イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

クララとレアンの暴言パラダイス⑦――無意識の加害者
「すごく曖昧だね」
蓮が冷笑を浮かべながら言うと、ミスティは、身体を縮め、頭を垂れた。何か考えているのか、金の瞳には、後悔の色が色濃く出ている。
「……事実そうです」
ミスティはポツリと溢すと、それきりむっつりと押し黙ってしまう。
蓮は、それを見て、黙る隙は与えんとばかりに問いを重ねた。
「関わった割には、どうして僕の記憶を中途半端に蘇らせようとするの?」
「正直言って、迷ったのです。でも、あなたは旅を初めてすぐ、風介に出会ってしまったわです。……あの時から、計画の歯車は狂い始めたのです。運命は、神は、一体何を考えているのかわからんです。”モノマネネコ”さんがやりやすいように、狂い始めたです」
”モノマネネコさん”。その単語を、蓮の脳は即座に翻訳する。”ネコ”をキャット――つまり、英語に変換した。
そして、モノマネキャット……モノマネキャット……と、モノマネの意味でかつキャットにくっつけても、きちんとした単語となるものを探した。なかなか出てこなかったが、しばらくしてふっとある単語を閃く。
「……『copycat』」
蓮が呟くと、ミスティは意外そうな顔で瞬きをした。この鳥は、母国語だけではなく、英語も理解できるようだ。かなり高い知識レベルにいる生物であるが、蓮にはその正体は全くわからない。
「こぴーきゃっとですです? ああ、モノマネネコさんの英語ねです」
「copycatの意味は、模倣犯――ある犯罪を真似て、同じような事件を起こす人間のこと」
「……今まで、エイリア学園はあちこちで事件を起こしてやがったです。私は、モノマネネコさんを放置してきたです」
そこまで言うと、ミスティは悔やむように地面を睨み付ける。
今までの口振りから考えるに、ミスティは間違いなくエイリア学園の関係者。が、その割には彼女(?)の態度が、蓮にはどうもしっくり来ない。今まで会ったエイリアン学園の連中と違い、雷門を倒そうとか敵意らしいものはない。失った記憶を思い出させてしまう特殊能力から察するに、ミスティには人ばなれした、所謂「超能力」がある気がする。その気になれば、雷門中サッカー部に何かしらの悲劇が起きているはずだ。――と見せかけた罠かもしれないが。
「やがったって、キミ、関係者でしょ?」
蓮が呆れたように声をかけると、ミスティは頭を垂れたまま両翼を大きく広げる。つやのある黒い羽は、磨き抜いた黒曜石に似た輝きを宿していた。そして、ミスティはかぎづめで大地を蹴ると、みるみるうちに大空へと消え去っていってしまう。
「あ、待って!」
そう蓮が、叫んでミスティを捕らえようと、手を伸ばした刹那――周りの風景が揺れた気がした。気のせいかと思って前を見つめると、辺りがいつのまにか黒一色に塗り潰された世界へと変貌している。左右、上下、どこを見ても闇だらけ。ただその中で、蓮だけが色を保って存在していた。幼い蓮も、ミスティも。誰もいなかった。音も、臭いもせず、気持ちよい闇が肌にベッタリと張り付いていた。
『……わかってるわです』
どこからか、ミスティの絶望的な声が聞こえる。が、姿はない。飛び去った割には、声ははっきり聞こえるから近くにいることは間違いない。この暗闇そのものが、ミスティなのか。
『人間は、か弱き子羊。……もう、あなたたちには、なにもできない』
ミスティが憔悴しきった声で呟いた。それに対し、蓮は、力強い声で反論する。
「雷門は、必ずエイリア学園に勝つよ」
答えの代わりに、目の前で光が弾けた。
光が治まると同時に、蓮ははっと目を開けた。そこに広がるのは、幼い日を再現したスクリーンではなく。うっすらと汚れた白い天井だった。顔だけを横に動かすと、窓。設置された白いカーテンが、風をはらんで静かに揺れている。風に乗って、アルコールのような臭いが鼻へと連れてこられていた。
(え、ここって病院?)
辺りの風景や臭いから、ここが病院だと悟った蓮は、目をパチパチさせた。
蓮の言葉通り、彼は病院のベッドに寝かされていた。服も上下無地の青いパジャマに着替えさせられ、両腕は包帯でぐるぐる巻きにされている。その腕から、蓮は鈍い痛みを感じていた。チクチクと針の先端で何度も刺されるような痛み――それは、ここが現実だと言う何よりの証だった。蓮は、雷門の仲間を心配しながら、病室のなかをみわたす。
あまり広くはない個室。ドアのわきに、洗面台、窓の近くにベッドが置かれている。ベッドは病院にある、鉄製の頑丈なものだ。
キャラバンの座席より固く、寝心地はあまりよくない……と蓮が内心でごちていると、引き戸式のドアが開く音がし、南雲と涼野が部屋に入ってきた。
「晴矢、それに風介!」
南雲と涼野の姿を見つけた蓮は、嬉しそうな声を上げた。その時、無意識のうちに上半身を勢いよく起こしてしまったため、腕の痛みが強くなってしまう。
「……いったー」
蓮は、顔をしかめながら腕を擦る。その様子を南雲と涼野はぼうっと眺めていた。やがて蓮は二人の視線に気づき、呆れられたのかと思いながら二人を逆に見つめる。二人とも、ぼんやりとした顔付きで、蓮を見てはいるが、視界に入っていない様子だ。
「風介、晴矢」
名前を呼ぶが反応はない。何回か呼んだが反応はない。痺れを切らした蓮は、少々声を荒くして、二人に呼び掛ける。
「ねえ、風介!晴矢!聞いてるのか?」
すると、南雲と涼野は驚いたように瞬きをする。そして、ゆっくりと蓮に向き直った。
「よう、蓮」
南雲は蓮に笑いかけた。が、その笑顔に蓮は、違和感を覚えたが、面に出さず、挨拶を返した。
「傷は痛むか?」
「まだ少しね」
涼野に聞かれ、蓮は、苦笑しながら正直に答えた。涼野は、蓮のぐるぐる巻きにされた腕を睨むように見、やがて背中を向けてしまった。横では、南雲がやはり蓮に背を向けている。まるで何かみたくないものをみたかのように。
蓮は、沈んだ背中たちに声をかけようと口を開くが、言葉が思い付かず、閉じてしまった。三人の間は沈黙で支配されている。そして、蓮は、南雲と涼野との間に”何か”を感じ取っていた。人が「壁」とか「距離」と呼ぶものだと気づくのに、あまり時間は様さなかった。前は違った。晴矢は出会ったばかりでなんとも言えないが、風介は、違った。少し前の風介は、常に歩みよってくれた。何の因果か知らないが、旅先でちょくちょく出会い、そのたびに近づいて来てくれた。悩みを聞いてくれたし、アドバイスもしてくれた。北海道での思い出は、今も目を閉じればはっきりと思い出せる。暗闇の中で、潮風に翻る銀髪。暗闇の中でも、はっきりと見えた青緑の瞳。目を開けると、その風介は、いない。近くにいると素直に思うことができない。実際は近くにいるのだろうが、かなり離れた場所にいるように思えてしまう。それは、悩みがあるのに言ってくれないせいだ。蓮自身、なるべく風介に隠し事をしないと決めてきた。近くにいて、支えようとしてくれる彼に失礼だと思ったからである。しかし、風介はどうか。晴矢と共に悩んでいるようであるが、全く話をしてくれない。何だか、信用されていないようで、悲しくなる。
悩みがあるなら、相談して、と視線で背中に訴えるが、何も返ってこなかった。
「コピーキャットに、バーンにガゼル……か」
やるせない思いのまま、蓮は呟いた。晴矢と風介のことは後にしよう、と別のことを頭で考えていたところ、独り言として出てしまっただけなのだが。そのバーンとガゼルと言う単語の直後、南雲と涼野がほとんど同時に振り返った。二人とも、目が大きく見開かれ、顔から血の気が失せている。
「二人ともどうしたの?」
南雲と涼野の異変を察知した蓮は、ベッドから身を乗り出しながら、心配そうに尋ねる。
「いや。何でもない」
涼野はこれ以上聞かないでくれと言うように、蓮から視線を逸らした。蓮は、悲しげに目を伏せ、黙って頷く。
「な、なあ。蓮」
その時、南雲に呼び掛けられ、蓮は顔を上げる。南雲は躊躇うようにキョロキョロしていたが、しっかりと蓮を見据えた。
「お前は、バーンとガゼルをどう思う……?」
南雲にしては珍しく、遠慮がちに聞いた。この二人がバーンとガゼルを知っているような口振りであることに気づいたが、蓮はそのことは一旦忘れ、聞かれた質問に淡々と答える。
「今回の一件は、二人の私怨でその二人は関係なそうだし。わからないよ。レアンとクララの口振りから察するにさ、彼らってキャプテンだと思うんだ。でも、僕は、彼らに危害を加えた覚えがない。会ったこともないのに、僕が傷つけているってどういうことなのかな」
蓮の意見を聞いた二人は安堵と罪悪感が混じったような顔で、互いを見やる。
二人だけの問題かもしれない。けれども、部外者であるのは苦しかった。居心地の悪さから、蓮は、二人に背中を向けるようにベッドに横になる。
「……キミは、二人を許せるか」

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