イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第一章「それがその始まりだった……」(三)
「よし、プレー再開だ」
フィーは呟くと同時に、フェーン……フィールドの中央にサッカーボールを投げた。ヘディングで受け取り、地面に下ろすと同時に、フェーンは一気に雷門側のゴールへと走り出す。まだ、動ける雷門のユニフォームを着た選手が行動を起こすのもほぼ同じだった。
「<疾風ダッシュ>!」
緑色の髪を赤いヘアゴムでポニーテールにしている少年が、フェーンに向かってかなりの速さで近づいた。右に左にちょこまかと動くのだが、あまりにも速いため、分身して二人で走っているような錯覚を起こさせる。風も起こり、地面から砂埃が立つ。
今のは<技>。色々あり、ドリブルやシュートキャッチの3つがある。これをぶつけあって戦うのが、この世界のサッカーなのだ。
「ゴールへは……円堂のところへは! 行かせるか!」
「よ~いしょっと」
ポニーテールの少年がスライディングをしかけると、フェーンは気の抜けたような声と共にボールを空中に蹴りあげ、自身も一緒に跳び上がった。
「なに!?」
「フィー! 軽くうつであります!」
戸惑う少年の頭上で、フェーンはちょうど自分の足の高さにまで落下してきたボールを、フィーへと蹴った。そのフィーは、既にゴール前へと移動している。あっけなく胸をそらして、上手いことキャッチする。そして、ボールを地面に下ろし、上から足で押さえつけた。
「これで10点目」
フィーが片足を引いた――その時。
「させない! <アイス・スパイクル>!」
蓮は回転しながら、四方八方にジャンプする。彼が地に足をつけた途端、地面は何故か凍りつき、黒いローブの人間たちが何人も氷の彫刻にされていた。もちろんフィーもカチンコチンにされ、ボールは蓮の手に渡っていた。
「よし!」
「…………」
氷漬けにされた人々の間を、蓮は縫うようにドリブルしていく。凍っていないローブの人間たちは、何故か動かない。ただ、蓮の行動をじっと見やっているだけである。
「面白いね」
氷漬けの時間は、さほど長くない。背後で、氷が砕ける音がし、黒いローブの人間が、次々とフィールドに立つ。
(行けるか……?)
ゴール前には、DF(ディフェンス)*サッカーで、防御をする位置のこと。相手からボールを奪ったり、キーパー(後述)の元へ行かせないようにするのが役目)らしき人間が二人もいる。一人ならまだしも、このまま単独でつっこめば、ボールを奪われてしまう。
なすすべなしか、と蓮が諦めかけた時だった。パチン、と言う指を鳴らす音が、フィールドを震わせる。その瞬間、波が引くように前にいたDFの二人がフィールドの左と右に、それぞれ分かれた。そのまま棒立ちになっているだけで、襲ってくる感じはしない。
「ペコポン人、うつであります」
挑戦的な口調に振り向くと、フェーンがいた。さっきまでフィールドのほぼ中央にいたはずなのに、ゴール前にあがってきたらしい。
「な……お前、いつのまに!?」
「こんなの実力の1%にも満たないぜ」
驚きの声を発する蓮を尻目に、フェーンは蓮とは逆方向に走り去って行った。強気な発言を残して。その発言に、蓮は目の前にあるゴールを睨みつけた。
そこにいるGK(ゴールキーパー(サッカーでゴールを守る位置。ゴールにボールが入ると、点が入ってしまう)は、だらーと力なく両手の力を抜いている。蓮を見くびっているらしい。
「ずいぶんと余裕……な……ん……だ……な」
GKが二人に見える。呼吸のテンポが速くなる。目の前に見える世界が左に、右に揺れる。靄(もや)がかかったように、視界が薄い白に染められていく。
「くッ」
蓮は悔しそうに舌打ちをすると、ボールを頭上に蹴りあげた。それと同時に蓮の背に1対の白い羽が生える。白鳥のような白く、穢れを知らない羽であった。
羽を纏った(まとった)少年は、ボールの元へと舞った。ボールは重力がなくなったように、蓮の前で固定された。そして、ゆっくりとボールは白い電気を帯び始めていく。バチバチと火花を飛ばしながら、電気はボールをすっぽりと包み込んだ。心なしか、ボールを鳥かごに入れたように見える。もちろん、電気の籠の方が大きいので、ボールは中央で浮いている。
「<シュート・ウイングスブースト>!」
最後の力を絞り切り、蓮はボールに踵(かかと)を思い切りぶつけた。衝撃からか、蓮の背の羽が何枚か宙に舞った。
舞った羽もボールと同じく帯電を始め、電気が作った球体の中に閉じ込められる。それらが、ボールを追い越し、ゴールへと向かった。
「え? え?」
GKの横に落ちた羽は、地面に着くと同時に爆発し砂塵(さじん)を起こした。ゴールが見えなくなるほどの砂煙が辺り一面を覆う。その煙の中に、白い電気を身にまとったボールが飛び込んで行った。
「…………!」
砂煙がやむと同時に、サッカーボールがネットから転がり出て来た。ゴールを告げる笛の音が、静寂した空間を切り裂く。
「ゴール! なんだ! 今のシュートは!」
「へへ……当然だぜ」
蓮は力なく微笑むと、がっくりと頭を垂れた。背中にあった羽は溶けるように姿を消していき、身体が地面に引っ張られる。顔に当たる風が、やけに冷たく感じた。視界はもう黒しかない。自分を飲み込むとしている。空気を切りながら、蓮の意識は薄れて行った。
***
頬に冷たい感覚がし、蓮はパッと目を開く。ゆっくりと上体を起こし、辺りを見渡すと、そこは自分の部屋であった。頬の冷たい感覚は、ベットのすぐ右横にある風のせいだったらしい。窓が開け放たれ、白いカーテンがはためいている。
「……あれ? 僕たしか――」
そこまで言いかけて、蓮の脳裏に、黒いローブを着た人間たちのイメージがはっきりと浮かんできた。
「あいつらにシュートを打って……どうなったんだろう」
腕を組んで唸る(うなる)蓮。そこへ、タイミング良くドアをノックする音がし、傘美野中学校前で出会った女性が入ってきた。
「え! あ、あなたは……どうしてここに!?」
知らない女性が部屋に入ってくるので、蓮はたじろいだ。しかし女性の方はゆっくりと進むと、机から椅子を引っ張り出して座ってしまう。遠慮する気はないらしい。机に広がるノートやシャーペンをいじりながら、女性は話始める。
「勝手に家に入って悪かったわね。あなたのお母さんに連絡したら、仕事で帰れないって言うから、あがらせてもらったの」
「……そうだったんですか。えっと」
相手を何て呼べばいいかわからず、蓮は言葉を詰まらせた。それを察したのか、ペンをいじるのを止め、女性は蓮をしっかり見据えた。美しい顔立ちなので、見つめられると心臓が激しく高鳴ってしまう。相変わらず惚れっぽいのは治らない。
「私は、吉良 瞳子(きら ひとみこ)。雷門サッカー部の新しい監督(かんとく)よ」
「瞳子監督ですね。あれから傘美野は……?」
「破壊されたわ」
「えっ!?」
躊躇(ちゅうちょ)もせず、瞳子はあっさりと言い切った。
「雷門が試合に負けたから、約束通り破壊された。それに雷門イレブンの子たちも、何人か入院したわ。……しばらくサッカーは出来ないでしょう」
「あいつら……勝手なことばかりして」
蓮は手をぎゅっと握った。倒れていた雷門のみんなを救えなかったことが、なによりも悔しい。彼らを思い出すたび、心に「あいつらを倒したい」と言う炎が燃え上がって行く。
「そこであなたにお願いがあるの」
「お願い? なんですか?」
「雷門サッカー部に入部してほしいの。私は、これから雷門サッカー部を、エイリア学園と戦える地上最強のチームにする。そのためにも、あなたの力が必要なのよ」
「そうだよ! 入ってくれよ、白鳥!」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに、一人の少年が部屋に飛び込んできた。短い褐色の髪、額の上にオレンジ色のバンダナをしている。目は黒いが、二重の大きな瞳なのでとても可愛らしい。彼は、確かさっきの試合でゴールに立っていた子だろう。
「え? 君は……」
「彼は円堂 守(えんどう まもる)。雷門サッカー部のキャプテン。あなたを心配して、ついてきたの」
瞳子から紹介を受けた円堂は、よろしくな! とにっこりとほほ笑んだ。そして、気がついたように
「身体、もう大丈夫か?」
「うん。もう大丈夫だよ」
「よかった! いきなり倒れるからびっくりしたんだぜ。風丸と壁山(かべやま)の二人が、助けたんだ。あ、二人とも雷門サッカー部の仲間だ」
円堂が話終わるのを見計らい、蓮は切りだした。
「円堂くん、瞳子監督。僕はサッカーを……」
「サッカーをやると倒れてしまう。あなたのこと、色々と調べさせてもらったわ。……5歳のころ、サッカー大会で意識不明になったことがあるとか」

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