イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第五章 希望と絶望(三)
それから雷門中サッカー部は、広い公園に来ていた。
円堂が練習をしたいと我を張り、瞳子も許可をしたので練習をすることになったのだ。公園には人口芝が植えられ、抜けるような青空の下に緑が広がる。雷門中サッカー部はユニフォームに着替えていた。
広いので練習できるスペースは十分にあるが、ゴールはない。
だが円堂がいる背後にゴールがあると思い、みなは思い思いに行動していく。
その中で蓮は、FWの位置に立たされ、染岡と共に駆け上がっていた。風丸たちを敵と見立て、抜くように鬼道に指示された。
当の鬼道は、少し離れた場所からじっと蓮の動きを観察している。
「抜かせるか」
足の速い風丸が、ボールをキープする蓮にスライデイングタックルをしかける。蓮は冷静に、空いている左サイドにパスを出した。すぐさま染岡が受け取り、ぼうっとする木暮を抜いた。そしてボールは再び蓮の元へ。
塔子と壁山が前に立ち塞がるが、蓮は塔子の左に行く素振りを見せた。
「ダメだよ、白鳥」
塔子と壁山が左に注意を向け、右側への注意が薄くなった。その隙を突いて、蓮は塔子と壁山の間を通り抜ける。
二人がフェイントであったことに気づいて、しまったという顔をした時には、蓮はすでに円堂の目の前に飛び込んできていた。一対一の決定的チャンスである。
「早いな、白鳥!」
試合ではふらつく蓮の姿しか見ていなかっただけに、円堂は蓮を見直した。
――そういえば白鳥は落し物や地震にすぐ反応するよな。そういえばイプシロンのボールもカットしていたな。
蓮が何かと敏感だったことを思い出し、円堂は納得する。蓮が右足を引いた。円堂も腰を下ろし、両手を前に突き出してシュート受ける体勢になる。
「くらえっ!」
勇ましい掛け声と共に蓮がボールを蹴った。
円堂から見て左側に向かって、まっすぐ飛んでくる。だがそれは円堂からするとかなり取りやすいボールだ。円堂はボールの元へ歩くと、両腕で包みこむように受け止めた。蓮は悔しそうな顔で肩をすくめる。
「あ~。やっぱり止められた」
「なかなかいいシュートだぞ! 白鳥!」
円堂は蓮を褒めながら、ぐっと親指を立てて笑いかけた。蓮は照れ笑いをしながら、円堂に頭を下げる。
その光景を見ながら、鬼道は顎に腕を当てぶつぶつと独り言を呟いていた。
「白鳥は身体能力が高いようだな。だが……」
染岡と共に駆け上がり、風丸を相手にしたときのこと。今度は風丸が逆にフェイントを仕掛けた。右に動くように見えるようわざと身体を右に向けた。すると蓮はがら空きの左側を突破しようとし、風丸がほくそ笑む。
「あっ!」
蓮は進路を塞がれ、すれ違いざまにタックルを仕掛けられた。身体がバランスを崩した僅かな瞬間、ボールは風丸の足に張り付いていた。鬼道が片手を挙げて、それ以上動かないように指示する。
「あ~僕の馬鹿ぁ。何度同じミスを繰り返せばすむんだ」
蓮は自分を責め、右手で拳を作り自分の額を軽く叩いた。そこへ腕を組んだ鬼道が近づいてきて、蓮は叩くのをやめる。
「おまえはフェイントに弱いようだな。反応が速すぎて、逆にフェイントを食らっている」
「フェイントなのか本気なのか、見極めるのが苦手なんだよなぁ」
「それと、お前は吹雪のようなパワーファイターも苦手だな。よく“ボールウォチャー”になっているぞ」
「……強引に突っ込んでくる子に気圧されてしまうんだ」
鬼道に自分の弱点を指摘され、蓮はしゅんとなりながら言った。
大人しい蓮は、普段から強気な人間に押されてしまうことがある。それがサッカーのプレーにも影響しているらしく、サッカーをこなす上で荒々しいプレイヤーは天敵だ。
相手が放つオーラや雰囲気に飲まれてしまい、ボールウォチャー(相手オフェンスやボールの動きに対応できず、ボールをただ見ているだけの状態になってしまった選手)になってしまうことがよくあるのだ。
「じゃあ、オレが特訓してやろうか?」
特訓を終えて、染岡とこちらに来た吹雪――アツヤがからかう様に提案して、蓮はむっとした顔付きになった。反射的にその提案を突っぱねる。
「おまえには頼まない」
蓮はアツヤに厳しい視線を向け、アツヤは小ばかにする笑みを返してくる。二人の間に漂う形容しがたい空気は、円堂たちを当惑させた。遠巻きに二人の様子を眺めている。
見かねた染岡が二人の間を割るようにして入り込み、双方をなだめる。
「おい、吹雪そんな口調で言うなよ。白鳥、お前は吹雪が嫌いなのか? よくこいつと楽しそうに話しているじゃないか」
「そっちはDFの吹雪。FWの吹雪とは違う」
「どっちも吹雪だろ」
警戒するような低い声で蓮が言い放ち、染岡は呆れた声を出して頭を抱えた。
“アツヤ”の存在を知るのは相変わらず蓮だけのようだ。FWになると性格が変わるのは、『試合のときは熱くなりやすい』と言うのが円堂たちの共通認識のようだった。
アツヤは蓮を嘲笑の表情で見つめ、蓮の面持ちがますます固くなっていく。そこへ、颯爽(さっそう)と瞳子と紅葉が現れた。
円堂たちの視線は自然とそちらに向き、アツヤは最後にもう一度口元を歪めて蓮を見た。その挑発的な表情に蓮は怒りを覚えたが、表には出さずに瞳子を見た。アツヤも瞳子を見る。
「次の目的地は愛媛よ」
瞳子は円堂たちを見渡しながら言って、紅葉に向き直る。
「紅葉さん、説明してもらえるかしら?」
「みなさまは、愛媛で子供が誘拐される事件についてご存知でしょうか?」
「誘拐事件? エイリア学園と何の関係があるんだよ」
染岡が聞いて、紅葉は淡々と答える。
「サッカーが上手い子供たちが次々と誘拐され、行方不明になっているのです。そしてその誘拐犯連中は、『エイリア学園』と名乗っています」
『エイリア学園』と言う単語を聞いた途端、円堂たちの顔色が不安げなものになる。“名乗っている”だけではエイリア学園かどうか判断がつかないため、鬼道や蓮は難しい顔をした。
「エイリア学園の名前をかたっているのかよ!?」
「僕たちをおびき寄せるため、かな」
信じられないと言わんばかりに染岡が声を張り上げるのを聞いて、蓮がふっと脳裏によぎった可能性を呟く。本当は頭で考えていただけなのだが、いつの間にか独り言になっていたようだ。円堂たちがええっ!? と一斉に驚きの声をあげてから、蓮はそのことに気がついた。
目を丸くして円堂たちの驚愕の視線を受け止める蓮は、迷子の子供のようだ。
紅葉はおろおろする蓮を余所に説明を続ける。
「わかりません。ですが、命からがら誘拐犯の元から戻ってきた子供たちは、みな『エイリア』と言う単語を呟いているようです」
エイリア学園である可能性が濃厚になるにつれ、円堂たちは腕を組んだり、顎に手を当てたりと各々の姿勢で考え込み始めた。風丸が腕を組んで唸る横で、頭を使うのが苦手な円堂はすぐに音を上げた。退屈そうに持っていたサッカーボールをいじり始める。
その時、明るいノリの曲が辺りに響き渡った。円堂たちは、顔を上げ、音の震源――鬼道へと一斉に注目した。鬼道は口をぽかんと開けていたが、すまないと言う様に片手を挙げると、ポケットに手を突っ込みながら円堂たちから離れていく。聞かれたくない相手なのだろうか。鬼道はポケットから携帯を取り出すと、円堂たちから2mほど離れたところで立ち止まって、通話ボタンを押した。
「オレだ」
『鬼道!』
電話口から鼓膜が破れそうな大声がして、鬼道は反射的に携帯から耳を離した。離れている円堂は、電話の内容に興味があるのか鬼道の下へと歩み寄ってくる。後に何故か蓮が続く。鬼道は円堂と蓮の姿を確認すると、声量を落として電話の主に話しかける。
「氷冷(ひょうれい)か? どうした?」
『今どこに向かっている!?』
「え、愛媛だが」
氷冷の焦っている声に、鬼道は戸惑いながら答えた。すると電話の向こうが無言になる。電話の向こうからは、命令する怒号とバタバタと走り回る音がする。しばらくして氷冷がかなり早口で、
『実は佐久間と源田が』
そこから先は聞き取れなかった。
『こら~!』
可愛らしい間の抜けた声がした直後、氷冷が怒鳴る声がした。どうした、と鬼道が電話に語りかけるが、返ってきたのは無機質な、つーつーと言う音だけだった。氷冷は電話を切ってしまったようだ。
「い、今の声は洞面(どうめん)か?」
鬼道が呆然としていると、円堂が明るく声をかけてきた。
「どうした、鬼道?」
「帝国学園のメンバーから電話があったが……すぐに切られてしまった」
「何かあったのかな?」
蓮が不安そうに目を細め、鬼道は首を振る。
「わからない。だが愛媛につけばはっきりするだろう」
この時、鬼道はかすかだが異様な胸のざわめきを覚えた。心臓を作る細胞一つ一つが、何かを訴えるかのようにむずむずするのだ。だがすぐに消えてしまったので、鬼道はさほど気にはしなかった。
***
「僕達、あまり歓迎されていないみたいだね」
蓮が、隣にいる吹雪に声を潜めて話しかけて、
「そのようだね」
吹雪は静かな声で同意。蓮の脇にいる染岡が、不安げな面持ちの吹雪と蓮を守るように、前に立ちふさがり、
「ったく。愛媛はどうなってるんだよ」
小さく悪態をついた。
京都を立って早くも数日が過ぎ、蓮たちは愛媛にやってきていた。
愛媛は、日本でも有名な温泉地の一つだ。現在蓮たちがいる市街地は、小高い丘の上にある。まっすぐ進めば川とぶつかり、やがて埠頭(ふとう)に出る。埠頭は工業地帯特有のもので、遠くからでもうっすらとクレーンの姿を確認することができる。
道の左右には、小綺麗な旅館風の建物と土産屋が軒を連ねている。旅館の近くには無料の足湯もある。円形の石造りの台座には、同じく石を削って彫られた龍が、開けた口からお湯を注いでいた。時折、風に乗って硫黄の香りが漂って来た。
この時期、愛媛は込み合うのが常なのに、温泉街は閑散としていた。土産屋は全てシャッターを締切ってしまい、いくつかの足湯は水が濁っている。人の姿もほとんど見受けられない。
活気が見られず、寂れた温泉街のようだ。蓮が以前TV番組で見たときには、ひなびた雰囲気の温泉街だったのだが、名残すら見られない。閉じられたシャッターに張られた張り紙を、蓮はやるせない表情で眺めていた。
そして僅かにいる人々は、刺すような視線を、立ち止まっている蓮たちに向けてくる。罪人を見る瞳そのもの。言葉にせずとも、蓮たちが歓迎されていないのは明らかだ。
円堂が人々の警戒を解こうと、大きく手を振りながら近づこうとして、人々に逃げられた。
「オレたち嫌われているんッスかね」
壁山が遠くなる人々の背中を悲しげに見送りながら、肩をすくめた。短気な染岡などは、人々に文句を言おうと足を一歩踏み出していた。鬼道がなだめ、一生懸命引きとどめていた。
「こんな状態じゃあ、話も聞けないよ」
染岡の背中から顔を出して、辺りを見渡しながら、蓮は嘆いた。
情報は紅葉とネットが教えてくれた、サッカーが上手い子供が誘拐されている、と言う事実のみ。現地で話を聞けば、何とかなるだろうと踏んだ円堂たちだが、考えは甘かった。
愛媛では子供たちがさらわれるせいで、現地の人々は観光客のような外部の人間を疑うようになっていたのだ。
「誘拐事件のせいで、皺寄せが、僕達よその人間に来ているのかも」
勘が鋭い蓮がずばり言い当てて、鬼道が顎に手を当てて考え込む。円堂たちは、蓮の意図を掴めないらしく、怪訝な顔つきで蓮を眺めている。壁山は栗松と確認しあいながら、議論していたが、双方わかっていなかった。とちんかんな言葉が飛び交う。
「それもあるだろう。しかし、観光客が減った苛立ちもあるのではないか?」
「死活問題だしね」
円堂たちの顔色が険しくなった。今の言葉で風丸や夏未は理解したようだが、壁山や栗松はきょとんとしている。
そのことに気がついた鬼道が、説明をした。
「つまり、だ。愛媛の人々は、生活への不安と、オレたちが誘拐事件の犯人ではないかと言う猜疑心(さいぎしん)からあんな態度をとっているのだろう」
「そうなのか!」
円堂が納得したような、していないような、声で叫んだ。すぐにう~んと悶えている辺り、わかっていないのだろう。
壁山と栗松が困った顔で互いを見つめあっているのを見、蓮は助け舟を出す。
「子供が誘拐されたのも、観光客が来ないのも僕達のせいかもって疑っているんだ」
「ひ、ひどいッス」
「むきー! オレたち何もしていないでヤンス!」
蓮のシンプルな説明で理解した、壁山と栗松は憤る。
でも、と蓮は制し、二人をなだめるように言葉を続ける。
「でも忘れないで。愛媛の人たちは、不安なんだ。僕達は、その不安を取り除きに来たんだ」
「え、それ本当!?」
その時、円堂たちのものではない高い声がした。
蓮たちが声の方に目をやると、茶色い髪をした男の子がいた。興味津々でに視線を蓮たちに投げ掛けている。
「どうしたのかな?」
皆を代表して円堂が、男の子の前に進み出て、目線が対等となるようしゃがんだ。
男の子は、必死な声で円堂に頼み込んできた。
「お兄ちゃん! ユウを助けて!」

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