イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

番外編(六)
「おにいちゃん、いまかえれないっていったよな!」
蓮の大きな声で言った独り言を聞いた幼い南雲が声を弾ませる。その横では、何やら嬉しそうな顔で笑っている幼い蓮とよく見ると楽しそうな顔をしている幼い涼野が、立ち止まっている蓮の背中に目をやっていた。
蓮は、子供たちの楽しそうな声と期待するような眼差しを背中に感じながら、油が切れ掛かったブリキのおもちゃのように振り向く。その顔にはとっさに作った笑顔が貼り付けられていた。
「いや、そんなことは言ってないよ」
とりあえず否定はしてみるものの、内心、幼い南雲たちに独り言を聞かれたことが焦っている。自然と声音にも出てしまい、うそをついていることはバレバレだった。
幼い南雲は意地の悪い笑みを作ると、横にいる幼い涼野と幼い蓮に確認するように問う。
「ふうすけとれんもきこえただろ?」
「そうだな」
「うん」
二人が頷くのを確認すると、幼い南雲はほら見ろ、と言わんばかりに挑戦的な笑いを顔に浮かべる。
「ほらな!」
「…………」
何にも言い返せない蓮はばつが悪そうに視線を宙に彷徨わせる(さまよわせる)。子供に流されているが、下手な言い訳なら考えようと思えばできたはずだ。なのに、言い返せないのはこの頃から続く不思議な縁(えにし)のせいだろう。一芝居をうつのが得意な蓮ではあるが、南雲や涼野にはどうにもそれができない。芝居を打ってもなぜか見破られるからだ。今の二人は確かに子供だけれど、きっとばれるだろうな――と思い、蓮は口をつぐんでいるのだ。
「ぼくね、もっとたろうおにいちゃんとおはなししたい! もっといっしょにいて!」
そんな時、幼い蓮が珍しく自己主張をした。声に気づいて蓮が幼い自分の方を見ると、もっと一緒にいて欲しいと、強く訴えるような顔をしている。横では、幼い涼野が、不安げな目で蓮を見上げている。
「だめなのか?」
自分のせいで蓮がいなくなるとでも思っているのか、蓮にそう尋ねると、申し訳なさそうに俯いてしまう。蓮の良心が潮騒のように騒ぐ。傍から見れば年上である蓮が、幼い涼野をいじめて下を向かせているように見える。
そんな幼い涼野の様子を見ていた、幼い南雲は幼い蓮に何やら目配せをする。途端、幼い蓮は急に瞳を潤ませ始める。鼻をすすり、わざとらしく目尻から水をこぼし始める。その様子を見ていた蓮は、心の中で舌打ちをする。間違いなく嘘泣きだからである。
よく見ると、瞳は潤んでいるが、目元は笑っている。ただ、よほど注意深く見ないとわからない泣き顔で、大抵の大人はだませるだろう。
「おにいちゃんがいじめたー!」
迫真の演技とも言える泣き声。しかもわざとらしく大きな声で泣き叫んだ。すぐさま、公園の外を通りかかっていた大人たち数名が足を止め、蓮に非難の視線を浴びせる。
ずぶずぶと刺さるような視線をまともに受けながら、蓮は誤解であることを示そうと、愛想笑いを浮かべながら、両手を振り、足を一歩下げる。
しかし、幼い蓮は嘘泣きをまだ続けているし、調子に乗った幼い南雲は嫌らしくこのひとがいじめた! と、蓮を指差しながら嘘を吹聴(ふいちょう)して歩く。大人たちの視線がますます厳しくなる。
とうとう耐えられなくなった蓮は、おもむろに幼い涼野の手を取ると、どかどかと公園の出口に向かって歩き始めた。それを見ていた幼い蓮は泣くのを、幼い南雲は声を張り上げるのを止め、二人の後を追いかけ始める。
「……わかったよ」
ボールを小脇に抱えながら、蓮は不機嫌な声を出した。そして立ち止まる。
「もう少しだけ一緒にいてあげる」
悔しそうな顔で、蓮は後から歩いてくる幼い南雲と幼い蓮に向かって言った。その瞬間、幼い二人は憎らしいほどにほくそ笑んだ。してやられた……と蓮は敗北感を味わいながら公園の地面を睨みつける。
***
それから数十分後の住宅街には、
「おれがいちばんのりだぜ!」
「まってよー! はるやー!」
「ふたりとも、まて!」
ぎゃあぎゃあと嬌声を上げながら先陣を走る子供三名と、
「こら! 走るな! まて!」
その子供たちより、だいぶ離れた場所で、命令形を連呼しながら、必死に子供たちを追いかける、サッカーボールを抱えた中学生がいた。
公園を出た直後、幼い涼野がおなかがすいた、と蓮のジャージの裾を掴み、空腹を訴えてきた。
蓮を見上げる幼い涼野の青緑の瞳は、子供らしいあどけないもので、蓮の父性(?)本能をくすぐるものだった。それにつられた蓮は、顔を綻ばせながら、つい、いいよなんて首肯してしまったのだ。
「はらへった。なんかくわせろ」
幼い涼野が嬉しそうに少し微笑む横で、幼い南雲が偉そうな口調で要求する。幼い南雲に年上を敬う気持ちはあまりないらしい。蓮は“年上”として、幼い南雲の額に自分の額をくっつけ、少し目つきを厳しくしながら、叱るように言う。
「年上に命令するな」
「おれはたいやきがいいぜ! なあ、たろうおにいちゃん、たいやきたべようぜ!」
幼い南雲はするりと蓮の額から自分の額を離し、叱られてもけろりとしている。そして、聞いてもいないのに自分が食べたいものを元気に提案した。えぇ…・・・と蓮は嫌そうな声を出した。が、その横で幼い涼野は、幼い蓮に近づくと、
「たいやきか。うまそうだな」
「ぼく、たいやきだいすき!」
蓮が不平そうな顔をする下で、勝手に話を進め、二人で盛り上がり始めた。
ここでたいやきはなしと言えば、またさっきのように幼い自分が空涙(そらなみだ)を流すに違いない。さっきの大人たちのナイフで刺すような鋭い視線は、もう浴びたくない。
独りでにため息を漏らしながら、蓮はジャージのポケットから財布を出す。黒い皮で出来た財布である。お札が入る前ポケットを指で広げるが、札はない。すぐ下にあるポケットのような小銭入れを開き、財布をひっくりかえす。掌に乗ったのは、日光を反射して輝く500円玉が一枚のみ。掌に乗った500円玉を力強く握ると、拳を振るわせる。蓮は悔しそうな表情で、
(くっそぉ)
心内で悪態をついた。
それというのも、昨日蓮が知っている南雲と涼野とちょっとした賭けを思い出したせいである。
内容はじゃんけんをし、負けたものが二人にジュースとお菓子をおごると言うよくある趣旨のもの。そして、蓮は見事に二人に敗北し、少ない小遣いが炎のように燃やされ、氷のように溶かされたわけである。蓮は二日続けて、南雲と涼野におごらされる羽目となったのだ。
息せき切りながら走っていた蓮も、とうとう息が苦しくなり、ふらふらと近くの電柱にもたれかかる。
ちなみにやんちゃ坊主たちは、住居をそのまま店舗として利用しているたい焼き屋の前で、既に品定めに入っている。自分たちの背より高い場所に置かれた、たいやきを、小さい身体を一生懸命伸ばしながら、食い入るように見つめている。
「ぼく、何食べたいのかな?」
エプロンを着たお姉さんが優しく話しかけ、三人は声をそろえて、
「あんこあじをください!」
「ぼ、僕も……」
息を整えながら、蓮も片手を挙げて遠慮がちに頼んだ。
「おいしい!」
「そうだな、れん」
たいやきを頭からかじった幼い蓮が歓声をあげ、左横にいる幼い涼野が微笑を浮かべた。 たいやきを購入後、蓮たちは、蓮が幼い涼野とであった公園に戻り、ベンチに座ってたいやきを食べていた。
幼い蓮と幼い涼野は、頭からゆっくりと食べるが、幼い南雲はわざわざ尻尾から食べている。かなりの勢いでばくついており、たいやきは、もう頭くらいしか残っていない。
(晴矢だけ尻尾派か。そういや、今も尻尾から食べてたな)
そんな何気ない違いを見ながら、蓮は成長した南雲を思い出した。前に三人でたいやきを食べたとき、南雲だけ尻尾から食べていた。涼野が、南雲だけ違うのを言いことにからかってい、南雲はこんなことを言っていた。
『頭の方があんこがつまってるだろ? 俺はお前らと違って、最後までじっくり味わいたいんだよ』
挑発的な南雲の声が脳裏に蘇り、蓮は同い年の二人に無性に会いたくなった。自然と袋を握り締る手に力が入り、袋が乾いた音を立てた。たいやきは、少し冷めかかっていて、袋の上から持っていても、熱くはない。
「たろうおにいちゃん、くわないならおれがたべるぞ?」
蓮が全く食べないことにめざとく気づいた幼い南雲が、蓮の手からたいやきを取ろうとする。蓮はたいやきを守るように身体を丸め、横目でじろりと幼い南雲を睨みつける。
「今から食べるところだ」
少し怒りながら、口を大きく開けると、蓮は南雲の真似をして尻尾から噛む。さっくと口の中で衣が砕け、欠片が少しジャージの上に零れる。同時にほろ苦いあんこの味が舌の上に広がった。横目で幼い涼野と蓮を見ると、二人とも口の周りがあんこのつぶだらけになていた。
「ところで晴矢くんは尻尾から食べるんだね?」
半分ほど食べたところで、蓮は退屈そうに足を揺らしていた幼い南雲に話しかける。幼い南雲は足を揺らすのを止め、蓮に顔を向ける。
「だって、さいごまでうまいほうがいいだろ?」
幼い南雲は、今の南雲と変わらない、明るい笑顔を見せてくれた。それを見た蓮は懐旧の思いとともに、目金を激しく求める気持ちも湧き上がってきた。
――いつになったら、帰れるのかな。言の葉にならない程の小さな声量で、蓮はそっと公園の空気の中に思いを吐き出した。

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