出会ったことは、間違ったものだと言わせないぜ」

「キミたち、ボクのことを忘れないでほしい」

 そこにアフロディの、白くほっそりとした手が重ねられる。

「ボクも、蓮と出会えてよかったと思える一人だ」

 アフロディが静かに笑みを浮かべた。三人分の重さは、結託の印。ここに作戦は始まった。